古ぼけたアパートの朽ち果てそうな階段を上がる東南アジア出身の女性は怒り心頭であった。
上の階の住人がやたらドタバタと騒ぐものだから文句をつけようと意気揚々。
二階の一番奥の部屋へとずんずんと迫り、鬼のような形相を更に険しくすると、目当ての部屋の扉が勢いよく開かれて金髪の少女が古びた白のパーカーに身を包みながら走り去っていった。
「チョットー! アブナイデショ!」
狭い廊下で女性を気にも留めずに通り過ぎていった少女へと注意しながら背中を睨み付け、少女が飛び出した扉へと視線を移す。扉は一人でに閉まるでもなく開け放たれたまま。
この様子だと親子喧嘩でもしたのだろうか。
少女はきっと家出したのだろう。さっきうるさかったのも親子喧嘩のせいだったのかもしれない。自分にもそういう時代があったと懐かしむと途端にさっきまでの怒気はなりを潜める。
女性は開いたままの扉ぐらいは閉めてあげようと部屋の前に立つ。母親か父親でもいないものだろうかと念のため中へと声をかけた。
「ダレカイマスカ? ドア、アケッパ、アブナイカラネ」
部屋はしんと静まり返っていた。
あんなに床をドンドンとうるさくしていたのが嘘のようだ。そのあまりの静けさに女性は恐る恐る、部屋の中へと入っていく。
「モシモシ。ココノヒト、イマセンカ」
短い廊下を抜けた先。女性の鼻につんと濃ゆい鉄の臭い。
顔を顰め、部屋の奥へ進み、目に入った赤い水たまり。
それが何か理解するのに、時間は必要なかった。
「イヤーーー! ダレカ! オマワリサン! イヤーーー!」
連れ去られた姫を追って、華甸川とよりにもよって影守と行動することになるなんて。
ともかく、モンスターに姫をなんかやらせはしない。
「……けどなに? この違和感は……」
違和感というより、不安?
妙な胸のざわつきが煩わしい。
『グオロッ』
先導するステルスニーカーが頬を膨らませて鳴く。どうやら、辿り着いたらしい。一刻も早く姫を助け出さないと。
鏡張りの世界を抜けてミラーワールドへ。
暗い。湿気っている。
何だここは。廃墟なんて趣味が悪い。
「なにここ、オバケでも出そうな……」
「病院、みたいね」
少し遅れて床に散乱する鏡から現れた影守が変身するライダー、グリムと華甸川のヴァリアス。
ヴァリアスの言うとおり、ここは病院のようで扉の上に反転した文字で診察室と書かれたプレートがあった。
部屋が多いのは厄介だ。あいつらのことは気にせず、とにかく片っ端から探すしかない。
『グオッ』
アタシの契約モンスターは優秀だ。早くも見つけたようだ。
ステルスニーカーの隣に並び立つと目の前は朽ちかけの長椅子が無造作に並ぶ広い部屋。待合室だろうか。
「……姫とモンスターはどこ」
ステルスニーカーを優秀だと思ったのは間違いだったのか?
どこにも姿が見当たらない。
いや、ステルスニーカーが間違えるはずもない。
ステルスニーカーが見つめる方向へと目を凝らすと、暗くて一瞬分からなかったが大きな鏡の破片が柱に立てかけられている。
その鏡の中に、姫がいる。
「姫……! いや、なんで元の世界に?」
「いたの!」
「あ、ああ。いたけど、元の世界にいる」
「えっ? モンスターに捕まったんじゃないの?」
「とにかく助けましょう!」
ヴァリアスの言葉に頷き、仮面ライダーであることを隠すために待合室から少し離れた廊下に散らばる鏡の破片から現実の世界へと。
急いで姫を助けて、こんなところとはおさらばだ。
「ひ……!」
そいつの存在に気付き、廊下の角に身を潜める。
「どうしたの」
「……なるほど。モンスターの仕業じゃないわけだ」
「……! あいつは!」
「……氷梨麗美。最悪な奴がいるんだけど、なんで」
姫を攫ったのはあいつ?
……いや、よく見ると何人か他にも子供がいる。10人ぐらいいる、か。
あいつがここに集めた?
