聖山駅直結の商業ビル。
開店からまだそう経っていないため買い物客はまばらである。
そんな閑散とした店内を駆ける4人がいた。
「音が大きい……近いですよ!」
「手分けしましょう。燐はこの階、美也は下を、私達は上に行くわ」
「はい!」
それぞれ割り振られた場所へ向かいながら、店内の鏡や映るものに目を配る。
音はまだ鳴り響いたまま。
犠牲者を出さないという思いは時間の経過と共に強まり、焦りへと変換されていく。
「近いわね……」
「ええ、でもどこに……」
美玲と真里亞は4階に上がったところで、音が更に大きくなったことに気付いた。
4階はまるまるワンフロワを全国展開している衣料品ブランドが納まっている。ここもまだ客足は少なくがらんとして、店員もまだエンジンが入っていないような弛緩した空気に包まれていた。
だが、そんな空間に虎視眈々と人間を狙うモンスターが鏡の中に潜んでいる。
「服屋は鏡が多いから困るわね……!」
「確実にこの階にいるはずよ。見逃さないで」
二人は店内中をあちこち探すも、見当たらない。
美玲は探しながらチャットアプリで下の階を探す燐と美也に4階に来るよう連絡を入れていた。
スマホから目を上げた美玲。そして、気付いた。
「試着室……!」
美玲の視線の先にあったのは試着室が並ぶブースであった。大きな店舗であるため、10に近い数の試着室が並んでいる。
客が少ないため、ほとんどカーテンが開けられ使用されていないが、ひとつだけカーテンが閉じられて使用中のものがあった。
中では、若い女性が試着のために服を脱いでいる最中。
そこへ、モンスターの魔の手が向けられる。
「……え?」
女性は鏡に映る自分を見て、不可思議なことに気が付いた。
鏡の中の自分の首に、白い糸のようなものが巻きついている。
そんな光景を見て、自分の首に触れない者はいないだろう。しかし、女性の首に巻きつく糸などはなかった。
鏡に映る自分の姿はこれからこうなるのだぞという警告か、あるいは脅迫か。
女性は恐る恐る鏡へと触れると、鏡面がまるで水面のように揺れて咄嗟に指を離した。だが、その離した指先には白い糸が付着していた────。
次の瞬間、鏡の中から勢いよく糸が放たれ女性の身体に巻きついた。
「きゃ……っ!?」
悲鳴をあげようとする口を塞ぐように、糸が女性の口の周りを覆う。
このまま、女性は誰に気付かれることもなく、神隠しにあったかのように消え去る……はずだった。
開け放たれたカーテン。
女性は見も知らぬ少女によって試着室から引っ張り出された。
拘束された状態だったので、女性は上手くバランスが取れず床に転んでしまうが、糸は切れたようで女性の命は守られたのであった。更に、助かったことで緊張の糸もほどけたのか女性は気絶してしまった。
「美玲先輩! あっ! 大丈夫です……」
「燐は見ちゃダメ」
「あっ……!」
駆けつけた燐は倒れた女性に気が付いたが、女性は上だけ下着姿ということですぐに目を逸らした。
気絶した女性は真里亞が近くの売り場から持ってきたコートで身体を隠してフォローした。
「店員が来る前に変身するわよ」
「はい」
「ええ、いきましょう!」
三人は試着室に入り、それぞれ鏡に向けてデッキを翳した。
変身ベルト、Vバックルが腰に巻かれ、燐は狭い試着室の中なのでいつもより小さく居合のような変身ポーズを。美玲はいつも通り、羽を広げるように腕を開く。
真里亞はデッキを翳した左腕に右腕を重ね、交差させ────。
