仮面ライダーツルギ   作:大ちゃんネオ

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巳年特別篇 剣は澄み、毒澱み

「私を……殺してくれますか……?」

 

 血涙を流す仮面の下で、彼女は泣いていた。

 風が吹き荒ぶような音だけが響く鏡の世界で僕は、腰に差した剣に手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は空に灰色の厚い雲が広がり、海風が酷いものであった。残暑険しい日々が続いていた聖山市であったが、海沿いにおいては前日との体感の温度差は10度近く。シャツでも羽織ってくればよかった。

 潮の薫りを携えた風は冷たく、空の色も相まってどうにも気分が上がらない。

 

「降りそうだ」

 

 空模様を見ながら呟く。風は強いが、簡単には流れていきそうにない鈍重な雲に愛想を尽かして海辺から離れる。

 海に面した公園は聖山市の手軽な釣り場として、天気と波の調子が良い日は老若男女問わず釣り糸を垂らしている場所だが、こう風が強い日に釣りをしようという無茶なことをする人はいない。

 

「少し、遠出し過ぎたかな」

 

 遠出と言っても、聖山市内ではある。

 けれど、一人でわざわざここまで足を運んだのは初めてであった。

 中学生の時に、父さんに連れられて釣りに来た時は車を使ったが今日は電車。聖山駅から20分弱ほど電車に揺られ、駅から更に20分、いや30分は歩いてここまで来た。

 もうちょっと歩けば隣の市に入るぐらい、聖山市の端の方。

 何も目的もなくここまで来たわけではないが、こうも寂しい結果になるとは思わなかった。

 

 聖山市は横に長い市である。

 東には聖山湾を臨み、西には山脈が聳え、海と山に挟まれた平野部に街を築き人口密集地帯となっている。

 今回、僕は東に向かったわけだが、その理由は西に向かうよりは距離的にも近いし、人もいるからだ。

 僕の経験則だが、モンスターが聖山市の西側。つまり山の方に出現することは滅多にない。

 単純に、モンスターが狙っている人間が少ないこと。

 山なのでこちらの世界と行き来するための鏡となるものが少ないことが理由だろう。

 愚者は経験から学ぶと言うが、そのとおり僕は愚者なので何も言い返すことはない。

 僕が賢者であったなら、今日ここに理由があって一人でやって来たりはしないのだから。

 だが、愚者なりに仮説の裏付けをしてもみた。

 モンスターの被害によると思われる行方不明事件の発生場所を報じられている範囲で纏めて、地図に照らし合わせてみたのだ。

 すると、やはり山ではほとんどモンスター絡みと思われる事件は起きていなかった。

 滅多なことがなければ、山の方に行くことはないということだ。

 そして、この沿岸部だが。

 街の中心部と比べるとモンスターの出現率は低いが、まったくモンスターが出ないわけではない。

 むしろ、それなりの頻度で行方不明者が出ている。

 事実、昨日この周辺で行方不明事件が発生したからここまで来たのだ。

 美玲先輩が一緒に行くと言ってくれたが、街の方ではいつ何が起きるか分からないのでそちらの方にいてほしいとお願いした。

 不服そうであった。

 我慢してもらうしかない。

 僕だって我慢しているのだから。

 

「それにしても、空振りか? もう場所を移したか……」

 

 モンスターの気配はない。

 ミラーワールドではドラグスラッシャーも空から探してくれているが発見の知らせもない。

 海辺を離れて駅の方へと向かって歩くが、徒労で終わったせいか身体も気も重い。こういうのが一番疲れる。

 仕方ないがとにかく戻るしかない。駅まで戻って、そこからどうするべきか。

 この辺りは住宅密集地というわけでもない。住宅展示場が離れ小島のように家を並べて、もう少し歩けば数年前に出来たショッピングモールが見えてくる。

 あとは有名な飲料メーカーの工場やその他の工場。とにかく工場だ。

 作ったものを船に乗せて運ぶのだ、港が近い方が効率的なのは当たり前。

 工場勤務の人を狙う可能性を考えたが、そうだった場合現実世界から探すのは困難だ。

 当然だけれど、敷地内に入れてもらえないだろうし。

 

「変身しても、10分程度だもんな……」

 

