盾斧の騎士   作:リールー

17 / 33
 ちょっと間が空きましたが、生きてます。
 先に言っておきますが、作中の魔法に関する設定は大体勝手な想像に基づいているので深く考えないでください。


 閑話 桜と紅

 その日、八神 ヴィータは不機嫌であった。

 暦においては1月末で、まだ冬と言っていい頃だが、日本と違い四季の移り変わりのほとんどないミッドチルダでは少し涼しい、ぐらいである。

 本局航空隊に所属しているヴィータが朝からやって来たのは、ミッド都市部にある自然公園の一つで、広い敷地の中に一般解放された魔法訓練用のフィールドだ。

 休日ということもあり、それなりの人が気ままに魔法の練習をしている。

 その大多数はジュニアスクールに通うくらいの子供たちだが、ヴィータの前にやって来た二人組は違かった。

 

「遅れてごめんね、ヴィータちゃん。顕正くんがちょっと道に迷っちゃってて…」

 

「……まぁ、まだ約束の時間になってねぇし。それくらい別にいいけどよ」

 

 二人のうち一人は、ヴィータと長い付き合いの高町なのは。同じ時空管理局で働く同僚であり、齢16歳でエースオブエースと呼ばれている才女である。

 そしてもう一人が……。

 

「……」

 

 ヴィータを見て、目を丸くしている男、笹原 顕正だ。

 その反応で、内心イラっとしたが顔に出すのは控えた。とはいえ、そもそもが不機嫌だったので表情が変わらなかっただけなのだが。

 

 今日この訓練フィールドに集まったのは、顕正に中距離魔法の指南をするためだ。

 元々は、以前の事件解決のお礼としてなのはが顕正に請われたために決まったものなのだが、顕正に教えるならば同じ古代ベルカ式の使い手にも協力を仰いだほうがいいと、教導隊魂の疼いたなのはが教官資格をもつヴィータに頼み込んだのだ。

 基本人見知りをするヴィータは、最初断った。

 しかし敬愛する主であるはやてと、同じヴォルケンリッターのシグナムからも頼まれてしまい、渋々了承したという経緯がある。

 

 ヴィータを見て、顕正は思ったのだろう。

 こんな『小さな子供』に教わるのか、と。

 

 夜天の書の守護騎士プログラムとして、数百年を生きるヴィータだが、その肉体は10歳にも満たない童女のそれである。

 初対面で侮られるのはいつものことで、ヴィータの部隊に新人が入った時、いの一番に教育されるのは、彼女に対してチビとかガキとか幼女とか言ったら鉄槌の染みになるという『実際の事例』のことだ。ちなみに、過去に彼女のことを合法ロリと呼んで熱烈なアタックをした勇者が居たが、彼は鉄槌による指導を受けてもなお諦めずに、未だにヴィータに特攻を繰り返している。

 

 外見は幼い彼女が、魔法の指南をするということで不審に思っているのだろう。

 なのはに小声で話しかけているのが、ヴィータの耳に入ってきた。

 

「――お、おい、なのは。まさか今日指南を手伝ってくれる知り合いって……」

 

「うん、ヴィータちゃんだよ。砲撃と誘導系は私の専門分野だけど、どうせならベルカ式の誘導を教えられる人がいたらいいかなって」

 

「マジか……」

 

 呟く顕正。

 仕方が無いか、とヴィータは怒りを超えて諦めが入った。

 自分が彼の立場だったらきっと似たような、否、これ以上の反応をしていただろう。

 実力の分からない『童女』が、自身の指南役であるなど、中々受け入れられることではない。教官資格を取って教導に携わるようになってから、幾度となく立ち向かった壁である。

 ため息をつきつつ、顕正に声をかけようとしたヴィータだったが……。

 

「……なのは、俺は今、心の底からお前と知り合いでよかったと思ってるよ」

 

「え?」

 

 何のことかわからないなのはは首を傾げているが、そんなこと気にも止めずに顕正は背筋をピンと伸ばしてヴィータに向き直った。

 

 

「――初めまして、騎士ヴィータ。『盾斧の騎士』笹原 顕正です。かの『紅の鉄騎』に射撃を教授していただけるとは、……光栄です!」

 

 

 先程までの何処と無く情けない、『普通の少年』といった空気はどこへ行ったのか、ヴィータに対して過剰なまでの敬意を示す『騎士』の姿に、ヴィータもなのはもたじろいだ。

 

「お、おう。『鉄槌の騎士』八神 ヴィータだ。……あたしのこと知ってんのか?」

 

「はい、もちろんです。……あの、失礼ですが、騎士シグナムは何も伝達されなかったのですか?」

 

