盾斧の騎士   作:リールー

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大変長らくお待たせいたしました。
言い訳はあとがきにて。


 閑話2 幸福の形

 ある日の夜のこと。

 顕正は自室で次元通信を行っていた。

 

『――ふーん、なるほどねぇ。あんたが珍しく自分から連絡してきたと思ったら、そういう話か』

 

「……どうすればいいと思う?」

 

『っていうか、なんであたしに?他にもそういうの得意そうなのいるでしょうに。ほら、フェイトとか』

 

「あいつにも聞いてみたんだが、『自然に仲良くなったよ』ぐらいしか聞けなかった」

 

『じゃあ、はやては?はやての所は大所帯だから……って、あそこもフェイトと同じような感じか』

 

「いや、あいつはそれ以前の問題だった。……それで、他に相談出来そうな相手を考えたら、ふとお前の顔が浮かんだんだ」

 

『……それはありがたい話だけど……。相手はデバイスなんでしょ?』

 

「そう、なんだが……どっちかと言うと『使い魔』みたいなもんなんだよ、ナハトは」

 

『ふーん……そうねぇ……だったらやっぱり、スキンシップが一番じゃないかしら?』

 

「スキンシップ?そういうものなのか?」

 

『まぁ、あたしは大体そういうことから始めるわよ。実際に触れ合うことって、言葉を尽くすよりも信頼関係が生まれると思ってるの』

 

「……なるほど。参考にさせてもらうよ。悪いな、わざわざ時間取らせて」

 

『べ、別にいいわよ、これくらい。……たまにはこっちにも顔見せなさいよね』

 

「あぁ、今度の休暇に帰るつもりだ」

 

『そう、それならいいわ。……じゃあ、またね』

 

「あぁ、また」

 

 

 

 通信を終え、ふむ、と顎に手を当てる。

 受けた助言は、理にかなっていると思えた。

 それならば、即断即行である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう、少しですね」

 

 聖王教会騎士団女子寮のキッチンで、プリメラはオーブンの中を見ながら呟いた。

 オーブンの中には、表面に焼き色の出始めたクッキー。

 最近趣味で始めたお菓子作りの作業中である。

 入浴の前に生地を寝かせ、先ほどオーブンに入れたクッキーは、もう少し時間がかかりそうだ。前回焼いた時は焼き過ぎて黒焦げになってしまったため、ここが一番注意を払うべきところだと用心している。

 まだ少し湿っている菫色の髪を、タオルでポンポン叩いて水分を取りながらオーブンの中を見つめていると、キッチンに入ってくる気配があった。

 

「――いい香りが出てきていますね、プリメラさん」

 

「……ナハト。もう少しで焼き上がりそうです」

 

 オーブンのガラスに反射して見えたのは、同じく風呂上がりのナハティガルだ。普段のポニーテールを解いている。

 

「今回は上手くいきそうですか?」

 

「えぇ、あとは焼き加減さえ気を付ければ……」

 

 水分を含んでいつもより更に艶のある、ナハトの闇色の髪。

 そして風呂上がりでほんのり染まった肌は非常に魅力的で、同性のプリメラでもどきりとする色香があった。

 このユニゾンデバイスがライバルとならなくて本当に良かったと、何度目か分からない安堵の息を内心で吐く。

 スラリとした長身はモデルもかくやという優美さで、そのくせたわわに実った果実すら併せ持っている。

 正直、『敵』になれば肉体的なもので叶う部分が見つからない。

 ただでさえ、管理局の美人執務官というかなりの強敵がいるというのに、彼女まで敵に回ったら手の施しようがない。

 幸いにしてナハティガルは、女性としての幸せよりもデバイスとしての幸せを求め、ひいてはロードである顕正の幸せを願っている。

 その願う幸せは『騎士』としてだけではなく、一人の人間としての物もだ。顕正に近しい異性であり、その人間性も高く評価できるプリメラが、顕正の人生の伴侶となることに何の異議もないため、ナハティガルは専らプリメラの恋のサポートをしていた。

