盾斧の騎士   作:リールー

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 こんなのシグナムさんじゃねぇよ!
 って自分でも思ってる。


第十六話 dream chaser

 初めて彼に出会った場所は、戦場だった。

 もはや全体の勝敗はこちら側に傾いていることは明白で、追撃戦の差中。

 敵軍を追っていたシグナムは、突如として味方が木っ端のように吹き飛ばされている光景を目の当たりにし、その現場に向かった。

 そしてその場で、無数の兵を相手取り、嵐のように暴れまわっていた男と剣を交え、――尋常な一騎打ちで敗北したのだ。

 

 

 

 次に会ったのは、当時の主が仕えていた国の、城下町でのこと。

 

『お前さん、夜天の守護騎士、烈火の将だろ?噂で聞いた通りの巨乳だったからすぐ分かったぜ』

 

 戦場での精悍さとは打って変わった軽薄さで、シグナムにボディタッチしてきたことを覚えている。握手のために差し出した手をスルーされ、いきなり胸に触られた。

 一通りボコボコにした後でハッとなり、そもそも敵国の騎士が何故ここにいるのかと問いただしたが、返ってきた言葉に大いに驚くことになる。

 

『――あぁ、俺はあの国の騎士じゃねぇんだよ。傭兵って奴でな、色んな戦場を巡ってるのさ』

 

 紅葉のついた頬を摩りながら彼は言う。

 『騎士』と名乗っているが、特定の主君は持たず、世界を放浪して腕を磨いているのだ、と。

 後で情報を集めてみれば、それだけではなかった。

 通常、『騎士』とは主君に忠誠を誓った優秀な兵士を指すのだが、彼の場合はそうではなく、『複数の国家から』認められて騎士と名乗っているのだった。

 

 例外中の例外、主を持たぬ騎士。

 『自由騎士』と称された男。

 

 金糸の如く光を返す金髪と、鳶色の瞳を持つ盾斧使い。

 

 『盾斧の騎士』ヴェント・ジェッタ。

 

 それは、現在から600年ほど前の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェントは、不思議な男だった。

 いつの間にか気安く触れ合える位置にいるのに、それが不快なものにならない。

 相手の心の中に、するっと入って行くのだ。

 傭兵として雇われ練兵場に加わったヴェントは、つい先日まで敵であったにも関わらず、すぐに兵たちと打ち解けていた。

 特に当時の夜天の主とは気が合ったようで、性別の差など感じさせない友人として親交を深めていた。

 そのためヴォルケンリッターの面々もヴェントと関わる機会が増え、警戒心の強いヴィータでさえ、ヴェントに対しては懐くほどのものになるという、シグナムからすれば考えられないほどの馴染み具合だ。

 しばらく、リーダーの務めとしてヴェントを警戒し続けたシグナムだったが、それもいつの間にか消え、時折ヴェントと共に酒場へ呑みに行った。その頃には警戒は消え、自身を破った歴戦の騎士である友人として扱って居た。

 普段の軽薄な言動からは微塵も思えないが、ヴェントは戦うことに関しては真面目な男で、一度戦闘になると他者の追随を許さぬ、無双の騎士と言えるほどの実力者だった。

 彼と幾度となく試合をし、互いに技術を高め合った。

 

 シグナムが彼を見る目が完全に変わったのは、ある日の夜、飲み屋でのことだ。

 ヴェントは酒に強く、そして酒量を弁えて飲むため、酒に酔った状態は非常に稀だったのだが、その日は事情が違っていた。

 酒場にいた酒豪との飲み比べをしたせいで、帰るころには完全に出来上がっていたのだ。

 ふらふらになったヴェントに肩を貸し、兵舎まで送る最中、ヴェントは静かに呟いていた。

 

『……倒すんだ……『白き龍』を、必ず……』

 

 声は悲痛な響きだったが強い意思もあり、その顔は普段の軽薄さも、戦闘時の精悍さもなく、まるで泣き出しそうな幼子に見えた。

 

