「確かにこちらからの依頼ではあるけれど、仕事が杜撰すぎると言っているのよ」
屋敷の外に広がる海を背景にフィーネが苛立ちを含んだ声色で電話の相手に返す。
現在フィーネが相手しているのは米国政府の下で働く者達。彼らはフィーネに協力する代わりにソロモンの杖などの聖遺物のデータを渡せと要求してきているのだが、支援の仕方がどうにもおかしい。まるでわざとフィーネの足がつくように行動しているように感じられるのだ。
尤も、フィーネは既にある男によってその正体は見破られてしまっているのだが。今はそれを語るべき時ではない。
「足がつけばこちらの身動きが取れなくなるわ。まさか、それも貴方達の思惑というのなら――――――」
それからもフィーネと通話相手の口論は続き、最終的にフィーネが自分から切る形で通話を終了させると、彼女の様子を眺めていた財団Xのエージェント――――――ユートピアドーパントこと加頭順が抑揚を感じさせない口調で話しかけてきた。
「その様子から察するに、米国政府は貴女に責任を被せるつもりのようですね」
「まったく、米国の犬はうるさくて敵わないわね。うるさいから聖遺物じゃなくて、ガイアメモリの情報を渡そうかしら」
「財団Xとしての立場から言わせてもらえば、それはやめてもらいたいですね。情報の独占というものは商売敵に対して強いアドバンテージが取れますから」
ガイアメモリの情報を有しているのが財団Xだけであれば、彼らと同じように軍事兵器などを売りに商売している組織に対して優位に立てる。が、その逆も然りで、ライバル組織が自分達に無い情報を持っていると向こうが優位に立ってしまう。いくら世界各地の裏で暗躍しているといっても、所詮は組織。満足に商売出来なければ運営や兵器開発に回せる資金が尽きてしまうのだ。
「私とてお金が無いと困りますからね。資金が無くては満足な食事も出来ませんし」
「生命の気配が感じられない貴方からそんな言葉が出るなんてね。ずっと人間のふりをしている機械だと思ってたわ」
「財団Xの職員は基本そうですよ。みんなこういった顔です」
自分の感情を全く表さない顔を指差して笑う順だが、口元は笑っていても目が笑っていないので返って不気味に見える。
「みんながみんな同じ顔、ね。想像したくないわ」
「それで、これからどうするのです?
そこで順が見たのは、机の上に置かれたアタッシュケースに納められた十数本のメモリ。克己達の持っているメモリを除いたほぼ全てのメモリがそこに収納されており、窓から差し込む光がそれらに反射してまるで宝石箱のように輝いて見えた。
「まるで人を魅了する
「おや、あのイチイバルの少女ではないんですね。用済みと切り捨てたので、てっきり彼らに渡すものかと」
およそフィーネらしくない言葉に意外と感じた順を見る事無く、フィーネは外に広がる海を眺める。
「私も意外に思ってるわ。用済みと切り捨てたくせに、あの子を向こうに渡そうって気持ちにならないのよ」
目的の為なら手段は選んでいられないし、その過程として多くの惨劇も生み出してきたフィーネにとっても、この気持ちは意外だったのだ。
「私も遂に焼きが回ったのかしら。駄目ね、こんなんじゃあの方の隣になんて一生立てないわ。それもこれも、全部
「あの男とは?」
「二課の司令官よ。あの男ったら、私の正体に気付いてるくせに殺さなかったんだもん。本当に馬鹿馬鹿しい。一瞬でも隙を見せでもしたらすぐに殺してやるわ」
「おや、恐ろしい。随分と貴女の恨みを買っているようだ。…………話をあのイチイバルの少女に戻しますが、米国に売らないのであれば、我々に売ってはどうです?」
「我々って…………財団Xに?」
「えぇ、財団Xにです。貴女が真に彼女を用済みと言うのであれば、米国政府の代わりに我々が買い上げて――――――」