 今まで料理をした事のない、生粋の『お嬢様』だったプリメラに料理指南をしたのも、ナハティガルである。

 

 

 本来は600年前のベルカ戦乱期において、世界各地を旅して回る『盾斧の騎士』のサポートをするために作られたナハティガルには、日常的な家事の手法もインプットされている。特に先代であるヴェント・ジェッタは料理が不得手であったため、シャランは彼のために、ナハティガルへ様々な料理レシピを仕込んでいたのだ。

 

 しかし普段の食事は教会の食堂で取るし、ロードに食事を作ろうにも先代とは違い、顕正は地球で一人暮らし出来る程度には家事に慣れていて、料理も出来る。わざわざ作る必要がない。

 それならばと、自身の腕を活用出来るプリメラへの指南役を了承し、顕正へのアピールを手伝っていた。

 今作っているクッキーも勉強中の顕正への差し入れで、密かに甘いもの好きの彼に合わせた味に調整している。

 あとは焼き上がりを待つばかり……という時に。

 

『――ナハト、今大丈夫か?』

 

「?」

 

 ナハティガルに念話が入った。

 

『はい、何か御用でしょうかミロード』

 

『手が空いてるなら、ちょっと部屋まで来て欲しいんだが』

 

 相手はロードである顕正だ。

 この時点で、なかなか珍しい出来事である。

 ロードと融合騎という関係性の二人だが、日常的な関わりは正直言ってほとんどない。

 本来であればロードの世話をするのがナハティガルの役目なのだが、現代社会においてその必要性もなく、仕事や訓練の時間以外は顕正よりもプリメラと過ごす時間の方が多い。

 仕事に関する連絡で念話が使われることはあるが、今回のような夜の呼び出しというのは非常にレアだ。

 いつもであればこの時間帯の顕正は教員資格のための勉強中で、ナハティガルを呼び出すことはない。

 とはいえ、敬愛するロードの呼び出しに応じないという選択肢はありえなかった。

 

『分かりました、すぐに向かいます』

 クッキー作りは焼き上がりを待つだけなので、もう大丈夫だろう。

 ナハティガルはプリメラに顕正から呼び出しがあったと伝え、彼の部屋がある男子寮へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……なかなか、上手くできました)

 

 ナハティガルが去った後、それほど時間を置かずにプリメラも男子寮にやってきた。

 手には出来立てのクッキーが並べられた皿がある。油断せずに味見し、出来映えの確認をしてあるので万が一のこともない。

 このクッキーを差し入れに行く、という口実で顕正の部屋にお邪魔するので、内心ウキウキしている。

 以前はミッドの一般教養を教える、という名目があったのだが、最近ではプリメラが教えられる範囲を超えてしまったため、教師役はお役ご免となっていた。

 その失われたアピールタイムを取り戻すために、こうして差し入れを作ることを考えたのだ。

 経験はほとんどなく、失敗続きだったが、頼れるサポーター、ナハティガルの指南によりやっと満足のいく出来に仕上がった。

 あとはこれを、勉強中の顕正に渡すだけである。

 ウキウキとドキドキがない交ぜになった感情を無表情の裏に込めながら、顕正の部屋のドアをノックしようとして……。

 

 

「――み、ミロード……あっ……!」

 

 

 中から聞こえてきた艶っぽい声に動きを止めた。

 

(…………は?)

 

 一瞬にして頭が真っ白になる。

 ここは間違いなく顕正の部屋の前で、尚且つ先ほどの声はナハティガルのものに違いない。というか、現在聖王教会内で『ロード』と呼ばれるのは顕正だけで、呼ぶのもナハティガルだけである。

 唐突な事態に固まったままのプリメラの耳に、さらなる声が入ってきた。

 

 

「どうだ?痛かったりしたらすぐ言ってくれよ」

 

「は、はい、大丈夫です。むしろ気持ち良いくらいで……その、なんと言いますか、手馴れていますね、ミロード……」

 

「まぁ、姉さんを相手にして、何度かやったことがあるからな。なかなか高評価だったぞ」

 

「んっ……では、意外と経験豊富なのですね……あっ……」

 