何のために。
「まさか、契約モンスターに食べさせる気じゃ!」
「待って。あの変態がそんな単純なことすると思う? いや、するかもだけど……」
何か、変態らしい理由があるはずだ。
少し観察が必要な状況だと思う。あいつが子供達をモンスターに喰わせようとしたら即座に飛び出せるようにデッキを握り締める。
「ねえ、みんなはお父さんとお母さんから愛されている?」
急に何を言っているんだ、あの変態。
「美也、燐と美玲に連絡入れて。私は現在地調べるから」
「わかりました!」
背後の二人は小声でやりとりしていた。応援を呼ぶらしい。
たしかに、この状況は人手が欲しい。戦闘となれば三人がかりでもあいつに勝てるか正直なところ不安。
オルタナティブとかいうシステムはアタシ達のライダーシステムよりも数段は上の強さらしい。対抗するには御剣が必要だ。
そういった雑務はこの二人に任せて、アタシは奴の観察に努める。
氷梨の問い掛けに答える子供はいなかった。当然だろう。連れ去られて、いきなりあんな質問をされて答えられる子供なんてそうはいない。
と、思っていたんだけど。
「あ、愛されてるわよ」
震えを隠せないままの声で、姫が答えた。
怖いだろうに。勇気を褒めてあげたいところだけど、果たして氷梨を相手にそれは大丈夫なのか。
「そうなの? どんな風に?」
問答は続いた。
「えっと……ピアノ上手だねって褒めてくれるわ! なでなでしてくれたりとか、ごほうびを買ってくれたり————」
その瞬間、ヤバいと直感が働いた。姫の氷梨を見上げる顔が強張っていて、アタシは勝手に動き出していた。
「やめな!」
咄嗟に氷梨へと向かって駆け出し、不恰好なタックルで氷梨を突き飛ばす。
氷梨は長椅子を巻き込みながら床に身体を打ちつけた。
「ちょっ! 黒峰さん!」
「先生!」
「っ……! いいから、他の子達! 逃げるよ!」
「わ、分かったわ! みんな、こっちよ!」
姫の他に捕まっていた子供達は華甸川の呼び掛けに応じて動き出す。
氷梨は頭を打ったのか、すぐには起き上がりそうにない。
今のうちにとにかく逃げるべきだ。
「いくよ!」
姫の手を掴んで走り出す。
出口はすぐそこ。外に出ればどうとでもなる。
「……逃がさない」
「扉開かないんだけど!」
影守が扉を力づくでこじ開けようとしているが、まるでびくともしない。おかしい。鍵なんてこんな廃墟では意味を為さないだろうし、バリケードが組まれているわけでもあるまいし。ましてや内開きの扉が開かないなんて、そんなこと。
「……! 最悪ね……!」
華甸川が何かに気付いたようだ。
見るのは鏡の中、ミラーワールド。そこでの扉は蜘蛛の糸によって縛り付けられていた。なるほど、これで開かないわけだ。
「ふふ……今のは痛かったわ……好き」
「変態!」
ゆらりと幽霊のように立ち上がった氷梨の右目は狂気を孕みながらアタシのことを見つめていた。痛めつけてくれる奴なら誰でもいいってわけ!?
「みんな、あっち!」
影守が指示し、右手側の廊下を真っ直ぐ走る。
出入口が使えない今はとにかく、氷梨から距離を取ることが最優先か。
思ったよりも広い病院のおかげで助かった。小さな病院だったら既に行き止まりで窮地に追い込まれていただろう。
木造の階段を昇り、適当な部屋に一旦身を潜めることに。
「どうするの。この調子だと建物の出入口や窓は全部開かないわよ!」
「変身すれば……」
「見せるわけにはいかないでしょ」
「そうも言ってられない状況だよ! 子供達だけでもミラーワールド使って……」
「変身して戦って、オルタナティブのあいつに勝てる自信ある? ミラーワールド通って子供達を逃がすのだって、この人数じゃ……」
人手が足りない。
第一、生身の人間ましてや子供にミラーワールドは危険過ぎる。
モンスターの危険性もあるし、なにより消滅してしまうかもしれない。
助けに来たのにトドメを刺すようじゃ、話にならない。
「先生……」
「大丈夫だから。なんとか、するから……」
自分自身に言い聞かせているみたいだ。
我ながら情けない。
「御剣は連絡着いたの」
「うん。すぐに向かうって」
「そう。場所もオッケー?」
「ざっくりとだけど現在地は伝えたわ。ここ、沼田の山の中よ」
それを聞いて絶望した。
御剣がどこにいるかは知らないけれど、十中八九この近辺にはいないだろうということは想像に難くない。街の中心部から車で少なくとも30分以上かかるだろう。それが更に山の中となると到着する時間はそれ以上と見込める。
なんでそんな辺鄙な場所に来てしまったのか。
子供誘拐してるならうってつけの場所かもしれないけれど。助けが来るには遠すぎる場所だ。
「嘘でしょ……」
「り、燐くんも美玲さんもモンスターに乗って飛んでくればすぐだよ! それまでの辛抱!」
「辛抱って言ったって……」
「警察を呼ぶわけにもいかないしね」
警察を呼ぶ。それはなかなか良いアイデアだと思った。
あの変態を逮捕してもらえればそれだけでライダーバトル脱落だ。
……ま、そうは問屋が卸さないのだろうけれど。
どうやってここまで来たのかとか、ライダーのことを知られたら面倒なことになる。
「とにかく、ここから脱出することを考えると……っ!」
人が話している途中、微かに聴こえた床が軋む音。
氷梨の足音!