 

 翌日、迷惑を掛けた、と謝罪に来たヴェントに、シグナムは意を決して聞いた。

 白き龍とはなんなのか。

 ヴェントはしばし迷った後、語り出した。

 

『……もう、十年以上前のことだ。俺の暮らしていた村に、突如として巨大な龍がやってきた』

 

 神々しく、まるで神の使いであるように思えたという。

 

『そいつはその不可思議な翼で大地を砕き、長い尾で家を薙ぎ倒し、黒い吐息で人を焼いた』

 

 もちろん、抵抗はした。

 しかし村にいた魔導師は年老いた老婆と、その弟子のヴェントだけで、彼女の補助を受けた村人たちが農具で斬りかかる程度。

 当時10歳だったヴェントも、幼くとも魔導師としてそこに加わっていたが、龍に傷一つつけられなかった。

 

『龍はしばらく暴れた後、現れた時と同じように突如として空に消えて行った。村は壊滅的な被害を受けていたものの、まだ人は残っていたんだ。復興のために尽力しようと、残された者たちで互いを支え合っていた』

 

 しかし、それは長く続かなかった。

 龍のばら撒いた未知のウィルスによる、村人の凶暴化が始まったのだ。

 赤く染まった瞳と、黒い瘴気を纏った人々は互いに殺し合った。

 

『俺も狂化しかけた。だが何故か俺だけがその影響を乗り越え、正気を取り戻すことが出来た』

 

 ヴェント以外の村人は、皆死んだ。殺し合いを生き抜いた者も、その後急激に衰弱し、この世を去った。

 残されたヴェントは、『白き龍』を打ち倒すために旅を始めた。

 

『あぁ、勘違いするなよ?別に龍が憎くて、復讐するためだけに生きてるんじゃない。――最初のうちはそうだったけどな』

 旅し、その途中、古代遺跡の奥に安置されていた相棒たるデバイス、『光輝の巨星』グランツ・リーゼと出会い、いつか龍に勝つために研鑽を続けた。

 そして世界を放浪する中、各地で様々な理不尽にあっている人々を、流されるままに救ってきたのだという。

 時に盗賊に、時に怪物に、生活を脅かされ、嘆く彼らの涙を見る度、ヴェントは心の中で、憎しみ以外の感情が大きくなっているのを感じていた。

 

『――虚しさと共に、怒りがあった。なんで人はこんなに無力なのか。運命に翻弄されて、絶望するしかないのか』

 

 それを覆したい。

 絶望だけでは終わらないのだと。

 人は理不尽に抗えるのだと。

 証明したい。

 

『復讐のためだけじゃない。人の可能性を示すための手段として、俺は『白き龍』を探す』

 

 そう語ったヴェントの鳶色の瞳には、燃えるような熱がこもっていた。

 

 シグナムはその目を、真正面から見た。見てしまった。

 その熱意は、シグナムの心にかつてない感情を植え付ける。

 

 プログラム体である自分が、こんな感情を持つなど間違っている。

 沸き立つはずのないその想いに蓋をしようとして――精神リンクを形成している主に気付かれた。

 主はニヤニヤ笑いながらではあるが、シグナムを応援してくれた。その感情は『心』を持つものなら当然のものだ、何も間違ってなどいない、と。

 

 主の後押しもあり、シグナムは自分なりに精一杯努力して、ヴェントとの仲を深めた。

 しかし、初めての感情を持て余し、なかなか想いを口に出せない。胸に秘めたそれを伝えられず、そしてそれを知らずにヴェントは己を高め続ける。

 そんな日々を送っていると、主とシグナム、そしてヴェントに、国からの任務が言い渡された。

 

 国境に位置するある村で、災害が起きている。

 詳細を確認するために現場に急行せよ。

 

 それは客兵として国に仕えていたヴェントへの、最後の指示だった。

 