「――――――あたしを商品みたいに言うんじゃねぇッ!」
その時、怒号と共に扉を蹴破ってクリスが部屋に入り、突然の来客に二人の視線が向く。
「さっきから話を聞いてりゃペラペラペラペラと…………ッ! あたしはあんたらの道具なんかじゃねぇッ! 用済みだからって切り捨てやがって…………、あんたらもあたしを『物』のように扱うって言うのかよッ!?」
「……………………」
哀しみと怒りに染まった文句を叫び続けるクリスを、フィーネは黙って見つめている。
「あんたに協力すれば、争いの無い世界が作れるって聞いたから、あたしは今まであんたに尽くして来たってのに、その結果がこれかよッ!」
「…………確かに、私はそう言って貴女を引き入れたわ。だけど、考えてごらんなさい。貴女のやり方じゃ、争いを無くす事なんて出来はしないわ」
「な…………ッ!」
絶句するクリスに、フィーネは続ける。彼女の幻想を否定し、現実を教えるように。
「精々一つ潰して、新たな火種を二つ三つばら撒く事くらいかしら?」
「あんたが言った事じゃないかッ! 痛みもギアも、あんたがあたしにくれたものだけが――――――」
「私の与えたシンフォギアを纏いながら、毛ほどの役にも立たない人間に用は無いわ。わかったらさっさと立ち去りなさい」
「いえ、それは困ります」
その時、フィーネの前に出た順がクリスの頭から爪先までを品定めするように視線を這わせた。その視線に嫌悪感を感じて思わず両腕で自分の体を抱き締めるクリスに、順は彼女を歓迎するように両腕を広げた。
「我々に利益を齎してくれる者が護衛もつけずに現れたのです。あのドーパント達がいないのは些か残念ですが、無い物ねだりはしない主義ですので、貴女だけでも連れていく事にしましょう」
トリガードーパントとメタルドーパントとの戦闘データが取れない事を少しだけ残念がりながらも考えを改めた順がガイアドライバーを腰に巻く。
「全ては、財団Xの為に」
ユートピアメモリを取り出そうと懐に手を入れようとしたその時――――――
「――――――そうはさせねぇぜッ!」
剛三と賢がフィーネの背後にあったガラスを割って侵入してきた。予期せぬ強襲に怯んだ二人の隙をついて賢が彼らを蹴り飛ばし、剛三はその間にガイアメモリが収納されたアタッシュケースを回収する。
「おのれ…………ッ! 不意打ちとはやってくれるッ!」
不意打ちを受けた事に苛立ったフィーネがソロモンの杖からノイズを出現させる。
「カ・ディンギルは完成しているも同然。もうお前達に固執する理由は無い」
「カ・ディンギル…………?」
聞き慣れない単語に目を細める三人にフィーネは不敵な笑みを浮かべる。
「貴方達は知りすぎてしまったわ。だから――――――」
フィーネの全身を光の粒子が浮かび、それらは彼女の全身を包み込んで一つの鎧へと変化する。
それはクリスがイチイバルのギアを起動するまでの間身に纏っていた、ネフシュタンの鎧。だが彼女から発せられる威圧感はクリスの比になっていないものであり、それに三人が身構えた瞬間――――――
「――――――消えなさい」
三人がこれまで感じた事の無い殺気を纏った二本の鞭が彼らに襲い掛かってきた。
爆音と共に彼らを爆煙が包み込むが、
『メタル!』
『トリガー!』
「――――――Killter Ichaival tron」
煙が晴れた先には二体のドーパントと、彼らに護られるように立つイチイバルのシンフォギアを纏ったクリスがいた。
「悪いがこっちにやり合う気は無いんでね。退散させてもらうぜッ!」
メタルドーパントが地面にメタルシャフトを叩き付けて巻き起こした爆煙が彼らの姿を隠し、フィーネがノイズを突撃させるも煙の向こうから聞こえる発砲音から、トリガードーパントによってノイズが全滅したという事を悟る。