 正確には9分55秒。

 工場の近くで隠れて変身して、探索したとしても制限時間が存在してはやはり厳しい。

 こういう時、どうしようもなく無力だと思わされる。

 もし、あの建物の中に。正確にはミラーワールドの、だが。

 中に、モンスターが潜んでいたら。

 とにかく僕達は後手に回らざるを得ない。

 こうして、モンスターのものと思われる事件が発生したから今、僕はここにいる。

 既に犠牲者が出ている。

 命が失われてからでないと、僕達は動けない。その場にいなければ気付くことが出来ない。

 だからせめて犠牲者を一人でも少なくしなければと行動しているが、手が届かないことが多すぎる。

 僕がまだ子供だからか。

 そうだろう。

 同じ市内ですら遠出し過ぎたかなと思う程度には、御剣燐という存在の世界は狭く、そんな狭い世界で生きるからには御剣燐という存在もまた矮小なのだ。

 

「まあ、大人でも自由に出入り出来るってわけでもないか」

 

 あまり、深く変な方向に考え過ぎてはいけない。

 こういう時は少し斜に構えて、ルサンチマン的に世界を貶める。

 ある種の自己防衛。

 こうでもしないと、今の僕はどこまでも堕ちてしまいそうなのだ。

 自分の中に湧き上がる無力という毒に侵されて。

 

 

 

 

 駅が近づくと自然、建物も車も人も増える。

 聖山市中央へと続く、あるいは聖山市中央から伸びて海沿いを通り北上していく大きな道路を取り囲むように飲食店やガソリンスタンドが軒を連ねて賑わいを増す。

 それなりに歩いて喉が渇いてきた。自動販売機が近くにないか探すと、「びぜんや」というチェーン展開している酒屋の大きな看板が目に入る。

 別に入ってはいけないという決まりはないが、高校生の分際で酒屋に入るのはと躊躇うも、駐車場の片隅に自動販売機があるのを見つけて即座に足を向けた。

 ジュースにコーヒーにお茶とラインナップは豊富だけれど、食指が動かない。こういう時は無難に水でいいだろう。

 環境に配慮した結果、手にすると押し潰してしまいそうなほどのやたら柔らかいペットボトルの水を購入し、一口。

 冷たさが喉を流れていく。

 一息ついて、再び歩き出しながら確かと思い出した。

 びぜんやは特に備前……は、岡山だったか。とは関係ないらしい、聖山市に本社を置く会社だったはずだ。

 全国展開も南は九州まで拡がっているらしい。

 僕の想像以上にすごい会社だったことを、いつか流し見した新聞に書かれていたことをふんわりと思い出す。

 あの時、もう少し興味を持ってあの記事を読んでいれば、もう少し感動したのかもしれないし、こうしてなんとなくの情報だけを思い起こすこともなかっただろう。

 知識は感動を生むのだから、無駄な知識はないと小学生の頃に先生が言っていたことの意味を今更ながらに理解した。

 これを理解しただけでも、今日は上々だろう。

 あとは、モンスターが見つかればいいのだが。

 駅の階段を上がり、真っ直ぐ進んで今度は階段を降りる。

 住宅地の方へ足を踏み入れよう。

 特別なことはない、普通の住宅地。そう思っていたのだが、やたら大きな一軒家が目に入った。

 いや、建物自体はちょっと大きな家ぐらいなものだが、敷地が広いようだ。

 敷地を取り囲む、高めの塀。2mと少しはありそうだ。その背を超える木々が生える広い庭。

 このあたりの地主さんの家だったりするのだろうか。

 興味は尽きないが、あまりよその家をじろじろと見るものではない。不審に思われる。

 この家の壁沿いを歩いて、通り過ぎよう。

 

「……」

「えっ」

 

 角を曲がった時だった。何かが視界に入ったと左上を向くと、塀の上にしがみつく女性の姿があった。

 よじ登ろうとしているのか、降りようとしているのかこの一瞬では判断がつかない。

 セミの抜け殻のような体勢の女性に目を奪われていると、女性の長い髪と背中が、僕に向かってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 人生何が起きるか分からない。

 自分には縁がなさそうなところに入ることになったりとか。

 お手伝いさんがいるお家に上がることなったりとか。

 

「どうぞ」

「どうも」

 

 テーブルに置かれたカップには紅茶が注がれていた。ストレートで、香りがいい。と暢気に味わえる環境にはなかった。

 なんだか機械的で愛想のないおばさん……お手伝いさんだった。

 別に愛想を振りまいてほしいというわけではないが、もう少しビジネスライク的に笑顔を見せてはもらえないだろうか。そう思うのはお手伝いさんに理想を押し付け過ぎているか。