『これが終わったら、また旅に出るつもりだ』

 

 もとよりヴェントは、自由騎士だ。争いの気配のなくなったこの国に、長く留まる理由はない。再び龍を探す放浪に戻る、と。

 

『ヴェント、この任務が終わったら、貴方にプレゼントがあるの』

 

 そう朗らかに言った主の目は、ヴェントではなくシグナムの方を見ていた。

 ヴェントへの餞別を、主が以前から用意していたことは知っている。

 そしてこのタイミングでこちらを見ているということは……。

 

『……私からも、お前に伝えたいことがある』

 

 内心を隠すための仏頂面でシグナムは言ったが、ヴェントはそれにも気付かず、

 

『おー、そうかそうか。じゃあ、気合い入れて最後の仕事に行きますかね!』

 

 爽やかな笑顔だった。

 旅に慣れ、別れにも慣れているヴェントには、特別なやり取りではないのだろう。今まで幾度となく通った道だ。

 任務が終わったら、必ず伝えよう。

 心で燃え上がるこの情熱を、彼に。

 

 

 

 

 

 そんなシグナムの決意は、脆くも崩れ去った。

 

 

 

 

 

 

『瘴気の影響はこの薬で鎮められる!――俺がこいつを食い止めてる内に早く行けシグナム!!』

 

 

 

 

 

 

 ひと気のない村に辿り着いた三人が出会ったのは、瘴気を撒き散らす『黒い龍』だった。

 

 油断からその爪を受けてしまった主。彼女の傷口からは、蠢く黒い瘴気が見えている。

 主を抱えて判断に迷っていたシグナムの背中を、ヴェントの叫びが押した。

 

 この場で主を危険に晒しながらヴェントに加勢するか。

 大局をみて、体制を立て直すために引くのか。

 

 

 

 夜天の守護騎士、烈火の将シグナムは、後者を選んだ。

 

 

『……死ぬな、ヴェント』

 

 絞り出すようにして口にした言葉は、自らがゾッとするほど冷たかった。

 

『……任せろって。悪虐非道の『理不尽』を打ち滅ぼすことこそが、『盾斧の騎士』ヴェント・ジェッタの使命だ!』

 

 龍滅を掲げ、黒龍の元へ向かうヴェントに背を向け、シグナムは駆け出した。

 

 主を安全な場所に、そして一刻も早く増援を呼び、ヴェントの元へ駆け付ける。

 

 

 自らがすべきことで思考を埋め尽くし、それ以外の考えを全て捨て去って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シグナムが増援と共に村に駆け付けた時、そこに残されていたのは大規模な攻撃による、凄まじいまでの大地の破壊痕と、その進行上で体の半分以上を失い、息絶えた黒龍だけ。

 

 

 

 

 ――ヴェントの姿は、どこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、『燕返し』!」

 

 伸びてくる二度の魔力斬撃を避け、シュランゲフォルムに姿を変えたレヴァンティンで応戦する。

 連結刃に対処し切れず、顕正は体に幾つもの傷を受けているが、その数は以前の戦闘よりも確実に少なくなっている。

 その上、

 

「はあぁぁぁ!!」

 

 体を回転させながら襲い来る刃に長剣を合わせ、その勢いのまま盾を前に向けることで攻撃の後の隙を最小限にし、強引にガードのタイミングを作る。

 そして盾に当たった連結刃の衝撃を殺さず、後方へと距離を取った。

 シグナムは顕正の移動に合わせてレヴァンティンを操るが、ワンテンポ遅い。

 

「――グランツ!」

 

『Axtform. (アクストゥフォルム)』

 

 大斧へ変形したグランツ・リーゼを振るい、飛来する刃を弾く。

 変形を許してしまったことに苦い顔をするシグナムは、レヴァンティンを直剣に引き戻した。

 二人の距離は更に開いたため、普通であれば連結刃による中距離攻撃で、顕正が一方的になぶられるしかないにも関わらず、だ。。

 普通であれば。

 『盾斧』でなければ。

 

