住宅地の只中にぽつんと、遊具の類のない公園。誰からも忘れ去られてしまったのか、ろくな整備もされず膝丈ほどもある雑草が我が物顔をして、枯れ草が風に揺れる音ばかり聞こえる。
はずだった。
「燐にフラれた?」
何故、こうも。私の目の前に現れる奴は遠慮というものを知らないのだろう。
黒峰樹はともかく華甸川にまで、そうストレートに言われると否が応でも事実と向き合わなくてはならない。
「それで、燐は一人で戦おうと……。いいえ、きっともう戦ってるのね。あの子、そういう子だろうから」
やめて。
「……前に言っていたわ。ライダーバトルが始まったのも、モンスターが人を襲うようになったのも自分のせいだって。気にするなって言ったんだけど……やっぱりまだ気にして、背負ってたんだ」
やめて。
「責任感が強いのも考えものね。もうきっと何もかも自分一人で背負い込んで……。仲間の私達が、ちゃんと見てないといけなかった。でも、彼の強さに甘えてた……」
「あなたに何が分かるの!?」
小柄な華甸川の両肩を掴み、声を荒げていた。
嫌だった。
燐が、彼女にはそんな弱みを打ち明けていたことも。
そんな燐に華甸川が言葉をかけていたのも。
私より、燐のことを理解しているみたいで。
「燐のこと、知った風に言わないで!」
「ちょっ……!」
「燐のことを一番分かってるのは私! 私なの!」
「落ち着きなさい!」
誰よりも、誰よりも御剣燐を愛しているのは私だ。私が一番、燐のことを理解している。
燐も私のことを愛している。愛し合っていた、はずなのに。
どうして、こんなにも燐のことが分からなくなっているんだろう。
「……戦いなさい。私と」
でも、そうだ。
これがあれば、これさえあれば。
戦えば、願いが叶う。
「本気で言ってるわけ」
「貴女だってライダーじゃない。願いを叶えたいんでしょ」
「それは否定しない。燐の仲間になってからもずっと、心のどこかでは妹のことを考えてしまうわ。けど、今だけは違う。私は願いのために戦わない。その煮え切った頭、冷やしてあげる」
気に入らない。
その、真っ直ぐ射抜くような瞳が。
光を宿す、その目が。
まるで、私が間違ってるみたいじゃない。
そして、美玲と真里亞。アイズとヴァリアスはミラーワールドで相見えていた。
ガラス張りの専門学校が見下ろす前庭でアイズは弓を構え、ヴァリアスは短剣を逆手に持ちジリジリとアイズとの間合を測る。
互いの手の内は分かっている。だからこそヴァリアスは駆けた。
アイズ目掛けて直線的に……ではなく、弧を描くように。前傾姿勢で、出来る限り狙いをつけさせないように。
それで焦るアイズでもない。
番えた矢を放すことはせず、冷徹に鏃をヴァリアスへと向け続ける。
疾走するヴァリアスもまた冷静にアイズを視界に捉え続けていた。目は相手を見つめ続けたままで、手を動かす。慣れ切った、デッキからカードを引く動作。走りながらの行動は精細さを欠く。また、速度も落とす。好機さえあればいつでも矢を放てるアイズの前でそれは愚行でしかない。
だが、これら全てヴァリアスの計算によるもの。
カードは引いている。短剣型の召喚機のカードリーダーを開き、構えた状態を崩さずにカードを装填。
アイズはそれと同時に矢を放つ————はずであった。
【ADVENT】
『キュ〜!』
召喚されるヴァリアスの契約モンスター、ヴェイルーツ。
