盾斧の騎士   作:リールー

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アタック!
ガード!
アタック!!


第十三話 譲れぬ戦い

 

 

「――お邪魔しまーす」

 

 小声で一応の言葉を呟き、サユリは顕正の部屋に侵入した。

 久しぶりに愛する従弟に会ったせいで感極まって泣いてしまったあと、夕食の準備をするから待っていてくれ、とキッチンへ向かった顕正に、

 

「じゃあ、その間に荷物置いてくるね。整理もしてくるから、ゆっくり作ってていいよ!」

 

 と完璧な対応をして、客間に荷物を放り込んで顕正の私室へと直行したのだ。

 

(これはチェックよ。一人暮らしでけんちゃんの健全な成長に悪影響が出ていないかの、チェックなのよ!だからこっそり部屋を探っても大丈夫!)

 

 自分に言い聞かせながら部屋を見渡す。

 何事も几帳面な顕正だ。話に聞くような男子高校生の部屋は脱ぎ散らかした服や乱雑に積み置かれた雑誌などで散らかっているらしいが、サユリは実家で、顕正が部屋を散らかしている光景を見たことがない。

 その性格は変わっていないようで、全体的に綺麗に整理されている。

 そもそもあまり物欲の多い人間ではない顕正は、嗜好品すらほとんど買うことがない。

 机には教科書類と参考書、本棚には申し訳程度の文庫本しか置かれていなかった。

 これくらいは想定内である。見回しただけで分かるようなボロなど出さないだろう。

 次はベッドだ。

 無いとは思うが、もしかしたら一人暮らしなのを良いことに、女性を連れ込んでいるかもしれない。

 もしそうだったら、ベッドに長い髪の毛が落ちている可能性がある。ちなみに長い髪の毛と限定されているのは、顕正の好みが髪の長い人だと知っているからだ。それくらいはお見通しなのである。

 ベッドは丹念に調べないといけない。

 もしもベッドに長い毛が落ちていたら、それは紛れもない『不純異性交遊』の証なのだ。

 だからしっかり調べる。

 そのためには顕正のベッドに寝て、転げ回り、布団に染み付いた顕正の匂いを嗅ぐのは必要なことだ。

 

 

「うにゅー!スーハー、スーハー、けんちゃんけんちゃんけんちゃん!」

 

 

 鼻腔から脳髄に、顕正の匂いが浸透する。半年もあっていなかったからか、その甘美な香りに酔いしれた。

 会えなかった間は、直前に拝借した下着類で我慢していたが、最近は匂いが薄れて来た。この滞在期間に新しい『物資』を補給しなければならない。

 顕正のベッドを本能の赴くまま堪能した後(時間にすれば約10分ほどだ)、今度のチェック対象は衣服の詰まった箪笥へと移った。

 一段目を開けるために手を掛けたその時、サユリの目に箪笥の上に飾られた三つの写真立てが入る。

 横一列に並べられたそれらの内、左と真ん中はいい。左はサユリと両親、顕正が写った写真で、これは顕正がサユリの家に来た日に記念に撮ったもの。真ん中は顕正の中学卒業の時のもので、クラスメイトに囲まれて笑っている顕正がいる。

 だが右の写真。これは知らない。

 顕正の様相を見るに、割と最近のものだと分かるそれは、歴史を感じさせる趣ある建物の前で撮られたもので、見慣れない格好をした顕正が写っている。

 いつもより凛とした佇まいの顕正に思わず口元が緩むが、重要なのはそこではない。

 

「誰なのこの女たちは……!?」

 

 写っていたのは顕正だけではない。彼の左右に、見たことのない『女』の姿があった。

 修道服らしきものを着たショートカットの女性は、まだいい。顕正の好みから外れた髪型であり、顔つきから見て取れるのは真面目そのものの性格。顕正は尊敬こそすれど、恋仲になるほどの距離感はないだろう。

 しかし、その反対側の方はダメだ。

 

「き、金髪……」

 

