眠れぬ夜を過ごした。
明けゆく空の光が射し込んで、夜明けが来る。
額に乗せた右腕で光を遮り、夜が明けることへのささやかな抵抗をするけれど、空に太陽と月がある限り朝と夜は繰り返されてしまう。
ああ、こんなにも、朝になることを恐れた日はない。
陽に当たっては死ぬ吸血鬼のように、太陽が憎い。
ずっと夜のままでいてくれれば、私は永遠に逃れ続けられたのに。
そんなこと、許されるはずがないのに。
私は。
私は、燐を傷付けた。
「ごめん、なさい」
声を殺して、壊れたロボットのようにそれだけを繰り返し泣きじゃくる燐を見て、私は自分のやろうとしたことの愚かさを理解した。
嫌だった。
燐が、他の女と行動を共にするのが。
私の目の届く範囲でなら、いい。
けれど、私の知らないところで他の女なんて。
「私のなのに……」
不安だった。
誰かに取られるんじゃないかって。
欲しかった、燐は私のだって証が。
そうするにはこうするしかないと。
恋人だからこそ出来ることを、身体で繋がろうとした。
馬鹿な頭で考えて、結局馬鹿なことをしてしまったと後悔している。
それと同時に。
ごめんなさい、とはどういうことなのか。
燐は何を謝ったのか。
私を抱けないと、謝ったのか。
馬鹿なことをしたと思うと同時に、身勝手なことに一丁前に傷ついている自分がいる。
燐に拒絶されたことに。
傷つく資格などないというのに。
性的な、身体の繋がりというものを私は軽視していた。
子供を作るために行うことで、快楽のためにするものではないと。
心で繋がっていればそれでいい。
けれど、ああ、今なら分かる。
身体という心よりも明確に有るものをさらけ出し、受け入れ、繋がるというのは、絶対的な恋人の承認だ。
それをされなかったというのは、大きな傷になる。予想以上の痛みとして今も泣きそうなほどだ。
泣くなんて、そんなのは駄目。許されない。許さない。
涙は女の武器という言葉を私は信用しない。
女の武器という涙は、ただの逃避で、全てを相手に押しつける。
駄目だ、そんなの。
燐に見せられるわけがない。
そんなことをすれば、燐は絶対に私の傷まで背負い込む。
だから、この涙は……絶対に誰にも見せてやるものか。
朝が来る。
燐のママさんが起こしに来て、目を覚ました。
二時間ほどだが、眠ったらしい。
「美玲ちゃん大丈夫? 今朝は一段と寝起き悪そうだけど」
今朝は一段と、というあたりママさんにはすっかり私の寝起きの悪さが見抜かれている。
最悪の夜を過ごし、睡眠時間は二時間。
これで良い目覚めになる人類がいたら、私はそいつに病院へ行くように言うだろう。
「おはようございます……。その、あまり眠れなくて……」
「大丈夫? 具合悪い?」
「大丈夫です。顔、洗ってきます」
起き上がり、洗面所へ向かう。
大きな鏡の前に立つと、なるほど。一段と酷い顔をしている。
人に見せたくない顔だ。
髪もひどい。簡単に手で梳かす真似をし、蛇口から水を出す。
ため息のような深呼吸をしてから、容赦なく冷水で顔を殴り付けた。
滴り落ちる水滴の音。芯に届く冷たさ。
ああ、少しマシになった。
「……謝ろう」
ちゃんと、謝ろう。
この夜のことを。
燐と話して、あの謝罪の真意を確かめよう。
もしかしたら、燐の精神は。
『────』
咄嗟に顔を上げ、鏡を見つめた。
今、何か、ほんの一瞬だけれどミラーワールドで響く音が聞こえたような。
幻聴か。
いろいろ考えたせいだろう。
落ち着いて、タオルに顔を沈める。
優しく、ふわりとした感触に包まれ、濡れた顔を拭く。
気合を入れろ、は違うか。覚悟を決めて燐と話そう。
燐に、謝ろう。
キッチンに向かい、ママさんの手伝いをしよう。
