盾斧の騎士   作:リールー

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なんというネタバレ。
タイトルで内容が分かってしまうじゃないかー。



第二七話 魔王降臨

 待ちに待った、という表現がこれほど的確なことはないと、顕正は正面の少女を見ながら思う。

 胸の奥底から立ち昇る昂揚感は、二年前の夏、初めての実戦で誇り高きベルカの騎士と相対した時と比べても遜色ないほどだ。

 

 舞台は、昼間の荒野。

 時空管理局が大規模訓練で使用する空間シミュレーターによって設定された、たった二人の為の戦場。

 地平線が見えるほどの広大な場所に見えるが、オーバーSランク魔導師と、それに匹敵する騎士の試合をするための結界魔法が強度を保てる範囲なので、実際のバトルフィールドはそれほど広くない。

 

 鈍色の騎士甲冑、長剣と大盾。そして既に自らの内に入っている融合騎が齎す闇色の粒子。

 武装は完全。

 体調もすこぶる良好。

 この上なく最高のコンディションだ。

 

 

 しかしそれでも。

 規定により200m離れた地点に立つ、トリコロールのバリアジャケットを展開している栗毛の少女にどこまで通用するのかは、未知数といえる。

 

 エースオブエース、高町なのは。

 

 誰もが認める、超一級のミッドチルダ式魔導師だ。

 

『……顕正くん、顔、顔』

 

 フィールドが広く、あまり近いと危険であるとして、観客席は別のエリアに設けられている。

 そちらでは『解説役』の人物が二人の紹介を行なっており、それを聞き流して試合開始の合図を待っていると、なのはからの念話が入った。

 

『なんだよ、事前に言われてる通り、ちゃんと笑顔だろ?』

 

『いや、まぁ、確かに笑顔ではあるんだけど……』

 

 戦技披露会は一般市民も観戦するものなので、最低でも試合が始まるまでは愛想のいい笑顔でいてほしい、と管理局から伝えられている。

 顕正もそれに異議はなく、現在も念話をしつつ笑顔を保っているのだが……。

 

『その笑顔は、お世辞にも『愛想がいい』とは言えないよ』

 

 側から見れば、獲物を前にした野獣の笑みだ。

 口角は上がっているが目は真剣そのものであり、そこに愛想などというものは存在しない。

 幼い子供が目の前で見たら、泣き出してもおかしくはないだろう。

 

『……仕方ないだろ。俺がこの日を、どれだけ楽しみにしてたと思ってる?』

 

『……それは、私もそうだよ。顕正くんと本気でぶつかれる機会なんて、そうそうないし』

 

 なのはが演技ではない、満面の笑みを向けてくる。

 属する組織が違う二人は、模擬戦をする様な機会もない。砲撃魔法のレクチャーはあっても、戦うのは今回が初めてだ。

 

『一応言っておくけど、手加減なんてするつもりはないし、されるつもりもないからね?』

 

『それはこっちの台詞だ』

 

 互いの笑みが交差する。

正真正銘、本気の勝負。

 その意思を確かめ合った頃、空間に直接声を届ける音響装置から進行役の声が戦場に響いた。

 

 

『――大変長らくお待たせいたしました!本年度戦技披露会のトリを飾るのは、奇跡のエキシビジョンマッチ!改めてその両者を紹介しましょう!』

 

 

 ハイテンションな司会進行に、観客が湧く。

 

『時空管理局、本局武装隊所属!若干17歳にしてエースオブエースの称号を冠する、空戦のエキスパート、高町なのは2等空尉!』

 

 紹介に応じ、バトルフィールドに設置されたサーチャーに手を振るなのは。

 

『対するは、聖王教会本部騎士団所属!鍛え抜かれた肉体と、受け継がれてきた古の魔法を操る、『盾斧の騎士』笹原 顕正!』

 

 両手が塞がっているので手は振れない。そのため、慇懃な礼をすることで応じる。

 

 

『さぁ、お互いの準備はよろしいですか?』

 

 司会の確認に、両者が頷く。どちらも万全の状態だ。

 あとは全力で、ぶつかるだけ。

 

