ぼくの名前はインなんとか   作:たけのこの里派

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注意:独自解釈多めです。


第五話 実験終了のお知らせ

 対峙する、立ち上る黒とプラチナの翼。

 その感情を現すように、荒れ狂い、自身を喰い合う黒翼。

 ソレに対し、遺伝子配列を思わせながら機械的に廻り続ける、透き通るような青ざめたプラチナの翼。

 違いは、その頭上に天輪が紡がれているか否か。

 それを、インデックスと彼に侍るブリュンヒルドは『窓の無いビル』の屋上から見下ろしていた。

 

「法の書には、幾柱の神が描かれている」

 

 インデックスが語るのは、アレイスター・クロウリーが著した、セレマ神秘主義の根本聖典。

 十字教からの脱却と、その時代の終わりをもたらすとされたその魔導書だが、能力者にとって重要なのはそのタイトル。

 法の書のタイトルは────『エノク言語による()()()()使()()()()』。

 そしてそれが『思春期の心性と薬物作用を網羅した超常誘発方式』と云う形に言い換えられるのだとしたら。

 超能力者に翼と天輪が現れている様を魔術師と研究者達は、果たしてどう見るか。

 ……碌でもない研究者(木原)なら嗤いながらデータを収集するだろうと、インデックスは呆れ顔で切って捨てる。

 

「ホントは『真なる意思』やら『聖守護天使』やら、色々細かいモノがあるけど……今回参考にしたのはその幾柱の内の一つ」

 

 退魔師にして魔術師である、世界の中心点(基準点)───"火の蛇"ハディト。

 そしてその配偶者であり、無限の空間、無限の星々を司る北の女神─────ヌイト。

 

「”というのも、私は愛が為に分かたれているのだ。For I am divided for love's sake,一つになる機会を待ち受けて。for the chance of union.”」

 

 この学園都市が、アレイスターにとっての第二のセレマ僧院というのならば。

 それが意味することは何か。

 

「当麻にミコっちゃん、そして妹達────いやまぁ、寧ろ忠実とさえ言えるんだけども」

 

 そして、二柱の神には子が存在する。

 十字教からの解放を意味するホルスの名を冠し、二つの側面と名を与えられた神が。

 

「”汝自身に水を注げ。さすれば汝は『宇宙の源泉』とならん。汝あらゆる星に汝自身を見付けん。汝全ての可能性を収容せよ。”」

 

 ヌイトとハディートが結合して生まれる、飛翔する鳥、黄金の鷹、聖なる孔雀を象徴とする────戦争と復讐の神、ラー・ホール・クイト。

 過去へ進む神。顕現した宇宙。

 物質的宇宙の形をとった「ハディト」の反射。

 アレイスターの作り出したトート・タロットにおける『太陽(タロット)』。

 即ち、ホルス。

 

「そんなホルスは、双子だったという」

 

 二重者であるホルスの一側面にして双子の弟。

 名はホール・パアル・クラアト。

 かの神は()()()()()()()()()、子供達と母親達の守り神とされる()()()()使()だという。

 

「狙ってるよなぁ」

 

 未だあり得る未来を知るインデックスは、利用され、罪を犯し、それから必死に眼を反らしながらも目の前に突き付けられた罪そのものに、苦悩する白い少年を優しく見守る。

 それは奇しくも、彼が捨てた役割である聖職者(神父)のそれによく似ていた。

 

「さて、オマエさんはどう進む? 一方通行(アクセラレータ)。個人的には善方面をオススメするが」

 

 

 

 

 

 

 

第五話 実験終了のお知らせ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────phgfj殺kx」

 

 荒れ狂う黒翼が、極めて暴力的に薙ぎ払われる。

 学園都市を模した、或いは学園都市そのもののビル群を次々と切断し、轟音と共に吹き飛ばしていく。

 学園都市の景観さえ変えようとする破壊は、しかし。

 

「流石にそれじゃ駄目でしょ」

 

 インデックスはそれを眺めながら、穏やかに断じる。

 

