仮面ライダーツルギ   作:大ちゃんネオ

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ALTERー27 燐光

 かつて、燐くんがたった一人でモンスター達と戦っていた頃のこと。

 兄さんが拠点としていた廃倉庫の中で、二人の会話を鏡の中から聞いたことがある。いいえ、あれは会話と呼べるものではなかった。疲労し、精神的にも擦り減っていた燐くんに対し、一方的に語り続けていたというのが正しい。

 

「御剣燐。お前には才能がある。剣の、とは言わない。闘いに関する才能。兵器としての才能だ」

「……」

 

 燐くんの虚な瞳はどこを捉えているのか定かではない。そもそも、何かを見ていたとも思えない。

 兄さんの言葉を借りることは兄さんを肯定するようで嫌だけれども、そこにいた燐くんは、たしかに兵器、武器のような印象を受けた。

 剣が鞘に納められて置かれているだけのような、無機な質感。

 

「お前はただ、モンスターを斬ればいい。剣とは、そのための道具なのだから。お前は剣だ。御剣燐」

「……はい……」

 

 言い返すこともなく、燐くんは頷いてその場を立ち去っていく。また、戦いに行くのだろう。

 私と出会ってしまったから、こんなことになってしまった。

 私の、私のせいだ。

 燐くんは戦いなんてする人ではないのに。

 ただ優しいだけの、普通の人なのに。

 私にとって、特別な人。そんな燐くんが、戦って壊れていく様を私は見ていることしか出来なかった。

 

 そんなことを思い出したのは、あの時と同じ無機質さを肌で感じたから。

 

『燐くん……? きゃっ!』

 

 ドラグマグナ・エクスマキナの攻撃の余波に姿勢を崩す。戦火と黒煙の向こう側に、純白の姿が消えていく。

 待って、燐くん。

 行かないで————。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刀を打つ時、熱した玉鋼を叩くことで不純物を取り除くのだ。

 刀に必要なものだけが残されるように。

 刀に求められるのは、硬さと柔らかさ。切れ味と折れない強さ。

 刀は、相反する二つの要素を併せ持たねばならない。

 

 御剣燐の記憶の中にある言葉。

 宮原士郎の言葉だ。

 何を言いたいのか分からなかったが、御剣燐の戦いの記憶を呼び覚ませばある程度察することが出来る。

 御剣燐は何者をも切り裂く切れ味、硬い責任感を有していたのだろう。

 だが、折れない柔らかな強さが足りなかった。

 ゆえに、御剣燐は死んだのだ。

 

 モンスター達がまさに軍団となって攻撃を開始した。

 狙いは人間ではなく、ツルギ。

 自分達を殺しにかかる脅威にモンスター達は手を組んだ。圧倒的な数の暴力。そして、大きな動きを見せなかった大型種、超大型種のモンスター達の参戦。ツルギ一人にモンスターは躍起となっていた。

 

「あと少し、耐え凌げ。そうすれば、新たなデッキが完成し、デッキの量産体制が整う……」

「デッキの、量産……?」

「ああ……。俺がいなくとも、デッキを製造することが出来る……。ライダーが増えれば、モンスターをより効率的に狩ることが出来る……! 鏡華を守ることだって……ぐあっ……!」

 

 宮原士郎の命はいつ尽きてもおかしくはなかった。

 それでもあの男はライダーを増やそうとしていた。全ては、妹のために。

 だが、御剣燐は違った。

 

 僕以外の人に、こんな戦いを背負わせるのか……?

 それは、地獄への道連れと変わらないじゃないか。

 こんな地獄を味わうのは僕一人でいい。

 一人で、終わらせる。

 

 御剣燐はモンスターの軍勢をひたすらに斬り続けた。

 自分自身の手で終わらせて、ミラーワールドと現実の世界を繋げた罪を償うのだと。

 だが、人間は刀と同じで相反する要素を併せ持つ。矛盾だ。

 御剣燐にすら、それがあった。

 罪に目を背け、何もかもをかなぐり捨ててしまいたいと。

 何もかも。

 命、すらも。

 ただ刀と違ったのは、人間の矛盾は迷いに直結する。

 剣は冴えず、御剣燐はモンスター達にいいように嬲られた。

 まず、右足を圧し折られた。地面に倒され、雑巾を絞るかのように。

 それでもツルギは片足で立ち上がり、モンスター共を切り伏せた。自分を道連れに、一体でも多く。いや、全てのモンスターを屠るほどの剣気。

 しかし、御剣燐は終わりを迎えた。

 

