「ガイアメモリの力を引き出しすぎたのね。いや、ここは
ネフィリムを撃破した直後に倒れた響はすぐにメディカルルームへ搬送され、万が一という事もあるため、治療を受ける事となった。
だが、今はその治療も終わり、医療スタッフ達を率いて響の検査に当たっていたフィーネが検査の結果が記入された資料を手に、司令室に集まった克己達に話していた。
「ジョーカーメモリは使用者の感情によって性能の上限を超えるメモリであり、上手く扱えばその力を完全に制御できるようだけど、あの様子を見るに、響ちゃんはジョーカーの力を御し切れていないようね」
「では、私のサイクロンやツヴァイウィング。雪音のトリガーやメタルは、あのように限界を超えた力を発揮する事は出来ないのか?」
「どうかしら。貴女達に宿ったその力は、ジョーカーのような性質を持ってないメモリのものだし、その可能性は低いわね。まぁ、それを可能に出来るかもしれない方法なら、既に思いついてるけど」
「マジかッ! だったらすぐに…………」
「悪いけど、今は教える必要性は感じないわね」
「はぁッ!? なんでだよッ!」
先日のネフィリムを打ち倒した響の様子を聞いていたクリスが憤慨すると、フィーネが説明を拒んだ理由を語り始める。
「私が考える方法は、響ちゃんがあの力を完璧に制御できるようになって初めて実行できるもの。不確定要素が混ざりに混ざったやり方を、貴女達にやらせるわけにはいかない。最悪、暴走の可能性まであるんだから。それともなに? 貴女達は暴走してまで、彼らを倒したいのかしら?」
「う…………」
敢えてその方法を語らないのは、その万が一の可能性を案じての事。響一人だけでも暴走すれば大変だと言うのに、一度に二人も暴走してしまえば、どれほどの被害が出るかわからないのだ。そんな彼女の言葉の前には、翼もクリスも口答えできずに黙り込んでしまう。
「そういう事だから、それについてはまだ語るわけにはいかないわね。全ては、あの子がジョーカーの力を完全に制御できるようになってからよ。…………? ちょっと失礼するわね」
ポケットから着信音を鳴らすスマホを取り出したフィーネが通話相手と何度か言葉を交わし、最後に相手に労いの言葉をかけて電話を切る。
「響ちゃんが目覚めたようよ。貴方達ももちろん来るでしょ?」
――――――最初は陰口からだった。
『彼女はあんな事をした』、『彼女はこんな事をした』と、身に覚えの無い事を言われ続け、日が経つ毎に、自分への陰口を叩く者達は増えていき、彼らの仲間が増えれば、自分の周りから人は少しずついなくなっていった。
それからしばらく経つと、今度は机に落書き。始めは油性ペンなどで書かれた、頑張れば跡を残す事無く消せるものだったが、いつしかそれはカッターなどで書かれた、雑巾などでは決して消す事のできないものに変わっていった。
もちろん、これは一個人に対する誹謗中傷であり、今も昔も禁止されているイジメである。それ故に、響は当時の担任や他の教員に自分が受けてきた仕打ちの数々を打ち明けたが、誰も自分に救いの手を差し出してはくれなかった。
誰も彼も、自分の身が可愛かったのだ。立花響に関われば、自分も標的にされかねないと。口に出さずとも、彼らの放つ雰囲気から、彼らがそう考えている事くらい、当時はまだ一般人の一人に過ぎなかった響でも理解出来ていた。だが、理解出来たとしても、当時の響は『だったらなんだ』と思わずにはいられなかった。
教師とは、生徒の間違いを正し、導く役職のはずだ。なのになぜ、目の前に立つ彼らは、今まさに自分を窮地に立たせている者達と、同じ事をするのだろうか。
これらの出来事の発端は、あのライブ会場の惨劇。ツヴァイウィングのライブ中、突如として現れたノイズによって引き起こされた事件。ツヴァイウィングの片翼、天羽奏を始めとした多くの人々がその場で命を落としていった中、響は運良く、あの惨劇を生き延びた。
だが、そんな響達に、会場でノイズに殺された者達の遺族や友人達が牙を剥いた。
