ぼくの名前はインなんとか   作:たけのこの里派

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第二話 打倒☆絶対能力進化実験

 美琴が意識を取り戻したのは、明くる日の朝だった。

 

「……っ。ここは……ッて」

 

 ガバリ、と勢いよく起き上がった彼女は周囲を見渡す。

 そこは美琴の見慣れぬ、一般的な学生寮の一室に見えた。

 服装に乱れは無い。

 周囲に、これといった異常も無く。本当に学生寮の一室のようだった。

 

「アイツ、一体何を……」

 

 思い出すのは、文字通り手玉にされた記憶。

 美琴の悔しさと反骨精神が鎌首を擡げる。

 部屋に設置されているデジタル時計から見れば、丁度一晩過ぎた後なのだろう。

 あのまま気絶していたと見て良い。

 

「つーか何処なのよ此処は……」

「─────ミャー」

 

 と、頭を押さえて思考の坩堝に嵌まっていた美琴を、手元に響いた声が引っ張り上げる。

 

「……猫?」

「ミャー」

「にゃー」

 

 一匹ではなかった。

 三毛猫と、それよりも小柄な黒猫が美琴を仰ぎ見ていた。

 綺麗に並ぶ愛らしい仔猫の姿に、くらりと前後の思考が打ち切られるが、黒猫の姿にハッとする。

 

「アンタ、あの時の……」

 

 その黒猫は、先日自身のクローンと出会う切っ掛けとなった存在である。

 この黒猫が登った木から下りれなくならなければ、あの場に彼女が留まることはなく。故に美琴も、廃棄された自身のクローン計画に悩まされる事は無かっただろう。

 

「というか、アイツは何処に……」

「────起きたか」

 

 と、彼女が立ち上がろうとした時。

 背後から声を掛けられた。

 拉致されただろう事から、咄嗟に振り向きながら電撃を発しようとして───しかし、美琴の頭はベッドに捩じ込まれた。

 

「かッ……!?」

「む、すまない。此方も条件反射で応じてしまった」

 

 音速を超える速度に、感知は出来ても対応はできなかった。

 美琴は常にAIM拡散力場という名の電磁センサーを微弱に発生させている。

 それは本来()()()『彼女』ならば戦闘を行っても良い勝負が出来ただろう。

 だが今回は如何せん距離が近すぎた。

 美琴の能力者としての真価はその汎用性にあるものの、それを発揮するには状況が悪すぎた。

 

「この……ッ!」

 

 苦し紛れに電撃を放とうと自身を押さえ付けている相手を睨み付けるも、その前に側頭部を押さえ付けていた剛腕が離される。

 

「なん……?」

「ここで戦えばこの仔達も巻き添えだぞ」

「ぐむぅ……!」

 

 首を押さえながら、女が用意したのか美琴は愛らしくミルクを飲む二匹の仔猫を引き合いに出されぐうの音しか出せなかった。

 しかし、そうなれば落ち着きもする。

 美琴は当然の質問を女にした。

 

「アンタ、誰」

「ブリュンヒルド・エイクトベル。君を此処に曰く『お米様抱っこ』で連れてきたインデックスの連れだ」

「おのれ……」

 

 美琴にとってインデックスは好意もクソもない相手だが、それでもそのシチュエーションは腐っても女子中学生の美琴にとって快いものではないのは確かだ。

 

「私はお前が連れてこられた理由を知らない。それに、インデックスももうすぐ帰ってくるだろう。それまで朝食でも食べるか?」

「……食べる」

 

 途端、美琴の腹が空腹に喘ぐように鳴り出す。

 そういえば昨晩夕食を食べていない。

 顔を赤く染めながら、小さな声で肯定した。

 

 

 

 そして数十分後。

 

「帰ったぞーい」

 

 美琴がフォリコールという北欧料理を堪能し一息ついた処に、部屋の扉を開く音と同時に帰宅の声が響く。

 

「あ、アンタ!」

「やぁミコっちゃん、元気そうで何より。慣れないベッドで寝違えなかったかい?」

「馴れ馴れしいわクソボケ!」

 

 バチバチと電撃を纏いながら吠える美琴に、インデックスは持っている大きめの封筒を投げ付けた。

 

「な、何よこれ」

「今ミコっちゃんが知りたいであろう実験の資料」

「─────」

 

 受け取った美琴が、静かに固まる。

 封筒を持つ手を震わせながら、先日廃棄された研究所で調べた事を思い出す。

 既に凍結された自身のクローン計画の概要ファイルと、何故か存在する制服まで誂えられた瓜二つのクローン。

 あの子は一体何処に向かおうとしていた?