朝ごはんの配膳ぐらいのものだけれど、居候の身だ。なんでも手伝わなければ。
そう、思っていたのは暢気だったろうか。
「あ、おはようございます美玲先輩っ」
私は、言葉を失った。
それは、いつも通りの光景であった。
穏やかな朝の、何気ない家庭の一幕。
息子が母を手伝うなんて、絶句するような光景ではない。
ただ、私が言葉を失ったのは。
なんで、そんな、変わらない笑顔を私に向けるの。
なんで、何もなかったかのように振る舞うの。
なんで、いつもの御剣燐なの。
「美玲先輩?」
優しい声色。
どうして。
いや、そうか、ここにはママさんもいるんだしパパさんと美香ちゃんだってそろそろやって来るはずだ。昨夜のことを悟られないためにいつも通りを演じているのだろう。
だとしても。
だとしても、異質だ。
演じているとは思えない。
夜中、自分の身に何かあったなんて知らないかのようだ。
分からない。
私と同じく気まずいようであれば、理解出来るというもの。
ああ、これは、仮面だ。
笑顔という、御剣燐という、仮面だ。
「燐、あのね」
「早く食べないと冷めちゃいますよ。まあ、うちの味噌汁は冷ましてからじゃないと飲めないですけど」
「何か言った燐ー?」
「なんにも言ってないよ~」
穏やかに笑って、燐は定位置に座った。
そんな、これじゃあ。夜のことを、なかったことにしようとしているみたいじゃない。
「燐……」
「美玲ちゃんも座って座って。あ、朝ごはん食べられる?」
「……はい。いただきます」
「そう、なら良かった」
ママさんは心配そうな顔から笑顔へと変わる。
私も席につき、朝食をいただく。
ご飯とわかめの味噌汁と、目玉焼きとベーコンにカットされたトマトと茹でられたブロッコリー。そしてヨーグルト。
御剣家の朝食は私には豪勢だ。
対面の燐はいつもの穏やかな調子で食べ進めている。
それから、パパさんと眠そうな美香ちゃんもやって来て、私は燐に話を切り出すことも出来ず、御剣家に来てからのいつも通りの朝を過ごしてしまった。
そんな調子を、あいつに見られていると気付かぬまま。
そうこうしているうちに、時刻は九時をまわった。
パパさんは仕事へ、美香ちゃんは学校へ。
家にいるのは私とママさんと燐だけ。話をするなら、今のうちだ。
階段を上がり、階段すぐ目の前が燐の部屋。
扉をノックして、燐の名前を呼ぶ。
だが、返事がない。
扉を開けてみると、部屋に燐の姿はなかった。
トイレにでも行っているのか、一階に降りて確認するとトイレにもいなかった。
まさか、家にいない?
リビングへ行き、掃除機をかけていたママさんに尋ねる。
「え? 燐? いつの間に出かけたのかしら。もう、出かける時は一声かけなさいって言ってるのに」
今は特に危ないんだからと、ママさんは掃除を再開しながら言う。
「あ! 掃除手伝えって言われると思って逃げ出したのよ! 今日はちょっと色々整理したいから手伝ってほしいのに。そうだスマホは? 連絡してみた?」
「それが、全然出なくて……」
「もう! いつもより早起きして朝ごはん手伝う~なんて言うから感心してたのに~!」
きっと、逃げ出すとしたら掃除のお手伝いからではなく私からだろう。
ああやって何もない風を装っていたけれど、二人になれば夜のことを話すのは必然的と考えたはず。
それでも、ちゃんと話さないと。
謝らないと、燐に────。
「美玲ちゃ~ん」
「は、はい……」
「美玲ちゃんは、手伝ってくれる~?」
……断れるわけがない。
居候の身の上だし、暗に手伝えという圧力が感じられる。
どうにも、朝から歯車が噛み合わないようだ……。
街を歩く。
雑踏に紛れる。