出力端子(ヌイト)』と名付けられた個体は、微笑みながらその夜空に染まった四肢と天輪を戴く長髪を靡かせる。

 振るわれた黒翼を、優雅に回避して空を舞う。

 時にそのプラチナの翼で、時に物質化したAIM拡散力場で黒翼を弾いて流していく様は、達人が振りかぶられる鈍器を捌くソレに似ていた。

 

「しっかし質ではコッチが上なのに、聞いてたより強いじゃん/return。演算能力では負けてるのは事実だけど、ホルスやらオシリスやらの時代はどうしたのよ/return」

「──────ォオオオオオオオオオオオああああああッッ!!!」

 

 荒れ狂う黒翼は、しかしヌイトを捉えられない苛立ちからか変化する。

 二対の翼は枝分かれし、打ち出されるように弾幕として射出された。

 

「!」

 

 そんな漆黒の濁流に、プラチナの翼を突き付ける。

 すると黒翼の弾幕は、遮られる様に悉くその向きを逸らされた。

 その流れ弾で地形が更に変わるが、此処は新天地。

 普段暴れている魔神連中の方が余程壊しているし、現実時間には何の問題もないのだ。

 

「───お返し/return」

 

 そのまま、黒翼が突き破られた。

 そう一方通行が認識したと同時に、彼の顔面に夜空に染まった脚が叩き込まれる。

 黒い暴風とも表現できる黒翼を弾幕のように展開したのは悪手だった。

 

「いくら頭に血が上っているとは云え、自分で視界を塞ぐのは迂闊すぎでしょ」

 

 黒翼で崩れたビルに叩き込まれた一方通行を、しかし油断無くヌイトが見据える。

『反射』によって蹂躙しか知らない一方通行は、此処にはもう居ない。

 

 爆音と共に、瓦礫が不可視の力でヌイト目掛けて吹き飛んだ。

 莫大なベクトルが込められている瓦礫の弾幕は、かすっただけで人間を染みに変える死の暴威。

 だが、脅威としては先程の翼には格段に落ちる。

 なら、そこから考えられるのは、

 

「目眩ましか」

「素直かよ」

 

 ソレだけの速度とベクトルが込められているとはいえ、所詮瓦礫。

 それに対し、彼女は極大の雷で消し飛ばす。

 オリジナルの御坂美琴すら比較にならないそれは、瓦礫ごと飛来元である一方通行が居た場所を、先程の自分の言葉がブーメランになることを承知で呑み込む。

 もうすでに、ソコには一方通行が居ないことを理解したからだ。

 

「何処から来る?/escape」

 

 それと同時に、ヌイトが大きく飛翔し周囲を見渡す。

 現在美琴のソレを大きく上回る電磁レーダーを発する彼女に死角など無い。

 

 瞬間、黒い翼が雷柱を突き破りヌイトに迫る。

 まるで先程の焼き増しだ。

 それを、再び翼で受け止めた。

 出力精度共に、ヌイトの翼は一方通行のソレを上回る。

 単純な力押しでは勝負にならないことは、先程の衝突で分かっているだろうに。

 

「なら───/return」

 

 噴出する黒翼が、ヌイトのプラチナの翼に堪えられず渦を巻きつつ四散しようとする。

 そのまま翼が貫かれる、一瞬の時。

 すれ違う様に眼球を赤く充血させ、明らかに正気を失った顔付きで───一方通行が飛び込んできた。

 

「がアぁああああああああッッ!!!」

 

 そのまま、星の公転さえ利用したベクトルが、拳を伴い振るわれる。

 

 ─────スカッ、と。

 そんな拍子抜けするような音と共に、綺麗に拳が空を切る。

 衝撃波が空気を弾けさせるも、振り抜いた拳を掴まれる。

 

「一体、アンタに何回殺されたと思ってんの?/escape」

「ご──────ッッ!!!?」

「パラメータで上回ったんなら、アンタの拳なんて喰らう訳無いでしょ/return」

 

 幾分か、インデックスとの交流で打たれ強くなったといっても。

 触れるだけで死をもたらす最強を相手に、一万回近く戦い続けた経験を蓄積するヌイトにとって。

 そんな素人の域を脱していない拳が、当たる訳もなかった。

 そんな隙だらけになった一方通行を、プラチナの翼が星を割るかの如き勢いで叩き落とした。

 

