盾斧の騎士   作:リールー

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 はじまれ。





第二六話 誘い、燃えゆく

 

 それは冬が過ぎ、春の気配が近付いてきた頃のこと。

 ナハティガルと出会ってからしばらく、時空管理局本局でのデータ収集や、聖王教会の理事達との会食、管理局高官との顔合わせと言った、顕正にとって『面倒なイベント』が続き、顔には出さずともストレスを溜め続けていた。

 大事な時期に怪我で動けなくなると困る、ということで任務もほぼ危険性の無い、ミッド近郊での護衛や美術品警護、教会の夜警勤務ばかり。

 フラストレーションの限界が来るのではないか、と教会騎士達が戦々恐々していたが顕正はそれを無事に耐え抜き、忙しい時期は既に過去のものである。

 

 久方ぶりの、管理世界での危険生物駆除任務を終えた顕正は、満足気な笑顔を浮かべて聖王教会本部へ帰ってきた。

 

「あー、やっぱり全力で戦えるとスッキリするな」

 

 珍しくニコニコしており、その横のナハティガルも同様だ。

 

「はい、ミロード。私も良い実戦経験が出来ました」

 

 しかしナハティガルの反対側にいるプリメラは、ため息を吐いていた。パッと見てもぐったりしているのが分かる。

 

「……今回ばかりは、流石に疲れました」

 

 怪我をしているわけではないのだが、主に心労が体を重くしている。それだけ大変な任務だったのだ。

 

「竜種の討伐なのは分かっていましたが、まさか『番い』だったとは……」

 

「まぁ、確かに二匹同時で相手をするとは思っていなかったが、それでも三人で問題なく戦えただろう?」

 

「……えぇ、思いの外連携が決まって、終始ペースを乱さなかったのは事実です」

 

「?プリメラさんのスタン特化チェーンバインドや強化支援で、ミロードと私は何の憂いも無く戦闘に専念できましたし、何も問題はなかったと思いますが」

 

 ナハティガルが闇色のポニーテールを揺らして首を傾げた。

 そう、戦闘に関しては、聖王教会単騎最強と噂されつつある顕正とナハティガル、そしてサポート役として十分な技量を持つプリメラの三人がいるため、大したアクシデントは起きていない。

 問題なのは、竜種を倒した後だ。

 

「いいですか?普通の人間は、大型飛龍種を運ぶのには苦労するものです。二頭同時に運んでいるケンセイを見た現地管理局員に、理解してもらうためにどれ程の言葉を費やしたことか……」

 

 プリメラが言った時のことを思い出してみる。

 確かに管理局員がポカンと口を開けて見ていたことは覚えているが、その後直ぐに飛竜の解体へ借り出されてしまったため、対応は全てプリメラに任せてしまっていた。

 顕正とナハティガルにとっては、大した労力ではない飛竜の運搬であっても、一般人はおろか、魔導師にとっても容易に真似できるものではない。一流の魔導師であれば二頭同時に運ぶことも可能ではあるが、それは浮力制御や重力緩和など、複雑な魔法を行使した結果のもの。顕正たちの様に、筋力強化と飛行魔法のみで数トンを超える飛竜を運べる訳ではない。

 

「そう、か……。悪いな、面倒な役目を任せてばかりで。俺はどうも、そういう気配りが苦手なままだ」

 

「いいえ、ケンセイがこういった面までこなせるようになっては、私がやることがなくなってしまいます。パ……コンビですから」

 

 ほんのり頬を染めて言い切ったプリメラに、顕正は改めて感謝の意を示したかった。

 戦うことはこの一年でまた進歩しているが、それ以外の面ではプリメラの世話になりっぱなしである。

 ミッドでの教員資格を得るための勉強や、日常的な任務のサポート、更に最近では、ナハティガルに関することでも助けてもらっているのだ。

 フルフレームのユニゾンデバイスであるナハティガルは、成人女性の形態が基本形だ。

 顕正に所有権があると管理局から認められてからは聖王教会本部に籍を置くことになったが、その面でも様々な懸案事項が発生した。

 その中でも最も問題とされたのが、ナハティガルの居住面である。

 分類上では一個の『デバイス』であるナハティガルなのだが、はっきりとした自我があり、またロードとなった顕正と性別が異なる。

 いくらデバイスであるとはいえ、見た目は見目麗しい女性のナハティガルが、顕正と同じ部屋で暮らすのは許容出来ることではないと聖王教会女性陣からの主張があり、男性陣も異論はなかった。