「ナハト……お前ちょっと敏感すぎないか?」

 

「それは、その、そういう『仕様』なのもありますが、……ミロードに触れられていると考えると、心の奥から溢れる感情がありまして……」

 

「……感情っていうか、もう見て分かるくらいに『溢れ』てるけどな」

 

「し、仕方がないではありませんか……私だって出したくて出してるわけではないのですよ?」

 

「まぁ、俺は嫌いじゃないけどな、これ」

 

「う……あ、ありがとうございます……」

 

 

 なんだこれは。

 一体全体、この部屋の中で『ナニ』が起きているというのか。

 プリメラ・エーデルシュタインは、思春期真っ只中の恋する乙女である。

 当然ながら『そういったこと』に関する知識も持ち合わせていた。

 聞こえてくるナハティガルの声の艶っぽさ、顕正の言葉、それらが彼女の脳内をピンク色に染め上げる。

 

(どどどどどういうことですかまさかケンセイとナハトがっ!?騎士と融合騎でそんな、うらやまっ、ふ、ふしだらな!?)

 

 若干本音が漏れつつ、二人の関係性に対する文句。

 顕正もナハティガルも、お互いロードとデバイスというスタンスを取り続けていた。

 それは普段の態度にありありと現れていたし、その関係に危機感を持ったプリメラは幾度となく確認している。

 しかし現実に起こっているこれは、どう考えてもロードとデバイスの関係ではない。

 

(……そ、そう、ですよね。如何に清廉を重んじるケンセイといえど、一人の男性です。ナハトのような美人に傅かれれば、『そういう気持ち』になってしまうのは時間の問題だったのかもしれません……)

 

 プリメラが思春期の恋する乙女であるのと同様に、顕正もまた旺盛な年頃の青年なのだ。

 その上、顕正はあれで中々自身の欲望に忠実である。

 今までその欲は、ほぼ全力で『強さ』に向いていたのだが、ナハティガルという魅力的な女性の出現が、それを変えてしまったのだろう。

 

 裏切られた、という思いは、当然ある。

 しかしそれでも、怒りや悲しみには繋がらなかった。

 

(失恋、なのでしょうけど……それよりも少し、ホッとした気もします)

 

 プリメラ・エーデルシュタインは二年という期間、笹原 顕正のことを直ぐ横で見ていた。

 顕正は非常にストイックで、何よりも『強さ』を求めて全力だった。

 その一途な背中が、どうしても生き急いでいるように見えてしまったプリメラは、顕正本人に『何故そこまで強さを求めるのか』と聞いたことがある。

 

 語られたのは600年の歴史。

 『盾斧の騎士』の悲願。

 笹原 顕正の、『夢』。

 

『――人間が持つ可能性を示し、それをもって人々に希望を与える』

 

 大きいな、と思った。

 そんな所を見つめていたのか、とも。

 

 だからこそ、プリメラは少し心配もしていたのだ。

 笹原 顕正は、果たして『人としての幸せ』を求めているのだろうか、と。

 それは社会的地位であったり、財産であったり、そして『家族』や『恋人』といった存在であったり。

 

 彼はもしかしたら、強さしか求めていないのではないか。

 

 そう思っていたが、この様子なら要らぬ心配だったらしい。

 

(その『相手』が私ではなかったことは残念でなりませんが、ケンセイが幸せなら、それでもいいのかもしれません)

 

 恋して、求めて、思い破れて。

 自分も少しは大人になったのだろうか。

 想像していたよりも胸の内の泥は少なく、ただただ不思議な感覚があった。

 

(……二人とも――どうかお幸せに)

 

 心の中、その一言だけを送る。

 彼女は想いを込めて作ったクッキーを渡すことなく、そっと扉を離れて歩き出した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――のだが、

 

 

「……あ、ミロード。どうやら扉の前にプリメラさんがいるようです」

 

「ん?さっき言ってた差し入れか。プリメラー、入ってきていいぞー」

 

「ぅえ!?」

 