 まず髪はクリアしている。写真でも分かる美しいブロンドの髪は風に揺れていて、恐らく地毛だ。

 柔らかい笑みを作るその女性は見るからに日本人ではなく、想像に過ぎないが、サユリよりも年上だろう。

 つまり、『お姉さん』。

 これはマズイ。

 サユリによる綿密な調査から、顕正の好みはロングヘアーのお姉さんだということが判明している。

 今までの調査ではそこに『黒髪』が追加されていたが、離れていた半年の間に嗜好の変化があったのかもしれない。

 そして、顕正との距離がシスターの女性よりも近く、それでいて女性の表情に照れが見えない。彼女にとっては普通の距離なのだろうが、顕正は少しはにかんでいるようで、女性に対して悪い感情を抱いていることはないようだ。

 自分の知らない内に出来た、顕正の交友関係。

 しかし、サユリの危機感はそこまで大きなものにはならなかった。

 写真に過ぎず、尚且つ服の上からなので確証はないが、この女性よりもサユリが勝っている部分に気付いたからだ。

 

「――残念だけど、あなたじゃけんちゃんの好みのおっぱいとは言えないわね!」

 

 胸である。

 顕正は胸が大きく、髪の長い、『お姉さん』らしい女性が好きなのだ。

 その証拠に、あっさり見つかった箪笥の隠しスペースには、巨乳のお姉さん系のエロ本が多く入っていた。

 隠したつもりなのだろうが、顕正のことを知り尽くしたサユリには何の意味もない。

 もはや写真の女性は脅威ではない。

 そう判断して、サユリは隠してあった本たちの見聞に入る。

 お姉さん系の本が多めだが、それ以外のものも含まれている。

 

「むむむ、これは処分。これは、まぁ、いいかな?妹系は……処分」

 

 顕正の健全な成長のため、と称した『検閲』は、顕正から食事の準備が出来たことを知らせる声が聞こえるまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終え、リビングでテレビを見ながら一息つく顕正。

 サユリは、食事を手伝わなかったから、とキッチンでお茶を淹れているところだ。

 

(……ユリ姉さんはちゃんと箪笥のチェックまで終えただろうな)

 

 食事の準備をしている間、戻ってこなかったサユリの行動を、顕正は完全に把握していた。

 いくらなんでも、二日ほど過ごすだけな荷物しか持って来ていないサユリが、整理に数十分もかかるわけがない。

 顕正の部屋に侵入し、調査をするであろうことは読めていた。

 そのため、箪笥の隠しスペースには、あらかじめ用意しておいたダミーの本を詰めてある。

 比率も計算していて、姉が不機嫌にならないようにお姉さん系の本を多めにし、それ以外を少し混ぜてあるのだ。

 本命の本たちは、もっと安全な場所に避難させてある。友人からの預かり物もあるので、姉の検閲で処分されては堪らない。

 

(あとは、薬でも盛られないかの心配だけだが……)

 

 流石にそれはないだろう、と思っている。

 確かに、夏休みに泊まりにこようとした時は心配していたものの、いくら少々常識外れの動きをする従姉であってもそこまではしないだろう、と考え直していた。

 あくまで想像で、それくらいやるんじゃないか、というだけで、現実にそんなことまではするわけがない。

 何事もなく一日が終わりそうだ、と考えていると、サユリがティーカップを二つ持ってリビングにやって来た。

 

「おまたせー。ちょっと考え事してたら、お茶っぱ蒸らしすぎちゃったかもー」

 

 ごめんね、と言いながらカップを差し出して来た。

 

「あぁ、大丈夫だよ。そこまでこだわりがあるわけじゃないって、ユリ姉さんも知ってるだろ?」

 

 苦笑し、受け取る。もともと顕正はコーヒー派で、紅茶にはそれほどうるさくないし、少しくらい風味が崩れていても、淹れてもらったものを突き返すようなことはしない。

 それくらいは対した問題ではない、と口を付けようとしたその瞬間、

 

 

(――Gift.)

 

 

「……」

 

 胸元から相棒に伝えられた言葉で動きを止めた。

 ギフト。

 贈り物の意である。

 英語で言えば、ただ単純にそれだけなのだが、それがベルカ語、ドイツ語としての言葉であれば、綴りも発音も同じであっても意味がガラリと変わる。

 もともとは英語と同じく『贈り物』を意味する言葉だったが、それが変遷して意味が変わって使用されている単語。

 顕正の相棒、『光輝の巨星』グランツ・リーゼはこう言っているのだ。

 

 

 ――『Gift.(毒だ。)』と。

 

 

「……」

「どうしたの、けんちゃん?」

 

 笑顔で首を傾げる従姉の顔に、今すぐ手に持つティーカップを投げつけたいところだが、ぐっと堪える。

 

(ほ、本気で一服盛ってきやがったっ……!!)