「…………逃がしてしまったようですね。自分達だけでは勝てないと悟ったのでしょう。敵ながら賢明な判断です」
賢に蹴り飛ばされた際にメモリを取り出そうとしてしていた手からメモリが飛んで行ってしまい、ユートピアドーパントに変身し損ねた順がパチパチとこの場から去った三人に賞賛の拍手を送る隣で、フィーネはソロモンの杖から新たにノイズを出現させる。
「逃げてもそれがどこへかはわかり切っているわ。さて、いつまで逃げ続けられるかしらね?」
「――――――ビンゴですッ! 雪音クリス、16歳」
監視カメラが捉えたクリスの姿をモニターに表示した藤尭が彼女の詳細を弦十郎達に告げる。
「過去に選抜されたギア装着候補の一人ですが、2年前テロに巻き込まれて以来、行方知れずとなっていました」
「…………それがまさか、イチイバルと共に敵の手に渡っていたとは」
「聖遺物を力に変えて戦う技術において、我々の優位性は完全に失われてしまいましたね」
「敵の正体、フィーネの目的は…………」
その時、弦十郎の隣でモニターを見ていた了子が気分が沈んでいる同僚達を励ますように口を開いた。
「深刻になるのはわかるけど、うちの装者は二人とも健在。頭を抱えるにはまだ早すぎるわよ?」
「本当に大丈夫か? 響君、翼」
「少し疲れはありますけど、大きな怪我はありませんし、大丈夫ですッ! 疲れはご飯をいっぱい食べて、ぐっすり眠れば大丈夫ですッ!」
「私も万全とは言えませんが、立花の援護くらいは出来そうです」
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。もし二人が危険な状況に陥ったら、俺達が護る」
「頼んだぞ、お前達」
弦十郎達はノイズが跋扈する戦場で戦う事は出来ない。よって必然的に現場でピンチになった響達を救えるのは、彼女達と同じくノイズに対抗できる術を持った克己達だけである。弦十郎に克己達が頷いている横で、響は自分にとっての帰るべき場所である少女を思い浮かべていた。
――――――翌日、克己が《私立リディアン音楽院》の廊下を歩いていると、翼を連れた響に屋上に誘われた。どうやら自分達以外には聞かれたくない話らしく、響の誘いに了承した克己は彼女達と共に屋上に登る。
「私、自分なりに覚悟を決めたつもりでした。護りたいものを護る為、シンフォギアの戦士になるんだって。…………でも、駄目ですね。小さな事に気持ちが乱されて、なにも手につきません。私、もっと強くならなきゃいけないのに…………。変わりたいのに…………」
以前、響は親友である未来にシンフォギアを纏って戦っているところを見られてしまった。隠し事をしないという約束を破った彼女に対して憤りを感じた未来は昨晩響を責め、それが原因で響の覚悟が揺らいだのだろう。
それは克己と翼も知っており、響はそんな彼らに相談したくて声をかけたのだ。
そうして彼女の話を聞いた翼は、響に自分の考えを吐露した。
「その小さなものが立花が本当に護りたいものだとしたら、今のままでもいいんじゃないかな…………。立花は、きっと立花のまま強くなれる」
「翼さん…………」
「人間は個々の考えを持つ生き物だからな。喧嘩なんて誰だってする。でも、それを経験する事でより仲を深める事が出来るのもまた人間だ。寄りを戻せない程の喧嘩だったら俺達にはどうする事も出来ないけど、一度喧嘩したぐらいなら大丈夫なんじゃないか? なにもこれが初めてってわけじゃないだろ?」
「克己先生…………」
「…………奏や大道のように人を元気づけるのは難しいな」
「いや、俺だって同じさ。誰かを元気づけるなんて、全然やった事無いからな」