「あああぁぁぁぁ!!」

 

『Freilassung. (解放)』

 

 大気を揺るがす炸裂音。

 5発しか貯められないカートリッジ消費の一発を自身の後方で解放することで、弾丸のような速度で相手に接近する。

 

 名付けて、『降魔成道』。

 

 音を置き去りにする高速移動中、軋む体に喝を入れて姿勢を制御。

 完璧に使いこなせているわけではないが、一日に数回ならば今の顕正でも可能だ。

 そのままシグナムへと突っ込む。

 だがシグナムはその動きを、『知っている』。

 飛び込んでくる顕正に剣の腹を向け、顕正の特攻を受け止めた。

 

「ぐっ……!」

 

 足元に展開した魔法陣によって自身の座標軸を固定し、姿勢を崩さぬようにしているが、そのせいで腕も剣も悲鳴をあげている。

 それでも、耐えられないレベルではない。

 体は痛むが、心はかつてないほど燃え盛っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 ヴェント・ジェッタが消えてから、シグナムの心は荒れ狂った。

 とはいえ、生活に支障をきたすことがなかったため、周りには悟られなかった。

 日常的な会話は勿論、戦闘行動すら可能。むしろ戦闘に関しては、以前よりキレのある動きが出来た。

 シグナムと関わりのある兵士はおろか、長きをともにしていたヴォルケンリッターの仲間ですら気付かなかった。

 悲しみ、苛立ち、その全てを心の内に押しとどめたのだ。

 胸に秘めることは得意だ。今までだってずっと隠してきた。

 だから、大丈夫。

 

 

 

 それでも、主だけには気付かれてしまった。

 

 

 

 精神リンクによるものだけではない。

 同じ『女』であり、シグナムの想いを知っていた唯一の人物であった主にしてみれば、シグナムの心境を感じ取るのは容易いことだった。

 主の部屋に呼び出され、大丈夫だ、私になら話してもいいんだ、と。

 その主の心遣いを受けた時、シグナムは決心した。

『――お願いです主。私の記憶を消して下さい』

 

 声はきっと、震えていなかった。

 こうするべきだと、シグナムの中の合理性が全力で後を押していた。

 もともと、間違いだったのだ。

 プログラムである自分には、偶然起きたエラーのようなもの。

 だから。

 

『……分かったわ、シグナム』

 

 苦虫を噛み潰したような顔で了承し、彼女は夜天の書を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 今になって分かるが、当時の主はシグナムの記憶を消していなかったのだろう。

 プロテクトを掛け、システムの奥深くに封じ込めていただけだったのだ。

 恐らく、解除の方法は『盾斧の騎士』との再会。

 生死不明のヴェントが、きっと生きていると信じての処置。

 

 ヴェントとの再会という奇跡は起きなかったが、その代わり、彼の血と意思を受け継いだ新たなる『盾斧の騎士』に出会う奇跡に巡り合った。

 その上、彼に騎士としての道を示してやれた。

 あの日命懸けで救ってもらった、せめてもの恩返しが出来たのだ。

 

 

 突撃のあと、炸裂打撃のタイミングを計っている顕正。

 これまでの戦いで、彼の技量はおおよそ把握した。

 何も知らなければ、恐らく10回に1回はシグナムに打ち勝てる。

 だが、『盾斧の騎士』の戦い方を思い出したシグナムは、まだまだ負ける気がしない。

 弱いというのではなく、やはり肉体的にも技術的にも進歩の余地がある顕正では、無双の騎士とまで噂されたヴェントと数々の試合をしたシグナムには届かないのだ。

 心躍る勝負ではあったが――。

 

「笹原。次で、決めるぞ」

 

 宣言した。

 

「っ!……はい!」

 

