ウルトラ短いです。
……あ、オリキャラ出てきます。
第十七話 宝石の憧憬
――その日見た光景を、少女ははっきりと覚えている。
夏のある日。
脈々と受け継がれてきたベルカの血を持つ名家の当主として、教会の理事と話し合いをすると言う父に連れられて訪れた聖王教会本部でのことだ。
幼い頃に何度か遊びに来て、複雑な構造の敷地で迷子になって泣いたこともあるそこは、14歳に成長した彼女にとってはこんなに窮屈な場所だったか、と思ってしまうほどだった。
あれほど大きく思えた建物は改めて見ればそれほどでもなく、かつて目を輝かせた伝統的な装飾は野暮ったい骨董品にしか見えない。
もちろん、名家の娘として教育を受けてきた彼女には、それらの歴史的な価値がわかる。
だが、分かっていても退屈なものなのだ。
(お父様はどうせ理事の方と長話をされるのでしょうし、少し一人で見て歩いこうと思いましたが……)
成長によって変わってしまった感性では、古臭い教会を楽しめそうにない。
たとえ来年から自分もここに勤めるのだと分かっていても、だ。
今年で魔法学校中等部を卒業する予定の彼女は、本来であれば必須とされている、騎士訓練校に数ヶ月通う義務を免除され、直接の騎士団入団が内定している。
もちろん、そこには名家の娘である自分の身分と、父の知人の理事からの推薦があってのことだが、決して親の七光りだけではない自信がある。
同級生相手の模擬戦で負け無しは当然で、指南役の退役騎士からのお墨付きまでもらっている。
来年には教会騎士団入団とともに正式な騎士叙勲がほぼ確定している身だ。
しかし、
(それと信仰心は別問題です)
敬虔な聖王教信者の両親には悪いと思っているが、彼女自身には特に聖王教会に対する思い入れはない。
騎士団入りも彼女の希望ではなく、両親が将来のために入ったほうがいいと決めた道である。
同級生から羨望の眼差しで見られた未来は、彼女にとって明るくない。
(……きっと私はこのまま、流されて生きていくのでしょうね……)
両親の決めたレールに沿って職に着き、淡々と仕事をこなし、そのうち親が連れてきた『相応な身分の』男性とお見合いでもして、結婚する。
それが自身の宿命なのだと分かっているのだが、想像するとため息が出る。
嫌だ、と逃げ出すつもりはない。
両親が自分を愛してくれているのは分かっているし、きっとある意味では『幸せ』な未来なのだろう。
(……それでも)
何か一つでいいから、自分が望んだ道が欲しい。
そんな胸の中で燻る思いが、引き合わせたのだろうか。
フラフラと歩いているうちに、いつの間にか教会内の修練場まで来てしまった。
何人もの騎士が同時に訓練出来る、開けたそこに居たのは、二人だけ。
片方は彼女も知っている。
シスター・シャッハ。聖王教会でも指折りの転移魔法の使い手で、彼女が幼い頃に教会内で迷子になったとき、探しに来てくれた人物の一人だ。
もう一人は見たことがない男――自分と歳が同じくらいの、少年と言っていい。
顔立ちはそこそこ整っていて、ミッドチルダではあまり見かけない真っ黒な髪が特徴的だ。
カンカンと乾いた音が響いているのは、二人が木剣で打ち合っているからだろう。
そこまで観察して、彼女は違和感を覚えた。
打ち合っている。
騎士団でも上位に位置する実力者であるシスターと、まだ年若い少年が。
それもシスターが手を抜いている様子はない。魔法は不使用だが、本気で剣を交えている。
自分がもしシスターと本気で打ち合えば、数合ももたずに敗北するだろう。
しかし少年は、剣と盾を存分に駆使してシスターの連撃を捌き、合間を縫って反撃まで入れている。
「…………」
彼の剣を見て、呆然とした。
剣から見えるのだ、打ち込む際の熱が。賭ける思いが。まるで本物の戦場で剣を振るっているかのように。
少年の剣は、お世辞にも綺麗な剣筋と言えるものではない。
彼女が今まで見てきた教会騎士の剣は、流派によって体系付られた、一定の型を応用した流麗なものがほとんどであり、自身が扱う槍の捌きも形式に沿った動きが多い。
