人通りのない通路を選び、周囲に人がいないかを見渡す。
誰もいないことを確認してから、窓ガラスに向けて声をかける。
「いるんでしょ」
『いますけど、何の用ですか』
鏡に映る少女、かつてのアリス。キョウカ。
燐の友人、そして私の恋敵。
男女の友情なんてものを、私は信じていない。
だから、私はこいつが嫌いだ。
燐に近すぎる。
燐から守ってもらって、こいつの罪まで燐は背負うなんて言っている。そんな必要、燐にはない。
「教えなさい。サバイブの力を手に入れるには、どうしたらいい」
サバイブ。燐が手にした新たな力。そして、こいつが変身するライダーもサバイブの姿だという。
学校での佐竹と戦いと今朝のアリスとの戦い。
そこではっきりと分かった。これからの戦いには、サバイブが必要になる。
これまでのままでは苦しい戦いを強いられてしまう。
弱いままの自分でいるなんて嫌だ。もう絶対に、射澄や金草のような犠牲を出さないためにも。
「答えて。知っているんでしょう」
『……サバイブには未知の部分が多すぎて、私にも詳しくは。ただ、分かるとは思いますが不確定な力です。欲しいから手に入るという物ではありません』
「じゃあ、どうやって手に入れたのよ。あんたも、燐も」
睨み付けるように、というより睨み付けていた。
この女を。
恋敵なんて言葉は使いたくはない。
そんな生易しいものではないから、こいつとの関係は。
『……サバイブは、願いへの強い想いによって得られる。私はそう考えています』
願いへの強い想い。
私の場合は、愛。
メモリアにもそう記されている。
愛への強い想い。それなら、絶対に負けるつもりはない。どれほど焦がれたか、この想いに。燐への想いに。
「そんなことなら、とっくに手に入れていてもおかしくないわよ私は」
『甘いんですよ、その程度で』
顔をしかめる。
甘い?
どの口がほざく。
誰のせいで、こんなことになったと思って────!
『貴女は、燐くんを失ったことはないでしょう』
「は……?」
『時間が巻き戻っても、貴女は燐くんに近しい場所にいて、慕われていた。本当の意味で貴女は彼を奪われたことはないんです』
「それがなんだって……」
『まして、貴女は燐くんの愛を手に入れている。貴女の願いは叶ったんです。どういうことか分かりますか?』
突き付けられた疑問に答えられなかった。
というのも、私はこの女に気圧されてしまったから。
アリスとして振る舞っていた時とは違う、キョウカという一人の人間の本心を突き付けられたようで。
『願いが叶った貴女はライダーとしての牙を抜かれたも同然。そんな貴女に願いへの強い想いなんてあると思います?』
「それ、は……」
あると、言えなかった。
燐に対しての想いは間違いなく、こいつよりもあると自信を持って言える。言わなくてはいけない。
だが、もう叶ってしまった願いには何もない。
驚くほどに、何も。
『満たされてる貴女に、願いに飢えた少女達の相手が務まるとは思えません』
「……じゃあ、どうしろと。もう戦うなとでも言うの」
『そうですね。それがいいんじゃないんですか。燐くんもそれを望んでいますよ絶対』
「ふざけないで……! 私の知らないところで、燐が戦うなんてこと……もう二度と嫌なのよ……」
全ての始まりの時、燐は私に戦っていたことを隠していた。
そして、燐は一人死んでいったという。
そんなの、そんなの絶対に認められない。そんなことには絶対させない。
そのためにも、私は……。
『……ひとつだけ、サバイブを手に入れる方法があるかもしれません』
「なに……教えてっ!」
『燐くんは、私にデッキを奪われて。私は、燐くんを失って、失ったことでサバイブを手に入れました』
「失う、こと……」
その意味を、一瞬で理解した。
失うということは、恐ろしいものだ。大切なものを得た私からすれば、より恐ろしく。
こいつは、私に燐を失えと言っている。
『ま、貴女にそんなこと出来ると思えませんが』
「……」
『さっきも言いましたが、願いが叶った貴女はライダーとしての力を失ったも同然。実力で劣るライダー相手にすら、運命の悪戯で負けてしまいそうなほどに』
だから、もう戦わない方がいいんじゃないですか?
