目を覚ますと、見知らぬ天井だった。
ありきたりな展開かもしれないが、本当に知らない天井に遭遇すると困惑する。
「美玲さん!」
「美也……?」
「大丈夫? 痛むところはない?」
「華甸川も……ここは……」
ぼうとして重い頭のまま身体を起こす。
知らない部屋だが、察してか美也が「私の部屋です」と言った。あの戦いの後、華甸川が美也に連絡して場所を聞いたら美也の家が近いということで運び込まれたとのこと。
それにしてもこの美也の部屋。想像より、可愛い部屋をしていた。淡いピンクなどパステルカラーの柔らかな色づかいの内装と家具、小物類は目に優しい感じがすると同時にぼやけた視界が余計にふわふわとさせられるような、未だに夢の中にいるような気さえしてくる。
だんだんとはっきりしていく頭が、華甸川と戦っただけではない悪夢のような現実を思い出させる。
慌てて自分のデッキを取り出し、そこに刻まれていたガナーウイングの紋章が消え去っていたのを見て本当に起きたことなのだと突きつけられる。
「……私も、真里亞さんから聞きました。信じられないと思ったんですけど、思ったんですけど……」
言い淀む美也に代わり、真里亞が口を開いた。
「きっと、一人で戦いを終わらせようとしているんだわ、あの子」
「そう、ね」
真里亞は燐本人の口から様々なことを聞いている。だからすぐにそう結論づけた。いや、この場にいる誰もが燐ならそういう理由なのだろうと推察していた。仮にも燐が願いのためにライダーを倒そうとしているなど思った人物は少なくともいない。
「美玲さん。燐くんはどうしちゃったんですか。いくらなんでもこれは……。美玲さんを攻撃するだなんて」
「美玲だから、でしょ」
私は、何も言えなかった。
「一番戦いから遠ざけたかったんだと思う」
真里亞の返答に美也は納得しているのかしていないのか、どちらとも取れる沈んだ表情で顔を伏せた。
「だからって、一人で戦うなんてことないじゃないですか! 今まで一緒にライダーバトルを止めようって一緒にやってきたのに……」
「……私達が」
「美玲?」
「私達が、弱いから」
無意識のうちに出た言葉。
けれどそれは、全員の図星をつく結果となった。
「私達はサバイブの力を持っていない。燐だけよ。けど、他のライダー達はどんどんサバイブを手に入れている」
「サバイブの、力……」
美也も思うところがあるようで、拳を強く握り締めている。
あまりそういう力に固執するタイプではないと思っていたから、意外だ。
「そうでないライダー達も強敵だし、オルタナティブなんてのも出てきているような状況で、燐頼みになる場面が多かったのは事実」
「仲間は、足手纏いってことですか」
「燐はそうは思わない。けど、私達の存在が枷になってしまった」
「……サバイブついでにだけど、美玲。あなた、このカードはどこで手に入れたの」
華甸川が取り出したのは、私に与えられたサバイブのカード。
華甸川はどうも、これに関して思うところがあるらしく私が目覚めてから一番の怒気を放っている。
「それってサバイブのカードですよね!? 美玲さん、の……?」
「……渡されたのよ」
「誰から」
「……コア、だと思う。多分」
「コアって、よく分からないけどライダーバトルの元凶みたいなやつなんですよね!? 燐くんが倒したって聞きましたけど……」
「分からない……でも、これさえあれば……」
「アリスからデッキを渡された時と同じね。上手いこと唆して、その気にさせる」
なにも言い返せない。
まったく、その通りだったからだ。
願いのために戦うとデッキを手にした時と、願いのために戦う中で更に強い力に手を伸ばした。
まるで変わらない。
愚かな私のまま。
「だから燐は私を……」
「あーもう! シャキッとなさい!」
華甸川の手が私の顔を掴んだ、というより挟んだ。そして、無理矢理前を向けさせられた。
「もういい加減くよくよするのはやめにしなさい。そんなぐずっていても燐は帰ってこないんだから。それとも何? ぐずったら燐が構ってくれてたわけ? 赤ちゃんなのあなた」