「全員静かに」
息を潜めると、より鮮明に聴こえてくる。
足音は少しずつ大きくなっていき、まっすぐ接近しつつある。
部屋をひとつひとつ確認されたら、見つかってしまう。
「先生……」
不安げな瞳。
覚悟を決めて、立ち上がる。
「戦うつもり? 勝てるつもりないんでしょ!」
「勝てはしないだろうけど、引きつけることだけは出来るでしょ。ま、アタシお得意の逃げて隠れながら戦うってやつ?」
「黒峰さん……」
なに、その目。
まるでアタシが死にに行くみたいじゃん。
こんなところで死ぬつもりはない。アタシはこのライダーバトルがあれこれ変わったとしても願いが叶うというなら最後の一人になるまで戦うだけだから。
「どのみち、モンスターに封じ込まれてるんだから戦闘は避けられないっていうか。てか、戦うのアタシだけじゃないから。10分ごとに交代だからそのつもりで」
「え、10分ごとにって!?」
「あの変態なら喜んで連戦してくれると思うけど。じゃ、アタシが時間稼いでる間に諸々よろしく〜」
歩を進め、影守に背を向けて軽く手を振る。
さて、ここを出たら地獄。出なくても地獄。
出た方がマシな地獄だと思いながら、地獄への扉を開けた。
薄暗い廃墟の廊下に佇む黒い少女と相対す。
なるほど、これは雰囲気も相まって迫力抜群。ジャパニーズホラーの趣だ。
最初に言っておくけれど、アタシはホラーが苦手だ。
「見つけた」
黒く濁った右目がアタシを見つめている。
本当に、これが怪異でなくて良かったと思う。あいつは変態だけれど生身の人間なのだ。怪異であれば今頃泣いて逃げ惑っていただろうけど、あいつは人間で、女子で、ライダー。
だったら、戦える。
「来なよ。アタシが愛してやるから」
暗い緑色のデッキを見せつけながら、奴を釣る言葉を口走る。
愛してやるなんて、今後の人生で言う機会は恐らくないだろうなと内心自嘲する自分がいることに驚いた。結構、余裕あるじゃん。
いや、痩せ我慢だ。
それでもいい。
今だけは、生きるために。
姫を生きてここから逃がすために。
闘うんだ。
「変身」
それは緊急を要する連絡だった。
無関係の子供達を巻き込んだ氷梨麗美。相変わらずの変態異常者ぶりに反吐が出そうになる。
ただ、それよりも。
布団に寝転びながら見つめる、握り締めたスマートフォンの画面。
「すぐに向かいます」
グループにあげられた短い燐のメッセージ。
私も美也達を助けに行かないといけない。はずなのに。
行けば燐と顔を合わせることになる。一体、どんな顔をすればいいか分からない。どうしたらいいか分からない。
時間が経つごとに胸中は重くなるばかり。
謝るしか、ないのに。
それを燐が許さないようで、辛い。そう思っているのは私が勝手にそうだと思い込んでいるからなんだろうけれど。だとしても辛い。
燐が何を考えているのかも分からない。
気にしないで、なかったことにしているのか。
内心では怒っているから、あんな態度を取っているのか、分からない。
もうずっとぐちゃぐちゃとして、分からない。
スマートフォンに項垂れるように瞳を閉じる。と、同時にバイブレーション。
「燐……!」
着信に驚き、身体を起こす。
どうしよう。
出ない理由は、ないのだけれど。
逸る呼吸を整え、ゆっくりと電話に出る。
努めて、冷静を装って。
「……もしもし」
「美玲先輩。美也さんのメッセージ見ましたか?」
冷静な声。
燐はきっと、思考が戦闘に切り替わっている。
⬛︎に⬛︎⬛︎な⬛︎。
「ええ、見た。私も向かうわ」
「いえ、美玲先輩は待機していてください。こっちの方で何か起こったら大変なので。僕と喜多村さんで向かいますから」
「喜多村? 喜多村遊といるの? 今?」
なんで、喜多村と。
二人でいるの?