 顕正は不思議そうな顔だ。

 しかしヴィータは、はやてとシグナムから、シグナムとこの少年が誤解から戦ったことと、先日その決着をつけたこと、簡単な人物像などは聞いているが、それ以外は特に何も言われていない。

 

「そうですか……。では、ご説明させていただきます」

 

 と前置きしてから、顕正は語った。

 自身が600年前にベルカで行方不明になった騎士の末裔であること、その騎士は夜天の書の主、ひいてはヴォルケンリッターの面々と交友があり、当時の歴史記録を追体験するという修行方法により、それらのことを知っていること。

 そして、

 

「騎士ヴィータは、先代『盾斧の騎士』の、そして私の知る限り、近中距離魔法戦でトップクラスの実力を持つことも存じております。特に誘導系の射撃魔法においてはベルカの騎士随一であるとも。」

 

 そんな貴女に直接指南していただけるなど、光栄の極みです、と。

 スラスラと口にした顕正。

 長い人生経験を持つヴィータから見ても、その言葉や態度がなんの嘘偽りの無い、心からのものであることが分かる。

 おう、そうか、とそっけなく返しておいて、顕正の横でそれは持ち上げ過ぎでは、と考えていたなのはに念話で話しかけた。

 

(……なのは、こいつ、いい奴だな!)

 

(……ヴィータちゃん、流石にそれはちょろ過ぎると思うよ……。)

 

 呆れたような思念を返された。

 

 

 

 

 

 

 

 上機嫌になったヴィータが顕正の態度に、そこまで固くならなくてもいいと伝えてから訓練を開始して、はや一時間。

 顕正のバトルスタイルなどを聞き、本人が苦手だと自己申告した誘導系の魔法を見ることにして、分かったことがある。

 

「――あれだな、お前誘導弾の才能がねぇな」

 

「……やっぱりそうですか……」

 

 ベルカの誘導弾の伝統的な、魔力で形作られた『ブーメラン』を制御する訓練をしていたのだが、ヴィータはもう、顕正が何度『ブーメランがっ!?』となったか覚えていない。

 もちろん、普通に制御するだけなら顕正も出来るのだが、戦闘時に使用することを想定して、同時に複数、また、空中機動中での誘導制御だ。身動きしない状態で発射した2つのブーメランが、どちらも手元に帰ってくる確率は大体4回に1回。飛行制御魔法との並行使用では1つだけでも10回に1回。とても戦闘で使えるレベルでは無い。なお、顕正の横ではなのはが一度に30個の誘導を制御して光のワルツを演じており、少し離れた場所で魔法の練習をしていた子供たちが、目を輝かせて見入っていた。

 

「まぁ、元々ベルカ式は魔力の誘導制御が得意とは言えないからなぁ……」

 

 ベルカの騎士としては極めて優秀な制御能力をもつヴィータであっても、戦闘中に誘導できるのは10発ほどが限界だ。この分野でミッド式に勝つのは無理と言っていい。

 

「んー、誘導は諦めよう。代わりに、直射系の魔力弾を使い物になるようにしたほうが早そうだ」

 

「直射、ですか。……確かに、それでも牽制には十分ですね」

 

「おう。それに、魔力弾そのものを使うよりも、こっちの方がお前向きかもな」

 

 そう言ってヴィータが発動したのは、物質形成の魔法だ。彼女が得意とする誘導弾魔法、シュワルべフリーゲンを使う時に、魔力から鉄球を形成するものである。

 

「こうやって一度物理状態に変換しておけば、玉の魔力を固定しておくって制御が必要ねぇ。誘導する分と、固定しておく分の制御が掛からないから、それだけ制御を前に進むことに集中出来るはずだ。……本当は誘導弾の制御能力を見て教えるつもりだったんだが、お前の誘導制御を見る分には、これに切り替えても制御はほんの少ししか変わらないと思う」

 

 制御能力を上げる方法ではなく、必要なリソースを削るためのものなのだ。焼け石に水ということである。

 

「……なるほど、とりあえずやってみます」

 

 ヴィータから物質形成の魔法を教えてもらい、早速試してみた。

 魔力を変換して、ヴィータの鉄球とは違い、投擲を意識した小型ナイフを形成する。

 顕正の目の前に生み出された鋼色の刃は、そのまま物体加速魔法を使用すればそこそこのスピードで真っ直ぐ進んで行った。

 

「確かに、この方が楽ですね。真っ直ぐにしか進まない分、当てるのは難しいでしょうが、中距離での手段の一つになりそうです」

 

「おし、発動は問題なさそうだな。あとは動きながら使えるようにするのと、……本数を増やすか、威力を上げるか、どっちにする?」

 