小型犬ほどの大きさはミラーモンスターの中でも最小クラス。さらには他のモンスターと違って愛らしい哺乳類チックな外見。そんなヴェイルーツが、アイズの眼前に現れて視界を覆った。
「なっ!?」
振り払おうとするアイズ。ヴェイルーツは小柄な体躯と機敏な動きでアイズをキャットタワー代わりにして全身を駆け巡る。
完全にアイズは思考の虚を突かれ、間合の内側に入られてしまった。
ダメージこそないものの、鬱陶しい。
ヴェイルーツにまとわりつかれたまま、ヴァリアスの接近を許してしまった。
「やぁぁっ!」
「チッ……!」
短剣を弓で受け止めるアイズだが、ヴェイルーツの妨害もあって膝をつくことになる。
「こんな作戦、いつもだったら見抜けていたんじゃないの。美玲!」
「知ったようなことを……知ったようなことを言わないで!」
アイズはあえて、力を抜いた。押し込もうとしていたヴァリアスはアイズが力を抜いたことで前へと倒れ込む。崩された体勢の中で、ヴァリアスはアイズの動きを見ていた。
アイズもまた、前へと踏み込んでいた。
短剣型の召喚機と鍔迫り合っていた方の刃を引き、下の刃を振り上げる。ウイングアローは弓であり、剣である。双刃を巧みに操り、ヴァリアスへと一太刀浴びせる。
火花を散らしながらよろめき、今度はヴァリアスが地面へと膝をつく。
「くっ……」
続けざまにアイズが弓剣を振るい襲い掛かる。ヴァリアスは横薙ぎの一撃を刃すれすれに飛び越え回避し、勢いそのままに前転しアイズから距離を取ると二枚目のカードを引いた。
「ヴェイルーツ!」
『キュ!』
ヴェイルーツはヴァリアスの背後に回り、ヴァリアスはカードを召喚機へと装填。
【SHOOT VENT】
ヴァリアスへと迫るアイズ。ヴァリアスがその場から飛び退いた瞬間、ヴェイルーツの変身が完了し水の弾丸がアイズへと向けて連射された。
翼の生えた半人半蛇の姿、アゲートヴィーヴル。
蝙蝠のものに似た翼を介し水球を形成。そこから放つ弾幕でアイズを寄せ付けない。着弾した水球は小さな爆発を起こし、周囲を煙立たせる。その中をアイズは走り抜け、物陰に身を潜めた。
ヴァリアス有利に見える状況だが、アイズの得意な戦法は弓矢による中遠距離戦。あえて同じ土俵に立つというのはリスクでもあるとヴァリアスは考えている。ヴァリアス側の視点からであればの話だが。
【ADVENT】
響く音声にヴァリアスは身を固くした。
『キョョョオン!』
蒼穹から零れ落ちたかのように、アイズの契約モンスター・ガナーウイングが飛来。
頭上を完全に取られ、ヴァリアスとアゲートヴィーヴルはガナーウイングの背に備わる二門の砲から放たれた砲弾の直撃こそ免れたものの、爆破の衝撃にヴァリアスは地面に叩きつけられる。
ガナーウイングの攻撃は砲撃だけでは終わらない。
砲火による地上制圧。それを生き延びた敵がいれば……滑空からのインファイト。
翼を折り畳み、矢の如くガナーウイングはアゲートヴィーヴルへと向かって降下を始める。爆煙の中を抜け、ガナーウイングを寄せ付けまいと弾幕を張るアゲートヴィーヴルであるがトップスピードに至ったガナーウイングは避ける素振りすら見せない。弾の方がすり抜けていくかのようだ。
そして、ガナーウイングは研ぎ澄まされた爪を剥き出しにしてアゲートヴィーヴルを捉える。ガナーウイングに押し倒されたアゲートヴィーヴルは鋭い爪で翼を押さえつけられ逃れることは難しい。ガナーウイングは翼を広げ、アゲートヴィーヴルを爪で掴んだまま浮かび上がり、何度も地面へと叩きつけた。