喜多村は敵でしょう。それなのに、どうして。
⬛︎に⬛︎わな⬛︎。
「はい。ちょうど氷梨麗美のことを聞いていたので」
「……そう」
「美玲先輩……?」
「待機していればいいんでしょう」
「えっと、はい……お願いします」
通話を切る。
早まる呼吸に私は力なく倒れる。
どうして。
私以外の女と一緒にいるの。
どうして。
私と一緒に行ってくれないの。
どうして。
私を置き去りにするの。
どうして。
私がしたことをまるでなかった事のように振る舞うの。
「……気に食わない」
天井を仰ぐ。
ああ、そうだ。私は気に食わないのだ。
私一人が、こんな風に気に病んでいることが。
我が事ながらに自分という女が嫌な女ということは分かっている。分かっているけれど。
願わくは。
「一緒に、ぐちゃぐちゃになってよ。燐」
私は燐のことを想ってこんなになっているのだから。
燐も私のことを想って、ぐちゃぐちゃになってしまえばいいのに。
あなたのその人当たりの良い温和な仮面を、剥がさせて。
電話越しの美玲先輩は元気がないようだった。
昨晩のことなら、気にせずにいてもらいたいけれど。やっぱり難しいのだろうか。
いや、今はそれよりも氷梨麗美だ。
ファミレスを出て、近くの公園で喜多村さんとまだ別れずにいて幸いだった。ちょうど氷梨麗美に関しては協力しようと取り決めた矢先に事が起こってしまった。
もしかしたら僕の想像以上に氷梨麗美の被害は大きいのかもしれない。
「あの青いお姉さんは本当にいいのかい?」
「美玲先輩には、街の方で何かあった時に動いてもらおうかと。キョウカさんもいるので」
「ふーん、そう。で、どうする? 沼田の……ほとんど沼ヶ岳じゃんここ?」
聖山市内でも内陸の端の方である沼ヶ岳。ミラーワールドでドラグスラッシャーに乗って飛んでいったとしても、制限時間のことを考えて一旦現実世界に戻ることにはなるだろう。
それが最速の移動手段だ。
ある方法を除いて、唯一の。
「ドラグスラッシャーに乗って飛んでいきましょう」
「うんうん、そうだね。それが一番の移動手段だ。さらにそこで私のタイムベントを使うと〜! 実質、瞬間移動だよ!」
えっへんとドヤ顔を浮かべる喜多村さんだが、それは僕が思考から排除した方法。
思い返す、藤上今日子の言葉。
「時を操るなんて強大な力を行使するからにはそれ相応の代償が伴う」
時を巻き戻す者には永遠とも思えるような時の繰り返す絶望を。
敗北の未来を切り裂く僕にもいずれ相応の代償を支払わねばならない時が来るのだろう。
では、時を止める力を得た喜多村遊は。
例外は、存在しない。
「タイムベントは、使わない方が良いです。いずれ大きな代償が……」
「そんなこと言ってられるような場合じゃないんでしょ? 一刻を争うわけだし……何より、私はセツナ的人間だからね! その時が良ければ大抵のことはオッケー! あとのことなんか知らないもんね」
喜多村さんはそう言うとニカッと笑い、得意気な顔をしながらデッキを取り出して見せた。
豪快な人、というか。
いや、そんな言葉で処理していい話じゃない。
「でも……!」
「いいからいいから。気にしない気にしない……って、こういう時に限ってお客人かぁ」
周囲の空気が鋭く冷えるような気配は僕も気付いていた。
優雅な足運びで僕達の前に姿を現した、もう一人の黒の少女。
「アリス……」
「そこは鏡華さんって呼んでほしいところですね、燐くん?」
不敵な笑みを浮かべてアリスは語る。
たしかに、彼女もまたキョウカさんなのだろう。
けれど、僕の中のキョウカさんはライダーバトルを止めようとしている彼女だけだ。
「どうする? サクッと二人でこいつ始末してから向こう行く?」
「いや、それは……」
サクッとなんて簡単に言うけれど、喜多村さん自身も本当はそう思っていないだろう。
何にしろ、このアリスは未だにタイムベントを有している。
また巻き戻されるようなことになれば、全てが振り出しに戻ってしまう。
下手に動けない。だが、アリスはそれを見透かしているように。慈悲を与えるかのように微笑んだ。
「喜多村遊。あなたは行っていいですよ。私は燐くんに用があるだけなので」