「変身」
「変身……」
「変身っ」
白、青、銀の鎧を纏い三人はミラーワールドへ。
アイズとヴァリアスはライドシューターに乗り、ツルギは専用バイク、スラッシュサイクルへ。
一面の鏡世界を抜けて、反転した商業ビル内、一階のホール。
狩りに失敗し、逃走するモンスターを追う三人のライダー達。すぐに蜘蛛型のモンスターを見つけ、攻勢に入る。
【SWORD VENT】
【SHOOT VENT】
【STRIKE VENT】
ツルギは太刀、リュウノタチを手にして駆け、その後ろではアイズがアローウイングに矢を番えていた。
ヴァリアスは契約モンスターのヴェイルーツが変化した姿のひとつ、巨鳥ジルコニスガルーダで蜘蛛型モンスターに挑む。
『キョョョン!!!!』
蜘蛛型モンスターの前に躍り出たジルコニスガルーダが鋭い嘴と爪でつつく、引っ掻くなどの攻撃で蜘蛛型モンスターを怯ませる。
そこへ、矢が飛来する。
ジルコニスガルーダは背後からの矢を上昇して回避。ギリギリまで矢が見えなかった蜘蛛型モンスターに回避の時間はなく直撃。更に、太刀を手に駆けるツルギが一閃。
蜘蛛型モンスターは爆発四散。エネルギーの塊である光が浮遊する。
ジルコニスガルーダが捕食しようとするが、そこへ青い翼を持つガナーウイングが現れジルコニスガルーダの邪魔をした。どうやら、ガナーウイングも食事にありつきたいらしい。
「まったく……」
「分けあえればいいのだけれど……」
「……いえ、その必要はないみたいですよ」
「……どういう……」
ツルギの言葉に疑問を抱いたアイズとヴァリアスであったが、その意味を即座に理解した。
「なに……」
「どこからこんな湧いて出てきたのよ!?」
ライダー達の目の前に広がる光景。それは無数の蜘蛛型モンスター達の群れであった。
一体一体はそう大した強さではないが、とにかく数が異常。
「子蜘蛛か……」
「子蜘蛛?」
「親がいるんです、このタイプは」
「燐はよくそんなこと知ってるわね」
「ええ、まあ……」
「とにかく、これで餌問題はどうにかなりそうね」
弓を構えるアイズ。ヴァリアスもまた短剣を構えて蜘蛛型モンスターを睨み付ける。
「ッ!」
ツルギが駆け出したのを皮切りに、ライダーとモンスター達の戦いが始まる。
ツルギが敵陣ど真ん中に斬り込んでいき、アイズが矢で援護し、ヴァリアスはカードを切った。
【SWORD VENT】
ジルコニスガルーダは巨大な刃の尾を持った狼、パールスガルムへと変貌。
蜘蛛型モンスターを尾で切り裂き、噛みつき、屠っていく。
「お待たせしました!」
影守美也、仮面ライダーグリム見参。
二振りの紅い斬を蜘蛛型モンスターに叩き込んでいく。
「これだけいればしばらくは食べなくてもいいよね!」
「そう調子に乗らないで。大した強さじゃないけど、数だけは多いんだから気をつけて」
「はい!」
矢を番えながらグリムに注意したアイズ。彼女の後方、天井に張りついた蜘蛛型モンスターがアイズを狙っていた。
それにツルギが気付き、リュウノタチを投擲。蜘蛛型モンスターは串刺しとなり爆発しアイズは助けられた。
しかし、得物を失くしたツルギを見て蜘蛛型モンスター達はまずツルギを殺せと一斉にツルギに向かって糸を吐いた。
敵陣中央にいたツルギは蜘蛛達からしたら格好の的。
ツルギの四肢、首に糸が巻きついて拘束されてしまう。
「チッ……」
「燐!」
ツルギを助けようとアイズ達は蜘蛛達を蹴散らしていくが、数の多さに阻まれ届かない。