一人だけれど、一人じゃない。
一人になりたいのか、一人になりたくないのか、分からない。
きっと、一人になってはいけないと思う。
御剣燐という仮面をつけ直すには、誰かいるという環境でなければ難しい。
一人になってしまえば、仮面を外してしまいたくなる。
何もかもを投げ捨てて、御剣燐は僕をさらけ出してしまう。
『燐くん』
右手にある高級ブランド店のショーウィンドウにキョウカさんが映りこむ。シックな黒い衣装に身を包むマネキンと並んでいるようだ。
鏡に向かって喋るのは不審に思われる。
ショーウィンドウに背を向け、スマートフォンを弄るふりをしながらキョウカさんと会話する。
「どうしたの」
『美玲ちゃんと何かありましたか?』
また、単刀直入な。
けれど、キョウカさんになら……。
「……あそこ、行こっか」
『え? あそこって……』
街の中心に向かって歩いていたのを進路変更。
家に向かって歩く。
でも、行き先は僕の家じゃない。
住宅地を突っ切って、その奥。坂の上にある誰も住んでいない、廃墟となった豪邸。
キョウカさんの家。
高い塀に囲まれて、庭は竹や雑木が生い茂っている。誰も管理しなくなれば、家とはこうなるものだと思い知らされる。
門は当然、閉ざされており、立ち入り禁止の札がかけられている。
というわけで、いつも使っていた侵入経路を使う。
裏へと回り込むと、屋敷の日陰となって昼間も薄暗い公園がある。
こんなところの、こんな感じの公園なので誰も寄り付かない。
それで、だ。
ここの裏の塀には穴があって……。古びた木の板で雑に隠されていたのだ。それにちょうど、背丈の伸びた雑草が覆い隠してくれている。
細身の僕がギリギリ入るぐらいの穴を潜り抜け、屋敷の中へ。
裏口から入ることが出来て、迷うことなくあの部屋へ。
キョウカさんの部屋。
荒れ果てた、大きな姿見が中央に鎮座する部屋の中。
既にキョウカさんは姿見の中にいて、僕は鏡と対面になるように腰を下ろした。
「なんだか、懐かしいね。半年前に出会ってから、夏まではここに通ってたのに。暦的には一ヶ月も経ってないよね?」
『うっ……私がたくさん巻き戻したから……』
「責めてるわけじゃないよ」
今年の三月。
高校入学前の春休みに、ここで僕はキョウカさんと出会った。
こちらとあちら。
鏡一枚で隔てられた僕達に出来たのは、話すことぐらいだった。
なんてことない、日々の話。
それだけだったけれど、とても楽しい時間だった。
『それで、どうしたんですか?』
「うん……」
言葉に詰まる。
なんと、言って、いいのか。
僕一人の話なら、こんなことしちゃってと、大っぴらに話せるのだけど。
登場人物がもう一人いる。
それをキョウカさんも分かっているのだけれど、うん。
話すに、なかなか話せない。
『あの女に何かした、もしくはされた。私は後者だと思うんですけど、どうです?』
図星だ。
このまま、キョウカさんは少しずつ質問して何があったのかを聞き出すつもりだろう。
こうなれば、もう全てを打ち明けるべき。
あ、でも。
「……キョウカさん」
『なんですか?』
「話を聞いて、助言とかしてくれると助かるんだけど」
『ええ、もちろん。私に出来ることならなんでもしますよ!』
えへんと胸を張るキョウカさんを見て、なんだか申し訳ない気持ち。
それに、内容が内容だし。
『それで、何があったんですか。喧嘩ですか』
「いや、喧嘩では、ないんだけど……」
『それじゃあ一体何が……』
「えと、その……」
『はっきり言ってください。秘密は守りますし、何があっても私は燐くんの味方ですから!』
頼って頼ってというオーラを放つキョウカさんだけれど、だけれど……!