「ふぃ、ふぃがう……」
とは言いつつ、燐に甘えていたのも事実なので否定しきれない。
「まったく……。いい美也? こういうのに限って男と二人きりになるとベタベタするのよ。猫なで声で話すのよ」
こういうのとはなんだ、こういうのとは。
「それは、まあ、なんとなくそんな気がしてましたけど」
美也、覚えておきなさい。
私の中で美也の友好度が今のでだいぶ下がったわよ。影守呼びに戻すところだったわよ。
「燐といい美玲といい、どうしてこう一人で溜め込むわけ。それで色々オーバーフローして大変なことになってるじゃない」
「……申し訳ございませんでした」
「本当に思ってる!?」
「えと、思っています……」
「まったくもう。こっちは殺されかけたようなものなんだから!」
「ま、まあまあ真里亞さん。美玲さんも反省しているので……」
「……そうね、とにかくこれからの事を考えないと」
これからの事。
ミラーワールドで、これからどう戦うか。
最大戦力だった燐は抜け、私はガナーウイングを燐に倒されてしまった。まともに動けるのは美也と真里亞の二人だけ。
いや、それでも。
「ガナーウイングはやられてしまったけどデッキは無事。他のモンスターと再契約するわ」
「でも、それって……」
『不可能ではありませんが、おすすめ出来ません』
「アリス!」
美也の机に置かれた小さな鏡を通して、アリスの声が響いた。
相変わらずの神出鬼没。
私は、こいつのことを未だに信用していない。
「おすすめ出来ないって、どういうこと?」
『最近のミラーワールドがどうなっているか、皆さんは気付いていますか?』
「最近のって……?」
『モンスターの数が、明らかに減少しています』
アリスからもたらされた情報に、全員が戸惑った。
ただ、それと同時に言われてみればと思わないでもなかった。
『ライダーは多い時で百とまではいきませんが、それに近い数が存在していました。その頃はモンスターが出ても誰かがモンスターを狩っていたんです。皆さんもそうだったでしょう?』
モンスターと戦うことはライダーにとっては義務のようなものだ。
自らが契約したモンスターに餌を与えることで、ライダーはモンスターから力を与えられるのだから。
『戦いによってライダーは数を減らしていきます。特に、鐵宮についたライダー達は燐君によって一切に契約モンスターを倒されました。運良く逃げ延びても、燐君が後にデッキを破壊しています』
「そんなこと、してたんだ……」
知らなかった。
人知れず、燐はライダーと戦っていた。
自らの責任だと言って。自らへの、罰だと言って。
……それを、アリスだけは知っていた。
『ライダーの数が減り、モンスターを狩る者が減ってしまったことでモンスターの活動は一時は活発化しました。ですがそれも、数日前から……』
「モンスターの数が、減った」
アリスは、こくりと頷いた。
『もう残りのモンスター達に強いものは……。今から契約したところで、これからの戦いについていけるとも思えません』
アリスの言うことは尤もだと言い返せない。ガナーウイングは私にとって一番相性の良いモンスターであったのだろう。強いモンスターでもあったし、今から他のモンスターと契約したとして……。
脳裏に浮かぶ、ツルギの姿。
きっと、燐は何度でも私を切り裂くだろう。
第一、こうしてデッキが無事なことだけでも奇跡のようなものだろう。あの時はツルギの方が制限時間が差し迫っていた。仮にデッキを残すことに意味を見出すとするならば、モンスターの気配を察知したり、アリスとコミュニケーションを取れるようにした。なんて、希望的観測。
「アリスのタイムベントでガナーウイングが倒される前に戻るとかは出来ないの?」
『私のタイムベントはもう……』
美也が重苦しい空気を打破しようと思い付いたことを口にしたのだろう。けれど、そんなことが出来ないのは私達も知っているところだ。
アリスのタイムベントはもう機能しない。
過去に戻って、全てをなかったことにすることはもう出来ない。
けれど、それは……本当に?
