Fate/Apocrypha ”黒”のセイヴァー 作:ぴんころ
「お、沙条じゃないか」
「あ? って、獅子劫か」
セイヴァーを連れて街へ繰り出した真琴の前に、サングラスをかけたいかつい顔の男が現れた。
彼のことを真琴は知っている。それは、ルーラーが狙われる前、彼が”赤”のセイバーのマスターとしてホムンクルスたちを相手に無双していたことが理由ではなく、彼がまだ魔術協会側だった頃にちょっとした縁があったからだ。
その頃のことで獅子劫は真琴に対しては書類に記された以上の何かをしっかりと理解していて、真琴も獅子劫のことを覚えているくらいには印象に残っている。
各々のマスターと共にいたサーヴァントは、相手が連れているのがサーヴァントであることを理解し、けれど同時に、人払いのなされていないこの場で戦えば無辜の民に犠牲が出ることも理解しているため、即座に戦闘態勢には移行しない。
「にしても、獅子劫は目立つな」
「そんなに目立つか? これでも”黒”の本拠地ってことで目立たないようにしてるつもりなんだがな」
「いや、目立つだろ。お前、自分の容姿を客観視することもできんのか。どこぞのヤーさんレベルだぞお前。そんなのが自分の子供くらいの、ヤーさんっぽくないの連れてたら目立つわ」
「おいこら、誰がガキだ、誰が」
「はいはい。落ち着きなよ、”赤”のサーヴァント。この場での戦闘はマスターに迷惑をかけることになるけど?」
セイヴァーの言葉に舌打ちで済ませる”赤”のセイバー。
とはいえ、マスターに迷惑という点ではこの場にとどまり続けるのも悪手であることには間違いない。
何せ、どう見ても堅気の人間ではないおっさん、姉や妹と同じく美形よりの青年、そして通常ではありえないほどに見目麗しい少女が二人。目立たないはずがない。
セイヴァーはユグドミレニア側が用意した町娘のような格好に偽装しているが、セイバーに至っては自分で服装を選んでいるわけで、周囲に溶け込む服装か、と言われると疑問が浮かぶ。さらにそこにセイバーが獅子劫の後ろに控えるような形でいるというのが、周囲の目には真っ当には映らないわけで。
「あー、どっかで座って話でもするか?」
「何言ってんだテメェ。わざわざ敵と仲良くおしゃべりするような理由がどこに──」
「……おう、そうだな」
「マスター!?」
周囲からの視線がだんだんきつくなってきていることに気がついていた獅子劫も、真琴のその言葉にわずかな沈黙の後肯定した。
「それにしても、魔術協会にいた頃から全然変わってないなお前。なんでわざわざユグドミレニアに入ったんだ?」
「そりゃ、魔術師が聖杯戦争に参戦するのなんて、根源にたどり着くこと以外にあると思うか?」
道中、二人が会話をしている。
かつての真琴を知るのは、この場では獅子劫のみ。そういうこともあって、己のマスターが語らない、マスターの過去を知るいい機会だと、セイヴァーは黙って聞いていた。
「っていうか、俺がユグドミレニアに勧誘されたのって、令呪が出てからのことだからな」
「……ああ、なるほど。合点がいった。お前は、ユグドミレニアに入ったから聖杯戦争に参加することになったんじゃなくて」
「そうそう。聖杯戦争の参加資格を手にしてしまったから、ユグドミレニアに招かれたんだよ。サーヴァントの脅し付きで」
「その状況で根源にたどり着くことを狙えるのは図太いというかなんというか……」
「うん? でも、真琴は確か僕を召喚した日に、妹を治療するのが目的って言ってなかったっけ?」
「おう。正確には、妹だけ仲間はずれだから、それを直してやりたい。そのためにも根源に繋げる必要はあるんだよ」
「……その妹さんが、魔術協会側からお前相手の人質として使われるとか考えないのか?」