「ヴェイルーツ!」
ヴァリアスの声を受けて、アゲートヴィーヴルも反撃に出る。蛇のような身体を巧みに操りガナーウイングへと巻きついて拘束。
互いに掴み合い、どちらかが離すまで決して負けられない肉弾戦となる。
ヴァリアスはやられたと内心で舌打ちする。
ヴァリアスの特異性はカードを使用すると武器が召喚されるのではなく、契約モンスターであるヴェイルーツが変身するというところにある。言うなればヴァリアスは猛獣使い。自身に戦闘能力はあまりない。それぞれのカードに応じたモンスターへの変身能力は有用で、様々な状況に対応することが出来る。
それゆえに、契約モンスター同士の戦いとなると必然的に。
「戦いなさい、ライダー同士……!」
アイズがヴァリアスへと矢を向ける。
中遠距離戦というアイズの土俵に立ったのではない。アイズの方が、ヴァリアスの土俵に立っていた。
モンスター対モンスター。
ライダー対ライダー。
とてもシンプルな構図。
ヴァリアスが一番陥りたくはなかった状況。
本来、戦う必要のない二人の間に、冷たい風が吹いていた。
瀬那を探す。それだけが、今の私に出来ること。
先日、片月という姓の家で女性が行方不明になったというニュースを見た。珍しい名字だから瀬那のお母さんで間違いないだろう。
そしてこの行方不明というのも、どうやら色々と暈した言い方をしているらしいということも近所の人の話から聞いた。
なんでも、部屋には血だまりが出来ていた。そして、そこにはその家の娘がいて、人が来ると逃げ去ったとか。
その家の娘というのは、瀬那のことだ。
瀬那はお母さんを亡くしてしまったんだ。
お家に帰ったけど、お母さんを。きっと瀬那もショックを受けているに違いないから、早く……。
瀬那のアパートが建っていたのは、寂しげな場所だった。古い住宅地で、駅からも微妙に遠くて、昭和の風情を残したと言えば聞こえはいいけれど、多分そんな風には言わない。
純粋に、街の発展から置き去りにされてしまった場所だ。
錆びついた階段を見上げ、壊れることはないのだろうけど慎重に一歩を踏み出す。
手摺は汚れていて触れたくない。
二階に上がり、瀬那の部屋の前に立つけれど、警察の規制によって立ち入ることは出来ない。
ここに来たところで、瀬那に会えるはずがない。
それでも、瀬那がここにいたということが重要だ。
ここで何かが起きて、瀬那はまたどこかへと行ってしまった。
「行方不明ってことは、モンスターの仕業だよね。多分」
この街で起きていることは知っている。
今がどういう状況なのかは分からないけれど、少なくとも高い確率で瀬那のお母さんはモンスターにやられたんだと思う。
でも、血溜まりなんてモンスターのやり方とも違うような気もする。あいつら、意外とこっちの世界に痕跡を残さないようにしてるというか、人間を食べるのはミラーワールドに人間を引き摺り込んでから。
とはいえ、ミラーワールドのこともモンスターのことも全て分かっているわけではない。だから、血溜まりを残していくような食い方をするモンスターもいるのかもしれない。
「……もしかしたら」
いや、やめよう。
悪い想像をしてしまった。
瀬那が、お母さんをモンスターに食べさせてしまったんじゃないかという、最低な想像だ。瀬那はそんなことはしない。
瀬那に家族のことを聞いた時があった。
「あんな人、母親なんかじゃ……!」
