ここまでお付き合いして頂き、感謝。
翌日、インデックスは首輪と自動書記が消滅したことによる影響を脳医学の面から検査するために、冥土返しの病院にいる。
当麻は右手の治療で同行しているのだ。
「しっかし、良く生きてたな俺。マジで死ぬかと思った」
「はっはっは。何ヤったか覚えてないのでワカンネ」
結果だけ述べると、当麻は原作通りに脳細胞が焼ききれて記憶を喪っていた。
そこで対処したのが、万が一記憶を破壊されても復元でき『保険』の役割を持ったアウレオルスである。
通常の治癒魔術では、どれだけ効果が有ろうと幻想殺しで打ち消されてしまう。
端的に述べるとそれが当麻が魔術の恩恵を得られない理由である。
しかし、原作で当麻は確かにアウレオルスの『黄金錬成』によって記憶を封じられていた。
それだけでなく、窒息させることも出来た。
つまりそれは局部的には『黄金錬成』で当麻に直接干渉可能であることを証明しているのだ。
ならば脳の損傷を復元する事は可能な筈である――――というのが、インデックスの推測だった。
幻想殺しは世界の歪みを修正する基準点であるが、異能である筈の人間には何の効果も無い。
故に記憶の封印などの魔術効果そのものなら兎も角、傷が無くなった事実に対して幻想殺しは何の障害にもならない。
既に魔術によって傷つけられたモノに触れても治らない様に、既に魔術によって治療された後の傷に触れても傷が戻らないのは、当たり前の道理であると。
そしてそれは見事に的中。
右手には処理不全を起こす程の力でもない限り干渉不可能だが、局部的に復元することによって上条当麻は記憶を取り戻したのだ。
「成功して良かったよ。まぁ最悪右手ブッた切って治すって手もあったんだけど」
「良かった! 本当に良かったッ!! じゃあ俺は呼ばれてるから行くなッ!」
当麻は逃げ去った。
首輪戦以降、当麻は不幸を察知し事前に回避する術を身に付けていた。
まぁ実際に診察に呼ばれていたのだが、実にからかい甲斐のあるヒーローだ。
インデックスは病院の屋上に足を運び、自由を象徴するかのような晴れ晴れとした大空を仰ぎ見る。
「本当に、有難う」
当麻は勿論、ブリュンヒルドやシルビアにオッレルス。アウレオルス先生に火織にステイル。
首輪と自動書記の破壊を手伝ってくれた皆に、本当に感謝していたのだ。
ブリュンヒルドはこのまま学園都市に腰を落ち着けるらしい。
聖人とワルキューレの力があれば十分やっていけるし、最悪インデックスが養っていけば良い。
幸い北欧五大魔術結社から奪った金は莫大である。
豪遊しても何ら問題のない量だ。
アウレオルスは学園都市を出て、エリザリーナ独立国に向かった。
近年、ロシアのやり方に納得できず独立した小国の集まりで形成された、ロシア、『殲滅白書』本拠地のある場所から一番近くに存在する国家である。
『黄金錬成』に至ったアウレオルスである。
その気になれば容姿さえ容易く変装可能だろう。
どうやらローマ正教から身を隠しつつ、そこで魔導師として錬金術を教えるつもりのようである。
別れ時に「漸く、卒業を言い渡せる」と言い残して。
そしてイギリスに帰還した神裂とステイルは――――――
エピローグ 首輪付きから自由な“空”へ
上条とインデックスが別れた時から、幾分か時間が巻き戻る。
『やぁインデックス、君とこうして再び会話できることを心から神に感謝しよう』
「それはあれかな、魔神になった俺と掛けてるのかね。それで、イギリス清教は?」
お世辞にも明るいとは言えない場所で、インデックスは携帯端末でステイルと通話していた。
即ち、『首輪』という十万三千冊の魔導書を抱える彼を取り巻く環境の、イギリス側の見解を知る為である。
『一応静観といったところだ。僕達を騙し君に行っていたこともそうだが、何より嘘の報告をしたんだからね。様子見といった処だ』
「報告内容にあらゆる異能を打ち消す右手があり、同時に『黄金錬成』に届いた先生を報告しなかったなら破損しても首輪が機能していると思い、遠隔制御術式が使えると考えるのは当たり前だよなァ」
そして、幻想殺しの性能を今代の担い手本人以上に知る者は限られている。
