次の日、休日の昼下がり。
陽子と昭亥の二人は、仲良く二人で街を歩いていた。
なんてことはない。友達と近くの神社で待ち合わせして、ウィンドウショッピングや、食べ歩きに興じて仲を深める行い。人間が等しく行っている付き合いだ。
人としての自分を感じられるこの時間が、陽子はとても好きだった。
妖という人ならざる者ではあるけれど、彼女の心はいつだって人の”つもり”だ。たとえ種族や立場が違っても心は人と一緒であり、真に親しき友に寄り添う。妖なんてやめて人間になりたいとさえ思っていたのだから、その寄り添いっぷりは逸脱していると言っても過言ではない。”憑く”にしたって、少々行き過ぎであった。
そう、憑いている。
加賀美陽子は、黛昭亥という少女に憑りついているのだ。
妖狐とは基本的に”憑き物”である。
誰かに憑りつき、時に幸福を、時に凶事を運ぶ。かつては精神に異常をきたしたものを者を、狐憑きと呼んでいたことからも、妖狐がどのような存在かわかるだろう。
凶事を運ぶ妖狐の代表を挙げるのならば、こっくりさんがわかりやすい。
あれもまた妖狐の一種で、弱い力しか持たない野狐を呼びだして、吉兆を占い教えてくれもらう儀式だ。だが、野狐は善き妖にあらず、みだりに呼び出せば憑かれて呪われて、本当の意味で狐憑きになってしまう。真の意味での妖狐がである。
そして幸福を運ぶ妖狐を代表する妖狐が、お稲荷様の使いだ。
厳密には善狐と呼ばれている存在で、陽子はこちらに属している。彼ら彼女らは、
長々と話したが、つまるところ。
陽子は黛昭亥という少女をこの上なく気に入って、べったりと憑りついているのである。しかも善狐としての本分を忘れて、いっそ清々しいくらいに堂々と友人として接しているから、近所のお稲荷様に叱られたりしているのだが、それは今は関係のない話である。
だから彼女と遊んでいる最中は、はてしなく上機嫌だった。浮つきすぎて空だって飛べる気がするほどで、余計な考えなんてすっかり頭から抜け落ちてしまった。
「あ、そうだ! 新しい服買いたいんだけど、いいところ知ってる? ウチ、服とかあんま知らなくてさ!」
不意に、昭亥が言った。
「ほら、ウチの服って母さんのお下がりが多いじゃん? だから、自分の服欲しいなーって思って!」
「あー、確かに……」
ピッと自分の服を広げて見せる。
昭亥のファッションは端的に言って、彼女には似合っていなかった。
グレーのコートと黒いジーンズは、普段の元気な姿と違ってお淑やか印象を与えるが、竹を割ったような明るい性格の彼女には大人しすぎる。母親が着なくなった服を譲り受けているから仕方ないのだろうけれど、圧倒的に色が足りないというのが感想だった。
「服屋さんかあ。あたしもそんなに知らないんだけど……、行きつけのお店なら知ってるよ?」
通りに面した小さな店だが、手ごろな価格で多くを取り揃えている店だ。陽子が今着ている白いダッフルコートと黄色のスカートもそこで買った。
「そこって安い?」
「うん、まあ。相場よりは」
「よし、じゃあそこ行こう!」
即決即断。
にっかりと笑って、昭亥は右手を差し出す。そっと手を取れば、力強く握り返してくれた。
彼女には幼い妹と弟がいるから、きっと妹と一緒に思っているのだろう。服屋に着いても、その手は離れなかった。
こういう距離を意識しない接し方のせいで、陽子は嬉しくなって贔屓してしまうのだ。なかなかに罪深いコミュ力である。
「アキちゃんはどんな服が欲しいの?」
「安いやつ!」
「えぇ……その回答は女子力なさすぎるよ……」
「だってファッションとか、全然わかんないだもん!」
「むっ、そんなんじゃだめだよ! 女の子なんだからおしゃれには気を使わないと!」
「そんなこと言ったって、ねえ?」
「ねえ? じゃいなよ、もう! しょうがないなあ、今日はあたしが選んであげる」
「ホント!? やったー! へへ、ありがと陽子!」
一緒に似合う服を探してあっちこっち回ったり、奇抜な柄の服を見つけて見たり、試着の時以外は片時も手を離れることはなかった。