こんな返答だったので「しまった、地雷を踏んだ」と思ってそこから瀬那に家族のことを聞くことはしなかった。
けれど、あの時の声色と表情。
あれは、怒りと憎しみだけじゃない。今ならそう言える。
瀬那はきっと、寂しかった……んだと思う。
お母さんのことも、口ではああ言っていても憎み切れてはいなかったはず。そうでなければ、瀬那がこの家に帰ることもなかったんじゃないだろうか。
だから、きっと、瀬那は自分の家族を自分で壊すようなことはしない。
「瀬那……!」
やっぱり、瀬那を一人にはしておけない。
このまま瀬那を一人にしたら、きっと瀬那は壊れてしまう。それにきっと瀬那は……一人でいるのは、嫌だろうから。
「私がいる……私がいるから……」
瀬那をとにかく探す。
瀬那を見つけ出して、それで、一緒にいる。あんなこと言われても、今度は聞かない。瀬那の一人になりたいは強がりだ。だから、たとえ瀬那の行く先が地獄だったとしてもついていってやる。
瀬那捜索のモチベーションを上げてアパートの階段を降りる。道をどっちの方へ行こうかと悩んでいると、スマホが鳴った。
通知画面を見る。
「お母さん?」
どうしたんだろう、こんな時に。
電話に出て、軽くやり取りをする。他愛のない、いつもの会話。
そう思っていたのに。
甲賀サバイブの攻撃を受けて全身から火花を散らして両膝をつき、項垂れたスティンガーサバイブ。
甲賀サバイブは目を細め、終わったなと醒めた頭の中で呟いていた。
忍者刀型の召喚機ステルバイザーツバイを逆手に握り直し、冷静に歩き出す。
そこへ、ツルギサバイブがゆらりと立ち塞がる。
「だから、あんたをヤりに来たわけじゃないよ。ほんとは誰もヤるつもりもなかったんだけど、減らせそうならそうするもんじゃん。ライダーなんだからさ」
「……」
「相変わらずダンマリかぁ」
面倒くさそうに忍者刀を握ったままの左手で仮面を掻く甲賀サバイブ。気怠げな動作に戦意が無いように確かに見えるが、仮面を掻くフリをしたまま甲賀サバイブは指を鳴らした。
ツルギサバイブの胸先寸前に、過去からの凶刃が襲いかかる。
直撃ではなく、掠めた程度。あくまでも牽制のつもり。
甲賀サバイブ、黒峰樹はあくまでも自分の教え子のために燐を連れ戻しに来た。戦うつもりも、ましてや殺すつもりはない。
それでも燐はこうしてツルギへと変身して、向かい合っている。無抵抗というわけではないのだ。多少痛めつけて無力化しなければ甲賀サバイブの目的は果たせない。
「今ので分かったでしょ。私はあんたをいつでもやれる。逃げようとしても無駄だから」
甲賀サバイブの瞳には過去の攻撃が、斬撃が見えている。どのタイミングで、どの攻撃を呼び起こすかは自由自在。
ツルギサバイブには十七にも及ぶ斬撃が重なっている。ツルギサバイブからすれば、いつ爆発するか分からない爆弾を全身に括り付けられているようなものだ。
下手に動けるはずもない。
あちらからこちらのテリトリーに不用心に入ってきて、罠を仕掛ける手間が省けたと甲賀サバイブは得した気がしていた。だが、そんな安直に安心してはいられない。相手はツルギであると警戒心を持ち続けている。
強敵たるツルギ。
それが更に、御剣燐は妙なことになっている。
それでいてこちらの脅しが効いているとも思えない雰囲気。ただの高校生のはずが、変身すると老成したかのような佇まい。いつ攻撃されてもおかしくないというのに、まるで意に介していない。
どうする?
