死神に鎮魂歌を   作:seven74

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私は私のままで

「貴女が気に病む必要はありませんよ。命に別状はありませんでしたし、絶唱は翼さんが自ら望み、歌ったのですから」

 

 

 翼が《私立リディアン音楽院》近くの病院に緊急搬送された後、病院の休憩室では響達は緒川から話を聞いていた。

 

 自分が未熟で、覚悟も決められていなかったから、翼は絶唱を使ったのだと、全てを自分の責任に考えている響を見かねた緒川が声をかけたのだ。

 

 

「…………ご存じとは思いますが、以前の翼さんはアーティストユニットを組んでいました」

「ツヴァイウィング、ですよね」

「その時の翼さんのパートナーが天羽奏さん。今は貴女の胸に残る、ガングニールのシンフォギア装者でした」

 

 

 そこで緒川は、翼の元パートナーだった奏の過去を語った。

 

 ノイズに襲撃された聖遺物発掘チームの唯一の生き残りだった彼女は、家族の命を奪ったノイズへの復讐心に取り憑かれていた。だが、当時は克己達がいなかったためにノイズへの対抗策がシンフォギアしかなく、奏はそれを纏うに値する適合係数を持っていなかった。しかし、諦めきれない奏は二課の協力を受けて過度の訓練と過剰な薬物投与の末に、文字通り血に塗れながらも、遂にガングニールを起動。晴れてシンフォギア装者となって翼と共にノイズ退治を始めた。

 

 最初こそは怒りのままにノイズを退治し続けていたが、ある日瓦礫から救い出した自衛官の男から、『自分達の歌は誰かを救う事が出来る』事を知り、それからの奏は己の歌を『護る為の歌』とし、ノイズを殲滅する為にではなく、誰かを救う為に歌い続けた。

 

 その過程で生まれたのが、翼とのアーティストユニット、ツヴァイウィングである。

 

 

「二年前のあの日、奏さんはノイズに襲撃されたライブの被害を最小限に抑える為に、絶唱を解き放ったんです」

「絶唱…………あの女の子も言っていた…………」

 

 

 先程戦ったネフシュタンの鎧を纏った少女の言葉を思い出す。あの時、翼がこの世のものとは思えない程の美しい声で紡いだ歌は、その『絶唱』というものなのかか。

 

 

「絶唱は装者への負荷を厭わず、シンフォギアの力を限界以上に解き放つ術です。ノイズの大群を一気に殲滅せしめましたが、同時に奏さんの命も燃やし尽くしました…………」

 

 

 適合係数によってバックファイアの威力が変わる絶唱は、元からシンフォギアを纏えた翼でさえあの有様になったのに、元々適合係数が低かった奏が使ったとなると、その威力は翼のそれを軽く凌駕する。

 

 結果、奏の肉体は絶唱のバックファイアに耐え切れず、その体は塵となって消えていったのだ。

 

 

(奏さんには、そこまでの覚悟があったんだ…………。生き残った人達を救う為に、自分の命すら顧みないで…………)

「…………奏さんがいなくなり、一人になった翼さんはその穴を埋めるべく、自分を殺し、一振りの剣として生きてきました。そして今日、翼さんはその使命を全うすべく、死ぬ事すら覚悟して、絶唱を歌いました…………」

 

 

 そこで響は、絶唱を歌う前に彼女が自分に言った言葉を思い出した。

 

 戦場(ここ)は生半可な覚悟で来ていい場所などではなく、本当に死んでも構わないと決意した者だけが立てる場所であると、翼は自分に叫んだのだ。

 

 

「不器用ですよね。同じ世代の女の子が知ってしかるべき恋愛も遊びも覚えず、ただ剣として戦ってきたんです。でもそれが、風鳴翼の生き方なんです」

「でも…………、そんなの、酷すぎます」

 

 

 人としての生き方ではなく、ただ国を護り、ノイズを屠る剣として生きる道を選んだ翼の人生を、響はそう評価した。だが、それ以上に酷いのは、そんな彼女の事も考えずに、奏の代わりになろうとしていた自分だ。

 

 

