ぼくの名前はインなんとか   作:たけのこの里派

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第四話 The manifestation of Nuit.

 

 

 

 ────学園都市最強と、複合聖人の激突は苛烈を極めた。

 轟音と共に廃ビルが崩れ落ち、衝撃波が破片を更に砕き散らす。

 科学と魔術、例外こそあれど双方に於ける最高峰同士のぶつかり合いは、学園都市を蹂躙する。

 

 実験用に用意された無人区域でなければ、人的被害は計り知れないだろう。

 無論、実験停滞による費用は目も当てられないが。

 

 しかし、長期戦は一方通行に利するだろう。

 如何に彼の反射がブリュンヒルドに通用しないとはいえ、それは魔術という未知のベクトルを入力していないが故のモノ。

 度重なるインデックスとの接触に加えて、今回の戦いで、一方通行は確実に魔術のベクトルを掴みかけていた。

 故に、今回の戦いは著しい成長性を持つ一方通行が、どれだけ伸び代を見せられるかに懸かっている。

 確かにワルキューレと聖人という、相反する力を相乗させるという神造の複合聖人たるブリュンヒルドは、他の聖人を圧倒するだろう。

 だが力の総量こそ違えど、一方通行が操るのは力の向き。総量に意味はなく、学園都市のベクトルは全て彼の手の中にあるのだから。

 勝負は、ベクトル操作が及ばない魔術を掻い潜り、ブリュンヒルド自身のベクトルに手を伸ばせるかに懸かっていた。

 

 ─────ブリュンヒルドが、()()を持っていなければ。

 

「ぐ……っ、そがッ……!」

 

 しかして、最終的に倒れ伏していたのは一方通行だった。

 屈辱に顔が歪み、敗北という二文字と共に苦痛が彼を這いつくばらせる。

 だが、彼を起き上がらせる原動力の名は、疑問であった。

 

「何だ、その剣……ッ!?」

 

 廃ビルの残骸、其処に立つブリュンヒルドを怒りと共に見上げる。

 視線の先は、青白いプラチナの如く輝く魔剣。

 

『─────グラム、第二段階限定解除開始』

 

 その言葉と共に戦況は一変した。

 

「ほう、理解していたのか。流石は学園都市の虎の子。(インデックス)がその真価は解析にあると語るだけはある」

 

 納得した様に頷き、ブリュンヒルドは廃ビルから一方通行の前に降り立つ。

 彼女のベクトル、彼女の発生させた衝撃波などの副次的なベクトルを掌握しようとしても、解析そのものを阻害されるような感覚さえあった。

 単純に数値を入力していないから反射できないというのは、まだ理解できたというのに。

 それどころか次第に風力操作は勿論、ブリュンヒルドの周囲のベクトル操作さえ覚束なくなっていったのだ。

 まるで、演算そのものにジャミングを受けているかのように。

 明らかに、異常だった。

 

「知識の魔神であるインデックスと、戦の魔神オティヌスから与えられた魔剣が、ただ斬れるだけの剣な訳がないだろう」

 

 それはかつて、首輪に囚われていたインデックスとの戦いで使用された、竜の死を冠する魔術霊装だった。

 幻想殺しに対する禁書目録の最適解である『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』に対する対応策の一つとして用意した、北欧神話における竜殺しの魔剣。

 その剣は準えた伝承を遡るように、魔神二柱によって大いに改造された。

 それこそ、聖人とワルキューレの二重属性などという異なるフォーマットを兼ね備える、というデリケート極まりないブリュンヒルドに対する調整に比例するように、徹底的なまでに。

 

 即ち、大神オーディンが自身の加護の証として支配を与える木に刺し、人間の王シグムントに与えられた王権を示す神剣。

 ならばその名は砕かれた後に名付けられた竜殺しの魔剣ではなく、それ以前の北欧神話における選定の剣────

 

「───────『黎明の王剣(バルンストック)』。

 有する能力は、王権による支配。人間に対するあらゆる行動制限だ」

「な、に?」

 

 本来拮抗し、そして解析が進めば一方通行へ戦況は傾く筈。

 それが、理不尽に覆された。

 まるで、特権階級の圧政のように。

 まさしくそれは、王による支配だ。

 

「一兵卒でさえない民草が、大神に王権を授けられた王に何ができると思っていたのか?」

 