 突然部屋の中から声を掛けられて、動揺してクッキーを乗せた皿が宙を舞う。

 はっ、として身体が動き、皿を確保。空中に飛び出しかけたクッキーもひとつ残らず皿に回収するという超機動を披露した。

 せっかく作ったクッキーが無駄になることを避けられたことにホッとして、そして次の瞬間には現実を思い出した。

 

「そ、その!盗み聞きするつもりはなかったのです!」

 

「?いや、別にそんなことは気にしていないが……まぁ、とにかく入っていいぞ?」

 

「いいいいい、いいんですか!?私も入っていいんですか!?」

 

「あぁ、そう言ってるだろ……?」

 

 なんということだろう。

 失恋したと思ったら、まさかの逆転ホームランである。いや、これを勝利と取るのかどうかは人によるが。

 この状況で自分も『参加』するとは、中々どうしてハードルが高い。

 

(は、初めてが『3人』だなんて……い、いえ、この際文句は言えません。これはチャンスなのです。この好機を逃すなど、できるはずもありません!)

 

 片割れがナハティガルだというのなら、まぁ、まだなんとか折り合いをつけられる。色々思うところはあるが、妥協可能だ。

 それにしても突然こんな提案が出てくるとは、これも地球の文化なのかもしれない。地球、恐るべし。

 

「そ、それでは、御言葉に甘えて……し、失礼します!」

 

 覚悟はとうに出来ている。

 ならばあとは、突き進むだけだ。

 その先に、どんな肌色が広がっていようとも……!

 

 そうしてプリメラは勇んでドアを開け、そのエメラルドグリーンの瞳で、捉えた。

 

 

 二人はベッドの上にその身を置いており、ナハティガルは頰に朱を滲ませて熱い吐息を零し、顕正は優しい手付きで彼女を愛撫していた。

 

 

(――あ、あれ……?)

 

 そう表現するしかない光景なのだが、どうにもプリメラの想像していたような状況では、ない。

 

「あぁ、わざわざありがとな。せっかくだし、みんなで食べよう」

 

「え、えぇ、それは、もちろんですが……その、これは、どういう状況なのですか?」

 

 至って普通の対応をする顕正の手の動きに合わせ、ナハティガルは小さな声を漏らしている。頬は上気し、目は酩酊しているかのようにとろんとしていた。

 

「どういうって……『ブラッシング』してやってるんだが」

 

 顕正の手には、一本の櫛が握られている。

 その櫛が優しくナハティガルの黒髪に触れて梳くと、

 

「んっ!」

 

 ナハティガルの喉から艶を含んだ声。

 よく見れば、その髪からは戦闘中に様々な情報を伝達するための感覚器官である『黒い粒子』が溢れていた。

 

「……は?」

 

 想像していた桃色空間とのギャップに、プリメラの脳が止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことの始まりは、なんてことはないただの思い付きだ。

 教員試験のための勉強に勤しんでいた顕正が、休憩中にふと思ったのである。

 

(……俺とナハトって、やっぱり少し『距離』があるよな……)

 

 頭に浮かんだのは自分以外にユニゾンデバイスと共に過ごしている人物、八神 はやての姿だ。

 ナハティガルを発見した任務で共に遺跡探索を行った時に感じたのだが、彼女のリインフォースⅡへの接し方は、単なるデバイスではなく、まるで『妹』と接しているように見受けられた。

 夜天の書を核とする魔法生命体、ヴォルケンリッター達と幼い頃から『家族』として過ごしてきたはやてだからこそのものなのだろうが、その関係性はある種の理想形なのではないかと、顕正は考えたのだ。

 

 それを踏まえて、今の自分とナハティガルはどうだろう。

 お互いがお互いを尊重し合っている、と言えば聞こえはいいが、遠慮し合っているだけでもある。

理想の関係だとは、口が裂けても言えないだろう。

 まだ出会ってから1年も経っていないということもあるが、所詮は言い訳だ。

 現在の関係は、顕正がナハティガルと仲を深めることを怠っていた結果であり、それがそのままで良いとは思わない。

 