実際に『首輪』に作用させればどれほど損傷するのかなどが分かるのは、それこそ
『
「ステイル達はそのままイギリス清教所属として過ごしてくれて良いよ。荒立てず、必要以上に敵視する必要も無い。『敵』の人数結構居るから、事故死に見せ掛けた暗殺とかされたら本気で怖いから」
『……わかった。ではまた電話する、それまで息災で』
「ニコチン摂取し過ぎて倒れないでねー。最近喫煙者への風当たり強いんだから、年相応にココアシガレットに変えたら?」
『ニコチンの存在しない世界、それを地獄と呼ぶんだよ』
そう言って、電話は切れた。
果たして十四歳で重度のヘビースモーカーだと肺にどれだけ影響があるのか心配するも、小学生にしか見えない女教師(重度のヘビースモーカー及び大酒飲み)を思い出し苦笑する。
全く以てこの世は不思議に満ちている。
『──────もう良いのか?』
「あぁ、電波ありがとう。悪いね態々」
携帯を懐に入れたインデックスは、彼が今居る建物────窓の無いビル、学園都市の主を見上げる。
大量の機械によって構成された巨大な試験管に満ちる培養液の中で漂う、男にも女にも若者にも老人にも聖人にも罪人にも見える、『人間』。
学園都市の創設者にして最高権力者である統括理事長。
「『必要悪の教会』は魔術師狩りの魔術結社、当然魔術師を探知する方法にも長けている」
その方法とは、魔術師が魔術を使用する際に使用する魔力。
魔力とは生命力の変換物であり、それ故に決して変えようがない個々人特有の色を持つ。
「考えてるよな。イギリス清教からの探知を逃れるため、生命維持装置で生命活動そのものを代用してるんだから。それもあの先生の開発かい?『銀の星』アレイスター=クロウリー」
世界最大の魔術結社「黄金夜明」に在籍し、ヘルメス学、
科学の総本山における世界最高の科学者の、それが正体であった。
『……本題に入ろう』
当の本人はそんな事は些事であると切って捨てる。
そこにはほんの少し『苛立ち』が込められていた。
それは、如何に生まれたてとは云え、魔神と会話する事さえ嫌悪を抱いているかのように。
そう、魔神である。
インデックスは『首輪』から解放された際、紛れもなく人から逸脱し魔神という存在へと変生したのだ。
元々彼は世界中にある10万3001冊もの原典を記憶の中で完全に複製した生きる魔術大百科であり、彼の蔵書全てを手に入れることができれば、魔術師は『魔神』に至ることすらできるという。
なら『首輪』の軛から解放された今、その蔵書すべてを所有しているインデックスが魔神になるのはある種必然であった。
「────手を組もう、一応はソレが本題だよ」
『何故』
アレイスターがインデックスを自らの本拠と云える此処に招いたのには理由がある。
一つは、魔神というこれ以上無い危険存在が敵対した場合、確実に倒す為のホームグランドを整える為。
そしてもう一つ。
「何故って、利害は一致すると思って」
『君の言う利害の一致とは、一体何なのだね』
魔神となった少年の口にする利害とは何なのか。
それを確かめることにあった。
魔術サイドの頂点と科学サイドの頂点。
加えて後者は、
一応は組織的な繋がりを持つに至ったイギリス清教と統括理事長としての交渉なら兎も角、インデックスは個人としてソレを望んでいる。
そもそも交渉自体が発生しない。
アレイスターにとってくだらないことを言うのならそれが戦闘の合図であり、大義名分にすれば良い。
だが、世界中の魔導書を記憶した禁書目録が、アレイスターの経歴を知りながら提示するメリットとやらに、少し興味があった。
もしそれに価値があるのならば、『計画』に組み込めば良い。
そう、思っていた。
「
『─────────は?』
あらゆる可能性を有する『人間』の、あらゆる可能性が硬直する。
インデックスの言葉を、本当に理解できていなかった。
「娘さん達は悲劇を誘発させるこの街を創った今のお前さんを見て、果たして胸を張って誇れる父親だと言ってくれるのかな?」
挑発的な言葉に、かつて獣の数字を自称した男は動揺を隠せない。
学園都市設立の根幹、その設立理念。
