それでは本編どうぞ!
二課の本部を出発地点に任務を開始して橋に乗った頃も、響は辺りへの警戒を緩めずに視線を動かしていた。
(まだノイズは見当たらない。だけど、いつ出てきてもいいように準備してないと…………)
ノイズを始めとした、常人では相手が出来ない勢力に対抗できるのは自分達だけだ。そういった相手が現れた場合は迅速果断に対処せねばならないという強い意志を感じさせる目で周囲を見渡していると、後部座席に座っていた京水が口を開く。
「そんなに気を張らなくてもいいのよ? なにも戦うのは貴女だけじゃないんだからね」
「は、はい」
「それにね、こういうのはワタシ達の方が経験あるわ。ワタシ達が赴く場所には、敵は必ず姿を隠しているものだったの。だからね、了子ちゃん」
「なにかしら?」
京水に名を呼ばれた了子がちらりとルームミラーで京水を見ると、京水はニコニコとした笑顔を崩さないまま言った。
「――――――
その言葉に反射的に了子がハンドルを切った瞬間、車の真横を掠めていった光弾が後部の護衛車に直撃した。
「――――――外したか」
道路から見える建物の頂上。そこで舌打ち交じりに吐き捨てたのは、右腕のトリガーマグナムから光弾を撃ったばかりのトリガードーパント。真に警戒すべきは外でバイクに乗っている克己とレイカであり、まず倒すべきなのは彼らであるはずなのに、トリガードーパントは了子を狙って光弾を発射した。だが、それは了子の直観か、それとも誰かの助言か、どちらかは定かではないが躱されてしまった。
「だが、次は外さん」
再びトリガーマグナムに顔を当て、頭部のスコープで狙いを定める。標的はもちろん、櫻井了子。
「これで、ゲームオーバーだ」
そう言うや否や、トリガーマグナムの銃口から撃ち出された光弾が了子の頭部へ吸い込まれるように飛んでいった。
『――――――大丈夫かッ!』
「えぇ、京水ちゃんの助言が無かったら危なかったけどねッ!」
「…………ッ! また来ますッ!」
遠くから迫ってくる光弾に気付いた響の叫びに合わせ、了子がハンドルを切る。またしても目標を取り逃がした光弾が道路を穿ち、数秒の間隔を経て次々と新たな光弾が飛んでくる。
『了子君、悪い知らせがある』
「あら、この状況でさらに悪い知らせ? 聞きたくないけど、聞かせてもらおうかしらッ!」
『本部からの報告だ。君達より数百メートル先に一つの巨大なエネルギーが検知された。ガイアメモリのエネルギーだ。今君を狙っているのがトリガードーパントだとするなら、その先で待ち受けているのは…………』
「剛三ちゃんねッ! 来るわよッ!!」
京水がT2ルナメモリを取り出したのと時を同じくし、前方の道路に亀裂が入り、一気に崩れ始めた。
「――――――崩れろォッ!!」
弦十郎からの通信を了子達が受けていた時、彼女達の前方ではメタルドーパントに変身した剛三が槌に変化したメタルシャフトを振り下ろし、了子達がやって来るであろう道を衝撃で破壊した。
遠くで大きなものが爆発した轟音が聞こえて、任務を果たしたかと思った瞬間、崩れ落ちていく瓦礫の間を黄色い腕を生やして掻い潜ってくる車が視界に入った。
「京水か…………ッ! だったら、俺自ら落としに…………ッ!?」
メタルシャフトを担いで了子達の乗る車を海に叩き落としてやろうと動き出そうとしたメタルドーパントだったが、瓦礫と瓦礫の間を縫うように飛んできた炎が見えた瞬間、反射的に迎撃態勢を取る。
「はあああああッ!!」
炎を撒き散らして姿を現したヒートドーパントの蹴りとメタルドーパントのメタルシャフトが激突する。拮抗に勝利したのはメタルドーパントで、弾き飛ばされた
ヒートドーパントだったが、すぐに体勢を整えて背後の瓦礫を蹴り砕いてメタルドーパントの懐に潜り込み、連続で鋼鉄の体に灼熱の蹴撃を浴びせた。
「ここは任せるぞ、レイカ」
「任さなさい」
メタルドーパントを蹴り飛ばした隙に瓦礫の雨を脱出した護送車とマシンエターナルに乗った克己が二人を置いて走り去っていく。
「待ちやがれッ!」
メタルドーパントが護送車に向かって空中からメタルシャフトを投擲するも、それは護送車に命中する事無くヒートドーパントに蹴り返される。
「悪いわね。あんたの相手は私よ」
「だったらテメェを潰して追うまでだッ!」
両足に炎を纏わせたヒートドーパントに、メタルドーパントはメタルシャフトを振り回して迫るのだった。
『――――――今度はノイズだッ! クソッ! 立て続けに来るなッ!』
「それだけ、相手も
弦十郎からの報告を聞いて周囲を見渡すも、ノイズの姿は見えない。だが、目視は出来なくとも攻撃を受けているのは明らかだ。破壊され、打ち上げられた瓦礫の雨を潜り抜けていくと、前方に大量のノイズが見えた。