そう言い残して、あいつは去っていった。
……私は、燐の力になれないというの?
そんなの、嫌。嫌だ。
けど、燐を失うなんてこと出来るわけもなくて……。
「美玲さん……?」
いつの間に近付いていたのか、影守が恐る恐るといった様子で話しかけてきた。
顔までは見られていない。目頭をおさえるフリをして、目に溜まっていたものを拭い、平静を装った。
「探しに来たの」
「は、はい。遅いな~って思って心配で」
「そう……悪かったわね。燐は?」
「美玲さんトイレ行くって話だったので自分が探しに来た感じです。やっぱり、燐くんに迎えに来てもらいたかったですよね、すいません」
「すいませんって顔、してないわよ」
ニヤついた顔を見せる影守に少し救われた気がする。このタイミングで燐が来ていたら、感情のダムが決壊していただろうから。
「えへへ……。あ、その燐くんなんですけど……」
「どうかしたの」
「さっき、仲間を増やすのはどうかって話をしたら戦うのは自分一人だけでいいなんてこと言ってて……」
そんなことを……。
やっぱり、今の燐は心配だ。思考よりも先に足が動く。
影守が私を追って、数歩後ろに。
「美玲さんも、心配ですよねっ!」
「当たり前でしょ」
「燐くんには美玲さんが必要だと思うんです」
「分かってるじゃない」
「ふふ……美玲さんのそういうとこ尊敬してます!」
影守も、なかなか私の奮い立たせかたを理解している。
なるほど、射澄が先輩風を吹かせたくなるのも分かる。燐と同じ、可愛げのあるタイプか。
射澄のためにも死なせるわけにはいかない、か……。
もう、誰も……私のまわりの人達だけは絶対に……。
「御剣じゃん」
そう声をかけられたのは、美也さんが美玲先輩を探しに行ってすぐのこと。
クラスメイトの乃愛さんだったのだが、ここに搬送されていたのか。それより、もう普通に動き回れるぐらいに回復しているようで良かった。
軽く挨拶すると、乃愛さんは自然に僕の隣に腰を下ろした。
「入院って暇だからさ、話相手なってよ」
「うん。……まず、元気そうで良かった」
「まあね。なんか、嘘みたいに何ともないんだよね」
「そっか。じゃあ、またすぐいつもの生活に戻れるね」
それを言ってしまったことを後悔した。
明らかな地雷を踏んだと、乃愛さんの表情を見て気付いたから。
「いつものには、戻れるかもしれないけどさ……。文化祭は絶対なくなるじゃん」
文化祭。すっかり、頭の中から消えていたワード。
戦いに明け暮れ、自然と抜け落ちていた。楽しみにしていたのに。
みんなが、クラスの人達が。
なにより僕は、乃愛さんが文化祭にかける想いを聞いていたのに、無神経なことを言ってしまった。
「ごめん……」
「御剣が謝らないでよ。御剣が悪いわけじゃないのに」
僕が悪いわけじゃないのに。
いや、それは違う。これも僕がミラーワールドを開いてしまったから、起きてしまったことだ。
だけどそれを僕は乃愛さんに打ち明けることが出来ない。
ミラーワールド、仮面ライダーのことは秘密だから。
違う。
そんなんじゃない。
僕のせいだと知った彼女に責められるのが怖いから。
なんて卑怯。
最低だ。
「まあ、来年やればいいじゃん」
「けど……今年の文化祭は今年しか出来ないんだよ……」
「ふふっ、そうだね。御剣がそんな女子みたいなこと言うと思わなかった。あ、女装特訓の成果出た?」
「からかわないでよ」
「ごめんって。まあ、今年出来ないのはもう仕方ないって諦める。だから来年、付き合ってよ。私の夢に」
「……クラス替えで別のクラスになるかもよ」
「いいの。高校いる間の、私専属モデルなんだから関係ない」
専属モデルなんて話、僕は聞いてない。
けど、それで許してもらえるならいいか。
来年なんて、自分にあるか怪しいのによく言う。