『それでは、カウントダウンを開始します!フライングの無いよう、お気をつけ下さい!』

 

 騒がしかった観客席の音声がカットされ、司会のカウントと戦場を駆け抜ける風の音だけが耳に入るようになる。

 

『5!……4!』

 

 左手の長剣を握る拳に、一層の力を込め、

 

『3!……2!……1!』

 

 敵を見据える。

 

 

 

『Ready…………fight!!』

 

 

 

 試合開始のゴングが打ち鳴らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにかく近寄る。

 それが顕正の初手だ。

 中距離でミッド式、それも射砲撃のエキスパートに敵うとは思っていない。

 魔力強化の施された脚で大地を踏み砕き、駆ける。

 

 対するなのはは周囲に桜色の魔力球体を展開。

 高い誘導性を発揮する、一般魔導師が主に牽制に使用する誘導弾だ。

 一発の威力は高くなく、重装甲の顕正ならば数発直撃したとしてもよろけすらしない。

 しかし、

 

『……これが、ミッドのエース』

 

 体内からナハティガルの感心した声聞こえる。

 それもそのはず、展開された光球の数が尋常なものではない。

 

 一瞬で、32発。

 

 それも、一つ一つが空間を踊るように飛び回っている。

 いくら演算処理に優れたインテリジェントデバイスが補助しているからといって、常人が真似出来る芸当ではない。

「アクセルシューター……シュート!」

 

 トリガーワードと共に、32の弾丸が接近する顕正へ殺到した。

 それはさながら、光の濁流。

 弧を描きながら向かってくる誘導弾は、見惚れてしまいそうなほど美しい。

 

 その弾幕の中に、

 

「――らあぁぁぁぁぁっ!」

 

 顕正は速度を上げて飛び込んだ。

 シューターが制圧している空間を、盾で防ぎ、剣で斬り裂き、的確に処理していく。

 この状況は、両手に武装があると動きやすい。

 様々な角度から緩急をつけて襲いかかってくる誘導弾を捌き、着実に距離を詰めていく。

 

 

 その最中、死角となっている後方から、防具の付いていない頭部を狙ったシューターが5つ。

 弾幕の中からひっそり離れ、巧みに背後を取った一団である。

 

 

 なのはは、顕正ならば怯まず直進してくると読んでいた。

 未だ一発も被弾していないのは驚きだが、後頭部への不意打ちは最低でも一瞬は足が止まる。

 その後の隙を突くために思考誘導しているシューターの準備をし、

 

「なっ!?」

 

 思わず声を上げた。

 

 完全に、死角をついた5発の誘導弾。

 それに一切目を向けることなく、顕正は左方の空間に陣取っていた光球を剣で切り裂き、空いた隙間に身を滑り込ませて回避した。

 

 一瞬の驚愕から立ち直って再度誘導弾を向かわせるが、それらも全て躱される。

 そうこうしている内に200メートルあった彼我の距離は詰められてしまった。

 

「――『燕返し』!」

 

 神速の二太刀が迫る。

 魔力によって伸びる斬撃は、少々の距離であれば無視して相手を切り裂く。

 が、それはなのはにも見えていた。

 冷静に飛距離と威力を考え、両足に桜色の小さな翼を広げる。

 

『Axel Fin.』

 

 瞬発反応速度の高い飛行魔法により、空に逃げた。

 そのままフラッシュムーブの魔法も連鎖的に使い、距離を空ける。

 

 攻撃を空振りした顕正はその隙を使って長剣を大盾に突き刺して過剰撃力を放出。その後なのはの後を追う形で空へ躍り出した。

 

 

 

 

 

 

 

(……そう簡単に喰らってはくれないか)

 

『仕方がありません。平常時の移動速度は、あちらの方が数段上です』

 

(これで空戦魔導師の中では平均より少し上くらいの機動力ってのは、どうかしてるだろ)

 