甲賀サバイブは次の手を時間が許す限り考え続けていた。
そんな中、ツルギサバイブが動いた。
何をしてくると思い、いつでも動けるように思考を切り替える甲賀サバイブであったが、ツルギサバイブはこんな状況にあって背後を振り返っていた。
「何を……ぐあっ!?」
困惑する甲賀サバイブが、殴り飛ばされる。
殴り飛ばされる寸前、甲賀サバイブの目に映ったのは、黄と赤の閃光。
仮面ライダースティンガーサバイブ。
「何で、立ってられる……!」
アスファルトの上を転げながらも即座に姿勢を正した甲賀サバイブは、自身を殴り飛ばしたままの姿勢でいるスティンガーサバイブへと問いかけずにいられなかった。
間違いなく、ダウンさせたはず。
回復するにしても、こんな短時間で立ち上がるなんて不可能のはずだと。
「……タ……き……る……」
「は?」
「アタシの時はアタシが決める……」
甲賀サバイブはこの時、はじめてタイムベントは自分だけの力ではないと真に実感した。そして、自分の能力が必ずしも最も優れているというわけではないことも。
スティンガーサバイブのタイムベント、刻限流動は超高速で行動が出来るだけの能力ではない。
「痛いのは、今じゃない……。死ぬのは、今じゃない……!」
「自分の中の時間を弄り回してる……?」
再び加速するスティンガーサバイブ。だが、それはもう何度も見ていると甲賀サバイブは後退しながらも指を鳴らす。
切り裂かれた虚無が、刃となってスティンガーサバイブの全身を斬りつける。
散る火花を置き去りに、スティンガーサバイブは更に加速した。
「なんなんだよッ!?」
「今、死ぬのはテメェだ!」
弾丸のような拳を、避けられない。ツルギサバイブは動き出していた。そんなことは知らない甲賀サバイブ。ただ胸中に渦巻いていたのは、
「死にたくない」
「生き残りたい」
鋭く繰り出された拳は甲賀サバイブを貫いた。
「なに……?」
スティンガーサバイブの右手に違和感。
そして甲賀サバイブの姿は水面に響き渡る波紋となって、姿を消した。
「映画のフィルムを、巻き戻したみたいだった」
背後からの声に、スティンガーサバイブは裏拳を放つ。
再び、水面を殴りつけたかのような感触。
分身?
残像?
幻影?
否、そのどれでもない。
「玉響残影……。攻撃以外にも使えるわけ」
三度現れた甲賀サバイブへと高速で殴りかかるスティンガーサバイブ。
「二分十六秒前」
甲賀サバイブが呟く。
スティンガーサバイブの拳が届いた時、やはり穿たれたのは水鏡。
そして甲賀サバイブはスティンガーサバイブの背後へと現れ、その背をバツ字に切り裂く。
「こいつ……!」
スティンガーサバイブは甲賀サバイブの能力におおよその検討はつけた。
だからといって、今この状況を打開する方法は思いついていない。
あいつが、数分前あるいは数秒前に立っていた場所など覚えていないと。
甲賀サバイブのタイムベント、玉響残影のもうひとつの能力。
それは、過去への跳躍。
「なるほど、限定的な瞬間移動ってわけね」
「そんなんで勝てると思うなよッ!」
迸る鮮血の閃光。水泡と化す虚像。
あちらこちらと火花を散らし、戦いを激化させていく。
そんな中、一人静かに佇むツルギサバイブ。二人の戦いを静観していたが、スラッシュバイザーツバイを鞘に納め————抜刀。
解き放たれるは刃のみにあらず。
吹き荒ぶ烈風が、二人を諌めた。
「くっ……」
「御剣テメェ邪魔すんな!」
「……あんた、御剣を倒したかったんじゃなかった?」
茶々を入れる甲賀サバイブを気にせず、いよいよやる気になったかとスティンガーサバイブはツルギサバイブへと標的を変え、すぐにでも殴りかかろうとしていた。