「来年と再来年の文化祭、伝説作ってやるんだから。そのつもりでいなさいよね」
「うん。乃愛さん伝説の礎になるよ」
「礎とか。もっと目立たせるっての」
そろそろ検診の時間だからと腰を上げた乃愛さんを見上げる。
またねと、彼女は去っていく。
「また、か……」
次に会うなら学校だろう。
……その時、僕は学校に行けるだろうか。
皆から日常を奪い、文化祭という特別すら奪って────。
「燐」
美玲先輩の声。立ち上がり、声がした方を向くと美玲先輩がずんずんと僕に近付いてきて左手を取った。
指と指が絡み合い、ほんのりと暖かい柔らかな右手に安心感を与えられる。
「あの、美玲先輩……」
「病院での用事はひとまず終わったわね。出るわよ」
「え、ええ……でもその……」
これは、恋人繋ぎというやつではないだろうか。いや、ないだろうかというか恋人繋ぎだこれは。
「ヒューヒューだね。熱い熱い。ヒューヒュー!」
「美也さん!」
「嫌なの、燐」
「嫌ってわけじゃ……」
「ならいいでしょ。熱いぐらいがいいんだから」
平然とした顔で言われると、何にも言えなくなってしまう。二人の時ならともかく、普通に美也さんもいる中でこれはやっぱり恥ずかしい。
「美玲先輩どうしたんですか急にこんな」
「恋人なんだから普通のことでしょ。そうよね、影守」
「ええもう当然です。あと美玲さんも、美也って名前で呼んでくださいよいい加減」
「分かった、美也」
なんか仲良くなってる!
いや仲が悪かったわけじゃないけど。
何かあったのだろうか……。
「病院出たら何するんですか?」
「美也、あなたの案を採用する」
「え?」
「仲間を集める。でしょ」
「マジですか! え、でもどうやって?」
「燐も美也もライダーの知り合いぐらいいるでしょ?」
「え、私そんないないです……。燐くんは?」
「いないわけじゃないけど……」
「けど?」
仲間を増やすのは、やはり気が進まない。
戦いなんて、美玲先輩にも美也さんにもしてほしくないのに、それを更に増やすなんて。
「一人で戦わせるなんてこと、しないから」
「え……」
「コアがいなくなっても、ライダーは存在してる。ライダーだけじゃない、モンスターだって人間を襲ってる」
「一人で戦うより、みんなで戦う方が絶対いいって」
「美玲先輩……美也さん……」
いいの、かな。
みんなと、仲間と戦うなんて。
これは、僕のせいで始まってしまったことなのに。
僕は……。
「警察の人が、第一発見者である君に話を聞きたいそうなんだけど……。断っておいたよ」
そいつは、にこにこと胡散臭い顔を浮かべながらそんなことを言った。
胡散臭い、モジャモジャとした髪の毛。胡散臭い、黒縁眼鏡。細身で、やたら背が高いのもなんか怪しい気がする。あと白衣のポケットに両手を突っ込むのは、流石のアタシもどうかと思う。
こいつが主治医らしい。
首に提げてる名札には水戸とある。
警察の肩を持つ気なんかは一切ないが、事情聴取を断るなんて大丈夫なのかと。
「大丈夫なのかよ、それ」
「任意だし。君、重傷だからさ。まだ安静にしといた方がいいだろうし、未成年だから警察もそんな強気になれないし、患者のメンタルが~って話したら不服そうにして帰ってったよ」
「ああ、そう」
「あと、君自身についても聴きたがっていたし、俺自身も聴きたいことあるんだけど」
アタシ自身?
なんだってそんなことを。
「君の怪我は暴行によるものだろう? それで川を流れてたなんて事件性ありありだからね」
……それは、確かに。
普通、人は川を流れない。
「こっちも聞きたいんだけど、なんで病院にいんだよアタシは」
「通報されたからだよ」
「誰に」
「孤児院の人、だったな。子供達が河原で遊んでたら見つけたとかで。……ああ、そうそう目が覚めたら教えてくれって言われてたんだった」
孤児院……?