「私は翼さんの事をなにも知らないで、『一緒に戦いたい』なんて、『奏さんの代わりになる』だなんて…………」

「僕も、貴女に奏さんの代わりになってほしいなんて思っていません。誰もそんな事は望んでいません」

「そうよ。誰かの代わりになる事なんて、できはしないわ」

「誰かの代わりになろうとしても、なりきれない。それが人間なのよ。あの時、響ちゃんが言った事は、彼女を救わず、余計苦しめてしまったわ。でもね、誰かの助けになろうとする心意気は素敵なものよ。その心を忘れては駄目」

 

 

 レイカと京水の言葉に頷いていると、「皆さん」と緒川が口を開く。

 

 

「僕からのお願い、聞いてもらえますか?」

「え…………?」

「翼さんの事を、嫌いにならないでください。翼さんを、世界に一人ぼっちになんてさせないでください」

 

 

 それは、長年二課のエージェントとして、翼のマネージャーとして彼女と過ごしてきた者の願い。孤独に生き、戦い抜いてきた翼には、彼女を支える仲間が必要だ。本当に独りになった瞬間、風鳴翼という少女は壊れてしまうだろう。

 

 

「はい…………」

「当たり前よ。仲間を独りにするなんてナンセンスよ」

「その通りね。翼ちゃんを独りになんてさせないわ」

 

 

 その願いに響達が頷くと、京水が頭上の天井を見上げる。

 

 

「それに、ワタシ達以上に翼を支えようとしている人もいるしね」

 

 

 

 

 ――――――京水が見上げた先にある病室では、全身を包帯に巻かれて眠っている翼と、それを前に拳を握り締めている克己の姿があった。

 

 

(また…………また俺は、喪うのか…………?)

 

 

 絶唱がどういったものであるかを知っていたにも関わらず、それを歌おうとした翼を止める事が出来なかった事を、克己は強く悔やんでいた。

 

 幸い、医師は命に別状はないと言っていたが、それでも克己は安心できない。状態が悪化する可能性だって無いわけではないのだ。

 

 

「死神なんかに、誰かを救う事は過ぎた事だというのか…………ッ! クソッ!」

 

 

 太ももに拳を叩き付け、顔を両手で覆っていると、背後から「克己君」と声をかけられた。

 

 

「ボス…………」

「随分と自分を責めているようだな。そこまで、翼を止められなかった事が悔しいか?」

 

 

 よっこいせ、と椅子に腰を下ろした弦十郎に頷く克己。

 

 

「まぁ、その通りだ」

「…………」

「叔父のお前なら知ってると思うが、本当のこいつは可愛らしい女の子でな。泣く時には泣くし、怒る時には怒る。それはいつもの翼でも見れるものだが、殻の無い、ありのままの彼女のそんな顔を見た時、『あぁ、こいつも『人間』なんだな』って思ったよ」

「『剣』ではなく、『少女』としての翼か。奏君がいなくなってからは俺もしばらく見ていなかったな。俺は、俺でさえ見る事が出来なかった本当の翼を、ごく短期間で見る事が出来た君が羨ましい」

「そう言われると、少し嬉しいな。俺のような奴でも、こういう事が出来るんだって思える」

「…………君はよく自分を謙遜するな。なにかあったのか?」

「知りたいか?」

「君の判断に任せよう。嫌なら無理しないでいい」

「…………」

 

 

 少し考えた後、克己はゆっくりと口を開いた。

 

 

「…………昔、ある少女を救おうとした時があったんだ。当時の俺はレイカ達だけを仲間だと認識していたが、そんな俺に『こいつだけでも救う』と思わせた女が、そいつだった」

 

 

 だけど、自分はその子を救えなかったと、克己は彼女を抱き留めた両手を見下ろす。

 

 

「目の前でだ。彼女の仲間達もみんな殺された。犯人は始末したが、それでも俺の心は晴れなかった…………いや、晴れる云々の話じゃないな。あの日、あの時、俺の心は死んだんだから」

「…………」

「不思議だな。長年恐怖を感じなかったのに、今では痛い程わかる。俺は今、恐怖している。翼を喪う事を、俺は怖れている」

 

 

 震える両手を組む。

 