「このまま進んでッ! あいつらはワタシが相手するわッ!」
「頼むわよッ!」
天井を壊して飛び出したルナドーパントが召喚したバイクに乗った五人のT2マスカレイドドーパントと共にノイズの大群を攻撃し、車一台通るのに充分な道を拓き、そこを了子の運転する護送車が突っ走っていく。
「この展開、想定していたよりも早いかもッ! 護衛が一気に減っちゃったわよッ!」
『橋の上にいるノイズは京水君が相手しているので全部だが、目視出来ないノイズはまだ残っているッ!』
「そんなの、わかってるわよッ!」
護送車など簡単に圧し潰せてしまうぐらいの大きさを誇る瓦礫を躱し、回避を予測して迫ってくる光弾を間一髪で避けていると、弦十郎から新たな情報が与えられる。
『下水道だッ! ノイズは下水道を使って攻撃してきているッ! 回避ルートをナビへと転送した、確認してくれッ!』
了子がナビを確認すると、目的地に設定されている場所に眉を顰める。
ナビに表示されている目的地は、工場地帯だった。
「…………弦十郎君、そのルートはちょっとヤバいんじゃない? この先にある工場で爆発でも起きたら、デュランダルは…………」
『わかっているッ! ノイズが護送車を狙い撃ちしてくるのは、デュランダルを損壊させないように制御されているとみえるッ! ドーパントも同じだろうッ! 狙いがデュランダルの確保であるなら、敢えて危険な地域に滑り込み、攻め手を封じるって算段だッ!』
「…………ッ! 了子さんッ!」
弦十郎と会話している事で注意力が一瞬散った頃を狙うかの如く光弾が飛んでくるが、それはエターナルに変身した克己がエターナルエッジを振るって切り裂く。
「助かったわよ、克己ちゃん。…………それで、勝算は?」
『思いつきを数字で語れるものかよッ!』
司令官にあるまじき言葉だが、長い間風鳴弦十郎という男と関わってきた了子は、それでこそ彼らしいと思って笑顔になる。
「了解…………弦十郎君を信じてあげるわッ!」
言うが早いか、橋を渡り終えるや否やアクセルを強く踏み込んで一直線に工場地帯に入った。
響と克己はすぐに周囲の様子を窺うが、ノイズの気配は感じられない。
「やったッ! 狙い通り追ってきませんッ! このまま逃げ切り…………」
「――――――そうはさせるかよッ!」
「…………ッ!? 響ちゃん、掴まってッ!」
しかし、安心するのも束の間、聞き覚えのある少女の声がどこからともなく聞こえ、了子が勢いよくハンドルを切る。その時、先程まで護送車があった場所に刃の鞭が叩き付けられ、地面を抉り取った。
「い、イタタ…………響ちゃん、無事かしら? 車から抜け出せそう?」
「はい、どうにか…………あッ!」
了子の助けを借りて車から抜け出すと、エターナルエッジを構えたエターナルの前に立つネフシュタンの鎧を纏った少女の姿が見えた。その傍らには、トリガードーパントも立っており、響達に銃口を向けている。
「二人は俺に任せろ。響、お前はデュランダルを」
「響ちゃんッ!」
「はいッ! …………うッ! 了子さん、これ、重い…………ッ!」
了子からデュランダルの入ったケースを受け取った響だが、その重さは想像以上のもので、とても持って逃げられるものではなかった。
「だったら、いっそここにそれを置いて、私達は逃げましょう?」
「そんなの駄目ですッ!」
「そりゃそうよね。…………響ちゃん、前ッ!」
「え? わああああッ! の、ノイズがッ!」
言われるがまま前を見てみれば、少女の召喚したノイズが紐状に変形して向かって来ていた。ガングニールを纏おうにもこの距離では間に合わず、エターナルも二人の相手でこちらに使う余力は無い。
「…………しょうがないわね」
身構える響達を、爆煙が包み込む。だが、いつまで経っても自分の体に異変が起きた感覚は訪れず、恐る恐る目を開けると…………
「え、了子…………さん…………?」
広げた右手から紫色の波動を出して、今まさに自分達を炭化させようとしてきていたノイズを消滅させている了子が見えた。
「響ちゃん、貴女は貴女のやりたい事を、やりたいようにやりなさいッ!」
「…………は、はいッ! 私、歌いますッ!」
彼女の力について考える時間など無い。今は彼女の言う通り、自分のやるべき事をやるだけだ。
「――――――Balwisyall Nescell gungnir tron」
聖句を口ずさみ、響はガングニールの力をその身に纏ってノイズの前に立つ。
(師匠や克己先生達との特訓の成果、どこまで出せるかわからないけど…………了子さんとデュランダルは、絶対に護ってみせるッ!)