さあ、お行きなさい。
近くのカーブミラーを指さし、アリスは促す。
「……どう思う?」
「アリスは本気だと思います。……すいませんが、向こうをお願いします」
「おっけー。君のとこのドラゴン君借りてくね」
頷きで返し、喜多村さんが駆け出していく。
「変身!」
仮面ライダーレイダーへと変身し、カーブミラーへと吸い込まれていくのを見届け、視線をアリスへと戻す。すると、喜ばしいかのように満面の笑みを咲かせて、先程までの神秘性にも似た不気味さから一転、ただの少女らしく振る舞ってみせた。
「ようやく二人きりになれました。あの朝のデート以来ですね。あの時は結局、邪魔が入ったわけですけど」
「……アリス。もう止めよう。こんな戦いを続けたって、僕達は」
「燐くんは本当に優しいですね。そして残酷。僕達は、なんですか? ただの友達、ですか?」
続く言葉は予想され切っていった。
僕が言葉を詰まらせていると、アリスは対照的に流れるように口を動かし続けた。
「燐くんは私とただの友達でいいのかもしれません。ただの友達……ああ、燐くんらしい言葉選びです。私のことを特別扱いしない、普通の友達の一人と認めてくれる。でも、前にも言ったとおり私にとっての燐くんはただの友達なんかじゃない。私を見つけてくれた人。私に寄り添ってくれた人。私に寂しさを与えてくれた人。つまり……特別な人です」
「……特別なんて、過ぎた言葉だよ。世界は広いし、人はたくさんいるんだ。こっちの世界で自由に動ける君なら、僕なんかより良い人が大勢いるって分かるでしょ?」
「それは欺瞞ですよ、燐くん。燐くんより良い人? たった一人で人間を守るためにモンスターと戦い続けた人間が他にいます?」
「……そんなんじゃない。僕はただ、自分の責任を果たそうと、罪を償おうとしていただけで、そんなヒーローみたいな人間じゃない」
ああ、そうだ。
僕はずっと僕のために戦っていた。
誰かを助けることが出来たら大したもので、救えなかった人々は数え切れない。
こうしている今もモンスターに狙われている人がいるかもしれない。
なにより現に、ライダーバトルによって運命を狂わされた少女が子供達を攫って凶行に及ぼうとした。
これも全部、僕がミラーワールドを開いたからだ。
キョウカさんの罪を背負うだとか格好つけたことを言ったけれど、結局のところ僕はずっと僕自身のためになることしかしていない————。
「……逃げようと思ったことは、ないんですか」
はじめての質問に、顔を上げた。
「苦しいなんて、思いながら……。罪の意識から逃れようとすることは当然のことじゃありませんか」
「……諦めてるだけだよ。逃げられないから」
物理的にも、精神的にも。
ただの高校生である僕に、この街を出て逃げることは難しい。
罪の意識は心根に食い込んで逃げられるものではない。
だったら、もう。
諦めて、運命という流れに身を任せてしまえばいい。
その結果が死であったとしても。
「燐、くん……」
「前にも言ったとおり、僕のことはいいんだ。けど、他の人が傷ついたり、犠牲になったりするようなことは嫌だから……」
「それを私が望んでいないって、何回言えば分かるんですかっ!」
張り裂けそうな叫びをただ聴いていた。
今にも泣き出しそうな顔をした少女が、友達が。
けれど少女はすぐに何ともないような顔をして、アリスへと戻った。
「仕方ありません。少し、手荒にいきます。あなたを救うために」
オルタナティブのデッキを掲げるアリス。だが、間違えてはいけない。
そう、前提を間違えてはいけない。
口を開くと、自分自身も驚くぐらいの低く暗い声が発せられる。
「……君が救いたい御剣燐は、僕じゃない」
「ッ……! ああ、もう、そういうの関係ないんです。私が知ってる御剣燐はもう、灼け焦げてしまって、駄目なんです。だから、せめて、まだ救える御剣燐を私は救うのです」
その言葉の真意を僕が理解することは出来ない。
ただ唯一分かることは、このアリスの。このキョウカさんの前に現れた御剣燐はもう、救いようがないというだけ。
ポケットから取り出したデッキを見つめる。
戦うことは容易い。