なにか、最近そんな言葉を聞いた気がする。
まあ、今はどうでもいいか。
「君の質問には答えたから、こっちの質問にも答えてくれるかな」
「……事件がどうのとか、知らないよ」
「……実は、事件のことはどうでもいいんだ」
「は?」
さっきまで事件性がどうのとか言ってた奴が何を言ってんだ。
変なこと聴いてくるようなら無言を貫くが。
「君の……身体は一体どうなってるんだ! 怪我が治りかけてきているんだあり得ない!」
「……あ」
そうだ、デッキの力で怪我が治ってきているんだ。それは医者の目線からしたら不自然極まりないだろう。
こいつのおかげで病院の世話になることはないと思ってたのに、いざ世話になったら怪しまれる。厄介だ。
「……別に、大したことない怪我だったんじゃないか」
「そんなことはない! 全治何ヵ月だと思って……!」
「じゃあアンタがヤブ医者だったんだろ。もっと患者を見る目を鍛えろ」
「ひどいなぁ。これでも結構いい医者だと思うんだけどな」
自分で言う奴があるか。
「とにかく、俺が主治医になったからにはきっちり治してやるからそのつもりで。次に往かなきゃだからまたね」
白衣を翻し、次の患者のもとへ行く水戸。うるさいのがいなくなって助かる。とはいえ、どうするべきか。
入院なんてしてられる場合ではない。
さっさと逃げ出すべきだが……朝から色々あって疲れた。少し眠ろう……。
「……そういえば、あいつに、なんも……」
布団を被り、ふとあいつのことを思い出す。だが、どうにも眠気が勝ってしまって、眠りにつくのに時間はそういらなかった。
病院からの帰り道、仲間探しの前に気分転換。甘いものを食べようと聖山駅の方に向かっていた。
住宅地から段々とビルが建ち並ぶ街の中心部へと景色が切り替わっていく。
往来にはサラリーマンや老若男女を問わず、人が増えていく。
「スイパラもいいな~。いながきもいいな~」
ルンルンと楽しそうに僕と美玲先輩の前を歩く美也さん。
いながきとは、聖山市の老舗青果屋。何店舗か聖山市内にフルーツパーラーを展開していて、人気のお店である。
今の口の気分だと果物が食べたいかな……。
「いながきの季節のフルーツパフェ、今ぐらいの時期だと何かな……」
「洋ナシよ」
美玲先輩、即答。
流石、実はかなりの甘党の美玲先輩だ。そういう情報は常に仕入れているのだろう。
「なに」
「いや、流石だなぁって」
「馬鹿にしてるでしょ」
「してないですよ」
ふんと目線を逸らされる。けれど、ほんの少し赤くなった顔から照れたんだなと分かる。
それと、繋いでいた手の力がほんの少し強くなったのは僕に対する抗議だろうか。
なんにせよ可愛らしく思える。
「……ん!」
……?
「どうかしたの」
「いや、名前を呼ばれたような気がして……」
「名前?」
耳を澄ますと、トンと背中に何かが触れる。
振り向くと、息を切らした様子でいる撒菱さんがいた。
「撒菱さん? どうしたん……」
「瀬那知らない!?」
僕が訊ね終える前に、撒菱さんの方から食い気味に問いかけられた。
何か、すごく焦っているような。
よく顔を見ると、目元には隈が出ているしかなり疲れているようだ。
瀬那というのは、あの金髪の子だよな確か……。
「何かあったの」
「瀬那、昨日の夜から帰ってなくて……」
「まさか、夜からずっと探してたの?」
首が縦に振られる。
ずっとこの街を探し回っていたのか。それならこれだけ疲れるのも当然だ。
「美玲先輩、美也さん。昨日、長い金髪の女の子見たりしてないですよね」
「いいえ」
一応、美玲先輩にも聞いたけど一日家にいたからそれはないだろう。
「私も……。えっと、そのセナって子もライダーなの?」
「うん……。黄色い、スティンガーって名前の……」
「そっか……。昨日、モンスターと戦いはしたけどライダーは見てないな……」
美也さんもか……。
「どうしよう……。瀬那、ライダーにやられたりしてないよね……」
「……」
それは、なんとも言えない。
あの、オルタナティブという奴等もいる。性能では既存のライダーを上回る彼女らに単騎で勝つのは難しいはずだ。
他のライダーだって、もうかつてほどの人数はいないけれど残っているわけで……。
『────』
この場にいた四人全員が反応した。
ミラーワールドから、モンスターが現れようとしている警告音。
「撒菱さんは待ってて! 疲れてるでしょ!」
「……ううん。行く。瀬那も来るかもしれないから」
「撒菱さん……」
「行きたいなら行かせればいい。こっちには責任とかないから」
美玲先輩……。
「……! そっちには迷惑かけないから!」
「急ぐわよ」
ああ、そうだ。
急がなければならない。
モンスターが人間を狙っているなら、人間を守らなければならない。それが、僕の存在理由なのだから。
ビルとビルの隙間。
好き好んでこんな場所に来ることはない。
ほんのりと暗く、ひとつ通りが変わっただけで人の姿はまるで見えなくなった。
人の姿がない?