 聖人とは神の子に照応し、ワルキューレとは大神オーディンによって造られた半神。

 今や半神に匹敵するブリュンヒルドならば、かつてその剣を握ったシグムントを遥かに凌駕する。

 その剣を彼女が持っているだけで、周囲の人間は伏し、果てに呼吸さえ困難になるだろう。

 その効果範囲、精度は計り知れない。

 それをたった一人に向けたのだ。

 例え世界を操る最強の能力者といえど、抗えるものではない。

 

 そもそも、科学によって調整を受けたとはいえ真実身一つの一方通行と、魔神二柱に調整を受け王剣と白鳥の鎧を身に纏うブリュンヒルド。

 どちらが有利なのは言うまでもない。

 

 事態が進行すれば、一方通行は能力の為の演算さえ封じられるだろう。

 そうなれば彼は、翼をもがれた状態で空を飛ばされるのと同義を強要されるだろう。

 その果ての敗北は、必至だ。

 だが、しかし。

 

「─────ッ!」

「……ほう」

 

 まだ、勝ち目が無くなった訳ではない。

 

「そォだ、魔術だの能力だのの境はない。アイツもそう言ってただろうが」

 

 それが魔術だろうが超能力だろうが、無限のグラデーションで隔たっていようが、それは異能の力。

 あらゆるベクトルの解析と操作、それが一方通行の能力だ。

 であれば、王剣の力のベクトルを解析、反射を適応させれば王権の裁定を覆せる。

 それどころか、逆にその力さえ操ることが出来るだろう。

 

『───「ABA()の書」、序文百三十四頁より引用。

 自分が誰であり、何であり、なぜ存在しているのかを自分で見出し、確信しなければならない……そのように追い求めるべき進路を自覚したら、次はそれを遂行するための条件を理解することである。

 しかる後に、成功にとって異質もしくは邪魔なあらゆる要素を自分自身から取り除き、前述の条件を制するのに特に必要な自分の中の部分を発達させなければならない』

 

 万を超える魔導書を司る魔神は、法の書と呼ばれる『思春期の心性と薬物作用を網羅した超常誘発方式』の叡智の一文を語る。

 魔術とは原石と呼ばれる天然の能力者の、異能の技術体系化。

 その違いは、求める力の根源が己の内側か世界かだけであると。

 

『アレイスターに便乗してるみたいでアレだが、能力者視点で置き換えてみんしゃい。それが汝の法とならん、てね』

 

 ならばこそ、神の授けた王剣の力とて異能の力でしかない。

 振るう担い手が如何に半神に匹敵していようとも、魔神に至った訳ではないのだ。

 

(既存のルールは全て捨てろ。

 可能と不可能をもう一度再設定しろ。

 目の前にある条件をリスト化し、その壁を取り払え)

 

 即ち、新たな制御領域の拡大(クリアランス)の取得。

 自分だけの現実に数値を入力し、通信手段を確立することで己のAIM拡散力場を制御することに他ならず、その結実として一方通行の力は新たな位階へ歩を進め『翼』は顕れる筈だった。

 だが、その直前に横槍が入る。

 

「……む」

 

 瞬間、ブリュンヒルドへ幾重もの緑がかった閃光が走る。

 その全てを、物理的に電気系能力者以外では干渉できない閃光を斬り捨て、一方通行へ視線を投げた。

 

「時間切れの様だ」

「は──?」

「だが構うまい。私は元より時間稼ぎ、お前に相応しい舞台はこの先だ」

 

 言い終えると同時に轟音と共に地面が割れ、ブリュンヒルドの姿が消える。

 何の事は無い。実験の検体とも言える一方通行にこれ以上悪影響を与えまいとした研究者達が、イレギュラー排除の為に学園都市暗部の者を雇い、差し向けただけ。

 

 そしてその割り込んできた乱入者を排除するため、聖人に倍する脚力で移動したに過ぎない。

 暗部組織には超能力者(レベル5)も所属しているが、それでも第一位を跪かせたブリュンヒルドの敵ではない。

 

「……」

 

 放心した一方通行が辛うじて歩けるようになったのは、遠くで響く轟音が消えて暫く経ってからだった。

 あまりの結末に呆然とした彼の口元が笑みに歪む。

 それは、紛れもない成長への確信である。

 

「あと、一歩だ」

 

 何かが、掴めるのだ。

 赤い瞳が、餓えるように鈍く煌めく。

 ベクトルの操作を取り戻し、満身創痍でありながら学園都市の闇を駆ける。

 手に入れた新たな力を試さんと、無邪気ささえ見せながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第四話 The manifestation of Nuit.

