盾斧の騎士   作:リールー

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勘違い継続中。


第三話 盾斧

 『剣の騎士』八神 シグナムは憤っていた。

 憤りの対象は目の前の騎士――笹原 顕正に対してであり、また、この荒削りながら優秀な騎士を犯罪者へと堕としてしまった社会に対してである。

 

 その日、シグナムは久し振りに休暇で、主である八神 はやてとその融合機リィンフォースⅡと共に地球へ帰ってきていた。

 主と共に家の掃除をしたり、慣れないながらも料理の手伝いをしてみたりと、休暇を満喫していたのだが、共通の友人である高町なのはからの緊急回線で、まったり気分は吹き飛んだ。

 曰く、月村すずかとアリサ・バニングスが魔導師に誘拐された、と。

 なのはの元に犯人からの脅迫文が送られてきており、二人は海鳴市郊外の廃ビルに連れ去られているらしい。すずかにつけられている発信器によって所在は分かるが、なのは本人は現在ミッドチルダにいる。早急な解決のために、運良く地球にいたはやてとシグナムに助けを求めたのだった。

 そうして駆けつけてみれば、気絶している三人の魔導師の反応と、一人の騎士の姿。シグナムは、仲間割れでもしたのだろう、間抜けな相手だと考えた。

 

 

 

 

 

 切り結んでみると、この笹原 顕正という騎士は、非常に堅牢な相手だった。

 名乗りに『盾』と付くのも理解できる、硬い防御。大盾だけではなく、左手の長剣も頑強で、シグナムの剣戟を受け止めてビクともしない。

 何より厄介なのが、こちらの動きを知っているかのように予測して防御に回ってくることだった。

 斬りかかり、からの死角をついての攻撃であるはずが、その瞬間にはピンポイントで防御の手が伸びている。その上でカウンターの剣が襲ってくるのだ。

 人相を見ればまだ主はやてと同年代程度で、随所に戦闘の経験が浅いであろう『拙さ』が見えるにも関わらず、シグナムは攻めきれずにいた。

 自分が名乗る前に名を当てられていることを見ると、自分の戦闘を研究している相手だと考える。

 シグナムは闇の書の騎士、ヴォルケンリッターとして次元世界に名を知られている歴戦の騎士だ。犯罪者からも恐れられ、戦闘スタイルが知られていることも少なくない。

 しかし、顕正はどうもそれだけではないようだ。

 ともすれば、何度かシグナムとの交戦経験があるのではないかと思うほどに、こちらの攻撃を的確に受け止めてくるが、シグナムにはこの様な騎士と切り結んだ記憶はない。

 恐らく、元は様々な騎士の闘い方を見て学ぶような、向上心溢れる騎士だったのだろうと思うと、シグナムは残念であり、悲しくもあった。

 だが、いかに良き騎士であったとしても、犯罪者にかける情けはない。

 そろそろ終わりにさせてもらうとしよう、と。

 シグナムはレヴァンティンを強く握りしめた。幸いにして、彼我の距離は開いている。中距離ならば、こう攻めるのだ。

 

「――レヴァンティン!」

 

『Nachladen. (装填。) 』

 

 ガシャリ、と愛剣の鍔の辺りから開いた口に、弾丸――魔力カートリッジを挿入し、炸裂させた。

 

『Schlangeform. (シュランゲフォルム)』

 

 直剣であったレヴァンティンがその形態を変え、長大な刃の鞭と化す。

 連結刃。蛇腹剣。

 扱うには凄まじい技量が必要とされるそれを、シグナムは自在に使いこなす。

 

「はぁーっ!!」

 

 一息に顕正の元へと刃が殺到する。

 いかにシグナムの動きを学んでいようと、この連結刃の軌道を読み切るのは至難の技である。

 

「っ!」

 

 顕正は盾を構えて正面を、剣にてそれ以外を防いではいるが、無傷であったその体には少しずつ裂傷が刻まれて行く。

 決まったか、そう思ったシグナムだったが、顕正の動きを見て思い直した。

 瞳は未だ、闘志を失っておらず、連結刃の隙をついて防御に回していた剣を盾の上部に持っていき、盾の上から突き刺した。

 

