放たれた拳が仮面を横切り空を貫く。
もう何度目かなど数えられない攻撃を掻い潜り、ツルギは白刃を返して振りかざす。
「うおっ!?」
レイダーは身を捩って紙一重の回避。
仮面をの上を走り抜けた切先に、レイダーは目を見開くとすぐに楽しげに目を細め、口角を上げていた。
「やっぱり君は面白いよ〜!」
回避に下げた足を踏み込み、レイダーはアッパーを繰り出す。ツルギのクラッシャーを狙うが、華麗に舞うようなターンでアッパーを回避するツルギは再びレイダーと向き合った瞬間、その兜を叩き斬ろうとするかのような唐竹割りを放つ。
「つおっ!?」
レイダーもまた咄嗟の神業。
白刃取りでツルギの太刀を受け止め、したり顔。
だが、ツルギはこれもまた想定済みのようで掴まれ固定された太刀を支柱に、レイダーの胸部を蹴り飛ばした。
「ぐおっ!」
よろめき、後ずさるレイダー。
キックの威力はそう大したものではなく、レイダーの鎧の堅牢さもあってダメージには至らない。
仕切り直しかと微笑むレイダーはツルギへと目を向けるとツルギは太刀を払い、地面へと突き立てていた。
もう終わりとでも言いたげに。
「なんだよー。もう終わりー?」
「もう時間でしょう」
そう言うと、ツルギとミラーワールドが示し合わせてでもいたようにツルギの鎧が粒子となっていく。
「ちぇー仕方ないなー」
レイダーは不満たらたらに、ツルギは小さく息をついてそれぞれミラーワールドを後にした。
燐と遊は近くのファミレスに入っていた。
ちょうど昼食の時間帯というのもあり、人の入りが着々と増えつつある店内。
ライダーバトルに関するだろう話をこんな場所でしていいものかとも思うが、店内は騒々しく、多忙しい。奥まった席に案内されたのもあって、わざわざ盗み聞くような人もいないだろうと燐は自分を納得させた。
もっとも向かいのソファー席に座り、ステーキセットを貪る喜多村遊はそんなこと考えてもいないだろうが。
「いや、かったいなぁ!」
「ファミレスのなんてそんなもんじゃないですか」
肉を噛み締める遊だが、大事に味わって食べるというよりそうするしかないといった様子。
「いやぁ、いいお肉とか食べてみたいものだけどね。学生の身分じゃどうもね」
「まあ、ステーキハウスとかみたいな専門のお店は高いですし」
「うんうん。ところで、君はさ、食べないの?」
遊はわりと真剣に燐へと尋ねていた。
親心に近いものがある。
実際、燐の前に置かれているのはドリンクバーのコーヒー一杯が湯気を立てるのみ。
食事時だというのに、燐はドリンクバーしか注文していなかった。
その上、このコーヒー一杯のみしか飲んでいない。
「さっきも言ったけど先輩らしく奢るって〜」
「さっきも言いましたけど、食欲ないので」
燐の返答に、遊は頬を膨らませた。
「なんだいなんだい、奢り甲斐のない後輩だなぁ」
「それより、話ってなんですか」
「あのね、私に言わせるとどんな時でも食える奴。ムシャムシャ……何かを腹に納めることが出来る奴が……ごっくん、本当に強い奴、生き残る奴なんだよ、あーんっ」
遊はステーキを食べながら自説を語り始めていた。
燐の問い掛けを無視して。
「あの」
「たしかに君は強いムシャけどね……んっ。それだけじゃあ生き残れないよ。あ、お姉さん! フライドポテト追加で!」
「タッチパネルからお願いします」
「ちぇー無愛想なウェイトレス。最近の接客はお年寄りに冷たいよねー」
「話聞いてます? 話あるって言ったの遊さんですよね」
苛立ちが隠せない言葉尻に燐は自己嫌悪に陥った。
あたるような言い方になってしまい、俯くと遊はタッチパネルを操作しながら返答した。
「氷梨麗美がヤバい」
「えっ」
短く、端的な切り口から告げられた言葉を燐は聞き返した。