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある学生寮の一室。

 即ち、幻想殺しの少年の隣に位置する、禁書目録の部屋。

 そこで妹達(シスターズ)の一人、銀髪の坊主に拉致監禁されていた9982号と御坂美琴が卓袱台に座っていた。

 

(────気まず過ぎるッ)

 

 卓袱台に肘掛けながら、全力で視線を漂わせている美琴は内心は大いに混乱していた。

 今生の別れと思っていたら、インデックスとブリュンヒルドと入れ替わりに部屋に入ってきて挨拶し、そのまま卓袱台の上に置かれた菓子を食べながらテレビを見だしたのだ。

 9982号、食いしん坊である。

 どう反応すれば分からず、かといって彼女の境遇から以前のように遠慮無く突っ込む事も出来ない。

 

「……無事だったのね」

 

 何とか絞り出したのは、安堵の言葉だった。

 なにせ実験の概要を知った際、真っ先に脳裏に浮かんだのが彼女との別れの言葉だったのだから。

 それを思い出し、どれだけ美琴が青ざめたことか。

 

「はい。とミサカは、何時まで経っても実験場に来ない一方通行に憤慨していた最中、禁書目録と自称するあの人にあれよあれよと病院に連れて行かれたと、経緯を説明します」

「病院?」

「はい。第七学区の、整っていた訳でもないのに言い知れない魅力でミサカを魅了した造形の医者の下で、調整を受けていたのだと、ミサカは報告します」

 

 妹達(シスターズ)が実験の為に無理な調整を受け、肉体に多大な悪影響があるので、それを治す必要があるのは、既に美琴もインデックスから説明を受けている。

 ゆえにこそ美琴は、全ての事情を承知で、加えて学園都市そのものとも言える統括理事会と敵対する様な医者が居るとは思えなかったのだが。

 

「あぁー」

 

 美琴の脳裏にとあるマスコットキャラに似た、カエルの様な顔の医者が浮かび上がる。

 幻想御手事件、そしてそれに続く乱雑解放事件にて大きく貢献したあの医者が、まさかクローンの調整さえやってのけるとは。

 そんな風に、実は学園都市の創設者の一人であり世界最高の医者に対して「やっぱりスゴかったんだなぁ」と、美琴は月並みな感心を抱いていた。

 

「それにしても……」

「?」

 

 実験を止める前段階として、一方通行をボコボコにすればエエやん、等とほざいて以来会っていない、インデックスとやら。

 一体彼は何者だろうか。

 

「アイツ、一体何者なのよ。私の意識を奪った能力といい……」

「別種の異能体系の頂点。彼はそう言っていたわ」

 

 そんな美琴の問いに答えたのは、部屋の入口が開く音と共に入ってきた白衣の少女だった。

 そして二人は、彼女を知っている。

 

「Surprise. また会ったわね」

「……アンタ」

「お久しぶりです、布束博士」

 

 驚愕に目を見開く美琴と対照的に、9982号は淡々と挨拶する。

 しかし、僅かながらの再会の喜びがあった。

 

 ──────美琴と布束の関係は『絶対能力進化』の実験場という学園都市の住民達の死角を潰すべく、マネーカードをバラまくことで何とか実験を滞らせようとしていた頃。

 カード目当てに絡んできた不良を、能力ではなく話術と演出で撃沈した時がきっかけであった。

 

 美琴が実験の事を本格的に調べだしたのは、彼女が原因とも言える。

 

「何でアンタが此処にいるのよ」

「それは、私を連れてきた少年に言って欲しいのだけど」

「アイツか……」

 

 こうなってくれば、いやそもそも初めから怪しいことこの上無い、明らかに日本人ではない容姿の銀髪の少年。

 いつの間にか同世代の友人のように話してしまう、人の心の隙間に入り込む雰囲気。

 友人を作りやすいというなら聞こえが良いが、悪く云えば詐欺師のソレだ。

 彼が実験を止めるのを手伝う、というより主導する理由が分からない。

 インデックスが妹達(シスターズ)をただ助けたいのだと思える美琴は、しかして平時には程遠い。

 それこそ、こんな実験に過去の己の善意を利用していた事実を目の当たりにしたばかりの彼女には。

 

「彼は布束博士の用意したプログラムが必要だった、とミサカは、困惑している貴女に説明をします」

「……プログラム?」

 