「ん? そんなありえないこと、考える必要もないさ。綾香一人ならともかく、愛歌までいるんだ。最低限、あの近くに魔術回路持ちが入ろうとしただけで爆殺される程度の結界の術式は神代の英霊でもないとわからんレベルの隠蔽付きで組んであるだろ」
「……あの嬢ちゃん、そんなことまでできるのか」
「できるできる。というか、俺でもそれぐらいなら軽くできるぞ」
その言葉に、獅子劫の背中をつうっと冷たい汗が流れ落ちる。
真琴が口にした言葉を真実だと仮定すれば、その気になればトゥリファスに入った時点で彼も爆殺されていた危険性が高いということで。
(……いや、やめておこう。今生きてるからそれでいい)
「ああ、そうだ。”赤”のセイバーのマスター」
一瞬で、声が硬質な魔術師としてのものへと変わる。
そのことを理解しながらも獅子劫の様子は変わらない。バカにしているというわけではなく、そもそも今の彼は敵地に侵入しているようなもの。たとえ知り合いと会ったからと言って、警戒を解くはずもない。
「
黒い瞳が、わずかに魔力を帯びた。
獅子劫に対して働きかける類の魔眼ではない。彼には何も影響が出ていない。
けれど、魔力が彼の瞳に集中しているのは事実であり、”赤”のセイバーはそれに、何か嫌なものを思い出したと言わんばかりの表情。
「そっちの陣営は、どうやら今日攻め込むみたいだし」
「そいつぁ、お前のその眼で”視”たのか」
「ん? セイバーはこれのこと知ってるのか」
「まあな。オレのところにも似たようなのはいたもんだからよ」
気がつけば、四人は人気の少ない路地裏にまで入り込んでいた。
もちろん、ここで派手にやらかせばすぐにでも気づかれるだろうが、それでも認識阻害の結界を張っておけば少しぐらいなら暴れても問題はなさそうな場所。
一般人を巻き込む危険性があるだろうから、本当の意味でやり合うわけには行かずとも、小競り合いぐらいならば、と血気盛んな輩がいるならばともかく、血気盛んなれどもここで暴れた場合の被害を考えられる程度には理知的かつ高潔な騎士であるセイバーも、己の主人を助けるためにこの聖杯大戦に降り立ったセイヴァーも、どちらもここで戦う意義などない。
そうなると、あとはマスターのみなのだが。
「で、どうする。”黒”のマスターとして、俺をここで逃したら帰れないってことなら相手になるが?」
「いや、別に問題ないさ。正直、他のユグドミレニアにも全力で頑張ってもらいたいところなんでね。全力を尽くさないといけないセイバーが今日の夜に参戦してくれるっていうなら、ここで倒す意味もない」
「お、言ってくれるじゃねえか。まるで俺たちが参戦した程度じゃ負けないって言ってるように聞こえるが」
「それが気にかかるなら、今日の戦場に飛び入り参加すればいいさ。……全く、ただの休暇の予定だったのに、こんな事態になるなんて思いもよらなかった。帰るぞ、セイヴァー」
「ああ、わかったよマスター」
セイヴァー。
サーヴァントのクラス名を聞いて二人が驚いた隙に、真琴とそのそばに寄ったセイヴァーの姿が搔き消える。
空間転移と呼ばれる類の魔術。神代の魔術師でもなければ使用することなど不可能な魔術を、一切の用意もなく呼吸をするようにして使用したことへの驚きは、魔術師である獅子劫の方が大きかった。
「んなっ!? 空間転移だと!?」
『ま、そういうことだ。それじゃ、また夜にな』
その言葉を最後に、完全に二人の気配が消える。
どうして”赤”の陣営が今夜動くことを知っているのか、それについては何か知っていそうな己のサーヴァントに尋ねることにして。
先に着きすぎても滅多打ちにされるだけであるし、かと言って遅すぎてもそれはそれで己のサーヴァントが文句を言いそうだ、と獅子劫は今夜の予定を立て始めるのだった。
ユグドミレニアは、基本的に自分たちから打って出る、という方法をとる必要はない。
それは、彼らがユグドミレニアという血族であるがゆえに。
