盾斧の騎士   作:リールー

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従姉は仕様です。


第二話 騎士の道

 顕正が『光輝の巨星』グランツ・リーゼと名乗るネックレスと出会ったのは、中学1年生だった3年前のことである。

 小学2年生の時に両親が交通事故で亡くなり、海鳴市を離れて県外の祖父に引き取られたが、中学入学から数ヶ月でその祖父も亡くなった。

 そうして今度は父の弟である叔父の元に身を寄せることになったのだが、祖父の遺品整理の際に目に付いた剣と盾のネックレスを、なんとはなしに触ってしまったのが運命の分かれ道であった。

 いきなり脳内に響いた念話に仰天した顕正だったが、それ以上にグランツ・リーゼの語る『魔法』には、心躍るものがあった。

 

 

 遠い戦乱の時代、ベルカの騎士の長い戦争の中、時空の歪に呑まれて帰還不能となった一人の騎士が地球に辿り着き、そこで女性と恋に落ちた。その一族に代々継がれてきた家宝、という扱いだったグランツ・リーゼというアームドデバイスだが、いつの間にか魔力資質の失われた一族にはもはや忘れ去られた存在と化していたそうだ。

 そんな中、数百年ぶりに魔力を持つ顕正と出会い、顕正を『騎士』として育てようと画策したのである。

 

 

 しかし、魔法文明の存在しない地球において、顕正を『騎士』に鍛え上げるのは困難だった。

 地球は平和すぎたのだ。

 闘うべき敵の居ない世界で、グランツ・リーゼが絞り出した訓練方法。

 

 

 それは、自身が記録している戦乱の記憶を顕正に体験させるものだった。

 

 

 唯一であった祖父を亡くした顕正だったが、言ってしまえば普通の少年である。多少その人生が他の同年代より厳しいものであっても、少年が『魔法』や『騎士』といった非日常にのめり込むのは、当然と言えた。

 新しい家族である叔父夫婦と従姉と日常を送りながら、夜はグランツ・リーゼの指導の元、騎士としての訓練に明け暮れる。

 

 

 

 そんな中学校生活を送っていた顕正は進学先を決める際、生まれた町である海鳴市へと帰ることに決めた。

 理由としてはいくつかある。

 県内の進学校に入れる学力はあったが学費の問題があり、また、故郷に帰りたいと言う意思もあった。

 そして最大の理由は、従姉の存在である。

 二つ年上の従姉は美人で気だても良く、顕正にも実の弟のように接してくれていた、姉のような存在なのだが、少し前から顕正は従姉の自分を見る目が怪しいことに気がついていた。

 普段からスキンシップとして抱きついてくるのは当たり前で、たまに風呂に突入してくるし、朝になると横で従姉が寝ている時もある。

 ある日、夜中に山でグランツ・リーゼによる指導を受けて帰宅し、自室に向かう途中で自分の名を呼びながら艶っぽい声を出している従姉の声を聞いた時、顕正は思った。

 

 この従姉は、いつか一線を超えてくる、と。

 

 顕正は家を出る決意をした。

 

 

 

 そして進学先を調べている中、聖祥大付属高校の特待生が安全圏に入っていたのである。

 叔父夫婦と従姉は反対したが、海鳴には両親と過ごした家が手付かずのまま残っていたこともあり、顕正も積極的に家事手伝いをしていて一人暮らし出来るだけの技能は身につけていた。

 最終的に、聖祥大付属高校の特待生になれなければ、地元の進学校に通うことを条件に、叔父夫婦は顕正に受験の許可を出した。尚、従姉は終始反対を続けていた。

 

 

 それから顕正は必死に勉強をした。安全圏ではあるが、万に一つの可能性も残したくなかったのである。

 グランツ・リーゼとの訓練を並行しながら、勉強を続け、時に従姉の妨害を乗り越え、特待生合格の報せを受けた顕正はその日、祖父が亡くなった時も流さなかった涙を流した。歓喜の涙である。その横では従姉も涙していた。絶望の涙である。

 

 

 

 

 そんなこんなで顕正は海鳴市へと移り住み、現在に至る。従姉からは毎日のように電話とメールが来るが、それ以外は至って平和であり、勉強と騎士としての訓練に精を出している。