「さて、そろそろ頭に上った血は引けたかな?」

 

 一方通行が落ちた場所は、クレーターとなり爆心地の様相を呈していた。

 そんな瓦礫の山と成り果てつつある新天地の学園都市は、しかし窓の無いビルだけは健在であった。

 その屋上で戦場を俯瞰するインデックスは、一方通行の命が健在であることを確認する。

 初めから彼を殺すつもりはないのだ。

 この実験に区切りを付け、死者を出さないよう取り計らうのがインデックスの役割でもある。

 

 だが最早、満身創痍だろう。

 

 とはいえ、相手は学園都市最強の超能力者。

 今の一撃で正気に戻れば、ベクトルの解析を試みる筈だ。

 無論、魔術知識が無い一方通行に、ヌイトのベクトルを解析することは不可能に近いだろう。

 別の位相由来のベクトルを相手にするのは、やはりまだ早い。

 

「……正気に戻れば、ね」

 

 それは、酷な話かもしれない。

 今更正気など、果たして一方通行に堪えられるのだろうか。

 インデックスは、今まで殺された万に迫る死者の数に苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 瓦礫の中に叩き込まれた一方通行は、揺れる視界を映す瞳を両手で塞ぎながら、鬱ぎ切っていた。

 

「がぁ………………ッッ!!」

 

 脳味噌がシェイクされた様な嘔吐感と激痛、辛苦は、先日散々インデックスに殴られた時のソレが比較にならないほどのダメージを彼に与えていた。

 先程まで激情のままに振るっていた莫大なベクトルが欠片も残さず霧散し、自身のベクトルさえ掌握することも儘ならない。

 

「ごォッ────」

 

 腹の中に有るもの全て吐き出しても、学園都市最高の能力者の頭脳は演算式一つさえ組み上げられずにいた。

 無理もない。

 今の彼は正気を、半年前のマトモな精神状態を取り戻していた。即ち、

 

 ────何の罪も無い()()を、一万人近くを殺した。

 

 そんな事実を、額面通りに叩き付けられた事を意味していた。

 如何に能力開発によって常人とは別の現実を持とうが、耐えられる訳がないのだから。

 罪悪感? 自責? 慚愧? 

 最初に妹達を殺した時の、クソッタレの研究者の言葉が脳に反響し続ける。

 同時に、9981回血溜まりに沈む妹達の死体を想起したのか。

 否、そんな回数五体満足で済ました事などない筈だ。

 最早逃避と云う名の暴走は出来ない。

 

 思考さえ侭らなぬ一方通行の声無き絶叫は、彼を埋める瓦礫を吹き飛ばしたプラチナの翼によって差し止められた。

 

「何してんの/return」

「……ッ!」

 

 最早電光さえ何処にもなく。

 変異した際に消し飛んだ服の代わりに、翼だったプラチナのソレを纏うヌイトは一方通行を見下ろしていた。

 

「お、マエ」

「実験はまだ終わっちゃいないぜ?/escape」

「─────────」

『まだ実験は終わっていない』

 

 研究者の声が、脳裏にへばり付いて離れない。

 

『速やかに其処のクローンを処分したまえ』

 

 ───何を被害者ぶってやがる。

 そんな、罵倒する自分が居る。

 クローンを人間ではなく人形だと、そんな逃避に身をやつし。

 研究者のクソッタレ共の口車に嵌められ、一万のクローンを虐殺した。

 何のために力を求めた? 

 何を得るために無敵を欲した? 