 あぁ、そうだ。俺は怖れているんだ。翼を喪う事を。救おうとした少女を、再び喪ってしまう事を。

 

 

「翼に覚悟があったのは理解している。こいつは一度戦場に立てば、必ず『剣』として戦うって事も。はは、本当、俺は醜いな。翼の事を心配しているつもりが、自分の心がまた死ぬ事を恐れているなんて」

「我が身の可愛さを優先するのは人として当然の事だ。真に自分より他人を優先できる人間なんて、そう多くないだろうな」

「責めないのか? 姪よりも、自分の心配をしている俺に」

「『当然の事だ』と言っただろ? 責めるつもりはないさ。それに、君には感謝してるんだ」

「感謝?」

 

 

 聞き返してきた克己に頷いた弦十郎は、眠り続けている翼を見る。

 

 

「君が来てからというもの、翼の雰囲気が変わってな。張り詰めているには張り詰めているんだが、君が来る前より、少し和らいでるんだ。周りから見れば微かな変化でも、俺にとっては本当に嬉しかった。彼女を変えるのは叔父の俺の役目だと思っていたが、どうやらそれは思い上がりだったみたいだな」

「ボスも思い上がるのか」

「当たり前だろ? 俺とて人の子だ。何度だって間違え、何度だって悩むとも。全く、誰が『生きとし生ける者の中で最強の男』だ。俺はそこまで完璧じゃないし、俺より強い人間だって探せばいくらでもいるだろうに!」

「生身で装者の攻撃を粉砕してのけた男より強い奴がいたらそれこそ問題だろ。仮にそいつが敵にでもなったりしたら、俺達に勝ち目は無いかもしれん」

「言ってくれるなぁ、人を怪物みたいに」

 

 

 軽く克己の背中を叩いて小さく笑う弦十郎だったが、次の瞬間には表情を変え、真正面から克己を見つめてくる。

 

 

「克己君。折り入って頼みがある。聞いてくれるか?」

「なんだ?」

 

 

 自分を見る克己に、弦十郎は深く頭を下げた。

 

 

「翼を護ってくれ。俺達はサポートは出来ても、ノイズと戦う力は無い。故に、現場で頼りになるのは翼と一緒に戦う君達だけだ。その中でも克己君。俺は、君に翼を頼みたい。君のエターナルの力は、必ず翼を護ってくれると信じている。この通りだ」

「…………わかった。翼は、俺が護る。だから、安心して俺達のサポートをしてくれ、ボス」

「…………ありがとう、克己君」

 

 

 顔を上げた弦十郎に頷いた克己は、懐からエターナルメモリを取り出す。

 

 

「エターナル。翼を、護ってくれるか?」

 

 

 試作品の段階から運命によって引き合わされたエターナルメモリが、己の適合者の問いかけに答えるようにほんのりと温かくなるのを感じると、克己はそれを翼の手に握らせた。

 

 

「流石に俺は夢の中までは行けないからな。お前が護ってくれ、エターナル」

「このメモリから、なにか聞こえたりしているのか?」

「なにも聞こえないさ。でも、なんとなくわかるんだよ。このメモリがなにをしたいのかをな」

「つくづく不思議だな、ガイアメモリというのは」

 

 

 弦十郎は翼の手に握られたエターナルメモリを見つめる。

 

 

「そういえば、君達を襲ったネフシュタンの鎧の反応が計測された瞬間、その背後にレイカ君達と同じ反応が二つあったのだが、まさか…………」

「あぁ、俺の部下だ。理由は不明だが、どうやら二人はあの少女と協力関係にあるらしい。ボス達が検出したとされるエネルギーは、二人がドーパント化した際に放出されたものだろう」

「ドーパント…………? それが、レイカ君達が変身した存在の名なのか?」

「ん? あぁ、そういえば、ガイアメモリについては説明したが、まだドーパントの説明をしていなかったな。すまない。二人が自己紹介した時に済ませておくべきだったな」

「いや、こちらも聞くタイミングを逃したのが悪かった。二課に戻り次第、教えてくれるか?」

「もちろん」

 

 

 立ち上がった克己と弦十郎が病室を後にし、二課本部へと向かう。

 