「……もう一人のアリスのタイムベントは、使えないの」
『使えるはずです……。ですが、それは……』
逡巡するアリス。だが、何かを決意した瞳が前を向いた。
『過去に戻ることでどうにかなるとは限らない、それで全部なかったことにも……。ですが……私のことは、私がどうにかしないといけないことです』
「アリス……」
「待って、一人でどうにかしようとするのは……やめよう? 今回のことも、ううん。これまでのことも全部一人で抱え込んで、こうなってるんだし……」
アリスを引き止める美也であったが、無理だろう。直感がそう囁くと間を置かずにアリスは張り裂けそうな声を上げる。
『分かっています! でも……本当は私が背負わなければならないものを、燐くんは背負っているんです。私が、燐くんに背負わせてしまった……』
狡い。
仄暗いものが、心に牙を突き立てる。
こんな時に、こんなことを思ってしまうことがおかしい事は理解している。
それなのに、ずっとアリスに抱き続けてきたものが込み上げてくる。
狡い。
どうして、彼女ばかり。ずっとずっとそうだった。アリスと燐には二人だけの世界が存在する。私と出会う前から。
燐が鏡を割ったことで出会ったという二人。
鏡の中で一人きり生きてきたアリス。ああ、そうだろう。そうなるだろう。二人は友達で、特別だ。アリスからすれば燐は、さながら卵の殻を破って生まれ最初に見た親鳥のような存在。特別にもなろう。
燐はそんなアリスを憐れんで、優しくしている。ああそうだそうに違いない。
燐にとって特別は、私一人でいい。
私でなくちゃ、いけないのに、
『もう貴女達は戦わない方がいいです』
そう言い残しアリスは鏡の中から消え去ると、私達が鏡に映り込み自分と目が合う。酷い顔をしている。
澱み切った泥沼のような目が真っ直ぐ私を見つめていた。
見上げた白い塔は私を拒絶しているような気がした。
ここは傷ついた人を癒やす場所。人を傷つけた者が入るなど、言語道断と主張するような清廉な白。
足が、重い。
でも、行かないといけない。
「北さん……」
あの日、多くの聖山高校の生徒達がこの病院に搬送された。北さんもきっと、ここにいるはず。
北さんは生きている。
嘘だと思った。けど、私にそんな嘘をつく必要はないはず。仮に北さんが死んでしまったのならきっと、私は彼らから許されない。
だから、本当に北さんは生きているのだろう。
会って、どうする。
謝るしかない。それしか、出来ない。
許されるはずもない。けど、謝るしかない。
だって、それしか出来ない。
私には北さんを治すことも、全部なかったことにも出来ないのだから。
震える足で一歩ずつ進む。
怖い。前に進む度に、足が重くなっていく。
怖い。周囲の目線が気になる。誰かの笑い声が、私をあざ笑っているように聞こえる。誰かの話し声が、私のことを貶んでいるように思える。
このままここにいたら、おかしくなる。
気が付くと私は、北さんの病室にいた。
看護師さんに北さんの病室を尋ねた……ような気がする。
つい数分前のことだろうに、記憶がない。霧がかったというか、雲の中にでもいるような、足のふらつきというか、浮遊感。
現実感が、ない。
北さんが、いる。死んだように眠る、北さんが。
意識は戻っていない、らしい。
私のせいで、こんな風になってしまった。あの時、死ぬべきは私だったのに……!