 

 従姉妹が無邪気に見えるその笑顔の裏で、えげつない考えをしていたことに気付き戦慄した。

 あくまで自然にお茶を淹れる流れを作り、その上で蒸らす時間が長かったため、と多少味が変わっていても怪しまれず飲むような状況に持ち込んでいる。

 仮にグランツ・リーゼの警告がなければ、顕正は疑いなく紅茶を口にしていただろう。

 先ほど心の中での信頼を返して欲しい。

 切実にそう思うが、しかしこの場で指摘すれば、どうやって毒を感知したのか問われるかもしれない。

 この窮地を脱するために……。

 

「――そうだ、ユリ姉さんが来るから、ケーキを買ってあるんだよ。悪いけど、冷蔵庫からとってきてくれない?」

 

 一旦カップを置いて頼めば、サユリは目を輝かせながら、

 

「そうなの!?ありがとうけんちゃん!すぐ取って来るね!」

 

 とキッチンに向かった。

 その背を見ながら、顕正は胸元の相棒を握りしめ、正三角形の中で剣十字が回転するベルカ式魔法陣を展開。

 

(グランツ!)

 

(Entgiftung.(汚染除去。))

 

 僅かな群青色の魔力光と共に、カップ内の紅茶が除染された。古代ベルカ時代に使用されていた、古めかしい解毒魔法である。戦場でだけではなく、毒を用いる様な原生成物と戦う時に重宝したものだという。

 まさかこの魔法を日常生活で使うことになるとは、と。

 顕正は、もう油断などするものかと固く決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 住宅街が、ほぼ全て寝静まったであろう深夜。

 客間で布団に入っていたサユリは、静かに、しかし力強く掛け布団を押し上げた。

 そう、これから始まるのだ。本当の戦いが。

 そろそろと音を立てぬ様に部屋を出て、顕正の部屋へと向かいながら、心の中で両親に対しての報告をする。

 

(お父さん、お母さん、サユリは今日、ついにけんちゃんと結ばれます……!)

 

 言ってしまえば、夜這いである。

 そのために体は念入りに清めてあり、勇気を出して勝負下着まで着用した。

 あとは顕正が乗って来るかどうかだが、その点についてはあまり心配していない。

 食後のお茶に混ぜた、遅効性の『元気になるお薬』の効果を信用しているからだ。

 どんな紳士でも狼に変えるという触れ込みのそれが入ったお茶を、顕正が口にしたのはしっかり見ている。

 不安要素は何もない。

 顕正の部屋の前に辿り着き、バクバクと大きく高鳴る鼓動を抑えるために一度深呼吸。

 いざ、とドアに手をかけ、静かにそれを押す。

 月明かりだけが光源となる薄暗いその部屋に入り、顕正が寝ているだろうベッドに目を向けた。

 頭の中は、これからの目眩く官能の世界で埋め尽くされて――

 

 

 

 

 

 

 

 それが、その日のサユリの覚えている最後の記憶である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……本当に仕掛けてきた)

 

 えへへー、と幸せそうな顔で意識を失っているサユリを肩に担いで客室に運ぶ。

 お茶に一服盛ってきたときから可能性はあるだろうと思っていたため、グランツ・リーゼに警戒させていたのだ。サユリの反応が近づいていることを知らされて起きた顕正は、サユリが部屋に入ってきたときには扉の影に潜んでいた。あとは魔力を使った簡単な当て身技でサユリの意識を奪う。魔法抵抗力の低い一般人であれば、これで簡単に無力化させられるのだ。

 今日ほど魔法文明を知っていることに感謝した日はない。毒も夜這いも、顕正が『普通の人間』だったら回避することが出来なかっただろう。

 

「――グランツ、俺はお前との出会いに感謝するよ」

『Gut.』

 

 割と本気での言葉だったのだが、グランツ・リーゼからの返事は何処と無く素っ気ないものだった。

 

 

 

 





完全ガードだ!


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