 どうにも暗い印象を受ける家の中は日照の関係だろうか。

 いや、意外と古い家だったからかもしれない。アンティークが多く、今座っているソファも、目の前の低いテーブルも高価なのではと思うと緊張が走る。

 それはそれとして、言い方を選ばなければおばあちゃんの家みたいだ。

 ただ、やはり……この家が暗く感じるのは彼女のせいだろう。

 俯きがちで、ボソボソと喋る、陰気な人。

 

「……本当にごめんなさい……」

「い、いえ! 大丈夫ですから」

 

 ソファに横並びで座り、謝り続ける彼女を止める。

 ちょっと尻餅をついたぐらいで、大したことはない。

 手当てをと、家の中に半ば強引に連れ込まれて今に至る。

 

「……そう……」

 

 どこかシュンとした様子。

 本当に気に病むようなことはないのだけれど、何というか少し……失礼だが彼女には話が通じなさそうというか。

 ライダーとなった少女達と同じ気配を感じていた。

 大人びた顔立ち。それとはアンバランスな幼さのようなものを醸す彼女に危うさを覚える。

 なにより、目だ。

 少し長めの前髪がかかる瞳。綺麗な顔の人だ。

 だけど、やはりその眼には……。

 

「同じだ」

 

 知らず、口が動いていた。

 自分自身驚くが、何より彼女が一番驚いているだろう。

 黒い瞳が、見開いていた。

 

「……何が、同じ……?」

「えっと、すいません。気にしないでください、こっちの話なので」

 

 視線を逸らし、誤魔化した。

 すると、彼女の昏い瞳がふっと細まった。

 

「そうね……同じね。私と、あなた」

「え……」

「名前、なんていうの……?」

「っと……燐です。御剣、燐」

「リン……」

 

 再び、彼女の目が大きく開く。

 だが、先程と違う点があった。明確に。

 初めて、彼女の漆黒の瞳に光が灯ったのだ。

 

「あの……?」

「そう……そうなの……あなたも、リンなのね……」

「あなたも……? えっと、もしかして、名前同じだったりします……?」

「ふふ……私は違うの。私は、備前魅衣……」

「備前……備前って、もしかしてびぜんやの?」

 

 この辺りではあまり聞かない苗字。それに、この家。

 びぜんやの創業者の血筋の方だろうというのがすぐに繋がった。

 だが、彼女。魅衣さんはまるでそんなこと関係ない。聞こえていないようだった。

 

「ねえ、リンはどういう字……?」

「えっと、P、です」

 

 そう言って、思わずやってしまったと思った。

 変なクセだが、どうにも名乗る時に妙な説明をしてしまう。

 しかし、燐という字を説明するのに手っ取り早いのはこれなのだからしようがない。

 なかなか、人の名前に使われる字ではないのだから。

 

「え…………」

 

 何故か、魅衣さんは驚いた様子でいた。

 いや、そもそも今ので伝わったのだとしたら魅衣さんはかなり聡明な人だと思われる。

 

「そう、なのね……」

「魅衣さん……?」

 

 魅衣さんは徐に立ち上がると、僕の頭を抱き抱えて自身の腹部に当ててきたのだ。

 僕は訳もわからず、身動きが取れない。

 いや、それもあるけれど。

 初めてのようで、どこか懐かしい安心感のようなものを得て、動き難かった。

 魅衣さんの不健康そうな白く細い手が頭を優しく撫でる。

 愛おしいものに触れるように。

 ずっとこうされていたいと思ってしまう。このまま、全部を委ねてしまいたくなる。

 恐ろしいような気もしたけれど、いいやと否定される。

 

「……これも、運命、なのかしら……」

「運命……?」

「そう……運命……。燐……私の子……」

 

 微笑む。

 母親が、腕の中で眠る我が子を見つめるかのように。

 微睡む。

 母の腕の中は子にとって絶対的な安らぎと幸福を享受する場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢、というよりは記憶であった。