だが、彼の剣が描く軌道はまるで違う。
剣先は安定しているのに、時折刃筋を立てずに剣の腹で殴りつけるし、盾での防御も受け流すことなく真正面から攻撃を受け止めている。
流麗さは欠片もなく、普通に見れば、適当に剣と盾を振り回しているだけに思えるだろう。
だが、彼女には伝わった。
これは『生きるための剣術』だ。
型や模擬戦のためではなく、人が生き死にする戦場で作られた技。
形式として、『人に伝えるために』生み出された一般的な流派とは別物だ。
荒いように見えて、本人が動きやすいように考えた剣の運び、盾の構え。
次の動作が予想できない、そして真似出来ない戦い方だった。
戦場を駆け抜け、敵を討つための剣。
紛れもない、『騎士』の姿。
「っ……!」
気付けば、拳を握りしめていた。
自分は、なんて小さな存在なのか。
彼を見て、心の何処かで聖王教会を、そこを守る『騎士』を、軽んじていたことに気が付いたのだ。
学校の模擬戦では敵無しで、引退した騎士からお墨付きを貰って、天狗になっていた。
思い出す。
幼い頃、初めて騎士から指南を受けることになったとき、一番初めに伝えられた言葉。
『――騎士の重みを、忘れてはならない』
騎士とは、誇り高き称号だ。
昨今では、技量十分と認められたベルカ式の使い手に与えられる呼び名だが、かつては与えられるものだけのものではなかった。
国家に仕える優れた使い手が名乗り、そして民衆から羨望の眼差しを持って呼ばれた、戦士の誉れ。
戦乱により滅びたベルカの民にとっての、残された希望の光であり、魂の誇り。
その身に流れる、戦乱期より受け継がれて来た騎士の血筋を持つ自分が、そんなことも忘れてしまっていた。
流されて生きていくしかないと、溜息をついていた自分を怒鳴りつけたくなる。
選べる道がないなんて嘘だ。
見えていた道を見えないことにしていたのは、自分自身で。
自分で選んだ道を後悔するのが怖かっただけなのだ。
両親が決めたことだから、自分が望んだことではないから、そう言い訳する余地が欲しかったのだろう。
その姿の、なんと無様なことか。
目の前で剣を振るう少年と自分を比較すると、涙が出そうになった。
今の自分では、彼の足元にも及ばない。
技量でも、精神でも。
高潔な『騎士』と、自分では何も決められない『子供』。
歳はそう離れていないはずなのに、この差は一体何なのだろう。
「……いつか」
未だ決着の見えない二人の騎士に背を向け、少女は歩きだした。
「――いつか必ず、貴方と同じ場所に立って見せますから」
まずは、そろそろ会談を終えるだろう父に謝罪と感謝をすることから始めよう。
不甲斐ない娘で申し訳無い、だが『これから』の自分はそうでは無くなってみせる。
ただ示されただけの道を歩むのではなく、自分が歩みたいと思った道を歩みたい。
教会騎士団入団の春まで、あと半年以上あるのだ。弛んだ性根を鍛え直すには十分時間がある。
入団してからも自分を鍛え、少しでも自信がついたら、あの名も知らぬ『先輩騎士』の元へ行って伝えたいのだ。
『貴方に憧れて、『騎士』になりたいと思いました』
と。
胸の奥底で炎が上がる。
今まで感じたことのない熱量を持ったその思いが、少女の足を動かしていた。
だからこそ。
「――同期入団の、笹原 顕正だ。これからよろしくな」
と微笑みながら手を差し出されたとき。
バシッと、反射的にその手を振り払い、
「――あ、貴方に、決闘を申し込みますっ!!」
などと口にしてしまったのは、きっと何かの間違いだと、少女――『撃槍の騎士』プリメラ・エーデルシュタインは本気で思った。
新暦73年の春の出来事である。
と、いう感じで始まりました聖王教会騎士団編。
一発目でオリキャラ出てきた、というか、ほぼオリキャラの独白です。
教会側のキャラクターがあまりに少ないので彼女には頑張ってもらいます。ずっとカリムさんとシスター・シャッハでは話が回らないです。
なお、プリメラさんが顕正くんを見たのは夏の出来事なので、彼女が感じ取った顕正くんの印象は、一部箱入りお嬢様の過大評価が含まれます。