Fate/Grand Order Episode of Drifters 廃棄漂流戦場関ヶ原 宝知らぬ武者   作:watazakana

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───重い。

体が重い。心が重い。視界が重い。匂いが重い。音が重い。

全て令呪によって課せられたものだ。「織田信長だけをターゲットにする」。それが俺の、存在意義だと。

ふざけるな。俺は島津を殺したいだけだ。織田信長なんぞいつでも殺せる。
だのにアイツは織田信長を最優先で殺せと、それ以外には認めないと言ってきた。

まるで昔の俺だ。俺はあそこで、函館で、生にすがる腑抜け共に戦狂いと罵られた。今や俺は、そんな腑抜けと同じか……

いや、違う。
俺は、腑抜けなどではない。

断じてあんな見苦しいくそったれ共ではない。

俺は、俺は───


『トシさん、難儀だねえ。でも、自分を見失っちゃいけないよ』

どこからか声が聞こえた。それは、とても懐かしい声だった。

『トシさんには、まだ見つけるべきものがあるんだから』


重い首を持ち上げ前を向くと、変な格好をした女とその前に織田信長がいた。

「……」

周りの景色は視界から消えた。身も心も感覚も研ぎ澄まされ、錘のように感じていた全てが今までなかったかのようだ。理性が消えていく。あの声も聞こえない。あるのは、そう、殺害衝動。

───俺は、途方もなく飢えていたのだ。


10節 島津戦線異常ナシ!?

ザっ、と彼の軍靴が地面を擦る音を聞くのは、2度目だ。だが2時間ぶりである。

 

「信長」

「如何にも。俺が第六天魔王、織田前右府信長である」

「死ね」

 

やはり、瞬きをする間も無く距離を詰めて、キャスターの信長に斬りかかった。

 

「おっと、危ねえな……そんなにお前ののマスターは余裕がないのか?いや、余裕がないのはお前の方か……!」

 

廃棄物のセイバーは素人目に見てもかなり焦っているのが見える。それを信長がさらに煽り立てる。ああもう綱渡りするなあ!とりあえず援護っ!

 

「バーサーカー!」

「応ッ!」

 

私の一声で赤い武者が草原から飛び出す。首目掛けて一直線、島津のバーサーカーの刀は放たれるが、それに初めから気付いていたかのようにセイバーはしゃがみ込み、島津のバーサーカーは突然現れた空気の流れに殴り飛ばされた。

 

「……島津、お前は黙っていろ。てめえは信長の後だ」

「お前、()()()()()()()()

「黙れ」

 

セイバーはただ前しか、信長しか見ていなかった。

 

「セイバー……?」

「どうした藤丸」

「いや、ちょっと……何か焦ってるだけじゃないような気がして」

 

けど今はそんな違和感の正体を考察する暇なんてない。島津は信長の『火薬の智将魔王』によって現れた兵士と連携し、セイバーに切りかかるが、そのすべてがかすりすらしない。回避のスキルを持っているのかな、なら……!

 

「礼装転換、『ロイヤルブランド』!バーサーカー、『必至(届け)』!」

 

必至、回避状態を無効にできるほど精緻な動きをさせるスキル。セイバーの攻撃がさらに磨きのかかる一撃になる。正直、アレを受けて立てるサーヴァントが思いつかない。そう思わせるほどの鬼気迫る動きと雄叫びが草原中に響いた。

 

「チ  ィ エス トォオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

「……」

 

刀を振り下ろした。次に、耳をつんざく金属音。

 

「……うそ」

「……やはりか」

 

セイバーは直立のまま動かず、刀は半ばに抜いたまま、その刀身でバーサーカーの一撃を切っ先で止めていた。

 

「テメエは……すっこんでろ!!」

「!!」

 

またも風で飛ばされる。

 

「くっ、お願い沖田さん!」

 

赤い令呪をきらめかせ、サーヴァントの影を召喚した。名は沖田総司。天才にして虚弱、魔法に至る剣士。彼女の剣技はセイバーの中でも目を見張るものがあるが、今回はそれが目当てではない。

 

「バーサーカーの援護っ!」

「承知」

 

その一言で彼女は消える。縮地の歩法で転がるバーサーカーを受け止めた。

 

「バーサーカーの援護は良いが、俺たちはどうするよ、どんどん俺の兵切ってこっち来るぞ」

「そっちも!ニトクリス、ヘシアン・ロボ!」

 

ニトクリスの魔術で現れたミイラにセイバーの足を取らせ、移動ができなくなったところでロボが『遥かなる者への斬罪』で首を確実に刈り取ろうとする。が、

 

「真名解放。宝具開帳。ここより先は死線と思え。斬り捨てよ。薩奸死すべし。『新撰組』」

 

ここから先がセイバーの本気だった。

 

ミイラは瞬時に八つ裂きにされ、影とはいえど、宝具を発動したロボですら相手にならず宝具ごと微塵に斬り伏せられた。

 

「……な……っ!」

 

少し動揺した。けどまだ、まだだ!