「氷梨麗美、仮面ライダーウィドゥ。今はライダーとは違うようなやつになってるけど。分かる? 殴られると愛! とか言う黒い蜘蛛のやつ」
「分かりますけど……。ヤバいって、言うのは」
「子供に手を出してる」
手を出してる。
その言葉が意味するところを理解出来ない燐ではなかった。
テーブルに身を乗り出すようにして遊と向き合った燐は詳しく話を聞く姿勢を取った。
「昨日、モンスターの気配がしたんで萩山の遊園地のあたりうろうろしてたんだけどね。そうしたら、あいつがちっちゃい男の子連れて歩いてるところ見かけてね。怪しんでつけていったら、痛ぶってたよ、あいつ」
そこまで話しメロンソーダを口に含む遊。ストローから口を離すと、ストローには噛み潰された跡が残っていた。
彼女もまた怒りを抱いていることが容易に想像ついた。
「助けてあげたけど、あいつのモンスターに……」
「遊さん……」
遊もまた人間であり、助けた少年が目の前でモンスターに捕食されるところを目撃し何も思わないわけがない。
後悔と自責の念が、たしかに彼女にはあった。
だが、いつまでもそうしているわけにもいかないとすぐに顔を上げて話を続行。
「そんで、ヤバい点二つ目。奴が強化された」
「強化?」
「そ。永遠闘諍で時間を停めて全身殴り飛ばしたのに、起き上がってきては強くなっていった。そんでこりゃまずいと撤退したわけ。してやられたね、まったく。いいとこなしだよ」
ステーキの最後の一切れが口に運ばれる。
遊がガーリックソース味のガムを噛んでいるような中、燐は口を開いた。
「まさか、コアの仕業? でも……」
「ま、何にせよ奴は放置出来ないでしょ。最近起きた殺人事件もあいつの仕業臭いしね」
「例の、惨殺事件とか言われてる……」
「うん。もう、奴はモンスターみたいなもんだよ。いや、モンスターの方がまだマシか。奴等は食事のために人間を襲う……ってのは、まあ善し悪しは別として理解は出来る。けど、奴は行動目的も意味不明だしね。命を弄んでることだけが確かだよ」
遊園地にいた子供を襲った。
これだけ聞いても、子供は当然家族らと共に来ていたのだろう。
楽しい、幸せな時間を過ごしていたのだろう。
それを、奪ったのは。
命を奪われた少年の痛み、幼い命を奪われた家族の悲しみ。
そのどれもが、想像を尽くし難い。
テーブルの上に置かれていた、燐の拳が固く、握り締められる。
それに気付かない遊ではなかった。
「今のあいつを倒すには、少なくともサバイブを持ってるライダーじゃないと駄目だ。だから、これに関しては協力しよう」
意外な申し出に燐は驚くが、断る理由は当然なく、むしろ氷梨麗美の凶行を止めるべく力を合わせるというのは至極もっともだと判断した。
もしかすればコアのバックアップを受けているかもしれない危険な存在。
ライダーも一般人も関係なくその手にかける存在を、燐が許せるわけがなかった。
「分かりました。そういうことなら、協力します」
「うしっ、君が入るだけでもかなり心強いけど……あの子にも声かけたいな。君も分かるでしょ、片月瀬那」
「ええ。ただ、協力してくれるかは……」
「まあね。入ってくれるならもっと心強いって感じ。あと、君の仲間達にも伝えといた方がいいね。出会ったらすぐ逃げろーって」
そうですねと燐が相槌を打つと、遊が追加注文したフライドポテトがウェイトレスにより運ばれてきた。
ステーキセットを食べたというのに、よりにもよって山盛りなものを注文したのかと燐は見ただけで胃が重くなるのを感じた。
「まだ、食べるんですか……」
「うん! 君と戦ってカロリーをかなり消費したからね!」
「そんな、五分ぐらいでそこまで……」
「あっはっはっ! 戦いはなんであれ腹が空くものだからね。特に、良い戦いのあとは気持ち良くお腹が空くものだよ。君も好きにつまみたまえ」