 

「笑えるよね、一方通行/return。結局は私もアンタも同じだ/return」

 

 それぞれ別の怪物に目を付けられ、好きなように弄くり回され、茶番劇を演じさせられている。

 

「この実験もそうさ/return。初めから失敗することが決まっている。いいや、実験の提唱者は本気だろうが、学園都市の王がこの実験に眼を付けた時点で、この実験は茶番へと落ちた/return」

 

 彼を成長させるために。

 あの少年の右手の、その更に奥の、神浄の討魔を。

 ()()()()()()()()、成長させるために。

 だが、─────()()()()()()

 

「ま、選択肢だけは委ねられただけ、最悪より幾分かマシかな/return」

 

 あの怪物は、()()インデックスは選択肢さえ与えられなかったのだから。

 

「立って戦え、一方通行(アクセラレータ)/return」

「……!」

「この馬鹿踊りも、今日で終いだよ/return」

 

 立ち上がる。

 殊勝ささえその表情に帯びながら、一方通行は瓦礫の山で立ち上がった。

 周囲を見渡す。

 五年か。十年は経っていないだろう。

 未だ本来の名前を名乗っていた頃に戦車の隊列すら持ち出された、幼き自分が立っていた風景に似ていた。

 違いは、相対する者が居るか否か。

 

 再び、目の前の相手を見上げる。

 そこには、夜空の煌めきに包まれた天使の如き様相は存在せず。

 

「─────ミサカたちは感情を学び、今までの在り方が、人として間違っていたことを理解しました。ですが、どれだけ道徳や倫理を語ろうとも、ミサカ達が実験動物として生まれてきたことは変えられません」

 

 総体でなく、ヌイトやらでもない。

 物質化したAIMのドレスを纏った、ただの19090号がそこにいた。

 

「ですので、一方通行。『貴方に殺され続ける事』を役割として生まれたミサカが、貴方を倒すことで『実験動物』を卒業し─────『人間』になります」

 

 決意と、否定されまいと必死に胸を張る人間が、そこにいた。

 

「……アイツに感謝しねェとな」

 

 背中が再び弾け飛ぶ。

 その翼は、どす黒い噴射だったモノは、ホンの少し変わっていた。

 

「半端だねぇ/return。まぁ、精一杯ってやつかな/return」

 

 灰色の翼。神にも等しい力の片鱗を振るう者。

 精神の、ホンの僅かな変革。

 

 果たして一方通行の胸に飛来した感情は、何だったのだろうか。

 

 護るべき者のために挑むソレには程遠く。

 しかし、闇の底から這い上がる為の一歩目。

 古い自分を裁き、新たな自己を取得する。 

 奇しくもそれは、魔術結社への参入に於ける目標に似通っていた。

 

 ソレに対し、19090号が夜空を纏う。

 ヌイトと化した彼女が右手を翳し、彼女の影を拡大するように円状の『扉』が開かれる。

 曰く無限の星々、ホルスの時代の申し子。

 高次の魂が低次の肉体に宿り、支配する。

 一万もの死の相念(AIM拡散力場)()として、その解を以て真なる意思(聖守護天使)に目覚めんとする者。

 

「”汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん。全ての男女は星である。愛は法だ、それが意思の力で支配される限り。”」

 

 曰く、セレマの全て。

 法の書におけるその序文をインデックスが口にしたと同時に、両者が動いた。

 一方通行はその翼をはためかせ、飛翔する。

 ヌイトは、開いた『門』から現れた黒いエネルギー球を掲げる。

 

 激突は即座に。

 決着は、意外なほどアッサリ着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────『絶対能力進化(レベル6シフト)計画』は、ここに終演を告げた。

 

 新たな天地で行われた戦いこそ研究者達に知られることは無かったが、アレは当事者達のケジメのようなモノ。

 実験の凍結、破棄は一方通行が実験を放棄することによって決定した。

 そもそもこの実験は、一方通行の協力が前提となるものだ。

 そんな彼が実験を拒否すれば、破綻するのも当然の物。

 

 理由はここ数日の実験への妨害工作だ。

 ただ妨害があるだけなら兎も角、一方通行が倒され、挙げ句本人が実験以上の成長と遣り甲斐を感じてしまったのだ。

 勿論、一方通行にとってそれは建前でしかないが、研究者達にとってそれが真実。

 以前から一方通行の実験への不信は存在したことも、それを後押しした。

 

 そうなれば自分達の実験の正統性を示すため、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』での演算を求める。