そんな場所でモンスターが人間を狙うか?
それとも、もう……。
いや、今はそんなことを考えるな。まだ音はしているのだから。
「あれは……」
迷宮の最奥に立ちはだかるゲームのボスのようだった。
少女の足下には割れた鏡が散らばり、ビルの隙間に僅かに射し込む陽光を乱反射させ少女の銀の髪を煌めかせる。
あの長い銀髪は一度見たら忘れられない。ましてや、彼女という人間を知ってしまえば尚更。
「喜多村さん……」
「お、来てくれたぁ」
振り向いて、ニコリと綺麗な笑顔を浮かべる喜多村遊という少女。あの笑顔は、狂喜に満ちている。
彼女は、このライダーバトルにおいて願いを叶えるだとかそういう次元にいない。
闘うことそのものが望みなのだから。
「いやー君を探し回ってたんだけど、これじゃ時間食うなって思って私の頼れる相棒に働いてもらったのさ。うーん、効果覿面!」
「さっきのは、僕を誘き寄せるため……!」
「そ、堅気には手出さないのが信条だから襲わせちゃいないよ」
「堅気には手を出さないというなら、私達にも関わらないでもらえる?」
「ライダーが堅気なもんかよ」
美玲先輩の言葉にも即座に言い返す。
とにかく、闘うことがお望みらしい。
「……喜多村さん。なんで貴女はそんなに闘うことに拘るんです」
「なんでって、そりゃもちろん私がそういう人間だからさ! 誰にだって好きなものはあるだろう? 勉強が好きな人もいれば、部活に打ち込む子もいる。遊び呆ける奴もね。私はそれが闘うことってだけだよ」
「……狂ってる」
「ああそうだね狂ってるよ。けどね、私はみんなと何も変わらないよ。闘うことが私の青春ッ!」
ギラリと、彼女の目が煌めく。その次の瞬間。
それは、彼女の高い身体能力によるものだった。
狙いは僕。真っ直ぐな闘争本能が、飛びかかってくる。
「燐!」
美玲先輩の声が耳をつんざく。
だが、それに反応している暇はない。
飛びかかり、肩を掴む喜多村さんに押し倒される。だけど、ただ押し倒されるわけにはいかない。
倒れた反動を利用して、喜多村さんを投げ飛ばす。
アスファルトに叩きつけられる彼女は、普通ならそれなりのダメージに身動き出来なくなるだろう。
けれど、彼女は普通ではない。
すぐに起き上がった彼女のその目と、口元は笑っていた。
「あはは! いいね! やっぱり君に目をつけて正解だった!」
「燐!」
「燐くん!」
「みんなは下がって!」
「あぁ……変身……!」
変身し、重厚な深緑の鎧を身に纏った喜多村さん、仮面ライダーレイダーが迫る。
レイダーの剛腕が僕の襟元を掴み、押し出していく。
「ぐっ……変身!」
ビルの壁に背中が叩き付けられる前に変身し、レイダーのパワーに対抗。なんとか踏み止まり、レイダーと睨み合う。仮面の下の彼女は、笑っている。そう確信をもって言える。
これは、彼女の望む展開だろう。
だが、それでいい。
言葉は届かない。ならば、こちらも力で示すしかない。
「喜多村さん……! 貴女の願いを切り裂く!」