「北さん……ごめんなさい……!」
生きててよかった、なんて言えない。言えるわけがない。北さんをこんな風にした私が。
北さんの頰に涙が落ちた。私が泣く資格なんて、ないのに。ポケットティッシュを取り出して落としてしまった涙を拭う。
一瞬、触れることを躊躇うも。
紙一枚越しに伝わる生の感触。けれど、意識がなければ死んでいるのと変わらない。
ああ、駄目だ。涙が止まらない。
足早に病室を出る。扉に背もたれ、声を殺して涙を————。
開け放っていた窓からひやりと冷たい風が吹き込んできた。兄さんの身体に障ると思い、窓を閉めようと手を伸ばす。
「待って陽菜。……いい風だから、もう少し」
「うん。分かった」
あたしにとっては肌寒いと思った風も兄さんにとっては心地よいもの。ずっと入院している兄さんからすれば風は外の世界との繋がりのひとつなのかもしれない。
そうして私も風を感じ、中庭の紅葉が赤くなりつつある様を見下ろして、季節の移り変わりを感じる。
兄さんはあと、いくつの季節を巡れるのだろう。
難病。治療法が確立されていない。いつまで生きていられるか分からない。
何度そういった言葉を聞いてきただろう。
絶望ばかりを積み上げてきた。
そんな時に、アリスからデッキを手渡された。
『最後の一人になれば、どんな願いも叶えられますよ』
そんな言葉に踊らされて。いいや、踊ることを選んだ。
兄さんのために。
鐵宮の下についた。強い奴が、全員の願いを叶えると言った。なら、それでいいと思ったからだ。
でも、鐵宮は負けた。
強い奴は、もっと強い奴にやられる。そういう運命なのだろうと思った。
でも、それでも。あの時が一番願いを叶えるチャンスだった。
好機を逃してからというものあたしはこの戦いで生き残り、願いを叶える自信をほとんど失ってしまった。
あたしが戦わなければ、兄さんがずっと病気で苦しむというのに。
でも、あたしよりも強い奴等がまだ大勢いる。
だからいっそ、しばらく静観してみようと思った。強い奴等が強い奴等と戦って、潰しあって。そしたら、棚ぼたで最後の一人になれるかもしれない。
なんて、情けない。
けれど、それが今一番生き残る確率が高い。なら、そうするしかない。
懸念があるとすれば、モンスターとの契約。契約している熊に似たモンスター、アトスグリズラーに餌を与えなければいけない。獰猛で食欲旺盛なせいか食事の要求量は多い。頻繁にモンスターを倒して与えているが、ミラーワールドに入るということは他のライダー達と遭遇する可能性も必然的に高くなる。
そして、今もまた……。
『グルル……』
窓ガラスの中から餌を寄越せ、と言っている。
与えなければ、自分がアトスグリズラーの胃袋の中。もしも、契約が切れてしまったら……兄さんをいの一番に襲うだろう。
なんせこいつは兄さんを狙っていた奴なのだから。あたしが死んだら兄さんを、そしてたくさんの人を襲うだろう。
そんなことは、許されない。
兄さんとこうして穏やかな時間を過ごしていたいけれど、そのためにも狩りに行かなければならない。
兄さんに声をかけ、外に出ようと思ったその時だった。
頭の中に音が響く。
幸いなことに、近くにモンスターがいるようだ。
「下で買い物してくるよ。何か欲しいものある?」
「そうだな……。じゃあ、プリンで」
「はいはい。いつものね」
いつも通りの顔をして病室を出る。
大丈夫。
いつも通りモンスターを倒して帰ってくるだけ。10分程度で終わることだ。
モンスターの気配を追い、病院の裏手に回ると窓ガラスにそいつは映っていた。逆さまになったイカに手足をつけたかのようなモンスターだ。あれぐらいの奴なら大丈夫だ。
薄茶色のデッキを鏡へと突き出し、銀色のベルトが巻かれると右腕を突き出し、鏡に向かって正拳突き。
「変身!」
鏡に映るあたしが、仮面ライダーグリズへと変わる。茶色いイカつめな鎧に両刃の手斧を持つ。いかにもパワーに溢れた見た目で、どうにもあたしはそういうキャラなのだという宿命から逃れられないようだ。
小さい頃から男勝りな子として扱われていたし、自分としてもそのキャラを気に入っていたりもした。
けれど、兄さんは。お兄ちゃんだけはあたしを妹として甘えさせてくれた。普通の女の子と変わらないように優しくしてくれた。
優しくて、大好きなお兄ちゃん。
そんな人がどうして、病気なんかに苦しまなくてはいけないんだろう。