次々とポテトを口へと運び、メロンソーダで流し込む遊の姿に圧倒される燐。
この人の胃袋は鋼鉄で出来ているか胃液がマグマなのだろうと想像した。
「いやぁ、やっぱり君との戦いほど楽しいものはないね! 殺気はないけど、ガチのが飛んでくる感じさぁ、堪らないよね!」
「……」
人をそんなアトラクションのようにと腹が立つ燐だったが、コーヒーを飲むことで怒りを流すことにする。
「君も我流でしょ? 私も我流だけどさ、なんというか君の剣はあれだよね、君のサバイブと同じで風みたいって言うかさ」
「風……?」
「そ、あれだ。分かりやすく言うと型がないっていうか。型破りともまた違うというか……。そもそも、風に形はないじゃん? だから、そんな感じでさ、風のように強さも風向きも変わるような変幻自在さがねぇ、浴びてて好きなんだよねぇ」
しみじみと語る遊はなんというかマニアックであった。
やはりこの人のバトルジャンキーっぷりは永遠に理解することはないだろうと燐は改めて思う。
「ま、ともかくとしてよろしく頼むよ。ツルギ君」
「……こちらこそ」
闘争狂いっぷりは理解は出来ないだろうが、根が悪い人ではないだろうことは理解出来る。
自分のことを信頼して話を持ち掛けただろうことも。
その信頼に応えるように、燐はフライドポテトをひとつ手に取り口にするのだった。
鍵盤のひとつが沈む。
幼いころ、アタシは鍵盤をトランポリンのようだと思っていた。
沈み、浮いて、沈み、浮いて。
小さくなって、鍵盤の上を飛び跳ねてみたいなどと夢に見たものだった。
演奏が終わる。
「先生、どうだった?」
「だいぶ取り戻してきたんじゃない? でも、もっと伸ばせる」
姫のピアノの講師を請け合い、こうして真面目に務めている自分のことが自分でも意外だけれど悪くないとも思っている。
「ほんとう? これより上手くなるなんて、わたし信じられない」
「技術は同年代じゃトップクラスだよ。次に技術が伸びるようになるのは、身体が大きくなってから」
「そうなの?」
「身体の成長に伴って、これまでと同じ感覚で弾けなくなってくる時期が出てくるから。アタシや姫みたいに小さい時からピアノ弾いてた人にはね。ここを乗り越えられるかも、ピアニストの壁ね……。ま、姫にはまだまだ先の話だけど」
そう言うと、姫は頬を膨らませて抗議の意思表示。
たしかに、少し意地悪したのは事実だけれど。
「技術がトップクラスならどうやってこれ以上上手くなれって言うのよ」
「今の姫に足りないのは、情感、質感、世界観。この三つ」
「じょーかん、しつかん、せかいかん……」
姫は指を折り、アタシの言う事を復唱していた。
こういうところはなかなか可愛らしいと思う。
なんだかんだ言って、真面目な子であることの証左だろう。
「この三つの"カン"も成長に伴って身についていくものでもあるけれど、ただ歳を取れば身につくってものでもないし、今の姫にだって身につけられる」
「ほんとう! どうやったら身につくの!」
目をキラキラと輝かせアタシを見上げる姫に対してアタシは得意気に言った。
「外に遊びに行く!」
まあ、なんてことはない。
単純な話、アタシが部屋にいるのに飽きたというだけなのだ。
秋という季節は夏と冬に侵食されていっている。
九月も半ばを迎えたというのに、夏である。
暑すぎる夏が過ぎて、ようやく夏らしい季節になったように感じるのはおかしい。
その上、過ごしやすい季節というのはどんどん短くなり、冬将軍が一気に押し寄せるようになった。
特にここは東北なので一瞬で冬になる。
そのうち紅葉と雪を同時に楽しめるようになるのではないかと危惧している。
「ね〜? こんなんでほんとうに、じょーかんとしつかんとせかいかんが身につくわけ〜?」
白い帽子を被る姫の額はじんわりと汗ばんでいた。