 

「沖田さん、突破口作って宝具!バーサーカー!吶喊!」

 

沖田さんが突破口を拓くため、亡霊の群れに風穴を開ける。そこへ、バーサーカーが吶喊。そして、沖田さんの足は独特のリズムを作り出す。

 

「一歩、音越え」

 

音速に至り、周囲の亡霊は吹き流された。

 

「二歩、無間」

 

沖田さんの姿が消える。

 

「三歩、絶刀ッ」

 

次に姿を現した時は、セイバーの背後。

 

「『無明三段突き』!!」

 

防御不可の突きを、セイバーは刀で受け止めようとした。しかし、宝具によって現れる超局所的な事象飽和は刀を砕き、そのまま頸動脈に刃を滑らせた。

 

「……!!」

「そん首貰うた!!」

 

結果は誰にも見えていた。このままバーサーカーが行けば、セイバーの首は落ちる。

 

だが、そうはいかなかった。バーサーカーはこのまま行けなかったのだ。何かに弾き飛ばされて、首に刃がとどかなかった。

 

「……流石に、これだけの戦力では織田信長を狩れるわけにもいかないようだね。剣士の英霊よ、其方を過小評価していたことは謝ろう」

 

届かせなかった正体が、沖田さんを光線で貫く。

 

「沖田さん!!」

 

沖田さんは魔力の塵となってしまった。沖田さんは心眼を持っているのに、それでも回避できない殺気の無さ、予備動作の無さ。それは明らかに只者じゃない。加えてこれからしばらくは英霊の影を召喚できない。つまり、ノッブと信長、島津のバーサーカーで対処しなければならない。状況は、良くなかった。

 

『藤丸立香、すぐに逃げろ!ソイツの魔力は神霊級、いや、実在する神と同レベルだ!今の状況では勝てない!神秘の格が違いすぎて、話にならない!』

「何やら言っているけど、君たちはもっと先の未来の人だね?困るな、君たちはその時代で生きるべきなのに」

「お前はっ……」

「信長だけを殺すつもりだったけど、そうもいかなくなった。この時代を起点にするには、不純物がない状態じゃなきゃダメなんだ。例えば、死人が生きてここにいるとなればまずいんだよ。

ああ、僕のことかい?僕はサーヴァント・徳川家康。セイヴァー、救世主のクラスとして顕現した」

「救世主……?」

 

甲冑姿の青年は、徳川家康と名乗った。徳川家康が、救世主……?救世主ってキリストとかブッダとか、そういうのじゃないの?

 

『セイヴァー、救世主のクラスと言ったね。だがサーヴァントと言うには霊基が高すぎる。本来は何だ?グランドクラスか?それとも、人類悪か?』

「名探偵か、君の話は知っているよ。まさか英霊にもなるとはね。僕はセイヴァー。それ以上でも、それ以下でもない。セイヴァーという霊基がこうなのさ。少なくとも、僕はそう思う」

「徳川家康が、救世主の逸話を持ってるの?」

「ああ、持っているとも。この関ヶ原の戦いに勝利し、天下を泰平に導いた逸話があるじゃないか。2世紀半の安寧をもたらした、武将最後の英雄。これだけでも十分ではないかな?少なくとも、500年かけても天下を泰平にするどころか、人を人たらしむことすらできなかった神仏の類よりは」

「は?お前竹千代?三河の?今川と親父に良いよーに使われてたあの?へー、あん時の坊主が神仏貶して救世主名乗るとか尊大になったもんだなオイ」

「……織田信長。帰る場所なき過去の遺物。君は最初に涅槃へと導こう」

 

温かみのあった家康の口調が嘘みたいに冷淡になった。

 

「信長、これマズいんじゃない?怒らせたんじゃない?」

「知るか!」

 

家康背中から輪光の光背が伸び、光の球が浮き出る。その光は暖かく、自然と極楽浄土を思わせるものだった。

だが、私は知っている。藤丸立香は知っている。こんな状況で神様っぽいヤツが考えるのは、どれだけ耳触りが良くても倫理観が人じゃない!

