〈Infinite Dendrogram〉 死して立ち上がる者   作:ベトベトー

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第五話 亜竜級

 □【闘士(グラディエーター)】ルーツ·ハイドレンジ

 

 クソッ、アイテムボックスだ!そこに解毒薬が入っている。

 だが、体は僕の思いに反してピクリとも動かなかった。体の所有権を奪われたかのような感覚がひどくもどかしい。

 

 「おおっとー、ルーツさん動いちゃ駄目ですよー。動いたらヴォル君の首をグサッですよ、グサッ!」

 

 彼女はすぐそばで僕達の動きや思考を見ていたのだ。僕の思考などお見通しなのだろう。

 おまけに辺りは奇岩が視界を遮るようにして立ち並んでいる。ここに誘い込まれたのか、それともこんな場所だからこそ仕掛けたのか。なんにせよ助けは期待できそうにない。

 

 「オーケイですよー。さぁーて、ここからは略奪ターーイ、ん?ヴォル君なんッスかー?言いたいことがあるなら言っていいッスよー」

 「なん……でお前こんな……ことを……」

 「何でこんなことをしたって?」

 

 んー、と唸りながらモルジアナが楽しげに唸る。僕達を上手く嵌められたことの喜びを隠そうともしない。その態度に苛立ったのか、ネフティスが舌打ちをして〈エンブリオ〉の紋章へ戻った。

 

 「理由の一つは簡単に言えば気晴らし、ですかねぇ。リアルではあたしはいい子ちゃんッスからね。ゲーム内ぐらいは悪い子になっちゃおうと思ったんスよ」

 「そういうことを……言ってんじゃねぇ!!……何で平気でこんなこと出来るのかを聞いてんだよッ!!」

 

 ヴォルが怒りを爆発させる。仲間だと思っていた者の裏切りは彼にはどうしても許せないことなのだろう。怒りのあまり言葉が出てこないようだ。

 そんなヴォルを見ているからか、僕は不自然なまでに冷静だ。それゆえか一つの疑問が僕の中で生まれる。

 

 「わははー、怖い怖い。逆にルーツさんは冷静ッスね」

 「そうでもないよ。……何でお前は状態異常に罹らなかったんだ?」

 

 僕達は水筒の水をコップから飲んだ、それは彼女も例外ではない。もし、コップに水を注いだ後に毒物を入れたとなれば必ず気付いたはずだ。ならばなぜ彼女は状態異常に罹らなかったんだ。装備スキルにもそんなスキルはなかったはずだ。

 

 『このバカ女の〈エンブリオ〉に決まってるじゃないか。僕等とは別タイプの〈エンブリオ〉だ』

 

 ネフティスが苛立たしげに言う。ネフティスの言葉を肯定するようにモルジアナが言う。

 

 「?ああ、そんなことッスか。あたしの〈エンブリオ〉ですよ。おいでアスクレピオス」

 

 そう言ってモルジアナは服の袖口に隙間を開ける。僅かな隙間から一匹の白蛇が這い出てくる。たいして大きくもない、精々三十センチほどの大きさの蛇だ。

 僕とヴォルとも違うタイプの〈エンブリオ〉、ガードナーか。

 

 「このかわいい蛇ちゃんの能力ですよー。あたしの罹った状態異常の無効化、便利でいいでしょ。さておしゃべりはここまでッス」

 

 白蛇を服の中に入れ、アイテムボックスから短剣を取り出す。腰に着けていたアイテムボックスを取り外し、僕の方へ来る。

 

 「今アイテムはルーツさんが持ってんスよね」

 

 僕のアイテムボックスに向けて短剣を振り下ろす。アイテムボックスは無惨にも引き裂かれ、中身が地面へばら撒かれる。それにモルジアナが自身のアイテムボックスの口を近づける。するとそのアイテムボックスは掃除機のように落ちた物を次々と吸い込んでいく。

 

 「よしっ、これで終わりッス。じゃあ、皆さんモンスターに襲われなければ無事にコルタナに帰れますよ。さよならー」  

 

 そう言ってモルジアナは立ち去ろうとする。麻痺した体では彼女に追いつけない。それにマスター同士の争いでは国は関与しない。加えて僕らは彼女の髪や目の色だけで隠している顔は見たことがない。追跡するのは不可能だ。

 じゃあ、泣き寝入りしろって言うのか?言いようのない思いがこみ上げる。落ち着いていられるわけがない。

 それはヴォルも同じだ。

 

 『ヴォルが武器を持ってる、戦うつもりだアイツ!』

 「待てゴラァ!そのまま逃げれると思うなッ!!」

 

 ヴォルが震える手で角笛を持ち、素早く旋律を奏でる。聞いたことのない旋律、身体強化の類ではない。これは――

 

 「――耐性の付与か!!」

 

 体の痺れが取れると同時に後ろへ飛び退く。高速で僕目掛けて飛来する短剣を手刀で叩き落とし、次の攻撃に備える。

 モルジアナはため息をついて新しく短剣を取り出した。

 

 「あぁーー、やっぱこういう事もありますかー。リハーサルって大事ッスね。いやホントに」

 「……?それより大人しく投降すればデスペナまではしないぞ。両手を挙げて跪け」

 

 モルジアナはガリガリと頭を掻きながら、短剣を逆手に持ち構えを取る。

 

 「まさか、あたしがルーツさんよりレベル低いと思ってましたか?そんなわけないですよ。安全マージンを取ってますからね」

 