「いや……そんな、どうして、冷たいんですか燐君……? 最初に手を合わせた時はあんなに暖かったのに。ねえ、どうして、どうして……。いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 断末魔の果てに、俺は生み出された。

 御剣燐の復活を願い、請われ、そして、失敗作の烙印を押された。

 俺は失敗作などではない。それを証明するために俺は宮原士郎の手を取った。

 風前の灯火であった宮原士郎の命。奴は覚悟が出来ていた。自分が死んだとて、その死体を利用し戦うことが出来るのならば本望だと。

 

「これからお前は仮面ライダー第2号……仮面ライダー、刃だ……」

 

 奴は俺に名を与え、息絶えた。

 刃となった俺は、御剣燐の、仮面ライダーツルギの後継者として剣を振るった。

 御剣燐の死により生まれた俺には、生まれながらにモンスターへの強い憎悪が胸中に渦巻いている。憎悪と復讐心に突き動かされ、ただひたすらにモンスター共を斬殺した。

 復讐心。

 御剣燐を喪ったアリスの復讐心。

 俺は所詮、アリスの作り物。御剣燐を模して作られたとしても、そこにはアリスの色が混ざる。

 復讐心はもとより、怒り、哀しみ、絶望。

 俺には、アリスの怨念がこめられている。負の情念の塊。なるほど、俺がアリスから忌み嫌われるのも納得がいく。

 人間誰しも、自身の醜い面など直視したくはないものだろう。

 アリスにとって醜さの塊とも言えるだろう俺は、ついぞ生みの親たるアリスから……いや、これはどうでもいいことだ。

 ただ俺はこの負の情念に突き動かされるようにモンスターを斬った。

 

 だが、ある時。

 

 モンスターを斬り捨て、あちら側の世界を、結果的に人間を守れた時のこと。

 

(よかった……守れた……)

 

 己の中から、己ではない声がした。

 真白い光に照らされて、眩しかった。

 

 ……何故だ。

 あちら側の世界など、行ったことも関わりもないのに。

 それでも、あちら側の人間を守ることが出来た時、胸の中に暖かなものが広がるのを感じる。

 

 ああ、良かった。

 間に合った。

 助けることが出来た。

 

 何故。

 何故、照らす。

 俺はただ怒りと絶望のままに剣を振るうだけでよかったのに。

 誰かを守る、喜びなんて。

 知らない方が、よかった。

 

 また誰かが犠牲となる。

 助けることが出来なかった。

 鏡の向こう側から、大切な人を失った誰かの泣き声が響く。

 言いようのない無力感に剣を握る手が強張る。誰か一人を救えたとて、誰か一人を救えなければ無数の誰かが悲しむ。

 御剣燐。お前はこの無数の誰かの涙に心を痛め、絶望したのか。

 この、耐え難い無力感に。

 ゆえに投げ捨てたのか、責任を。戦うことを。命を。

 御剣燐。俺はお前の死によって生まれた。

 俺は御剣燐になれなかった。俺はミラーワールドのライダー、刃。

 俺はお前を許さない。

 戦いを棄てたお前を。俺に誰かを守る意義を植えつけたお前を。

 俺に光を見せたことを。

 

 

 

 

 

 

 オルタナティブ・アリス・エクスマキナが全身の砲門を開き、ミサイル、砲弾を一斉射。白煙の尾を引いて迫る小型ミサイルの群れにアイズの視界が覆われる。

 命中予測は100%。これだけの攻撃を撃ち込まれてしまえばアイズの命は容易く尽きる。

 ついに、殺せる。

 オルタナティブ・アリスは胸が高鳴っていた。

 恋敵を殺せると。

 

「ふっ……あなたを殺すのは二度目ですね」

 

