〈Infinite Dendrogram〉 死して立ち上がる者   作:ベトベトー

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シリアス多め


月雲花風
第一話 始まりと終わり


 ◇

 □2044年3月16日 若葉紫陽

 

 馬鹿みたいな分厚さの説明書を放り投げ、僕はヘルメット型のゲーム機を手に取る。鈍器のような説明書全部を読んでいられない。それより待ち望んでいたゲーム機だ。待ちきれないとばかりに僕はゲーム機を被る。

 夢のようなゲームを出来るという高揚感からか、僕は震える手でスイッチを入れる。直後視界が暗転する。思わず目を閉じ、開けたときには既にそこはゲームの中だった。

 

 ◇

 

 

 「はーい、ようこそいらっしゃいましたー」

 

 そこは書斎だった。一体ここは何処なのか、そんな疑問はすぐに頭から吹っ飛んだ。

 今僕の中では二つのことで頭がいっぱいだった。それは自分の目を疑うほどのリアルさ。もう一つは支えもなしに両足で立てていることへの驚き。 

 その二つは目の前にいる非現実的な存在を無視してしまうほどの衝撃だった。

 

 「どうしたのー。何か気になることでもあるのー?」

 

 声を掛けられ、やっと我に返る。思わず喜びで叫び出してしまうところだった。危ない危ない。僕はジッとこちらを見つめるそれに意識を向ける。

 それは猫だった、ただし二本足で立ち、おまけにベストを着ている。とてもかわいらしいが、残念僕は犬派だ。

 

 「いえ、何でもないです。……ところで僕は若葉紫陽って名前なんですけど、あなたのお名前は?」

「おー、礼儀正しいねー。僕の名前はチェシャ。〈Infinite Dendrogram〉の管理AI13号のチェシャ。よろしくねー」

 「よろしくお願いします!それで僕は何をすればいいんですか」

 「ここでゲームに関する諸々の設定をしてもらうよー。まずは描画選択だねー。サンプル映像が切り替わるからどれが良いか選んでねー」

 

 チェシャと名乗った管理AIがそう言うと周囲の風景が一変した。ヨーロッパ風の街並みが広がっている。周囲の風景は一定の間隔で見え方が切り替わっていく。現実からCGへ、CG からアニメーションへと。

 

 「えっと、それならこのままで」

 「オッケー。それなら次はー」

 

 この調子で設定を続けていった。

 僕のゲームの中での名前はルーツ·ハイドレンジにした。名前のもじりだ。

 ゲーム内での姿(アバター)を作る際にはリアルの身体をデフォルトに弄って作った。最初はチェシャのように動物型の姿にしようかと思ったが動きにくさ、時間がかかるなど面倒なのでやめた。姿は身長や基本的に変えていない。ただ、髪色や目の色は変えた。髪色は派手なピンク、目の色は灰色にした。

 

 「よーし、それじゃあ次はルーツの初期装備を決めよー。あとこれはルーツの収納カバン、一般用のアイテムだからあっちでも買えるよー」

 「ありがとう、容量は無限なんですか?」

 「いいやー、重量は一トンぐらい、サイズは教室一個分くらいだよー。もっと大きいのもあるから、足りないと思ったら買い換えてもいいよー」

 

 次は初心者装備一式を選んだ。中東風で、はちみつ色の長袖のガウンが特徴的な装備だ。

 そして次は── 

 

 「〈エンブリオ〉の移植をするよー」

 

 エンブリオ、あまり詳しくないがこのゲームの最大の特徴と言われている。千差万別、文字通りその人だけのオンリーワンだ。下調べをする際には何度も出てきたのだ。興味がないと言えば嘘になる。

 

 「はーい、これで移植かんりょー」

 

 いつの間にか卵形の青い宝石が僕の手に埋め込まれていた。劇的な演出もなく、あっさりと〈エンブリオ〉の移植が完了する。

 僕が拍子抜けした様子を見てからか、チェシャが付け加えるように言う。

 

 「〈エンブリオ〉は君が〈Infinite Dendrogram 〉をプレイする間ずっと一緒にいるよー。だから大切にしてあげてねー」

 「もちろんです」

 「最後は所属する国家を決めてねー」

 

 そう言ってチェシャは七つの国の首都の様子を映し出す。やはりどれも魅力的だがもうサイコロでカルディナと決めているのだ。今さら変える気はない。

 

