一か月も更新が止まってしまった…。
新生活でごたごたしていたんです。
三月末に引っ越して、まだ荷物整理もしてないんです。
……決して、エロゲーに熱中していたとか、ヴァンガード始めてアニメ追いかけてたとか、
そういうわけではないんです!
はい、ごめんなさい。
9月の始まり。
一ヶ月以上の修行を経て、もはや聖王教会においてはマトモに模擬戦が出来るものが少なくなるほどに技量を上げた顕正。
最終日の模擬戦では、ついにシャッハを相手に初の白星を勝ち取り、『盾斧の騎士』笹原 顕正の名は聖王教会内で更に有名なものとなった。
そんな顕正であるが、本業は当然高校生である。
「――はよーっす」
「おー、笹原久しぶりー」
「おっすー」
「おや?笹原くん焼けてるねー!」
夏休みが終わり、顕正の通う聖祥大付属高校も新学期に入った。
本来であれば夏休み中盤にある登校日に顔を合わせている級友たちだったが、顕正はミッド訪問のために事前に申請し、長期アルバイトのため登校日を免除されていた。彼らとは一ヶ月半連絡も取っていない。
「バイトどうだった?」
「あぁー、まぁ、いい経験が出来たよ。またお世話になると思う」
「美人のお姉さんとかいた?」
「居まくった。すごい美人とも知り合った」
「マジかよ……」
そんな友人とのやり取りで、顕正は久々に『日常』に戻ってきたと感じる。
闘争の技量や魔法文明の知識を学んだ一ヶ月半、充実した毎日だった。
自身の向上に精を出す日々も嫌いではなく、むしろ好きな方だったのだが、未だ顕正にとっての日常とは、学校へ通い、友人たちと他愛ない話をするこちらの方だ。
始業式と簡単な連絡だけの今日は、午前中だけで学校が終わる。
とりあえずは帰り掛けにスーパーで夕飯の買い出しか、と席を立ち教室を出ようとした顕正は、鈴の鳴るような可憐な声に呼び止められた。
「――笹原君。このあと、時間ある?」
紫紺の髪を揺らし、はにかみながら顕正の元へやってくる少女。
美形率が高いと専らの評判であるこの聖祥大付属高校にあっても、トップクラスの容姿を持ち、噂ではファンクラブまで存在しているという彼女が唐突に顕正に声を掛けたとあって、周囲にいた級友たちがざわめいている。
しかもその隣には、同じく容姿に優れ、よく一緒に行動している金髪の少女の姿もある。常であれば、二人に近付く下心の見え透いた男子を睨みつけるその緑の瞳も、柔らかい感情が見て取れた。
試験結果で顕正に噛み付いている姿の印象が強い彼女が、顕正を認めたように振舞っているのだ。級友たちにはもう、桃色の想像しか見えていない。
それを横目で確認して内心ため息をつき、顕正は答えを返す。
「――月村、バニングス。時間はあるが、もう少し自分たちの影響力っていうものを考えて行動してくれ」
後で友人たちに上手いこと説明しなければ、と思うと、少し憂鬱になるのだった。
初めて本物のリムジンに乗っておっかなびっくりだった顕正。誘拐事件の日と、ミッドへ行く際の転送ポートを借りた日、そしてつい先日、地球に帰ってきた日とすずかの自宅――あれは家ではなく『館』というのだと顕正はずっと思っている――にお邪魔したときも思ったが、磨き上げられて黒光りするリムジンに平然と乗っているのを見て、この二人は本当に『お嬢様』なのだと実感した。
長い車体にも関わらず器用に住宅街を抜けるバニングス家の執事、鮫島の運転で連れて来られたのは、喫茶店だ。
「……翠屋?」
店名が記された看板を見て、どこかで聞いたことのある名前だったのだが、それを思い出すことが出来ない。しかし、何か大切な記憶と結びついているような気がした。
中に入れば、そこは少し、男の顕正一人で入るのは躊躇われる様な、明るめの内装で統一されている。従業員も女性が多く、恐らく連れられて来たのでなければ、入ることはなかっただろう。
すずかとアリサの話では、この店で待ち合わせをしているとのことだったが……。
「……まだ、来てないみたいね」
「うん、まぁ、まだ待ち合わせ時間まで時間あるし……先に注文頼んじゃおうか?」
すずかの言葉で、三人でメニューを見る。二人は慣れているのか、すぐに決まったようだが、初めてこの店に来た顕正は、何にすべきか少し悩む。