 

 そして今日。

 顕正は生まれて初めて『魔導師』と出会い、さらにその相手がクラスメイトを誘拐した犯罪者――敵であることを、諸手を挙げて喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 廃ビルの中、 顕正が剣をもって魔導師に接近すると同時に、別の魔導師が直射弾を放つ。

 右方からのそれに顕正は慌てることなく盾を構え、受け止める。

 

『Aufladen.(充填。)』

 

 グランツ・リーゼの声が響き、顕正はこれくらいなら問題はないか、と安心した。

 再度接近しながら左手の剣を肩まで引き、なんの動きもない魔導師に呆れながら解き放つ。

 

「『燕返し』」

 

 肩から剣を振り、自動で展開されていた防御を切り裂く。そして返す刀で切り上げ、魔導師を吹き飛ばす。

 

『Aufladen.(充填。)』

 

 グランツ・リーゼの発声の時には、顕正は盾を構えながら右の魔導師に突撃している。

 仲間が一瞬で斬り伏せられたことに動揺している魔導師を盾で殴りつけ、防御の空いた隙に剣で突く。戦闘不能を確認した。

 

「な、く、くそっ!」

 

 二人目がなす術もなくやられたことで、ようやく1人離れた場所にいた残りの魔導師が動き出し、杖を構えて砲撃を行ってきた。

 砲撃魔導師か、と少し驚いたが、チャージ時間の短い人一人分程度しか径のない『か細い』砲撃では、顕正の守りを貫けはしない。

 盾を構えて余裕を持って受け止めた。

 その隙を突いて魔導師の誘導弾が左、上、後ろの三方向から顕正に迫るが、左を剣で切り裂き、後ろを盾で防ぎ、剣を返して残る上の誘導弾を弾く。

 そして剣を肩まで引き、魔導師を見据えて小さく唱える。

 

「――『燕返し』」

 

 一瞬で振り抜かれた二度の斬撃は魔力を伴って目標まで『伸びる』。

 一人目と同じく一撃目が防御を切り裂き、二撃目が魔導師を行動不能にした。

 

『Aufladen.(充填。)』

 

「……状況終了」

 

『 Sieg. (勝利。) 』

 

 ふぅ、と息をついたことで、顕正の初実戦は完全勝利の形で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 一連の戦闘を蚊帳の外で眺めていた月村すずかは、未だに呆然としていた。

 クラスメイトの笹原 顕正が『魔導師』であることにも驚いたが、さらには魔導師三人を相手にしてなんの危うげもなく勝利したことにも驚愕していたのである。

 

「月村、怪我はないか?」

 

 装備を解除した顕正が思い出したかのようにすずかの身を案じてくるが、

 

「う、うん、大丈夫。笹原くん、魔導師だったんだね……?」

 

 と質問してしまった。

 それを受けて顕正は少し顔を顰め、「『魔導師』ってか『騎士』なんだが、まぁ、いいか……」と呟いた。

 

「っていうか、月村も魔導師とか知ってたんだな」

 

「うん、小学校の時に、少しね」

 

「へぇ、意外と近くにいるもんだな」

 

 人生の中で自分以外の魔法関係者に出会ったことのない顕正にとって、クラスメイトが魔法を知っているなど思いもしなかったことである。

 

「じゃあ、今回の誘拐もそれ関係か?」

 

「……かな?友達が管理局でも有名人らしくて、その逆恨みってところだと思う」

 

 そう、すずかがなんとはなしに言うと、顕正が疑問符を浮かべた。

 

「――管理局?」

 

「?えっと、時空管理局、だよ?」

 

「なんだそれ?」

 

「……え?」

 

 すずかにとって、魔導師とは大別すれば時空管理局に所属している者か、それに敵対している犯罪者の二つである。

 まさか管理局の存在を知らない魔導師がいるとは思っても見なかったのだ。

 逆に顕正にとっては、知り得る魔法知識は全てグランツ・リーゼから教わったもののみであり、そのグランツ・リーゼの知識は数百年前のベルカ戦乱時代で止まっている。時空管理局なる組織は、当時存在していなかった。