 誰かの記憶。

 少女がいた。綺麗な人。

 大事に、大事に育てられてきた少女だ。

 しかし、大事にされたがゆえに彼女は毒というものを知らなかったのだ。

 それは毒と呼ぶには甘すぎて、愛と呼ぶには穢れていた。

 甘く囁かれる愛の言葉に彼女は溺れたのだ。

 そして、二人の愛の結晶たる……子を宿した。

 ああ、そうだ。子供は愛の結晶だ。そうでなければならない。

 けれど、それだけでないことを僕は理解している。

 少女が子を宿したと知った時、男は逃げ出したのだ。

 男が嘯く愛は、紛い物。

 それを、少女は認めなかった。

 だからこそ、産む決心をしたのだ。

 10代の少女が妊娠し、出産する。ない話ではない。時代が時代なら当たり前のことでもある。

 だが現代においては、うしろ指差されるようなもの。

 ましてや、大企業の令嬢が。

 どこの馬の骨とも知らない男と拵えた子など。

 少女の親は、少女の中に宿るそれを命とは認めなかった。

 そして……。

 

『奪われたものを取り戻したいのですね。なら、これを手にしてください。備前魅衣。貴女の願いは、叶えることが出来るのです』

 

 ああ、僕の友達の過ちだ。

 これも全て、彼女は僕のためにやっていたことだ。

 僕が、僕が悪いんだ。

 だから、背負わなければならない。

 さあ、目を覚ませ————。

 

 

 

 

 

 

 

 ごそりと、掘り起こされるかのような、取り上げられるかのような奇妙な感覚で目が覚めると、隣では魅衣さんが穏やかな寝息を立てていた。 

 服はお互いしっかり着ていることに安心しつつ、そっと上体を起こす。さっきまでいた部屋ではない。

 魅衣さんの自室、なのか?

 まず目に入ったのは、ハンガーにかけられた藤花の制服。

 魅衣さんは藤花の生徒だったのか。大企業の創業者一族の娘なら、この辺りであれば藤花に入学することに違和感はない。

 机の上に飾られた写真は藤花の入学式の時のものか。優しそうなご両親と、今より髪が短く明るい笑顔を浮かべる魅衣さんの姿が映っている。今の魅衣さんからは想像出来ない姿。

 それに、しても。

 ベッドの上で回っているのは、ベッドメリーと言ったか?

 赤ちゃんをあやすためのもの。

 他にも、床に転がっているものは赤ちゃんのためのおもちゃや服ばかり。

 女子高生の部屋とは、思えない。しかし、魅衣さんの身に起こったことを知ってしまえば納得がいく。

 ベッドから降りようとして、冷たいものに手首を掴まれる。

 

「起きちゃったの……燐……」

「ッ!?」

 

 まずい、魅衣さんが目覚めてしまった。

 まだ、何を話せばいいか考えついてもいないというのに。

 

「いっぱい寝たね燐……お腹空いてない……?」

「魅衣さん……僕は」

「燐」

 

 黒く澱んだ瞳に、僕はどう映っているのだろう。

 きっと、彼女の見たいものだけが映し出されている。

 否定しないと、いけない。

 

「魅衣さん、僕はあなたの子供じゃありません」

「ああ、やっぱり目元はあの人そっくり……」

「魅衣さん!」

 

 頬に添えられた手を下ろし、黒い瞳が更に暗いものになったように見えた。

 

「……そう、違う。違わなければ、よかったのに」

「魅衣さん。あなたは、子供を」

「ふふ、あはは……すごいのね、どうして分かったの……?」

 

 夢で知った、とは言えなかった。

 この部屋とあなたの言動から推察したということにする。

 

「私……あなたに会えて嬉しかった……燐……」

 

 相槌は打たない。

 なくても、彼女は気にしない。

 

「たくさんね、言われたのよ。愛してるって。君のことしか頭にないって。私、嬉しかった……。けど、私が妊娠したと知ったら連絡もつかなくなって……。教えられてた住所も出鱈目で……」

 

 男にとって、魅衣さんとは遊びだったのだろう。

 綺麗な人だ。魅衣さんのことを求めた人は多いに違いない。

 ただ、彼女が選んでしまったのは。

 

「私の知らないことをたくさん教えてくれたわ……。今でも愛してる……」

 

 愛。

 その言葉に、自分自身引き裂かれそうになる錯覚。

 惑ったのか、愛に、この人も。

 

「あの人との愛の結晶なのよ……なのに……なのになのになのに!」

 

 魅衣さんの感情の爆発と連鎖するように鋭い高音が耳を突く。

 周囲の鏡となるものを警戒すると、僕の背後に置かれた姿見から何かが飛び出る。

 背中から床に落ちるようにして、寸前でそれを回避。床を転げ、モンスターの正体を睨みつけながらポケットに入れていたデッキを掴む。

 