少し哀しそうに翼が呟くに自分も同じだと言う克己だが、そんな二人の言葉を響が否定した。
「そんな事ありませんッ! 前にも私、同じような言葉で親友に励まされたんですッ! …………それでも私は、また落ち込んじゃいました。駄目ですよね~」
少し遠くを見つめていた響だったが、「それより」と話題を変える。
「翼さん、まだ痛むんですか?」
「大事を取っているだけ。気にするほどでは無い」
「そっか、よかったです」
翼の体には、未だに以前の戦いで使用した絶唱のダメージが残っている。装者が有する攻撃手段の中でも絶大な威力を誇る絶唱であるが、そのバックファイアも凄まじいものであり、数日経った今でも翼はまとも体を動かせないでいるのだ。
「絶唱による肉体への負荷は絶大。まさに他者も自分も、総てを破壊し尽くす『滅びの歌』。その代償と思えば、このくらい安いもの」
「絶唱…………滅びの歌…………。…………でも、でもですね、翼さんッ!」
なに不自由なく動く自分の体を動かしながら、響は翼に言う。
「2年前、私が辛いリハビリを乗り越えられたのは、翼さんの歌に励まされたからですッ! 翼さんの歌が、滅びの歌だけじゃないって事…………聴く人に元気をくれる歌だって事、私は知っていますッ!」
「立花…………」
「だから早く元気になってくださいッ! 私、翼さんの歌が大好きですッ!」
それに、と響は克己へと視線を移した。
「克己先生も、私の悩みに真摯に向き合ってくれましたッ! 経験が無いなら、私が相手になりますッ! 私、自分で言うのもアレですが、結構悩みやすいタイプなんでッ!」
克己と翼が目を合わせ、一瞬の間を置いて笑い始める。それにぽかんとしている響に、二人は笑いながら言葉を交える。
「ふふ、まるで私達が励まされているみたいだな」
「まったくだ。ハハハハハ」
「え、あれ…………? はは、あはははは」
それから三人は屋上でしばしの間笑い続けるのだった。
しかしそれも束の間、彼らの耳にノイズの襲来を告げる警報が届いた。
「――――――ここ…………は…………?」
見慣れない天井を視界に入れたクリスが上半身を起こす。自分は確か、賢達と共にフィーネの屋敷から逃げる最中に彼女の差し向けたノイズ達と一晩中戦い続けたはずだ。最後のノイズを倒した後の記憶が無いから、その間にこの場所に運ばれたのだろうか。
「よかった、目が覚めたのね」
「…………ッ!? お前は…………ぐぅッ!?」
「あッ、駄目よ。まだ休んでなきゃ…………」
突然声をかけてきた見慣れない少女から距離を取ろうとした途端に痛み出した箇所を押さえて呻くクリスを少女が寝かせる。
「落ち着いて。貴女の仲間が病院は嫌だって言ったから、知り合いの家を貸してもらっているの」
「仲間…………? そうだ、二人はどうした…………?」
「ここにいるぜ」
扉を開けて剛三が部屋に入り、次に部屋に入ってきた賢が少女に頭を下げる。
「ありがとう、貴女のおかげで助かった」
「いえいえ、目の前に倒れている人達がいたら、助けるのは当たり前ですよ」
「クリス、俺達はこいつ…………小日向未来に助けてもらったんだぜ? ちゃんとお礼言えよ」
「あ、当たり前だろ。その…………助けてくれて、ありがとう…………」
「どういたしまして。…………ちゃんと休んで、元気になってね」
「…………お前、なんの訊かないんだな…………」
突然現れたであろうボロボロの自分達を見て、彼女がなにも疑問を抱かずにここに連れてきたとは考えにくい。なのに彼女は自分達にないも尋ねてこない。その事を不思議に思ったクリスが未来を見ると、未来は顔を伏せた。
「うん。…………私は、そういうの苦手みたい」
「困り事か? だったら相談に乗るぜ?」
「え?」
俯かせていた顔を上げる未来に、剛三が言う。