 学園都市最高のスーパーコンピュータの裏付けがあれば、一方通行でも納得するだろうと。

 実際、それが計画の要でもあった。

 

 だが、既にそんなものは存在しない。

 幾ら演算申請を出そうと、どっかの誰かさんのせいで『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』はブッ壊れた。

 実験頓挫に伴い、莫大な負債が生じるだろうが、世間にバレて逮捕されるのとどちらが幸せだろうか。

 少なくとも、二万人のクローンの殺害に心から同意した研究者の末路など、インデックスは考慮しない。

 どちらにせよ膨大な借金に血迷った挙句、学園都市外部の組織と破壊工作の取引をした科学者(天井亜雄)など、警備員(アンチスキル)に通報して終わりだった。

 

 ─────一方通行は第七学区の病院に入院している。

 非人道的な実験を行わされていた、という名目で心身ともに快復を求められたからだ。

 具体的にはインデックスに。

 

 少なくとも、二万人のクローンを殺してきた精神的負担は計り知れないのだから、そう間違いはない。

 そのひねくれを少しは治してこい、と缶珈琲を段ボール箱で持ってきたインデックスに、顔こそ向けなかったが手を振って返した一方通行。

 彼は既に、変わっているのかもしれない。

 

 兎にも角にも、幻想殺しの無能力者など存在せずとも、悲劇の幕は引かれたのだ。

 

「────で、結局アンタは何がしたかったのよ」

 

 御坂美琴は、超越者同士と形容すべき戦いを見た後に、インデックスの部屋を訪れていた。

 インデックスと美琴は、学生寮の一室で座布団を枕代わりに寝転びながら、コミック本を読み───つまりはダラダラしていた。

 

「そりゃ実験の終幕だよ。色々やったのはアフターケア」

「アフターケア?」

 

 あの戦いのどこら辺にアフターケア要素があったのだろうか。

 そんな美琴にインデックスは、杖を振るように指を動かす。

 途端にキッチンから2つのアイスコーヒーが入ったコップが浮かんできた。

 

「妹達って国際法ガン無視してるからしてヤバいけど、ソレ以上にヤバイのがミサカネットワーク。アレはアレイスター───統括理事長のお気に入りだから」

「……!」

 

 本来の『計画(プラン)』に於ける、上条当麻、一方通行に重要度で並び、そして聖守護天使エイワスを現出させる鍵。

 単純な演算能力だけでも、あり得るかも知れない未来で一方通行が計算能力を失った際に、その補助としての役目を果たせる程。

 その本質たる『虚数学区・五行機関(新たな位相)』の制御など、木原一族を筆頭に理解できる者からすればその価値は計り知れない。

 

「もし妹達が危機に陥れば、今の一方通行なら迷わず動いてくれる。それに、ヌイトという自衛手段も手に入れた」

 

 学園都市第一位と、それを上回る自衛手段。

 ヌイトという存在を成立させるには、ミサカネットワークの総体に『死の恐怖』を教える必要があった。

 その為の布束砥信の感情プログラムである。

 

 そうでなければ妹達は生への渇望を覚えることも無く、あの戦いが行われることも無かった。

 無論ネットワーク全体へ波及すればよかったのだが、妹達の上位個体たる最終信号『打ち止め(ラストオーダー)』がそれを防いでしまう。

 だが総体という全体を妹達の『高次の自己』であり一つの巨大な魂とするならば、末端たる妹達の一人にプログラムが入力されれば、それは『高次の自己』たる総体への十分な影響だ。

 後は彼女を降ろせる肉の器として、プログラムが入力された19090号を調整すれば、自身の生存が関わる今回の茶番にも、その後の自己防衛への意欲もでるだろう。

 

 そうして誕生したのが、(総体)天使化を始めた器(19090号)───『高次の自己』と『低次の自己』との統一であり。

 ヌイトという名の、絶対能力者(レベル6)である。  

 

 尤も、絶対能力者と称したがこれは正確ではない。

 寧ろ真逆と表現すべきだろう。

『低次の自己』が『高次の自己』を支配するのが『SYSTEM( 神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの)』だとするのであれば、本当に真逆である。

