例えばこんな幼馴染
龍門近衛局特別督察隊隊長チェンが盟友にかける言葉は、他の者へのそれと一線を画していたという。犯罪者やレユニオンの潜伏情報が上がった際、真っ先に相談するのは決まってその人物であり、部下には決して見せない弱音も幾度となく吐いた。その都度彼女を叱咤し、時には慰め、『龍門最強』を支え続けた男は、彼女の人望と反比例するかのように人々に恐れられた。
曰く、督察隊内の掟を作り上げたのは彼であり、違反者は即刻死罪に処した。
曰く、現体制に不満を持つ隊内の反乱分子は片っ端から粛清した。
曰く、督察隊が捕らえた不審な人物は誰彼構わず拷問にかけた。
曰く、実働で最も人を斬ったのはチェン隊長ではなく彼である。
真偽入り乱れたその噂の持ち主、督察隊副長シセイは今、龍門郊外の歓楽街通りを1人歩いていた。
軍服に黒いコートを羽織り、足元を軍用長靴で固めた彼の様相は、周囲からひどく浮いている。すれ違う人々は皆、顔を地面に向けて目を合わせぬよう心掛けていた。
それも当然である。宵も深まり、街全体が酩酊したかのような陽気な雰囲気の中、物々しい格好の男が不機嫌そうな形相でいるのだ。しかも腰には2振りの刀がぶち込んである。その特異な男がどのような人物か、数々の噂と共によく知っている街の人間にとっては恐怖以外の何物でもない。
「……」
人々の畏れを知ってか知らずか、余計に顔の影を深くしながらシセイは黙々と歩く。180cmはあろうかと言う高身長が、闇を滑るように進んで行った。
歩を進める事に顔の皺が深くなっていき、通りの人々はそそくさと店や家に入っていく。すわ斬り込みか、捕物か、と小さい囁きが漏れるがそのような事は一切なかった。
(………酒臭い)
それがこの男の頭の中の全てである。
普段から酒を寄せ付けず、付き合いの席でも舐める程度にしか口をつけないシセイにとって歓楽街全体を覆う酒気のような雰囲気が苦痛だった。別に任務で表情が曇っている訳でも、特別不機嫌というわけでもない。足が速まるのも、ただ単に一刻も早くこの酒臭さから逃れたいだけである。付け加えるならば、このような場所に足を運ぶ原因になった女への軽い怒りであろうか。
5分程して、1軒の酒屋の前でその足が止まった。懐の懐中時計を見遣り、溜息をついたシセイが戸に手をかけた時には、既に周囲の人間は散っている。
「邪魔をする、店主。荷物はどこだ」
ぶっきらぼうに言い放ちながら足を踏み入れたシセイの目に飛び込んだのは、机に突っ伏して寝息を立てる盟友…督察隊隊長チェンその人である。
「すいませんねぇ副長さん、私らも飲みすぎは良くねぇと止めたんですが…」
「いや、こちらこそ上司が毎度迷惑をかける。勘定は俺が出そう」
バツが悪そうに財布を取り出すシセイの横で唸りながら眠るチェン。わたしだって、だの今のままでは、だの夢の中でも気苦労しているらしい。
「文句を言いてぇのは俺だ、チェンさん。ほら起きろ、水飲め水」
口元にコップを寄せる。シセイの声が聞こえているかは微妙な所だが、取り敢えず出された水は飲んでいる事を確認し、彼女の腕を自分の首へと回させた。が、いつもとは少々勝手が違う。大体ここらで意識が覚醒し、不明瞭な数語と共に自分で立ち上がろうとするのだが今日は起きる兆しが全くない。余程やけ酒を喰らったのか。
「……ンの野郎」
私は野郎ではない、という何時もの反駁もなくシセイにおぶられるチェンの緩んだ表情は、居合わせた店主が思わず見惚れるほどだった。
「邪魔をした。出禁にしてくれても良いんだぞ。毎度こんなのが酒を飲みに来たら怖がって他の客が寄り付かんだろう」
「はぇ…?あ、や、その心配はねぇや副長さん。チェンさんは人一倍…いや3、4倍は呑んでくれるんでね。売上で赤字は出ねぇんでさ」
「良かったと言えば良いのかすまんと言えば良いのか…」
「すまないと思うならたまにゃ副長さんも一緒に来てくだせぇよ。飲みやすいのを揃えときますぜ。ま、取り寄せるのにちと別途料金かかりますがね」
鬼のシセイと畏怖される自分を前にして、恐れるどころか軽口を叩く店主に苦笑いを向け、考えておくと一声掛けて通りへ出た。
龍門の夜空はどんよりと濁り、とても星空など臨めそうもない。
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「………ぅ、…」
「起き抜けに吐いたら捨てるぞ、馬鹿」
「しせぃ……?」
「あぁシセイだよ、馬鹿酒チェン隊長」
酒屋から歩くこと十数分、ようやくチェンの意識が覚醒し始めた。しせい、シセイと何度か呟くと少しずつ言葉も明瞭になっていった。
「迎え、来てくれたのか…」
「腹立たしいがいつも通りな。隊長のこんな無様なところを他の連中に見せられるか。だから酒は嫌いなんだ」
味も、あの酩酊感も、それによって姿を現す醜態も。シセイは全てを忌み嫌っていた。
「なぁ、シセイ…私達はいつからこうなったんだろうなぁ。感染者を片端から捕え、投獄して…」
「………」
どうやら自分達2人の関係性のことでは無いらしい。当然ながら酒が抜けきっていないと見える。
「龍門を、守りたくて…故郷を…良く………」
「俺にはどうでも良い事だ」
幾らかの後悔が混じる言葉をバッサリと切り捨てる。だがチェンは動揺しない。お前はそういう奴だ、と言わんばかりにふふっと笑っただけである。
「龍門だろうが故郷だろうが知らねぇよ。感染者も非感染者もどうでもいい。俺ァただーーーー」
「喧嘩がしてぇ」
龍門近衛局督察隊副長・通称鬼のシセイ。
隊長チェンの盟友にして、どうにも手の付けられぬ
好きな人には、シセイがどの作品の影響を受けたキャラクターか分かると思います。正直反省してます、はい。
一応続けるつもりですが、筆者は素質:絶筆名人です…。感想頂けたら嬉しいです。