 誰に聞かれるでもなく、アリスの言葉は砲音にかき消される。

 だが、その砲音をもかき消す音は。

 烈風。

 吹き荒び、鋭く研ぎ澄まされた風が刃と化す。空中のアイズの目の前に躍り出た仮面ライダーツルギサバイブがスラッシュバイザーツバイを一振りにミサイルを切り払い、続く砲弾を撫で斬った。

 爆煙がツルギサバイブの風に流され、スラッシュバイザーツバイを振り下ろしたツルギサバイブの姿が露わとなる。

 その異様な気配に世界から音が消え去ったかのようだった。ミラーワールドの中で鳴り続ける甲高いあの不気味な音すら、耳に入ってこない。

 戦火の熱気と惨さを漂わせる喉を刺す黒煙がライダー達を包むが、それすらも気にならない。

 風が止む。

 風。

 仮面ライダーツルギサバイブ 烈風はその名の示すとおり風を司る。ツルギサバイブの周囲には常に風が渦巻いているのだが、それがないのだ。

 それが、異様に映った。

 

「燐……?」

 

 明らかな異変にアイズは彼の名を呟いた。

 スラッシュバイザーツバイを鞘へと納め、風の浮力を失ったツルギは地上へと静かに堕ちていく。ツルギサバイブは棒立ちのまま着地し、アスファルトを砕く。

 そして、オルタナティブ・アリス・エクスマキナを太刀のような瞳が見据える。

 

「燐、くん……?」

 

 幽霊のような立ち姿に目を奪われるアリスが瞬いた時、戦場は暴風域となった。 

 

【CALL VENT】

 

 ツルギサバイブがカードを使用した瞬間、オルタナティブ・アリスの契約モンスターであるドラグマグナ・エクスマキナが標的をツルギサバイブへと変え、襲いかかる。

 迫る巨体へ、ツルギサバイブは振り向き様に一閃。巨大な風の刃を叩き込む。

 

『Gyuaaaa……』

 

 ドラグマグナ・エクスマキナの巨体が倒れる。

 大地が震えると同時に、ライダー達は畏怖を抱く。ツルギサバイブにそれだけの力があったとは、と。

 土煙も炎も瓦礫も、全てを薙ぎ払う嵐が吹き荒れる。

 自らの契約モンスターがダウンさせられたことに驚愕するオルタナティブ・アリスの目の前に肉薄するツルギサバイブ。

 アリスの目にツルギサバイブは正しく風となったかのように映っていた。迫り、スラッシュバイザーツバイの柄に手をかけるツルギサバイブは抜刀と同時にまたも強烈な風を放ち、オルタナティブ・アリスを逃がさない。

 

「……」

「くっ……!」

 

 白刃はオルタナティブ・アリスの首を捉えていた。アリスはツルギサバイブの居合に反応出来ていない。

 必殺。

 だが、そこに殺意など存在しない。

 さながら、工場の機械が命令通りに作動して裁断するかのような。

 感情を排し、無機質な戦士。否、もはや今のツルギサバイブは人というよりも、一振りの剣と言った方が近いだろう。

 剣は斬るためのもの。

 ただ、純粋に。

 無機ではあるが、その在り方はどこまでも純粋で、ある意味、美しい。

 

『ダメ! 燐くんっ!』

 

 ツルギサバイブがオルタナティブ・アリスの首を断つ寸前、地中を割いてブロッサムの契約モンスター、ドラグランド・マヤヴィオラの根がツルギサバイブの四肢を縛り付けた。風の影響を受けない地中から伸びた根は数少ないツルギサバイブへの対抗策。

 白刃は首元で止まり、一瞬呆けるオルタナティブ・アリスであったが、自分がツルギサバイブに。御剣燐に殺されかけたという事実に、頭の中をずきりと貫かれるような痛みを覚え、くらりと後退る。

 

「あ、れ……私、また……?」

『なにしてるんですか! 早く逃げて!』

 

 ブロッサムが叫ぶ。

 

「は、なんで私を助けて……」

『勘違いしないでください気持ち悪い! 私はただ燐くんに誰も殺してほしくないだけです! それより早く、ここから立ち去りなさい! あなたがいなくなれば燐くんだって……』

