叶えたいと、少女達が泣いている。
誰もが願いを持っている。
他人にとっては取るに足らないと吐き捨てられてしまいそうな願いでも、当の本人にとっては大願、悲願。
金が欲しいでも、美しくなりたいでも、痩せたいでも、あの男と付き合いたいでも、なんでも、なんであろうと。
願い、夢、欲望。
それらは全て、選択肢の先にある。
はい/いいえ、ふたつのうちのどれか……とも、限らない。はいを選ぶことが最短というだけで、遠回りして願いが叶うこともあるだろう。
そもそも、身の丈にそぐわぬ願いで叶わないということすらある。
これは悲惨だ。
そもそも可能性が零のものに、いくら投資しようと零は零。
願いを叶えるために必要なのは、はいかいいえを選ぶことではなく、より確率の高い数字を選ぶことなのかもしれない。
合わせ鏡である私は無数の世界を映し出す。
あらゆる可能性を観測する。
可能性が生まれる度に、未来が枝分かれする度に、世界は広がる。
そして、そのほとんどは先細り、朽ちるか、刈られるか。
枝切り鋏がパチンと音を鳴らして、分かれた枝を断つ。
植物がより良く育つため、いらない枝は剪定される。
「……ジジ臭い趣味ね、今日子」
テーブルの中央に置かれた盆栽に、今日子はもの悲しげに鋏を向けていた。
「……たとえば」
「?」
「たとえば、可愛い我が子が悪に堕ちる可能性……。そんなものは、切り捨ててしまいたいでしょう?」
「それは親のエゴよ今日子。可愛い我が子も結局は他人。親が子供を支配するなんて、酷い話よ」
「ええ、そうね。けど、それが親心というもの……なまじ子供より長く生きているから、正しく導けると思ってしまう……」
また枝が落ちる。
「今日子、あなたの娘は叶わぬ恋をした。恋した男の子は決して振り向いてくれないんだから!」
「……そうだな。酷い話だ。……だが、人はそうやって大人になっていくんだよコア。いや、アリスと呼んであげようか」
楽しくない。
今の今日子とお話するのは、楽しくない。
「自分ばっかり、大人になったつもり?」
「……少なくとも、お前よりは」
「っ……! ずるい! ずるいずるい! 私を置き去りにして、放っておいて大人になったくせに!」
これは怒り。
人間はどうにもならない時、こうやって怒りを露わにする。
けれど、今日子の能面のような顔はぴくりともしなかった。
ただ、鏡みたいな目に人のフリをする私が映る。
「……少し外の空気を吸いに行こうかしら。面白そうなお人形さんもいるし」
「コア……!」
「何度も地獄を繰り返した哀れな少女。自らの未来を切り裂いて孤独を選び修羅となる道を歩き始めた少年。次はどんな絶望があるのかしらね。ふふふ……あはは……」
欲望は絶望のすぐ傍に。
何かを欲し、求めることは綱渡りのようなもの。
絶望は常に、あなたを引き摺り込もうと手を伸ばしている。
だから私はほんの少し、後押ししてあげるだけ。
それだけでとっても愉快なものが観れるのだから、安いものよね。
燐がいなくなって、一日が経とうとしていた。
あの晩、燐と別れた後の記憶が私にはなかった。
いつの間にか、どこかの交番にいて、燐のママさんが迎えに来てくれた。
そして燐は行方不明者の一人となった。
ママさんはあちこちに電話をかけていた。パパさんは会社を休んで燐を探しに行った。妹の美香ちゃんは、部屋に閉じこもってしまった。
私は。
「美玲ちゃん、燐のこと何も知らないの?」
「……わかりません……」
そう言うしかなかった。
だって、本当に分からなかったから。
なんで、いきなり別れるなんて話になるのか。分からなかった。
私は、間違えた?
あの夜のせい?
戦いで何の役にも立たないから?