「グランツ!」

 

『Axtform. (アクストゥフォルム)』

 

 声が響くとともに盾から伸縮式の鞘が伸び、大盾が回転しながら開いて鞘の先まで移動する。

 

 それは、斧だ。

 

 盾と剣が合体、変形し、身の丈を越す大斧となっていた。

 顕正はその斧を振り回し、自身に迫っていた連結刃を弾き飛ばすとともに、大きく振りかぶってシグナムへと肉迫する。

 連結刃は、剣士としての間合いを増大させるものではあるが、その代わりに懐に入り込まれると対応が一手遅れてしまうことが欠点である。

 その弱点を見逃さずに攻め込んだ顕正への評価を上げるのと同時に、若いな、とシグナムは苦笑した。

 シグナムにとってその反撃は、数多の相手が行なってきたものであり、予測の範囲内だ。当然、連結刃の懐に入られたときの対応もある。

 腰に下げたままであるレヴァンティンの鞘を手に、斬りかかってきた顕正の斧を受け止める。

 

 ――否。受け止め、ようとした。

 

 その瞬間、シグナムの脳裏にチリっと焼けるような『危険信号』が走った。

 言わば、戦士の勘。

 幾度とない戦乱の記憶の中の何かが、シグナムに危険を伝えたのだ。

 その『勘』に、シグナムは従った。

 受け止めるために掲げた鞘を、接触の瞬間に手放したのである。

 顕正の斧が振り下ろされ、レヴァンティンの鞘に接触した、その時。

 

『Freilassung. (解放)』

 

 グランツ・リーゼの機械音声が響き、

 

 ――炸裂した。

 

 轟音と、衝撃。

 直接当たっていないにも関わらず、その余波だけでシグナムの体は吹き飛ばされた。

 

「ぐぁっ!?」

 

 宙を舞いつつも、姿勢を制御し、顕正を見ると、その時には再度斧が迫っている。

 何が起きた、あの衝撃はなんだ、そんな思考がシグナムの動きを僅かながら阻害し、まずいと思いながらもシュヴェアトフォルム――直剣形態に引き戻したレヴァンティンで受け止める。

 今度は炸裂の音はしなかったが、大斧による重い斬撃を受けて体勢が崩れてしまう。

 その隙を顕正は見逃さない。

 

「せやぁぁぁ!!」

 

『Freilassung. (解放)』

 

 二度目の、轟音。

 大気を引き裂くようなそれは、二度目こそシグナムに直撃した。

 

「――っぁ!」

 

 凄まじい衝撃。ギリギリではあってもレヴァンティンで受け止めたというのに、防御の上からで全身に浸透する『重撃』だった。防御が間に合わなかったら、一撃受けただけで戦闘不能に陥ったかもしれない。

 シグナムは思う。

 あれは斬撃ではない。

 あれはまるで、

 

「砲撃、だ……っ!」

 

 先ほどまでの長剣と盾による防御重視の闘い方とはまるで違う。

 防御を無視した、斧による超攻撃的な戦闘スタイル。

 斬撃であるはずなのに、その瞬間火力は砲撃魔法のような威力。しかも砲撃にあるような『溜め』が存在しない。冗談のような攻撃である。

 この様な騎士が、在野に埋れていたとは。

 これは、気を引き締めなければ、とシグナムがそう考えていた時のことだ。

 主である八神 はやてからの焦ったような声音の念話が頭に響き、その内容を聞いて、

 

「……は?」

 

 と間抜けな声を上げてしまったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顕正は今、人生最高のひと時を過ごしていた。

 

(俺の、俺の三年間は、何も間違ってはいなかった!)