60年という長い準備期間。それは全て聖杯戦争のために捧げられ、その中でも最たるものが、このルーマニアという土地における拠点。
ミレニア城塞とは、かつての戦争で実際に使われたものであり、実際に攻め込まれることを想定した建物。
それを最初から用意した上で、そこに全てのマスターが集まっている”黒”の陣営の防衛能力が高くないわけがない。これを超えるものは簡単には用意できず、できたとしてもサーヴァントの宝具ぐらいなものだろう。
故に彼らは、攻め込んでくるサーヴァントを迎え撃つという形以外での戦いは基本的に避けていた。
それは、”赤”のセイバーが
唯一の例外は、ルーラーが狙われた時のみ。
例外はそう簡単には起こらないからこその例外であり、今日の戦いもまた、ミレニア城塞へと敵性サーヴァントが攻め込んでくることによって始まる。
そのことを、真琴とセイヴァーは知っていた。
だから、二人は驚くことはない。
たとえそれが、空から自らの領土ごと攻め込んでくるという形だったとしても。
「……知ってはいたけど、実際に見るのはやっぱり違うな」
「さかしまの城、空中庭園。ネブカドネザル二世が作った本物か、それともセミラミスが作ったなんていう虚栄の庭園か。どっちなんだろうね」
「セイヴァー」
「それじゃ、僕も行ってくるよ」
決戦の呼び出しがかかるか否かの絶妙なタイミング。セイヴァーはそこを見計らって姿を見せる。
この状況になることは二人揃って知っていた。そして、未来を見るまでもなく、この状況になれば今日の戦いの勝者がそのまま聖杯大戦の勝利者となるだろうことも。
なにせ、敵は宝具たる要塞を使ってまで打って出て来たのだ。
聖杯大戦という形式を考えるのならば、そこに全てのサーヴァントを乗り込ませるのは当然のこと。
何故ならばこれは陣営に別れての戦い。普通の聖杯戦争ではない。
個別に動けば一斉に囲まれ叩かれる。敵は一騎が六組あるのではなく、七騎が一組あるのだ。そうならない道理がない。
宝具を使って攻め込んだ? なるほどそいつは凄まじい。
たった一人で攻め込めるだけの蛮勇。その宝具は決して破られないと盲信しているわけだ。
破られた後のことを考えないのであれば、それはただの間抜け。
そもそも、強力な宝具があるから一騎で全てを相手にできる、などと何故考えられるのか。
魔術師ならばともかく、英霊と呼ばれる存在ならば、その程度は考えられて当たり前。
セミラミス、ネブカドネザル二世。あの庭園の持ち主がどちらであったにしても、それは王族。カリスマを持って然るべき人物。己のマスターを納得させるぐらいならば当然できる。
ならばこそ、あの
「おう、行ってらっしゃい。令呪は?」
「んー、まだいいかな。欲しくなったら念話するよ」
そう言って、セイヴァーは城壁の上へと向かう。
そこには、すでに全てのサーヴァントが揃っていた。
”黒”のランサーが最後に陣取ったセイヴァーに視線を向けるも、彼が今更になって何かを口にすることはない。
例えばこれが、戦場になる前のことであれば、あるいは己の信ずる宗教における神の子と同じ救世主と呼ばれる存在に、広がる苦難に王族でもない小娘が救済をもたらしたことに何かを思ったかもしれないが。
少なくとも、それを察したセイヴァーは彼とはできる限り関わりを持たないようにしていたから。
「おや、ランサー。その馬はどうしたんだい?」
「僕が用意したものさ、セイヴァー。まさか王たる彼に
「ふむ、なるほど。王族だものね。見栄え、というのも大事なものだ」
見れば、とても豪奢なゴーレムだ。
”黒”のキャスターはゴーレムをあやつる魔術師。故に当然、彼の用意する”馬”とは正確に口にするならば”馬の形をしたゴーレム”以外にありえない。
鉄と青銅の継ぎ接ぎによって形作られたそのゴーレムは、見目という点ではまず間違いなく王族が乗るには落第点。せいぜい、瞳のルビーとサファイアの価値程度しかないだろう。