「蛇……」

 

 モンスターは枯葉色の大蛇。

 体躯が巨大なことは当然としてだが、なによりもこのモンスターは肥えていた。

 どれほど、喰らってきたのか。

 自然と、モンスターへと向ける目が鋭くなるのを自覚する。

 モンスターは奇襲が失敗すると冷静に姿見の中へと撤退。部屋には、僕と魅衣さんの二人だけが残る。

 ああ、もう、こうなれば、そういうことなのだ。

 

「魅衣さん……あなたは……」

「……男の子が、デッキを持つこともあるのね……」

 

 先程の蛇のモンスターと同じ色のデッキを手にし、魅衣さんは口を開いた。

 

「燐……あなたを殺せば、燐は還ってくる……」

「そんなことはありません。あなたの子が、還ってくることはありません」

「そんなのは……嘘」

 

 魅衣さんはデッキを姿見に映し、Vバックルを巻く。

 

「やめろ!」

 

 変身したら、戦うしかなくなってしまう。

 彼女の変身を止めようとするも、再び蛇のモンスターが鏡から襲いかかって妨害。

 その隙に、魅衣さんは変身してしまった。

 鏡に映したデッキを持ったまま、腹部をさする。

 

「変身……」

 

 Vバックルに嵌められる枯葉色のデッキ。

 魅衣さんの身体を黒いスーツが覆い、その上からやはり枯葉色のアーマーが纏う。蛇を思わせる鎧と仮面。

 仮面は横に細いソリッドが走り、血涙のような紅い線が流れ、Vバックル真上の下腹部には、裂かれたような意匠。

 その上を、彼女は撫でていた。

 

「……あの子の、燐のために……死んで……」

「魅衣さん……!」

 

 魔手を伸ばすライダーを躱し、白いデッキを姿見へと映し込ませる。

 腰にVバックルが巻かれると、急いでデッキを装填。

 

「変身!」

 

 振り下ろされた拳を受け止めると同時に純白の鎧を纏う。

 こちらも変身すれば、力で一方的に負けることはない。

 彼女の拳を掴んだまま姿見へと飛び込みミラーワールドへ戦場を移す。

 ミラーワールドの魅衣さんの部屋の中で拳の応酬を繰り返す。  

 とにかく狭く、スラッシュバイザーも使えない。カードを切る間もないのはどちらも同じ。

 僕は身体を半身にし、左腕を顔の前に立てるように、右腕を腹部とベルトを守るように構えた。

 魅衣さんの戦い方は彼女のイメージとは異なりとにかく力任せで、部屋のあらゆるものを巻き込み破壊していった。

 

「魅衣さん、やめてください。こんなことをしても戻るものなんて何も!」

「そんなことない……あの子は、燐はずっと寂しいって泣いているわ……」

 

 魅衣さんは棍棒のような召喚機を手にし、狭い室内で振り回す。

 振られる度に召喚機からはゴロン、ゴロンといった重く体の中に響くような音が鳴る。

 もしかしたら、あれは棍棒ではなく赤ちゃんをあやすガラガラなのではないかと思ってしまった。

 そんな姿を形作るほどに、彼女の我が子への執念は凄まじい。

 それに飲まれてか、魅衣さんが僕に攻撃を仕掛けてきたことに気付くのが一瞬遅れる。

 咄嗟に両腕でガードするも、一撃が重たい。

 骨に電流が走ったかのような痺れに襲われながら、吹き飛ばされて背中で壁を破壊し庭を転がった。

 

「魅衣さん……」

「……どうして、戦わないの……?」

「僕は願いを叶えるために戦っているわけじゃない。ライダーバトルも……モンスターも……ミラーワールドも……全部、終わらせるために戦っています」

 

 それは宣誓か。

 自分自身に言い聞かせたのか。

 わからない。

 けれど、これしか方法はないのだと剣を執る。

 

「燐……あなたは屍になるのね……」

「前からそうだ」

 

 小さく吐き捨てる。と、同時に魅衣さんが駆け出した。召喚機を振り下ろす。

 スラッシュバイザーで受け止め、競り合う中で仮面を寄せて魅衣さんは語り続ける。

 

「燐という字の意味を知ってる……?」

「……あんまり、いい意味じゃないですよ」

「ふふ……そう……屍から出る光のこと……だから私は……あの子に燐と名付けたの」

 

