日頃忙しなく動いている教会騎士団にも、当然休日というものがある。
基本的には任務と鍛錬、そして夜警などの当番勤務をシフトで回して行くのが騎士団の勤務状況だ。
前日の夜警当番を終え、朝方から仮眠を取った顕正は昼前に起き、教会本部内の食堂で昼食を取っていた。
今日と明日はオフシフトなので任務もなく、これから病院へ検診に行くくらいしか予定がない。
明日は一日のんびり、鍛錬と勉強でもしようと考えていると、彼に声をかけてきた人物がいた。
「あぁ、ここにいましたか」
「ん、プリメラか。おはよう」
「おはようございます。……といっても、もうお昼ですけどね」
前日共に夜警をしたプリメラだ。夜警当番後の騎士は大半が夕方まで寝ているらしいが、二人は毎回こうして昼には起動して、食堂で落ち合うことが常となっている。
「悪いな、今日は……」
「いえ、検診なのですから仕方ありません。もともと、私の鍛錬に付き合ってもらっているだけですし」
いつもは昼食の後、共に修練場で模擬戦や魔法訓練などを行っているのだが、先ほども言った通り顕正が病院へ検診に行く予定が入っているため、プリメラは一人で鍛錬をすることになる。
顕正が何か土産でも買ってこよう、と考えているとプリメラが、
「と、ところでケンセイ。明日は何か予定は入っていますか?」
と、少々固い口調で言ってきた。
「そうだな……今の所は、鍛錬と勉強ぐらいだ。ちょうどユーノが、良いテキストを教えてくれたからな」
以前の任務で知り合ったユーノ・スクライアと、顕正はプライベートで良好な友人関係を続けている。
顕正がミッドで通用する教員資格を取得しようとしていることを知ったユーノが、資格試験勉強用に有用なテキストを度々紹介していた。お陰で基礎理解力の高い顕正の学力は、かなりの速度でミッド基準に近付いている。このまま行けば、数年で教員試験の合格水準に達するだろう。
「そうですか……。で、では、もし良かったらなのですが、明日――」
これは攻めるべき時だと判断したプリメラが、一気呵成に攻め込もうとしたその時、顕正の通信端末が通話のコール音を響かせた。
「悪い、通信だ」
あまりのタイミングの悪さにプリメラは心の中で呪詛を紡ぐ。
そんなこととは露知らず、食事の手を止めて通信用ホロウィンドウを開いた。
「どうしたフェイ……」
『――ケンセイ助けて!!』
ウィンドウ一杯に表示されたのは、金髪紅眼の美人執務官、フェイト・T・ハラオウンだったがその目には薄っすら涙が浮かんでいた。
食堂に突然響いたうら若い乙女の声に、周囲で食事を取っていた者たちがギョッとする。
周りからの視線を感じながら、顕正はひとまずフェイトの状況を聞くことにした。フェイト側の通信ウィンドウの背景は管理局のオフィスの様で、急迫した事態ではないと判断していたが、フェイトの剣幕から彼女にとっては緊急の用件なのだろう。
「とりあえず、落ち着け。深呼吸して、頭を冷静にするんだ」
顕正の言葉に素直に従ったフェイトは二度ほど大きく深呼吸した後に話し始めた。目も既に普通に戻っている。
『あ、あのね、明日予定は空いてる?』
「明日?あぁ、今のところ特に予定はないが……」
『よかった……その、出来ればなんだけど、明日一緒に遊園地に行って欲しくて……』
「……」
「……」
フェイトの若干上目遣いの『お願い』に、隣で食事をとりながら聞いていたプリメラの目が釣り上がる。
周りで密かに聞き耳を立てていた男性騎士達も、視線で人が殺せたら、と言わんばかりの眼光を発していた。
突然の『デート』の誘いに一瞬頭がフリーズしていた顕正はそれに気付かなかったが、フェイトの言葉を脳内で吟味しているうちに一つの結論に行き着いた。
「よし、まずは、詳しく事情を話してくれ。いきなりそんなことを言うのには、何か理由があるんだろう?」
相手が他の人物ならともかく、フェイトの発言である。
以前のミッド観光、そして度々通信で近況報告をしている経験から顕正が推察したのは、今回も特にピンク色の発想に基づく発言ではないということだ。
そしてそれは大正解だった。
『えっと、実は私、ある事情で身寄りのいない女の子の保護責任者もやってるんだけど、先週会った時に、その子がテレビを見て遊園地に行きたそうな顔をしてたから、今度遊園地へ連れて行ってあげるって約束したの』
執務官として次元世界を飛び回っているフェイトは、正直なところその少女と一緒にいられる時間が少ない。
まだ十歳にも満たない少女が寂しい思いをしないように、出来るだけ彼女の願いを叶えてやりたいと思っていたフェイト。我儘なんてほとんど言わない少女の、ささやかな願いだ。