 

「……実験って事は、やっぱりあの子は何かの実験の為に造られたってこと?」

「あの子、ではない。あの子達2万1人だ」

「……………………は?」

 

 インデックスの言葉に、彼女は今度こそ本当に絶句する。

 理解不能、と顔に書かれていたが、インデックスは言葉を止めない。

 それはきっと、悩むのは後で幾らでも出来ると身をもって知っているからなのだろう。

 

「心しろよ御坂美琴。それは君が今まで幸運にも覗くことを避けられていたこの街の闇、その一端だ」

 

 そして彼女は知った。

 二万人のクローン、その殺戮実験の概要を。

 

 

 

 

 

 

 

第二話 打倒☆絶対能力進化実験

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふざけんじゃないわよ……」

 

 崩れ落ちながら、資料を有らん限りの力で握り潰しながら呟く。

 絶対能力者。

 それを生み出そうとする事は、学園都市の存在意義の一つだ。

 少なくとも美琴はそう思っている。

 だが、それを名分に何人もの『置き去り』を犠牲にする実験が裏で行われていた事を、『幻想御手』事件を切欠に知った。

 苦難は当然。学園都市に7人しかいない超能力者と言われても、その力を封じられることで敗北だってした。

 だけど最後は、皆を救い笑顔で終わらせる事ができた。

 皆と力を合わせれば、何だって。

 

 「ふざけんじゃないわよッ!!」

 

 だからと云って、コレはない。

 

 昨夜の、自身のクローンを名乗る少女の別れの言葉が脳裡に甦る。

 あれは、今生の別れのソレだったのではなかったか。

 

「ッ!」

「ブリュンヒルド」

 

 弾かれるように部屋を跳び出そうとする美琴を、インデックスの言葉に従い再びブリュンヒンドが押さえ込む。今度は条件反射等ではなく、極めて特殊な聖人としての全霊を以ての拘束である。

 

「このッ……!?」

 

 美琴の怒りに呼応するように放たれた電撃など、欠片も障害にならないと云うように。

 

「くッ……、離しなさいよ!」

「何処に行く?」

「決まってるでしょ!!こんなふざけた実験を止めるために─────」

「どうやって?」

「っ、それは……」

 

 空白が、美琴を占める。

 まだ彼女は、計画の概要を知ったばかり。

 だが、目の前で実験の有り様を見せ付けられるのに比べれば、彼女は幾分か冷静さを残していた。

 

「目的を確定しようか。目的を定義すればソレを達成する為の道筋と、それを為すための手段を選択する。そんな当たり前の確認をしようか」

 

 するとインデックスは自然な仕草で、ポケットからホワイトボードを取りだし、『絶対能力進化・対策』と大きく書き出した。

 

「……アンタら、そもそも何者なのよ」

 

 美琴が、思わずといった様に訝しげに半目を向ける。

 片や人間の規格を大きく超え自身の知覚限界に迫る音速挙動に剛腕、弱めとはいえ人が行動不能になる電撃を物ともしない北欧系美女。

 片や学園都市の闇とも言える実験の資料を簡単に用意し、挙げ句理解不能な能力を扱う銀髪の少年。

 加えて両方怪しいことこの上無い、日本に存在する学園都市には似合わない外国人である。

 

「説明するの面倒だし、多分信じてくれないからヤダ」

「オイコラ」

「話戻すぞー」

 

 と、美琴の問いを切り捨てるインデックスは、ボードに『打倒一方通行』と書き殴る。

 

「単純な方法は簡単。計画の核たる一方通行をお前さんが撃破すること」

 

 そも、この計画の前提となった演算結果が存在する。

 それは『一方通行が超電磁砲を128回殺害することで絶対能力者へと進化する』というモノだ。

 その前提を崩せば、その代替計画であるクローンの大量虐殺は破綻する。

 

「でも、それは現状不可能に()()

 

 一方通行は学園都市最強の超能力者である。

 確かに美琴も超能力者であるが、その序列は第三位。

 無論それは学園都市の利益基準によるモノだが、下位の超能力者が上位順位者を倒した例は、意外にも存在しない。

 

 そして能力の性質上、一方通行に美琴が勝利する事は─────

 

「一方通行の能力は『ベクトル変換』。本質は『粒子加速器(アクセラレイター)』だが、今回重要なのはコッチだからね」

 

 その能力に代表される『反射』が存在する。

 自身へのあらゆるベクトルを反転させる、という一方通行にとっては睡眠を行いながらでも維持できるベクトル変換における基礎の基礎であるが、しかし美琴にはそれを突破する方法が無かった。