言葉を尽くすことは難しい。
彼女を止めるには、どうすればいいのか。
戦いたくはないという望みと、戦うしかないという現実がせめぎ合う。しかし、彼女は現状戦いを引き起こす者だ。美玲先輩とキョウカさんを狙う者だ。
守るためには、戦わねばならない。
「変身」
「変身」
白刃を纏い、戦いの舞台であるミラーワールドの中で黒い華の精と対峙する。
リュウノタチを召喚し、淡雪のような刃を見せつけるように構えて、あの不吉な黒い花弁を、散らすのだと太刀を鳴らす—————。
火花が散る。
私の箱庭で。
火花が散る。
私の人形達が、命をかけて。
「人類の歴史は闘争の歴史とはよく言ったものよね。あなたもそう思うでしょう、今日子」
普段はうるさいこの車両も、今は私と今日子の二人きり。
真正面の今日子は据わった瞳で私を見つめてばかりいる。
「せっかく来たのに、お茶の一杯でも出しなさいよ」
「何の用だ」
「つまらない科白ねぇ。もっと気の利いた言葉はないの? それでも元女優なのかしら。ま、私と貴女の仲だからいいけど」
美しい顔。
私の友達、藤上今日子は今日も美しい。
彼女が子供の頃にミラーワールドを開き、私と今日子は出会った。
私達は毎日遊んだ。私達はずっと一緒だった。
「私と貴女の仲……なら、私をここに閉じ込めたこと。鏡華をミラーワールドに閉じ込めて、お前のライダーバトルに利用したことも許せとでも言うの?」
「……お前、なんて言い方はないんじゃない?」
今日子はあからさまにため息をつくと、呼び方を訂正してくれた。
「そうだな、コア。いや、アリスと呼ぼうか」
「ふふっ、懐かしいわ。その名はすっかり、あなたの娘にくれてやったものだから」
「鏡の中にいるからアリス。我ながら、安直な名付けだ」
「私は好きだったわ、アリスという名。久しぶりにそう呼ばれて嬉しいわ」
「感情など、ないくせに」
「あるわ。全部、全部あなたから教わった」
鏡である私は今日子を映し、学んだ。
人間というものを。
「それで、久しぶりにここへ来たのは戦いの最終局面を今日子と一緒に見届けるため! 面白いでしょう! 人間はスポーツを見る時に実況と解説というものをつけるって、私知ってるんだから」
そう。
私はもうただの鏡ではない。
ただ映すのではない。
能動的に、主体的に、世界を覗き、学んだ。
今の私はきっと今日子の知らないことだって知っている。
だから、いっぱい教えてあげよう。
「別世界の今日子の娘も連れてきたのよ。すごいでしょう? あの頃より私は強い権限を持っているの。全ての世界の私と私は繋がって、いろんな世界を見たわ」
「……だが、そこにはお前が望んだ世界はなかったんだな」
どうして、今日子はそんなひどいことをいうのだろう。
ほんとうのことだからしかたないけど。
「だから様々な世界で戦いを起こし、ずっと繰り返している。強い権限を得たとは言ったが、時間の操作はまだ自由ではないな。お前は縦軸たる時間軸への力は本来持ち合わせず、横軸たる世界線に対して働きかけるものだ。本来はそちら専門だからな。鏡は現在しか映さない。ゆえに、鏡華と士郎を利用した」
「……すっかり、詳しくなったわね」
「時間は必要充分以上にあったし、情報も手に入るからな、ここは」
ふーん。
なんだか、つまらない。
わたしが今日子にジマンできるとおもったのに。これではすっかり、あべこべになってしまっている。
だったら……。
「時間だけじゃないわよ。本当に、色々出来るようになったのだから」
紙とクレヨンを生み出し、絵を描く。
私達の間に浮かぶ戦闘の映像から着想を得て、描く。
黒いヒトガタを。
せっかくだから、戦いがもっともっと面白くなるようにしないと。
「できた。ねえ、見て。上手でしょう? 模写してみたの」
「……」
紙に描かれたヒトガタは、身震いするように蠢き出し、やがて産まれ落ちる。
私の傍らに立ったそれに命じて、あの戦場に送り出す。
「ほら、見てて今日子。これから、すっごく面白くなるから」
暗い通路というのは、アタシの戦い方にあっていた。
狭く、遮蔽物があって普通は戦いには向かないような場だけれど、甲賀であれば!
