仮面ライダーツルギ   作:大ちゃんネオ

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ALTERー20 臨戦

 姫ちゃんは少し遊び疲れた様子でベンチに座っていた。

 もうそろそろおやつの時間だし、帰ろうかと提案したけれどもう少しだけと言うので、特に何をするというわけでもなく並んで座る。

 眺める景色、公園は親子連れが多かった。

 家族仲良く……というよりも、子供だけで遊びに出かけるのはリスクがあるからだろう。

 ただでさえ、巷では謎の行方不明や事件が頻繁しているのだから。

 

「……」

「りんお兄ちゃん……?」

「え……あ、ごめんね。なに?」

「こわい顔、してた……」

 

 胸がきゅっと締め付けられた。

 そんな顔をしていたのか、僕は。

 

「ごめんね。そんなつもりはなかったんだけど……」

 

 姫ちゃんは黙り込んでしまった。

 小さい子を怖がらせるなんて、どんな顔をしていたのだろう。

 それでは駄目だ。

 隠さなくては。

 気を引き締めろ。

 ちゃんと、御剣燐という仮面を被れ。

 口角をあげ、目を笑わせ、明るく、優しく、彼女の求める御剣燐を演じろ。

 

「そういえば、ピアノは最近どう?」

「えっ……と、その、じゅんちょう」

「そっか、すごいね」

「……ううん、本当はね、ぜんぜんなの……」

 

 曇った顔を見せる姫ちゃんに、ようやく特別講師の意味が分かった気がした。

 

「じゃあ、とくべつこーしの先生からいっぱい教えてもらおう」

「う、うん」

「次の発表会、楽しみにしてるよ」

「……! がんばる!」

 

 笑顔で頑張ると宣言した姫ちゃんの頭を撫でて、帰ろうかと促す。素直に首を縦に振った姫ちゃんとベンチから立ち上がり、手を握って帰った。

 このまま姫ちゃんの家まで送り届けるのだ。

 美玲先輩達も僕らが帰ることに気付いて、慌ててついて来ている。

 そんな道中。

 

「ねえ、りんお兄ちゃん」

「なに?」

「こ……こいって、したことある!?」

 

 食い気味に聞かれた。

 言葉の意味を飲み込むのに、少し時間がかかった。

 恋、恋か。

 

「難しいこと知ってるね」

「わたしだって、女だもの!」

 

 ませてるなぁ。

 女の子の方が成長は早いというけれど。

 

「そうだね、姫ちゃん女の子だもんね」

「"の子"はいらないの!」

「はいはい」

「りんお兄ちゃんのいじわる」

「ごめんごめん」

 

 謝って許してはくれなさそうだ。

 膨らんだ頬がそう言っている。

 こういう時は、質問に真面目に答えてあげるのが一番だ。

 

「あるよ、恋」

「えっ」  

 

 見上げる視線。

 とても驚いている。

 僕は君より十年は生きているのだから、初恋は済ませているのだ。と、言いたいけれど、そっと胸にしまう。

 

「……あのお姉さん?」

「美玲先輩のことかな。うん、そうだよ」

「……ど、どこが好きになったの!」

「えー?」

 

 まあ、話してもいいか。

 ここからは美玲先輩には聞こえないだろうし。

 二人の秘密だよと前置いて、声を少し抑えながら言った。

 

「綺麗、だったから」

「え……」

「見た目もそうだけど、なにより……」

 

 思い出すのは、大勢の視線を一身に背負い、凛として射座に立つ彼女の姿。

 一挙一動が、麗しかった。

 的を見つめる瞳が、一点の曇りない宝石のようだった。

 孤高、とでも言おうか。

 何者も寄せ付けない彼女の在り方に、僕は……。

 

「どうして、僕なんかと……」

「……?」

「あ……着いちゃったね。お家」

 

 気付けば姫ちゃんのお家の前だった。

 

「それじゃあ、ピアノのレッスンがんばって」

「うん……」

 

 頭を撫でていると、美玲先輩と樹さんが追い付いた。

 これから姫ちゃんはレッスンなのだろうか。

 

「悪かったね」

 

 樹さんは小声で僕にだけ聞こえるように言った。

 申し訳なさそうだった。

 樹さんはそのまま姫ちゃんとお家の中に入っていく。

 

「帰りましょう」

「はい」

 

 美玲先輩に促されて、僕達も家へ。

 歩き出すと、美玲先輩が僕の右手を握った。

 