 「カルディナで」

 「オッケー、ちなみにあとで所属国家を変えることも出来るよー。色んな国を見て回るのもいいかもねー。じゃあこれから君をカルディナの都市国家コルタナに送るよ」

 

 続けてチェシャが胸に手を当てて語るように言う。

 

 「これから君がどんなことをするのか、どんな物語を紡いでいくのかは全て君次第だ。これから始まるのは無限の可能性」

 

 「〈Infinite Dendrogram 〉へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」

 

 そうチェシャが言った直後、目の前のあらゆる物が消失した。書斎が消え去り、自分が宙に浮く。僅かな浮遊感のあと僕の身体はカルディナの大砂漠に向け高速で落下した。

 

 

 

 

 

 ◇

 □都市国家連合カルディナ·商業都市コルタナ ルーツ·ハイドレンジ

 

 

 

 

 「……ぅう、生きてる……」

 

 改めて生きていることの喜びを感じながらのろのろと僕は起き上がる。

 ここは確かコルタナと言ったか。喉から入ってくる風が熱い。咳き込みながら辺りを見渡す。正面の大門以外は果てのない砂漠だった。

 熱風と砂塵の舞う砂漠。赤色の砂でできた砂丘は暑さのあまり陽炎が揺らめいている。

 正面に広がるのは細かい装飾を施された巨大な門と城壁だ。城壁は直線を引いたように真っ直ぐに見える。上空からとてつもなく巨大な円か四角形が見えるだろう。

 

 「よし、行くか」

 

 マスター故かチェックもなしに大門を通り、コルタナへと入る。

 

 城門の中は映画の中へと入り込んでしまったかのようだった。荷車を牽く様々な生き物達。売っているのは魔法の武器か、ガラスケースに陳列された剣は輝いて見える。バザールでは人間以外の種族もいてジロジロ見ないようにするのは難しい。

 

 こんな光景を生きているうちに見れるとは思っても見なかった。

 特に予定もないので今日は観光でもしようかと考える。三倍時間なのでジョブや狩場に行くのは明日からでも良い。それに――

 

 「お前も早く孵化するんだぞー」

 

 トントンと〈エンブリオ〉の卵をつつく。どんなタイプの〈エンブリオ〉になるかわからないので、新しく装備を買っても無駄になるかもしれない。

 

 ……ただ、男心を惹き付ける魔法の剣は見てみたい。冷やかしにでも行こうか、そう考えて僕は足早に武器屋へと向かった。

 

 武器屋には様々なタイプの武具が置いてあった。『盗難防止の魔法がかけてあります』と札が置いてあるが、別に窃盗をする気はない。大人しく触っていると店の奥から店員が出てきた。

 

 「マスターの方でしたか。それならこれはどうです?天地からの輸入品です」 

 

 そう言って店員がわざわざガラスケースから日本刀のような剣を出す。値札には四千万リルとあった。買えるわけがない。

 

 「……ま、まあまあかな?」

 

 冷や汗と声が震えないように気をつけながら、それを店員の手に押しつけるようにして返す。

  やばい、僕のことを金持ちかなんかだと勘違いしてるのかも。よく見れば店内は高そうなシャンデリアやタペストリーなど多くある。

 適当に武具を持って「ふーん」「なかなかいいね」、なんて言ってたのが不味かったのかもしれない。

 

 「でしたらコチラはどうです?これは黄河の名匠の一品です。お値段の方は10%引きで五億四千八――」

 

 「いえいえいえいえ、お気になさらず!おや、もう時間のようだ。失礼、もう帰らなくては!」

 

 来た時と同じように足早に店を去る。

 あそこに居たら終いには何億もする剣を買わされてしまう!

 

 次は露店で回復アイテムを買った。露店は多くの種類があった。食欲をそそる匂いに釣られ思わず串焼きと唐揚げを買ってしまった。

 しばらく広い通りを真っ直ぐに歩いていると人混みが見えた。話を聞けばこれからパレードが行われるらしい。

 

 「何のパレードですか?」

 

 環鎧(リングメイル)を着た騎士風の男が答える。

 

 「私もあまり知らないが、どうやらUBMを討伐したらしい」

 

 UBM、〈Infinite Dendrogram〉内でも屈指の強さを誇るモンスターのことをそう呼ぶらしい。それを倒したのだ、おそらくトッププレイヤー層なのだろう。

 トップ層を見ておいて損は無いだろう。僕はそこまで強く成れるか分からないが。

 

