Fate/Apocrypha ”黒”のセイヴァー   作:ぴんころ

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Act-7

 夢幻召喚・九天聖躯(インストール・ダシャーヴァターラ)

 

 それが、彼女がこれまでの戦闘で使用して来た宝具の名称。

 どこかの世界で行われた聖杯戦争、その戦いにおいては英霊そのものを降霊するのではなく、英霊の力を己に置換する戦いだった。

 彼女は、その戦いの参加者たちと同じように、己に残り九つの化身の力を降霊することができる。

 

 ──第五化身ヴァーマナ

 

 かつてアスラより天地を三歩で奪い取った化身。

 天においても、地においても、彼女はあらゆる行動において星から魔力(バックアップ)を受け取ることができる、擬似的な単独行動じみたスキルを取得する。

 そのスキルによって、宝具以外の全ての魔力を星から受け取り、己のマスターより受け取った魔力の全てを宝具のために注ぎ込む。

 

 ──第七化身ラーマ

 

 かつて羅刹王ラーヴァナを弑逆した化身。

 この化身は、他の化身とは違う。

 他の化身の力がスキルのような形で顕現しているのに対して、この化身だけは宝具『偉大なる者の腕(ヴィシュヌ・バージュー)』を与えている。

 彼女の振るう全ての武器は、この宝具より取り出されているのだ。

 

 故に、此度の最初の一撃も宝具より取り出された一品。

 かつてどこかで、神々がラーマに与えた弩弓の一つ。

 

「悪いけど、”赤”のランサー。今回は全力でメタを貼らせてもらうよ」

 

 ──第六化身パラシュラーマ

 

 かつて戦士階級クシャトリヤを絶滅させた化身。

 戦士を殺すことに特化した力を持つこの化身より、彼女は英雄の合理的な殺し方(対英雄:B)を取得する。元より持つ『対英雄(反転)』と組み合わせることで英雄にも強く、反英雄にも強い、無双の戦士へと変貌させる力。

 さらには、彼女の戦闘技能は、この化身の持つ技能を間借りしている形。

 この化身を封じられれば最後、彼女はまともに戦えなくなるだろう。

 

 だが、今回において、宝具封印をできる相手はおらず、そしてこの化身の力はもう一つ発揮される。

 ”赤”のランサー、カルナの師としての側面。それを借り受けた彼女を前に、カルナはその武芸の全てを丸裸にされ、元より存在した己よりも霊格の高い相手にブラフマーストラを使用できなくなるという呪いが、今一度発動する。

 

梵天よ、天を呪え(ブラフマーストラ)

 

 弓よりインドの奥義を放ちながら、彼もまた、己と相対した時にその気配を感じただろう、とセイヴァーは思う。

 自分が何者かまでは理解せずとも、その程度も感じ取れぬほどの間抜けに育てた覚えはパラシュラーマにはなさそうだったから。

 だから、これは挨拶の一発。お前が顔を見せに来るべき相手はここにいる、という証左。

 

 放つ光は地より天へと昇り、空中庭園へと突き刺さる。

 ただの城であれば、その一撃で半壊することは目に見えていた。

 だが、これはただの城ではない。”赤”のアサシンであるセミラミスが宝具、『虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』である。

 宝具としてあるその要塞が、なんら防衛手段を持たぬと考える方が不自然。ましてやそれが、神代の存在なればこそ。

 

 動き出す機構の名は『十と一の黒棺(ティアマトゥム・ウームー)』。

 庭園周囲に張り巡らされた迎撃術式。庭園を囲むように配置された二十メートルを超える漆黒のプレートが稼働を開始する。

 一の術式では対軍級の光弾を放つのが関の山。ただの魔術光弾としての威力と考えればこれ以上ないほどの一撃ではあるが、それではセイヴァーのブラフマーストラを減衰させることは可能なれども食い止めることなど不可能。