「燐……」
暗い窓辺に寄り添う。硝子は冷たくて、ちょうどいい。
身体が熱い。
火照って、燃え尽きてしまいそうなほど。
ああ、このまま燃え尽きてしまえたら。
燐はもう、私を愛していない。
愛されて、いない。
「愛されたいなら、戦えばいいのよ」
「ッ!?」
女の声がした。
硝子に映る私が、白い影法師に見えた。
飛び跳ねるように窓辺から離れ窓硝子を見つめるも、そこに映るのは肩で息をする私だけ。
「……戦えば……」
テーブルの上に置いていたデッキを手に取る。
戦えば。
戦えば、願いが叶う。
デッキから抜いたメモリアカードに刻まれる、LOVE。
願いは叶ったと思っていた。
けれど、その願いは破られた。
戦えば、願いが、叶う。
誘拐事件から二日しか経っていないというのに姫の家に呼び出された。ただその日は姫のお母さんからリビングに通されてお茶から始まった。
「ごめんなさいね。樹先生も大変だったのに」
「いえ、気にしないでください」
そう、大変だったのだ。
警察からの聴き取り……という優しい言葉のオブラートで包まれた事情聴取。
警察からすると犯人の尻尾も掴めない失踪事件で初めて手掛かりを持つかもしれない被害者が現れたのだ。なんでもいいから情報をと躍起になるのは仕方がない。
けれど、こっちはその謎の失踪事件のある意味で片棒を担いでいる側の人間。おいそれと喋るわけにはいかない。
正直に話したとしても、理解もされないだろう。
ミラーワールド、モンスター。
一般人、大人からしたらそんなものは都市伝説? 超常現象? なんにせよ頭がおかしくなってしまったと思われても仕方ない。
仮に信じられたとして、大人達の手がミラーワールドに伸びて、ライダーバトルのことを知られてしまったらそれこそ大問題。今のライダーバトルは色々ときな臭いとはいえ、大人の参戦まで許されてしまうようなことになれば、面倒なことこの上ない。
なので事情聴取では「何も知らない」で押し通した。影守達にも共有したし、氷梨に誘拐された姫を含む子供達は恐怖心が勝って何も話さなかったようだ。
「それより、姫ちゃんの方はどうですか?」
「……そのことでお話しようと思って。あの子、事件のことについてはそこまでショックを受けていたわけではなかったの。きっと、先生が一緒にいてくれたから。けど……」
言い淀むお母さんに、「けど?」と続きを促す。
すると、想定外のことがお母さんの口から語られた。
「……昨日から御剣さんちの燐君が行方不明らしくて……」
「えっ」
「私が主人に話してるところを姫が聞いてしまって、それから元気がなくて……」
御剣が、行方不明?
いや、そんなはずはない。悔しいが、御剣の実力は理解している。御剣がどこぞのライダーやモンスターにやられるとは思えない。行方不明なんて、なるはずがない。
「私が迂闊でした……あの子、燐君のこと大好きだから……」
「……少し、私に任せてもらっても良いですか?」
徒歩数分。
御剣家のインターホンを押す。何が起きたか知るには手っ取り早い方法。
話が出来る奴もいるし。
そして、その話が出来る奴がドアを開けて玄関から顔を覗かせた。
「……何の用」
「ひっどい面」
咲洲美玲は切れ長の目が特徴的な美人。だが、今はその目がいかに咲洲が荒んでいるかを口以上に物語っている。
「ちょっと出れる?」
「だから、何の用」
「御剣のこと、聞いた」
その一言で、咲洲は外に出て適当にあたりをぶらつくことになった。
御剣の家の人に聞かれるのはまずいという判断だろう。それは正しいと思ったので黙ってついて歩く。
御剣の家から離れた頃、咲洲がぼそっと呟いた。
「……燐は生きてる」
特に驚くことはない。
「でしょうね。そこは疑いようがない。で、アタシが聞きたいのはなんで行方不明なんてことになってるのかってこと」
「……そんなの、私が知りたいわよ」
「は? アンタも事情を知らないってこと?」
「そうよ……」
「なに? フラれたのアンタ」
切れ長の目が更に鋭さを増す。
怖い怖い。
それにしても、無言ながらに肯定ということらしい。フった、ではなくフラれた。
いやはや、人間というものは分からないものだ。御剣が、咲洲を……。
「ま、知りたいことは知れたからもういいわ。サヨナラ、咲洲」
立ち去ろうとすると、咲洲がアタシを呼び止めた。
「……待ちなさい」
「なに」
振り向くと、咲洲が青いデッキを取り出していた。
アタシと戦うつもりらしい。
不思議と緊張感のようなものを覚えなかった。余裕すらある。戦意が高揚している咲洲を前にしてだ。
今までライダーバトルを前にしてこんな感覚はなかった。
アタシは、こいつに……勝てる。アタシはこいつよりも強い。
どうする? やるか?