アレイスターにとって最重要である筈の『計画』と『学園都市統括理事長』としての自分をかなぐり捨てる程の“理由”が出てくるなど、欠片も想像していなかったのだから。
◇
その後、盛大に動揺したアレイスターにどさくさに紛れて学園都市内での権利などを引き出すことに成功したインデックスは、体調が酷い『案内人』である結標淡希をカエル顔の医者の病院に送り、そこで待ち合わせをしていた上条と再会して冒頭に至る。
「これでアレイスターには釘を打てた。いや、楔かな? まぁ何にせよ学園都市はこれから良い方向を向くだろう。でなければあの親バカは娘に顔向けなんて出来ないから、ね」
そもそも学園都市とは、『異能を打ち消す右手』と『その拳を以って悲劇を打ち砕く』という上条当麻の性質を最大限活かせるのに適した場所として造られた箱庭だ。
その為意図的に法や構造上悲劇が発生し易くなっている。
だが、最愛の娘達の蘇生の可能性とその窮地を知ればどうなるか。
復讐者としての性質が大いに揺らぐことになるだろう。
例え、怨敵の復活の存在を知ったとしても。
「『黄金』連中は兎も角、問題はあの
だが、対応策は既にある。
それは上条当麻や、もう一人の特別な右手を持つやもしれない自称普通の高校生への方策となる一石三鳥の策であった。
本来の物語の時系列では次の事件の首謀者であるアウレオルスは、既に学園都市を離れている。
故に時間的な余裕があった。
「いや――――――『
そんな風に今後の展望を呟きながら、病院の屋上で蒼天を仰ぐ。
彼の胸にあったのはかつて無いほどの解放感と充足感。そして感謝の念であった。
「当麻、ブリュンヒルド、オッレルス、シルビア、先生、ステイル、かおり―――――」
すべてインデックスの都合に振り回してしまった助力者達。
彼らには格別の恩返しが必要だ。
アウレオルスがローマ正教―――彼にとっての世界そのものを敵に回してでもインデックスを救おうとしたように。
ステイルがインデックスの為にその命を捧げると誓ったように。
彼は同等の誓いを立てる義務があるのだから。
「―――――――私も一応手伝ったんたが、お前は感謝してくれないのか?」
いつの間にかインデックス以外誰も居ない屋上に、一人の少女が立っていた。
隻眼で鍔広の帽子を被っている、しかし先日とは違い夏服の学生服に身を包み右眼に眼帯を付けた、金髪碧眼の十四歳程の少女だった。
「勿論感謝してるさ。でも自分は自動書記が破壊される迄覚えてないんだって、
人の身から神格となった魔術の神――――魔神オティヌス。
北欧神話のルーツの一つであるデンマーク人の事績にも載り、大神オーディンのモデルとなった存在。
より正確にいれば、オーディンその人ともいえるのだが。
そして、インデックスの初めて出来た味方だった。
インデックスに降霊術で英霊を降ろしたり、ブリュンヒルドと共に作り処理に困った『主神の槍』を、北欧五大結社殲滅後に渡した相手が彼女であり。
インデックスが先日『保険』であるアウレオルスに会った帰りに遭遇したのも彼女だ。
何故、彼女がインデックスに味方しているかというと、彼女の過去に起因する。
この世界は、一枚の絵で例えられる。
まっさらな『科学の世界』に、宗教や伝説、神話や伝承という
魔術は、この様々な位相世界の物理法則をこの世界に適用させる技術。
そしてオティヌスは、この位相を操作、又は創造することができる。
そして現在の世界は、彼女が何度も位相を重ねて創った世界だ。
─────より正格に言えば、魔神達が各々のリソースを奪い合った結果なのだが。
何故彼女が位相を重ねてこの世界を創ったかは、インデックスには分からない。
もしかしたら彼女すら忘れてしまっているのかもしれない。
そしてオティヌスは、彼女のいた『元の世界』を忘れてしまった。
この世界は彼女が何度も試行錯誤を繰り返して漸く納得して創った世界なのだ。
しかし不安になった。この世界が本当に『元の世界』と同じなのか。
誰も嘗ての世界を知らず、彼女すら忘れてしまった世界を『元の世界』と評価してくれる人間はこの世界には存在しない。