 

「話は変わるが、ボス。響の事なんだが」

「なんだ?」

「授業や戦いを通してわかったんだが、あいつが武器を持って戦うのは無理だ。素手での戦い方が似合う。ボスは出来るよな、徒手空拳」

「あぁ、ジャンルは様々だが、一通り覚えているぞ」

「だったら、響に教えてくれるか? 出来る事なら俺達が教えたいところだが、俺達のそれは人を殺す為のものだ。人を護る戦い方なら、ボスの方がよく知っていると思う。頼まれてくれるか?」

「もちろんだとも。俺に任せてくれ」

「ありがとう、ボス」

 

 

 

 

 ――――――ここは、どこだ…………?

 

 

 水中にいるかのような浮遊感を全身に感じながら、翼は辺りを見渡す。

 

 初めに出てきた言葉は、『真っ暗』だ。その言葉が指す通り、周囲にはなにもなく、ただ暗黒の世界が広がっている。

 

 

 ――――――私は、死んだのか?

 

 

 記憶は、克己に抱えられて、心配そうに自分を見つめてくる彼らになにかを言ったところで途切れている。限界を超えた形容し難い激痛に意識を持っていかれて、気が付けばこの場所にいたが、ここが俗に言う、あの世というやつなのだろうか。

 

 

 ――――――だったら、もういいのかな…………。このまま、逝ったとしても…………。

 

 

 最後は自分の我が儘みたいなものだったが、自分は防人としての務めを果たせたのだろう。務めを果たせたのなら、もう現世(うつしよ)に留まる意味も無い。

 

 

 ――――――本当にいいのか?

 

 

 一瞬、そう考えた自分に問いかける。本当に自分はこれで満足なのか。本当に現世に未練は無いのか。本当に、あちらへ行ってもいいのか。

 

 

 ――――――まだ、まだやりたい事がある…………。それは…………。

 

 

 それは、歌を歌う事。不器用な父親が愛してくれた歌で、みんなを護りたい。みんなを笑顔にしたい。それが、私が求めた…………

 

 瞬間、足をなにかに引っ張られる。

 

 足に違和感を感じて視線を動かしてみれば、そこには一本の青白い手が、自分の足を掴んでいるのが見えた。

 

 振り解こうとしても、その手は一向に自分の足を放す気配は見せず、さらに恐ろしい事に、それが伸びてきている深淵から、次から次へと新たな手が伸びてきて、翼を深淵に引きずり込もうとしてくる。引きずり込まれてしまえば、もう二度と戻ってこられない予感がし、必死に上へ登っていこうとするも、周囲の空間を搔く腕も掴まれてしまう。

 

 

 ――――――嫌だ。死にたくない。まだ、まだ生きたいッ! 誰か、誰か助けて…………ッ!!

 

 

 遂に顔面さえも無数の手によって覆われかけた途端、

 

 

「任せろッ!!」

 

 

 聞き覚えのある声と共に、なにかが切り裂かれるような音が聞こえた。全身から気味の悪い手に掴まれている感覚が消え失せると、再び翼を深淵に引きずり込もうと無数の手が伸びてくるが、今度はそれを緑色の風が吹き飛ばした。

 

 

「大丈夫か、翼?」

 

 

 自分の前にやって来て、武装を解除した少女は、翼の記憶の通りの笑顔を浮かべてる。その少女を、翼は知っている。いや、知っているどころではない。

 

 だって彼女は、彼女の名は…………

 

 

「奏…………ッ! 奏ぇッ!!」

「うぉっとッ!」

 

 

 抱きつかれた奏が、自分の胸に顔を預けて大泣きしている翼をよしよしと撫でていると、今度は聞き慣れない声がそれを諌めた。

 

 

「イチャつくのはそれぐらいにしておきなさい。時間が無いんだから」

「む、少しは翼との再会を楽しませてくれよ」

 

 

 頬を膨らませて抗議する声を聞いて翼が奏の視線を追うと、そこには白衣に身を包んだ、見覚えの無い女性がいた。

 

 

「貴女は…………?」

「初めまして、風鳴翼。私は…………」

 

 