「俺達を助けてくれた恩だ。今日会ったばかりの連中に相談なんて気が引けるだろうが、なにか返してやんねぇと気が済まねぇんだ。なぁ、教えてくれよ。お前はなにに悩んでんだ?」
「…………実は…………」
未来はぽつりぽつりと、自分の悩み事を三人に打ち明けた。
なによりも大切な友人と喧嘩してしまった事。向こうにも事情があったのはわかっているのに、素直になれなくて擦れ違ってしまっている事。それを話している間、三人は黙って彼女の話を聞いていた。
「私は今までの関係を壊したくなかったのに、一番大切なものを壊してしまったの。向こうの事情が事情なだけに、私に黙ってるしかなかったのに、私はその気持ちを理解出来なくて…………」
「誰かと喧嘩、か…………。あたしにはよくわからない事だな」
「友達と喧嘩した事無いの?」
「…………友達、いないんだ」
「え?」
今度はクリスが俯き、掛布団をぎゅっと握って自分の過去を話す。
「地球の裏側でパパとママを殺されたあたしは、ずっと一人で生きてきたからな。友達どころじゃなかった…………」
「そんな…………」
「やっとあたしを理解してくれると思った人も、あたしを道具のように扱うばかりだった。誰もまともに相手してくれなかったのさ…………ッ!」
次に思い出すのは、幼少期に両親を喪った後に出会った大人達との時間。出来る事なら思い出したくもない記憶を、今のクリスは思い出していた。
「大人はどいつもこいつもクズ揃いだッ! 痛いと言っても聞いてくれなかった…………。やめてと言っても聞いてくれなかった…………ッ! あたしの話なんて、これっぽっちも聞いてくれなかった…………」
クリスの話を賢達が黙って聞いていると、クリスは「なぁ」と未来を見る。
「お前、その喧嘩の相手、ぶっ飛ばしちまいな。どっちが強ぇのかハッキリさせたら、そこで終了。とっとと仲直り。そうだろ?」
「えッ!? 出来ないよ、そんな事。でも…………ありがとう、気遣ってくれて…………あ、え~と…………」
言い澱んだ未来の様子に、まだ自分が自己紹介していない事に気付いたクリスが、彼女に己の名を告げる。
「…………クリス。雪音クリスだ」
「優しいんだね、クリスは。私は小日向未来。もしもクリスがいいのなら…………」
未来はクリスに手を差し伸べる。
「…………私は、クリスの友達になりたい」
「……………………」
驚いた様子で未来の顔と差し出された手を交互に見るクリスは、やがて「…………悪い」と小さく呟いた。
「あたしは、まだ誰かと友達になれるような奴じゃないんだ。その握手は、まだ取っておいてくれ」
「…………うん、待ってるよ。それじゃあ私、おばさんの手伝いに行ってくるね」
この家の主であろう女性の元へ向かう為に扉に近付いた未来は、そこで振り返ってクリスを見る。
「クリスは大人に良い印象を持ってないようだけど、賢さん達には感謝してほしいな。二人とも、クリスの事を凄く心配してたんだよ?」
言い残し、部屋から出て行く未来。そこから流れる静寂を破ったのは、クリスに頭を下げた剛三だった。
「すまねぇ、クリス。お前がそんな事を思っていたのに、お前に近付いたりなんかして…………。嫌な思いさせちまっただろうな…………」
「やめてくれよ、剛三。確かにあたしは大人が嫌いだ。でも…………」
掛布団で少しだけ赤くなった顔を隠し、クリスは細々と呟いた。
「お前達は、別だ」
面と向かって言うのが恥ずかしいのか、こちらを見ずにそう言ったクリスに賢と剛三は顔を合わせ、一瞬の間を置いて笑い始めた。
「な、なんだよッ! あたしなにか変な事言ったかッ!?」
「いや、クリスにしては随分と可愛げがあると思ってな。ハハハハハッ!」
「~~~~ッ! 笑うな笑うなッ! これでも喰らえッ!」