神様は残酷だ。酷い奴等ばっかりのさばって、良い人を連れて行こうとするのだから。
だから、そんな神様に反抗するためにあたしは別の神様……アリスに乗っかることにした。ライダーバトルで出会う奴等はさんざんな奴ばっりだ。みんな自分のことばかり考えて、身勝手な欲望を叶えようとしている。
そんな奴等から、いなくなっていけばいいのに。
兄さんはあたしが守る。あたしが救う。
だから、いつも通りやればいい。
ライドシューターに乗り込み、あたしはミラーワールドのモンスターのもとへと向かった。
白いマシンが風となって街を駆ける。
全てを振り切るように。過去もしがらみも、何もかもを風に流して捨て去るかのように。
少年は孤独を選んだ。
人々を守るために。欲望に塗れた醜い争いを終わらせるために。
そのために、余分なものはその手から捨て去ることに決めた。
この手にあるべきは剣だけでいいと。剣だけでなくてはならないと。
全てを切り裂き、未来までも切り捨てて。
愛した人を、傷つけてまで。
余計な感傷には浸らない。
悲しいや、辛いなど、思ってはならない。
そんな感情をたくさんの人に撒き散らしたのは己の罪。ゆえに少年は悲しいとも辛いとも思わないことにした。
喜びなど、もってのほか。
そんなことを感じる資格はない。
幸せになる資格など、ない。
怒りも、捨て去った。
自らへの怒りは常にあった。けれど、怒りに任せて剣を振るえば単純極まりないものとなってしまう。なにより、怒りは己に向けられるものだ。自ら抱くものではなくなってしまった。
あるのはただ、剣を振るい、全ての戦いを背負う己だけ。
戦うのは、自分一人でいい。
仮面ライダーは自分一人でいい。
それだけが、存在理由。
そしてまた戦士は戦いの音を察知しバイクを停める。即座に反転させ、次なる戦場へと向かうのであった。
泣いていた。
けれど、ミラーワールドからの音がして顔をあげた。
モンスターが、誰かを狙っている。
戦う。
頭に浮かんだ無数の選択肢の中からその言葉が一際強く主張している。
私なんかが?
でも、誰かがモンスターに襲われて死んじゃうかもしれない。
それは、私に関係あること?
モンスターなら他の誰かが倒してくれるかもしれない。いや、きっとそうだ。私なんかよりも強い人はいっぱいいて、その人がサクッと倒してくれる。だから、私なんかがこれ以上戦ったところで、無意味だ。
もし、狙われているのが、北さんだったら?
最悪の想像が頭を過ぎる。
近くに他のライダーなんてそんな都合よくいる?
ネガティブなことばかり囁いてくる。
北さん……。
「もしも、北さんだったら、こんな時どうしてたかな……」
決まっている。
どこから来るのか分からない根拠のない自信と純粋な善意で北さんは誰かのために戦うだろう。
そういえば、前に無理矢理読まされた北さんのファンタジー小説。あれも王道というか手垢がつきまくったというか、よくある英雄譚だったな。
正義の文字がこれでもかと主張しているみたいな、そんな作品。表現方法はちょっと読むに堪えないものだったけれど……。
「嫌いじゃ、なかったな」
立ち上がっていた。
涙を拭っていた。
私なんかが、正義のヒーローにはなれはしない。
こんなことをしても北さんに許されるとは思わない。
けど、私のせいで正義を真っ直ぐ志していた北さんがあんな風になってしまったからには、私がやるしかない!
走り出す。鏡という鏡に目を向け、見つける。駐車場に停められていた車に映り込むモンスターの姿。人目がないことを確認し、私はデッキを取り出した。
「変身!」
銀と青の戦士。仮面ライダージュリエッタとなり、ミラーワールドへ向かう。ライドシューターで無限の鏡の道を抜け、そのままモンスターを轢き飛ばそうと加速。
しかし、モンスターにいち早く気付かれてしまい、容易くイカのようなモンスターには躱されてしまう。急ブレーキをかけ、ライドシューターの装具が取れるとすぐに降りたが、こちらが出てくるのを見計らっていたかのようにモンスターはイカらしく腕から触手を伸ばして私を縛りあげた。
「ぐあっ……!」
このままいいように振り回されてはまずい。なんとかしないと。けど、拘束されてカードも使えないんじゃどうしようも……。
絶望的な状況の中、もう一台のライドシューターが現れてモンスターを轢き飛ばした。それによって私の拘束も解けて、自由の身に。
ライドシューターが来たということは、ライダーが来たということ。誰?