たっぷり二時間かけて選んだ服――オレンジの冬用リボンワンピースと、白いマフラー。総額六五八三円――にさっそく着替えた昭亥は、今までにないほど嬉しそうな笑顔を振りまいて、いろんな場所へ陽子を引っ張っていった。
そうやってあっちこっちに連れ回されて、めいいっぱい遊んだ後、二人は子休止に行きつけの喫茶店に入った。
通りに面していながら人の入りが少なく、静かで居心地がいい。浮ついた心を落ち着けるにはちょうど良い場所だ。
「ふう、ちょっと汗かいちゃったよ」
「あはは、ごめんごめん! 嬉しくってさ、ついはしゃいじゃった!」
悪びれた様子もなく、昭亥はカラカラと笑った。
せっかくの可愛い服が、行儀の悪い座り方でいろいろと台無しである。こういった面をもう少し整えれば、女性としていっそう魅力的になるだろうに。などと思わなくもないが、陽子は彼女のそういう面も含めて好きなので、決して口に出したりはしなかった。
湯気立つ抹茶ラテを啜って、ほっと一息つく。
歩き回って汗をかいた体には、この甘さと温かさがこと沁みる。後味もさわやかだからするすると飲めてしまう魔法の飲み物だ。特にこの芳醇でまろやかな匂いは、鼻の良い陽子にとってどんな香より素晴らしい。
匂いといえば、と思い出す。
最後に銭湯へ行ったのは、はたしていつだったか。
鴉と会った日からすでに二週間近くも経っているけれど、毎晩、嘉平とミカとで鴉を探していたから、銭湯に行く時間がなかった。死体と出会った日から数えると、もう三週間以上も前になる。
土砂降りの雨に濡れたり、頭から埃を被ったり、跳んだり走ったりと、汚れるばかりで、そろそろ身体を清めなければ元来の獸臭さが出てしまう。もし臭いが出てしまったら、考えるだけでなんと恐ろしいことか。
しかし、どうやって銭湯へ行く時間を捻出するべきか。
視線を彷徨わせながらつらつら考えていると、はっと名案を思いついた。
「ね、アキちゃん。銭湯行かない?」
白シャツの上から羽織ったカーディガンが、彼女の動きに合わせてさらりと揺れた。
「銭湯?」
急に言われたものだから、昭亥は気の抜けた声で小首をかしげた。
時間がないなら今すぐに行けばいい。ちょうど昭亥もいることだし、親友と裸の付き合い、なんていうのも乙だろう。風呂に入れるし、友情も深まる。まさに一石二鳥だった。
「うん。ここ最近、広い風呂に入っていないなーって思って。せっかくだし、一緒にどうかなーって」
「ふーん……いいね! 背中洗いっこしよっ!」
「えへへ、楽しみだね」
「にしても、陽子ってほんと銭湯好きだよなあ」
「だって、銭湯の広いお風呂好きなんだもん」
家にも風呂はあるのだから、家で入れば良いと思うだろうが、彼女の家の風呂は足を伸ばせないほど狭くて、とてもじゃないが気分になれない。やはり広い風呂でのんびりしたいのが日本人、もとい、日本妖の”さが”というもの。
「それに、ほら。体臭とか……ね。あそこは薬湯があるから」
「んん? 匂い? 全然、むしろいい匂いだったけど」
「今はね……今は……」
脳裏に滲む昔の記憶。
動物園みたいな臭いだとか。洗ってない犬みたいだとか。言われ放題の避けられ放題だったあの頃。
「く、臭くないし……! あたし、そんな臭くないし……っ!」
「お、おおう……大丈夫かー?」
「ハッ! う、うん、大丈夫! 平気平気!」
過去を思い出して、ちょっと気落ちしてしまった。
とにかく。
銭湯に入ってさっぱりとしなければ、陽子の気持ちが収まらない。何もかもを綺麗に洗い流して、溜め込んだ鬱屈やら何やらを発散したくて、全身がウズウズしているのだ。
「よおっし、そうと決まれば早速行こっ!」
「いこー!」
昭亥の号令で立ち上がった二人は、カフェを出ると意気揚々と銭湯へ向かった。
行きつけの銭湯は街のはずれ近くにある。
住宅街から二十分ほど歩いたところにあるこの銭湯は、かなり古い時代から立っている銭湯だ。陽子の記憶では、戦後まもないころにはすでにここに経っていた。
