残念!まだ早い!
「……笹原、あんた桃子さんと知り合いだったの?」
仕事中である桃子が、また今度お話ししましょう、と厨房に戻った後、未だなんとも言えない表情になっていた顕正に、アリサが問う。隣のすずかも、同じことが聞きたかったようである。
桃子との関係性は、普通に考えれば隠すようなものでもないし、顕正自身の幼い頃の恋心も、既にそんなこともあったな、程度のものになっているので、素直に伝えることにした。
「あぁ、両親の中学の同級生だったらしい。俺が小学校に入る前から、ここにも来てたんだ」
母親に連れられて翠屋に行く。当時の顕正の、一番の楽しみだった記憶が蘇ってくる。
確かその頃に、桃子の娘で、同い年くらいの少女とも頻繁に遊んでいたことも覚えている。
学区は一緒だったのだが、公立の小学校に通った顕正とは違い、その少女は私立の小学校に入った。
その上、小学2年生の時に両親が事故死し、顕正は祖父の暮らしていた京都に移り住んだため、それ以降は疎遠になっている。
彼女は元気にしているだろうか、と少し逸れた思考をした時に、思い出した。
「……なのは、か」
「え!?」
ポツリと口から零れたその名前に、二人が驚く。
その顔を見て、苦笑する顕正。
「まさか、こんなところで縁が繋がってるなんてな」
ちょうどそのとき、カラン、コロンと店のドアベルが音を立てた。
三人揃って目をやれば、そこには、栗色の髪をサイドテールで纏めた少女。
すぐにこちらに気付き、テーブルまでやってきた。
「ごめんね、ちょっと遅れちゃった」
そして笑顔の少女は、顕正に向き直る。
「久しぶり、……顕正くん」
「……あぁ、久しぶりだな、なのは。」
顕正の言葉に、少し驚く少女。
「覚えて、くれてたんだね。てっきり、忘れられたと思ってた」
「まぁ、正直なところ、ついさっきまで忘れてた。翠屋に来て、桃子さんに会って、思い出したよ」
あ、やっぱりね、と微笑む。
それを見て、懐かしく思う。
時空管理局、本局武装隊のエースオブエース。
多くの次元犯罪者に恐れられている最高クラスの空戦魔導師。
そんな肩書きを持っていようと、顕正にとっては今のところ、幼い頃によく遊んだ、『高町なのは』であることに変わりがなかったのである。
もともと今日の待ち合わせは、なのはの代わりに親友二人を助け出してくれた顕正に対して正式な感謝を伝えるためのものだった。
本当にありがとう、と心から感謝の言葉を口にしたなのはに、
「いや、正直、そのセリフは聞き飽きたよ。関係者揃って何度も言うんだぞ」
そこまで大したことをした訳ではなく、その上顕正が介入せずとも、はやてとシグナムがすぐ助けに入ったことは、結果的にではあるが分かっている。
事件から発展して魔法文明との繋がりが強くなり、バイト先、引いては就職先になるかもしれない聖王教会とのラインが出来たこともあり、顕正にとってあの誘拐事件での労力以上のものを既に受け取っていると言ってもいい。
あの日顕正が実際にやったことは、たかだか『チンピラ』の排除でしかないのだ。それが、幾人もの関係者から会う度に感謝されてしまって、いたたまれなくなってくる。
その旨をなのはに伝えれば、あはは、と苦笑していた。
しかしそれでも納得は仕切れないのか、
「だけど、私がそもそもの原因を作ったって言っていいと思う。私への恨みで、この前の事件が起きちゃった……」
だから、と。
「私から、ちゃんとしたお礼として受けて欲しいの。私に出来ることなら、なんでも言って?」
「……」
なのはの目は、真剣そのものだ。
なんでもと言うからには身体で払ってもらおうか、うぇっへっへ、とか冗談でも言えるような空気ではない。それを言ってしまえば、顕正初恋の相手である桃子に合わせる顔がないし、恐らくアリサとすずかによって社会的に抹殺されるだろう。
とはいえ、真面目に考えても、中々思いつかないものである。
簡単に済んでしまうことを言っても、なのはの意気込みを見る限り「それでは気が済まない」などと言い出しかねない。
何か、なのはの負担にならず、また顕正にとってもプラスになる『お願い』。
そこでふと、思い出したことがあった。
「――そういえば、なのは。お前今管理局の武装隊で教官やってるんだったよな?」
「?うん。戦技教導官の資格も前に取って、皆に指導してるよ」
突然の質問に困惑しつつも答えたなのは。それを聞いて、ちょうどいいと確信する。
「なら、今度暇な時でいいから、俺に中距離魔法戦を指南してくれないか?ミドルレンジの闘い方を身に付けたいんだが、聖王教会では、射砲撃が得意な騎士が出張中で教われなかったんだよ」
顕正が現在まともに使える中距離用の魔法は、高速展開可能だが照射時間、射程、威力を犠牲にした『刹那無常』だけだ。
他にも幾つかの射撃魔法を覚えてはいるが、実戦で使えるレベルのものはほとんどない。基本的に近距離での戦闘を想定して鍛えてきたのがいけなかった。仮想敵であったベルカの騎士が衰退していたなど、考えていなかったのだ。
それを、中遠距離戦を得意とするミッド式の魔導師――それもエースと呼ばれるまでの実力者――から手解きを受けられるのだとしたら、顕正にとっても大きなプラスになる。
顕正の頼みに、そんなことでいいのか、という反応ではあったが、本人の真剣そのものの顔を見て、本気でそれを望んでいると悟ったなのは。