 空を舞台にした、シューターとの演舞を繰り広げながら、しみじみそう思う。

 高町なのはは強力な魔導師だが、速度という点においてはそれほど上位にいるわけではない。

 それでも基本が陸戦の顕正にとっては十分な回避力があるのだ。現状で攻撃を当てるには、どうにかして動きを封じなければならない。

 前後左右、さらに上下からも襲い掛かる誘導弾を避けながらなのはを見る。

 相手の攻撃は避けられている。

 お互いにそんな状況なので、一撃入れた時に戦況は傾くだろう。

 

 

 顕正が誘導弾を確実に回避しているタネは、ナハティガルにあった。

 ユニゾン中に常時バリアジャケットの隙間から振りまいている闇色の粒子は、ナハティガルのモデルとなった生命体の感覚器官を模した物なのだ。

 周囲の粒子に触れただけでその信号がナハティガルへ、そして顕正へと伝わる。

 ただでさえ感覚の鋭い顕正がこの粒子を纏っている限り、死角はない。

 

(……そろそろ、仕掛けてみるか)

 

『はい、ミロード』

 

 シューターの間隙を見計らい、長剣を盾に突き刺した。

 

「――グランツ!」

 

『Axtform. (アクストゥフォルム)』

 

 瞬く間に、グランツ・リーゼの合体変形が完了。

 堅実な防御を捨てた、攻めのスタイルだ。

 大斧を振り回し、周囲のシューターを排除する。直線上に誘導弾がないことを確認してから後ろに振りかぶり、

 

『Freilassung. (解放)』

 

 炸裂打撃を自身の後方で放ち、その衝撃を使って突進する。

 『降魔成道』と名付けられたこの高速移動法も、ナハティガルとのユニゾンによって体への負荷が軽減され、更に空気抵抗を散らす補助術式も併用しているため、速度そのものも上がっている。

 轟音が辺りに響ききる頃には、既に顕正はなのはへの接近を終えていた。

 

「先制、もらった!」

 

 振り下ろされた盾斧を、なのはは慌てて張ったシールドで受け止める。

 その瞬間、

 

 

『Freilassung. (解放)』

 

 

 再びの機械音声と、轟音。

 接触の際に追加でカートリッジを消費し、防御態勢に入ったなのはをガードの上から吹き飛ばす。

 

「きゃっ!?」

 

 小さな声を上げて飛ばされていくなのは。

 しかし顕正は、彼女の足元を見逃さなかった。

 吹き飛ぶ瞬間に、アクセルフィンが僅かに発光していたのである。

 多少ダメージは入ったはずだが、衝撃の勢いを利用して後方に下がったのだ。

 

(また距離が開いたか……それならばもう一度、詰めるだけのこと!)

 

『Freilassung. (解放)』

 

 三度目の炸裂。

 体勢を崩したなのはを追撃せんと、再度の突撃だ。

 風切り音を耳に入れながら、盾斧に力を込め、

 

『!いけません、ミロード!』

 

「――っがあ!?」

 

 ナハティガルの警告も虚しく、空中で『つんのめる』。

 一体何が、と自分の体を見れば、胴体に桜色の光輪が絡みついていた。

 

「バインドっ!?」

 

 空間設置型の拘束魔法。

 『降魔成道』が直線軌道しかなぞれないことを見抜いたなのはが、移動しながら設置していたのである。

 とはいえ、それほど魔力が込められているバインドではない。顕正ならば数秒で突破出来る程度だ。

 しかし、

 

 

「『ディバイン』」

 

 

 声が聞こえる。

 

 吹き飛ばされて崩れた姿勢を整え終わったなのはが、斜め上の空からレイジングハートを向けていた。

 そして顕正は、その魔法を知っている。

 直撃すれば、防御の堅い顕正でも大ダメージは必至。エースオブエース、高町なのはの御家芸。

 

「っ、ナハト!!」

 

 顕正が叫ぶと同時に、

 

 

 

 

 

 

「――『バスター』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 桜色の極太砲撃が一瞬で着弾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砲撃を受けた顕正が大地に叩きつけられるのを見届けたなのはだったが、警戒は解いていなかった。

