「随分派手にやったみたいだね?」
第七学区のとある病院で、ガーゼと包帯だらけの上条はカエルに良く似た医者に呆れられた。
診察室にはインデックスだけでなく、ステイルや神裂もいる。
「それでも骨や内臓には問題なし。見事に裂傷と出血だけなんて、君は鎌鼬でも出来る風力使いとでも喧嘩したのかい? まぁ鎌鼬云々は勿論冗談だけど」
「あ、あははは………」
後ろでインデックスに付き添っているポニーテイルにボコられました。だなんて口が裂けても言えない上条は、カエル顔の医者の問いに乾いた笑いでしか答えられなかった。
「まぁ患者へ無闇に詮索するつもりは無いけど、何だか君とは長い付き合いになりそうな気がするね?」
「次は死にかけで担ぎ込まれそうな予感が」
「嫌なこと言わないでくれません!?」
隣に座っているインデックスの不吉な予言に、上条は悲鳴を上げるがスルーされる。
カエル顔の医者だけでなく、神裂やステイルにもそんな予感がしたからだ。
何が原因かといえば、そのお人好し加減を何とかしなければ不可避の結末かもしれない。
「それで、神父くんの方だけど」
「……やはり」
「うん。確かに完全記憶能力者にそんな症例は無いね?」
「ッ…!!」
神裂とステイルが盛大に顔を歪める。
自分達が騙されていた事が確定したのだ。
ステイルは己の迂闊さ故。
そして既に直接インデックスに赦されている神裂は、騙した張本人であるイギリス清教のトップ。
「出来れば僕は僕なりの治療をするつもりだけど?」
「数日以内に何とかする予定なんで、出来ればそん時出る患者に対しての準備をしていただければ有難いです」
「全く……、怪我人を出すなんて宣言を医者の前でしないでくれないかい?」
「怪我を最小に留める為にそれなりに努力したつもりですよ」
「……患者が治療を受ける気がないと、僕にも治せないんだよ?」
「あははは。数日後に出直してきます」
上条は知らない。
彼が学園都市、すなわち世界でも最優の腕を有する、ある意味において学園都市が生み出される切っ掛けとなる程の立場にいる医師だということを
そして『
第九話 決戦前夜
病院から出たインデックス達を、金の長髪を靡かせる北欧系美女が待っていた。
インデックスが学園都市に共に訪れ、既に別れた筈の女魔術師。
北欧神話における特別な存在、『ワルキューレ』の力と、同時に十字教の『聖人』の特性も持つ極めて稀有な存在。
ブリュンヒルド=エイクトベルである。
コスプレと勘違いされる何時もの戦闘服ではなく、黒のTシャツとホットパンツというラフな姿だった。
「………アレ? ぶッ、ブリュンヒルド? なして学園都市に居はるん?」
「無論、君の首輪と自動書記の破壊を手伝う為だ。漸く自分達が何れだけ愚かか自覚した馬鹿共だけでは、些か以上に不安だからな」
「ッ…………!」
(アカン、喧嘩売りまくってる)
そんな思考がインデックスの頭を過る。
勿論病院の前で放っていい殺意ではなかった。
そしてその言葉に反論出来る言葉が無いステイルは恥じ入るように目を閉じ、神裂は自分の不甲斐なさに握力で掌の皮を握り潰して出血している。
「おや、今度は馬鹿正直に突っ掛かって来ないんだな」
「それぐらいの分別は付くさ。争う暇なんて、今の僕らには無い」
「フン……まぁ良い。そして――――――君が今代の幻想殺しか」
「今、代?」
その言葉の意味を理解出来ない上条を、ブリュンヒルドは説明する気も無いのか話を進める。
そしてソレは、ステイル達にも理解出来ることだった。
「……やはり、どうしようもないと解っていても嫉妬するな」
それは懺悔だったのかもしれない。
かつて「北欧神話系の術式にも、聖人のフォーマットが無意識に混ざり合う」という彼女の性質を理由に、北欧神話系五大魔術結社に『
五大結社からの圧力で頼れる場所は無く、ほんの少しでもブリュンヒルドに味方をすれば一般人の子供でも容赦無く殺されてしまう地獄から救い出したインデックス。
そんな彼も地獄の底に居ると知りながら救うことが出来ない自身の無力に嘆いた彼女は、そんなインデックスを救うことが出来る上条がどうしようもなく妬ましくも羨ましかった。
「どうしようもなく羨ましいのだ。
「……俺は」
「うん。それも自分の居るとこで言うことでは無いよね」
気まずそうに頬を引き攣らせているインデックスとしては、ブリュンヒルドを助けたのは本当に偶然だった。
北欧五大結社を潰して結果的に蹂躙したのも、自分に害を与えようと襲ってきたから、それに対応しただけ。
勿論ブリュンヒルドを助けたいと思ったのも否定しないが、ソレだけでこんな結果になるとは思いもよらなかったのだから。
強いて言うなら、インデックスは神裂SSをキチンと読んでいないのだ。
そしてインデックスはもう1つ確認をする。
現在学園都市から離れている筈の、インデックスの友人の中で『彼女』を除いた最高戦力のオッレルスとシルビアだ。
「ブリュンヒルド、オッレルス達も此処に?」
「いや、私だけだ。なんでも、この街の暗部部隊が妨害を掛けてくるから、蹴散らすのは容易いが学園都市に入りにくいらしい。まるで『戦力調整』された様に」
「なーるほどぉ………あんのド変態容器詰めヒッキーめ。当麻の成長に自分を利用する気満々じゃんか」