いや、やはり第三者の意見が必要だ。
「……じゃあ、話すよ」
『どうぞどうぞ。大船に乗ったつもりで!』
「話す前に一応、聞いておくんだけどさ」
『なんですか?』
「その……ちょっと、えっちな話だけど、大丈夫?」
これでセクハラとか言われても仕方がない。
むしろ、前もってそういう話だと伝えておく配慮をしたことを褒めてもらいたいぐらいだ。
それで、どうなんだキョウカさん。
「……キョウカさん?」
『……』
「キョウカさん? おーい」
キョウカさんに呼び掛け、顔の前で手を振るも反応なし。
「固まっちゃった……」
そういえば前、北さんにセクハラ? された時も「えっちなのはダメ!」と逃げ出していたし、苦手なのだろう、こういう話。
やはり前もって聞いておいて良かった。
しかし困ったぞ、相談相手がいないなんて。
相談せず、自分で答えを出すべきだろうか。
いや、でも……。
『────』
瞬間、頭に響いた音に頭が切り替えられる。
モンスターだ。
姿見にはキョウカさんが固まっているため、ボロボロのカーテンを開けて窓ガラスにカードデッキを映す。
ベルトが巻かれる。
「変身」
ツルギへと変身し、窓ガラスからミラーワールドへ。
ミラーワールドでは依然としてキョウカさんが固まっているが、今は無視する。
窓を開け道路へと向かって飛び降り、自立走行してきたスラッシュサイクルに乗り込みそのまま加速。
近いはず、だが。
「いた」
道路を闊歩する青いヒト型のモンスターは、アビスラッシャーといったか。
頭がサメ映画でお馴染みの、いわゆるサメのような形をして、サメの歯のような刃を持つ二振りの大刀を手に獲物を見定めているところのようだ。
「させない」
スラッシュサイクルを加速させ、エンジンが唸るとアビスラッシャーはツルギに気付くが遅い。
スラッシュサイクルでアビスラッシャーを轢き飛ばし、停車。スラッシュサイクルから降りて、帯刀しているスラッシュバイザーの柄を引きカードホルダーを出現させる。デッキから抜いたカードをカードホルダーへと装填し、柄を押し込む。
【SWORD VENT】
空から純白の太刀、リュウノタチが舞い降りてきたのを掴み取り、一歩一歩アビスラッシャーへと向かい歩いていく。
だらりとリュウノタチは下ろし、迫るツルギにアビスラッシャーは二刀を構えて待ち受ける。が、アビスラッシャーの格子状の口から高圧水流がツルギへ向けて放たれる。
接近戦を望む相手に対し、遠距離攻撃が可能ならば誰だってそうするだろう。
安全な距離から、一方的に攻撃が出来るのだから。
しかし、そんなことはツルギには通用しない。
彼は自分の間合の外から攻める相手との戦いなど、数えきれぬほどこなしてきたのだ。
そして相手を倒し、生き残っているからここにいる。
アビスラッシャーの放った高圧水流にはまるで臆することもなく、ツルギはただ、だらりとぶら下げていたリュウノタチを立てた。
高圧水流とぶつかり合う白刃。
水とて、高圧ともなれば刃となる。
しかし、リュウノタチの切れ味には勝るまい。
リュウノタチが触れたところから枝分かれする水流にアビスラッシャーは驚愕。水流を強め、寄せ付けまいとするが抵抗も虚しく水流は切り裂かれていく。
「ッ!」
駆けるツルギ。
水流を断ち切りながら、アビスラッシャーへと迫ったツルギはリュウノタチを振り下ろした。
即座に水流を止め、大刀でリュウノタチを受け止めるアビスラッシャー。
これだけの長物を片手で同時に扱うのだ。人、ライダー以上の腕力をアビスラッシャーは備えている。
アビスラッシャーは左手の大刀でリュウノタチを受け続け、右の大刀でツルギの首を狙う。
後方へと飛び退き、回避したツルギを追撃するアビスラッシャーであったが、大刀を振ろうとした瞬間、眼前にリュウノタチの切先が置かれ、静止。
ジリジリと両者は歩み、攻めの機会を伺う。
先に動いたのは、アビスラッシャー。
攻め手は大刀、ではなく高圧水流。この至近距離ならばツルギと言えど回避しようがあるまい。
仮に回避されようとも、大刀が待ち構えている二段構え。
アビスラッシャーは勝利を確信する。
ツルギの仮面を貫かんと水流が放たれる。
だが、高々二段構えである。
ツルギは高圧水流を首を傾げることで回避しながら一歩踏み込み、更に続く大刀の一撃を腰を低く落として空振りとし、低空からの奇襲。
右の脇腹から左肩へと一閃、逆袈裟を刻み込む────!