 だが、この術式の配置数は十一基。巨大にすぎる庭園を囲むには、巨大なプレート一つでは事足りることはない。

 全てを稼働させれば”黒”のセイバーの宝具、最高ランクの対軍宝具『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』と拮抗するのではないかと推測されるほどの威力を果たす迎撃術式は果たして、その全てを動員することでブラフマーストラを受け切った。

 

「あれは……”赤”のアーチャーの宝具かな?」

 

 返礼と言わんばかりに降り注ぐのは矢の雨。光ではなく、通常の矢のようだが、そこにはわずかばかりの神気が見える。

 ブラフマーストラに紛れるように矢を二本空へと放っただけにも関わらず、降り注ぐのは無数の矢。これが宝具によらないものだと、どうして思うのか。

 そして、矢を用いた宝具であれば最も可能性が高いのはアーチャーであろう、と。

 

 そして実際、その推測は当たっている。

 真名を『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』。

 ”赤”のアーチャー、アタランテが己の守護神アルテミスより授かった天穹の弓「タウロポロス」ではなく、それより放たれる矢でもなく、「弓に矢を番え、放つという術理」そのものが具現化した宝具。

 太陽神(アポロン)月女神(アルテミス)への加護を願い奉る二本の矢。

 具現化する加護とはそれすなわち、敵方への災厄。降り注ぐ矢の雨。

 

 けれど、範囲が広すぎるのか、一発ごとの照準は正確ではない。

 それゆえに、ホムンクルスとゴーレムを除き、誰一人としてその一撃にて傷を負うことはなく、己が敵へと向けて邁進する。

 

 セイヴァーもまた、サーヴァントの気配を感じている。

 パラシュラーマの権能が戦士(クシャトリヤ)を殺せといざ叫び、この聖杯大戦において唯一インドにおける戦士階級を持つカルナの元へと、彼女の姿を導いていく。

 

さあて、カルナはどこかな(夢幻召喚:マツヤ)?」

 

 かつて洪水を予言したヴィシュヌ第一の化身の力を行使する。

 与えられる権能は未来視に等しい千里眼。

 戦場を走り抜けながらも、戦場全てを俯瞰することができる視野を手にした彼女は、カルナに対する殺戮を開始するため、その場へと向かう。

 

 道中、サーヴァント同士の激突を多く見ながらも、他の”黒”へは加勢することはない。

 それは、そもそも与えられた任務が違うから。

 ”黒”のライダーは騎兵として空を高く舞いながら空中庭園と争っている。

 ”黒”のアーチャーは”赤”のライダーと師弟対決を繰り広げている。

 ”赤”のバーサーカーは解放され、”赤”のアーチャーの矢を受け笑っている。

 逆に”黒”のバーサーカーは、特別争う相手がいないようで遊撃をしている。

 ”赤”のセイバーは参戦していないようで、あれほど言ったのに、とわずかばかりの落胆。

 向こうのキャスターとアサシンは、さすがにこの混戦状況に出てこれるほど武に秀でた存在ではないのだろう。

 万が一のことを考え、セイヴァーは己のマスターに第三の化身ヴァラーハの蘇生能力を託しておいたから問題はないと思っているが。

 

 そんなことを考えながら走り続ければ、目の前にインドの戦士の気配をだだ漏れにしているサーヴァントが一騎。

 

「あはっ」

 

 凶悪な笑みを浮かべるセイヴァー。この姿を見て救世主だなんて思う輩はきっといない。

 彼女の中に降霊されたパラシュラーマの力が、戦士を殺せることを喜んでいる。

 『偉大なる者の腕』より神に授けられし斧が取り出され、そこに『魔力放出(光)』が乗せられた。

 

「さぁ! 始めようかぁ! カルナ!」

 

「いいだろう。誰の邪魔もなく、()()()と戦えるというならこちらとしても願ったり叶ったりだ」

 

「その言い方、ちゃんと僕が誰かわかったみたいだね」

 

 激突した神斧と神槍。

 光と炎が互いを浄滅せしめんと魔力の波となって周囲を駆け巡った。

 