 そこで白羽の矢が立ったのが、顕正と同期であり、コンビを組んでいるプリメラだ。

 各種勤務の割り振りも顕正とほとんど同じであるプリメラと同室にするという案が出され、プリメラもそれを快諾した。

 二人は部屋を同じするものとして非常に親密になっており、休日に共に買い物に行くことも少なくない。

 また、顕正にとって完全な専門外である服飾関係でもプリメラがナハティガルの世話を焼いているため、ナハティガルの私服のほとんどはプリメラがチョイスしたものだ。

 二人と一騎のチームとして上手くやっていけているのも、プリメラの存在があってこそ。

 それを思うと、何かしてやりたいという気にもなる。

 

「なぁ、プリメラ。何か俺に、してほしいことってないか?」

 

「……えっ!?」

 

「いや、普段から助けてもらいっぱなしだからさ、俺に出来ることがあれば言ってほしい」

 

 これに一瞬で脳内がオーバーフローしたプリメラ。

 

 してほしいことなど、山ほどある。

 この一年、コンビとしての仲はかなり深まったと自負しているが、恋愛方面では何一つ進歩していない。

 それを一歩でも進められるかもしれないのだ。

 このチャンスを不意にするなど、以ての外。

 顕正の背後でナハティガルがこちらを見つめているのも見えた。

 

 

 

 初めて彼女を紹介された時、なんて強力なライバルが現れたのだろう、とネガティヴな考えが浮かんできたものだが、同室となって公私を共にするようになってからは掛け替えのない友人と言っていい。

 彼女は自分の顕正への思慕を容易く見抜き、すぐにその不安を払拭した。

 

「私はあくまで、ただの融合騎です。ミロードと共に戦場を駆けることが私の幸せであり、ミロードに女性として見てほしいと思うことは御座いません」

 

 曇りのないナハティガルの笑顔は、プリメラの心に残っている。

 

 

 日夜を共にし、顕正への想いを相談し、時折さり気なくプリメラのサポートをしてくれる友人の目は、こう言っている。

 

 攻めろ。

 

 プリメラはその紅い瞳に勇気をもらった。

 

「で、では、その……あ、明日私と一緒に……」

 

 踏み込むために、進むために。

 どもりつつも、万感の思いを込めて、『デート』の誘いを掛けようとしたその時。

 

 

 

 

 リンリンリンリン、と。

 

 

 

 

「あ、悪い。通信だ」

 

 顕正の通信端末が無情な音を響かせた。

 端末の画面には、カリム・グラシアの表示。

 話の途中であるが、上司からの連絡を無視するような事が顕正に出来る訳もない。

 

「はい、笹原です。どうされました?」

 

『討伐任務から帰ってきたばかりの所で申し訳ないのですけれど、急ぎの案件でお話ししたいことがありまして……。私の執務室まで来ていただけますか?』

 

「分かりました。……ナハトも一緒の方がいいですか?」

 

『あぁ、いえ、ケンセイさんだけで大丈夫です。ナハトさんとプリメラさんは、ゆっくり体を休めてください』

 

 最近のカリムからの連絡は、ナハティガル絡みのものが多かったため少し不思議に思ったが、直ぐに向かいます、と伝えて通信を終え、二人に向き直った。

 

「すまん、ちょっと行ってくる」

 

「……はい、お疲れ様でした」

 

「……行ってらっしゃいませ、ミロード」

 

 急ぎの案件とのことなので早足で執務室に向かう顕正は、その背後でプリメラがナハティガルに慰められている場面に目を向けることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します、笹原 顕正、任務を終えて帰隊いたしました」

 

 ノックに返事があったのを確認してから、執務室に入る。

 室内にはカリム一人だけであり、何処と無く疲れた顔で机に向かっていた。

 

「お疲れのところ御免なさい、さ、座って」

 