 そこに割り込んで補足したのは、おそらく事態を把握している妹達(シスターズ)の一人である9982号だった。

 恐らく、インデックスの目的も。

 

「Understood.行方不明だった妹達(シスターズ)は、彼が保護していたのね……」

「ちょっと、一人で納得しないで話しなさいゴフッ!?」

「敬語」

 

 状況が計れず、痺れを切らして立ち上がった美琴の鳩尾に布束の拳が叩き込まれる。

 かつて彼女達が会合した際の焼き回しだが、これは学習しない美琴が悪いだろう。

 

 閑話休題。

 

「私は実験を止める手段の一つとして、妹達(シスターズ)の人間性の成長を選択したわ」

「人間性の、成長?」

「具体的には、学園都市で抽出、データ化した生徒達の負の感情データよ。尤も、私の知らないセキュリティが出来ていて成功しなかったのだけど」

 

 布束は語る。

 妹達(シスターズ)の間には『ミサカネットワーク』という脳波ネットワークが存在し、これにより各『妹達(シスターズ)』の個体は情報や意識、記憶を共有していること。

 妹達(シスターズ)に真の感情を入力(インプット)することで研究者達や、万が一にも有り得ないことだが一方通行の心を動かせるのではないかと。

 そんな祈りを込めて入力を試みるが、謎のファイアーウォール(打ち止め)によってミサカネットワークに弾かれて失敗したこと。

 その直後、インデックスを名乗る少年に此処に招かれたこと。

 

「彼はソレを待っていました。と、ミサカは今までの実験を思い返し感慨に耽ります」

「……待っていた? でも、何で?」

「一石二鳥、と彼は言っていました。そして、彼が望む実験の結末の為に必要なのだと」

「アイツが望む、実験の結末……?」

 

 明らかに、手段を選んでいる言い方だった。

 無論、会って少ししか経っていない美琴にも、インデックスが善人でなくとも完全な悪党ではないことは何となく分かっていたが、些か不謹慎に映った。

 それこそ、一万人以上の命が今も懸かっているのだから。

 

 

「─────ヒーローは必要ない。

 と、ミサカは彼からの受け売りをドヤ顔で宣言します」

 

 

 だが、そんな美琴の憤りは9982号の言葉で打ち砕かれる。

 

「……え?」

「ミサカ達はミサカ達の手で、実験を終わらせる義務があります」

 

 それは、美琴がいつも誰かを助ける側の人間であるからだろうか。

 それを口にする9982号の言葉には、今までに無い力が込められている様だった。

 

「ミサカ達は、当事者なのだから」

 

 美琴は確かに実験の発端の一つだろう。

 幼い頃に騙された事が始まりで妹達(シスターズ)は生まれた。

 だが、実験の関係者であっても当事者とは程遠い。

 

 出来うる限り、妹達(シスターズ)の力で実験を止める。

 それが必要なのだと、インデックスが語ったのだと9982号は口にした。

 

『───────妹達(シスターズ)で一方通行を張り倒せばええねん』

 

 今すぐ実験を凍結させることは出来るけど、それで良いのかと。

 ヒーローやデウスエクスマキナなんぞがシャシャリ出てきて、悔しくないのかと。

 

「ミサカ達を人として扱ってくれるお姉様、そしてミサカ達に人の感情を学ばせてくれた布束博士。お二人のお蔭です。と、ミサカは頭を下げ深く感謝を述べます」

 

 実験動物として生まれた妹達(シスターズ)にはわからなかった。

 だけど、インデックスという掬い手(魔術的調整)と布束の後押し(プログラム)のお蔭で、少し理解できるかもしれないと思えたのだ。

 その人間らしい感謝に、布束が顔を歪める。

 それは、無力感だろうか。

 

「……でも、だけど─────私は失敗した。

 ネットワークへ感情データを拡散させることは出来なかった!」

「でも、ミサカ達の一人には入力されました」

 

 人間性の未熟なクローンに植え付けられた、小さな若芽。

 そしてソレを受け取ったのは、データを入力された19090号だけではない。

 

「拡散はしませんでしたが、ネットワークには確実に入力されました」

 

 ならば、そのデータを妹達(シスターズ)が望むならサルベージ出来るかもしれない。

 あり得るかもしれない未来で、とある歌のデータを打ち止め(ラストオーダー)の記憶からサルベージしたように。

 

 そして、妹達(シスターズ)を一つの大きな意思によって束ねる存在にとって、それはサルベージするまでもない。

 確実に、変化は起こる。

 