それなりに歩いたのでそうもなろう。
やって来たのはこの前も来た公園ではあるが。やはり親子連れの姿が多いし、水筒を持っている人も多い。
こちらも水分補給用の水は買っていたが、ほとんど姫に飲まれてしまった。
アタシってやさしー。
「よく耳を澄ませて景色に流れる音を聴いて。聴いてどう感じたかをしっかり憶えとくの。それが三つのカンになるんだから」
「ほんとうなの……?」
訝しみながらも目を閉じて耳を澄ませる姫だったが、すぐに目を開いてアタシのことを見上げた。
「なんにも感じない。ガキがキャーキャー言ってるだけじゃない」
お前もガキだろうがという言葉をぐっと喉元に押し込み、先生らしく努めた。
「ま、最初はそんなもんだしいつもと変わらない日常の風景に感動を覚えるのは姫にはまだ早いか。大抵、なんか非日常的なものを見て感動するものだしなぁ……」
「むっ、わたしをそこいらの凡才たちといっしょにしないで! わたしなら日常にだってカンドーできるんだから!」
そう言って再び瞳を閉ざして耳を澄ませる姫。
十秒経過。
瞼に入る力が強くなった。
二十秒経過。
肩に力が入り始める。
二十五秒。
両手が強く握り締められる。
三十秒。
「わかんない〜!!!」
根を上げる。
やれやれ、この程度ですかと煽ってやりたくなるのをグッと堪える。
大人ぶれ、アタシ。
「無理に感じ取るものじゃない。心と身体にスッと染み込んでくるものなんだから、感動ってのは。そうして、何かに感動して初めてピアニストは演奏に情感と質感を纏って、演奏を聴いてる人達に世界観を魅せて、感動させることが出来る」
「……すごい」
「そう。ピアニストはすごい」
「わたしも、そんなピアニストになれる?」
まっすぐ見上げられていた。
無垢な瞳。
願わくは。
「さあね」
「そこはなれるって言うとこでしょ!」
笑う。
笑って、誤魔化した。
そう願っては、いけないはずなのに。
「もう……トイレ!」
「一人で出来る?」
「あたりまえでしょ!」
そう言ってトイレへと向かう小さな背中を見送る。
つい揶揄い過ぎてしまった気がする。
「ああ、何やってんだろアタシ」
右手を見つめる。
かつてのようにピアノを弾くことは出来ないこの右手を元に戻すためにアタシはライダーとなった。
ずっと、飢えていたような感覚に苛まれていた。
だけど。
「どうして、こんな気分なんだろう……」
穏やかな声色でそう言っていた。
何か、今のアタシは満ち足りているような気分だ。
久しく感じることのなかった充足感に戸惑っている。
決して悪い感覚ではない。
けれど、そう思えば思うほどにこの右手が、なんだか、どうでもよくなってしまいそうで……。
「黒峰さん……」
その声に、顔を上げる。
「影守……」
なんで、今、こんな奴と出会ってしまうかな。
こいつを見ていると、アタシは……アタシは……。
「久しぶりね、黒峰さん」
「あんたは……華甸川か、ちょっと顔合わせなかったぐらいだけど随分と懐かしい気がする。で、二人揃って何の用?」
「別に、用ってほどじゃ……たまたま見かけただけだし」
「あぁ、そう。言っとくけど、アタシも戦う気はないから」
そう言うと、影守は意外そうな顔をしていた。
失礼な奴だと思う。
「それで、あなたこそ何をしてたのかしら?」
「……別に。なんでも」
「そういえば、今はピアノの特別講師をしているんですって? すごいじゃない!」
「なっ!? 華甸川、なんでそのことを!」
「美玲がグループで言ってたわ!」
『そういえば』
『黒峰、ピアノの特別講師を始めたのよ』
『ウケる』
華甸川が見せてきたスマートファンのチャット画面には咲洲がそう発言しているのが表示されていた。
あの女、グループで話すとか全然しなさそうなのに。
ていうか一番発言してない?