『あの子はまだ幼かった』、『あいつは数日後には結婚していたはずだった』、『彼女はもうすぐ夢を叶えられた』と、理由は様々だったが、共通していたのは、『彼/彼女は死んだのに、なぜお前達が生き残った』という、理不尽極まりない感情である。
始めに自分達を非難し始めた人々も、それくらいの事はわかっているはずだ。生き残った人々は運が良く、生き残れなかった人々は運が悪かっただけなのだと。だが、それで自分達に向けられた非難が終わらなかったのは、自分の記憶が証明している。
犠牲者の遺族や友人の憎しみは、彼らとは関係ない人々にまで伝達し、『周りがやっているから』と、そんな下らない理由で誹謗中傷する人まで現れる始末。
中には、自分のような誹謗中傷を受けた結果、心が耐え切れずに自殺を選んだという人も少ないそうだ。
それでも、自分は決して挫けず、リハビリを続けた。
そうすればきっと、
そうして時が経っていく内に、自分は以前よりも強く、危険な目に遭っている人々を救いたいと願うようになっていった。
誰もが笑顔で過ごせるように。誰もが穏やかに暮らせるように。この身を削ってでも、彼らの平穏を護り抜く。その正義感は誰もが持っているものであるが、彼女の持つものはそれとは比べ物にならない、それこそ
『それこそが偽善』
立花響の在り方に向けられた一人の少女の言葉が蘇る。
『立花響』という少女が人助けをするのは、『他人の幸せ』ではなく、『自分の幸せ』を護る為。本心では他人の事なんかどうでもよくて、自分一人さえ幸せならそれでいい。『異常』の一言に尽きる
(それでも、私は…………)
この信条は、曲げない。
ネフィリムとの戦いでも叫んだ自分の素直な気持ちを胸に、瞼を持ち上げる。
今まで暗黒に閉ざされていた視界いっぱいに光が満ち、一瞬瞼を閉じそうになりながらも上半身を起こし、周囲を見渡す。
周辺に設置されている機械や、今まで自分が眠っていたベッドから、今自分がいる場所がメディカルルームだと気付く。
その時、胸元に違和感を感じて無意識にそこを掻く。すると、布地に隠された腹部に硬いなにかが触れる感覚を覚え、それを取り出す。
「…………? なんだろ、これ。かさぶた…………?」
掌に乗せたそれを見て響が首を傾げた直後、克己や翼達を連れたフィーネがメディカルルームに入ってきた。
「お目覚めのようね、響ちゃん」
「了子さん…………。あの、ネフィリムは…………?」
「貴女のお陰で倒せたわ。お手柄ね、響ちゃん。…………それは?」
「なんか、痒いなと思って掻いたんです。そしたらこんなのが取れて…………。たぶん、かさぶただと思うんですけど」
「馬鹿ね。こんなかさぶたなんてあるはずな――――――」
響から彼女がかさぶただと考えているものを見せてもらった瞬間、緩んでいた表情が一気に張り詰めた。
「…………響ちゃん、一応聞くけど、これが出来てたのって胸元の古傷辺り?」
「え? は、はい」
「…………ごめんなさい。ちょっと席を外させてもらうわ。後でスタッフを向かわせるから、その人にいつまで安静にしてればいいか聞きなさい。強力な力を使役した過労が原因だから、ここで休むのはそう長くないから、安心しなさい」
言い残すや否や、珍しく焦った様子でフィーネはメディカルルームから飛び出していき、取り残された響達はその姿に不穏な空気を感じざるを得なかった。
――――――想定外だった。まさか、ガイアメモリがあそこまでの力を秘めていたなど、想像だにしなかった。
ジョーカーメモリの力を纏った響の一撃の前にネフィリムが敗れ去った驚愕と戦慄が混ざった心境で、ウェルは地面に這いつくばって辺りを見渡していた。
外見はただのUSBメモリにしか見えないといえど、ガイアメモリが宿すのは地球の記憶。あらゆる戦況を覆す『切り札』の記憶を封じたジョーカーメモリは、サイクロンやルナ以上に警戒していたが、あそこまでの力を使用者に引き出させるとは思いもしなかったのだ。
甘く見ていた。
だが、逆に考えれば、それはこちら側にも言える事。向こうにガイアメモリがあるように、こちらにもガイアメモリがある。