ツルギサバイブも臨戦態勢に入ったようで、一触即発の空気。
甲賀サバイブは自分にも被害が及ぶ可能性があると撤退の選択肢が頭に過っていた。そんな時、吹いた風にツルギサバイブは気を取られたようだった。
「……」
解けた緊張。ツルギサバイブはスラッシュバイザーツバイを納刀すると、呼び出したスラッシュサイクルに跨り、この場を後にしてしまった。
そんなことを許すスティンガーサバイブではない。
「おいテメェ!」
加速して追いかけようとしたスティンガーサバイブの肩を甲賀サバイブが叩いた。
「やめときなよ。潮時ってやつ」
「意味分からネェ……あ?」
ふと、スティンガーサバイブが耳をすました。
何か、遠くから聞こえてきた気がしたからだ。
「ようやく戻ってこれたぁ! まったく人をあんな遠くまで吹っ飛ばすことないじゃないかー!」
声の主はツルギサバイブによって遠くまで投げ飛ばされていたレイダーサバイブ。その姿を見て、スティンガーサバイブの煮え切った頭がスンと冷めるのであった。
「ま、御剣はあれから逃げたってわけじゃないと思うけど。それともヤるわけ? 今の状態で喜多村と」
甲賀サバイブは暗に今日はここらで辞めときましょうと提案していた。互いに損耗した状態で、あの戦闘狂とやり合うのは避けるべきだと。
「……面倒は嫌だ」
「でしょ。気付かれる前に帰ろう」
さっきまで殺し合いをしていたとは思えない気の抜けた会話をし、二人はミラーワールドを後にするのであった。
「ツルギ君以外の二人もどこ行ったー!? 戦えよーー!!!!」
欲求不満なレイダーサバイブの叫びが、ミラーワールドに虚しく響く。
現実世界に戻った瀬那は全身を襲う痛みに倒れ伏した。
刻限流動の自身の中に流れる時間流の操作という能力の代償は一気に襲いかかる。
幸いにも廃墟の中で誰かに見つかることはない。
瀬那は一人で、痛みに喘いだ。
「あぐぅっ……! く、そがぁ!」
暴言で痛みは誤魔化せない。
のたうち回る瀬那の目からは涙が流れ出て、痛くて、辛くて、悲しくて、無意識のうちに瀬那は。
「誰、か……」
誰か、という願いは孤独の中に消えていく。
誰もいない。
今の瀬那の元には、誰も、誰もいない。
アイズとヴァリアスの戦いはヴァリアスが劣勢に陥っていた。
ヴェイルーツの援護が期待出来ない中でヴァリアスは召喚機である短剣ひとつでアイズと渡り合っていた。
しかし、手札の豊富なアイズの前にヴァリアスは徐々に押され、肩で息をしている。
短剣を握る左手は痺れを起こし、感覚がなくなりつつある。アイズの猛攻をこの剣ひとつで凌いできたが限界に達していた。
「私の方が、強い……。私は、願いを叶える……」
どこか荒い呼吸で、アイズはカードを引いていた。
自分自身に言い聞かせるように呟く言葉。トドメを刺そうという時に、アイズの手は震えていた。
なかなか倒れない相手にダメ押しの一手。
コアから渡された、サバイブのカード。蒼い業火が渦巻くその力を解放しようとしていた。
「……! そのカード、いつの間に」
ライダーを殺して、願いを叶える。
しかし美玲の中でそれは明確な迷いとなって、頭の中はオーバーヒート。
それを感じ取ったヴァリアスは、必死に言葉を紡いだ。
「美玲……大事な人を取り戻したいって気持ちは分かる。けど、他の誰かを殺してまで叶えたって、きっと燐はそれを受け入れることないわ……。小夜も、きっと……」
美玲への言葉は、自身にも向けた言葉である。
愛しい人を取り戻したい。
それが、大勢の人間を犠牲にした果てのものだと知って、果たしてその人は受け入れることが出来るのだろうか?