 互いに大きく距離をとった。

 顕正も分かっているのだ。今の技量では、万に一つも勝ち目はないと。

 尋常な決闘として始まったものの、以前の戦いとは違ってシグナムは顕正の動きに完全に対応して見せた。力量差から言って、これは決闘よりも稽古に近い。

 そしてシグナムはわざわざ、次で終わりにすると伝えてくれた。

 ならば、今はその胸を借りよう。

 自身の持つ最大威力のものを、撃ち込む。

 以前は不発で、しかも放てばその反動で数日は身動き出来ぬほどのダメージを受けていた技。

 シグナムも、顕正があの日撃とうとしていた技を使うと分かっているのだろう。

 レヴァンティンの刀身と鞘を合わせ、カートリッジを炸裂させた。

 

『Bogenform!(ボーゲンフォルム)』

 

 発声と変形。

 直剣、連結刃に続く、レヴァンティンの第三形態。――大弓だ。

 顕正はその形態と、それから放たれる技を知っている。

 本気で、来てくれている。

 それが分かった。

 

 

「行くぞ、グランツ」

 

『Jawohl. (了解。)』

 

 可能な限り心を落ち着かせ、静かに相棒へと声をかけた。

 

 

 

『Freilassung. (解放)』

 

『Freilassung. (解放)』

 

『Freilassung. (解放)』

 

 

 

 回転した盾刃の内部で、一挙に三度の連続解放。

 バチバチと撃力エネルギーが圧縮され本当の解放の瞬間を待っている。

 漏れ出た赤いオーラを纏い、顕正はシグナムを見据えた。彼女もカートリッジ二発を消費し、魔力矢の生成を終えている。

 

「……行くぞ」

 

「……はい」

 

 短いやり取りの後、一呼吸。

 

 先に動いたのは、シグナムだった。

 

「――駆けよ、隼!」

 

『Sturmfalken!(シュツルムファルケン)』

 

 発射の際に更に二発のカートリッジ。

 滅多に使うことのない、しかしシグナムにとって最大級の魔法だ。

 射撃といえども、合計でカートリッジを四発消費しての攻撃である。威力においては、一般的な砲撃魔法を大きく上回る。

 高速飛来し、直撃後は爆炎を撒き散らす大魔法。

 

 だが、長剣形態の大盾で全力の防御をしても容易く蹴散らされる矢が迫っているというのに、顕正は焦っていなかった。

 今こそ見せるのだ。

 自分の全力。

 矢を迎え撃つのは『盾斧の騎士』が誇る、『対龍砲撃魔法』。

 身を包む赤が盾斧に収束し、

 

 

 

 

「……『破邪』」

 

 

 

 振り抜く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『顕正』っ!!!」

 

 

 

 

 

 煌めく風が巻き起こる。

 

 三発の撃力カートリッジを圧縮し、行える最大限の魔力制御により指向性を持たせた砲撃。

 

 堅く分厚い龍の体皮を食い破る衝撃砲は飛来する矢を散らし、

 

 海鳴市に広がっていた『封鎖領域』の結界を突き抜け、

 

 空を覆う雲すら貫いた。

 

 

 

 

 

 

「……見事だ、『盾斧の騎士』」

 

「……はい。ありがとう、ございました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シグナムは『稽古』を終えると、その足でミッドチルダへ戻った。

 

『私の目的は、全て達成したからな。……また試合おう、――騎士ケンセイ』

 

 晴れやかな笑みを浮かべていたのは、次に戦うとき、顕正が今以上の力をつけていることを確信しているからだ。戦闘狂と揶揄されていることを否定しない彼女に、また一つ楽しみが増えた。

 

 そして結界が解け、喧騒を取り戻した街の中。

 顕正とサユリは帰路についていた。

 

 より正しく言えば、『顕正がサユリに背負われて』帰路についていた。

 

 

「もー、歩けなくなるくらいになるまで試合するって、どういうことなのー?」

 