 どうやら、パワーでは向こうが上のようだ。

 魅衣さんの召喚機を受け流し、デッキを狙う。

 思考を切り替えろ。引っ張られるな。

 この手の輩と言葉を交わしてはいけない。

 

「嬉しかった……燐って名前の子が来てくれて……。本当に、私達の子供みたいで……」

「ッ……僕は違う。僕は御剣燐です」

 

 勢いよく振り下ろし、地面へとめり込んだ召喚機の先を左足で踏みつける。その反動を利用し、膝を抱え込むように左足を上げ、右足を軸にして立ち魅衣さんの胸部を蹴り飛ばす。

 召喚機から手を放した魅衣さん。無力化するなら今が好機。

 

『シャァァァァ!!!!』

 

 しかし、魅衣さんの契約モンスターである大蛇が地中から現れて魅衣さんを庇う。

 アドベントのカードを使ってもいないのに現れるということは、相当懐いている。エサをよく与えた証拠だ。

 これほどまでにエサを与えているのに、この局面まで生き残っているライダー。嫌な想像が現実のものと繋がってしまう。

 恐らく、この周辺一帯の行方不明者はこいつによって……。

 

【SWORD VENT】

 

 リュウノタチを手にし、鋒を醜く肥え太った大蛇へと向ける。

 悪食にも程がある。

 備前魅衣という少女が膨らませた幻想の分が、あれには詰まっているのだろう。

 

「—————斬る」

 

 斬る。

 斬らねばなるまい。

 備前魅衣から希望を奪おうとも。

 それは偽りの希望だと。

 貴女が宿した命はもう、この世にはないのだと。

 

『シャッ!』

 

 大蛇が吐き出す毒息を回避し、疾駆。毒息は僕がいた場所とその周囲の緑を瞬く間に枯らし、土も石も溶かしてしまった。

 今まで出会ってきたモンスターの中でも、ここまで恐ろしい毒を持ったものはいない。即、倒さねば。

 太っているせいで、あのモンスターの動きは鈍い。容易く間合に入り、跳躍。喉元へ一太刀浴びせるも、これまでにない感触。着地と同時にリュウノタチの刃へと目を向けると、白刃の上に更に白いギトギトとしたものが付着していた。脂身を切った包丁のように。

 ここまで肥え太った恩恵に、大蛇の肉体は厚い脂肪の鎧がまとわりついている。

 これを突破するには、切味どうこうの話ではない。

 

「やめて……私の子を傷つけないで……」

「魅衣さん……? 何を言ってるんですか! こいつはモンスターです!」

「やめて……ボアスネーカーも私の大切な子なの……」

 

 舌を打つ。

 救えない。

 救いがない。

 ライダーバトルどうこうの前に、この人はもう、心を壊してしまっている。

 これ以上、僕はこの人から何を奪うというのだ。

 何も持っていない、この人は。

 持っていないんだ。

 偽りの希望を握らされて、辛うじて生きているような少女。

 

 元々、そうだろう。

 御剣燐。

 己が戦いで救えた人間などいないようなものだろう。

 救いを求めた、神に縋るしかないような少女達から希望を簒奪し、願いを殺し尽くしたのは自分自身だろうに。

 大切なものを守ると。

 そのために戦うと言ったわりには何もかもを救おうとする。

 強欲なのはどちらだ。

 あの少女達を、備前魅衣を、否定出来るような人間ではないだろう。

 そうだろう、御剣燐。

 

「……それでも」

 

 引いたカードには、嵐が渦巻いていた。

 スラッシュバイザーを手にし、細剣を太刀=スラッシュバイザーツバイへと変化させ、烈風荒ぶ黄金の翼のカードを鍔にあたる龍の口に装填。

 

【SURVIVE】

 

 風が荒れ狂う。

 全てを飲み込もう。

 どうしようもない感情も、願いも、命も、全て。

 仮面ライダーツルギサバイブへと強化変身を遂げ、デッキから二枚のカードを引いて連続で読み込ませる。

 

【SWORD VENT】

 

【SWORD VENT】

 

 スラッシュバイザーツバイを鞘から解き放つと同時に6枚の黄金の刃。龍王の鱗=リュウノゲキリンが風に乗り飛来。

 リュウノゲキリンはスラッシュバイザーツバイの刃と合体し、大剣と化す。風の力で重さはまるで感じない。

 軽やかに再び空へと舞い上がり、大蛇ボアスネーカーの眼前へ。

 ボアスネーカーは咄嗟に毒息を放つが風の障壁が散らしてこちらへ届かせない。

 