 そうして顕正はナハティガルと『仲良く』なるべく行動しようとしたのだが、すぐに問題に直面した。

 

 現状以外の接し方が、よく分からなかったのである。

 

 当然と言えば当然だ。

 普通は仲良くなろうとしてなるのではなく、共に過ごしていく中でそう『なっている』のだから。

 

 しかし、先日の戦技披露会で、あと一歩がなのはに届かなかった顕正は、ナハティガルとの連携がもっとうまく取れていれば結果は違ったのかもしれない、という発想になり、若干の焦燥感を抱いていた。

 

 この問題は早急に解決しなければならない、という思いに突き動かされていたとも言える。

 

 そうと決まればと、頼れる友人達に次元通信を行ったのは、思考が終わってすぐのことだった。

 

 

 

 一人目、無限書庫司書長 ユーノ・スクライア。

 

「……えっと、つまり、女の子と仲良くなる方法ってこと?え?これって恋愛相談?」

 

 違う。そしてもしそうなら、なのはにずっと想いを寄せながら全く進展のないお前に相談することはない。

 ……とは、流石に口に出さなかった。

 

「僕じゃ力になれそうにないなぁ。はやてとか、そういうの得意そうじゃない?」

 

 

 二人目、時空管理局捜査官、八神 はやて。

 

「――押し倒す、ってのはどうやろか?」

 

 冗談だと分かっていたが切った。

 

 

 

 三人目、時空管理局本局執務官、フェイト・T・ハラオウン。

 

「うーん、私の場合は、アルフとはずっと昔から一緒だから、あんまり参考になるようなアドバイスは出来ない、かな……。自然と仲良くなってたし。――あ、キャロとエリオの時は、出来るだけ怖がらせないように、って目線の高さを合わせるのを意識してたよ」

 

 前の二人と比べると雲泥の差ではあるものの、ナハティガルに適応出来るアドバイスではなかった。

 

 この辺りで顕正は、魔法文明に生きる友人達は当てにならないと判断。

 

 地球に住む友人で、魔法的な話をしても問題ない人物を思い浮かべ――

 

 

 アリサ・バニングスという、非常に頼りになる人物に助けを求めたのである。

 

 

 

 突然の次元通信に驚いたアリサだったが、基本的に自分一人で問題解決を図る顕正が真剣な様子を見て、真摯に考え、思い付いた有効なアドバイスを伝えた。

 

 ……アリサの誤算は、顕正が新たに手にしたユニゾンデバイスが成人女性を象ったフルフレームタイプだったことだろう。

 ナハティガルの姿を知らなかったアリサが想像したユニゾンデバイスは、当然ながら友人であるはやてのユニゾンデバイス、リインフォースⅡのような妖精サイズのものであり、更には顕正の話ぶりから、『使い魔の様な存在』=フェイトの使い魔である橙狼、アルフの様な獣形態と判断した。

 

 それ故にアリサは、

 

『(犬とかと仲良くなるなら)スキンシップが重要である』

 

 というアドバイスを行ったのである。

 ……アリサが真実を知ったとしたら、

 

「どう考えてもセクハラでしょうが!」

 

 と叫んで頭を抱えるに違いないが、結果的に上手くいった辺りは幸いだった。

 

 顕正は相談の結果である『スキンシップをしよう』を桃色的な意味ではなく、『ブラッシング』と判断し、実行した。

 かつて叔父夫婦の家で暮らしていた時、サユリにせがまれて風呂上がりの髪を梳かしてやったことがあったので、『家族』ならそれくらいは問題ないだろうと思ったのだ。

 

 実際、ナハティガルを呼び出して単刀直入に、

 

「ナハト、髪を梳かしてやろう」

 

 と少々緊張しつつ言ってみたところ、ナハティガルは僅かにキョトンとしたが顕正の性格と思考を正確に把握していたため、

 

「それでは、よろしくお願いします」

 

 至極当然のような顔をして返したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……まぁ、確かに部屋の外から声だけ聞いていれば、プリメラさんのような勘違いが起きても仕方がなかったでしょうね)

 