 

「いや、だめだ!あの光はなんかやばい気がする!」

「おい!」

「撤退するよ!令呪をもってバーサーカーに捧ぐ!」

 

右手の刻印の一画が光り輝く。

 

「令呪か。そんなもので逃げられるとでも?」

 

光は家康の指に集中し、島津のバーサーカーに向けられる。その光線は島津に向かって真っ直ぐ伸びていくが、させない。

 

「ニトクリスっ!」

 

光線を褐色の少女が魔術で受け止める。その光をそらしたことを確認し、バーサーカーへ、命ずる。

 

「この地帯から私たちを連れて撤退!」

「ッ!」

 

令呪の一画が弾けた途端、島津は信長と私を抱えてあり得ない速度で駆け出した。たぶん音速に近い。こんな加速、礼装がなければ死んでる。

 

 

光は遠く。追ってくる気配はない。そのことに安堵しつつ、微妙な不安が心にかぶさった。

 

 

一方、ノッブ方面軍。

 

「……なんのつもりじゃ?」

 

ノッブの前には、気さくな美少年がいた。アーチャー、那須与一。日光権現、宇都宮、那須温泉大明神といった神性の加護を受けた矢を放つ、厄介な相手だ。狙撃に回られれば、並のサーヴァントでは勝ち目がない。それはアーチャーというクラス全てに言えることではあるが、那須与一はとりわけそうだった。だが彼は、ノッブの目の前にいるのである。

 

「おかしいと思いません?」

「は?」

「あなた一人で三千の銃を撃てるのに、私は一人でひたすら一矢ずつかけ射ねばならぬ。一つの矢が飛んでくれば、三千の銃を以って対応するでしょう。不公平すぎます」

「聖杯戦争はハナからそういうもんじゃろ」

「ええ。ですが、聖杯戦争は英霊の誇りをかけた戦いでもある。ですから私は一の矢を。あなたは一の銃を携えて、早撃ち勝負といきません?」

「うつけが、魂胆見え見えすぎて話にもならんわ」

 

誇りもクソもない源氏の者だ。了承した途端に真名解放からの宝具じゃろ。詠唱していたのも知っている。

 

「ですよねー…そういうわけで、英霊になってから()()()()()()()()()()()()()

「編み出した?」

 

与一は弓を引く。魔力で矢を編む。

 

「この生前で射た全ての矢を、ここで」

「まさか……!信長兵!方陣形、全方位、全方向対応射角にて備えよ!」

 

与一は天才ではない。秀才であった。凡人が天才に比肩するが如くの努力を積み重ね、源平一の射手となったのだ。その努力の跡全てを魔力で再現する、即ち、文字通り生前に射た矢の本数分を相手にぶつける第二宝具。

 

「『兵の夢跡』」

 

与一の矢は二本、四本と分裂する。それがノッブたちに到達するまでには、矢の総数はノッブが対応できる数の3倍を優に超えていた。

 

「こんなの聞いとらんわ……!『三千世界』ッ!」

 

信長から貸与された信長兵も15人と雀の涙。とても対応できるものではない。

自分の持てる全力で与一の矢を撃ち落とす。足りない、足りない、足りない!手数が足りない!肩に矢が掠った。腕を矢が貫いた。脇腹に矢が刺さった。

 

「グゥウ……っ!」

「あっははははははははは!さすがの魔王も形無しですね!兄上たちを思い出して、とても良い気持ちです。マスター、今首をそちらへ持て来たります故、しばしお待ち候へ!」

 

与一は矢をつがえ、引き絞る。そして、指に込めた力を解く直前―――――

 

ノッブの背後から、光があふれた。

 

「!!」

「うわっまぶしっ!?」

 

それはノッブから生まれた光ではなかった。少し離れで戦闘していた藤丸立香たちの場所で光があふれていた。その光はあまりにも尊く、反射的に拝みたくなる衝動が沸き起こる。

 

 

「ははぁ、なるほど!そう来ましたか!かような場所で、天は最高の思し召しを私に賜られた!マスター、少しばかり疾くすべし議がございますれば、これより帰還しても?……相分かり申した。あな、もののついでなれど、しかと信長の首も奉らむ」

 

与一が満を持してノッブの方を向けば、満身創痍で片膝をついていたはずのノッブの代わりに、木箱が置かれていた。木箱からはひもがはみ出しており、チリチリと火が箱へ近づいていた。

 

「なんですかこ……まずいっ!」

 

紐にともった火が木箱に至ったと同時に、木箱は無数の破片と炎、そして暴力的な衝撃へと姿を変えた。

なるほど、これが爆弾というものだろう。私の後の世で生まれた、効率的な殺傷兵器。

 

「……ぐっ、こんなたいそうなものをあの女は隠し持っていた……しかも悟らせることはなく……!しかもあの短時間で姿すら消したと……!?あな恐ろしや戦国の英雄!それでこそ斃しがいのある英霊ぞ!」

 

ああ、我が奉りし神性の降臨と戦いがいのある後世最大の英雄が同時に現れるなど!

与一の胸は、まるでクリスマスの朝にプレゼントが枕元にあることに気づいた子供のそれのような、かつてない高揚に満ちていた。


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