 それを目的とした第二のテレマ僧院たる学園都市。

 それが造り出した妹達が、それとは真逆のカバラの目標を成す(真なる自己の目覚め)というのは、只管皮肉でしかない。

 だが妹達を狙う存在への対抗策としては、中々だろう。

 肉の器を持つという意味ならば、エイワスへの対抗策にもなるやもしれない。

 

 閑話休題。

 

「それに……今回で分かったでしょ、この学園都市の闇のヘドロっぷり」

「……それは」

 

 ズズズ、と珈琲を啜るインデックスに、美琴は俯く。

 甘く見ていたのかも知れない。

 否、確実に甘く見ていた。

 

 幻想御手(レベルアッパー)事件から始まった、乱雑解放(ポルターガイスト)事件を解決し、苛まれていた人達を助け、悲劇を覆したのだという自負があったのだろう。

 そして、それは間違いであった。

 そう、美琴は自戒する。

 

 クローンとはいえ二万人の死体を築き、実験成功と称賛と拍手を行う様な、おぞましい輩が相当数存在するのだ。

 そして、これは決して学園都市の闇の底ではないのだと。

 

「一応自分も絶望を乗り越えて来たから、わかんだけども───いや、アレは自棄っぱちだったわ」

「ダメじゃない」

 

 かつて自棄になり、不完全とはいえ魔術世界最強存在(オティヌス)を相手に、ボロクソにぶちまけたのをインデックスは染々と思い出す。

 よくあの時、地面のシミにならなかったなぁ、と。

 

「まぁ兎も角、最近まで結構苦労した身としてはそんな目と鼻の先でクソ現場があったら、首を突っ込んじゃう訳よ」

「ま、まぁ分からなくも無いわね……」

 

 寧ろ、美琴は全力で首を突っ込むタイプである。

 そしてそれを相棒である白井黒子に風紀委員として注意されるのがいつものパターンである。

 インデックスの所感を、否定出来る訳がない。

 

「ミコっちゃんだって今結構余裕そうにしてるけど、目の前で妹達の誰かがミンチにされてるの目の辺りにしたら、全然スタンス違ってたと思うぜ?」

「……それは」

 

 確かに美琴は計画の全てを知ったが、所詮は資料越し。

 実際に妹達を殺される現場を目撃していれば、間違いなくもっと取り乱していただろう。

 少なくとも、学園都市上層部や研究者、一方通行への怒りは今の比ではないのは明らかだ。

 そして美琴は理解する。

 それはきっと、目の前の少年のお蔭なのだと。

 

(ホントに、配慮してくれてるんだ─────)

「取り敢えず、ミコっちゃんは一先ず自分の事をやりんしゃいて」

「何よ、自分の事って」

「学生やれよ」

 

 ヒーローやるより女子中学生やれ。

 インデックスの表情は、幾分か真剣だった。

 

 この少年について理解出来ないことは、まだまだある。

 当然だ。

 美琴はこの少年の事を、本当に何も知らないのだから。

 

「学園都市の闇とか、女子中学生やるのに比べれば些事だろ。親御さんに聞いてみろよ、『学生やるのと学園都市の闇を暴くの、どっちが大事?』ってよ」

「それは────」

 

 それを言うのは卑怯だろうと、そう思うこと自体に既に両親への後ろめたさが美琴にはあった。

 様々な事件に首を突っ込み、解決してきた。

 それは第三位としての力があったからだし、後悔もない。

 だがもし、一方通行と本気で戦った場合、美琴は五体満足で居られただろうか。

 もし、万が一。

 死んでしまう可能性だってあったのではないか。

 そんな可能性が脳裏に過り、思わず震えてしまうが────しかし。

 

「でも、それでも。───気に入らないのよ」

「ふむ」

「私だって、出来ることはある。学園都市第三位の超能力者(レベル5)って力なら、誰かを助ける事だって出来るんじゃないかって。それこそアンタと同じよ」

 