知り合いだったら、どうしよう。彼等は優しく言葉をかけてくれた。北さんが死んでいないと教えてくれた。でも、心の中ではきっと私のことを……。
戦闘中にも関わらず、そんなことを考えてしまう。
だが、私の想像に反して現れたライダーは以前、戦ったことがある熊のようなライダー。つまりは、敵だった。
「っ……。ライダー……」
緊張が走る。睨み合いが発生するも、モンスターが割って入り、戦いは続く。
【SWORD VENT】
私はカードを使い鋸の刃を持つ槍、シャークラッシャーを召喚して熊のライダーに触手を鞭のように振るうモンスターへと斬りかかる。
だが、そこへ再び乱入。
次に現れたのはライダーではなく、モンスターだった。
『フン!』
青い槍を手にした、イカのようなモンスターがもう一体現れて私の槍を弾くと私と熊のライダーを巧みな槍捌きで圧倒した。
胸に槍の一撃を受けて私と熊のライダーが火花を上げながら地面に倒れる。
そこへ、ライドシューターとは違う駆動音が響き渡る。
少し歳の離れた兄が車好きであれこれ蘊蓄を聞かされて育ったせいか、人よりも車やバイクの知識があるので音だけで異質さを感じ取れた。
純白の風が吹く。
「ツルギ……」
熊のライダーが彼の名を呟く。
急制動を利用し、ツルギは飛び降りながら槍イカのモンスターを蹴り飛ばし、続いて接近してきたもう一体を回し蹴りで吹き飛ばす。
彼はこちらに目もくれず、2体のモンスターを相手取る。
「やあっ!!!」
熊のライダーがツルギの戦いに割って入っていった。
ライダー三人にモンスターは2体。私はいらなくなってしまった?
いや、そんなことは言ってられない。
槍イカのモンスターはツルギと戦っているが、もう一体のイカのモンスター相手に熊のモンスターはやりづらそうにしていた。
触手が不規則で読めない攻撃をしている。
ツルギは大丈夫だとしても、彼女は心配だ。槍を握り直し、私も戦いに挑む。もとより、最初に駆け付けたのは私なのだから。
「くそっ!」
触手に巻きつかれた熊のライダーが悪態つくのを聴きながら、私はモンスターへと槍を突き出す。
直撃し、モンスターから火花が上がる。
熊のライダーが触手から離れる。よかった、助けることが出来た。
「くっ……うああ!!!」
熊のライダーは乱暴に斧型の召喚機にカードを入れた。
【STRIKE VENT】
両手に大きな爪を備えた手甲を装備し、熊のライダーは力任せにモンスターを斬りつけ、引き摺り回した。
怪力ぶりをこれでもかと見せつけ、イカのモンスターを投げ飛ばし、再びカードをデッキから引き抜く。
【FINAL VENT】
イカのモンスターの背後に彼女の契約モンスターが現れる。
やはり、熊に似たモンスターだ。一咆えすると、ライダーと契約モンスターは同時に駆け出し、ライダーはショルダータックルの構えを取り……イカのモンスターは前後からのタックルに押し潰され、爆散。
「倒した……」
私は後半ほとんど何もしていないけれど。
熊の彼女は契約モンスターに倒したモンスターのエネルギーを与えている。モンスターから契約を差し迫られていたのだろう。
熊のモンスターが食事を終えると、彼女は私に目線を向けた。
出会った時よりも長い視線のやり取り。そして彼女は……私に牙を剥いた。
モンスターは、倒した。
このライダーは、どうする。戦うつもりだろうか。もしも、戦う気がないというならこのまま立ち去る。それが、ベストだろう。
けれど……こいつ、弱そうだ。
前に一緒だった赤い奴もいない。
こいつなら、倒せるかもしれない。あたしでも。
静観してるのもいい。ただ、それではいつ最後の一人になれるか分からない。もしも、それまでに兄さんに何かあったら……。
一人、減らすぐらいなら……。
「悪く、思うな……」
爪を青いライダーに向ける。
兄さんを、兄さんを救うためなんだ。戦わないと、いけない……!