 彼女は、自身よりも圧倒的強者に対する戦闘経験が皆無に近かった。

 インデックスは、ボードに『計画保証・樹形図の設計者』と書く。

 

「『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の演算は伊達ではないのさ。御坂美琴、君一人じゃどれだけ頑張っても、瞬殺を含めた128手目までで絶命する」

「……ッ」

「ではソレ以外の方法だ」

 

 王道が不可能ならば、策略奇策十艘で狙えば良い。

 脚本を崩せないというのなら、舞台裏を制して仕舞えば良い。

 インデックスが書いた方法は、『研究所』だった。

 

「実験を行っている研究者、及び研究所を実験不可能にする」

 

 国際法で禁じられている人のクローンを2万人も動員する実験だ。

 裏では相当な人員と施設が必要だろう。

 

「だが、これも難しい」

「な、何でよ!」

 

 スーパーコンピューターによって敗北が宣告された一方通行との真っ向勝負をするより、美琴にとっては余程可能性が高い選択肢である。

 だが、

 

「先ず、この実験は正式な手続きが必要な『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の演算で保証されたモノだ」

 

 学園都市最大の頭脳。

 地球上の空気の分子ひとつひとつの動きまで正確に予測できるため、学園都市では天気予報は「予報」ではなく「予言」が可能な超高度並列演算処理機。

 当然、演算申請の許諾は、学園都市の運営を司る統括理事会を通す必要がある。

 美琴はそれが何を意味しているのか、即座に理解してしまった。

 

「そもそも実験の提唱者は『SYSTEM』の権威、()()木原一族でも相当上位に位置するであろう、『能力者の暴走誘爆実験』や『体晶』の開発者である木原幻生だ」

「木原、幻生……!」

 

 木原幻生。

 その名を美琴は聞いたことがある。

 以前、彼女が関わり死者こそ居ないが一万人もの被害者を出した『幻想御手』事件。その延長であり数多くの被害を出した『乱雑開放』事件の元凶であった科学者である。

 彼女が知っている幻生の人となりは、正しく『狂科学者(マッドサイエンティスト)』だろう。

 

「加えて学園都市にとって虎の子である一方通行を被験者とした実験だ。なら、当然学園都市のテッペンが認知した実験という事になる」

「学園、統括理事長……? そんな、じゃあ───」

 

 即ち、実験の妨害は学園都市そのものへの敵対を意味していることを。

 

「幾ら研究所を物理的に破壊しようが、すぐに外部へ引き継がれるさ」

 

 ぐらり、と美琴の視界が揺らぐ。

 昨日まで笑っていた自分の立っていた光景が、全てペテンになった様な錯覚に陥る。

 この街の全てが、とてつもなくおぞましい何かに思えた。

 

 何より残酷な事は、美琴が学園都市第三位である最大の理由は統括理事長(アレイスター)の『計画』に必要不可欠な─────『電気操作系能力者による電子ネットワーク構築の為のクローン』の遺伝子素体であるからだ。

 故に、過去既に遺伝子情報を騙し取り、クローンの量産に入っている今。

 必要ならばアレイスターは、美琴本人の殺害による排除さえ辞さないだろう。

 

「そんな訳で、お前さんの後輩や花飾りのお嬢ちゃんに頼るのも悪手だろう。特に花飾りのお嬢ちゃんのハッキングの腕は()()()()。要らない情報を見て暗部から本気で狙われかねない」

「初春さん……」

 

 美琴が思い出すのは、自身の後輩(白井黒子)の相棒である年下の少女。

 成る程確かに、エレクトロマスターと呼ばれる電子系最強能力者である自身が驚くほどのハッカーであることは、彼女達と共に事件を解決した実績が物語っていた。

 だが、彼女本人に戦闘能力は一切無い。

 

 暗部の脅威が何れ程のものか理解出来ない以上、本質的に無関係な彼女達を巻き込む事など美琴に出来る訳がなかった。

 

「現状、お前さん個人がどんな手段を取ろうと、実験は継続されるだろうね」

「それじゃあ、どうすればいいのよッ……!」

 

 孤立無援。

 何か行動を起こす前に、美琴は万策尽きていた。

 其処に、学園都市第三位の超能力者としての姿は無かった。

 彼女は、握り締める資料を見る。

 計画通りなら、昨夜に9982実験が行われた筈だ。

 そう、9982実験。

 既に、最低9981人の妹達が虐殺されている事になる。

 後輩がいつも誇らしげに称える自身の称号さえうすら寒く思えるような、帰り道を見失った迷子のような小さな少女がそこにいた。

 