「美玲先輩?」

「なに」

「手」

「悪い?」

「そういうわけじゃ。でも、すぐですよ」

「すぐでもいいから」

 

 数分の帰路。言葉を交わしたのはそれだけで、あとは二人とも黙っていた。

 美玲先輩の白くて細い指が、僕の冴えない指に絡まって。何よりも、見た目より美玲先輩の握る力が強かった。

 ただ添えられるような感じとは違い、離さないようにとたしかに握られている。

 それが嬉しかった。

 美玲先輩から求められているような気がして。

 だけど、本当にそれでいいのかも分からなくなって。

 僕なんかが、こんな幸せで、いいのか。

 

「あら、ラブラブね」

「はい、ラブラブです」

 

 美玲先輩は真顔で言っていた。

 僕の家の前、買い物帰りで自転車のカゴにパンパンに膨らんだ緑のマイバッグを載せた母さんと鉢合わせてしまった。

 

「重そうだね」

「特売だったのよ~。つい買いすぎちゃった」

 

 露骨かもしれないが、僕は話題を逸らした。

 美玲先輩の手から離れ、重いマイバッグをカゴから取り出す。

 

「おもっ……」

 

 予想以上の重さに、少しよろめいてしまった。

 両手でマイバッグの取っ手を握り、頑張って運ぶ。

 変身すれば、これの比ではない大剣を振り回せるというのに。

 

「大丈夫?」

「だいじょーぶ、です……」

「燐、やっぱり痩せたわよね……。背は伸びてるけど……」

「そう、かな」

 

 自転車を停めた母さんが重い荷物を運ぶ僕を見てそんなことを言う。

 玄関を開けてもらって、頑張ってキッチンまで運ぶ。

 いくらなんでも買いすぎだろう。

 まだ冷蔵庫には色々入ってるだろうに。

 

「ふう……」

「おつかれ。ほら、おやつこれ食べて。美玲ちゃんも」

「ありがとうございます」

 

 母さんがマイバッグを漁り、中からカップのアイスを手渡してくれた。

 バニラ味。

 保冷もしていたし、スーパーも近いので溶けている心配はない。

 

「あ、食べる前に手洗いうがいね」

「はーい」

 

 美玲先輩と共に洗面所へ。

 手を泡まみれにしてごしごしと洗っている時、目の前の鏡に映る自分の顔が目に入った。

 泡を洗い流してから、頬を指でつつく。

 

「美玲先輩」

「なに?」

「そんな言われるほど、痩せました?」

 

 自分ではあまり変わりないと思うのだけれど。

 

「痩せた、というよりやつれてきたって感じよ。元々が痩せ型だから、気付きにくいかもしれないけど」

「やつれ……」

「……あれだけ戦っていれば、嫌でも落ちるわよ。体重なんて。精神的にもね」

 

 たしかに、その通りだ。 

 十分という短い時間だけれど、その十分の密度は濃い。

 襲いかかってくるモンスター、ライダー。

 両者は共に、本気でこちらの命を狙ってくる。

 普段はしないような、激しい動きをせざるを得ない。

 体重が落ちるのは、必然だろう。

 

「それに、最近は背まで伸びてるし……。このままじゃ、もやしみたいになるわよ」

「もやし……」

「ちゃんと食べて、運動すれば健康的よ。燐は痩せすぎ。絶対に」

 

 そこまで断言されるなんて。

 

「というわけで、カロリー摂取しに行くわよ」

 

 おやつを食べるを、そんな言われ方されるのは初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピアノに向き合うのは、自分と向き合うようなものだ。

 自分の調子が悪ければ、音の調子も悪くなる。

 そんな具合に、ピアノを弾かせれば人間の調子も分かるので姫に弾かせてみたら……。

 

「和製ホラーを見ているみたいだった」

「どういう意味!」

 

 何か、怨念めいたものでピアノを弾いているのではないか。

 それでいて、おどろおどろしさの中にもの悲しさを含んでいた。

 何歳だっけ、この子。

 

「ある意味、人の心に残る……ある意味、天才。天才っていうのは理解した」

 

 表現力という点では間違いない。

 演奏の技術に関しても、この世代トップクラスであろうことは確実。

 成長するに従って、色々なズレというか壁も立ちはだかるけれど、きっと乗り越えられるだろう。

 問題は、とにかくこの怨念のこもった音だろう。

 呪いのピアノでも弾いているのかと思われてしまいそうだ。

 防音がしっかりしていなければ、近隣住民の間で新たな怪談話のネタになっているだろう。

 