太刀と槍では圧倒的に槍が有利とされている。そんな道理も切り裂いて、ツルギはヤリイカのモンスターを斬る、斬る、斬る。
流れる剣の閃きはまるで舞踊。モンスターが吹き飛ぶと、ツルギは太刀を地面に突き刺し、カードを切る。
【FINAL VENT】
「スゥ……ッ!」
契約モンスターであるドラグスラッシャーが飛来し、スラッシュバイザーで剣舞するツルギと共に空へと舞い上がる。
蒼穹を突き刺し、己を剣として天を舞う。
そして、キックの体勢を取るとドラグスラッシャーの放つ斬撃波を纏い繰り出される神速の斬撃であり蹴撃。
スラッシュライダーキック————。
ヤリイカのモンスターを切り裂き、貫き、爆炎の中に立つツルギはモンスターに続き、グリズとジュリエッタのもとへ向かう。
無論、二人をこの戦いから降ろすために。
そうして、ツルギが目にした光景は。
「や、やめて! 私はもう戦うつもりなんて!」
「だったら兄さんのために死んでよぉ!!!」
爪が鎧を切り裂く。
痛い、痛い……!
痛む身体を庇いながら、槍で続く攻撃を受け止める。
「いつ、いつ死ぬかも分からないんだ!」
「くう……!」
この人は、お兄さんのために戦っている……?
いつ、死ぬかも分からないお兄さんのために。それが、この人の願い。
でも、こんなところで……私だって、死にたくはない!
「もう、やめてっ!!!」
なんとか、彼女から距離を取ろうとがむしゃらに槍を横薙に振るった。
その槍が、たまたま、直撃した。
お腹のあたり、だと思う。
派手に吹き飛んだ彼女の姿が目に焼きついて、死んでしまっていないかと不安に襲われた。
心配は杞憂で、彼女はすぐに立ち上がった。
よかった、思ったよりも大したダメージではなかったみたい……。
「え————」
誰の、呟きだったろう。
私かもしれない。彼女かもしれない。あるいは、二人同時に。
亀裂が走る。
彼女の、デッキに。
朽ちた廃墟の壁みたいに、砂糖菓子の作り物のように、ぱらぱらと、彼女の茶色のデッキが砕かれて、この鋸の刃で切り裂かれたようにぼろぼろのカードが地面に堕ちて……。やがて、彼女は変身を維持出来ず生身を晒した。
日焼けか、浅黒い肌に快活そうな少女が呆然と立ち尽くしている。
「なん、で……どうして、そんな! あ……」
地面に落ちたデッキやカードの破片を彼女は必死にかき集め始める。
私は、彼女のデッキを、壊してしまった……。
「メモリア、メモリアが……あれが破けたら願いが!」
メモリア。
願いを記録したカード。
それが破けたら、願いが叶わなくなるどころか、反転してしまう。
彼女の願いは、お兄さんを救うこと、らしい。
反転する、ということは。
呼吸が、浅くなる。水の中にいるかのように、溺れてしまっているかのよう。
「あたし、あたしの願いが! 願いが……!」
少女の身体がミラーワールドに溶け出し始めている。ライダーというこの世界での生命維持装置を壊されたからだ。
そこへ、ツルギが現れる。乱暴に彼女を抱き抱えるとなりふり構わずミラーワールドを後にして、彼女を現実世界へと連れ帰った。
モンスターもおらず、一人となった私の足下に破れたカードが風で飛ばされてきた。
そのカードは、彼女の、メモリア————。
「い……いやぁぁぁ!!!!!!」
鏡の世界で上谷真央が絶望の悲鳴を上げた頃のこと。
眠り続ける北津喜の瞼が開かれる様子は依然としてなかった。
だが、しかし。
彫像のように眠り続ける彼女の指先が、わずかに鼓動した。
感想ご意見は『仮面ライダーツルギ係』までお願いします。