「め、面目ないです……」

 

 まったくもう、と頬を膨らませるサユリ。小柄な体格にも関わらず、筋肉質でそれなりに身長のある顕正を背負っても安定して歩いている辺り、超人的と言える。

 

 現段階で最強の一撃、『破邪顕正』は、夏より精神的にも技術的にも成長した顕正であっても未だ制御仕切れないものだ。

 天を撃ち抜く風の暴威を放った顕正の体は限界を迎え、今は歩くことすらままならない。

 しばらくすれば肉体活性魔法で動けるようにはなるだろうが、家に帰るまではサユリに背負われ続けるしかない。

 羞恥と屈辱の極みだが、仕方がなかった。

 

「で?話してくれるの?」

 

「……あぁ、そうだった。話さなきゃ、だよな」

 

 離れて見ていたサユリに、全てが伝わるとは思えない。

 というか、戦いながら語ったことの大半は顕正とシグナムだから理解できるものだ。サユリどころか、なのはやフェイトが聞いて居ても理解出来たか怪しい。

 なんと説明すればいいか、と考え、そして慎重に言葉を探した。

 

「シグナムさんはさ、迷ってる俺の背中を押してくれたんだよ」

 

 それは間違いない。

 どうやら以前は覚えていなかった『盾斧の騎士』のことを、思い出したのだろう。

 先代であるヴェント・ジェッタのことを知る彼女からすれば、うじうじと悩み続ける自分に喝を入れたかったのではないか。

 

「……それでなんで、『決闘』するっていう発想になるのか、お姉ちゃんには理解不能だよ」

 

 普段のあんたの言動の方が理解不能だ、と言ってやりたかったが堪えた。

 まぁ、サユリが言わんとすることは顕正にも分かる。

 剣を交えねば分からないことは確かにある。

 しかし決闘ではなくとも、言葉で伝えられることだって多いだろう。

 それは、確かなことなのだが……。

「くっ……」

 

 戦っているときのシグナムの様子を思い出し、口から軽い音が漏れた。

 

「?どうしたの?」

 

「あぁ、ごめん、つい」

 

 一度思い返してしまえば、中々『笑い』が収まらない。尊敬する騎士を思ってこんなことになるのは失礼極まりないが、それでも堪えられないものがあるのだ。

 

 

「――あんなに饒舌なシグナムさんなんて、滅多に見られないだろうからなぁ」

 

 

 顕正は、シグナムが普段は『寡黙』な騎士なのをしっかり知っているのだから。

 親しい相手には割とフランクになることも同時に知っているのだが、あれほど情熱的に語るシグナムの姿はレアだろう。

 

(……『言葉にしなければ伝わらない』か)

 

 あの熱意に答えられなければ、何が『騎士』か。

 こんな態勢で伝えるのも妙な気はするが、それでも。

 

「……ユリ姉さん、俺の夢って覚えてる?」

 

「うん。学校の先生でしょ?」

 

 サユリにはというか、叔父夫婦にもであるが、顕正は将来の夢を話したことがある。

 今は亡き両親がどんな風景を見ていたのか知りたい。

 それが、『笹原 顕正』の夢だ。

 だがそれに加えて、騎士としての夢もある。

 

 先代の夢見た未来。

 人の可能性を証明し、運命に抗う勇気を人々に伝えていく。

 

 その遺志を継ぎたいとも思う。

 グランツ・リーゼに残された先代の想いを、顕正は受け取っている。

 

 どちらを選ぶか、悩んでいた。

 立ち止まって居た顕正の背を、シグナムは押したのだ。

 人の可能性。

 それを信じられないようでは、『盾斧の騎士』は名乗れない。

 

 龍を倒すことを諦めない。

 

 教師の夢も、諦めない。

 

「どっちも目指したって、いいじゃないか」

 

 不可能であるとは思わない。

 そして、そのどちらもを成立させるために、まずは力を付けなければならないのだ。

 教師になる夢は、このままでも追えるだろう。

 高校を出て、大学へ行き、教員資格を取る。

 だが龍滅の方は?