『無駄だな』

 

 会話に乱入する男の声は奇しくも二人の想い人の声に似ていた。

 全身を黒で身を包んだ御剣燐の似姿。

 

『刃……!』

『未来超越が発動している。たとえ、そっちのアリスが逃走を選ぼうとツルギの勝利は確定している』

『ツルギの勝利……。それは……』

『この場で言えば……あっちのアリスを殺すことだろうな』

 

 あっけらかんと言う刃にブロッサムは声を荒げた。

 

『そんな……! 止めることは出来ないんですか!』

『無理だな』

 

 端的に切り捨てる刃であるが、その言葉には嘘が隠されていた。

 九割は真実であるが、刃にはツルギサバイブを止める手段がある。だが、刃にはツルギサバイブを止める理由がなかった。

 

『それじゃあ……燐くんはあのアリスを殺すまで……。っ!』

 

 ブロッサムはツルギサバイブのもとへ駆け出す。

 刃はその背を呼び止める。

 

『何故止める。あのアリスが消えることはお前にとっても喜ばしいことだろう』

『ええ、そうですよ! でもそれ以上に……さっきも言いましたけど燐くんに誰かを殺させたくないんです!』

 

 あくまでもキョウカは、御剣燐の手が誰かを傷つけることを、命を奪うことを阻止したいのだという。

 再び駆け出すブロッサムの背を見つめる刃は一人溢した。

 

『愛だな。俺には無縁のものだ。だが……』

 

 暗い、黒い瞳でブロッサムとツルギサバイブを見つめる刃。その眼に、ほのかな光が差したように見えた。

 

 ブロッサムは拘束されたツルギサバイブのもとへ走る。だが、縛りつけられたツルギサバイブが黙ってそのままでいるわけもない。

 微かに揺れる身体。

 刃を鳴らすスラッシュバイザーツバイ。

 

「……!」

 

 ギチギチと、根が悲鳴を上げる。

 踏みしめたアスファルトは砕け、没していく。

 そして、ツルギサバイブは自らの膂力で根の拘束を脱した。引き裂かれた根からは火花が上がり、腕を振るい、力を失くしたまま纏わりつく根を払い除けたツルギサバイブは呆然としたままのオルタナティブ・アリスへと風の斬撃波を放つ。

 

『燐くん!』

 

【GUARD VENT】

 

 斬撃波はオルタナティブ・アリスの前へと飛び込んだブロッサムの花の結界が防いだ。

 ツルギサバイブはそれ自体には特に反応はしない。

 邪魔されたことに憤りも、驚きもしない。

 ただ淡々と、次の手を打つのみ。

 

「……馬鹿な女。そんなだから何回も繰り返したんですよ……」

『少し黙っててもらえます? そうじゃないと、私があなたを殺します』

「……ははっ。今ならあなたの気持ちが分かるかもしれない。また、また私は燐くんに殺され……」

『ッ! 馬鹿なのはあなたの方ですよ! 一回しかタイムベントしてないんでしょう! なのにもう忘れたんですか! 燐くんが、燐くんがああなるのが嫌で、だから戦おうって決意したのは私じゃないですか!』

 

 笑顔を捨て、ただ罪を償おうと、一人で全てを背負い、戦い、死んでいった御剣燐を誰よりも近くで見ていた。見ていることしか出来なかった。

 そんな自分を何よりも嫌い、誰よりも怒り、誰よりも、御剣燐を守りたかった。

 ゆえに、アリスという仮面を被った。

 もう御剣燐が戦わなくていいように。辛い思いをしなくていいように。けれど、どうだ。結局、自分が戦えば戦うほどに御剣燐は立ち上がった。

 どのように策を弄しても、御剣燐はその手に剣を執った。

 生来のものか、意地を張って何度も巻き戻した。何度も、何度も。そしていつからか、本来の願いが歪み始めた。

 いや、心の奥底にずっと秘めていたものが溢れただけかもしれない。

 ただ、それが本意とはかけ離れていったと今なら言える。

 だからこそ、今度こそ。今度こそ、御剣燐を救うのだ。

 鏡の中の孤独から私を救ってくれた彼を、今度は私が。

 