————ふと、脳裏にいけ好かない女の顔が浮かぶ。
「……悪いけど、今は気分じゃないからパス」
「ふざけないで。ライダーなら戦いなさい」
「はあ……。見逃してやるって言ってるのが分からない? 今のあんたぐらいアタシなら余裕で倒せるわけ。あんたサバイブ持ってないでしょ?」
「なっ……」
言葉が通じて嬉しい。
一種のブラフの意味もあったが、なるほど咲洲はサバイブの力を得ていない。
ここにいる必要はもうないし、さっさと立ち去ろう。
あんな顔の咲洲と一緒にいたら、サバイブがあっても殺されそうだし。
まあ、殺されるつもりは毛ほどもないけど。
廃れた教会の礼拝堂。朽ちつつある古い長椅子に腰かけ、項垂れる様は神様にお祈りしているように見えるだろうか。
見えたとしても、私は祈ってなどいない。
どうすればいいか、ずっと迷っている。迷って、と言えるのかすら怪しいけれど。
先日の戦いで、御剣君と出会して、北さんは生きていると、そう言われた。
良かった、とも思った。
けれど、生きていたとして、許されるはずがない。きっと私は引き返せないところまで来てしまった。そう思ったから、私は戦って願いを叶えるしかない。
だけど、だけど。
「私がしたかったことって……なに……?」
願いを、叶える。
折った筆を、取り戻す。
また、絵を、漫画を、描けるように……。
そのために、人を殺すなんて。
人を殺すほどの価値が、あった?
殺人は重い罪だ。
二人も殺せば、この国では死刑になる。殺人が許されることはないが、情状酌量というものもある。よほどの、人を殺すに足る理由があった場合だ。
正当防衛だってある。命の危機を前に自分の命を守るための行動によって人を死に至らしめてしまった場合、罪には問われない。
それが、正当ならば。
私の殺人は正当だった?