 それは、学園都市に於いて頂点に近い自身の力がまるで通用しないであろう戦いを見たからこその、焦燥だろうか。

 あるいは、悲劇を知らずに見過ごしていた事への、力を持つが故の責任感か。

 少なくとも、きっと美琴は今後も誰かを助ける為に力を振るうだろう。

 それこそ、インデックスと同じである。

 極論、困っている人を放っておけない───────そんな善性。

 

「男子高校生に照れ隠しで10億ボルトブチ撒ける奴に一緒にされてもなぁ」

「張り倒すわよコラァ!」

「ばりあー」

「ちょ、何よそれ!?」

 

 美琴が投げた座布団を、AとTめいたフィールドが防ぐ。

 弾かれた座布団が、しかし浮遊し定位置に戻る様は、超能力者の街でありながらファンタジーに満ちていた。

 

「……ただの学生ではいられない、と」

「というか、学園都市第三位の時点で、ただの学生な訳ないでしょ」

「言ったな」

「!」

 

 悪戯小僧のように嗤いながら、美琴に顔をインデックスは近付ける。

 同世代に見える異性に、下手をすれば唇が触れる程近付かれて頬を染めるが、しかし持ち前の負けん気で同じように笑い返す。

 

「くくく」

 

 それに満足したのか顔を離し、携帯を取り出す。

 表示されるのは、何かの同意画面。

 

 インデックスは今や、完全な魔神である。

 無論、次元違いの頂点であるが故に慢心すれば格下から打倒される可能性こそあれど、紛れもない魔術世界の最強存在である。

 が、その力を振るうには障害が強すぎる。

 

 例えば、そもそもこのインデックスは本体ではない。

 完成された魔神とは『無限』という概念そのものである。

 世界の許容量を軽く超越し、ただ存在するだけで世界が砕け散ってしまう。

 その為魔神達は隠世と呼ばれる神域────今ある世界に影響を及ぼさない特殊な位相に身を置き、世界の様子を窺っていたのだ。

 その結果、魔神全体の脳筋化が著しく進んでしまったのだが。

 なので今世界の表面に存在するインデックスは、所謂端末と表現される本体の『影』である。

 その為インデックスは真なる敵対者と戦う際に、敵を己の領域に誘き寄せる必要があるのだ。

 あるいは──────────()()()()()()()()()()()()()()()()()()へ、足を踏み入れるか。

 

 例えば、深淵に潜む大悪魔にして自然分解の天使コロンゾン。

 仮にインデックスが正面から戦いを挑み、魔神としての力を存分に振るっても尚敗色が存在する怪物である。

 勝つには、策を用意するのは必定である。

 故に、インデックスは己の力を隠さねばならない。自分を脅かす存在を認識させてはいけない。

 

 例えば、魔術の行使が真っ先にこの禁止事項に該当するだろう。

 

 イギリス清教『必要悪の協会(ネセサリウス)』を有するコロンゾンを油断の中で、確実に殺す為に。

 であれば、この学園都市外部に於いてインデックスは一切の魔術を使ってはいけないのだ。魔力で個人を特定することのできる『必要悪の協会(ネセサリウス)』に、インデックスが首輪を噛み千切っていることを悟らせてはならない。

 使えるのは、他人の魔力で構築された術式を間借りするのが限度だろう。

 とても魔神としての全力には程遠い。

 

 例えば、秘密結社薔薇十字(ローゼンクロイツ)

 アレイスターの『計画(プラン)』の要にして、純粋物理世界の聖守護天使エイワス。

 そんな高次存在を従える、薔薇十字(ローゼンクロイツ)の令嬢アンナ・シュプレンゲル。

 

 片や魔神を『セフィロトを登るしか脳がない猿』と評する、理論値であらゆる魔神に対抗できるとアレイスターに目された高次知性体。

 片や、そんなエイワスを従える薔薇十字(ローゼンクロイツ)の達人にして、魔神からも脱線した別格。

 

 いずれ敵対するであろうそんな怪物達に、一人で戦いを挑むのは無謀も良い所。

 ではどうすればいいか? 