腰に触れていた枕を掴み上げて投げ、それが顔面に直撃した剛三が倒れた瞬間、ノイズの襲撃を告げる警報が鳴り響いた。
「三人とも、早く外にッ! 急いでッ!」
焦った様子で扉を開けてきた未来に促されて外に出ると、そこには逃げ惑う人々の姿があった。
「おい、いったいなんの騒ぎだ?」
「なにって…………ノイズが現れたのよッ! 警戒警報知らないの? 急いで逃げようッ!」
「ノイズが…………? く…………ッ!」
「あ、クリスッ!? どこに行くのッ!? そっちは…………」
「悪ィな、未来。お前はさっさと逃げろ。こいつは俺達の出番だッ!」
もし今回出現したノイズが、自分達を抹殺する為にフィーネが召喚したものだとすれば、これは自分達の責任である。ならば、ノイズは自分達が倒すべきだと走り出す。クリスの後を追って剛三が走っていき、賢もそれに続こうとすると、未来に呼び止められた。
「賢さんと剛三さんって、もしかして克己先生の…………」
「克己を知っているのか?」
「は、はい。大道克己。私達の先生で、いつも貴方達と同じ服装をしています」
「…………そうか。それなら、克己にこれを渡してほしい」
賢は右手に持っていたアタッシュケースを未来に渡す。
「それを持って逃げろ。いいか、それは絶対に奪われてはならないものだ。白い服の男と金髪の女に気を付けろ。わかったらさっさと行けッ!」
「は、はいッ!」
他の人々が逃げていった方角に未来もアタッシュケースを抱えて走り出し、賢はクリス達を追うべく走り出した。
(――――――馬鹿だ…………、あたしってばなにやらかしてんだ…………ッ!)
その頃、クリスはノイズに触れられたであろう人間が変化した炭素の塊を前に崩れ落ちていた。
「あたしがしたかったのは、こんな事じゃない…………ッ!」
いつだってそうだ。自分がした事は善い方へ転がった事など一度も無く、決まって悪い方へ転がってしまう。今回もそうだ。自分がソロモンの杖を起動させたりなんかしたから、関係ない市民まで危険な目に遭わせてしまった。
「哀しむのは後だ、来たぞッ!」
クリスが顔を上げると、ノイズの集団が獲物を求めてこちらに向かって来ているのが見えた。
「来たな、ノイズども。あたし達はここだ…………だから、関係ない奴らのところになんて行くんじゃねぇッ! ――――――Killter Ic…………げほ、げほッ!」
イチイバルギアを纏う為の聖句を口にしようとするが途中でむせてしまい、ノイズに先手を取られてしまった。だがそれは、彼らが許さない。
「俺達を…………」
『メタル!』
「忘れるな」
『トリガー!』
クリスを狙って特攻してきたノイズを、彼女の前に飛び出した二体のドーパントが殴り飛ばした。だがノイズは前方から迫って来ているだけではなく、上空からも迫って来ていた。
「しま――――――」
「――――――ふんッ! とぁッ!」
だが、上空から来たノイズはクリスの前に降り立った人物が彼女を抱えて攻撃を躱すと同時に、道路を捲り上がらせた事によって作った壁を破壊して散弾の如く破片を飛び散らせてノイズを吹っ飛ばした。
「な…………ッ!?」
「マジかよ…………ッ!?」
「大丈夫か?」
「え? あ、あぁ…………」
およそ人間技とは思えない技で道路を破壊したその男は、平然とした態度でクリスの安全を確認し、クリスがそれに対して頷くと、「よかった」と男は笑みを浮かべた。
だが、ノイズはまだ残っている。見たところ、その男はシンフォギアやメモリを持っていないようだ。
「下がってな、おっさん」
呼吸は安定している。軽く息を吸い、聖句を口ずさむ。
「――――――Killter Ichaival tron」
イチイバルのシンフォギアを纏ったクリスは男の背後にいたノイズを撃ち抜く。