「……うん、分かった。でも、しばらくはまた忙しくなりそうなんだ。纏まった時間が取れそうだったら、その前に連絡するから、待ってて貰える?」
「もちろん。あ、出来ればこっちが土日のときだとありがたい。さすがに学校サボってまでは行けないぞ」
それくらいは言われなくても分かってるよ、と苦笑。
その笑顔を見て、とりあえず今後に残るような蟠りはなさそうだな、と一安心する顕正だった。
「――なんか、久しぶりにあったにしては、距離感近いわよね、あんたたち」
「だよねぇ。なのはちゃんは分かるけど、笹原くんも気安い感じだね。学校の時と雰囲気が違う」
顕正となのはの会話に口を挟めず、空気に徹していた二人。話がひと段落ついたところで、指摘してきた。
「そうか?……俺はいつも通りだと思うんだが」
そんなはずはないと反論する顕正だったが、帰ってきたのはすずかの苦笑とアリサの溜息だ。
「あんた本気で言ってる?」
「そ、そんなに違うか?」
「うーん、大違い、ってほどではないんだけど、……やっぱり私たちとの時とは違うかな?」
「そうなの?私は、顕正くんと遊んでた昔の頃しか知らないんだけど、その頃と大して変わらないと思うよ」
首を傾げるなのは。
なのはにとって顕正は、幼い頃によく遊んだ幼馴染で、そこからだいぶ疎遠になってしまっていたが、今でも覚えている。
少しぶっきら棒だが、なのはにいつも気を使ってくれて、困ったことがあればよく相談していた。
同じ年頃の男の子が嫌がったおままごとや人形遊びに付き合って貰ったのは、いい思い出だ。
「なんていうか、普段の笹原は……格好付けてる?」
「おい」
アリサからのあんまりな評価に、思わず突っ込む顕正。しかしそれに対し、すずかまでもが、あー、と納得しているからダメージが大きい。
「まぁ、格好付けてるってのは言い過ぎかもしれないけど、あながち外れてもいないと思うわよ。クールぶってるというか……」
そうまで言われてしまっては、唸るしかない。
おかしい、俺はなんで誘拐犯から助けた相手にこき下ろされなければならないのだろう、と真剣に考えてしまう。
「とにかく、笹原はなんか私たちに対して壁を張ってるみたいなのよ!」
ふん、と鼻息荒く言うアリサ。
「壁、ねぇ……」
そう言われても、顕正としてはそんな意識はないのだ。
そもそもが、昔を知っているなのはと違い、アリサとすずかは高校入学からの半年に満たない付き合いなのだ。多少の壁があっても仕方がないのではないか、と思うのだが、三人の少女の反応を見る限り、それではいけないらしい。
どうしたものか、首を捻る顕正。
そうしていると、あっ、と声が上がった。
声の主はすずかだ。
「今すぐに『壁』をなくすっていうのは、難しいと思うの。でも、少しずつでも段階を踏んで行けば、いつかそんな壁もなくなるんじゃないかな?」
「……それは分かるけど、じゃあどうするのよ?」
そのアリサの言葉に、すずかは笑って、
「分からない?……ほら、なのはちゃん!」
「――あ、そっか」
「――あぁ、なるほどね」
すずかの笑顔で、なのはとアリサには分かったようだ。
「……勿体ぶらないで、言ってくれ。俺はどうすりゃいいんだ?」
「簡単だよ。すごく、簡単」
はにかみながら、なのはが伝えた。
「名前を、呼べばいいんだよ」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「…………は?」
遅れて理解して、こいつ本気で言ってるのか、と思ったが、三人とも本気らしい。
なるほど確かに、顕正はアリサとすずかを名字で呼んでいる。
それはなのはとの明確な違いになっているが、それは幼馴染で、いまさら『高町』と呼ぶのは可笑しいと思ったからだ。
クラスメイトで、学校でもトップクラスの美少女二人を名前で呼ぶなど、『少しずつ段階を』と言ったくせに、いきなりハードルが高い。
「……バニングスも月村も、それでいいのか?」
一応の確認をしたが、二人揃って首肯した。退路はない。
なのはに会っただけで、なんでここまでの事態になってしまったのか不思議ではあるが、アリサとすずかという、聖祥大付属二大美少女と親交を深められるというのは、単純に喜ばしいことである。
はぁ、と溜息をつきつつ、覚悟を決めた。
「――アリサ」
「顕正」
「――すずか」
「うん、顕正くん」
これでいいか?と問えば、笑顔の二人。
「顕正くん、私は?」
「なのは……って、お前は今更だろうが!」
なのはが便乗し、ツッコミを入れた顕正を見て、声をあげて笑うアリサとすずか。
気恥ずかしさから少し顔が赤くなるのを感じていた顕正だが、笑う二人を見て、確かに名前で呼ぶだけで、僅かながら『壁』が薄くなっているのかもしれないと思ってしまうのだった。
なお後日、なのはからこの日のことを伝えられたフェイトとはやてから、
『私のことは、名前で呼んでくれないの……?』
『皆のこと名前で呼ぶんなら、私だけ仲間はずれにするのは許さんで?』
と次元通信があり、顕正が名前で呼ぶ相手が更に二人追加された。
よし、初めて『リリカルなのは』らしい話ができた。
そしてこれでようやく、三人娘全員登場(はやてさんの出番が少ないとか言っちゃいけない)
あと一、二回日常回を入れて、そのあとようやくバトル回(っぽいもの)を書ける……。
会話文が苦手とか、致命的な弱点。