『燐くんは優しいから……あなたを手にかけたなんて知ったら、すごく傷ついてしまうから……。あなたを守ることは不本意ですけど、あなたを守ることが燐くんを守ることに繋がるんです。それが分かるなら、自分のいた世界に帰るなりなんなりしてください!』

「燐くんを、守ること……」

 

 じわじわと詰め寄るツルギサバイブへとブロッサムは鏡、ヴィオラバイザーを向ける。

 鏡面より溢れ出る花吹雪がツルギサバイブの視界を覆う。

 

『今のうちに遠くへ……』

「……ッ! 避けなさい!」

 

 上空から様子を伺っていたアイズが声を張り上げた。花吹雪に包まれたツルギサバイブに動きがあったのだ。

 咄嗟の声にオルタナティブ・アリスがブロッサムの手を引いて転ぶように右へと倒れ込む。その瞬間、花吹雪を切り裂き、ブロッサムが立っていた場所に風の刃が吹く。

 

「……どうあっても私を殺す……。たとえ、もう一人の私を犠牲にしてでも」

『そんな、これが未来超越……燐くんの力だとでも……』

『ああ、そうだ』

 

 二人の前に、刃が現れる。

 

『これが御剣燐が望んだ力だ。敗北を許されない戦いを強いられた者の末路とも言える』

『そんなの……!』

『あれはもう戦いが終わるまで止まらない。それで本当に終わるのか? 戦いに勝った者にあるのは安寧か? いいや、次の戦いだ。戦いを終わらせるつもりの力が、新たな戦いを呼ぶ』

「矛盾です、それは……」

『そうだ、矛盾だ。結局、どこまでも矛盾に苦しむのだろうな……』

 

 刃は刻まれるレリーフすら漆黒のデッキを手にし、ツルギサバイブへと構えてみせた。

 

『変身』

 

 黒い鎧、血濡れの刀のような赤い眼。

 仮面ライダー刃へと変身。刃はデッキからカードを引き、裏返してツルギサバイブへと見せつける。

 黄金の翼。純白の光を放つ、サバイブのカードを。

 真白の光の中、刃はブラックスラッシュバイザーをブラックスラッシュバイザーツバイへと変化させ、サバイブ閃光を龍の口を模したカードリーダーへと装填。

 

【SURVIVE】

 

 強化変身。

 仮面ライダー刃サバイブへと変身し、更にカードを引き抜く。

 

『刃! あなた……』

『未来超越を止めるには、未来超越をぶつけるしかない』

 

【TIME VENT】

 

『未来超越……』

 

 刃サバイブの未来が切り裂かれていく。

 敗北の未来が。

 勝者は一人のみ。そこに矛盾が生まれ、未来超越は更に未来を切り裂いていく。

 

「……」

『さあ、来い……!』

 

 ツルギサバイブと刃サバイブが構える。

 合わせ鏡のように、同じ構え。

 一瞬の硬直の後、ツルギサバイブは風と化し、刃サバイブは光となり衝突。

 切り結ぶ、白と黒の影。

 神速と光速の剣戟に割って入ることは不可能。風は狂い、光は爆ぜる。

 一方、刃サバイブとツルギサバイブの視界では世界は停止したかのように見えていた。

 そんな止まった世界の中で尚、互いの剣を捉えるのは至難。一撃が必殺の威力を持つ二人の剣。斬り合いは現実、そして未来超越の二つで行われる。

 互いの敗北を切り裂き、勝利へと手を伸ばす。

 白と黒のスラッシュバイザーツバイが勢いよくかち合う。火花咲かせ、二人は同時に剣を鞘へと納めた。

 居合の構え。

 速さであればこちらに分があると刃サバイブは柄を握り締め、大地を踏み締めた。

 今まさに抜刀、という瞬間。刃は目を見開いた。

 踏み込みは一拍速く、ツルギサバイブが前へと詰めた。スラッシュバイザーツバイを掴んでいた右手は刃サバイブの眼前。大きく開かれた右手が刃サバイブの仮面を握る。右手を剥がそうと刃サバイブは両手をツルギサバイブの右腕にかけるが、ツルギサバイブはまるで気にした様子はない。それどころかツルギサバイブは暴風を纏い、刃サバイブを掴み上げたまま疾走。