なんなんだあの女。
アタシの中の咲洲美玲のイメージが最近崩壊していっている。
「……そういうことならそのままピアノの先生やってればいいじゃん。はい、デッキを私達に渡して」
「渡すわけないでしょ」
華甸川はいいけど、影守からは敵対心のようなものをガンガン感じる。
まあ、影守とは結構やり合ってきたからこうなるのは理解出来るけど。
睨み合いとまではいかないが、微妙な視線を交わし合う。
「まあまあ、二人とも。戦う気がないなら、それでいいじゃない」
「むぅ……」
「ふん……」
「……あ、ねえ? こんな公園にあなたがいるのちょっと不自然じゃないかしら?」
「それ結構失礼な発言だと思わない?」
「もしかして生徒さんと一緒だったり?」
なんで分かるんだろう。
意外とこの華甸川真里亞という女はこわい人なのかもしれない。
嘘などつけない可能性がある。
「……そうだけど、悪い?」
「いいじゃない。先生と生徒が仲良しなのは良いことよ」
「別に仲良しなんかじゃ……」
改めて他人からそう言われるとなんだか恥ずかしい。
仲良しとまではまだ行ってないだろうし。
とはいえ、悪く思ってもいないし、悪く思われても……いないんじゃないかな。
分からないけれど。
人の心は分からない。
心の内で他人のことを色々言うのは人として当たり前だろうし。
「……それで、肝心の生徒さんはどこ? 嫌がられて逃げ出した?」
「トイレ中。逃げ出してなんかない」
まったく、影守の奴は突っかかってきて仕方な……。
その音に、三人とも反応していた。
ミラーワールドが戦いを誘う。
音の方向は……。
公園の端に建つ平屋のトイレは新しいのもあって、不快感を抱かせない清潔感を保っていた。
女子トイレには姫一人だけで、他に人の気配もない。
花を摘み、手を洗い終えた姫が水を払い、ハンカチで手を拭こうとする。
ふと見た鏡には、ぼうと立つ黒い女の影があった。
「……!?」
驚くも、声は出さなかった姫であったが恐怖でしかなかった。
いつの間に、後ろに立っていたのか。
何故、わざわざ後ろに立っているのか。
姫が手を洗っていたのは子供用の低い手洗い場で、大人が使うものではないのだから。
「ねえ」
黒い女が、姫に話しかけた。
女は黒いワンピース姿で、前髪で左目が隠れた女の名は氷梨麗美。
麗美はしゃがむと、姫の肩に顎を乗せた。
「ひッ! むっ!?」
叫ぼうとした姫だったが、麗美の青白いとも言ってしまえるほどの不気味な白い手が姫の口を覆っていた。
「大きい声出しちゃダメだよ……まわりの人達がビックリしちゃうからね」
姫は怯えた瞳で鏡に映る麗美の姿を見つめていた。
ある時、たまたま深夜に目が覚めた時に見たホラー映画に登場するお化けのようで堪らなく恐ろしかった。
「ねぇ、あなたのこと愛してもいい?」
「……!?」
「愛してもいいわよね。ありがとう。そうすれば、また瑠美も帰ってくるよね……」
姫には麗美が何を言っているのか分からなかった。
日本語ではあるが、麗美以外には理解不能な言語として捉えられる独白が恐怖を加速させる。
「あなたはそうね……レミ、ルミ……ミライって名付けてあげる」
「んんっ! んんんー!」
「怖いの? 大丈夫よ、あなたの兄弟達もたくさんいるからね……」
姫の視界を覆う白い糸。
鏡から、ミラーワールドから吐き出された糸が姫を繭に包むようにして捕えるとミラーワールドへと吸い込まれていく。
麗美もまた、その後を追いミラーワールドへと足を踏み入れた。
「姫……!」
嫌な予感がしてならない。
どうして、どうして、こんな時に一人にさせた。
トイレに駆け込むと、誰もいない。
姫の姿がない。
そんな、どうしてこんな!