「たぁっ!」
壁を蹴って、オルタナティブ・ウィドゥの背中をステルバイザーで斬りつけると廊下を転げて軽やかに立ち上がり、床を蹴る。
目の前の部屋へと入り、姿を隠す。
「つっ……私にも愛させてよ!」
オルタナティブ・ウィドゥの爪が扉を切り裂き、室内に侵入してくる。
奴が部屋の中央まで歩を進めると、張りついていた天井から落下しながら再びステルバイザーで斬りつける。
背中に縦一文字。
火花が散り、つんのめった奴の背中を蹴り飛ばして部屋を出る。
優勢だが、優先順位を間違ってはいけない。
殺すことよりも生きることを。
あいつらが何か良い案を思いついて脱出するなり、助けが来るなりを待つ。
純粋に戦ってはオルタナティブに敵わないことは知っている。
だから、こんな戦い方でいい。それに、奴も調子が狂っているようだ。奴は相手が本気でかかればかかるほどに厄介になるタイプだと分析している。
だから。
「まともに相手なんかしてやるか」
そうだ、時間をかけて戦えばいい。
性能差はあれど、ミラーワールドにいられる制限時間は同じ。とにかく逃げて、時間を使えばいいんだ。
「逃がさない……!」
「やばっ!」
オルタナティブ・ウィドゥの手甲が射出され、鋭い爪が背中に迫る。
回避出来るかと、一か八かの賭けに出ようとした瞬間。突然、背後にもう一人のライダーが現れた。
メタリックグリーンのゴリラのように筋骨隆々みたいな見た目のライダー。こいつは!
「やっほー。わたしもまーぜーてー!」
鋭い爪を裏拳で跳ね除けたライダーは仮面ライダーレイダー。
そのサバイブ態のようだ。
「喜多村!? なんで!?」
「いやぁ、燐くんに頼まれてね。燐くんも来る予定だったんだけど、向こうは向こうでちょっとあってね。ま、とにかくヤッちまおうぜ!」
「ふふ……! ようやく、まともに愛し合えるライダーが来た……!」
壮絶な格闘の応酬が始まる。
良かった、これならアタシもかなり楽になれる。オルタナティブと同等の性能のサバイブを有する喜多村がいれば、ここで氷梨を脱落させることだって出来————。
「ッ!?」
その殺気に気付いたのは、果たして幸運だったのだろうか。
咄嗟に振り向いて、防御の体勢を取った。ここまでは良かった。
なのに。
どうして、オルタナティブ・ウィドゥが、アタシの背後に……?
心の虚を突かれ、オルタナティブ・ウィドゥの鋭い爪を有する左手が振り下ろされるのをただ見ていた。
次の瞬間、ブレーカーが落ちるかのように視界がバチンと暗転。
暗闇は一瞬で、瞬き程度の時間。
次に瞳が捉えた景色は……。
次回 仮面ライダーツルギ
「そんな貧乏くじを引く方だったかなぁー……!」
「ッ……弱気になるな影守美也……!」
「先生……大丈夫かな……」
「黒峰さん! 黒峰樹! 目を覚まして!」
「ぶっ殺……」
運命の叫び、願いの果てに————。
ADVENTCARD ARCHIVES
STRIKE VENT(オルタナティブ・ウィドゥ)
スキュラネイル 3000AP
ブラックスキュラの体を模した鉤爪スキュラネイルを装着する。
攻撃した相手に毒を注入する事が出来る他、新たに手甲部分をワイヤーで繋いだ状態で射出する事が出来るようになった。
射出された手甲は相手を切りつけるだけでなく、相手を掴んで引き寄せる事も可能。ウィドゥの攻撃面の弱点だった遠距離にも対応する。
その蜘蛛はより狡猾に、より残酷となった。
仮面ライダーツルギ5周年記念作品登場!
仮面ライダーツルギ外典 聖花大戦(執筆ちくわぶみん)
https://syosetu.org/novel/369171/
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