 

『なっ!』

「……」

『ぐああッ!?』

 

 刃サバイブの背に強い衝撃。ビルの壁に押し当てられたのだ。

 ひび割れた壁面の中央で刃サバイブは肺から一気に失われた酸素を取り込むのに必死であった。

 だが、優先順位が違うと理性が叫ぶ。

 依然としてツルギサバイブは刃サバイブの仮面を強烈な力で握り締めている。この拘束から逃れなければ、刃サバイブは敗北する。

 刃サバイブとツルギサバイブの、未来超越を使用した対決はこれが二度目。

 先の勝負では未来超越同士、千日手となり決着がつかずオーバーヒートを起こした。

 刃サバイブはそれを狙っているが、ひどく難しい。

 かつてのオーバーヒートは実力が拮抗しているからこそ起きたこと。だが、今は……ツルギサバイブの方が、強い。

 

 

 

 上空では、アイズがずっとツルギサバイブと刃サバイブの戦闘を見つめていた。

 何かしたい。

 燐のために。

 想いだけが逸る。

 だが、あの戦闘についていける力がないことも分かりきっている。

 

「私にも、あの力があれば……」

 

 二人のサバイブを見つめ、アイズは仮面の下の唇を噛むのだった。

 

 

 

 

 ビルの壁に埋め込まれるほどの力で押し込まれ、仮面を砕かんとするほどの力で頭を握り潰されそうな刃サバイブの目には、闇の果てにある一点の小さな光が見えていた。

 

『ふっ、はは……強いなぁ、やっぱり……。だが』

 

 刃サバイブは左手でブラックスラッシュバイザーツバイを鞘ごと取り外し、柄頭でツルギサバイブの肋を殴打した。

 これは流石に堪えたようで、呻き声を上げることこそなかったが刃サバイブを離し、よろめくツルギサバイブに刃サバイブは好機を見た。

 ブラックスラッシュバイザーツバイを抜き放ち、閃光となる刃サバイブを前にツルギサバイブは柄に手をかけた。

 そして、刃サバイブの剣閃が唸る。

 

『ッ!?』

 

 居合は見せかけ。

 ブラックスラッシュバイザーツバイの刃を、スラッシュバイザーツバイの柄頭が弾いていた。

 刃サバイブも想定していなかった迎撃。まさか、薄い刃の中心をピンポイントで弾くとは。更に、風の結界も合わさり刃サバイブは完全にバランスを崩し、吹き飛ばされるのみ……と、思われた。

 ツルギサバイブの攻撃はまだ終わっていない。

 抜きかけの刃を再び鞘に戻し、風向きが変わる。

 

『これ、は……!?』

 

 風は、ツルギサバイブへと向けて吹いていた。

 吸い寄せられる刃サバイブは死を予感する。

 このまま吸い寄せられてしまえば姿勢の制御も出来ず、防御もままならない。そうなれば、待つのは斬殺。

 ブラックスラッシュバイザーツバイを地面へと突き立てるも、それも結局は死があるのみだろう。

 ツルギサバイブが待つか、自ら赴くかの違いでしかない。

 風。

 俺が目覚めた力が光で、奴は風。

 全てを吹き飛ばす、嵐。

 まさに災害。他のライダーからしても、モンスターからしても。

 きっと、最後の戦いでモンスターの大群を相手にしたから御剣燐はそういう力を願ったのだろう。

 ただ一人で戦局を変えうる、一騎当千の力。

 戦場に英雄はただ一人。栄光など存在しない。戦いの痛み、傷を、全てを背負うために。

 

 ああ、強いなぁ。

 眩しい。

 彼には英雄の称号が相応しい。

 仮面の英雄。

 誰に知られることもなく、人々を守り続けた英雄。

 僕はその姿を模して生み出された。

 だから僕は、彼のようになりたい。

 そう、願っていた。

 