『シャッ!?』
火花を散らし、アビスラッシャーはよろよろと後退る。
致命的な斬を叩き込まれたアビスラッシャーへと、最期の時が宣告される。
【FINAL VENT】
『ドガァァァァ!!!!!』
飛来する白き聖剣の飛竜、ドラグスラッシャーが高く跳躍したツルギと共に空を舞う。
空中でキックの体勢となったツルギに黄金の斬撃波を纏わせ、砲弾の如く放つドラグスラッシャー。
ツルギの右足に十字の刃が輝き、アビスラッシャーへとキックが着弾すると同時に斬撃波がアビスラッシャーを切り刻み、爆散。
空にアビスラッシャーのエネルギーが浮上し、ドラグスラッシャーが捕食するのを見届け、ツルギは現実世界へと戻ろうとする。
そこに、二発の弾丸が放たれた。
咄嗟に回避したツルギは再びリュウノタチを構える。
視線の先には、緑色の体色をしたモンスターがいた。
突き出た胸部の先、二門の砲口からは煙が上がっており、更に続けてツルギへと砲撃を放つ。
『シャッ!』
地面を転げ、回避するツルギ。一瞬遅れ、ツルギのいた地面が爆ぜて燃え上がる。
「アビスハンマーか」
ツルギがモンスターの名を呟く。
先程ツルギが倒したアビスラッシャーの仲間のアビスハンマーはシュモクザメの特徴を持ったモンスター。
突出した胸がシュモクザメの頭に似ていた。
アビスハンマーの砲撃は絶え間なく続き、ツルギを狙い続ける。だが、尽くを躱され距離は詰められつつあった。
ツルギからすれば二戦目。ミラーワールドの制限時間には余裕もある。
ファイナルベントこそ使ってしまったが、倒しきるのに問題はないとツルギは判断。
避け続けられ、アビスハンマーは焦りと怒りを募らせている。それが命中精度の低下を引き起こし、ツルギは距離を縮めれば縮めるほど接近が容易くなっていた。
このまま一気に決めるとツルギが駆け出す。
その時、また新たな参戦者が現れる。
【FINAL VENT】
「おりゃぁぁぁ!!!!」
雄叫びと共に、メタリックグリーンが眩しい闘士がアビスハンマーへと衝突。
否、殴り飛ばしていた。
『シャァァァ!?!?』
爆発するアビスハンマー。その浮上していくエネルギーを、緑色の巨大なゴリラ型のモンスターが掴まえ、むしゃむしゃと捕食。
爆炎の中に立つライダーはツルギに向かって気安い挨拶をした。
「やあツルギ君! 君に朝の挨拶、すなわち、おはようという言葉を送るよ!」
「……遊さん」
ツルギとは対照的に楽しげな声を弾ませる、厳つい鎧の闘士。
仮面ライダーレイダー。
喜多村遊がツルギの前に現れた。
「何の用ですか」
「もう連れないなぁ。おはようと言ったらおはようでしょ! CMで昔、散々言ってたでしょ!」
この人にまともなことを言われると、なんだかイラッとする。
この喜多村遊という人が、人間としての一定のまともさと狂気的な闘争心を両立させた人物だということは理解しているが、ここ最近の彼女の危険度の高さから、つい当たりが強くなってしまう。
「ところでさ~。その……シない?」
「ッ……」
今、そういう単語は僕の中では禁句だ。
もちろん、彼女の言うそれが、そういう意味でないことは理解しているが、連鎖的に思い出してしまう。
人の地雷を容易く踏み抜きやがって。
「戦いませんよ」
「やだー! 今日まだ誰とも戦ってないから! 限界なの! 我慢出来ないー!」
スラッシュサイクルを呼び戻し、戦いを終えた僕はミラーワールドを後にした。
「あ、こらー! 無視するなー! 行け相棒ー!」
『ホッ!』
いく手を遮るように、遊さんの契約モンスターが立ち塞がってドラミングする。
人の邪魔しか出来ないのかこの人は!
「お願い! ファイナルベントも使ったしサバイブも無しで、命までは獲らないって約束するからさ~! 猫がじゃれ合うみたいな? ゴリラとドラゴンだけど」
「付き合ってられません」
「うぇーん。大事な話もあるのにー」
大事な話?
いや、引っ掛かるのはダメだ。
しかし、嘘を言っているとは限らないし。
ここは……。
「……制限時間、こっちはあと五分なので」
「やりぃ! じゃあ五分間マジね!」
「……サバイブ、使わないんじゃ」
「あっ……。てへぺろ!」
素顔であればまだ可愛げがあったかもしれないが、生憎とライダーの中でもとりわけ厳つい凶悪な仮面でそれをやられても全く可愛くはない。
ましてや、殴りかかりながら言うものではない────!