「ああ、やってみなよ!!!」
足下の鏡に吸い込まれ、ミラーワールドへ闘いの舞台を移す。
「燐!」
「私達もいきましょう!」
ミラーワールドに移ったツルギとレイダーを追い、美玲と美也はデッキを手にする。
「あの! 私も行きます!」
二人の背後にいた茜がそう声を上げた。
ずっと蚊帳の外にいた彼女が自分も闘うと言ったことに美玲は内心で驚いていた。
「……別に、貴女には関係ないわよ」
「その、あの人とはちょっと因縁あるので、もしかしたら瀬那のこと分かるかもしれないです。それと、燐にはチャーハンの恩があるので!」
「は? なにチャーハンの恩って」
「美玲さん! 今はそれよりもですよ!」
「……そうね。行くわよ」
「はい!」
三者三様の変身。
紅、青、白と黒の三人が並び立ち、ミラーワールドへと赴く────。
狭い路地で長物を使うのは武器を殺すことに等しい。
ツルギは両手に短剣ドラグダガーを逆手で構え、レイダーとの格闘戦を行っていた。
互いに近接戦闘に強く調整されたデッキ。
違いは主な武装が剣か拳であること。
また、ツルギは運動性能が高く、レイダーはパワーと防御力に優れる。
ツルギは敵の攻撃を回避または剣での防御を想定しているが、レイダーはツルギ以上に敵と近しい距離で闘うため被弾前提。防御力が高められている。
しかし、喜多村遊という少女の運動能力と溢れるパワーにより運動性能、機動力が低いとはとても思えない挙動をレイダーは見せる。
「たあッ!!!」
狭い路地、ビルの壁と壁を巧みに利用し攻撃の軌道を読ませない。
自由自在にこのコンクリートジャングルを行き交うレイダーはこのフィールドにおける女王だろう。
「燐くん!」
遅れてミラーワールドに到着するアイズ、グリム、ジャグラーの三人。グリムがツルギに加勢しようとするが、アイズがグリムの肩を掴んでそれを制止する。
「待って。しくったわね、場所が悪いわ」
「え……」
この狭い戦場に加勢に入るということは、戦場を更に狭めるということ。
一人一人が動ける範囲もなくなる。
そうなれば、ツルギの足手まといになってしまうだろう。
「じゃあどうすれば……」
「燐もここでの闘いを避けたいはず。場所を移そうと考えてるに違いない。美也、貴女のデッキ面白いカードがあったわよね」
作戦が伝えられる。
それを実行すべく、三人はそれぞれの持ち場に移動した。
「……」
一方ツルギは、レイダーの苛烈な攻撃を冷静に見つめていた。
焦りはない。
静かな、揺れることのない水面のような心でただ彼女を見つめる。
今のところ、圧倒的に攻めに回っているのはレイダーだ。レイダーが優勢にも見える。
だが、心理においてレイダーは徐々に追い詰められる。
(届かない────!)
圧倒的な手数でツルギを攻めるレイダーであるが、今のところツルギにその攻撃が命中はしていない。
どれだけ攻撃しようと、暖簾に腕押し。空を殴り、蹴るようだ。
だからこそ、彼女の闘争心は昂る!