 

「なぁミコっちゃん。そろそろ一般人以外のポストでも、手に入れてみない?」

「えっ?」

 

 悪戯小僧のような顔で、少年は少女を勧誘する。

 

 もし、学園都市全体がキチンと自浄作用を発揮し、その全ての力を外敵への備えに運用できれば? 

 インデックスは美琴に、サイバトロン軍総司令官が使用した言葉を選んだ。

 

「────────【私にいい考えがある】

 

 まずは足元から整えていこう、と承認された携帯を閉じる。

 幸い権力者(変態クソ野郎)の弱みを、インデックスは握っているのだから。

 

 




 勝った! 第三巻完ッ!! 
 という訳で、後の伏線を用意しつつ長かった妹達編の終了です。
 何でこんなに長くなったん? と言われればアニメ三期がゲフンゲフン、仕事が大変だったとしか言えません。申し訳ありませんでした。
 以前の物をリメイクした理由は、原作考察で妹達関連で面白いものに触発されたのと、単純に設定から逸脱しすぎたというのが理由です。原作はリスペクトしてこそ二次創作。それを思い出せたのが本当に良かったです。

 という訳で駆け足にも感じた絶対能力進化実験編、リメイク前では戦闘シーンばかり書いてましたが、今回は色んな人にフォーカスしてみました。

■インデックス
 今回の裏方。
 魔術が使えないというハンデが発覚。
 実は移動などはオティヌスの『骨の船』を多用し、後は探知されない異界である『新天地』以外では、魔神の端末のパラメータを使ったステゴロオンリーだったり(9982号へのルーンは、オティヌスが用意した原初のルーン)
 もし魔術行使描写あったら即時修正します。
 え? バリアはってる描写がある? なんでやろな(すっとぼけ)

■オティヌス
 今回は直接登場はせず、魔術を貸しただけ。
 実は集めていた『グレムリン』の後始末をしています。
 フレイヤ助けたり、悪党シバいたりと様々。
 一応トールやマリアン辺りは今後出番はあるかなぁ? といった具合です。

■ブリュンヒルド
 魔神二柱による超強化、魔改造が為されました。
 本編でも描写しましたが、複合聖人というオリジナル聖人に。
 本来相反する異なるフォーマットですが、魔神二人居ればイケるやろ、ということに。片方北欧の大神やし。
 自力ではアックアと同等で、加えてチート装備でがちがちに固めたので一方通行を圧倒出来た、という風に描写しました。
 彼女は今後も登場させるつもりです。

■御坂美琴
 実は彼女メインじゃねぇの? と言わんばかりの登場頻度でしたが、原作からしてヒロイン回なのでご了承ください。
 上条ヒロイン脱退、という禁忌を犯しましたが、友達以上恋人未満という悪友ポジに。
 実は「頼り甲斐のある(見た目)同世代の異性」という、上やんとは違う角度からのアプローチだったりします。
 彼女には原作では周回遅れだったのを、今作では上やんを追い抜いていければと考えています。

■一方通行
 あんまりリメイク前と変わりなかったり。
 上条ファンにならず、その分妹達への偶像化が加速した模様。

■ミサカネットワークの総体
 真なる意志やら聖守護天使やら専門用語を垂れ流す羽目になった元凶。
 一方通行への感情はかなり複雑。なので妹達も一方通行への好感度は様々。
 その中で一番彼への憐憫が大きいのが打ち止めだったり。
 インデックスには一応感謝はしてるけど何かムカつく、というオリジナルと似通った感情を抱いている。妹達は好感度高め。
 絶賛放送中の超電磁砲アニメ三期にひたすら影響を受けました。
 やっぱり、キチンとした尺と演出用意すればとあるは面白いんやなって。
 次に登場するのはいつになるのか、それぐらいぶっ飛んだ設定にしました。

 という訳で、次の更新は間をあける予定です。
 今作に一応区切りを着けられたのと、自分の投稿している別作品を同様に区切りが着くまで集中したい、というのが理由です。
 なのでその作品は兎も角、この作品で再会するのはもう暫く先となります。
 申し訳ありません。

 誤字脱字があれば随時修正します。
 感想、誤字指摘ありがとうございます。

*5/5追記



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