ちょっとばかし、頭に来ていた。
燐くんはいつの間にかどこかに行ってしまって、そのことも後で抗議するつもりだけれど、今はとにかくあの憎きあんちくしょうの女のところへ行く。
燐くんのお家で、今は一人だけのようだ。奴は自分に与えられた部屋でのうのうと掃除なんかしている。
『ちょっと、美玲ちゃん』
声の怒気が伝わったこともあってか、普段の倍は機嫌が悪そうな顔で私が映る姿見の方へと振り向いた。
「……なに」
これまた機嫌が悪い声。
私達はそりゃ犬猿の仲で、普段から話す時もお互い機嫌が悪いものですが、いくらなんでも今のは悪い声過ぎる。
どっちが悪役か分かったものじゃない。
『燐くんに何したんですか』
単刀直入に訊ねると、美玲ちゃんは目を見開いて驚いた様子でいた。
そして目を細めて私から視線を外すと独り言葉を洩らした。
「燐は……あなたには話すのね……」
『えっ……』
思わず、困惑に声が出てしまった。
どういう、状況ですか、これ。
「聞いたんでしょ、全部」
『いや……その、詳細は聞いていません。ですが、何かあって相談してもらいたい風ではあったので……』
予想外の状態に困惑というか、冷静になってきたというか。
いや、弱気になってはダメ!
『その、なにやら如何わしいことをしたとか!? まったく何してるんですかあなた!』
「……あなたが、そばにいるからでしょ」
『え?』
「あなたが燐のそばにいるから! 燐は、私のなのに!」
いつも澄ました彼女が声を荒げる。
ああ、冷静じゃない女を見ると、逆に冷静になれる。
ライダーバトルを運営して、少女達のこういう姿を見慣れていたというのもあるけれど、それでも、やはり。
咲洲美玲という少女もまた、無数にいる少女の一人なのだと、醒めた頭で理解する。
憎悪のこもった瞳。荒い呼吸、震える声。
なんて、弱々しい。
燐くんはなんで、こんな女を選んだのか。
……いけない。
そんな思考は、いけない。
染み付いたアリスというアバターに侵されてはいけない。
私はキョウカ。
ただ、大切な友達の幸せを願っただけの者。
『落ち着いてください美玲ちゃん。燐くんはあなたのことを想っています』
「なに分かったようなことを……!」
『なんとかしたいから。でもどうしたらいいか分からないから、私に話そうとしたんです。決して、あなたを軽んじたわけじゃありません。燐くんは、そんなことをする人ではありません』
燐くんが彼女のことを愛しているのは痛いほど理解している。
そう、痛いほどに。
彼女へ向ける愛が、私も欲しかったから。
でも、今は違う。……とは、まだちょっと完全には言い切れないですけど。
それでも、今は。燐くんの友達として、友愛をもらっているから。
だから、分かるのです。
愛の種類が、違うことを。
「なにそれ。あなたの方が、燐のことを分かってるみたいじゃない」
『美玲ちゃん……!』
「私なんて、燐のこと、なにも……」
声を掛けようとしたけれど、燐くんのお母さんが帰ってきてしまった。
「ただいま~。ごめんね美玲ちゃんお留守番頼んで……どうかした? 大丈夫? 具合悪い?」
「いえ、その……」
「ちょっと待ってて、お布団敷いてあげるから。まったくもう、彼女が具合悪いって時にどこほっつき歩いてんだか……」
……。
一旦、御剣家を出る。
『……いいなぁ、彼女』
誰に聞かせるわけでもない、願望が口から洩れ出ていた。
未練がましい。
でも、それが私だ。
そうでなければ、何度も何度も同じ時を繰り返すはずがない。
もしかしたら、どこかで。
時を巻き戻し、再生をしていく中で、何かの間違いが起きて、燐くんが私に恋してくれるんじゃないかと期待していた。
けれど、そんな間違いは起きなかった。
それほどまでに、燐くんはあなたのことを想っているというのに。
それを信じられないなんて、罰当たりにもほどがある。
次回 仮面ライダーツルギ
「いや、かったいなぁ!」
「ああ、何やってんだろアタシ」
「ねぇ、あなたのこと愛してもいい?」
「それより、話ってなんですか」
「な、なにやってんだよぉぉお前!!!!!」
運命の叫び、願いの果てに————。
ADVENTCARD ARCHIVE
FINAL VENT(仮面ライダーレイダー)
デスペラードメガブロー 6000AP
レイダーが契約モンスター=ガッツフォルテに自らをハンマー投げのように投げ飛ばせて繰り出すパンチ。
一撃で敵を仕留められない場合は連続でパンチを繰り出し、敵を確実に仕留める。
殴れ殴れ殴れ!言葉よりも拳で語れよ乙女達!