 その言葉通りモルジアナのレベルは七十近くある。さっきまで二十程度あったレベルが五十近く上昇している。それは彼女のメインジョブが【暗殺者】に変化していることと関係があるのだろう。

 

 「さて、今すぐ投降すればちょっと殺すだけで許してあげますよ?」

 「抜かせッ!」

 

 被弾覚悟、剣を振りかぶり彼女を両断せんと距離を詰める。隙だらけ、しかし躊躇なく迫ってくる姿に驚いたのか僅かに後退り――地を蹴って僕を迎え撃つ。AGIは圧倒的に彼女の方が早い。

 

 「クッ!」

 

 モルジアナは肩や手を斬りつけると素早く距離を取り僕の動向を窺う。

 まだ見せていない僕の〈エンブリオ〉を警戒しているのだろう。その間にヴォルが身体強化の旋律を奏でるがステータスはまだ彼女には及ばない。

 

 「ストレス発散になるかと思って盗賊ごっこをやってみましたが……、意外と楽しいッスねぇ。案外、自分に合ってるのかなぁ?」

 「僕に聞いてるのか?おしゃべりは後でだ!」

 

 再度、モルジアナに攻撃を仕掛ける。さっきより彼女の動きが見えるが追いつけない。一度の攻防で僕は幾つも手傷を負うが彼女は無傷だ。スキルを発動して共倒れを狙う、それとも逃走するか。クソッ、どうすれば――

 

 「ルーツ!時間を稼いでくれっ!」

 

 ヴォルの声に我に返る。振り向くとヴォルが任せろと目配せする。

 

 『それか前向けって言ってるんだよ。ゴチャゴチャ考えずに突っ込むんだよ。こんな奴さっさと倒すんだ』

 

 ああ、そうだな。お前の言う通りだ。ヴォルには何か考えがあるのだろう。なら、自分は精一杯それを手伝うだけだ。

 

 「ほらほらー、どうしたんスかぁ?ヴォルさんも笛ばっか吹いてる場合じゃないですよー」

 「おいおい、こっちを見ろよ。よそ見してると死ぬぞ!!」

 

 挑発を繰り返す彼女を気にせずに攻撃を行う。彼女の攻撃は速く軽い。僕の方が一撃の威力が大きいはずだ。

 そしてHPの補正が大きいネフティスとは異なり、耐久力も高くないので彼女は慎重になり過ぎるきらいがある。故に――

 

 『「攻め続けるッ!」』

 

 ◇◇◇

 

 先程より激しさを増し戦闘を再開したルーツ達に目もくれずヴォルは一心不乱に角笛を吹き続ける。

 音楽家系統のジョブスキル、《音楽は全てを繋ぐ》はMPを込めて演奏をすることで発動するスキルの威力を高めるスキルだ。そのスキルを使い〈エンブリオ〉のスキルの威力を高めている。

 

 発動するスキルは〈エンブリオ〉が第二形態へと進化したことで習得したスキル。

 今の不利な状況を覆し、三人を勝利へと導くスキルか――

 

 「《ネバー·エンディング·パニック》!」

 

 ――それとも敗北へ導くか

 

 ヴォルがスキルを発動させる。

 

 スキルの効果は自身より格下のモンスターへの【恐怖】、【混乱】の状態異常の付与し――【恐怖】、【混乱】の通じない格上のモンスターからはヘイトを集めるスキル。

 

 ヘイトコントロールに値するスキルだ。そしてヴォルが狙ったのはただ一体のモンスター。

 

 

 燦々と降り注ぐ陽光が何かに遮られ、岩場には影が落ちる。

 

 「……これがヴォルの秘策?」

 

 ルーツが呆然として呟く。ネフティスもモルジアナも声一つ出さずそれを見つめている。

 岩場に巨大な影を落とした怪物の正体。

 遥か上空を羽ばたいていた筈の【ライトニング·ロックバード】がそこにいた。

 

 「何で!?自滅する気ですかっ!!」

 

 「GGGYYYYAAAAAA!!」

 

 最初に仕掛けたのはルーツだった。岩を蹴り、上へ跳び斬りかかる。対して【ライトニング·ロックバード】はその行為を嘲笑うように鳴き、大きく羽ばたいた。ルーツの体は布切れのように宙に舞い、地面へと叩きつけられる。

 モルジアナは立ち向かわず逃げることを選んだ。ヘイトを集めたヴォルとルーツを置いて逃げることで自身の身の安全を守ろうとしたのである。

 

 だが、その判断は裏目に出た。

 

 「GGGYAAAAAA!!」

 

 甲高く鳴き、体に雷を纏わせ巨鳥は突進する。

 

 「何でコッチ来るんスか!?」

 

 モルジアナの方へ巨鳥の注意が向いている隙にMPの枯渇で倒れたヴォルをルーツが岩の陰に連れ込む。

 

 「何やってんだ!一歩間違えば僕たちが死ぬところだったんだぞ!?」

 「……それでもアイツに負けるよりは良い」

 

 そう言ってヴォルは岩に寄りかかり巨鳥を窺う。既に勝敗はついているようだった。健闘むなしく地に倒れ伏したモルジアナを見下ろし、【ライトニング·ロックバード】は飛び去っていった。

 後にはズタボロのモルジアナが残されている。

 

 「……で、どうする、今殺っとくか?」 

 

 ルーツは顔をしかめ、首を横に振る。

 

 「人を殺すのはマスターでも後味が悪い。装備を奪って拘束しよう。ネフティス、手伝ってくれ」

 

 そう言って女盗賊を捕らえるため歩き出した。

 

 To be continued

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