T3イクシードメモリ。人類の進化の歴史を封じ込めた、アンドロイドであるケアン専用に財団Xが作り上げたガイアメモリ。ケアンの電子回路が許す限りの範囲で進化を続けていくあのメモリは、最終的には神の領域に到達しうる性能を秘めている。
だが、それを引き出すには条件がいる。ただ戦闘データを積み重ねていくだけでは駄目なのだ。
到達せねばならない。先史文明期の遺産の元へ。それこそが、イクシードが神の領域へと至る唯一の道なのだ。
「僕は英雄になるべき男なんだ…………ッ! こんなところで、諦めてなるものかッ!」
狂気と感じさせるまでの執念を胸に、ソロモンの杖をつきながら歩くが、目の前の坂に気付かずに情けない悲鳴を上げて転げ落ちてしまう。
そして、全身に走る軽い痛みに微かに呻いたウェルが視線を上げた先に――――――『それ』はあった。
「あぁ…………ッ! こ、これは…………ッ!」
素早い動きで目の前に落ちている『それ』を拾い上げたウェルの表情は、狂喜に満ち満ちていた。
「ひひ、これさえあれば、英雄だぁ…………ッ!」
一度鼓動する度に赤い光を発する『それ』――――――ネフィリムの心臓を手に、ネフィリムは狂気に染まった笑い声を上げた。
――――――歌が聞こえ、ナスターシャが目を覚ます。
「マムッ!」
先程まで歌っていた優しい歌を口ずさむのをやめ、マリアがナスターシャの顔を覗き込んでくる。ナスターシャの顔色はまだ優れないが、それでも気を失う前と比べれば大分安定していた。
「マリア…………。私は、どれくらい気を失っていましたか?」
「付きっ切りで看病してたから、正確にはわからないけど、少なくとも数時間は」
「ウェル博士とケアンは?」
マリアが僅かに顔を背ける。それがなにを意味するのかを理解したナスターシャが「そうですか」と弱々しく呟くと、マリアが申し訳なさそうに口を開く。
「あのね、マム。調と切歌の事なんだけど…………。マムの治療を出来るのはウェルだけだから、私が二人に彼の捜索を依頼したの。待機命令が出されていたのに、ごめんなさい」
持病を患っているナスターシャに対してマリアは応急処置程度しか出来ず、本格的な治療はF.I.Sに所属してた頃は生化学を専門にしていたウェルのみが行える。しかし、ナスターシャが倒れた時は、彼はケアンと共に二課と交戦していた。両者の戦いはジョーカーメモリの影響を受けた立花響の一撃によって幕を下ろしたので、マリアはナスターシャから待機命令が出されているにも関わらず、彼女の命を救おうと、自分と同じく待機していた調と切歌にウェルの捜索を頼んだのだ。
緊急時とはいえ、リーダーであるナスターシャからの命令に背いてしまった罪悪感に顔を俯かせているマリアに、ナスターシャの声がかけられる。
「普段であれば褒められた行為ではありませんが、私に責任がある以上、貴女達を責めるつもりはありません。ありがとうございます、マリア」
その時、マリアの携帯に通信が入る。応答しようとしたマリアだが、「私が出ます」とナスターシャに言われてしまい、大人しく彼女に手渡す。
「私です」
『っとと…………、もしかして、もしかしたらマムデスかッ!?』
『具合はもういいの?』
動揺した声から察するに、連絡を入れていきたのはマリアがウェルの捜索を依頼した二人の少女のようだ。
「マリアの処置で急場は凌げました。それより二人は、今ドクターを探しているのですね?」
『うん…………。でも、連絡が取れなくて』
「では、ドクターと合流次第連絡を。ランデブーポイントを通達します」
『うん、わかった』
『了解デスッ!』
二人の元気な返事を最後に、通信は終了する。
「マムはもう少し休んでて。なにか、欲しいものとかある?」
「それなら…………」
横になったナスターシャが口にした要望は、少し意外なものだった。
「歌を、歌ってください。私が起きる直後まで、貴女が歌っていた歌を」
「え? う、歌?」
「駄目ですか?」
「…………ううん、駄目なんて、言わないわ」
まさかナスターシャの口からそのような言葉が飛んでくるとは思わなかったのか、少し呆気に取られた様子になっているマリアだったが、彼女が必要としているのならと、マリアは大人しくナスターシャが目覚める前まで歌っていた曲を口ずさみ始める。