それを見て、アリサが微笑みながら、
「笹原、甘いもの苦手だったりする?」
「いや、特にそんなことはないけど……」
むしろ甘いものは全般好きなほうだ。しかしそんなことをクラスメイトにいうのもなんだか気恥ずかしく、無難にごまかした。
「そう、じゃあ、シュークリームがオススメよ。ここのシュークリームは絶品なんだから!」
そう言ったアリサの言葉を信じて、顕正はシュークリームとブレンドコーヒーを頼むことにした。
従業員の金髪の女性に三人で注文を伝えたのだが、顕正はその女性に見覚えがある気がした。
笑顔で厨房に注文を伝える女性の後ろ姿を見ながら、いやいや、まさか、と、突拍子もない発想が頭を走るが、そんなことがあるわけがない。――世界の歌姫が、こんな街中でウェイトレスをしているなんて、あり得ないだろう、と。
しばらく、二人と雑談した。
内容は当然、夏休みの間のことで、顕正はベルカ自治領、聖王教会で過ごした日々を語った。
「へぇ、じゃあ、アルバイトっていうより、武者修行みたいなものだったのね」
「そうだな。歴史検証はおまけみたいな扱いだったかもしれない。俺にとっては教会騎士の人たちに稽古をつけてもらえたことの方がデカかったし」
カリムと話しながら行った歴史検証は、非常に有意義――美人とお茶しながらの作業ということを抜きにしても――であったが、それ以上に現役騎士と研鑽を積む日々は、顕正の技量向上に大きく貢献した。
今までグランツ・リーゼの指導のもと、一人で訓練するしかなかった顕正に、様々な戦い方をする騎士との模擬戦を行うという、『経験』が追加されたのだ。
生来の戦闘センス、孤独の中鍛え上げた基礎能力ばかりが伸び、実戦経験が不足していた顕正。そんな穴がついに埋められ、その戦闘力は現役騎士を凌駕するものとなっている。
顕正の才能見て、鍛え上げれば非常に優秀な騎士になると判断していたシャッハ・ヌエラ、カリム・グラシアも、その成長速度には目を見張った。しかも、顕正にはまだまだ成長の余地がある。近接戦闘のみならず、中距離の魔法戦への適性も見えてきた。
もっと強く、更なる高みへ目指せる。
それが理解出来たことが、顕正にとって一番の収穫だった。
顕正が聖王教会での生活に思いを馳せていると、従業員の女性が注文の品を運んで来た。
二十代半ば、といったところに見えるその女性が、トレーの品をテーブルに置こうとした、その時である。
顕正の顔を見て、はっ、とし、呟いた。
「――顕吾、くん……?」
え?となったのは、テーブルについていた三人とも。
その中でも、顕正の驚きは一際であった。
「ち、父を知っているんですか?」
笹原 顕吾。それは幼い頃に交通事故で亡くなった、顕正の父の名前だ。
顕正の言葉に目をしばたかせ、納得したような反応をする女性。
「お父さん……っていうことは、顕正くんなのね。ごめんなさい、そっくりだったから……」
自分の名まで知られている。
しかし顕正は女性に見覚えがない。
こんな美人と知り合いになっていたら、すぐに思い出すだろう。
そう、思ったのだが、女性の姿形だけではなく、その体から漂う甘い香りが鼻腔を擽ったことで、その他のことが一つ一つのキーワードとして頭を駆け巡る。
両親、喫茶店、シュークリームの甘い香り。
あ、と。
顕正の脳裏に浮かび上がって来たのは、遠い過去の記憶。
まだ両親が健在であったころ。
両親の共通の友人がこの町に住んでいることが分かり、共にその友人がパティシエをしているという喫茶店を訪ねたことがあったのだ。
関西の出身の両親の、中学時代の学友。
今まで食べた中で、一番美味しいと、子供の無邪気な笑顔で伝えたら、花が開くような綻んだ笑顔を見せてくれた女性。
その人の名は――。
「――桃子、さん…?」
口から零れたその名を聞いて、彼女はあの時のような笑顔を見せた。
「久しぶりね、顕正くん。……覚えてくれてたのね」
高町 桃子。
その名と、姿から、顕正の頭に全てが思い出された。
なぜ、こんなことを忘れていたのか。
それは、幼き日の憧憬。
小さな子供の、淡い想い。
――笹原 顕正、初恋の相手である。
短いのはいつものこと。
内容が妙なことになってるのもいつものこと!