「そしてミサカ達の底力は、決して第一位に劣っていないと、ミサカはお二人に証明してみせます」

 

 未来に於いて、学園都市最強の能力を支える代理演算を本来の半数で担える底力(演算能力)

 そして、学園統括理事長の『計画(プラン)』に必要不可欠な要素は、決して伊達ではないのだから。

 彼女は立ち上がり、部屋のカーテンを暴き外の光景を見せる。

 

「─────は?」

 

 美琴は呆然とその光景を見て、布束は先程まで見ていたからこそ目を閉じる。

 そこで繰り返されていた、幾億もの破壊と再生を。

 そこは学園都市の景色が広がっていたが、しかし美琴の知るものではない。

 

「現在時刻閉鎖時系列にて第9982次───最終実験の開始まで、あと二分」

 

 彼女の目に広がっていたのは、馴染み深い街に酷似した、人の居ない灰色に冷め切った街だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

『───────そして世界は裏返る』

 

 世界から色彩が消えた。

 

「……?」

 

 予定された実験場。

 何気無い、人気の無い路地裏の一画に踏み込んでいた筈の一方通行は、大通りの交差点に居た。

 それどころか、一瞬にて昼夜さえも逆転していた。

 

「………………………………」

 

 空間転移、認識阻害、幻覚、視覚操作。

 様々な能力が脳裏に過るが────しかし最後に残ったのは、薬でもキメてるかのように舐め腐った顔でダブルピースする銀髪の魔神だった。

 少なくとも、一方通行の認識内で出鱈目な者と云えば彼になっていた。

 

 周囲を見渡す。

 それだけでなく、ベクトル操作の根本である解析能力を行使する。

 風を媒介に周囲のベクトルを確認した一方通行は、一つの事実を認識した。

 人気の無い、どころではなかった。

 学生と教員、研究者含め二百三十万人以上が存在する学園都市だが、しかしこの世界には人っこ一人居なかった。

 

(────ふざけてやがる)

 

 彼が認識したのは、魔神の埒外さ。

 おそらく自身の成長を促すための御膳立てなのだろう。

 インデックスを名乗る少年は、頻りに一方通行に魔術という別サイドの世界を教えていた。

 そして魔術と能力は、元来同一種の異能とも。

 

 そして今回現れたブリュンヒルドは、忙しいインデックスの代わりと言った。

 だがその忙しい、がこれを準備するのだとしたら期待に笑みも溢れるというもの。

 

 だが、待っていたのはインデックスではなかった。

 或いは、一万回近く繰り返してきた既視感。

 しかし、記憶にあるそれとは確実に何かが異なっていた。

 

「─────ようこそ一方通行(アクセラレータ)/return。お待たせしたね、()の宿敵/return」

 

 待っていたのは病衣姿の、腰まである長い茶髪の少女だった。

 その顔立ちは、一方通行が一万回近く見たことのある御坂美琴のクローンの物。

 決定的な違いは、クローン達にはない自然な表情だろうか。

 

「…………オマエ、クローン───いや。オリジナルか?」

「はっは/return。髪型が違うから、或いは制服を着ていないから分からないかな?/escape、この身体はミサカ19090号のモノさ。間違いなくね/return」

 

 痛みを与えなければ無表情の、人間性が欠けた人形。

 そんな一方通行の認識(思い込み)が、ブレる。

 頭の奥の何かが軋みを上げた気が───気のせいであると切って捨てる。

 

「この期に及ンで、今更人形が何の用だ」

「まだ実験は終わっていない/return。そして、終わらせるなら私と君が相応しいわよね?/escape」

 

 既に実験は、魔神の介入で研究者達の手から離れた。

 と云うよりも、インデックスは元より研究者達を眼中に入れていない。

 

「ケジメを付けるのよ/return。君が人形だと思い込んで殺させられ、そして殺し続けた私達との実験/return。学園都市の思惑在れど─────当事者は、始めたのは私と君なんだから/return」

「……………………」

「ソレが筋を通すことだと、あの化け物は言っていたわ/return」

 

 それが、妹達(シスターズ)を憐れな犠牲者に貶めない唯一の方法なのだと。

 これから先、未来に進むための必要なプロセス。

 そしてそれは、妹達(シスターズ)だけではない。

 

「──────何言ってンだ、オマエ」

 

 妹達(シスターズ)は、人形。

 ソレが、一方通行の認識である。

 人を殺している訳ではない。

 ゲームと同じだ。

 ゲームのモンスターや敵キャラを殺してレベルを上げるのと同じ。

 ────そう、言っていたではないか。

 

 その理論が崩れればどうなるか。

 

「ふざけンじゃねェよ」

 

 先程の高揚は消え失せていた。

 興奮冷めやらぬ時に、冷や水でもかけられた気分だった。

 何の茶番だ。ふざけるな、と根拠不明の憤りが一方通行の中に立ち上る。

 ────何故? 