 だが、パレードにはまだまだ時間があるらしい。もう少し観光を続けようか。まだ日は落ちていない。昼の三時ごろだろう。

 それに宿や飲食店を探す必要もある。

 今度は通りを見るだけではなく、迷路のような路地を見てみるのも面白いかも。そう思い僕は建物の隙間へと入って行った。

 路地は薄暗く、曲がりくねっていて歩き辛い。加えて大人が二人居れば道が塞がってしまう。こんな所で襲われれば一溜りもない。やっぱり戻ろう。僕は溜息をついて、もと来た道を戻るべく身体を後ろに向けた。

 

 「……まじか」

 

 狭い路地を二人の男が塞いでいた。一人の男はナイフを握っている。強盗かチンピラか。少なくとも僕にとっての味方であるはずが無い。僕が走り出すと二人組は怒声を浴びせながら追い掛けてくる。

 

 「オイ、待てこら!」

 「逃げてんじゃねー!殺すぞ!」

 

 路地を飛び跳ねるように駆けていく。

 

 「止まっても殺すクセに!!」

 

 右、左、右、目まぐるしく狭い道を駆けていく。路地を形成する壁は次第に古く、ボロく、みすぼらしいものへと変化していく。

 

 「……逃げ切れた?」

 

 呟くように言う。息切れで声もろくに出ない。一息着ついて、後ろを見る。どうやら逃げ切ったようだ。

 

 「随分、刺激的な鬼ごっこだったな」

 

 もう懲り懲りだけど。

 僕はここから通りに出るための道を探し、歩き始めた。辺りにはみすぼらしい身なりの浮浪者や孤児と思しき子供達がいる。あんな子供でも囲まれれば終わりだ。気をつけながら人の声がする方へ向かう。

 あーあ、それにしてもひどい一日だ。これ以上悪くなるとは思えないほどだ。何が迷路のようで面白そうだ。つい少し前までは、海外の観光地でそんなことをしたら誘拐か犯罪に巻き込まれるのは知識として知っていたのに。どうやら僕はコルタナの熱気にあてられ、少しハイになっていたのだろう。もう少し落ち着いて、慎重に行動しよう。

 

 ◇

 

 無言で路地を歩いていると急に声が聞こえなくなった。通りはまだ先だが近づいている筈だ。不思議に思いながらも足を進める。

 そんな中、いきなり叩きつけるような音が鳴り響いた。さらに食器や金属類の物を落とした時に鳴る音。ついさっき自分を戒めたばかりだ。争いごとに首を突っ込むつもりはない。

 僕はそこから少しでも離れるべく、足を逆方向に向ける。

 そんな僕のことはお構いなしに争いごとは続いている。金切り声や喚き散らす声。でも、僕に出来ることは何もないので、耳を塞ぎ足を進める。

 

 

 「何でそんなことも分からねんだッ!!この糞ガキがァッ!!」

 

 

 続いて頬を打つような音が鳴り響く。乾いた音でひどくそれが耳に残った。僕は足を止めた。きっと僕の予想してた何倍もひどい光景が広がっているのだろう。だが、自分に何が出来る?死ぬのがオチだ。そうだ、お前は一刻も早く通りに出て、ログアウトするべきだ。躊躇しながらも僕はそこから離れるべく――

 

 

 「何休んでんだァ!起きろォ!」

 

 

 路地に怒号が響く。もう聞き逃すことは出来なかった。

 脳内に光景が浮かび上がる。父親が自分の子供に暴力を振るっている姿が容易に想像できた。

 掠れた――息切れした僕の何倍も――声が路地にこだまする。助けに行かなくては。

 堰を切ったように僕は路地を駆け抜ける。狭く、ゴミを積んだ袋が投げ捨てられていて思うように進めない。その間もずっと音は路地に響いている。

 

 「クソガキが……、殺してやる」

 

 やばい、やばい、こんなこともあるのか。ゲームだと思っていた。もっと優しい世界だと思っていた。目の前が点滅し、頭痛のようなものに襲われる。座り込んで誰かに助けを求めたかったがそれはできなかった。僕がやるしかない。

 

 「――クソッ!こんな時どうすりゃ良いんだよ!?」

 

 走りながらでは上手く考えが纏まらない。もう声がする家が近い。クソッ――なるようになれだ。僕は扉を蹴破り民家へ入る。

 

 「あぁ、誰だテメーは!?勝手に人ん家入ってんじゃねえ!!」

 「やめろ!それ以上やれば通報するぞ」

 