 両者が疑問符を浮かべている状況だったが、突然顕正の顔が険しくなった。

 未だ目を覚まさないアリサの方を確認し、

 

「月村、バニングスを担いで逃げられるか?」

 

「え?」

 

「今こっちに向かって、相当強力な魔力を持った奴が高速で近付いてる。お前らを守りながら戦える自信がない」

 

 グランツ・リーゼによると、推定魔力オーバーSの存在が二つは接近している。その上片方はグランツ・リーゼの長い戦闘経験の中でも、上位に入るようなバカ魔力の持ち主だ。

 

「さ、笹原くんはどうするの?」

 

「とりあえず足止めをする。……正直言って、勝てるかどうか分からない」

 

 だが、と。

 

 

「婦女子を守るのは、『騎士』の務めだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すずかとアリサを逃がしたあと、顕正は再度騎士甲冑とデバイスを展開した。

 

「勝てると思うか、グランツ?」

 

『Nein. (否 。)』

 

「だよなぁ……」

 

 顕正には、実戦経験が絶対的に不足している。

 グランツ・リーゼによる戦乱の記録を追体験し、その中で鍛え上げた戦闘能力で、並の魔導師相手であれば先ほどのように危うげもなく勝利できるであろう。

 しかし次の相手はそうもいかない。全力で戦って、何分足止め出来るか、というレベルだ。

 顕正の魔力量はAA+と、割と多い方らしいが、相手はオーバーSが二人。魔力量だけ多い戦下手であるという期待はしない方がいいだろう。

 それでも、

 

「――やるしかないけどな」

 

『 Ja. 』

 

 短く肯定を返す相棒に苦笑しながら、もしも生き残れたらすずかとアリサから何かしらの返礼があったら嬉しいなぁ、と騎士らしくないことを考える。それくらいは罰が当たらないだろう、と。

 

 

 そうして、『敵』の接近を感じとり、俺はここだと、ここにお前の相手がいるぞ、と改めて知らしめるために少し魔力を解放する。

 グランツ・リーゼに『貯められた』エネルギーは三本分。

 少し心許ないが、それでも戦うしかないのだ。

 

「さぁ、行くぞグランツ」

 

『Jawohl. (了解。)』

 

 剣と盾を携え、騎士は戦場に躍り出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃ビルを飛び出し、空中に佇む顕正は、敵が『封鎖領域』の結界を張ったことで、相手も自分と同じ『ベルカ式』の使い手だと知る。

 そして高速で飛翔してきた『騎士』を見て、大きく動揺すると同時に胸の高鳴りを感じた。

 

 桜色のポニーテール、意思の強さを感じさせる切れ長の青い瞳。手には実戦にのみ適した、直刃の西洋剣。

 

 騎士甲冑こそ記録と違う軽装甲だが、見間違えようがない。

 数百年前の記録の存在であるとばかり思っていたが、

 

「――まさか、『烈火の将』が相手とはな……!」

 

 ベルカ戦乱の時代に猛威を振るった歴戦の騎士である。

 どうやって数百年の時を超えて生存しているのか、何故犯罪者の片棒を担いでいるのか、そうした疑問はあったが、もはやそんなことは顕正にはどうでもよかった。

 グランツ・リーゼの記録の中で、先代盾斧の騎士と幾度となく争い、時に敵として、そして時に味方として、戦場を駆けた好敵手。

 そんな相手と、戦うことが出来るのだ。

 盾と剣を構え、騎士としての名乗りを上げる。

 

 

「『盾斧の騎士』笹原 顕正と、『光輝の巨星』グランツ・リーゼ。名高い『烈火の将』と戦えるなど、光栄の極み!」

 

 

 顕正の名乗りに、一瞬面食らったようだった相手だったが、流石は騎士。応じるように名乗り返した。

 

「――『剣の騎士』八神 シグナムと、『炎の魔剣』レヴァンティン。……なぜ貴公のような騎士がこのような行いをするかは分からんが、我が主の友人に対する狼藉は捨て置けん……!」

 

 

 

 

 名乗りを終え、両者はもはや言葉など不要と押し黙り、構えた。

 

 

 

 

 

 

 




ウルトラ☆勘違い。



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