「それで、そんな感じにしか弾けなくなったのは御剣に彼女が出来たからか……」

「言わないでよ!」

 

 しかし、現実を直視しなければ前には一歩も進めない。

 というわけで姫の失恋を回想でお送りする。

 数日前。

 大好きな燐が家から出てきたところに偶然鉢合わせた姫は、髪を整えて燐に挨拶しに行こうとした。

 そうしたら。

 

「行きましょう、美玲先輩」

「ええ」

 

 誰よその女。

 知らない女。

 調査(母親に聞いただけ)の結果、御剣家に居候しているということを後から知った。

 だが、なにより……。

 

「手を! 手をつないでたの! コイビトツナギ!」

「まあ、付き合ってるなら普通じゃない?」

「あのすかした顔の女にとられたぁ!」

「盗られたって、そんな大袈裟な」

「恋をすればあんたにもわかるわよ!」

 

 少しばかりカチンときた。

 ここは大人として現実を教えてやる。

 

「はあ……あのね、御剣は高校生で、姫は五才。そんなんで付き合うも何もないの。もしそんなことなったらドン引くわ。あんたの大好きな御剣はロリコン、犯罪者扱いされるの分かる? 分かったら五才児らしく幼稚園で足の速い子でも好きになってな」

 

 どうだ、あんまりアタシを舐めるんじゃ。

 

「う……うわぁぁぁぁん!!!」

「ええっ!? ちょっ、馬鹿。泣かないでよ!」

 

 ああ、やった。

 これだから子供は嫌いなんだ。

 アタシも大人気なかったけど。

 

「泣いたってしょうがないでしょ……。泣いてもピアノは上手くならないし、御剣だって振り向かないよそんなんじゃ」

「……!」

 

 泣いてる子供をあやす経験なんてない。

 でも、ここにいるのはピアニストとピアニストで、天才と天才。

 とことんやってやる。

 

「涙は女の武器なんかじゃ全然ないなんて、恋したことないアタシでも分かるわ。すぐ泣く奴はね、最初は良くてもだんだん人が離れてくんだから」

「ぐすっ……」

「御剣だったら優しいから構ってくれるだろうけど、御剣だってすぐ泣く女は嫌なはず。思い出してみて、あの咲洲とかいう女の顔! 涙? そんなもの流しませんが。みたいな顔してたでしょ! 今、御剣の隣にいるのはそういう女だって、理解すること!」

「う……」

「ここからが本題。御剣をあのすかした咲洲から奪い取るにはどうすればいい?」

「そんなのできない~!」

「出来る! そのためにまず泣き止む!」

 

 涙を拭う姫はアタシを見上げ、泣き止もうとしていた。

 まだ絶えずに溢れてはいるけれど。

 

「それでいい。泣くのはここぞって時だけ。強い女になって、御剣を略奪してやんの。あのクールぶった咲洲から。そのための武器になる、ピアノは」

 

 御剣は略奪出来ないだろうけど。

 ピアノは、やっておけば、大丈夫。

 アタシみたいなことにさえならなければ。

 この子は、きっと────。

 

 ああ、悔しいな。

 この手が、ちゃんと動けば。

 アタシが勝つのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寂れた教会。

 かつてはここで、多くの人が神に祈りを捧げたのでしょう。

 死後、地獄に堕ちませんようにって。

 生きるのにも苦しんで、死んでからも罰を与えられて苦しむの。

 おかしいとは、思いませんか。

 生に苦しんで自殺したとして、それで地獄に行ったら結局苦しむなんて。

 生きるも死ぬも地獄?

 私はそうは思いません。

 死は救済。

 最後の希望。

 だから人は自殺を選ぶのでしょう?

 

 蝋燭が光源。

 揺れる光に照らされて、彼女は自説を語っていた。

 毎晩、こうだ。

 私は彼女、樋知十羽子の自説を聞くことしか出来なかったし、彼女もまたそれでいいらしい。

 彼女の自説に対して、私に意見を求めることなどしないからだ。

 ただ、耳を傾ける者がいることが、彼女にとって重要らしい。

 

「ライダーバトルは良い契機となりました。こんなにも、苦しみを抱えている少女達が存在していたなんて。神が私に与えたもうた、私の使命だと思いました」

 

 彼女は殺人を救済と言って憚らない。

 彼女の中では、そうなのだろう。

 私は違う。

 上谷真央として生きた十六年は、至って平凡で普遍的でありふれたものだからだ。

 殺人は罪だ。

 どのような理由があったとしても、法治国家である日本においては重罪であり、仮に樋知十羽子が法廷に立ったならば、死刑を求刑されるだろう。

 