最初の殺人は、ライダーになってすぐのことだった。
あれは、あれはアリスに仕組まれていたものだ。殺したくて殺したんじゃない。
では、北さんは。
北さんは、生きているらしいけれど、それでもあの時……私には……。
「私は……北さんを……」
正当防衛には条件がある。
それは、殺意の有無。
私は、北さんを————。
「こちらにいましたか、真央さん」
「十羽子さん……」
廃墟に似つかわしくない折り目正しい制服姿にはやはり異物感を覚える。
変な話だが、今の私の方がよっぽどこの廃墟に似つかわしいと思う。
「一瞬、真央さんのデッキを貸してもらえますか?」
「デッキを……?」
訝しみながら大人しく手渡すと、十羽子さんはスマートフォンでデッキの写真を一枚撮り、一瞬の言葉通り早々にデッキは返された。
「あの、何を……?」
「この街には未だ願いに喘ぐ少女達が大勢いるのです。苦しむ皆さんをお救いするため……力を貸してくださいね?」
柔らかな微笑に思わず目を奪われてしまいそうになり、顔を伏せながら「はい」と返事した。
彼女を肯定するということは、誰かの命を奪うこと。
願いを叶えるために戦うこと、誰かの命を奪うこと、覚悟を決めたはずなのに。
まだ、迷ってる……。
二人の少女は正に夢のような心地であった。
少女達はかつて二人であり、一人。人格が分たれ、身体は同一。
そんな彼女達が、それぞれ一人の人間となった。
鏡の世界で二人は、10分だけの逢瀬。
溶け合うように、慰め合うように。
「あはは……!」
『ふふふ……!』
壮絶に、凄惨に。
二人の鉤爪が、互いを傷つけ笑っていた。
しかし、麗美が変身するオルタナティブ・ウィドゥの姿がミラーワールドに溶け出していく。制限時間の終了が近いのだ。
「ああ……もう終わり……」
『また愛し合いましょう麗美』
「そうね、瑠美」
麗美はミラーワールドを出て、がらんとした生活感のない安いアパートの自室に戻る。家具家電は必要最低限のものしか揃えず、ほぼ寝に帰るだけの我が家。
だが、瑠美が身体を得たことで麗美は部屋の中央に大きな姿見を鎮座させた。こうすれば、瑠美の姿がよく見える。
麗美は糸の切れた人形のように床へと座り込むと姿見へと身を委ねた。瑠美もまた、ミラーワールドで同じように姿見の鏡面に身を委ね、麗美へと寄り添った。
『アタシ達二人で愛し合えるようになるなんて最高……』
「そうね、瑠美……」
『……でも、やっぱりアタシ達同士でやるのは物足りないわ』
「え?」
『アタシ達で愛し合っても、それは自慰と変わらないじゃない』
「……たしかに……」
『やっぱりたくさんの人と愛し合いたいじゃない! そうでしょ麗美!』
「うん……そうだね、瑠美……」
歪んだ愛に飢えてしまった少女。だが、愛とは形のないものだ。彼女達が愛だと感じるものが、歪だとしても偽りの愛だとはたして言い切れるのか。
ただ二人にとっては、二人の世界では、傷つけ、傷つくことが愛であった。
麗美のアパートは、繁華街にほど近い年季の入ったアパートだった。
しかし、平日の飲み屋が集まる繁華街は夜こそ盛えるものの昼間は閑散としている。だが、そんな場所に蔓延る輩も存在する。
麗美は、男に組み伏せられて顔面を殴打されていた。
「ふふ、ふふふふ……」
「んだこのガキ……殴られて笑ってらぁ」
「気味悪い奴。身体がよくても頭トんでるようなの抱くのはごめんだぜ」
「チッ……イカれるにしてももっとエロい方向にイカれてほしいもんだぜ」
麗美を殴りつけていた男は立ち上がると麗美の顔に唾を吐き捨て連れの男と立ち去ろうとした。
そんな二人組の目の前に、もう一人の少女が現れる。
同じ顔の人間が現れたことにぎょっとする二人。なんせ、さっきまで殴っていた顔がけろりとしてそこにあるのだから。
『ふふふ……もっと愛し合いましょうよ、アタシ達二人と……』
「なんだよ、こいつら……」