走り出し、まず飛びかかってきた
(ヒールが邪魔だッ!)
ノイズを蹴り飛ばした右足を地面につけた時の違和感に、すぐにそれがヒールによるものだと気付いた響は、ノイズの集団を震脚を二回繰り返す事で一掃すると同時に両足のヒールを破壊した。
「こいつ、戦えるようになってるのかッ!? …………だが、それがどうしたッ!」
前回戦った時よりも動きに素人さを感じさせなくなっている響の姿に目を見開いた少女が、エターナルの相手をトリガードーパントに任せて響の前に立ちはだかる。
「今度はあたしが相手だッ! 今日こそはものにしてやるッ!」
(…………ッ! 来るッ!)
少女が振るった二本の鞭を飛び退いて回避し、一気に至近距離に迫って拳を突き出す。それを紙一重で避けた少女の足を受け止めて投げ飛ばすも、少女はすぐに左手に握った鞭を響に叩き付けた。回避が間に合わないと悟った響の体が自然と防御の態勢を取ったお陰でダメージを軽減出来たものの、殺し切れなかった衝撃に響の体は軽く吹き飛ばされる。
「多少戦えるようになった程度で、このあたしと対等だなんて思ってんじゃねぇぞッ!」
立ち上がったところを狙って来た鞭を避けた響は、自分と彼女の実力差を改めて思い知る。特訓したとはいえ、自分の力はまだ彼女の領域には届いてはいないのだ。
(まだシンフォギアを使いこなせていないッ! どうすればアームドギアを…………ッ!)
少女の攻撃を回避し、どうしても避け切れない攻撃はなるべくダメージを受けないように受け流し、時に反撃を繰り出している響の姿を見ていた了子の耳に、聞き慣れない異音が届いた。
異音が聞こえてきた方向を見てみれば、デュランダルを収納しているケースのランプが点滅していた。デュランダルに異変が起きている証拠である。
「デュランダルの封印がッ!? あ…………ッ!」
ケースをこじ開けるように飛び出し、空中で停止したのは、石色の巨大な剣。響達の視線さえも奪ってみせたその剣こそ、完全聖遺物デュランダルである。
「響ちゃんのフォニックゲインに反応し、覚醒したというのッ!?」
「こいつがデュランダル…………ッ!」
少女は上空に浮かぶ剣を見て、鞭を握る力を強める。
あれさえあれば、
「そいつは、あたしが貰うッ!」
ジャンプした少女の手が、デュランダルの柄に伸びる。あと少しで柄に指先が触れかけた、その時、
「渡す、ものかぁッ!」
僅かに遅れながらも少女に追いついた響が彼女を押し退け、柄を握り締めた。否、
「う、うううううううううッ!」
凄まじい力の奔流が全身を駆け巡り、獰猛な破壊衝動が心を蝕んでいく。押し寄せる津波のようなそれを阻む精神力をまだ持ち合わせていない響がそれを耐え切るなど不可能であり、その結果は当然…………
「ああああああああッ!!」
――――――『暴走』である。
(こ、この力の高まりは…………ッ!? まともに受け止めなんてしたら…………)
空を貫かんとばかりに黄金の光柱を立てるデュランダルから迸る圧倒的なまでの力に気圧された少女が離脱する為に足に力を籠めた瞬間、全身を黒く染め上げた響の瞳が少女を捉えた。
「ひ…………ッ!」
「うああああああああッ!!」
恐怖に体が凍り付いたように動かなくなってしまった少女に、理性を失った響が衝動のままにデュランダルを振り下ろす。
自身を包み込もうとする必殺の光の前に成す術無く佇む少女の手を誰かが引っ張った瞬間、
――――――光の剣を中心に大爆発が起きた。
(これがデュランダル…………)
爆発した工場の残骸を一課と二課が処理している中、了子はデュランダルによって破壊された光景を眺めていた。
今日工場で働いている者はいなかったため、死傷者が出る事は無かったのが不幸中の幸いだろう、でなければ、今自分の傍で眠っている少女の心は完全に壊れていた事だろう。
(悔しいけど、作戦は中止せざるを得ないわね)
了子の思った通り、デュランダル移送計画は中止。デュランダルは再びアビスに保管される事となった。
――――――一方、郊外の屋敷近くの桟橋では、クリスが悔しさに歯噛みしていた。
(完全聖遺物の起動には相応のフォニックゲインが必要だとフィーネは言っていた。あたしがソロモンの杖の起動に半年かかずらった事を、あいつはあっという間に成し遂げた。そればかりか、無理矢理力をぶっ放してみせやがったッ! 化け物めッ!)