絶体絶命の危機に見えるが、ツルギはあくまで冷静だった。
『ゴアァァァ!!!』
白い飛竜、ドラグスラッシャーが翼の刃でツルギを縛り付けていた糸を断ち切っていく。
更にそこへ予想外の者達も現れる。
一角を持つ白馬の肩に備えられたバルカンが火を吹き蜘蛛を穿ち、白金の身体を持つ巨大甲虫が天井をぶち破って蜘蛛を押し潰した。
『ヒヒィィィン!!!』
『ギィ……ギィ……』
その二体は、日下部伊織と北津喜が契約しているモンスター。ユニコブースターとプラチナムヘラクレスであった。
どちらも契約者が変身出来ず、今はデッキを燐が所有している状態。
「ははっ……そうだよな、餌貰えないでいたから腹減ってるよな……」
身体に残った糸を払いながら、ユニコブースターとプラチナムヘラクレスに目をやりながら呟くツルギ。
スラッシュバイザーを抜き、デッキからカードを引いた。
白い風が吹き荒れ、スラッシュバイザーはスラッシュバイザーツバイへと鍛えられる。
「たらふく食わせてやるよ……」
【SURVIVE】
ツルギはツルギサバイブへと変身。スラッシュバイザーツバイを鞘から抜き放ち、居合。風の刃が蜘蛛型モンスターの群れを一撃で斬り捨て、まずはユニコブースターとプラチナムヘラクレスのための食事を与える。
「ご飯あげたんだから、ちょっとは言うこと聞いてくれよ……!」
軽く跳び上がり、ツルギサバイブはユニコブースターの背に跨がると疾走。白馬を駆り、白の剣士は戦場を流れる刃の風となる。
白いマフラーは風に乗り、戦場を流れる流星のよう。
竜巻を纏った刃が蜘蛛の群れを刃が斬り、嵐が砕いていく。
「……あの姿、圧倒的ね」
「ええ……」
ツルギサバイブの戦いぶりを見たヴァリアスは感嘆の声を漏らすが、どこか悲観しているようであった。
そして、乱戦はビルから外へ。
蜘蛛達は形勢不利と判断して散り散りになって逃走していくが、ツルギサバイブはそれを許さない。
デッキから引いたカードには、天に向かって吼えるドラグブレイダーに挑むモンスター達が描かれていた。
スラッシュバイザーツバイの頭部を象った鍔のカード挿入口をスライドさせ展開。カードを装填させる。
【CALL VENT】
『ゴァァァァァ!!!!!!』
天翔るドラグスラッシャーの姿がドラグブレイダーに変化。
その咆哮は蜘蛛達を釘付けにし、逃走から一転しツルギサバイブへと向かっていく。
更に、ツルギサバイブはカードを切る。
【STRANGE VENT】
ストレンジベント。
そのカードが読み込まれると、カード挿入口が開き、再びツルギサバイブはカードを装填させる。
【UNITE VENT】
ドラグブレイダーの元に、ユニコブースターとプラチナムヘラクレスが集い、3体のモンスターが融合を果たす────。
『ゴギャアァァァァ!!!!!!』
生まれしは、ケンタウロスを思わせる超獣戦士。
ドラグブレイダーの上半身とユニコブースターの下半身が合体した白き巨躯に、プラチナムヘラクレスの白金の重装甲を身に纏う。両手にはプラチナムヘラクレスの角を思わせる白金の刃の太刀を持ち、ドラグブレイダーの頭部にはユニコブースターの一角が加えられた。
竜甲騎ドラグレスブースター、爆誕。
蹄の音を打ち響かせ、巨獣は脚部に装備されたブースターを用いてダイナミックに機動。その巨体からは想像もつかない身軽さでドラグレスブースターは大地を揺らしながら迫る蜘蛛の群れを蹴散らし、切り裂き、屠っていく。