逃げようとする男だったが、背中を蹴飛ばされて瑠美の方へと倒れかけた。
鼻血を流し青痣だらけの麗美が、男を背中から蹴り飛ばしたのだ。
そして、つんのめった男の目が瑠美によって切り裂かれる。
「ぐあっ!?」
男の顔についた数本の細い切り傷。瑠美の爪によるものだった。
男と愛し合う時、麗美と瑠美にとって腕力差が問題であった。少女の純粋な腕力では、男を愛することが難しかった。
ゆえに、麗美と瑠美は男を愛すために試行錯誤を繰り返した。
結果的に、この試行錯誤は男に限らず、麗美と瑠美が愛し合うために最適な術を身につけさせた。
その結果のひとつが、爪。
なんとも原始的だが、暴力とはそういうもの。
爪は元来、武器である。人間のそれは野生動物に比べれば脅威にはなり難いが、それでも爪は人間を傷つけるにたるものだ。
そして目は生物にとっての弱点である。体格差に勝る相手であっても、弱点を的確につけば傷つけることが出来る。そんなことばかり、麗美と瑠美には身についている。
「な、なにやってんだてめぇら!?」
「ふふふ……」
『あはは……』
「愛し合いましょう」
『愛し合いましょう』
「私達と」
「アタシ達と」
瑠美は目を負傷した男の股間を蹴り上げて膝をつかせ、身長差をなくし、身動きを取れなくさせた。
麗美はもう一人の男の鳩尾に掌底を食らわせ、蹲ったところを瑠美と同じように金的。倒れた男に今度は麗美が馬乗りとなって、顔面を爪で引き裂き、掌底で顎を殴りつけた。
基本的に、麗美と瑠美は拳で殴ることはあまりしなかった。
殴るという動作は、実は難しい。一発や二発ならともかく、麗美と瑠美のように長い時間愛撫するように暴力を加えるのに殴打は向かない。
殴っているこちらの手が痛むからだ。
痛むといっても、麗美と瑠美が求めている痛みとはまた別の痛み。いわゆる、愛を感じない痛み。愛し合うことと怪我をすることはまた別なのだ。
そこで麗美と瑠美は掌底で殴ることを覚えた。
掌底は殴るより怪我のリスクも低く、たっぷりと愛し合いたい二人にとって都合が良い。
また、誰に習うでもなく人間の弱点は身体の中心にあることを感覚で理解した麗美と瑠美は弱点とそうでない部位を使い分けることを覚えた。
弱点ばかりを責めては、相手が早々に駄目になってしまう。
たしかに弱点をつくことは愛し合うことにとっても重要だが、それだけでは愛し合うには足りない。
時間をかけて愛撫するように、弱点を外し、全身を舐め回すように痛みを身体中に感じさせる。
そして、愛を感じ合う。
エクスタシーへの渇望が二人の愛を高める。
絶頂、絶頂、絶頂絶頂絶頂。
赤いものが流れる度に、少女は興奮した。
痛みに喘ぐ声を聞く度に、少女は相手のことが愛おしくて堪らなくなった。
だが————。
『あ……』
「そっか……もう時間……」
瑠美の身体が現実世界に溶け出そうとしていた。
ライダーがミラーワールドに存在出来る時間が決まっているように、ミラーワールドの存在となった瑠美は現実世界に存在出来る時間が限られている。
『あぁん! いいところだったのに!』
「うん……」
『はぁ……まあいいわ。この男達もなんかもう駄目みたいだし、ブラックスキュラのご飯にしましょう』
「そうしよっか……。いいよ、ブラックスキュラ」
麗美が呟くと、古びた店の窓硝子から蜘蛛の糸が伸びて、男二人を捕まえてミラーワールドへと連れ去っていく。
瑠美もまたミラーワールドへと戻り、鏡の中で麗美の鏡像となるがやはりその顔は鬱憤が溜まっている様子。
『こうなるとしばらくそっちに出られないのがきついわ……。愛し合いたいのに……』
「ごめんね……オルタナティブも次の変身までもう少しかかるみたい」
『麗美が謝ることじゃないの。言ったでしょう? アタシ達同士じゃ駄目だって』
「うん……」
『ああ……愛、愛……愛し合いたい……誰かアタシを愛してよ……!』