『グワッ、グワッ』
手洗い場の鏡の中、契約モンスターであるステルスニーカーが後ろを指差し何かを示しているようだった。
「こっちって教えてる……?」
「モンスターいた!? こいつ!?」
「バカ! ちがう! アタシの!」
追い付いた影守達をよそに、急いでデッキを取り出し鏡へと映す。
「もしかして、あなたの生徒さんが……!?」
「そうだよ! 今あいつが居場所教えてる! 急いでるから邪魔しないで! 変身!」
デッキをバックルへと装填し、甲賀へと変身。
ミラーワールドへと飛び込んでいく。
待ってて、姫……!
あの黒峰さんが、あんなに焦っていた。
きっと、その生徒さんというのは彼女にとって大事な人なのだろう。
「行くんでしょう?」
「……はい!」
デッキを手にし、真里亞さんと共に左腕を突き出しデッキを鏡へと翳す。
右手を上段に上げ、一気に振り下ろす。
「「変身!」」
紅と白銀の鎧が舞い踊り、変身を遂げる。
すぐにミラーワールドへと向かい、無数の鏡に覆われた道をライドシューターで走る。
先に走っていた甲賀のライドシューターの姿を捉え、私達はその後を追跡した。
腹が、減った。
昨晩、たらふくラーメンを食べたのだが、どうにも腹持ちが悪い。
それに、廃棄されるコンビニ弁当というのもやはり良くない。
冷えた飯は良くないのだ。
今日は身近でモンスターの気配もライダーの殺気も感じない。
こういう時はひどく、無為に、腹が減る。
いい加減、シャワーのひとつでも浴びたいというのもあった。
どこか、せめて屋根と壁があるようなところに行きたい。
「そのザマが、これか……」
錆びついた階段。
晴れているのに、この地域だけは何故か薄暗いようで、気持ちの悪い青空。
嫌な気配ばかりが漂うような、そんな場所。
そこに建つ古ぼけたアパートが、アタシの家だった。
離れれば、いいのに。
何故か、階段を昇っていた。
一番奥の部屋の扉の前に立ち、物音がしないか耳を澄ました。
「ママは……いない……?」
それなら、ちょうどいいかもしれない。
鍵は財布の中に入れていた。
鍵を開けて、ドアノブに手をかける。
「あら、おかえり瀬那」
「っ……」
最悪のタイミングだった。
階段を上がってきたあの人と、鉢合わせてしまった。
立ち去ろうとしても、ここの通路は狭い。
容易く塞がれる。それに……。
「リサ、あれが娘か?」
「そうよ」
なんとも風貌も悪い、趣味も悪いスーツを着たガタイだけいい男が階段を昇ってやって来たのだった。
部屋に入れられると、まずビンタされた。
「ほっつき歩いて、入院とか……どこまで迷惑かければ気が済むのよ! このグズ!」
「なにすんだよ……!」
殴り返そうとすると、男に手首を掴まれてしまい、殴り返そうとしたことを理由にまたビンタされる。
「おいリサ。あんま殴んなよ。顔に傷はまずいんだから」
「はっ……そんなの買おうだなんて、物好きがいるものね」
タバコを咥えて、ライターで火をつけるあの人が言った言葉がよく、分からなかった。
「買う……? なに、なに言って……」
「あんたの入院代をその人に立て替えてもらったのよ。だから、その分はちゃんと稼ぎなさいよね」
「だから、なに言って……!」
「どうせもう売ってんでしょ。ならもうどうでもいいじゃない」
何も言い返せなかった。
たしかに、アタシはアタシを売ってきた。
だけど、それは自分の意思というもので、金欲しさとか、その日の寝床欲しさとかであって、そんな、こんな風になるのとは、全然違って。
「ほら、まず客の前に出す前にちゃんと調べないとなぁ」
「はっ……離せよ! やめっ! ママ!」
タバコの煙が吐き出される。
アタシの方なんか見ちゃいない。
部屋のソファに押し倒されると、男はアタシに馬乗りになって服に手をかけた。