 

 

 

 当然のことではあるが、”黒”の陣営のマスターはサーヴァントたちが己の武威を示す戦場に近づくことはない。

 各々が最も安全と思う場所にて彼らの動向を見守るのみ。

 彼らは誰一人として同じ場所には集まらない。無論、一箇所に集まれば一網打尽にされる、というのは事実だが、何よりも彼らにとって最も安全な場所は別なのだから。

 魔術師が『最も安全』と謳う場所の理屈は同じなれど、それは同じ場所のことを指し示さない。

 彼らにとって最も信ずるに値する場所は、自らが生涯をかけて築き上げてきた工房であり、そこが自らにとって最も安全な場所。

 

 そして、真琴にとって最も安全な場所は、このユグドミレニアには存在しない。

 彼だけは新参であり、魔術工房を建設する上で時間をほとんど得られなかった。

 その事実はユグドミレニアでは周知のことであり、だからこそ一部の人間は彼が一体どこに引きこもるのか、気になっているという事実もまたあった。

 

「さて、この状況はどうなるのかな?」

 

 ルーラーと別れ、戦場へと向かう最中のホムンクルスの頭蓋を撃ち抜きながら、真琴は幻想の空間で一人呟く。

 戦場から外れたならばともかく、戦場を引っ掻き回そうとする輩を放置しておく理由はない。

 それだけの理屈で、世界の裏側より表に存在するホムンクルスを撃ち抜いた彼の真後ろに一つの人影が立っている。

 

「お前はどう思う、愛歌?」

 

「正直、どうでもいいわ。私の王子様が出てくるならともかく、彼はこの世界じゃ召喚できないんだから」

 

「……まあ、お前からしたらそうだよな」

 

「それにしても兄さん、あの子を撃ち抜くなんて酷くないかしら?」

 

「酷くない、酷くない。あれはお前が綺麗だって思った邪竜にはならないよ。この世界では”黒”のアサシンは存在しないんだから」

 

 ルーマニアから見てはるか遠い国、日本。そこにいるはずの少女と電話も魔術も用いずに平然と会話をしている違和感。そんなものは二人にはない。

 なぜなら二人は根源接続者。ありとあらゆる事象が思いのままになる、そんな存在。無論、人間が持つ魔術回路という規格に合わせた制限はあれど、それでも万能と呼べるだけの力を発揮する。

 たった一人でも珍しい根源接続者という存在。それが二人、まさか兄妹で生まれるなどとは誰一人として思わなかったことだろう。実際、これを知った父親は倒れた。

 彼らがいるのは世界の裏側。久方ぶりに肉体をこの世界に下ろした真琴は、聖杯大戦の光景をスクリーンに映して眺めながら、妹との会話を楽しむ。

 

「綾香も来られたらよかったんだけどな……」

 

「仕方ないわよ。あの子はこっちにくるための魔術を使えないわけだし。それに、兄さんはあの子がこっちに来られるようにするために、この聖杯大戦に参加しているんだものね」

 

「そりゃそうさ。妹が一人だけ仲間はずれなんて、認められるわけないだろ」

 

 沙条真琴は根源接続者である。

 沙条愛歌も根源接続者である。

 沙条綾香だけが、根源接続者ではない。

 

 だから、真琴は聖杯大戦に参加した。

 沙条綾香にも自分たちと同じ景色を見せてあげるために。彼女を根源接続者にするために。

 手段はすでにわかっている。あとは、それを実行するための燃料(まりょく)だけだ。

 

 真琴は、根源接続者であるが、同時に沙条愛歌の兄である。

 愛歌が魔術師としてちやほやされるように、できる限り自分の能力を抑える程度には、妹のことが大事であるし、『妹がいる』ということがどういうことなのかを、彼は知っている。

 だから、妹でありながらも、彼らと同じ視点を持てない綾香への慈悲は愛歌よりも大きい。

 