 胸元に手を当て、女性は己の名を告げる。

 

 

「大道マリア。大道克己の母親よ」

 

 

 

 

 ――――――二課本部にて、克己が弦十郎達にドーパントについての説明を終えると、弦十郎は険しい表情で目の前の机に置かれたガイアメモリを見下ろす。

 

 

「適合者の体内に侵入し、メモリに封じられた事象の力を解放させる事によって誕生する怪人がドーパントか…………。レイカ君達の場合は、レイカ君が『熱』、京水君が『幻想』の力を宿したからああした姿になったのか。となると、ネフシュタンの鎧の少女が連れていた二人組は…………」

「賢の場合は『引き金』の記憶を解放してトリガードーパントに、剛三の場合は『闘志』の記憶を解放してメタルドーパントよ。適合者なだけあって、その力は私達と互角かそれ以上。戦い方次第では、私のように克己にも勝てるかもしれないわね」

「仮面ライダーすら倒すなんて…………。どれだけ強力なのよ、ドーパントっていうのは…………。そんなのが街中に現れでもしたら…………」

 

 

 ノイズと外国からのハッキング以外にも対処すべき問題が増える事に了子が頭を抱える。ガイアメモリの捜索は彼女を筆頭にしたチームによって行われているが、レイカ達が二課に所属する日から音沙汰が無くなっていた。既に適合者と出会ってしまったという可能性もあるが、その場合はドーパント化する事で街になんらかの被害が出ているはずだ。となると、適合者ではない誰かがメモリを回収しているという可能性が出てくる。

 

 

「賢ちゃん達が集めてるって可能性とかありそうじゃない? あの子達、響ちゃんとワタシ達のメモリを狙ってたわよね?」

「響とガイアメモリに、なにか関係があるって事? でも、特にそういった関係…………は…………」

「…………? レイカちゃん?」

「…………ねぇ、おかしくない? 私のヒートも、あんたのルナも、どっちとも最初に見つけたのは私達じゃないわ。最初に見つけたのは…………」

「え? ま、まさか…………」

「え? え?」

 

 

 レイカと京水の視線が響に向けられる。

 

 

「ねぇ、響。初めて貴女がこの二本を手にした時、なにか感じたりしなかった?」

「え? と、特になにも…………。でも、なんかあるなって、直感的にわかったんです。ノイズがすぐそこまで来てたから逃げなきゃって思ってたのに、取らないといけないって気持ちになって…………」

「どういう事だ? まさか、響君が君達よりも先にメモリを見つけたのか?」

「その通りよ。だけど、響が適合者ならこのメモリの内片方が必ず彼女をドーパント化させたはずよ。でも、ヒートもルナも、響じゃなくて私達をドーパント化させた。いったいどういう事なの…………?」

「この街に来た事で、メモリになんらかの変化が起きたという事か…………?」

 

 

 克己が思考を巡らせるも、やはりその原因はわからない。自分が言った通り、この街に来た事でメモリの性質が変化したのか。それともなにか、別の原因があるのか。

 

 

「だが、メモリの性質が変化したからといって油断はできない。出来る限り迅速にメモリを回収しておくべきだろう。メモリの力を聞く限り、たとえ出現したドーパントが一体だとしても、引き起こされる被害はノイズのそれよりも大きなものであると予想されるからな」

「でもよかった。響ちゃんがドーパント化しなくて…………」

 

 

 ごく普通の人間がガイアメモリを挿した場合、その力の強大さ故に暴走したり、依存症になったりしてしまう。簡単に言えば麻薬中毒者のようになってしまうのだ。

 

 もしも自分達のメモリの内一本が響をドーパント化させていたとしたら、考えるだけでも恐ろしい。

 

 

「だが、響君がメモリをレイカ君達よりも先にメモリを入手したのも事実だ。もしもの可能性として、メモリが響君をドーパント化させるかもしれない。響君の精神力を鍛える特訓メニューを考えておくべきだな」

「は、はいッ!」

「それじゃ、今日はもうお開きにしましょうね。もう夜も遅いし」

「うむ。課題は増えたが、我々の成すべき事は変わらない。各自、ゆっくり休んでくれ」

 

 

 こうしてミーティングは終了し、波乱の一日は幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 ――――――翌日。《私立リディアン音楽院》にて、響は芝生に腰を下ろして物思いに耽っていた。

 

 

(私が強くなるには、どうすればいいんだろう?)