 勧められるままソファーに腰掛けた顕正の向かいに、カリムが座る。

 その顔付きに、訝しむ顕正。

 カリムは大抵の場合微笑みを絶やすことがなく、特に顕正に無理難題を吹っかける時は生き生きしている。

 そのカリムの顔を曇らせるほどの案件というものが、想像出来ない。

 

「さて、早速なのですがケンセイさん。――『戦技披露会』というものをご存知ですか?」

 

「……は?」

 

 真剣な顔で突然の単語を口にするカリムに、思わず間の抜けた声を出してしまった。

 

「一応、知ってはいますが……時空管理局の武装隊が行っている、主に航空戦技を披露するイベントですよね?」

 

 一般市民へ管理局員の技量を伝えるための、一種のお祭り騒ぎの事だ。

 個人的な意見としては、確かに空戦技能の参考になるものが多いが、あくまでも見栄えを重視した技がメインプログラムとなっているため、そこまで興味がある訳ではない。

 しかもこれは管理局主催の、管理局による市民へのアピールであるため、聖王教会はノータッチのイベントである。

 

「はい、その通りです。実は、ですね……」

 

 歯切れ悪く、カリムは数枚の書類を顕正に手渡した。

 題は『戦技披露会 エキシビジョンマッチ案』とある。

 

「最近、聖王教会と管理局の融和を図るための政策が幾つも進められていることは、ケンセイさんもご存知かと思いますが……その一環として、これまで管理局員に限定されていた戦技披露会への参加範囲を拡大し、友好関係にある聖王教会の騎士も参加出来る様にしよう、という動きがあるんです」

 

 その言葉になるほど、と納得する。

 現時点でも管理局と聖王教会の仲は悪い訳ではないのだが、少々『壁』があるというのは事実だ。

 その関係性を変えていくために、管理局との更なる融和を図っていこうという考えが聖王教会内に広がっている。その動きの中心部にいるのがカリムの実家であるグラシア家であり、カリムは勿論、顕正もその考えに賛成している。

 

「そして、そのテストケースとして次の戦技披露会でエキシビジョンマッチの、管理局員対教会騎士の試合案が上がっているのですが……理事会の決議の結果、満場一致でケンセイさんが第一候補になったのです」

 

「……はい?じ、自分ですか!?」

 

「えぇ、やはり融和政策の一環ですから、新しい世代の象徴となる若い騎士を、ということになりまして」

 

 顕正ならば若手でトップどころか、歴戦の騎士とすら渡り合えるだけの技量がある。

 また、陸戦型が多い教会騎士の中で空戦にも対応出来、管理局の空戦魔導師とも対等以上に戦えるだろうことも選出の理由だ。

 

「……御免なさい、ケンセイさんがこういった、『見世物』扱いされることが嫌いなのは分かっているのですが……私の権限では理事会の決定を覆すことは難しいのです」

 

 頭を下げるカリムに、なんとも言えない顔になる顕正。

 

 確かにカリムの言った通り、『見世物』になるのは勘弁してほしい。

 顕正はバトルジャンキー扱いされることが多い――自分でも自覚している――が、それは『決闘』好きということであり、衆人環視の中での戦闘はあまり好きではない。

 基本的には感性が一般人に近い顕正としては、進んで目立つような行動は取りたくないのが本音だ。

 

 しかし、

 

「……あの、どうしても出たくないというのでしたら、私から改めて理事会に話を通しますからご心配なく。まだ少し先の話ですし、第一候補というだけで決定ではありませんから」

 

 微笑みながら言ってくるカリムのことを考えると、ここで出すべき答えは決まっていた。

 教会騎士として働き始めて一年、可能な限り聖王教会への『恩』を返そうと心の中で思っていた顕正だったが、まだまだ恩を返しきれたとは思えない。むしろ度々迷惑を掛けているといっていい。

 その中でも、カリムに対しては恩を幾つも感じていた。

 時折、お茶目な無理難題をサラッと振ってくる困った上司ではあるが、彼女が自分に対して様々な便宜を図ってくれていることは分かっている。

 彼女は顕正の体に眠っている、恐るべき因子のことを知る数少ない一人であり、そのことが露見しないように、また、信頼出来るバディのプリメラとのコンビを維持し、不測の事態を考慮して単独任務が回ってこないように手配しているのだ。