「数を増やしても、自分の制御では威嚇射撃にもならない速度しか出なさそうですし……一本で満足のいく威力が出せるようにしたいです」

 

「分かった。じゃあ、まずは加速制御を重点的に……」

 

 ヴィータの熱心な指導の元、顕正は半時間ほど経つ頃には、自分でも納得のいく『射撃魔法』を使えるようになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それじゃあ、次は私の番だね」

 

「あぁ、頼む」

 

 射撃の次は砲撃だ。

 これは完全になのはの専門になるため、ヴィータは口を出さないようにしている。

 

「顕正くんの『刹那無常』の使い方を見てると、せっかくの砲撃がもったいないと思うんだ。あれだけ制御された砲撃が出来るんだから、牽制どころか、決め技になるくらいの砲撃だって撃てるんじゃないかな?」

 

 なのはの言い分はもっともだ。

 魔法適性でいうなら、顕正の得意分野は上から順に『斬撃』、『砲撃』、『強化』となっている。普通のベルカの騎士は、砲撃の部分が『防御』であり、インファイターでありながら砲撃適性の高い顕正は異例と言える。

 現状ではその適性を、グランツ・リーゼ任せの『撃力解放』と牽制用の『刹那無常』にしか活かせていないのだ。

 

「魔力量も問題なくあるし、一回ちゃんとした『砲撃魔法』を使ってみてもいいと思うよ」

 

「……そうだな、魔力砲を使えるようになれば、また手札も増える。……なのは、俺に『砲撃』を教えてくれ」

 

 そうして始まった、砲撃のエキパート、エースオブエースの魔法指南。時空管理局の中でも直接指導を受けた者の少ない、貴重な授業である。

 

 

 

 なのはのデバイス、レイジングハートから術式をコピーし、ベルカ式へエミュレートした簡易砲撃魔法の術式を覚えた顕正。

 滅多にない、近代ベルカ式のやり方とは逆のエミュレートだ。

 起動確認のためにベルカ式の魔法陣を右手の前に展開させ、軽く魔力を通してみるが、問題はない。

 

「いくぞ」

 

 そう言って、ファイア、と小さく呟き、

 

 

 群青色が空を駆けた。

 

 

「……」

 

「……」

 

「うん、思ってたよりも負担はないな」

 

 自身の放った砲撃に満足がいったのか、魔法陣を展開していた右手をグーパーしている顕正。

 これなら実戦でも使えそうだ、と教官の二人を見てようやく、揃って唖然としていることに気がついた。

 

「……おいなのは、あれ、ただの簡易砲撃術式だよな?」

 

「うん、それ以外何も加えてない、ただの砲撃術式だよ……」

 

 ひどいものを見た、と言わんばかりの表情をしている。

 

「……え、なんかダメだったか?」

 

 自分としては、始めて使う術式にしては上手くいったと思っていたため、二人の反応に納得がいかない。

 ひょっとして本職の砲撃魔導師から見ればお粗末なものだったのか、と落ち込んでいると、なのはが首を横に振った。

 

「違うよ顕正くん。むしろその逆。加速も衝撃分散も、魔力収束もない簡易魔法であれだけの砲撃が撃てるのは、才能があるっていうこと。一発で成功させちゃうから、多分そんなに教えることはないと思うよ……」

 

 予定ではこの簡易術式を使って、砲撃制御を丁寧に教えるつもりだったのだが、そのあたりはほとんど必要がなさそうだ。

 

「そうなのか?……もしかして、なのはより才能があるってこと?」

 

「それはないかな」

 

「それはねぇな」

 

「……。」

 

 確かに、褒められてちょっと調子に乗ったとは思うが、二人からバッサリ否定されると悲しくなってくる。

 

「……顕正くん、もしかして普段加速とか衝撃分散とかの術式使ってない?」

 

「あぁ、『刹那無常』は威力もほとんどない、単なる『目くらまし』みたいなもんだし、発動速度を上げるために魔力放出以外の術式はほぼカットしてある」

 

「なるほど。放出だけで張りぼてとはいえ砲撃が使えるくらい、砲撃適性が高いから、簡易術式であんなしっかりとした砲撃になるのか……。こりゃ、攻撃用の砲撃を使えるようになれば化けるぞ」

 

 ヴィータが少々呆れつつ言っている。

 本来、砲撃魔法というのはただ魔力を放出するだけでは成立しない。

 放った魔力を収束、加速させることで威力を出し、その反動を殺すために衝撃分散、または術者の座標固定などの、様々な術式が複合された結果に、ミッド式魔導師の花形と言われる砲撃魔法がある。