「……そういえば、愛歌。結局、あの触媒ってなんだったんだ?」

 

 観戦する最中、ふと思い出したように真琴が問う。

 真琴は、愛歌から触媒を渡され、『これがエクストラクラスを呼べる触媒であること』しか聞かされていなかった。

 中身について興味はあれど、愛歌が用意したものならば悪いものではないだろうという信頼があったために確認すらしていない。

 だから実際のところ、あの英霊を呼び出すための触媒というのはどういう代物だったのか、彼の中には一切の知識がないのだ。

 

 未来の英霊を呼び出すための触媒。

 そんなものをピンポイントに探し当てることは愛歌にとってそこまで苦ではないのだろうが、それはそれとして彼女に探させたことは事実。

 だから、色々と面倒なことをさせたという負い目も少しだけありながら、けれど気になることは気になるので問いかける。

 

「ああ、あれ? あれ、そんな変なものじゃないわよ」

 

 その割に、愛歌の方はあっさりと。

 あの触媒の正体を口にする。

 

「あれは、セイヴァーが常に持ってたナイフ。セイヴァーが未だ救世主ならざる時に救ってくれた恩人からもらったナイフよ」

 

「そんなもの、どこにあったんだ?」

 

「兄さんの部屋よ」

 

「は……? ……あ、いや、そういうことか」

 

 偶然、自分が持っていたナイフがその少女の手に渡った、なんて考えづらいことである。

 真琴の方も驚きで偶発的に根源からその情報を入手してしまい、思わずため息をつく。

 そういうことなのか、と。

 

「ええ、兄さんの考えてる通りね」

 

「うっわ……それがマジなら、セイヴァーを呼び出すのってお前的にタブーだろ」

 

 そして、答え合わせ。

 

「だってお前、セイヴァーはどこかの並行世界で俺からこれを受け取ったってことになるぞ」

 

「それで間違ってないわ」

 

 セイヴァー、カルキとは彼の生きる年代が違いすぎる故に縁が生まれることなど決してない。

 だが、”カルキの立場をこの時代にて得られる少女”とならば、縁が生まれてもおかしなことはない。

 何せ、今の時代よりも未来において世界を救えばいいのだから、彼女が世界を救ったのが今から一年後だろうと、あるいは一日後だろうと、この聖杯大戦では彼女をカルキとして呼ぶことができる。

 

「その後、あの子は世界を滅ぼそうとする沙条愛歌(わたし)を殺して、救世主になったわけね」

 

「やっぱりかぁ……」

 

 別にこの世界ではそんなことをする気は無いから起きないことだけど、と。

 愛歌は軽く笑ってそう口にする。真琴はそう簡単には割り切れないが、それでもこの世界の沙条愛歌が殺されるわけでは無いのならば、と一応の折り合いをつける。

 

 これから先の時代、人が一人で何かをした程度で救えるほど世界は甘く無い。

 より正確には、その程度のことは世界の裏側でありふれているから、彼女が救世主として崇め奉られる理由にならない。

 ならば、世界の全てが『彼女によって世界は救われた』と認識するほどの何かが必要であり、そのためには世界の終わりを引き起こせる何者かがいる。

 それが、セイヴァーの場合に限っては沙条愛歌だったというだけのことだ。

 

「……ってことは、少なくとも愛歌は聖杯大戦の間、ルーマニアに近づかないほうがいいな」

 

「そうね。見られたら殺しにかかってくるかもしれないし。彼女の方も、名前から大体のことは察してるでしょうしね。全部終わった後も、もしもあの子が受肉するなら、色々と対策を考えないとね」

 

 少しだけ爆弾を理解して、真琴は困った表情。

 聖杯に望む願いはない、とのことだが、もしもセイヴァーがその方針を転換するような事態があったならば、その時のことを考えておく必要がある。

 少しばかり憂鬱な感情を抱きながら、真琴はもう一度スクリーンに映る大戦へと視線を向けるのだった。

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