 そんな俺が手にしたのが、閃光の名を冠するサバイブとは。

 所詮、俺は御剣燐の劣化コピーに過ぎない。

 鏡に映るでもない、俺と御剣燐は別人で、俺は彼のようになれなかった。

 それでも……御剣燐が持つ、誰かを守りたいという純粋な意志を俺は知っている。

 俺だけが、あの声を聞いた。あの暖かさを彼以外に感じることが出来た。

 

『燐くんに誰かを殺させたくないんです!』

 

 アリス……いいや、キョウカの言葉を反芻する。

 ああ、それは、たしかに。

 

『俺も、そんなこと、させたくはないな……』

 

 突き立てていた鋒が抜ける。

 荒れ狂う風に飲まれ、ツルギサバイブのもとへ引き寄せられる。身動きはままならない。

 けれど。

 台風の目に入る。

 ツルギサバイブのスラッシュバイザーツバイが解き放たれる。

 だが、そうだ。

 台風の目、風の結界の中心ならば、風の影響を受けることはない。

 速さならば、光に。閃光に敵うものはない。

 

『うおおおおお!!!!!!』

 

 天地はひっくり返っている。

 足の踏み場もない。

 それでも、裂帛を吼える。

 光の刃を振り抜く。

 すれ違い、交す刃と瞳。

 純白の光の中、風が止む。

 光はすぐに消え、刃サバイブは五体満足で着地した。

 ツルギサバイブはスラッシュバイザーツバイを完璧に振り抜いていた。

 刃サバイブはブラックスラッシュバイザーツバイを鞘へと納めようとしていた。

 風が吹く。灰色の煙を流し、夕陽の光が地上へ一筋。白と黒の剣士を差す。

 刃サバイブは鞘へとブラックスラッシュバイザーツバイを納めながら残心。ツルギサバイブは振り向き、刃サバイブの背へと鋒を向ける。

 ブラックスラッシュバイザーツバイが完全に鞘へと納められた瞬間、二人は同時に倒れ、変身は解かれるのだった。

 

 

 

 

 呼吸をするのがやっとなほど、身体が動かなかった。

 九死に一生とはこの事だと直接身体に叩き込まれたかのようだ。

 未来超越のオーバーヒートは成功したらしい。

 ……次はもうない。ただ、それだけが確信としてある。

 こんな苦労をしたくない、というのもあるが何よりも実力の差が出始めている。

 御剣燐が、俺を上回って、また超えていくのだろう。

 未来超越を互いに使用しても、今度は俺が一方的に斬られるだけだ。

 ……それで、いいはずなんだけどな。

 それを望んでいたはずなのに、今は、そうでない自分がいる。

 

『矛盾、だな……』

 

 薄ぼんやりとした夕焼けを見つめながら、御剣燐に群がる女どもの声を聞く。

 りんりんりんりん姦しい。

 そんなに呼びかけるほど、目を覚さないのか。

 まさか、俺は御剣燐を殺してしまったのではないかと一瞬焦る。だが、女達の声色が変わったことで、そうではないことを知る。

 首を動かすのも億劫で、全身が痛いのだ。

 御剣燐が目を覚ました歓喜。

 ————そして、戸惑いの声。

 

「燐、くん……?」

 

 足音。

 御剣燐は立ち上がったらしい。

 覚束ない足取りで、なにやら歩き出したようだ。

 

「待って燐。一人でどこへ行く気」

「……」

 

 一度立ち止まったようだが、またすぐに歩き出す。

 必死に御剣燐を止める声がする。やがて、どこかの鏡に入ったのか、御剣燐と咲洲美玲の音は聞こえなくなった。

 何が起きているか分からない。

 だが、確認したくとも身体が動かない。

 そんな俺の顔を覗き込む、同じ顔ふたつ。

 

『刃……』

『……』

『刃、死ぬんですか』

『誰が、死ぬか……』

 

 心配そうな顔して、なんてこと言いやがる。

 死にかけなのは、事実だが。

 

「やはり失敗作ですね、こいつは。可愛げがありません」

『親の顔が見てみたいです』

『君ら二人で顔見合わせろ……』

 

 死にかけだが、怒りもするし、イラッともする。

 やはり、俺はこいつらが、嫌いで、今でも殺したい。

 そんな嫌いな奴だが、神妙な。どこか泣きそうな顔をされると、少し、困る。

 