 今の力量でどうにかなるとは思っていないし、このまま管理外世界で一人鍛え続けても、いずれ頭打ちがくる。

 本気で目指すなら、最高の環境を求めるべきだ。

 

「姉さん、俺さ」

 

 一歩踏み出すために、伝えよう。

 

「――来年、聖王教会騎士団に入ろうと思う」

 

 

「……急な話だね」

 

「あぁ、早い方がいいと思って」

 

「学校はどうするの?」

 

「……無理言って入学したのに申し訳ないけど、中退するよ」

 

「……」

 

 サユリは深くため息をついた。

 その顔は顕正からは見えないが、怒っていたり、理解出来ていないわけではないようだ。

 

「……止めないんだ?」

 

 去年、顕正が聖祥大付属を受験することを決めたときは、泣き叫んで暴れたものだが、サユリはため息一つで済ませた。それが顕正には意外だった。

 

「私だって本当はわかってるんだよ?けんちゃんの声が本気なときは、何言っても聞いてくれないって」

 

 そして顕正がサユリに重要な話をするときには、大体の障害は既にクリアしているということも。

 

「頭の中で計画も全部出来てるんてしょ?お父さんとお母さんの説得も含めて」

 

「まぁ、ね。元々、いつか話さなきゃいけないことでもあったし。それを予定より早めただけ。そんで、ちょっと俺のワガママを通させてもらう」

 

 叔父夫婦にはまた心配をかけることになるだろうが、二人の理解力を考えて、説得出来ないとは思えない。道筋立てて、自分の本気をしっかり伝えれば、分かってくれると信じている。

 話すタイミングは、冬休みで帰省したときだろう。夏休みに帰らなかった分、休みをほぼ使ってでも、語ろう。

 まずは叔父夫婦の説得。それが終われば、聖王教会への打診。管理局側にも手続きなどがあるだろうし……。

 

 やることは多いが、一番いいと信じる道だ。

 そのために出来ることは、なんでもしよう。

 

「――あんたの理想と俺の夢、どっちも叶えて見せるさ、ご先祖様」

 

 宣言は、彼を背負って歩くサユリにしか聞こえない程度の声だったが、そこに込められた熱量は確かに炎を超えていた。

 

 

 

 

 

 




 あと一、二話の閑話を入れて、盾斧の騎士の第一章、高校生編は終わりになります。
 次章は騎士団編。またオリキャラが増える…。
 いつまで空白期やってんだよと言われると思うのですが、騎士団編終わったらようやくStsに入ります。
 空白期はイベントが分からないせいで、自分で作って、そのうえで原作設定とのすり合わせもしなければいけないので非常に面倒くさいです。


 えー、そして謝罪を。
 すいません、深く考えないで書き始めたせいで、主人公の教会入りがすごい無理やり感あると思います。
 Stsで機動六課にがっちりからませるとなると、主人公が高校を卒業するのを待っていると教会入りが18歳。実務経験1年で六課にかかわるのはあまりに不自然だったので、高校中退の道を選びました。
 あと、誰にも突っ込まれなかったので黙っていましたが、原作設定だと八神家の面々は中学卒業と同時に地球の家を引き払ってミッドに住み始めているので、休暇であっても地球にくることはほぼないはずなんですよね……。
 wikiを見ていて気付いたのですが、それを修正すると話が始まらなくなるのでそのままにしています。


 そんな感じで、各所に杜撰さが表れているテキトーな小説ですが、これからも走り続けていくつもりです。
 もともと今までで書いていたのがコメディ色の強い、深い設定のない文章ばかりだったのでシリアス系統は不慣れですが、応援してくださる方のために精進していきますので、これからもどうぞよろしくお願いします。



 ……真面目な後書きとか人生初ですよ、えぇ。


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