「親蜘蛛はいないのか……!」
ツルギサバイブは子蜘蛛を産み出した元凶である親蜘蛛を探していた。
しかし、現れるのは子蜘蛛だけ。
近くには親蜘蛛はいないようだとツルギサバイブは、この戦いを切り上げるべく最後のカードを切った。
ツルギの紋章、ピアースの紋章、リーリエの紋章。三つが描かれたファイナルベントである。
【FINAL VENT】
「ゴギャァァァァ!!!!!!」
ドラグレスブースターが両手の太刀を交差させ、空に向かってバツ字の斬撃波を放つと、空は裂かれ、異次元へと繋がる穴が穿たれた。
ツルギサバイブはスラッシュバイザーツバイを天へと掲げ、静かにモンスター達へと切先を向ける。
次の瞬間、天から放たれる数多の剣が蜘蛛を貫き、切り裂き、斬り捨てる。
ドラグレスブースターが斬った空から、ツルギが用いる刀剣が雨となって降り注ぐ。
千の剣の中、不動の剣士。
ツルギサバイブは無数の蜘蛛の亡骸と剣で囲まれ、スラッシュバイザーツバイを鞘に納め────爆発。
ツルギサバイブを中心に巨大な爆炎が噴き上がり、戦いの終わりを告げる。
無数の金の光が空へと昇っていくのを背にして、ツルギサバイブはミラーワールドを後にした。
「燐、大丈夫?」
ミラーワールドから出た燐を追い、美玲がその背に声をかけた。
振り向いた燐は笑顔を作り、美玲に見せる。
「大丈夫も何も、一撃も食らってませんよ。あれぐらいのことじゃ全然問題ないですって」
「それは、そうかもしれないけど……。でも、そういうことじゃなくて……」
「……仕留め損なったのがいるかもしれないので、この辺り探索してきます!」
「ちょっと、燐……!」
美玲が呼び止めるも、燐は走り去っていく。
遠くなる背中に美玲は手を伸ばしかけ、力なく右手を下ろした。
やがて燐の姿は群衆の中に消えて、美玲の胸に不安が過った。
「追いかけなくていいの?」
そんな美玲の隣に立って、真里亞が問いかけた。
「……あなたには関係ないでしょ」
「そうね、関係ないかも。……ちょっとついてきてもらえる?」
「何処に」
「別に何処でもないわ。ただ歩きながら話したいだけ」
逡巡の後に、美玲は真里亞の申し出を聞き入れた。
二人揃って歩き出したところ、美也が二人を見つけて駆け寄る。
「どこ行くんですか~! あと燐くんは~!?」
「あ、ごめんだけど美也は別行動してて」
「……燐も単独行動中だから。合流すれば?」
それじゃあと美玲と真里亞は去っていく。
取り残され、立ち尽くす美也は唖然とするしかなく……。
「結束力がない!」
そう叫ぶしか、美也には出来なかった。
少し歩いて、人通りの減ってきたあたりで真里亞が口を開いた。
謝罪がしたいと。
「謝罪? 私、あなたに何もされてないけど」
「ううん……。私、鐵宮達のグループに賛同したの。あなたとアリスの命で皆の願いが叶うってやつ。だから、ごめんなさい」
立ち止まり、真里亞は美玲に頭を下げた。
そんな真里亞に背を向け、美玲は言った。
「やめて。別に怒ってもないし、今現在こうして生きてるから」
「……ありがとう」
「なに? 話したいことってこれのことだったの?」
振り返り、もう一度真里亞と向き合った美玲が訊ねると、真里亞はバツの悪そうな顔をした。
「そう、だけど……」
「呆れた。そんなこと、いちいち気にするような性格でよくライダーバトルやってるわね」
「わ、悪い!?」
「悪くない。そういう人間の方が好ましく思える」
美玲は微笑みながら言うと、真里亞もまた自然と笑顔となる。