 今回の案件でも、最終決定に顕正の意思を必要とするため、幾つかリスクを負っていることは想像出来る。

 顕正が支障無く行動出来る背景には、カリムの力添えがあるからだ。

 その彼女への感謝の意味を含めて、顕正は答えを出した。

 

 

「……分かりました。戦技披露会、自分でよければ参加いたします」

 

 

 その返答に、カリムの顔が明るくなった。

 

「本当ですか!?ありがとうございます!……あの、必ず勝って、とは言いません。ケンセイさんの全力で、悔いの無い試合をして下さい」

 

「えぇ、勿論です」

 

「細かい試合規定はその起案書に書いてあるので、何か規定に疑問があったら言って下さい」

 

 ホッとした様子のカリムが理事会への連絡をしている間に、顕正は起案書の確認を始めた。

 

 

 試合時間は最大30分。

 通常の戦技披露とは違い、空戦技能の披露を意識した動きは必要としない。

 デバイス使用制限無し、カートリッジ制限無し。

 バトルフィールドは未定だが、陸対空戦、陸対陸も想定して有地フィールドであることは確定。

 スタート地点は騎士の必殺間合い、魔導師の有利間合いを鑑みて有視界距離200メートルを検討中。

 

 

 その他、細かな規定を確認した顕正は、起案書の全体を見るために始めから読み直す。

 

 そして、管理局側参加候補者の欄に目をやり、動きを止めた。

 

「……騎士、カリム。ちょっといいですか?」

 

「はい?なんでしょうか?」

 

 理事会へ本人承諾の連絡を終えたカリムの笑顔が、顕正の次の言葉で引きつった。

 

「騎士に二言はない、……つもりでしたが、前言撤回させてください」

 

「はい!?」

 

 一気に慌てた声が返ってきた。

 まさか、やっぱり嫌だ、というのかとカリムは恐れたが、顕正の顔を見てその考えは即座に消え失せる。

 

「『自分でよければ』と言いましたが、訂正します」

 

 その鳶色の瞳はカリムにではなく起案書に向いており、それも爛々と輝きを放っている。

 口元はまるで戦闘状態の獰猛な笑みを作っていて、体から昇る闘気が抑えられないようだ。

 

 

 

 

「――是非とも、自分にやらせてください」

 

 

 

 

 瞳が捉えて離さないのは、対戦候補者の名前だ。

 

 いつかは戦ってみたいと思っていた。

 しかしその機会が、こんなに早く回ってくるとは思ってもみなかった。

 戦技披露会への参加は正直あまり気が進まなかったというのに、今ではこのチャンスを逃すものかと心が叫んでいる。

 

「……楽しみだよ、お前と戦えるなんてな」

 

 口調だけは静かに、しかし胸の内の闘志の滾りは誤魔化せない。

 

 

 起案書の文面を、指でなぞる。

 そこには、こう記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――管理局員第一候補者、『高町なのは』

 

 

 

 

 

 





 ナハトのお披露目にはふさわしい舞台をといったな?
 ――これだ。

 と、いうことで次話は待ちに待った戦闘回。
 全力で、頑張ってまいりましょう!


 あ、皆様の御指南のおかげで、無事に『師匠からの試練』クリアいたしました。
 チャックスで。
 チャックスで!

 少しだけ大剣で滅殺してやろうかという考えもあったのですが、最後までチャックスを貫きました。
 当然、シュバルツスクードです。
 ずっと支えてくれた相棒を、報酬で極限化してあげました。やったねたえちゃん!火力が増えるよ!

 勘のいい方はずっと前からわかっていたと思いますが、プリメラさんは呪われているのでこんな扱いばっかりです。
 それと、ナハティガルの立ち位置について色んな方が『他のヒロインがどう思っているのか』と気にされていましたが、基本的な扱いは『デバイス』です。ヒロイン争いに参加しないので、特別嫉妬される立ち位置に就くことはありません。

 それではまた。


―――次回、『魔王降臨』



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