『……刃、ごめんなさい、ありがとう。燐くんを、助けてくれて』

『……なんだ、今更。謝罪も感謝も、お前からは受け付けない』

「なんですかこいつ。反抗期ですか」

 

 お前はよくそんなこと言って、そんな顔してられるな。

 いや、俺が知るアリスって女はこんな奴だった。

 

『どの立場で言ってるんです? 私と刃がいなければ今頃死んでたんですよ』

「別に、頼んでませんし。死ぬ覚悟ぐらい出来てますし。あなたと違って!」

『はあ!? また燐くんに殺されるとか言って震えてたでしょう!』

「はあー! 震えてませんし、別にそんな精神的苦痛とかトラウマが刺激されたわけじゃありませんから!」

『やかましい……よそでやれ……』

「……まあ、私も感謝してやらんことはないです」

『それより、あいつは、どうなった……?』

「それより!?」

 

 気がかりだった御剣燐のことを尋ねる。

 

『燐くん、目を覚ますと、何も言わずに立ち去ってしまって……』

『……なったんだ、あいつは』

「……なったって、何に……」

 

 小さく、乾いた笑いが溢れる。

 かつての自分の望みが叶ったからか。

 いいや、違う。

 

『ははっ……結局、俺は未来超越を止めることしか出来なかったらしい』

『刃、何を言って……』

『もう、御剣燐はいない』

『え————』

 

 

 

 

「燐! ねえ燐!」

 

 ずっと、その背を追いかけて、名前を呼び続けた。

 帰宅ラッシュの聖山駅前は人でごった返して、危うくその背を見失うところだった。

 何故か、追いつけない。

 どんどん燐が遠ざかっていくような錯覚に陥る。

 けれど、それは錯覚だったのだろうか。

 燐に追いついたのは、太陽が完全に沈んで、青みがかった夜空になった頃。私達以外誰もいない、Y字路の前の街灯の下。

 掴んだ腕は、いやに冷たかった。

 目の前にいる燐は、本当に燐なのか。なんて、馬鹿げた不安が過ぎるぐらい。

 

「……美玲先輩」

 

 ようやく、声が聞けた。

 ちゃんと、私の名を呼んでくれた。

 それだけで嬉しい。

 不安な気持ちも、どこかへ吹き飛んで————。

 

「別れましょう」

「……え?」

 

 分からなかった。

 理解出来なかった。

 燐が、何を言ったのか。

 視界が揺れる。

 平衡感覚がなくなる。

 地面が波打つかのような、足から骨でもなくなったかのような。

 

「燐、なにを言ってるの」

「デッキを渡してください」

「り、燐……疲れてるのよ……。早く燐の家に帰って……」

 

 そう言うと、燐は一瞬瞳を閉じて何かを考えたようだった。

 ほんの一瞬。

 そして、また口を開く。

 

「美玲先輩は帰ってください。僕はもう、帰りませんから」

「ねえ燐、さっきからあなたおかし……」

「————さよなら」

 

 掴んだ腕を剥がし、燐は家とは違う方の道を選んで歩き始めた。街灯の灯りの中から闇に消えていくみたいに。

 だめ。

 いかないで。

 手をのばす。

 いま、燐がいっちゃったら、もう会えないような気がして。

 でも、躓いて私は転んでしまった。

 身体を起こして、燐の背中を目で追う。

 けれど、もう燐の姿はどこにもない。

 走り去るような音もなく、神隠しにでもあったみたいに。

 別れる?

 帰らない?

 もう、何もかもが理解出来ない怖さと、言葉の意味を理解した悲しさに私は街灯の下で泣くことしか出来なかった。

 




次回 仮面ライダーツルギ

「愛されたいなら、戦えばいいのよ」

「ひっどい面」

「この街には未だ願いに喘ぐ少女達が大勢いるのです。苦しむ皆さんをお救いするため……力を貸してくださいね?」

『ふふふ……もっと愛し合いましょうよ、アタシ達二人と……』

「なんで殺したんだよママのこと……!」

運命の叫び、願いの果てに————。
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