だが、機能美という観点で言うのであれば、この馬は今の世界に誇るべき駿馬の数々にも負けてはいない。無論、神獣のような幻想の内の獣には勝てぬだろうが。
そして、今必要なのは美術品としての価値ではなく、戦場に耐え得るかどうかの一点のみ。
「おお! 我が同胞よ! 何故君は圧制者に付き従う!」
「やぁ、”赤”のバーサーカー。その答えは単純さ。僕は救いを求める声を見逃さない。それが、どのような形であれ、ね。まあ、僕を呼び出すのなんて、狙っても普通は無理なんだけど」
”黒”のサーヴァントとはほとんど会話を交わしたことのないセイヴァー。
”赤”のバーサーカーに至っては、これが初めての会話である。
その割に、”赤”のバーサーカーからは謎の好感。
「あれ? ”赤”のバーサーカーと知り合いなの? 君、年代違うよね?」
「ん、そりゃそうだよライダー。君だって僕の真名は知ってるだろ」
「知ってる知ってる。カルキでしょ?」
「そうだよ。為政者たちが圧制を敷き、人々が道徳心を失った時代にて生まれる、時代を壊す救世主。だからカルキというサーヴァントは、基本的にその時代に対して抗った存在なのさ。ほら、反逆者って言われても不思議なことじゃないだろ?」
「ほへー」
「本当なら、君にも馬を用意すべきだったのだろうが」
「僕? いらない、いらない。そんなの用意されても一瞬で使い潰すからね。本気で疾走させようとすると、あの子じゃないと砕いちゃうんだよ」
「……なるほど」
わずかばかりの沈黙の後のキャスターの頷き。
今回の現界においてセイヴァーはその愛馬を持ち込んでいない。
持ち込めなかったのか、それとも持ち込まなかったのか。
どちらにせよ、無い物ねだりをしても仕方のないこと。
「セイヴァー。お前には”赤”のランサーを抑えてもらう。苦手だというライダーではないのだ。きっちり討ち取ってくれ給えよ」
「ああ、わかっているさ」
すでに、他のサーヴァントに対する命令は終わっていたのか、彼からの激励、あるいは貴族としてのカリスマによる先導が始まる。
それは、セイヴァーの民を導く『カリスマ』というスキルではなく、ランサー自身が生前に培ったカリスマ。
「では、先陣を切らせてもらおう」
ランサーは、馬のゴーレムをその持ち前の馬術だけで操り、ひらりと城壁より飛び降りる。
草原を歩む彼の前には、愚かにも串刺し公の国を攻めようとする蛮族が拠点。
背後には、生前どれほど願っても手にすることの叶わなかった、一騎当選、万夫不当の英雄たち。
ライダー率いるホムンクルスとゴーレムが、キャスターが解放するときを今か今かと待ち続ける
アーチャーの姿はすでになく、”赤”のライダーを相手取るために身を潜めているのだろう。
”黒”のバーサーカーは、彼女の武具より轟く雷鳴の激しさを鑑みて、一人離れた位置にいる。
そしてセイヴァーは今、いつものように最初の一発を放つために城壁の上に陣取っている。
「さあ、始めようか」
──
その一言と共に、セイヴァーは魔力を貯め始めた。
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:0 最大補足:1人
由来:維持神ヴィシュヌの化身としてのカルキの存在
最後のアヴァターラたる彼女の持つ固有技能。
1〜9の化身の権能をスキル、あるいは宝具という形で持ち込むことができる。
化身の一体、ラーマの持つ『偉大なる者の腕』と似た宝具。
基本的にカルキとして呼ばれる依代と化身の相性によって能力の再現率は変化し、高いほど再現した能力は権能としての在り方に近づくが、その分魔力消費は激しくなる。
これまで発動してた宝具は大体これ。内容は、まあ次回ね。
(感想とか、評価とか、ねだってなかったことを思い出す)