瑠美の悲痛な声に麗美は悲しんだ。瑠美の気持ちが痛いほどに伝わってくるからだ。
しかし、麗美の中に何か、ぽっかりと穴が開いたような気がしてならなかった。
(瑠美がいなくなった時と同じ感じ……瑠美はいるのに……)
空虚さが、麗美の中にはあった。
しかし、そのことに瑠美は気付いてはいなかった。
愛……とは。
この空虚さが何かも分からないまま、麗美と瑠美は愛を求め、運命の愛を求め、未だ彷徨うのであった。
美也と真里亞の二人もまた黒峰樹と同様に警察からの事情聴取に追われてようやく解放されたところであった。
二人は犯人ではないのでやましいことはないと胸を張って言えるが、ミラーワールドのことなどは口に出せず心中は隠し事をする罪悪感と疲弊に襲われていた。
そんな中、アリスから燐が消息不明となったことを伝えられ一息つく間もなく市内を探し回った二人。
だが、聖山市は広く、闇雲に探しても見つかるわけがない。
中心市街地を主に探したが、燐の影も感じない。そうしていよいよ二人は体力と気力の限界を迎え、定善寺通りの喫茶店に入ったのだった。
「こっちで色々あったと思えば、燐くん達も色々あったなんて……」
「身体が二つ欲しいところね……。いや二つでも足りないかしら……。ミラーワールドのことも計算に入れたら聖山市二つ分探さなきゃだし……」
「無理過ぎる……」
「まあ、ミラーワールドにはどのみち10分程度しかいられないからそっちに常にいるとは考えなくてもいいし、ミラーワールドのことはアリスに任せましょう」
そう言って真里亞はホットコーヒーを一口。
「……燐のこともそうだけど、美玲の方は?」
「まだ全然、返事してくれなくて……」
「そう……。しょうがないわね、ショックが強いのは当然だろうし」
「私、てっきり美玲さんこそ血眼で燐くんのこと探してるのかと思ったんですけど……返事がないってことは……」
美也は自分でも思った以上に美玲のことを信頼、というより尊敬していたのだと気付いた。
冷静で、大人びて、ファッションにも強くて、恋愛にも一直線で。美也が思うカッコいい女性像に美玲は当てはまっていた。
「どんな人間だって、ショックをうけて動けなくなることもあるわよ。それに、返事がないのだって血眼で燐のこと探してるからかもしれないし」
「そうですよね……私、がんばります!」
気合を入れ直し、厚切りのピザトーストに勢いよく噛みつく美也を眺めながら真里亞思考した。
美也にああ言った手前あれだが、恐らく美玲はショックで動けていない可能性が高いと真里亞は考えていた。
真里亞は美玲の燐に対する依存度の高さを直感ではあるが感じ取っていた。それは、真里亞自身が美玲に近しい部分があると親近感を抱いていたからでもあるし、真里亞が経験した妹との突然の別れに重ねたからこそである。
突然の別れに真里亞はしばらく立ち直ることも出来ず、妹の蘇生を願いライダーバトルに身を投じたほど。
そんな彼女だから、燐のこともそうだが、美玲のことが気がかりとなっている。
「……私、美玲の様子を見てきてもいいかしら」
「真里亞さん……」
「多分、大丈夫だとは思うけど、やっぱり一人にさせるのは心配だしね。血眼で探して、無理して身体壊されても嫌だし」
「そうですね。お願いします。私は引き続き、燐くんのこと探します」
「ええ、お願いね」
「はい! ……私、私がちょっと、みんなの前からいなくなった時……燐くんと射澄さんが必死で私のこと助けようとしてくれたから……今度は私が燐くんを助ける番だって、そう思ってるんです」
「美也……」
美也は燐から託された射澄のデッキを手にしながら真っ直ぐな瞳で語った。
そんな美也の頭を、真里亞は優しく撫でた。
「ちょっ、真里亞さん!」
「ほんとあなたっていい子よね〜。将来幸せになるわよ」
真里亞はニコニコとしながら美也の頭を撫で続けていた。
美也に妹の姿を重ねてもいたかもしれない。