 突然の闖入者に場が停止する。部屋の中心にいるズタボロの麻布を着た男が困惑と恐怖に後ずさる。

 その家の中はひどい有様だった。家具はボロボロで床はホコリまみれ。それに――床にはボロ雑巾のように女の子が転がっていた。全身青アザだらけで見ていて痛々しい。

 

 やったのは両手を挙げて、後ずさるこの男だろう。娘の父親か、何にしても下衆に違いあるまい。

 

 「………通報って、なんだよ。ただ娘を躾けてただけだぜ」

 「動くなよ。早く、その子から離れろ」

 

 子供は生きているのだろうか、胸板は動いていない。どちらにせよ、このままだと死んでいただろう。

 

 「………………ぁぅ……」

 

 子供が呼吸をした。良かった、まだ死んでない、そう安堵して一瞬気を緩めた。その油断を見てとったのだろう。男が後ろ手でナイフを握り、突進してくる。

 

 そこからは全てスローモーションで見えた。

 突進してくる男、それに対して僕は何処までも無力だった。喧嘩なんて小学生以来だ、戦えるわけがない。避けることも出来ず、僕はナイフに貫かれた。のしかかられ、体重で押し潰される。体力ゲージがみるみるうちに減っていく。

 

 「……ったく、馬鹿なガキはママのおっぱいでも吸ってろ」

 

 そう言って男は子供の方へ向かう。ナイフは手に持ったままだ。ゆっくり振りかぶり、顔面に突き立てようとする。

 

 親が子供を殺す。平和な世界で培った常識が粉微塵になっていくのを感じる。だめだ、止めなければ――

 

 

 ――そう?でもあんたに出来ることは無いんだし早く死んだら?

 

 

 駄目だ死ねない。ここで死んだらリアルに戻れなくなる。あっさりと命を落としてしまえる世界に囚われてしまう。こっちが現実になってしまう――― 

 

 

 ――あっそ。じゃあさっさと立ち上がりなよ。残された時間は長くないんだから 

 

 

 体が崩壊していく、それを無理矢理繋ぎ留める何かがある。【ミイラ化】の状態異常が表示される。手の甲にあったエンブリオの卵が紋章へと変化する。

 

 『さあ、行きなよ。いつまで突っ立ってるつもりだい?』

 

 男に向けて飛びかかる。僕の腰に差していたナイフを男の背中に突き立てる。

 

 「――アァ!!」

 

 暴力を振るう。そのくせ、振られたことは少ないのか二度突き刺すと横たわり、呻くだけになる。そんなことより今はこの子だ。露店で買った回復ポーションを飲ませる。上手くいかず少女が喉を詰まらせるがどうやら飲ませることはできたようだ。

 

 「――ゴホッ!」

 「クソッ、まだ足りない!」

 

 早くこの子を医療機関に連れて行かなければ。

 お姫様抱っこをして、路地を駆け抜ける。異様な様子だったのか、出会う者も驚いて脇へ退ける。

 全力疾走して、やっと通りに出た。通りはパレードの真っ最中だったのか騒音が鳴り響いている。人垣が邪魔で医療機関を探すことさえ出来そうにない。

 助けを求めるべく声を上げる。

 

 「誰かッ!この子を助けてくれ!!」 

 

 聞こえてないのか。もう一度叫ぶ。パレードの邪魔をする不届き者に気づき、多くの者がこちらを振り返る。悲鳴が上がり、飛び退く者もいるが気にしてられない。

 

 パレードの主役であるマスターの一人がこちらを認識したのか目を見開く。中華風の装いをした女性だ。高レベルのプレイヤーらしい彼女達なら助けれるかも、そう思い人を押し退けパレードの中心へ向かう。

 

 「―――なさ―は―――れ――」

 「そ――手―を――せ」

 

 何か言っているが聞こえない。人垣が僕を認識し、

モーセのごとく割れる。

 

 中華風の女性が彼女の仲間を手で制し、剣に手を掛ける。どういうことだ。敵意がないことを示すため、助けを求めながら近づく。

 その時、僕の声がくぐもっていることに気づいた。

 

 

 僕が何を言っているのか分からないほど。

 

 

 「――しょうが無いわね。《アーサナ》」

 

 そう女性が言った瞬間、僕の手が落ちた。続けて足から徐々に輪切りに、最後に頭が――

 

 

 

 【致死ダメージ】

 【パーティ全滅】

 【蘇生可能時間経過】

 【デスペナルティ:ログイン制限24h】

 

 

 To be continued

 




長いので分割するかもしれないです
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