中に入れば、今はもうめったに見ない番台があり、木造の靴入れがいまだに使われている。
一部は改装されて、大型テレビや最新のマッサージチェアなどが設置されたものの、基本的な内装はほとんど変わらず、古き良きを残してある。
懐古的で優しい、昭和の雰囲気そのままだ。
番台に座る店主のお爺さんに入浴代の四六〇円を渡して、売店でお風呂セットを買ったら女と書かれた暖簾をくぐる。
ずらと並ぶ鉄製のロッカーに荷物と服を入れて、いざいざと風呂場に足を踏み入れば、華やかな大風呂たちとご対面である。
「おお! 結構種類あるなあ!」
昭亥の驚いた声が、流れる水音をかき消すほど響いた。
昼間とあって銭湯は実質貸し切り状態だ。大声を出しても、湯船を泳いでも、咎められることはないだろう。
もっとも、そんなマナーの悪い真似はしないが。
かけ湯で身体を軽く流してから、二人は中央にある大きな風呂に浸かる。熱めのお湯が全身を包み、身体の芯から温めていくのが心地良くて、陽子はふにゃりとは破顔した。
「あああああ……やっぱりお風呂は最高だよねえ……」
「完全にオッサンじゃん……」
だらしなく湯船に浮かびながら、壮絶に年寄り臭い声を出してしまう。
だだっ広い風呂と、人のいない解放感が、彼女の生きた年月を浮き彫りにしていた。
「でへへ……今なら液体になれる気がする」
大の字になって湯に身を任せる。ミニタオルで纏めた髪がほどけそうになるのも、女子としてはしたない格好でいるのも気にならない。
たとえ変化が解けてしまったって、今の陽子にとっては瑣末なことである。
「しっかし、いつ見ても”浮いてる”なあ! なに食ったらそんなデカくなるのさ?」
「うーん、歳?」
「ハハハこやつめ。同い歳の癖にそんなモンぶらさけやがってぃ! 許さんぞ!」
「うひぇ、ちょっ、揉まないでよぉ! くすぐったいって!」
「見ろよウチのこの無残な姿をよお! ちょっとくらい脂肪分けろよなあ!?」
「あげてもすぐ運動で燃焼されちゃいそう」
「死んでも燃やさんわい!」
女三人寄れば姦しいというが、二人だけでもまあまあ姦しい。
人がいたらきっと顰めっ面をしていただろうくらいに、陽子と昭亥は湯船できゃいきゃいとはしゃいでいた。
そうして楽しく風呂に浸かったあとは、女の子らしくお互いに髪を乾かし合って、締めにはやはり瓶の牛乳を飲むのだけれど、ここでちょっとした問題が起こった。
問題と言ってもそれは実に下らないもので、しかしありふれた好みの問題だ。
風呂上りはどの牛乳が一番美味しいか論争である。
「牛乳が一番だよ!」
「いいや、フルーツ牛乳だね!」
「絶対こっちの牛乳のほうがおいしいのに!」
「風呂上りならコッチのほうがおいしいよ!」
「お風呂上りは普通の牛乳が一番でしょ!」
「フルーツ牛乳の特別感には勝てないね!」
「むむむ!」
「ぐぬぬ!」
こういう意見の相違は、得てして決着がつかない。
どちらも主張を譲る気はなく認める気がもないから千日手、よほど特別なことがないかぎりは交わることのない話だ。なんとも悲しき人間の性である。
牛乳を飲み乾すと共に”みんな違ってみんないい”理論によって、無理やり決着をつけた二人は、銭湯を出る時にはもう喧嘩のことなんか忘れて、屈託のない笑顔になっていた。
外に出ると、冷えた空気が頬を撫でた。
時刻は既に夕方、日も落ちかけた頃。
「ちょっと遅くなっちゃったかな……、遊び過ぎたかも!」
隣を歩く昭亥の笑顔には、どこか暗い影が差していた。
いつも底抜けに明るくて、頭は良くないけど察しは良くて、可愛らしい顔をした親友が、瞳の奥底で何かを怖がっていた。
「そうだね」
相槌を打って、街に目を向ける。
街は鴉の影響もあって人が少なくなっていた。
平時ならば、仕事を終えたサラリーマンや、休日で羽を伸ばす学生たちでごった返してるはずなのに、疎らも良いところだ。ネオンの灯りも、差し込む斜陽ですら、泣き腫らした色に見えてしまう。
都会であるこの街ですらこれなのだから、これが地方だったら、本当にゴーストタウンになっていたことだろう。幸いなんて口が裂けても言えないが、人がいるだけまだ良いほうだ。