怒りと悔しさに任せて欄干に拳を叩き付ける。頑丈な造りのそれに拳を叩き付けた痛みが走るが、クリスはそれを無視して振り返る。
「おい、なんであの時、あたしを助けた」
クリスの前にいるのは、剛三に肩を貸してもらっている賢。響がデュランダルを振り下ろした際に起こった爆発からクリスを庇ったので、今の彼はボロボロになっている。
「傭兵のあんたにとって、あたしなんかは見捨てて当然な相手のはずだ。なのにどうして、あんたはあたしを…………」
「…………剛三、頼む」
「…………おう」
「おい、待てッ! 賢、剛三ッ!」
クリスの呼びかけに答えず、二人は屋敷に向かっていく。その背を見送っていると、背後に誰かがいる事に気付いて振り返る。
「…………ッ! 気配を消してご登場かよ」
フィーネはなにも言わず、ただクリスを見つめてくる。サングラス越しでもわかる彼女の気持ちに気付いたクリスは、その手に持っていたソロモンの杖を押し付けるようにフィーネに渡した。
「あら、ソロモンの杖を私に返してしまって、本当にいいのかしら?」
「こんなもんなんかに頼らなくても、あんたの言う事くらいやってやらぁッ!」
先の戦いを思い返す。完全聖遺物の起動に半年かかった自分と違い、一瞬で起動させた少女。彼女をねじ伏せなければ、自分はフィーネに捨てられてしまう。それはクリスにとって、最も恐れる事だった。
「あいつよりも、あたしの方が優秀だって事見せてやるッ! あたし以外に力を持つ奴は、全部この手でぶちのめしてくれるッ! それがあたしの目的だからなッ!」
「恩を仇で返すつもり? 彼、貴女を助けてくれたんじゃないの?」
フィーネの視線がクリスの背後、屋敷に向かっていく賢を見て問いかける。
「それでもだ。まずはあの装者と仮面ライダー達を叩き潰してからだ」
「まぁ、好きにしなさい」
どうでも良さそうに返したフィーネが屋敷に歩を進め、クリスもその後を追おうとする。すると、なにかが風に乗って足元に落ちてきた。
大部分が赤く染まり、裏返しになっているが、大きさ的に写真だろうか。反射的にそれを拾って表面を見てみると、
「…………ッ!? なんだよ、これ…………ッ!?」
今よりもいくらか若く見える賢と――――――既に乾いた血で顔がよく見えなくなってしまっているが――――――彼の妻と娘らしき人物が写っていた。
「――――――こんなものですか」
右手で掴んだ男性職員の顔から吸い取るものを吸い尽くし、投げ捨てる。のっぺらぼうのように顔に必要なはずのパーツを全て失った男が壁をずるずると滑り落ちていく音を小耳に挟みながら、「ふむ」と両手を握ったり開いたりし、最後に近くにあった鏡を見る。
「これが私ですか。いやはや、ガイアメモリとは実に面白い」
左側が欠けて、左右非対称になっている頭部の仮面に手を当てて面白がる彼だが、その声に抑揚は全く感じられない。
「そういえば彼女からの連絡では、このまま待っていても無駄という事でしたか。ならば仕方ありませんね。シンフォギアと仮面ライダーの力、是非とも見てみたかったのですが、無い物ねだりはやめておきましょう」
自分が顔を奪った者達の間を滑るように歩き、彼は出口へと向かう。
今回二課に与えられた任務はデュランダルを記憶の遺跡に移送するというものであったが、それは響の予期せぬ暴走により中止となった。それは、今考えてみると幸運だったのかもしれない。あのまま続けていたとしたら、
「それにしても、この私と適合したのが『理想郷』の記憶とは、世の中は不思議なものですね」
変身を解いて独り呟いた青年は、アタッシュケースを手に記憶の遺跡から出て行くのだった。
賢の家族については独自設定です。一応『仮面ライダーエターナル』にも彼の家族の写真が映っているシーンはありますが、血で汚れているため子どもがいるかどうかはわかりませんので、このシリーズの賢は娘がいると解釈していただければ幸いです。
先日、志村けんさんが亡くなられたというニュースが流れました。私も幼い頃から志村どうぶつ園やドリフ、バカ殿を観て育ってきたので、このニュースにはとても胸を痛めております。志村けんさんのご冥福をお祈りいたします。
最後に皆さん、コロナウイルスの予防をしっかりしましょう。これ以上の哀しみを増やしてはいけません。
それでは次回、また会いましょう。