「ぜあぁぁぁ!!!!!」

 

 そうして、ただ振り下ろす。

 思考も排除し、感情も斬り捨てて。

 分厚い脂肪もものともせず、黄金の刃とそこから放たれる烈風の刃がボアスネーカーを一刀両断し、大地にまで裂傷を刻む。

 着地するとリュウノゲキリンは風に乗って去り、スラッシュバイザーツバイは鞘に納める。

 それと同時にボアスネーカーは爆発した。

 

「あ……ああ……」

 

 色彩を失い、力を失くした騎士が膝をつく。

 よく仮面を見ると、血涙のような赤は元からの色らしくそれだけが残っていた。

 ずっと、彼女はそれだけ泣いてきたのだろう。

 ああ……嫌になってしまう。

 女の涙は武器というが、ここ数日で嫌というほど理解らされた。

 願いを叶えるチャンスを奪われた少女達が、泣き叫ぶ姿を見て。

 それでも、僕は、これを口にしなければならない。

 

「デッキを、渡してくれますか」

「……」

 

 聞こえてないのだろう。

 返事がない。

 こうなれば、もう破壊するしかない。

 デッキを残すのは、禍根を残すことだ。

 鞘に納めたスラッシュバイザーツバイに手を伸ばす。

 すると、魅衣さんが。

 

「私を……殺してくれますか……?」

 

 殺してくれと、言った。

 愛する我が子のもとへ、と。

 仮面の下で僕は目を細めた。

 なんて、痛ましいと。

 何を言う。彼女をこうしたのはお前自身だろうに。

 ならば、期待に応えてみせよう。

 柄を握り、スラッシュバイザーツバイを抜き放つ。そうして、振り上げた剣を彼女はじっと見つめていた。

 

「……ごめん」

 

 袈裟に振り下ろす。

 

「いやっ……!」

 

 ああ、やっぱり。

 スラッシュバイザーツバイをだらりと垂らす。

 殺すつもりはさらさらなかった。

 こうなるんじゃないかって、思ったから。

 魅衣さんは身を屈めて、避けたのだ。殺してくれと、彼女は言ったのに。

 母である、魅衣さんならば。

 両の腕はお腹を、我が子を、守るように抱いていた。

 それとも、守ったのはカードデッキだろうか。

 前者であってほしいと、身勝手ながら願ってしまう。

 

「あっ……私……」

 

 殺してくれと、言ったのに。

 その身体は意に反した行動を取った。

 いや、意に反したのは殺してくれという願いか。

 どちらが本当の彼女の願いなのだろう。

 どちらも本当の彼女の願いなのだろう。

 

「死にたくないのなら、こんな場所に立つんじゃない」

「違う……私は本当に!」

 

 彼女が反論した瞬間、スラッシュバイザーツバイを振り抜く。

 砕けたデッキからカードが溢れ、風に舞って飛んでいく。ただ一枚、彼女のメモリアカードだけは掴み取る。

 仮面を失い、涙を流す魅衣さんが露わとなる。

 これで、良かったのだ。これで。

 茫然自失の彼女を連れて、ミラーワールドから戻る。

 庭の先で、彼女を置いておけばお手伝いさんが気付くだろう。

 もう、ここに用はない。

 僕と彼女が出会うことはない。

 言葉を交わせば、恨み言を言われるだけだ。

 ただ、背を向けて立ち去るだけ。それでいい……。

 

「……燐」

 

 僕のことか、はたまた我が子のことか。

 返事はしない。

 早く、早く立ち去らないと。

 

「同じ目をするのね……私と同じ……澱んだ目を……」

「……」

「あの子を取り上げた医者も、同じ目をしていたわ……」

 

 立ち去ろう。

 もう、これ以上ここにはいられない。

 このままでは、あの毒に侵されて、澱んでしまう。

 灰色の雲はそんな毒を洗い流すように雨を降らせた。

 いいや、彼女の心に呼応したのか。

 きっと、一生恨まれるだろう。

 魅衣さんからも、他のライダーであった少女達からも。これから僕が願いを奪うライダー達からも。

 これが少女達の悲しみの涙なのだとしたら、甘んじて受け入れよう。

 僕は誰も救えない。

 無力という名の毒が、心根に澱んでいく————。




キャラクター原案
備前魅衣/仮面ライダーミアドナ 春風れっさー様
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