 未だに火照りの余韻が残る赤い頰のまま、ナハティガルは苦笑した。

 先ほどまで顕正による、『ブラッシング』に至るまでの経緯の説明がなされていた。

 顕正は特に気にしていないようだったが、プリメラの心情は――というか、この二人どちらもなのだが――ナハティガルには手に取るように分かる。

 顕正によるブラッシングは本人が自信があると言っていた通り非常に心地良く、その上ナハティガルの闇色の髪は情報伝達を可能とする『粒子』の集合体でもあるため、皮膚以上に感度が高い。

 そのため、多少『はしたない』声を上げてしまった自覚がナハティガルにはある。

顕正に思慕の念を向けるプリメラは、聞いてしまって気が気ではなかっただろう。

 

(そのお詫び、ということもありますが、お気に召したようで何よりです、プリメラさん)

 

 ナハティガルの視線の先では、顕正がプリメラの髪を梳いている。

 いつもの無表情がだらしなく崩れて、とても幸せそうな顔をしているが、後ろから櫛を手にしている顕正には見えていないのは、幸か不幸か。

『――ミロード、プリメラさんにもして差し上げる、というのはどうでしょうか?』

 と軽く提案すれば顕正はプリメラが望むのならと言ったし、プリメラはナハティガルに感謝の篭った眼差しを向けてきた。

 これくらいの『手助け』はお安い御用である。

 ただでさえ、公私ともに主を支えて貰っているのだ。

 聖王教会随一の騎士、とすら噂されるほどになった顕正の活躍は、バディであるプリメラの助力があってこそ。

 戦闘力では申し分なく、礼儀と騎士道を重んじ、他人を慮る度量を持ち、勉学ですら手を抜くことがない、……と客観的な事実を並べ上げれば、正に理想の騎士である顕正だが、その生い立ちと環境から、少なからず『歪み』があることは間違いない。

 常識人に見えて所々抜けていて、プリメラを始めとする、聖王教会に属する様々な者たちのサポートがなければ、これ程までに活躍することは出来なかったはずだ。

 

(……もっとも、この程度の歪みで『済んでいる』のは非常に幸いなことなんですけどね)

 

 と、思いながらナハティガルは、顕正の机の上に目を向ける。

 そこには、鋼色の剣と盾を象った一機のデバイスが置かれていた。

 

(『――何か言いたいことがありそうだな』)

 

 その視線に、武骨な声が返ってくる。

 顕正やプリメラに聞こえないように思念によるものだが、そこに不満気な感情が乗っていることが分かった。

 

(『いえ、……羨ましいのであれば、自分からミロードに言えばいいではないですか。【自分にも手入れをしてくれ】、と』)

 

(『――不要である。主は我の手入れを欠いたことはない』)

 

 毅然とした対応だが、同じデバイスであるナハティガルにはその心の内が伝わる。

 ちょうど顕正も、プリメラの髪を梳かし終わったようなので、すかさず声を掛けた。幸せそうに蕩けた顔をして余韻に浸るプリメラには悪いが、これはチャンスだ。

 

「ミロード、この際ですから、グランツ・リーゼも、というのは如何でしょうか?」

 

(『!?ナハティガル、貴様一体何を!』)

 

 抗議の声は無視する。どうせ主に対しては『無口な武人』を気取ってほとんど何も伝えないのだ。その上彼にとっては利となる展開なのだから、文句など聞く耳持つ必要はないだろう。

 

「ん?そう、だな。確かにグランツだけ仲間外れってのは良くない」

 

 幸い、顕正も乗り気なようだ。

 机の中から普段手入れに使っている道具を一式取り出すと、グランツ・リーゼを手に取り、

 

「お前にも、ずっと世話になってるからな……」

 

『……Danke.』

 

(『――ナハティガル、貴様覚えておけよ……!』)

 

(『はいはい、今はミロードのメンテナンスを楽しんで下さい』)

 