 妹達(シスターズ)と一方通行が出会えば、実験が始まる。

 

「お前が俺の前に立つって意味、解ってンのか?」

 

 それは当たり前で、日常ですらあり、慣れきってしまった事でもあった。

 明らかにインデックスの仕業と言える街の惨状も、そんな中現れた妹達(シスターズ)が今までのクローンと明らかに違う事も、彼の頭には無かった。

 どうして、こんなに苛立ちを隠せないのかも、分からない。

 

「ケジメ? 筋? これからの未来?? クローンで人形のお前らに、そんなモンある訳ねェだろうがッッッ!!!!!」

 

 言葉では、彼は応じない。認められない。

 今まで殺してきた物が肉で出来た人形ではなく、人間などと認めることなど出来はしない。

 そうなれば、今まで何のために力を求めていたのか─────

 

 彼の心を現すように、一方通行を中心に亀裂が走る。

 今まで一万に迫るクローンを破壊し、蹂躙し、圧倒してきた学園都市の悪意でできた怪物は止まらない。

 人間らしくなった? 

 人形に思えなくなった? 

 ソレがどうした。そんなことでは最早、最強の能力者は止まらない。

 感情とストレスが極限まで膨れ上がり弾けた瞬間に、彼の背中の空間が渦を巻き。吹き飛んだ。

 

「────ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」

 

 噴射の如き黒い翼となって、灰色の世界を染め上げる。

 神にも等しい力の片鱗が具現化した殺意となって、少女唯一人に牙を剥く為に。

 

「自己紹介がまだだったわね/return」

 

 そんな一方通行を見て尚笑みを崩さず、妹達(シスターズ)の一体は手を空に掲げる。

 同時に、空に雷雲と共にプラチナ色の稲妻が走り────

 

「私は、君が殺した9981人を含めた二万人によって構成されるミサカネットワークを満たすもの/return」

 

 言葉と共に、まるで意思を持つ様にその身体へと入り込んだ。

 

 ミサカネットワーク、その全体としての大きな意思。

 司令塔である打ち止めをさらに凌駕する、システム上ありえない存在。

 学園都市上層部が『ドラゴン』と呼ぶ純粋科学世界の天使とも異なり、しかし学園都市が生み出した何か。

 そもそも人と呼ぶ事さえ悩んでしまうような、第三の存在とでも言うべきモノ。

 ミサカネットワークに接続された約2万人の妹達(シスターズ)の意識・自我を統括する意識体。

 即ち、総体。

 ソレが、魔神によってその力を最大限発揮、保持できる個体を器に現出した。

 瞬間、雷が轟き視界を潰し、その姿が露となる。

 

 

「──────”全ての男女は星である(Every man and every woman is a star)”」

 

 

 御坂美琴そっくりの少女の姿が、明らかに人とは違うソレに変貌していた。

 その長い髪と四肢は、星の様な光彩をちりばめる夜空に染まり。

 瞳は碧に。その背中にはそれぞれ蜷局を巻くような、一対のプラチナの翼と天使の如き光輪が頭上に現れる。

 

「”我が数は11(My number is 11, )これは我らが属である者達の数の全てと同じ(as all their numbers who are of us)”」

 

 汝ら今こそ識るべし。

 無限空間の選ばれし司祭にして使徒たるは、〈獣〉なる君主=司祭なり。

 しかして〈緋色の女〉と称さるるかの者の女に、諸々の力授けられたり。

 彼等は我が子どもたちを寄せ集めて一団とするだろう。

 彼等は人々の心に星々の栄光を齎すだろう。

 

 ソレは無限の星々を象徴し、同時に形而上学では連続する至福である。

 無限の空間、無限の星々を司る日没の娘が、新たな天地に現出した。

 

十字教単一支配下の法則(そんな所)でぐずぐずしてると、絶対能力(さき)に行っちゃうぜ?/escape」

 

 

 

 

 




とある科学の超電磁砲レールガンT.
絶賛放送中!!

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