「意外と可愛らしいとこあるじゃねえか。ママだなんてな。そうやって泣き叫ぶ奴が好きな客ってのは結構いるんだぜ」
「やめろ! やめっ!」
服を剥がれる。いや、破かれると言った方が正確で。
上半身は下着姿で、もう、何がなんだか分からなくて。
「それにしても臭えなぁ。でもよ、これからは一日中風呂に浸かってるようなもんだから清潔だぜ」
「ちょっと、どうでもいいけどあんまうるさくしないでよ。バレたら面倒だし」
「ああ。テープ貸してくれよ、口塞ぐからな」
男がそう言った瞬間だった。
「ゔっ!?」
生暖かいものが身体や顔にかかった。
赤くて、黒い。
血。
男の胸の真ん中には、ポカンと穴が空いていた。
すっかり、向こう側が覗けるぐらいな穴からは、血がどくどくと溢れ出ていた。
力なく、男が倒れてくる。
重い男の身体の下からなんとか抜け出すと、ママが怖い顔をしていた。
「ひっ……!? な、なんなのよっ!?!?」
「マ……」
ママが恐怖に引き攣った顔で悲鳴を上げようとした瞬間、窓ガラスから飛び出た太い針のようなものでママも胸を貫かれた。
針は壁に突き刺さると溶けるように消えていく。
ママは、醜い顔のまま噴水のように血を噴きながら倒れた。
「え……?」
わけが、分からなかった。
鏡を覗くと、血の海に浮かぶアタシと……アタシが契約しているモンスター、クインビージョがいて、両腕に新しい針が生え揃うところだった。
そして、ミラーワールドからクインビージョの配下の小さな蜂のようなモンスター、ビージョが大量にやってくると、男と、ママの身体を覆って……すっかり、何も無かったかのように消えてしまった。
「え、あ、え……?」
『ビビビ……』
「な、なにやってんだよぉぉお前!!!!!」
クインビージョは何も言わない。
なんで、なんで、どうして、こんな。
『なんで、ママを殺したんだよ! ママは、だって、ママは……!』
また、昔みたいに。
パパがいた頃にみたいになろうって、そう、思ってたのに。
今はちょっと変わってしまったけれど、アタシが願いを叶えればまた前みたいなママに戻るって!
なんで、なんで……こうなるんだよ……。
雑踏の中、茜はとにかく必死だった。
瀬那を見つけようと。
「すいません、この子をどこかで見かけませんでしたか?」
しかし、街は無情で、誰の目にも届かない。
モンスター、ライダーバトルによる被害で行方不明者が鰻登りに増えて止まないこの街では、似たようなことをする人間が多かったからだ。
電柱や壁には行方不明者の情報を求む貼り紙が溢れ、茜もまた見つからないだろう人を探す者として扱われるのだった。
次回 仮面ライダーツルギ
「……姫とモンスターはどこ」
⬛︎に⬛︎わな⬛︎。
「せっかく来たのに、お茶の一杯でも出しなさいよ」
「……逃げようと思ったことは、ないんですか」
「……諦めてるだけだよ。逃げられないから」
運命の叫び、願いの果てに————。
ADVENTCARD ARCHIVE
TRICK VENT
シャドーイリュージョン 1000AP
何体もの分身を作り出す技。
分身達が一斉に敵を取り囲み、次々と攻撃を仕掛けていく。
一人一人が独自に動き、敵を翻弄する。
幻影と呼ぶにはあまりにも鮮烈。
仮面ライダーツルギTVSP完結
応援ありがとうございました!
まだ読まれてない方はこちら↓
https://syosetu.org/novel/336019/
そしてツルギ5周年企画始動!
新たなツルギは5人対5人!
キャラクター、ライダー募集開始しております!
ご応募待ってます!
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=320052&uid=270502