笑顔は伝播するものなのだ。
往来で、すっげぇだせぇ手作りの看板を手にして、ぼうと立っていた。
「あなたが引いたカードは……ずばり、これですね!」
「そうです! ハートの8です!」
集まった客達が拍手をし、あいつを称える。
バカだが天才マジシャン。素人がやるそれとは違い、観客の前で行うだけの質の違いがあるというのは、アタシにも分かった。
毎日、ひっそりと練習している姿を見てもいる。
称えられるのは当然だ。
そして、良いものを見たと煎餅が入っていた缶に小銭が投げられる。
いかにも生活に余裕がありそうな奴が札を入れることもある。
普段は気に食わないが、今はそうしてもらわないと困る。
まだ、アタシとバカの経済は逼迫しているからだ。
「結構稼げたね! これで庭の鳩達を食べなくてもよさそうだよ~!」
「お前、あいつら食おうとしてたのか!?」
「じょ、冗談だよ冗談……」
庭の鳩はマジックで使われる鳩のことだ。
冗談とはいうが、本当に限界の時は……といった風にアタシには聞こえたぞ。
「さあ! この調子で午後も稼ごう……の前にお昼だね。ひとまず、一人あたりの食費は……200円で」
「んだそれ……。腹の足しになんのかよそれ」
「そ、そこのスーパーなら安いパン1個とジュースで200円以内になるから!」
「……アタシはいいから、お前400円使っていいぞ」
「ええ!? ダメだよ瀬那ちゃんと食べないと! 一日三食五十品目だよ!」
パン一個とジュースとか言ってた奴が何を言う。
「少食だし、一食ぐらい抜いても平気なんだよ……。それに、働いてる奴がちゃんと食った方がいい。腹が減って倒れたとか言われても困るからな」
「なんか私が食いしん坊みたいじゃんそれ! ふん! いいよ400円分きっちり使ってきてやる!」
そう言い残してスーパーへと駆け込んでいくバカ。
食いしん坊なのは事実のくせに。
アタシは別に腹が空いていない。これも事実だ。
ただ……食わないことには、慣れていた。
飯がないなんてことは、日常茶飯事で。あっても、すぐに腹が減るぐらいのものしかなくて。
ああ、そう、だから、あいつと契約した時に腹いっぱいの飯という条件を突き付けた。
……あれ、その条件もしかしてここ最近は破られてないか?
契約不履行。
アタシがモンスターだったら、あいつを食っているところだろう。
まあ……いいか、この際。
何度も言うが、アタシはあいつやモンスターほど食い意地は張っていない。
「……あいつは……」
あいつから差し出された……と言うと語弊がありそうだが、メモリアカード。
あいつの願いは、人の驚くところが見たい。
それは、さっきのようにマジックで。
「あいつの願いは……」
「お待たせ~!」
うるさい声が響いた。
思考が一気に乱される。レジ袋を振り回して走ってくるバカに。
「はい瀬那の分」
「……バカかよ」
差し出されたあんぱんと牛乳を見て、自然と出た言葉だった。
「だって一人だけ食べるのヤなんだもん」
そう言い、あんぱんの袋を開けながらアタシの隣のフェンスに寄りかかる。
あいつが開けたので、アタシもあんぱんの袋を開けた。
あんぱんぐらいなら、今の胃にも入る。
「なんであんぱん」
「え、ハリコミみたいでカッコよくない?」
「どこが、ハリコミなんだよ……。外で食ってるだけだろ」
「いいじゃん。気分だよ気分」
そーですか、とかぶり付く。
安い味。というか、いつもの味というか。