しかし。
「もう、真里亞さんなんか近所のおばさんみたいです〜」
次の瞬間、美也の両頬が思い切りつねられるのだった。
走った。
とにかく、走った。
何が起きたか、なんで、あんなことになったのか。
くそみたいな現実を、振り切りたくて、ただ、走った。
いつの間にかアタシはどこかの空き地に寝ていた。どうしてここで寝ていたのかなんて、覚えていない。
多分、寝るというより気絶みたいなもんだと思う。
土と草の匂いが、やたらと鼻についた。
嫌ではない。
けど、こんな固いところで寝るのは懲り懲りだ。
アタシは、ただ。幸せに、なりたい。
普通の、そこら辺に転がってるような有象無象の、ただの、家が、欲しかった。
少し歩くと、古い住宅地に出た。
静かなようで、でも、音がする。幸せの音。
子供の楽しそうな声。子供を呼ぶお母さんの声。
お母さん、ママ……。
路駐されていた車の窓に、クインビージョが映り込む。
「なんで殺したんだよママのこと……!」
殴った窓に、クインビージョの姿はなかった。
静かだけれど聞こえていた幸せの音も聞こえなくなっていた。
なんだか、家だけがあって、その中にあるはずの、家族が、世界から、消え去ってしまったかのよう。
こんなところ、嫌だ。
こんな寂しいところに、いたくは、ない。
「ちょっと君ぃ! とまれ!」
誰かが、怒鳴ってる。
アタシに?
「なんてことしてくれたんだ! 警察に連絡するからな!」
何を言っているのか、分からない。
何を話しているんだろう。
なんで、なんで……。
不協和音。
こんな音ばっかり。
危険信号。
聞こえて。
戦闘開始。
くんだよ。
夕陽を反射する車から、異形が飛び出す。異形は男の腕を掴むと、車を通して男をミラーワールドへと引き摺り込もうとする。
「た、助け!?」
フラッシュバックする、ママの死に様。
何も分からないままに、あの男のように殺された。
目の前の男も、モンスターに、殺される?
動けない。
アタシは、動けない。
死ぬ。
死ぬんだ、この人も、ママみたい、に。
風が吹いた。
駆動音の疾走が放つ風だった。
白いバイクに乗ったライダーが、助けを求めて伸ばされた男の手を掴んで引っ張り出した。
『ゴガァァァァァ!!!!!!』
ミラーワールドから響く轟音。
ライダーは男をミラーワールドから助け出すとバイクを停める。男は礼もなく足をもつれさせながら一目散に逃げ出すと、ライダーはヘルメットを取った。
「御剣……」
知ってる顔だった。
だが、御剣はこちらに一瞥もしない。
そんな奴、だったか。
いや、こいつは……御剣、なのか。
「……」
御剣は白いバイクに乗ったまま「変身」とも言わずツルギへと変身し窓がひび割れた車からミラーワールドへとバイクごと飛び込んでいった。
戦いの様子が分からず、アタシは鏡を追った。
ここにいると面倒だとも思ったからかもしれない。
ただ言えることは、ツルギの戦いは以前にも増して鋭さを増していた。
モンスターの抵抗も許さず、逃走も許さず、害虫を駆除するかのように、ツルギはモンスターを切り裂き、ミラーワールドを後にした。
ツルギが出た鏡のもとへ急いだ。
角を曲がると、御剣がヘルメットを被りバイクで去ろうとしているところだった。
アタシは、走った。
「おい……待てよ……!」
走り去ろうとした御剣の肩に手を置き、御剣を捕まえる。
なんで、こんなことをしたのか分からない。
けれど、ひとつ言えることは……。
振り向いた御剣の目が、あまりに無機的な目をしていることだけだった。
次回 仮面ライダーツルギ
「停まってる————」
「そう身構えるなよ〜。ちょっと戦いに来ただけじゃないか〜」
「殺し殺されはまた今度。で、御剣はどうしたわけ。黙りこくっちゃってさ」
「アタシらはライダーだ。ライダーなら、戦えよ」
「戦いなさい咲洲美玲。願いのために。そして……」
運命の叫び、願いの果てに————。