 まだ試合終了の宣言はされていないし、そもそも顕正が一撃で沈むとは思っていない。

 荒野に叩き落としたせいで土煙が舞い上がっている現状は、相手の動きが見えなくなってしまっている。

 再び炸裂打撃での突撃を掛けてくるか、魔力砲の一つでも飛んでくるかもしれない、と数発の誘導弾を展開し、顕正の落下地点を油断無く見つめていた。

 

 もうもうと立ち込める砂埃。

 そこから群青色の光が見えないかと目を凝らし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゾクリと、悪寒が背筋を走った。

 

 

 

 

 

 

 

 自身の第六感が、危険信号を発している。

 土煙が晴れ、その中心に見えたのは……。

 

「……骸骨の、盾……?」

 

 闇色の盾だった。

 ついさっきまで顕正が手にしていた、無骨な鈍色ではない。

 中央に大きな骸骨が据えられていて、その眼窩は怪しげな光を放っている。

 そしてその盾の影から現れた顕正を見て、ギョッとした。

 

 周囲に今まで以上の粒子を撒き散らす、漆黒の鎧。

 随所に走る赤いラインは血管を思わせる不気味さで、ついさっきまでの『騎士』を意識した実用重視のデザインとは大違いである。

 風に靡く闇色のマントが風格を示し、禍々しい角が二本生えたヘルムは完全に頭部を覆っているため表情は一つも分からない。

 

 威風堂々としたその佇まいは、正義を貫く騎士のものではない。

 あまりの変貌振りに、なのはは思わず呟いた。

 

「……私、陰で色々言われてるけど、今の顕正くんよりはマシだと思うよ」

 

 ヘルムから唯一覗く瞳が、なのはから視線を外さない。

 血のような赤い瞳はどうしようもなく不吉なイメージを湧き上がらせた。

 

 

 

 

 この姿こそが、夜天の主が作り出した融合騎、『夜を蝕むもの』ナハティガルの全力状態。

 

 

 

 口元も見えないヘルム越しにも、顕正が笑んでいるのがなのはには分かった。

 

 

 

 

 

 

「――さぁ、第二ラウンドを始めよう」

 

 

 

 

 

 不敵に響くその宣言は、御伽噺の『魔王』を思わせた。

 

 

 

 

 




誰が『魔王』かなんて、明言した覚えはない(キリッ

はい、なのはさんはむしろ勇者ポジです。
ゴア装備カッコいい!デザイン的にはゴアSのほうが好み。なので顕正君にはゴア装備になってもらいました。ふんたー、とか、ゆうた、とは言わせない。
チャックスも、ゴア系列でシャガルに派生だったらよかったのに…。いや、ザのシリーズも好きなんですけど。


バトルはやっぱり、書いていて楽しい!
特にこの場面は、ずっと頭の中で描いていた部分なので楽しかったです。




以下、ちょっと趣向を変えて、今回のNGシーンを。



――――――――――――――――――――



 なのはは、周囲に桜色の魔力球体を展開。


『……彼女は、本当に人間なのですか……?』


 それを見たナハティガルが、顕正の内で愕然とした呟きを漏らす。
 それもそのはず、展開された光球の数が尋常なものではない。


 一瞬で、凡そ200発。


 その一つ一つがサッカーボールほどの大きさで、周囲の空間を余すことなく埋め尽くしている。
 いくら演算処理に優れたインテリジェントデバイスが補助しているからといって、人類に可能な芸当ではない。こいつはやっぱりどうかしてる。


「最初っから、クライマックスなの!」


 トリガーワードと共に200の弾丸が、接近する顕正へ殺到した。
 それはさながら、光で作られた大津波。

 四方八方から押し寄せてくる誘導弾を見て、顕正は思わず口にする。



「――いや、これはさすがに無理ゲーだわ」



 超弾幕の中に、一人の青年が呑み込まれた。


――――――――――――――――――――


 なのはさんのシューター最大同時操作数が32個だって、書いてる途中で知りました。

 それではまた次回。
 次で一応、戦技披露会終了の予定です。



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