あんぱんみたいなものでも、良いものは美味いのだろうか。そんなのは、食べたことがない。
牛乳も紙パックのもの。ストローを刺して、吸う。
こうしていると給食を思い出す。
給食で一日の空腹をなんとかしていたのだ。
「あー!!!!!」
「ッ!? ゲホッ!?」
突然バカが叫ぶので牛乳が変なところに入ってしまって噎せた。
このバカなにを……。
「見て見て瀬那あれ! あいつ!」
「けほっ……どいつ……。あいつ!」
バカが指差した方向を見ると、少し遠いがあの変態クモ女が歩いていた。
あのバカみたいにデカイ胸は間違いない。
「行こう瀬那! ヤろうあいつ!」
やたらと血気盛んなバカはクモ女を追いかけようとする。
その腕を、アタシは掴んでいた。
「瀬那? どうしたのあいつ倒そうよ」
「待てよ……。そんな、急いだって……」
「瀬那の願い叶えなきゃでしょ! そのためだったら……」
「ダメだ!」
牛乳がアスファルトに叩きつけられた。
そのことで、ふと我に帰るも、声を荒げてしまったことは事実だ。
「瀬那……?」
「……いや、悪い……」
掴んでいた腕を離し、そっぽを向いた。
あわせる顔というものが、どんなものか忘れてしまったような感じで。
「ごめん……。瀬那にも、作戦とかあるもんね……!」
「いや、アタシは……」
お前を、戦わせたくない。
その一言が言えなかった。
でも……。
いつの間にか、日が落ちていたような感覚に陥る。
午後もマジックショーで金を稼いで、アタシも客寄せで手伝っていたはずなのだが、いまいち記憶がない。
「ふふーん。結構稼げたね! この調子でお金をゲット!」
「……ああ」
「……瀬那、お昼のこと怒ってる……? 勝手に戦おうとしたから……」
「違っ……怒ってなんかない……。ただ、その……」
言いかけて、言葉が詰まって。
言いたいことは一つなのに、肺のあたりが酷く痛んで、口に出来なかった。
そんなアタシを嘲笑うかのように、鏡が、ミラーワールドが、鳴いた。
「モンスター!」
咄嗟にデッキを手にし、近くのシルバーの車を鏡にしてデッキを翳した。
「変身!」
「待ってよ瀬那! 変身!」
鏡の中へ入り、ライドシューターへと乗り込みミラーワールドへ。
あいつが追いかけてきて、並走しながらミラーワールドへ。
モンスターは……巨大な蜘蛛であった。
蜘蛛と縁のある一日だ。
「行こう瀬那! 私達のご飯も大事だけど、モンスターのご飯も大事だよ!」
「そうだな、いくぞ」
ジャグラーは鞭を構え、アタシは蜂の腹みたいなデカイ手甲を右腕に装備して大蜘蛛へと向かっていく。
振るわれる鞭は、大蜘蛛が口から吐き出した糸が迎撃し届かない。
アタシは飛び掛かり殴り付けようとするが、長い前肢に弾かれて民家のブロック塀に叩き付けられた。
「くそっ!」
立ち上がりながらデッキからカードを抜く。
黄金の翼。その背景には、赤い液体が濁流となって流れている。
SURVIVE 血河。
ベルトに提げていた剣型のバイザーを左手で逆手に持つと、手甲型のクインバイザーツバイへと変化。
赤黒い血がアタシを包み、アタシは更に変身する。
【SURVIVE】
仮面ライダースティンガーサバイブ。
この姿なら、絶対に遅れは取らない……!
【SPIN VENT】
クインバイザーツバイから鋭い針が露出し、甲高く唸りを上げながら高速回転を始める。
大蜘蛛はアタシに向かい、再び前肢で攻撃してくる。
鋭い脚の先端で突き刺そうというつもりか。だが、こっちにだって鋭い針はあんだよ!