「ライダーバトル。願いを叶えるゲーム。願い、こうなりたい、こうしたいと思うこと。そう思うのは、苦しいからです。苦しみからの脱却のために、少女達は殺人をも厭わない。いや、最早殺人ではなく殺戮でしょう。人を殺すということの罪を、少女達は背負わない。……その点、あなたは違いますね? 真央さん」

 

 突然、話題に私の名前が挙がった。

 朽ちつつある木製の床から彼女の方へと視線を向ける。しかし、すぐに視線を戻した。

 初めてのことに私は戸惑い、気の抜けた返事しか出来ない。

 

「え……」

「あなたは殺人の重さに耐えられなくなっていました。多くの少女達は、殺人を殺戮に変換するために、より殺そうと考えるものです。私はそういった少女達を何人も見てきました。ですが、あなたはあなたの殺した二人のことを、ずっと考えているのですね」

 

 私が、殺した二人。

 一人目は、名も知らない少女。

 初めてライダーになって、初めての殺人。

 殺すつもりなんて、なかった。

 二人目は……。

 

「北さん……」

 

 背後から、ただ生き残りたいがために、刺殺した。

 一緒にあの危機を脱しようとしてくれたのに、私は!

 優しい北さんを、殺してしまった。

 

「あなたは、死を、殺人を、罪を背負っています。今すぐ殺して救済してあげたいぐらいに。ですが、その背負う姿勢こそ、私と共にある人に相応しい」

 

 軋む床。

 私の正面に立った十羽子さんが、両手で私の頬を撫でた。

 

「ライダーの数も減ってきました。私と共に、苦しむ者を救いましょう」

 

 指が、這っていた。

 優しく、植物が土に根を張るように。

 彼女の指が伸びて、私の顔を覆い尽くそうとしているのではないかと錯覚する。

 優しく、顔を上げられる。

 見上げた先、垂れた三つ編みが二束。丸眼鏡の奥に光る瞳は優しいけれど、狂気的。

 あまり、見つめるものではない。

 あれは、魔眼か何かだと、漫画だったらきっとそうだ。

 しかし、見つめてしまう。

 いけないのに。

 背徳に全身から汗が滲む。

 顔に触れていた手はするりと下がり、首筋を撫でていた。

 右手は彼女とは対照的に平坦な胸を下り、左手は私の口を侵そうとしている。

 

『ガァァァ……』

 

 床に散乱していた硝子片が波を打つ。

 十羽子さんが契約している赤い豹のようなモンスター、シルトパンサーが唸っていた。

 

「……あぁ、契約を守れということですか」

 

 十羽子さんは私から離れ、薄手の黄色いカーディガンを羽織る。

 

「出かけましょう。モンスターと、私達の食事に」

「……はい」

 

 あの魔的な雰囲気から一転し、またか……という思いが胸に広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 住宅地の中にある古びたうどん屋。

 還暦は過ぎているであろう、見るからに頑固で気難しそうな顔の無愛想な店主に小さな声で「らっしゃい」と言われる。

 来る度に、帰れと言われているような気分になる。

 客は私達以外には、まともな生活を送れていなさそうな髭面のおじいさんしかいない。

 大抵、この人がいるかいないかぐらいの違い。

 店内は古い。

 読まれつくしてボロボロになった、いつ発行されたか分からないコンビニ本が乱雑に並ぶ棚。

 テレビからささやかな音量で流れるバラエティー番組の音が店内BGM。

 一番奥の席に座ると、店主がやってくる。

 やってくるだけで、何も言わない。

 せめて、注文は?とだけでも言ってほしい。

 

「カレーうどんをください」

 

 そして、これもまたここ数日分かったことなのだが、十羽子さんはやたらとカレーうどんが好きなのだ。

 毎晩ここに来ては、カレーうどんを注文する。

 

「えっと……山かけで……」

 

 私はいつも、違うものを頼んでいる。

 ただでさえ毎晩うどんなのに、同じものを頼むことは出来ない。

 店主がサンダルの擦る音を鳴らしながら厨房へ向かうのを見送ると、十羽子さんが水を取りに行く。

 セルフ式なのだ。

 いつも私の分も取ってきてくれるのだが、申し訳ない気持ちになる。

 

「ありがとう、ございます……」

「いえ」

 