 まだ尚、グランツ・リーゼの罵声が小さく飛んでくるが、こちらは悪いことをしたつもりはない。

 主である顕正が、複雑な生い立ちや環境に置かれ続けてもこの程度の歪みで済んでいるのは紛れもなく、彼をずっと導き、大切に育んできたグランツ・リーゼの功績が大きいのだと、ナハティガルは理解している。

 ともすれば、力に溺れる人格破綻者になっていてもおかしくない顕正を支えてきたこの武骨な友人も、たまには良い思いをしていいだろう。

 

(……ここは、優しい世界ですからね)

 

 ナハティガルが生み出された戦乱の世、血と硝煙の香りと灰色の空が広がるベルカの世界とは、まるで違う。

 大小様々な事件こそ起こるものの、ミッドチルダは戦のない平和な場所だ。

 騎士と共に戦場を駆けることを目的として作られた自分が、この安寧を享受し続けてもいいのかと、ふとした時に思うことはある。

 しかしそれを今の主の前で零してしまった時に、彼は呆れたように、こう返した。

 

『――平和なのは、いいことに決まってるだろ。それとも、お前を作った夜天の主と俺のご先祖様は、そんなことも許してくれないほど器の小さい人たちだったのか?』

 

 あぁ、としみじみ思った。

 優しく、気高く、自らの騎士道を追う主。

 主を慕う、純粋な心の友人。

 その他にも、自分を一つのデバイスとしてだけでなく、人格を持つ『人』であると認めてくれている聖王教会の面々。

 そんな様々な人物に恵まれ、自分はこうして『生きて』いる。

 

(――私は、いえ、私達は本当に、幸せなデバイスですね)

 

 主の手によって綺麗に磨かれている最中の、武骨ながら、からかうと思いの外愉快な反応を返す同僚の姿。

 憮然とした態度をとってはいるが、どことなく嬉しげでもある。

 

 素直じゃない同僚に苦笑しつつ、ナハティガルは自分を囲む環境を思うのだ。

 

 

(――本当に、私は『幸せ』ですよ、マイスター・シャラン)

 

 

 

 今は亡き金糸の製作者へ、どうかこの思いが伝わりますように、と。

 

 

 

 

 

 




年末に上げると言っておきながらこのありさま。

まことに申し訳ありませんでした。


……長期間更新できなかった理由としては、年明けから仕事が想定以上に忙しくなった、ということもあるのですが、それ以上にどうしようもない理由がありまして…。





――すみません、艦これに熱中していました…。


順を追って説明しますと、



年末年始休暇で余裕が出来る

ビスマルクチャレンジを始める

二回目でビス子さんお迎え

「……これはちょっと、本格的に頑張ろう」

冬イベント(イベント初参加)でゆーちゃんは手に入れるものの、戦力不足を実感

全力で艦これに集中し始める

作者を艦これに誘った友人を司令官レベル的にも戦力的にも追い抜く

春イベントをなんとかクリア(しかし丙作戦)

GWで余裕があり、艦これも掘る前に資材回復中

「……そろそろ書かねば」


とまぁ、そんな感じで現在に至ります。
ご心配お掛けしてしまいましたが、きわめて元気です。

しかしながら仕事の忙しさ自体は変わりがなく、これからも安定して更新することは難しいと思われます。
月に一度更新できればいいなぁ、ぐらいなので、ご期待いただいて本当にありがたいのですが不定期更新に拍車がかかります。ご了承ください。


で、今回の閑話なんですが……。
更新停止期間でSts編のプロットが(脳内で)出来上がり、それに合わせる形でこれまでの設定がぶれているところが多々出てくると思われます。
「あの時言ってた設定と違うじゃん!」
と思う方もいらっしゃるでしょうが、ひとえに作者の見通しの甘さと技量不足です。申し訳ありません。

 期間は空きましたがこれにて第二章は完、ということで、次回からようやくStsが始まります。
 これまでちょこちょこ張っていた伏線を回収できる限り回収していくので、どうぞ温かい目で見守ってください。

 ……章が終わるたびに長文で言い訳している気がする。


5/11 表記揺れを修正
 誤)リィンフォース
 正)リインフォース
 なお、愛称としての『リィン』はそのままです。

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