「ご覧の通りさッ! あたし達の事はいいから、他の奴らの救助に向かいなッ!」
「だが…………」
「さっさと行け、おっさんッ! あんたの力なら、逃げ遅れた奴らを救うなんて朝飯前だろッ!?」
「ここは俺達に任せろ」
「行くぞお前達ッ!」
メタルドーパントとトリガードーパントを引き連れて、クリスはノイズを誘導すべく走り出す。
「俺達を殺す為なら一般人を巻き込んでも構わねぇってかッ! どこまでいっても許せねぇなッ!」
「結局あたしは、道具としてフィーネに捨てられたって事かよ…………ッ!」
ハチの巣にしたノイズが変化した炭素を蹴散らしながら舌打ち交じりに零すクリスの頭上からノイズが変化した槍が降ってくるが、それをトリガードーパントが撃ち抜いて消滅させる。
「危険な女だとは思っていたが、まさかここまでとはな」
「前までは無駄な騒ぎを起こす気は無かったそうだが、俺達が逃げた途端に本性曝け出してきやがったな。…………クリスッ!」
言われるがままに足を止めた瞬間、クリス目掛けて凄まじい速さで車が飛んできた。
「ちょっせぇッ!」
手元のクロスボウから撃ち出された十本の矢が車に突き刺さり、爆発させる。
「なんだッ!? いきなり車が飛んできたぞッ!?」
「――――――見つけましたよ、イチイバルの装者」
ゆったりと、しかし隙を全く見せない歩みで黒煙の中から現れたユートピアドーパントに三人が身構える。
「炙り出しというのは楽でいいですね。対抗する術を持たない者達は逃げるか死ぬかで、術を持つ者はこうして現れる。そして、意思を持たない兵士を操るというのもまた面白い」
「…………? こいつらを差し向けてきたのはフィーネじゃないのか?」
「はい。今回は私がノイズを召喚しました。あの人は貴方方の事などどうでもいいと言っていましたが、私はその装者に用があるので」
「ハッ! 連れて行ったらどんすんだよ? シンフォギアを纏うにはそれを起動出来るくらいの才能が無いと駄目なんだぜ? お前の仲間にそんな奴がいるとは思えねぇから、宝の持ち腐れだと思うぜ?」
「確かに、我々の中にシンフォギアを纏える者などいないでしょう。ですが、そこの装者を手に入れれば話は別です」
クリスの持つクロスボウから、そこから撃ち出された矢によって爆破された車の残骸を見、三人に視線を戻す。
「ここまでの破壊力です。量産が出来ないのはかなり惜しいですが、恐らくこの世に一つしかない商品です。一点ものというのもたまにはいいものです」
「なんだと…………ッ!」
「世界各国がこぞって欲しがる異端技術に、それを纏う美少女。兵器として、または愛玩用として欲しがる者達は多くいるでしょう。さぞかし高値で売れるでしょうね」
「こ、このクズ野郎…………ッ! 人の事を道具としか考えてねぇッ!」
嬉々として語るユートピアドーパントの姿に怒りの炎をふつふつと燃やすドーパント達だが、それ以上に怒りを感じている人物が彼らの前にいた。
「…………そんな事の為に、あたしを捕まえようとして、その為に、関係ない連中を巻き込んだのかよ…………ッ!?」
「巻き込まれたのは不運と言わざるを得ませんね。ですが、彼らの死は無駄ではありません。こうして貴女と会えたのですから」
「テメェ…………ッ!」
自分の中でなにかが切れた音が聞こえ、クリスはクロスボウをユートピアドーパントに向けた。
「テメェだけは絶対に許さねぇッ! ここでぶっ潰してやるッ!」
「フフフ…………潰せるものなら潰してみなさい。今度こそ、貴女を手に入れてみせましょう」
クロスボウから放たれた矢を躱し、ユートピアドーパントは三人に襲い掛かった。
次回、ガングニール、イチイバル、新フォーム登場! イチイバルは二話続きで登場です! 乞うご期待!