 もっと言うと、代金も彼女持ちである。

 どこにそんなお金を持っているかは知らないけれど、特別困った様子はなさそうなのが不思議だ。

 食事中に会話はなく、注文したものが出てくるまで然程時間はかかっていないはずなのだけれど、体感ではとても長時間店にいるように感じてしまう。

 店の雰囲気も相まって、なんだか気まずいし。

 おかげでここのうどんが美味しいのか美味しくないのかすら私には分からないでいる。

 十羽子さんが通っているから、美味しいのだろうけれど。

 

「カレーと山かけ」

 

 無愛想な声と乱暴な置き方でうどんが置かれる。

 この人、よくこれまで店をやってこれたなと思わざるにはいられない。

 

「いただきます」

 

 そんなこと、十羽子さんは気にしていなさそうだった。

 メガネを取ってテーブルに置くと、割箸を手に取り綺麗に割って、ずるずると食べ始めた。

 こうして十羽子さんが食べているところを見ると、彼女も人間なんだと、ようやく親近感を持てるという感じ。

 

「のびますよ」

「あっ、はい……。いただきます」

 

 黙々と食べていた十羽子さんが不意に言った。

 すぐに十羽子さんは視線をカレーうどんに戻し、箸で掴み上げたうどんをふーふーと冷ましている。

 こんな異常時でもお腹は空くのだということは、数日前に理解した。

 このままでいいのかと、ずっとそんなことが頭の中を巡っていてもだ。

 私は、割箸を上手く割れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃棄されたコンビニ弁当を食べ終える。

 冷たい米は固くて食えたものじゃない。

 温めなくても食えるものは漬物ぐらいだ。

 それでも、生きるためには食わなきゃいけない。

 なにを、してでも。

 

「殺しだってしたんだ、今更……」

 

 暗闇から、光の中へ。

 コンビニの外に置かれているゴミ箱に食い終わった弁当を押し込み、また暗闇の中へ。

 

「モンスターもいねぇ……ライダーもいねぇ……。どこにいんだよ……!」

 

 ゴミ袋を蹴り飛ばしても、イラつきは収まらない。

 戦ってやろうという気になっても、相手がいなければ戦意はストレスになるだけだ。

 頭をかきむしり、髪を抜く。根元の方は黒くなりつつあった。

 染め直すような余裕はもうない。

 

「クソ……!」

 

 カーブミラー、窓ガラス。

 街にはこんなに鏡で溢れているというのに。

 スポーツやライブなどを行う聖山アリーナが目の前というだけあって、鏡となるものは多い。

 

「どいつもこいつも……」

 

 隠れてないで出てきやがれ、と言おうとした瞬間だった。

 周囲の鏡が波打ち、響き出す。

 戦いだ……。

 

「はっ、待たせんなよ」

 

 近くに停めてあった車にデッキを映し、ベルトを呼び出す。

 

「変身」

 

 バックルにデッキを嵌め込み、黄色と黒の鎧を着込む。

 ミラーワールドへと飛び込み、モンスターを探す。

 すぐ見つけた。

 捻れた二本角の怪人が身軽に跳び回っている。

 

「待ちやがれ!」

 

【STRIKE VENT】

 

 走りながらカードを使い、腕にスズメバチの腹に似た手甲を装備する。

 けどライダーの脚力でも、あいつに追いつけそうにない。

 

『シャァァ!』

「なっ!?」

 

 もう一体のモンスターが横から飛びかかってくる。

 もつれ合い、アスファルトの上を転げるもすぐに立ち上がる。

 だが、モンスターの方が速い。

 立ち上がったところを、奴自身の角に似た刃の槍が胸を穿った。

 

「がっ!?」

 

 後退ると、更に同種のモンスターが背後から羽交い締めにしてくる。

 必死に動き回って振りほどき、手甲を纏った右の拳でモンスターの顔面にストレートを喰らわせる。

 軽々吹き飛ぶモンスター。

 速い分、脆い。

 その上、何体も現れたとあっては一体一体に時間をかけてはいられない。

 手早く、まず一体!