(…………優しい歌)
室内に響き渡る歌声は、彼女が戦っている最中に歌う苛烈なものではなく、それとは真逆な、慈愛に満ちたもの。それを聴いているだけで、どこか心地よさを感じてしまう。卑怯な手を使わず、純粋な実力のみで勝ち取ったトップアイドルの座は伊達では無い事か。
(でも…………、私は優しい子達に十字架を背負わせようとしている)
マリアだけではない。調や切歌も、自分が目覚めた事に心の底から喜んでくれていた。三人の優しさは、長年彼女達を見てきたからわかる。そんな彼女達に、自分は罪を犯させようとしている。いや、あのライブ会場で世界に宣戦布告させた時点で、既に三人は罪を犯してしまっている。
これから先、自分達はさらにこの身を罪の色に染め上げていくだろう。『フィーネ』を結成する前から覚悟していたはずなのに、今更になって気が引けてしまうのは、あの時決めたと思っていた覚悟が、実は生半可なものだったからなのだろうか。
加えて、ケアンの事もある。
恩師と交わした約束は今でも果たされず、ケアンは人としての幸せを掴む事無く、完全な戦闘マシーンとして活動してしまっている。
施設に残してきた方がよかったかという考えが脳裏を過るが、すぐにその考えを否定する。あの時連れ出していなければ、ケアンは別の用途として、文字通り道具として扱われ続けただろう。それは今の自分にも言えるが、少なくとも、自分達の目的さえ達成すれば、彼には人間としての生活を送らせられるはずだ。否、絶対に送らせる。その為には――――――
(必ず、目的を果たさなくては…………)
マリア達についても、ケアンについても、全てはこの自分に責任がある。彼らをこの道に引き込んだ罪は、決して言い逃れできるものではない。
この罪を抱え、なんとしても目的を達成する。優しい歌を聴きながら、ナスターシャは静かに、決め切れていなかった覚悟を決めたのだった。
――――――翌日、すっかり本調子を取り戻した響は未来と楽しく雑談しながら街中を歩いていた。
「なんの報告も無しに学校休んだから、本当に心配したんだよ? 響」
「あはは、ごめんね。でも、もう大丈夫だよ。ほらッ!」
そう言って自分が元気である事をアピールするように腕をブンブン振る響に未来が「よかった」と微笑んだ直後、二人の前を凄まじい速さで数台の車が通り過ぎていき、一瞬で見えなくなったと思いきや、爆発音が周囲に響き渡った。
「い、今のってッ!?」
「行ってみようッ!」
二人が車が爆発したであろう場所に向かうと、そこには数体のノイズを従えたウェルと、その隣に立つケアンの姿が。
「ひ、ひひひ…………。誰が追いかけてきたって、こいつを渡すわけには…………」
「ウェル博士、ケアンさん…………ッ!」
「な、なんでお前がここにいいいッ!?」
響の存在に気付いたウェルが酷く怯えた様子で
「未来、下がっててッ!」
「う、うんッ!」
親友を庇うように立ち、ペンダントを握り締める。
「――――――Balwisyall Nescell gungnir tron」
聖詠を口ずさみ、拳を突き出す。
だが、彼女の全身を聖遺物の鎧が覆う前に、彼女の拳がノイズに触れてしまった。
「響ッ!?」
「人の身でノイズに触れて――――――」
ノイズは人が触れてしまえば一瞬で炭化させられてしまう。それはシンフォギア装者である響も例外ではない。
早まってくれたお陰で危険視していた相手が自滅してくれた――――――そう考えたウェルだったが、それは次の瞬間にはさらなる恐怖に塗り潰される。
「おおおおおッ!」
なんと、生身で触れたはずの響はまるで炭化する気配を見せず、逆にノイズを消滅させてしまったのだ。
「ひいいいいッ!?」
「…………ッ!」
まさかの展開にウェルが恐怖の悲鳴を上げ、ケアンも僅かに目を見開いて懐に手を忍ばせる。
「この拳も、命も――――――シンフォギアだッ!」
高らかに叫ぶ響だったが、その力が己に牙を剥いている事に、今はまだ気付いていなかった。