アレイスターや学園都市上層部の直通情報網である、学園都市中に5000万機ほど散布されている70ナノメートルのシリコン塊。
学園都市で密会をしたかったら、監視衛星監視カメラ盗聴以前に、先ずコレを何とかしなければならない。
尤も、
(つまり『保険』のことも知ってる訳か。本気でこの街でプライバシーなんて言葉存在しないねぇ)
「取り敢えず、小萌先生の所へ戻ろう。あの人も心配してるだろうし」
上条とインデックスの脳裏に、待ち惚けをくらって涙目になっている小さな教師を思い浮かべた。
◆◆◆
「どうしてお風呂屋さんに行っただけでそんな怪我してくるのですか!? それにその人たちは誰なのですかぁ!? って、そこのおっきな神父さんは未成年ですね!? お煙草吸っちゃいけないんですよ!」
「ステイルは14ですぜ先生」
小萌宅のマンションに戻ってきた一同は、告げ口をしたせいで小萌教諭はブチギレモードでステイルを連れて説教に突入した彼女を見送り、本題に入る。
即ち、インデックスに仕掛けられた悲劇の坩堝を生み出す邪悪の種を摘み取る方策である。
「さて、ここで『首輪』と『
「
「中二で重度の喫煙者やってるステイルの自業自得だよね」
インデックスは上条を無視して話を進めた。
「そもそも『自動書記』は自分の喉ティンコに刻まれている魔術で、自分の命の危険などの特定条件が揃った時に発動する様仕掛けられている。そして問題なのが、この『自動書記』が自分の魔力を搾り取って稼働し、同時にセキュリティでもあること。俺がグラトニーなのはそれが原因なんだよ」
「セキュリティ……」
「自分の知識全てを使っての、ね」
それがたった一冊で凡百の魔術師を蹴散らすことが出来る、紛う事なき『兵器』。
その兵器が十万三千種類存在し、しかも組み合わせることで足し算ではなく掛け算で威力が増えていく。
そして魔導書とはとある存在になるのに必要な物でもある。
―――――とどのつまり、魔神という名の神へ至るための
「一対万でもまだ足りない。それだけの圧倒的物量を容易く覆す、それが魔神だ」
「あ、ステイル帰ってきた。お疲れー」
「大丈夫かお前」
「ふっ、僕は彼の親友だった男だぞ。これしきの事は慣れている」
「言ってて悲しくないか?」
「当麻も人のこと言えないからね」
酷く衰弱しているステイルの頭のおかしい発言にツッコむものの、上条本人も不幸が訪れたとき同じ顔をしていたのを、インデックスは知っている。
「あと自分が出来るのは、皆に
「判りました」
「了解だ」
決戦は明日の夜。
全てはその日に決着する。
◆◆◆
翌日の朝、インデックスは一人で学園都市を歩いていた。
本来ならばブリュンヒルドか神裂が確実に付いて回った筈なのだが、元より聖人と天才魔術師から一年間逃げ続けた彼だ。
気分転換に抜け出すのも簡単である。
インデックスは当麻と出会う前日に仕込んだ『保険』の仕上がりを確認して、目についたカフェのテラスで珈琲を飲みながら自動書記が迎え撃つだろう術式の穴を探し続けていた。
「迂闊だな。護衛も付けずに散歩とは、悪魔に付け込まれるやもしれん迂闊。気を抜き過ぎだ」
そんなインデックスが、何の言葉もなく向かいに座った者を見て絶句した。
上条や、二年もの付き合いのある神裂達ですら見たことのない。肩を斬られながらも表面上は余裕を保っていたインデックスの絶句した顔である。
「…………何で居るねん」
「何だ? 私が
「ちょっ! なーにを言ってるのかなこのお嬢ーさんはッ!?」
「安心しろ、この場に『目』は無い。そんな愚を犯す訳ないだろうが。それに、お嬢さんと呼ばれる歳でもない」
「ぬぅ……で、何でいんだよ? って……まさか、
その、ブリュンヒルドのそれさえも遥かに目を集める魔術的衣装の少女に、しかし誰の目も向けられることはない。
この場に既に人払いがされており、人ひとり存在しない。
それこそ、少女の身の丈の倍の長さの黄金の槍を持っていても問題がないように。
「残念ながら
「…………は、ははは。この戦い、我々の勝利だー」
「何だその棒読みは。それにそれは『死亡フラグ』というのでは無いのか?」
「あんなうっかり一族と一緒にすんなや。ってオイ人の珈琲!」
「ん………フン、良いだろう別に。それに間接キスを気にする精神年齢でも無いだろう」
「野郎は何時まで経っても少年の心を忘れないんですー」
「……インデックス。お前が足掻いたこの物語、身を以て体験してみてどんなものだ?」
「ハナからネタバレしてるって時点で、役者をどう集めようが駄作に決まってんだろうが。どこぞのニートは負け惜しみでシナリオがクソでも『役者が良い』とかほざいてるが」
「悲劇を喜劇に変えるのがお前だろう?」
「そんな上等なモンでもないさ。ま、ダチ公からそう言われんのなら頑張るけどな」
インデックスは燦々と輝く太陽を仰ぎながら、凄惨に笑みを歪ませる。
―――――――――さぁ、この下らない物語の幕を閉じよう。
というわけで出来上がったので更新しました。
前回修正点が多く、それを指摘して頂いた方々に感謝を。
さて次回はラスボス戦。魔術サイドで出来うる限りカオスにする予定です。
勘違いが無いように追記しますが、この作品にインデックス以外の転生者は存在しません。
修正点が発覚次第修正します。
感想待ってまーす。