 よろめくモンスターのボディを殴りつけ、手甲の隠し針で刺し貫く。

 

『シャァァ!?』

 

 爆発。

 まず、一体。

 残りの奴等は……と、狙いを定めた時だった。

 目の前のウィンドウから、二台のライドシューターが飛び出る。

 

「モンスターだけでなくライダーもいたとは。僥倖です」

「……」

 

 チッ、二人組。

 それも、御剣達じゃない奴等かよ。

 赤い重そうな鎧の奴と、青い身軽そうな奴。

 赤い方は不気味に笑っているが、青い方は無言で何を考えているか分からない。

 ……二人。

 いや、あとだ。

 目の前の敵に集中しろ。

 

【SWORD VENT】

 

【SWORD VENT】

 

 赤い方は両刃の剣を、青い方はノコギリがついた槍を召喚。

 二対一。

 臆する必要はない。

 

【GUARD VENT】

 

 飛来してきたスズメバチの顔に似た盾を左手に持ち、二人のライダーを相手に構える。

 ジリジリと間合と機を計る……示し合わせたかのように一斉に駆け出し、敵と真正面からぶつかりあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖山アリーナ前。

 今日はなんの試合も行われないらしく、人の姿は少ない。

 ……そういう場所だから、瀬那がいるんじゃないかと思った。

 

「瀬那……」

 

 一日中、ずっと瀬那を探していた。

 瀬那を探し歩いていた。

 この街にはいるんだ、絶対。

 でも……。

 世間は狭いなんて言うけれど、今の私には、この街は世界より広く感じてしまう。

 

「どこなの……瀬那……!」

 

 すぐ近くにいるのに、茜が気付くことはない。

 彼女の背後のカーブミラーには、瀬那が戦っている様子が映し出されている。

 だが、デッキを失い、もうライダーではない茜には瀬那の戦いに気付く術はない。

 とても近くにいるのに、二人の距離は遠く離れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レッスンは熱が入りすぎてこんな時間になってしまった。

 いや、こんな時間になったのは夕飯をご馳走になったというのもあるけど。

 姫のお母さんは料理好きなようで、最初からアタシにご馳走しようと今日はかなり量を作ったようだった。

 しかし、どれも主菜級というか……揚げ物が胃に辛い。

 カロリーを消費しようと、少し遠回りして帰ることにしたのだが……運が良いのか悪いのか。

 

「モンスター……!」

 

 餌の時間だ。

 それに、戦いは遠回りして歩くよりカロリーを消費するだろう。

 近くにあった公衆トイレへと駆け込み、誰も利用者がいないことを確認してデッキを取り出す。

 

「変身」

 

 印を結ぶように動作し、バックルにデッキを差し込む。

 重なる虚像がアタシをライダーへと変身させる。

 モンスター相手だろうけれど、ライダーもいるかもしれない。

 常に慎重に。

 最大目標は生存。

 最終的に生き残ることを念頭に置いて戦う。

 ライダーバトルの勝利条件は、最後に生き残る者になること、なのだから。

 

「願いを叶えて、また……」

 

 普段は強く握り締めることの出来ない右手に力をこめる。

 右手首を左手で握り、頭を切り替えミラーワールドへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『燐くん! モンスターです!』

 

 夜の見回りに出かける直前、姿見からキョウカさんがそう叫んだ。

 傍から見れば間抜けかもしれないが、部屋の中で静かに変身し姿見からミラーワールドへ。

 外へ飛び出て、スラッシュサイクルへと跨がると急加速。

 ミラーワールドは事故の心配がないから出来る。

 

『きゃっ!? ちょっと! スピード出し過ぎですよ!』

「……乗らなきゃいいじゃん。後ろ」

 

 しれっと後ろに座るキョウカさんにそう言うも聞く耳を持たない。

 

『ええー!? どこに出たかナビが必要ですよねー!?』

「じゃあ、よろしく。ナビ」

『一キロメートル先、左方向です~!』

「りょーかい。そういえば、いいの。ヘルメット」

『ミラーワールドに道交法なんてありません!』

 

 まあ、僕も無免許だしな。

 こんなにスピード出してるし。

 ただ、せめて命を守る行動はしてほしい。

 もう誰も、死なせたくないから。

 




次回 仮面ライダーツルギ

『ほんと、救いようのない兄を持つと苦労しますね……』

「今あんたに死なれるとアタシが困る。味方するわけじゃないけど、味方する」

「……ごめん、なさい……」

「ねえ、燐」

「オメェら全員、血祭りにしてやる」

運命の叫び、願いの果てに────。





ADVENTCARD ARCHIVES
SWORD VENT(エクスシア)
パンサーエッジ 2000AP
樋知十羽子が変身する仮面ライダーエクスシアの専用両刃剣。
取り回しに優れ扱いやすく、果敢に斬り込める。
刃が平均より頑丈。
防御特化のライダーの剣もまた盾なのである。
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