 

 記録の中にしかいなかった存在、本物の『騎士』と、切り結んでいる。

 その状況が、顕正の実力を最大限まで引き出していた。

 グランツ・リーゼと出会ってから三年間。戦う敵もなく、そして互いに高め合える仲間もいなかった。

 ひたすらに腕を磨き、記録を体験し、恐らく強さを得ただろうとは思っていたが、それを証明するものは何もない。記録の中の騎士を相手取れるようになったとはいえ、所詮は記録の存在。パターンはある程度定まっており、記録である以上相手側の進歩はない。幾度となく戦えば、『勝ち方』が分かってきてしまう。最近は記録の中でダメージを負うことも少なくなってきた。

 少し前にグランツ・リーゼから、正式に『騎士』を名乗ってもいい、と言われていたが、それでも何も変わらない。平和な毎日になってしまったのだ。

 そんな中の、今回の誘拐事件。

 初戦であった三人の魔導師は、正直拍子抜けするぐらい圧勝だったが、今戦っている相手――シグナムは違う。

 紛れもなく歴戦の騎士であり、格上の相手だ。

 比べてしまえば技量も、魔力量も、戦闘経験でも劣っている。

 しかし、その相手にこれ程まで戦えている。

 それは、この上ない喜びであった。

 こちらは相手の動き方がある程度分かっていて、どういうわけか相手はこちらの闘い方を――盾斧の騎士の闘い方を忘れてしまっているようだが、それでも善戦出来ている。

 顕正にとっての、紛れもなく至福の時だった。

 しかし、

 

(楽しい、楽しいのになぁっ!)

 

 そろそろそんな時間も終わってしまうだろう。

 『光輝の巨星』グランツ・リーゼに備わった機能、『撃力充填』。

 デーゲンフォルム――長剣形態の際、攻撃と防御の時に発生するエネルギーを内蔵された五本のカートリッジに貯蓄し、アクストゥフォルム――大斧形態の際にカートリッジを使って高威力の攻撃を放つ。

 それが『盾斧の騎士』の戦闘スタイルだ。

 魔導師三人との戦闘で三本分、シグナムとの戦いで二本分を貯めたが、先ほど二本分使ってしまった。

 しかも二本消費して決定打を与えられていないのだ。

 一本ずつ使って戦っても、勝利する可能性は低いと考えている。

 ならば、決する方法は一つ。

 

(カートリッジ三本分、一発消費の大解放しかないだろう……!)

 

 撃力カートリッジ三本を一気に消費しての、全力攻撃。

 本来、人間に対して放つ威力の技ではないし、放てばまだ技量不足の顕正の体は限界を迎えるだろう。

 しかしやるしかない。

 いや、『やりたい』。

 ここでやらねば、いつやるのだ。

 眼前の騎士は、こちらの動きを待っている。

 この騎士に、自分の技が通用するのか、試してみたい。

 こんな機会はまたとない。

 ならば、

 

「――グランツっ!!」

 

『Jawohl. (了解。)』

 

 相棒は答え、斧となっていた盾が回転して動き、一旦手元で止まる。

 

『Freilassung. (解放)』

 

『Freilassung. (解放)』

 

『Freilassung. (解放)』

 

 都合三度の連続解放。

 バチバチと撃力エネルギーが全身に浸透し、赤いオーラとなって顕正とグランツ・リーゼを包み込む。

 さぁ、ゆくぞ。

 受けて見るがいい、烈火の将よ。

 これが、笹原 顕正の全力全開、『盾斧の騎士』の本気の『砲撃』。

 

 

「――破邪、」

 

 

 その、顕正の正真正銘の死力の一撃は、

 

 

「――けん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――その勝負ちょっと待ったー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然上から降ってきた漆黒の羽を持つ『天使』によって不発となった。

 

「……え?」

 

 ぷしゅー、と放つはずであったエネルギーが霧散し、呆気にとられた顕正。

 直前までの殺伐とした空気はどこへやら、『天使』はシグナムへと駆け寄り、その手を掴んで共に顕正の元へとやって来ると、――頭を下げた。

 

「……は?」

 

「ほんっとうに、ごめんなさい!」

 

「あ、主はやて……」

 

「ほら、なにしてんねん!シグナムもちゃんと頭下げぇ!」

 

 『天使』――少女はシグナムの頭を鷲掴みにすると、自分と同じように頭を下げさせた。

 

「ごめんなさい!今回のことは、私らの勘違いなんです!」

 

「も、申し訳ない……」

 

 少女と共に、謝罪の形をとるシグナム。

 顕正は思う。

 

 

 

「……何が、どういうことだ……?」

 

 

 

 こうして、顕正の至福のひと時は呆気ない終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




はやてちゃんマジ天使!

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