誰もが恐れている。
夜を恐れている。
闇を恐れている。
死を恐れている。
この街には、恐怖が渦巻いていた。
「鴉、か」
恐怖の正体を、ぽつりと呟く。
「ねえ、アキちゃん。やっぱり、鴉は怖い?」
「鴉? ……あ、人斬り鴉のこと?」
「うん。今日は人が少なかったし、みんな怖がってるんだと思って。アキちゃんもそうなの?」
沈黙が二人の間をすり抜ける。
時間は止まったような気がした。
「……うん、怖いよ」
しばらくして。
不安を隠していた顔が、少しだけ綻びを見せる。
「いきなり殺されるのなんて、誰だって嫌だよ。死にたくないもん。でもそれ以上に、もし、もしさ。家族とか、友達とか、そういう大事な人がやられちゃったら。父さんみたいにいなくなって、帰ってこなくなったらって思うと、死ぬよりもっと、ずうっと怖いんだ」
彼女の家庭について、陽子は深く知らない。父が蒸発して母と弟妹の家族四人で暮らしている、そんな程度しか聞いたことがなかった。
そんな彼女が、感情を吐露するほどに怖がっている。弱音も弱気も言わなかったのに、今日だけは気が緩んだのか、心に溜まった黒い澱みを吐き出した。
「ご、ごめんね! ちょっと変な話しちゃった! 失敗失敗!」
バツが悪そうにタハハと笑って頭を掻く。本人は言うつもりがなかったようだった。
知らずに口に出してしまったということは、それだけ不安が重く圧し掛かっていることに他ならない。
きっと、吐き出さなければ潰れてしまいそうなほど、心が苦しくてしかたなかったのだろう。
「じゃあ、恐いのに会わないように、早く帰らなきゃだね」
ぎゅっと昭亥の手を握って、陽子は歩き始めた。
慰めや励ましの言葉をかけたりもできたが、彼女はあえてそれをしなかった。そんな程度で取り払えるなら、駄菓子屋の時にお礼を言ってくれたはずだ。
だからきっと、言葉だけでは意味がない。行動や事実が伴わなければ、真に安心してくれないとわかっていた。
ゆえに、必ずやあの鴉を討滅せねばならない。親友の恐怖の源たるあの妖を、陽子はますます許せなくなった。もう追いかけるのは難しいから、昨日に出会った女性に期待するほかにないのが、なんとも歯痒い。
「今日は、月がよく見えるね」
「うん」
普段は見せない弱音を見せてしまったからか、家路は昭亥が何もしゃべらなくて静かだった。
早く帰らなければと思いながらバスに乗らず、できるだけ長い時間一緒にいたくて。お互いがお互いを、どこか遠い場所へ行ってしまわないよう繋ぎ止めるために、しっかりと手を握って存在を確かめ合いながら。長い道のりを近道なんかせず歩いて帰った。
住宅街につく頃には、すっかり陽は落ちて暗くなっていた。
東京の冬空はどんよりと広がり、月明かりは暗夜に隠れている。
雪がちらちらと舞い落ち、街灯の灯りを受けてちらと輝く。しばしの別れが近づいていた。
「なんか、変だね」
悲しそうで嬉しそうな声で昭亥は言う。
「明日学校で会えるのに、離れたくないなーって思っちゃった」
陽子もなんだか寂しくなってきて、ちょっとだけ困った風に笑った。
「そうだね。でも”待てる”って幸せだと思うんだ」
「幸せ? 待つのが?」
いまいちピンとこないと首をかしげる彼女に、かつてに出会った人たちの顔を思い浮かべながら、陽子は少しずつ、考えながらかく語る。
「だって。生きてたらまた会えるでしょ? 極端な話だけど、いつになるかわからないし、どれだけ遠くに行っちゃうかもわからない。もしかしたら、もう会えないかもしれないくらい離れちゃったとしても、会いたいって気持ちがあれば、死なない限りいつかはきっと会える。だから、それまで会いたい人の顔とか、声とか、仕草とか。あんなことあったな。こんなことあったな。笑ったり泣いたりしたなって、思い出して、もう一度会えるのを待つの。そしたら、幸せでしょ?」
三百年を生きて、多くの人との出会いと死別を経験した陽子にとって、それがもっとも別れの悲しみを誤魔化せる方法だった。