 顕正は術式による補助のない、放出のみの簡易術式でしっかりとした砲撃を放てる。

 砲撃のエキスパートであるなのはも同じことを、そしてそれ以上のことが出来るのだが、近接主体のベルカの騎士としては破格の砲撃適性だ。

 

「うーん、これで誘導適性があったらバリエーションも増えるんだけど……」

 

「……出来ないものはしょうがないだろ」

 

「っていうか、それだと騎士じゃなくて魔導師そのものだな」

 

 ヴィータの言葉から想像してみると、確かにそれはもはや騎士ではない。

 

「まぁ、とりあえずは砲撃がしっかり出来ることが分かったし……次は『これ』を撃ってみよっか?」

 

 ニコニコしながらなのはがレイジングハートを通して渡してきたのは、一つの砲撃魔法術式だ。

 それは先ほどの簡易版とは違い、細やかな術式が複合された『本物』の砲撃魔法である。

 さらっと内容を読み取っただけで、自分にこんな複雑な魔法が使えるのかと不安になる顕正だったが、教導官資格のある教官が渡してきたのものだ。まさか扱い切れずに暴発、などという代物ではないだろう。

 大きく深呼吸し、頭の中で術式の内容を整理。

 そして魔力の増大、放出、加速、衝撃分散という四つの工程を通すために、4枚のベルカ式魔法陣を展開した。

 

「……よし。」

 

 覚悟を決めて虚空に手を突き出し、定められていたトリガーワードを叫ぶ。

 

 

 

 

 

「――『ディバイン・バスター』!!」

 

 

 

 

 轟、と。

 

 空に向かって伸びる群青色の柱は、先ほどの比ではない太さと速度。

 発生は若干遅いものの、それを補って余りある威力と射程を持つ、エースオブエースの御家芸である。

 

「なるほど。これくらいの負荷だったら、戦闘中にも使えそうだ。足は止まるが、この威力が出せるなら十分な『決め技』になれる」

 

「うんうん、いいね!やっぱり『砲撃』っていったらこれくらいは――痛いよヴィータちゃん。」

 

 満面の笑みで顕正のバスターを褒めるなのはだったが、横で再び唖然となり、我に返ったヴィータに頭を引っ叩かれた。

 

「おま、な、なんてものを……!?」

 

 アレを受けたことがある者ならば、皆戦慄するだろう。

 なのはが使うのであれば、近接戦に優れているわけではないため、どうしても誘導弾で相手を足止めして放たなければならない。それでも十分な脅威なのだ。

 それを、近接主体のベルカの騎士が放ってくる。

 特に顕正は、通常時長剣と大盾による防御を得意とする戦闘スタイルなのだ。相手の攻撃を受け止め、大斧への変形のための撃力充填を行うだけでなく、その態勢からロングレンジの魔力砲が飛んでくるなど、相手としてはたまったものではない。

 顕正の砲撃適性を見込んでのことなのだろうが、なのは直伝のディバイン・バスターを使える『騎士』という、とんでもない存在が生まれた瞬間である。

 

(幸いなのは、顕正の制御能力がそんなに高くないってことか……)

 

 砲撃適性は高いものの、顕正はなのはと違って、魔力自体の制御が得意ではない。そのため、ヴィータが食らったことのある超長距離精密砲撃という常識はずれの攻撃ができないのだ。

 これで制御すら得意になったら、一体どんな実力者になってしまうのか、想像が出来ない。

 

(……そういや、シグナムが言ってたな……)

 

 今日の指南が決まり、笹原 顕正とはどんな人物なのか、とヴィータが尋ねたとき。

 シグナムは少し悩み、一言だけヴィータに伝えたのだ。

 

 

 

 

「――『生まれてくる時代を間違えてしまった騎士』か」

 

 

 

 まず間違いなく起こり得ないことだが、完成した『盾斧の騎士』と命懸けで戦うことがないようにと、ヴィータは心の中で祈るのだった。

 

 

 

 

 

 




 顕正は『投げナイフ』と『ディバインバスター』を覚えた!

 補足しておきますと、ヴィータとシャマル、ザフィーラは、先代『盾斧の騎士』のことを覚えていません。夜天の書の改悪とともにデータが削られてしまったせいです。シグナムが思い出せたのは、記憶データがプロテクト付きで奥底に封印されていたので改悪による影響を受けなかったため。


 これで高校生編は終わり、次話から『聖王教会編』へ移ります。
 そんなに語ることが多いわけではないので、必要なイベントを3,4個こなして『機動六課編』へ行く予定になっています。
 空白期が続いて展開考えるのが面倒になりつつありますが、なんとか本編までたどり着きたいです…。

 あ、あと最後は別にフラグとかじゃありませんのであしからず。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。