ヴァリアスは、真里亞は。
妹、華甸川小夜という人物を知っている。心優しい彼女が新たな命を以て蘇ったとしても、彼女はそれを認めることはない。自らのために犠牲になった命達を想って、自ら死を選ぶだろうことは姉である真里亞の想像に難くない。
御剣燐という人物を知っている。妹と同じ、心優しい人だと真里亞は思っている。ゆえに、誰かの命によって咲洲美玲の元に戻ることを彼は拒むだろう。そしてなにより、咲洲美玲が誰かの命を奪うことも彼は認めないはずだ。
だから、私がここで死ぬわけにはいかない。
咲洲美玲を人殺しにするわけにはいかない。
「燐は生きてるわ。もう二度と会えないわけじゃない。だから、こんなことはやめて」
「うる、さい……!」
「燐は帰ってくるわ、必ず。だから……!」
「うっ……ぁぁあぁぁあ……!」
声にならない悲痛な叫びと共にアイズは震える手からサバイブのカードを落とした。
膝から崩れたアイズの元へヴァリアスは駆け寄り、目線を同じくする。項垂れたアイズは力なく、仮面の下で涙を流しているようであった。
「……ごめんなさい。あなたが傷ついてること、もっと理解するべきだった……」
「……ちがう。わたし、私が……」
首を振るうアイズをヴァリアスがそっと抱き締めた。
かつて、泣きじゃくる妹にそうしたように。
「がんばって皆で燐を探しましょう? ライダーバトルを止めるために……モンスターから人を守るために戦っていれば、きっと燐と会えるわ」
優しく言い聞かせるヴァリアス。
そこへ、ミラーワールドでは聞き慣れないバイクの音が近付いてくる。その音にアイズがはっと顔を上げた。
二人を遠くから眺めるように停まる純白のライダー。
ツルギサバイブ。
「燐……! 燐!」
「燐……」
駆け出すアイズ。ヴァリアスは何か、言いようのない不安に襲われてその場から立ち上がることが出来なかった。
長い足を振り上げて、ツルギサバイブがスラッシュサイクルから降りる。
————そして、カードを引いた。
【CALL VENT】
「燐……? 何をして……」
足を止めて困惑するアイズの頭上を、ガナーウイングとアゲートヴィーヴルが飛び去ってツルギサバイブの元へ向かう。
「待ってヴェイルーツ! 言うことを聞いて!」
ヴァリアスの制止も聞かず、二体のモンスターはツルギサバイブへと襲いかかり……ツルギサバイブ、抜刀。
吹き荒れる烈風が剣となって、ガナーウイングとアゲートヴィーヴルを切り裂いた。
「ガナーウイング!?」
ガナーウイングの爆発によって倒れたアイズ。そのデッキには契約の証たるガナーウイングのエンブレムが消え、青い騎士の鎧は灰色の、モンスターと契約する前の姿であるブランク体となっていた。
一方、アゲートヴィーヴルはダメージを受けた影響で姿を維持することが出来ず、ヴェイルーツの姿へと戻るに留まった。爆風に吹き飛ばされたヴェイルーツをヴァリアスが慌てて抱き止める。
ヴェイルーツが一命取り留めたことに安堵するのも束の間、倒れるアイズブランク体のもとへ急いで駆け寄り、ツルギサバイブの方を睨みつけた。
「燐、あなたどういうつもり……!?」
アイズを庇うように立つヴァリアスは怒りに燃えていた。
ツルギサバイブは何も発さない。
ただ当然のように太刀をぶら下げて歩き出す。
二人のライダーを、二人の願いを斬るために。
しかし、ツルギサバイブの身体から細かな砂のようなものが吹き上がる。ミラーワールドに残存出来る制限時間が迫っていた。
それに気付き、ツルギサバイブは踵を返してスラッシュサイクルに搭乗するとミラーワールドから抜け出すためにバイクを発進させた。
遠くなるエンジン音も、アイズにはまるで聞こえていないようだった。
その時の彼女はただ、今起こった現実を受け入れずにいられないのだった。
『もう間もなく、最後の扉が開かれる』
闇の中、白い女の影がニタリと笑う。
白い女の影、コアの目の前には巨大な蕾が鎮座していた。
「これは、なんだ」
コアに帯同させられた宮原今日子は人間一人なら容易く包み込んでしまいそうなほどに巨大な蕾の前にそんな声を漏らす。
そんな鏡子へとコアは、悪戯っぽく答える。
「切り札は大事な局面まで取っておくものでしょう?」
「切り札?」
「そう、謂わばこれは私のリーサルウェポン」
コアが蕾へと手を翳す。
花弁の一枚一枚が開いていき、咲いた花の中央にはおしべのように立つ黒い触手のような、蔦のような、鎖のような。
そう、それは何かを絡め取り、縛り付けていた。
「これは……馬鹿な」
「ふふ、さあ起きなさい」
瞳が開かれる。
薄らとした瞳の奥は赫く、鋭い。業火によって鍛えられた魔剣の如き妖しき眼光を闇の中に浮かばせていた。