「あは、あははははッ!!!!!」
ビルの壁を蹴り、勢いをつけてツルギに殴りかかる。
ツルギは構えず棒立ち、絶好の攻撃機会。だが、遊の耳に上空から風を切る音が入る。自分を狙っていると判断したそれを、矢を宙で身を翻すことで回避する。
アスファルトに突き刺さる青い炎を纏った矢。アイズがビルの上から放った矢だ。
ツルギはこれが来ると分かって、あえて構えずにいた。
「むふー。私を誘うなんて、やらしくなったね君!」
だらりと下げた右腕を眼前まで上げながら、手中のドラグダガーを巧みに回して構えるツルギにレイダーはようやくやる気になったかと更に闘争のボルテージが上がる。
構える二人。
これから、本当の闘争が始まる────。
【TIDAL VENT】
突如、響くカードの名。
「燐! 飛んで!」
「なにっ!?」
上空からアイズの声。ツルギは跳躍し、途中ビルの壁を蹴り更に高度を上げる。ビルを越えて背にガナーウイングを備え飛行能力を得たアイズの手に掴まった。
そして、地上のレイダーを災害が襲う。
濁流。
茶色く濁った激しい水流。
それも、狭い路地によって水の行き場は限定されて合流していく濁流達はその威力を強めレイダーに襲いかかる。
「なん、これ~ッ!?!?!?」
濁流に飲まれるレイダー。30cmの高さの波でも、人は立ってなどいられないのだ。それが、ましてや下半身を飲み込むほどともなれば仮面ライダーだとしても抗うのは難しい。
「ぐおおおッッッ!!!!!」
藁を掴むように、咄嗟に掴んだ配管に助けられるレイダーであったが、彼女を狙う者はもう一人。
【ADVENT】
路地の向こう側から迫る、白と黒の触手がレイダーに巻き付く。
レイダーを引っ張り寄せようと力を強めていく。
濁流と触手、二つの力によりいよいよレイダーは自身に有利なフィールドから引き摺り下ろされる。
「ぐあッ!?」
路地裏から、駅近くを通る国道という開けた場所へ。
「ナイスオクトパス!」
ジャグラーは自分の契約モンスターである白黒の大ダコ、マジシャンズオクトパスにハイタッチする。
ジャグラーのもとへグリムが駆け寄り、ツルギとアイズが上空から舞い降り、レイダーへと向かい合う。
レイダーはよろよろと上体だけ起こし、四人を睨み付ける。
「ああ、もう。今日は彼とのデートに興じたいんだけどな!」
「は? そんなことさせるわけないでしょ」
「いいや、するね。二人きりで、たっぷり楽しませてもらうから」
そう言って、レイダーはカードをデッキから引く。立ち上がったレイダーは、手にしたカードをツルギ達に見せつけ、ジャグラーを除く三人は驚愕する。
黄金の翼が描かれたカード。
背景には灰色の薄気味の悪い、死臭漂う山が聳え立つ。
「サバイブ……!?」
「ふふん。さあ、やろうよ。この力を持つ者同士でさぁ!」
変化するレイダーのバイザー。隆起していく地面。
その衝撃波に、四人は吹き飛ばされる。唯一、ツルギのみが空中で姿勢を立て直し、サバイブへと変身を遂げ風を操ってアイズ達をダメージから守り、地上へと降ろす。
【SURVIVE】
レイダーの姿が変化する。
数多の闘いを経た、傷だらけの装甲。両手足には彼女の闘争心を縛り付けようとし、無意味に千切れた鎖が垂れる。
仮面ライダーレイダーサバイブ。
「……なんで、喜多村がサバイブを」
その疑問に、数刻前のキョウカの言葉が答えた。
『……サバイブは、願いへの強い想いによって得られる』
『燐くんは、私にデッキを奪われて。私は、燐くんを失って、失ったことでサバイブを手に入れました』
「喜多村も、何かを失ったということ……?」
呟くアイズの隣、ツルギサバイブが前へ出る。
三人を背にし、三人を守るようにツルギサバイブはスラッシュバイザーツバイを構え、レイダーサバイブを見つめる。
【STRIKE VENT】
レイダーサバイブのもとへ飛来する武装は契約モンスターの剛腕を模したトンファーであった。両手に装備し、レイダーサバイブは駆け出す。
ツルギサバイブもまた、風を纏い疾駆。
「だああああッ!!!!」
「ぜあああッ!!!!」
ぶつかり合う、烈風と屍山。
サバイブへと至った者による衝突は、凄まじい力を生み出す。
風が山を揺らすか、山は風を受け止めるか。
別次元の闘いが、幕を開ける。
次回 仮面ライダーツルギ
「……アタシはロボットじゃねぇ」
「ガッツフォルテ改めガッツタイタン! いっちゃえ相棒!」
「やっぱりこれは人間じゃない……!」
「あ、君を殺したら怒った本気のあの子と戦えるかな?」
「……ルールなんて、この戦いにあったかしら」
運命の叫び、願いの果てに────。
ADVENTCARD ARCHIVE
STRIKE VENT ガッツトンファー(仮面ライダーレイダーサバイブ)
4000AP
仮面ライダーレイダーサバイブの契約モンスターの両腕を模した巨大なトンファー。
大きさを活かして棍棒のように用いることも出来る。
その巨腕に殴り付けられたら?屍の山の仲間入りさ。