 

「で、インデックスはどうするつもりなんだ?」

「────え?」

 

 

 そんな絶望は、ブリュンヒルドの質問で覆る。

 俯いていた顔を上げ、淡々と絶望を口にする少年を見る。

 

「…………………………………………ク、クフフフ。くかかかかッ、げらげらげら──────フゥーハハハハハハハハハッ!!」

 

 突然、堰を切るように奇妙な演技がかった笑いを上げながら、これまた奇妙なポーズを取る。

 彼はソレを『ジョジョ立ちではなくおかりんのポーズ』と答えるだろう。

 

「間違っているぞジョセフィーぬッ! 『どうするつもり』ではなく、『何をしているのか』が正解だクリスティーぬッ!」

「私はブリュンヒルドだぞ?」

「こまけーこたァイイッ!」

 

 空気が、完全に変わっていた。

 

「既に! 実験は難航している!!」

 

 美琴に学園都市の闇と絶望、そして自身の無力を与え続ける世界は、何処にも無くなっていた。

 

「具体的には、実験の度に一方通行をこの拳と足とか膝とか肘とかでボコボコにして病院に叩き込んでいるからだッ!」

「……んん?????」

 

 と、いきなり本来不可能な事を宣った。

 学園都市最強の能力者を倒せないから話が難解になっているというのに、既に、敗北していたと言われればどうすればよいというのか。

 尤も、その映像をリアルタイムで見せ付けられた研究者達の心境は美琴の比ではないだろう。

 絶望は何処へいった。

 

「? 一方通行とやらが敗北すれば実験は破綻するのではなかったのか?」

「自分みたいな『突如現れた本人にも本名経歴不詳な不審人物』がイキナリ最強をボコした所で意味不明過ぎて実験が止まるかぁ!」

 

 本来の歴史に於いて、無能力者である上条当麻が一方通行を撃破したがこれも相当無理をしている。

 だがそれでも上条は学園都市の学生。

 それに対してインデックスは本来外部の人間であり、形式上は外部勢力に属した無能力者処か能力開発さえ受けていない。

 であれば、学園都市の頭脳へ再演算を求めるべきなのだが───

 

「連中に絶対の保証をしてくれる『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』は既に無く! 謎の闖入者の影響を再演算すること叶わず、以前の演算結果にすがるしか無いのだからなぁ!!」

 

 再演算出来なければ、話は変わる。

 その場合、研究者達は正体不明のインデックスを正体不明であるが故に無かったことにするだろう。

 だからこそ、無能力者と書庫(バンク)に載っている様な上条当麻が突破口になったのだ。

 だが、この魔神はかのヒーローを怪我をすると解って戦場に連れていくことを望まない。

 恩知らず等といった謗りだけは、御免被る故に。

 

「………? ……?? ………………………えっ?」

「ちなみに昨晩のミサカ9982号ちゃんは、既に拉致監禁(保護)済みだァ!」

 

 混乱の渦に後ろから蹴り飛ばされた美琴は、疑問符を浮かべる以外の手段を持たない。

 ツッコミ不在の恐怖。

 おぉ幻想殺し(ツッコミ役)よ、寝ているのですか!(補習中です)

 そして、〆るようにインデックスはホワイトボードに殴るようにペンを走らせる。

 

「そして、自分が提示する冴えた解決法は────『妹達によって一方通行が引き分けないし敗北すること』だッ!!」

 

 だからだろうか。

 そんな無理難題の世迷い言をほざいたのは。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

「──────って、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が、無い?」

「……地上からの謎の『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』が偶々運悪く直撃したらしい。悲しい事件だった」

「あぁ、あの時の。成る程、お手柄だった訳だなインデックス」

「知らねーしボカァ!意識無かったし、ヤったのは便所の隅のタンカス野郎の仕込んだ術式だし!賠償請求は自分に給料一つ入れやがらねぇイギリス清教にどうぞッッ!!」

 

 どこか、第七学区の窓の無いビルを根城にする元魔術師が興味深く頷いた気がした。

 

 




新しい仕事を始めて、執筆どころか休日が睡眠以外の選択肢がない……!
とまぁそんな理由で遅れながらようやく出来上がったので投稿。

ミコっちゃん変人にフリ回されるの回。
実質何も進んでいないけど、つまりミコっちゃんはもう出番は殆ど無いよ、ということである。
次回も仕事に慣れるまで投稿は難しいかもしれんが、ゆっくり続けていく所存ですのでどうかよろしくお願いします。

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