たとえどれだけ離れたとしても、思い出は決して消えない。再び会えるその日まで、心の中の宝物は何処にも行ったりはしない。有り余るほどに多くの幸せがあるから、悲しみを覆い隠せるのだ。
「陽子は、凄いんだね」
はたして彼女の目には、今の加賀美陽子がどのように映ったのか。
見開かれた瞳には多くの感情が宿っていて読み取れないが、尊敬と親愛の情だけはしっかり浮かんでいた。
「待つのも幸せ、か」
複雑な感情の滲んだ声が、二人の間に漂った。
気が付けば、陽子の家の前だった。
「……ね、陽子。手、貸して」
入り口の前で、彼女が悪戯娘の顔で笑う。
言われるがままに手を出すと、ひょいと何かを手渡された。
朱色のそれは、安全祈願のお守りだった。
「神社で買っておいたんだ! ほら、ウチっていっつも迷惑かけてばっかりでしょ? だから、その……日頃のお礼ってことで!」
瞠目して、お守りと昭亥の顔を交互に見てしまう。
本当は自分用に買っていたものなのだろう。彼女はプレゼントなんて滅多に用意しない。渡すにしても何か特別な日だけで、今日のような何でもない日に渡すなんて、そんなことは今までありえなかった。
先ほどの陽子の話に感化されたのか、それとも単なる気まぐれか。
それはわからなかったけれど、なんであれ親友からのプレゼントだ。
「ありがとう、アキちゃん!」
思わず抱き着いて、全身で喜びを表現する。
どんな理由があろうと、貰えたら嬉しいのがプレゼント。ましてや、それが親友からともなれば喜びもまた大きい。
「わわっ、そんなに喜ぶとは思わなかった!」
「だって、プレゼントだよ? アキちゃんからのプレゼント! こんなの嬉しいに決まってるよ! 大事にするね!」
はしゃぐ陽子に、母のような、妹のような、大人びた子供の笑顔で言った。
「本当はさ、プレゼントに買ったわけじゃなかったんだ。けど、でも……陽子の話聞いたら、こう……なんて言うのかな、形に残る思い出? そういうのを残したいって思ってさ。だからこれは、思い出の品ってことで!」
寒さでほんのり赤くなった彼女は、どこか誇らしげにはにかんだ。
思い出の品。
そういうことならば、こちらもお返しをしなければならないだろう。思い出を貰いっぱなしでは申し訳がない。
陽子は何かないかと頭の中を探りまわして、そういえばちょうど良い物があったのを思い出した。
「じゃあ、あたしからも……はい!」
「ん? なにこれ?」
差し出したのは、迷い家からの贈り物である古銭を、厄除けのお守りとして加工したものだ。
加工といっても些細なもので、呪術の触媒としての機能を持たせただけで、小さなリボンを括りつけている以外に、見た目に大きな変化はない。
「昔のお金……みたいなものかな? 見た目は古いけど立派な厄除けのお守りだよ」
「へへっ、ありがと! 嬉しいよ!」
照れくさくて、でも心地が良い空気の中で、二人は顔を見合わせる。
少しの沈黙が通り過ぎて。
「ね、アキちゃん。明日、バイト休みだったよね」
「うん、休みだよ!」
陽子は遂に、覚悟を決めた。
「なら、さ。その……明日の放課後に、また神社で待っててほしいな。大事な話が、あるから」
震えた声で言うと、昭亥はちょっとだけふざけた調子で返した。
「なになに、もしかしてウチに告白とか?」
「こくはっ……、うん。そんな、ところ」
「わお! ウチにも遂に春が来たかー、来ちゃったかー! ……大丈夫だよ、陽子。どんな話かわかんないけど、茶化したりしないからさ。そんな顔しないの!」
慈愛に満ちた手で頭を撫でられた陽子は、少しだけ泣きそうになってしまう。彼女ならばどんな自分でも受け入れてくれる。そう思って、安心してしまった。
「んじゃ、また明日な!」
最後に軽く頭をはたいてから、昭亥は離れていく。
「うん! またね!」
少しだけ残った名残惜しさを振り切るように、昭亥は駆け足で去っていく。親友の背中が見えなくなるまで、陽子はいつまでも手を振っていた。
明日はきっと、良い日になると信じて。
その夜。
黛昭亥は帰らなかった。