少女と遊園地へ行くためにと、溜まっていた仕事を全力で片付け、明日と明後日の有給取得手続きを終えたのが、今日の午前中のこと。
『さぁ、お昼食べて午後を頑張れば二日間は休みだ、明日はのんびりして、明後日の遊園地のために元気を貯めよう、って思ったときに、気付いたの』
沈痛な面持ちで、フェイトは言う。
『――そういえば私、遊園地行ったことない、って……』
顕正、プリメラ、更に周りで聞き耳を立てているもの全員の心が一つになった。
天然にも程がある、と。
『それに気付いて、もうどうしていいか分からなくなっちゃって、せっかくキャロが楽しみにしてるのに、一度も遊園地に行ったことない私じゃあ、楽しみ方とかも分からなくて、案内も出来ないしがっかりさせちゃう……。それで、明日下見に行こうと思ったんだけど、私一人だと心細くて……』
「で、俺に一緒に行って欲しい、と。……なのはとかはやてとか、他のやつに言えば良かったんじゃないか?……って休みが合わないのか」
異性である自分より、付き合いの長い二人の親友に頼めばいいと思ったのだが、フェイトも含め皆普段は多忙だ。急に明日遊園地へ、とはいかないのだろう。
『ううん、なのはは明日お休みだよ。元々は一緒にのんびりしようと思ってたんだもん』
「……いや、ならなのはに言えよ」
『だ、だめ!なのはにそんなこと言ったら絶対ニマニマした顔で「もー、しょうがないなーフェイトちゃんはー」とか言ってくるよ!』
そしてしばらくそのネタではやてと一緒にからかってくるの!と熱弁するフェイト。
意外となのはのモノマネ上手いな、と思うと同時に、確かにそんな感じの反応をするかもしれないと考える。
いくらフェイトが天然で純粋だからと言って、からかわれるのが分かっていてなのはには頼めないのだろう。
『流石に一人で行く勇気はないし、そもそも一人だと結局何も分からないまま明後日になりそうだし……それで、私のこと笑わないで一緒に遊園地に行ってくれそうな人を探そうと思って、最初に頭に浮かんだのがケンセイだったの……』
突然の連絡の理由が、これでようやく理解出来た。
全体像が見えたこの『デート』の誘い。
フェイトの事情と自身の予定を考えてみれば、顕正の答えは決まっていた。
「分かった。今のところ特に決まった用事もなかったところだ。遊園地、一緒に行こうか」
その言葉を聞いて、フェイトはパァっと顔を輝かせた。
『ありがとうケンセイ!じゃあ、明日はよろしくね!待ち合わせの場所と時間は、また夕方くらいに連絡するよ』
「あぁ、じゃあまたな」
ほんとにありがとうねー、という言葉を最後に、通信が終わった。
ふぅ、と一息つく顕正を、プリメラのジト目が見つめていた。
「……」
「……な、なんだ?」
若干気圧された顕正。それにプリメラが、平坦な声で返す。
「いえ、別に。ただ、少し鼻の下が伸びていたのが気になっただけです。ええ、それだけです」
むすっと(よく見なければ分からない程度だが)して言ってくるプリメラに、なんとなく自分が悪いことをしているような気分になってくる。
「鼻の下伸ばして、って、そんなことはないだろ。フェイトから信頼されているってことで、まぁ、ありがたいって気持ちはあるが……そもそも相手があの天然娘だからな。そんな浮ついた考えにはならないさ」
本心である。
顕正ならば笑わずにいてくれる、というフェイトの信頼は、友人として素直に嬉しいものだ。
そして明日一緒に遊園地へ行くことだって、なんら恋愛に関係するものではない。フェイトが求めているのは一緒に行く恋人ではなく、遊園地のことを一般的に知っている案内役だ。その辺りを勘違いするようなこともない。
「そうですか、それならいいんですけどね。……では、私は失礼します。――明日の『デート』、楽しんできてください」
手早く食事を終えて、そのまま席を後にした。その足取りはいつも通りのように綺麗な姿勢のものなのだが、振りまく不機嫌オーラによって周りの人間が道を譲っている。
食堂で一連の流れを聞いていた者たちが、お前のせいだぞ、と顕正を責めるような視線を向けてきている。
「……え、今の、俺が悪いのか?」
視線に気付いたが、自分の対応の何がいけないのか分からない顕正に、
『Natürlich.(当然だ。)』
という相棒からの呆れたような声が返された。
顕正君は別に鈍感系というわけではなく、プリメラさんが奥手で気付かれないっていうだけであって…勇気出したタイミングが悪かっただけでして…。
次はデート回(二回目)。しかも相手はまたフェイト。
……現状、出番偏ってますけど、ちゃんとなのはもはやても出番ありますので、ファンの方は今しばらくお待ちください。