 

 

 昨日の戦いで、自分はノイズの相手で精一杯だったのに、克己達はノイズの何倍も強力な者達を相手取っていた。特に翼は、自分の使命を果たさんと、己が命すらも顧みずに絶唱を解き放った程だ。

 

 世間には、風鳴翼が過労で倒れたと公表されている。二課と日本政府の情報操作の賜物だ。

 

 だが、翼は目を覚ませば再び戦地へ赴くだろう。なら、それまでの間に自分は強くなっておくべきだ。翼達の足を引っ張らないような程の力を手に入れ、戦場に立つに相応しい覚悟を決めておく必要がある。

 

 

「響?」

 

 

 名前を呼ばれて顔を上げると、親友の未来が立っていた。

 

 

「どうしたの? 最近一人でいる事が多いけど…………」

「そ、そうかな? そうでもないよ? 私、一人じゃなんにも出来ないし、この学校だって未来が進学するから…………」

「…………響、無理してるんじゃないの?」

 

 

 笑って誤魔化そうとしても未来には筒抜けだったらしく、やるだけ無駄だと感じた響は膝を抱える。

 

 

「…………やっぱり、未来にはわかっちゃうよね。でもごめん…………、もう少し一人で考えさせて」

「…………あのね、響。どんなに悩んで考えて、出した答えで一歩前進したとしても、響は響のままでいてね」

「私のまま…………?」

 

 

 それはきっと、何気ない一言だったのだろう。未来本人でさえ、特に深い意味もないまま口にした言葉だったのだろう。

 

 

「変わってしまうんじゃなく、響のまま成長するんだったら、私も応援する。だって、響の代わりはどこにもいないんだもの」

「未来…………」

 

 

 彼女にとっては何気ない言葉だったとしても、その言葉は響の心に強く響いた。

 

 

「…………ありがとう、未来。私は、私のまま歩いていけそうな気がする」

 

 

 立ち上がり、未来に微笑む。

 

 そうだ。無理に変わる必要なんてない。ただ自分の思う、自分にとって正しいと思える道を進んで、成長すべきなのだ。

 

 

(私は、私のまま強くなりたい。ううん、強くなるんだ…………ッ!)

 

 

 暗く澱んでいた気分が晴れやかになっていくのを実感していると、未来が少し申し訳なさそうに声をかけてきた。

 

 

「あのね、響。一つだけ、謝らせて」

 

 

 そう言って未来が取り出したスマホには、流れ星が煌めいている夜空の動画が流れていた。

 

 

「これ、流れ星の動画。この前一緒に見られなかったから、撮ってたんだ。すぐに言えなくて、隠し事みたいになっちゃって…………」

「そ、そんなッ! 約束を守れなかった私が悪いんだし、未来が謝る事なんて無いよッ!」

「ううん、私、響には隠し事とかしたくなかったから…………。ちょっと心苦しかったの」

「隠し事…………」

「私、響には二度と隠し事とかしたくないな」

「私だって、未来に隠し事なんてしない、よ…………」

 

 

 ついそう返してしまったが、響は未来に隠し事をしていた。それは当然、シンフォギアの事である。しかし、それを喋ってしまえば、目の前の親友に危険が及ぶかもしれない。出来る事なら今すぐにでも話してしまいたかったが、それを状況が許してくれない事に、響の気持ちは微かに暗くなってしまう。

 

 

「うん、ありがとう、響」

 

 

 朗らかに笑って、未来が去っていく。その笑顔は響にとって、余計罪悪感を募らせるものでしかない。だが、それは逆に、響に『未来を護りたい』と強く思わせるものでもあった。

 

 あの笑顔を、失うわけにはいかない。護るんだ、必ず。

 

 

(その為には…………ッ!)

 

 

 そして学校が終わり、休日になった頃。

 

 

「師匠、指導お願いしますッ!!」

 

 

 響は弦十郎の家に足を運んだのだった。

 

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