「でやぁぁぁ!!!!!」
クインバイザーツバイの針と大蜘蛛の脚が衝突。
粉々に砕け散るのは……大蜘蛛の脚であった。
「瀬那強い!」
「……終わらせる!」
【FINAL VENT】
アタシの契約モンスター、クインビージョが空から現れる。クインビージョの姿が、鏡が割れるようなエフェクトの後に進化。
女帝蜂皇クインヴィーナス。
シャープなスタイルとなり、鋭い針を備える腹部に纏われる優雅なドレスのスカートのような、女帝に付き従う兵隊達の巣。
無数の巨大なスズメバチのようなモンスターが巣から出撃し、大蜘蛛の全身に纏わりついて拘束。
動きが止まったこの隙に、クインヴィーナスの肩に飛び乗る。それを合図に、クインヴィーナスの身体が変形する。
仰向けとなり、腹部を覆っていた巣が翻りクインヴィーナスの上半身を隠すと同時に露となる、バイクシート。
せり出した二輪がアスファルトに接触し、アタシはクインヴィーナスが変形したマシンへと跨がった。
「こいつはいい」
アクセルをふかすと、クインヴィーナスの巣は過剰にも見えるほどのブースターとなって、一斉に点火。
拘束された大蜘蛛に向かい、一直線に駆けていくマシンは目で追えぬほどのスピードに達し、赤い閃光だけを残して、大蜘蛛を貫いていた。
爆発し、大蜘蛛のエネルギーが飛んでいく。
クインヴィーナスから降り、モンスターの姿へと戻ったクインヴィーナスはエネルギーを捕食し、飛んでいった。
「さっすが瀬那! 一瞬だったね!」
「まあ、な……」
駆け寄り、興奮気味で話すジャグラーに相槌を打っていると、バイクの音が近付いてきた。
この世界で、そんなの乗ってる奴なんて……。
「ツルギ……」
白いバイクを駆るそいつは、アタシ達の前で停まる。
すると、バカが声をかけた。
「遅いよ~? モンスターならもう瀬那が倒しちゃったもんね~!」
「そう、みたいですね……」
ツルギはそれだけ口にすると、アタシに緑に光る鋭い目を向けた。
……言わんとしたいことは、分かっている。
「どうするー? 私達と戦っちゃう~? 今の私達は誰にも負けない最強コンビだぜ~!」
「……」
「……」
「……え、ちょっとノリ悪いよ?」
「おい」
「なに瀬那……」
右腕が、振るわれる。
鋭く、抉るような拳が、ジャグラーの下腹部を捉える。
「え────」
状況が飲み込めていないようだった。
そっと距離を取ると、粉々に砕け散ったデッキが落ちて、ジャグラーの変身が解ける。
それで、ようやくこいつは事態を飲み込めたらしい。
「なん、で……なんで瀬那!?」
「……お前は……」
戦うな。
戦わなくていいんだ。
アタシに付き合う必要なんてない。
ああ、そうだ。
こいつの願いはライダーバトルで叶えるもんじゃない。
今日みたいに、マジックで……人を喜ばせるのがこいつの願いだ。
こんなところにいる必要はないんだ。
こいつは、もう……ライダーバトルに関わらせちゃいけない。
「……ッ!」
「待って瀬那!」
「来るな! お前とは、もう会わない……!」
振り返ると、力なく地面に座り込んでいた。
ツルギに目を向ける。
昨日の約束を、再度確認するため。
「あいつをライダーバトルから降ろす。デッキも壊す。そしたら、アタシはあいつとは別れる。だから、出来る限りあいつのことを……守ってくれ」
そう、昨日約束したのだ。
次会ったら殺すとも言ったけれど、最優先はこれだ。
少なくとも、ツルギならば、御剣なら、人を守るために戦うこいつならと、託した。
だから、頼んだよ……。
「……」
言葉はなかったがツルギは頷き、アタシの想いに応えてくれたようだった。
ああ、だから、もう……こいつから……茜とは、さよならしなくちゃ……。
もう絶対に振り返らない。
ミラーワールドを後にした。
夜道を走り、出来るだけ遠くへ、遠くへと。
一刻も早く、遠ざからないとアタシは────。
ADVENTCARD ARCHIVE
FINAL VENT(スティンガーサバイブ)
ブラッドラインスティング
8000AP
バイクモードに変形したクインヴィーナスで相手に突撃する。
クインヴィーナスの針での刺突もあり、恐るべき貫通力を誇る。
深紅の閃光迸り、鮮血が大河を成す。