彼女にとってこの世界は、嘗ての故郷である『元の世界』と酷似した異世界であり、彼女はその不安に駈られ一度捨てた魔神の力すら取り戻し、もう一度世界を『修正』しようとする。
その為の『グレムリン』だ。
もう一度、今度こそ『元の世界』に戻るために。
そこでインデックスが現れた。
この世界とは別の世界の記憶を持った彼が。
オティヌスにとってインデックスは、確かに「同じ傷を持った唯一の同類」だったのだ。
片や元の世界に帰りたくとも帰れないインデックスと、片や元の世界に帰りたくも元の世界を思い出せない彼女。
特にインデックスはステイルと神裂達に追われ、加えて自身の状況を欠片も受け入れられて居なかった、謂わば最も荒れていた時期。
そんな精神的に極限な状況で、彼の知る『知識』にて散々猛威を振るった魔神と遭遇すればどうなるか。
『――――元の世界に戻る? 恐れられ貶められた孤独の世界に戻って何の意味があるんだ? 位相が複数存在しているのにも拘らず、何故魔神が自分だけだと思っている!? そもそも! 「基準点」を使おうが一度疑いを持った時点で採点者が自分だけな以上、納得のいく
自棄になって何もかもぶちまけたのだ。
その時点でインデックスは生存を諦めたのだが、そんな彼と彼の言葉に何か触れるものがあったのか。
彼の知識によって無意味と知った『グレムリン』より、『理解者』に成りうる存在を重視したのだ。
そして同じ傷を抱えている男女が出会えばどうなるか、想像に難くない。
「少しは感謝の態度という物をとってもらいたいものだ。此方は折角完成した『槍』を犠牲にしたんだぞ?」
「えっと……ナニをすればいいのかな?」
「―――――今夜は寝られると思うなよ? 久しぶりに貪り尽くしてやる」
凄惨に笑う彼女に、インデックスは自らの為に思わず十字を切って合掌する。
彼の混乱具合が分かるだろうか。
「……で? これからお前はどうするつもりだ?」
「当面はレッツ悪魔退治&恩返しタイムだね。特にオッティとブリュンヒルド、そして当麻には本当に世話になった」
「私は、そんなものを欲してお前を助けたのではない」
「損得勘定抜きでオッティが自分を助けてくれた様に、自分がそうしたいんだよ」
「………フン、好きにすればいい。このたらしが」
恥ずかしそうに顔を隠すようにオティヌスが顔を逸らし、インデックスは笑いながらもう一度空を見上げる。
「……そういえば、お前には新しい名前が必要だったな」
「唐突だなぁ。照れ隠し?」
「うるさい。お前はもう禁書目録ではない。ならば別の名前を名乗るべきだろう」
「…………成る程ね。ちなみに言い出しっぺの案は?」
「ミミル。フリッグ。バルドル」
「もちょっと別のヤツ無い!?」
内二つは死んでるのと生首になるのじゃないですかヤダー。
そう嘆く彼は、暫くして意地の悪い笑みを浮かべる。
「いや、やっぱり『
「……それはお前にとって忌み名だろう」
「いいよ。随分気を使ってくれて嬉しいけど、やっぱり自分にはこれが一番なんだろう。それに、あの溝鼠以下への皮肉が利くと思わない?」
その名と役割が、今の彼、彼女との繋がりを創ったのだから。
――――原作なんてこの時点であってないようなものだ。
第三次世界大戦でフィアンマは遠隔制御霊装で俺から知識を引き出せず、その後のグレムリン編は首領のオティヌスが乗り気でない。
もしかしたらトールがグレムリンの頂点に据えられるかもしれないが、その場合グレムリンの存在意義が全く別のモノになる。
判明している脅威はロンドンに坐す数秘術で『三三三』の等価を持つ大悪魔、そしてそれが用意した『黄金』の魔術結社。
インデックスが知る未来とは異なる道筋を辿りながら、物語はどんな姿を魅せてくれるのだろうか。
どんな姿にしてやろうか。
体の中から湧き上がる自由と希望に胸を押される感覚を感じながら、インデックスは今日もこの世界で生きていく。
次回のあとがきを書いたらその時点で完結とさせて頂きます。
「もっと続けて欲しい」「一巻分で終わるのは勿体ない」などの続きを希望してくれた方々、本当に有難うございます。
今後の予定は、あとがきで書く予定ではあります。
修正点は随時修正します。
感想待ってまーす(*´ω`*)