死神に鎮魂歌を   作:seven74

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失われた『陽だまり』

 

 

 これ以上、ガングニールと人体の融合を進めるわけにはいかないという理由で休暇を与えられた響は、東京スカイタワーの水族館でじっと目の前の水槽の中を泳ぐ魚の群れを眺めていた。

 

 

『このままでは死ぬんだぞ、立花ッ!?』

 

 

 危険な状態にある事を笑い飛ばそうとした自分を涙ながらに叱った翼の言葉が甦る。

 

 戦えば、死ぬ。それは当たり前の事で、ことノイズを相手にギアが解除されてしまえば、次の瞬間にこの命は炭となって消えていく。だが、戦いに身を投じてしばらくしていくうちに、そんな気持ちは麻痺していって、いつしか『死』は遠いものであると考えるようになっていった。

 

 

(戦えない私って、誰からも必要とされないのかな……………)

 

 

 今まで経験してきた戦いの記憶がフラッシュバックする。どれもこれも、誰かを護る為の戦いで、ガングニールがあったからこそ勝利できたものばかりだ。己の意志のままに、人々を救い続けてきたシンフォギア。それを纏えなくなった自分は、果たして必要とされるのだろうか?

 

 

「ふええぇぇああぁぁッ!?」

 

 

 そんな事を考えていた矢先、いきなり頬に冷たいものが当てられ、大声を出してしまう。

 

 誰もが突然大声をあげた響に視線を向け、それに気恥ずかしさを感じながら頬に当てられたものがなんなのかと考えるよりも先に、冷えた缶ジュースを持った親友の姿が見えた。

 

 

「大きな声出さないで」

「だだだ、だって、いきなり冷えたジュースくっつけられたら、誰だって声が出ちゃうってッ!」

「響が悪いんだからね?」

「私?」

 

 

 響に缶ジュースを渡した未来は少し拗ねた態度で言う。

 

 

「だって……………せっかく二人で遊びに来たのに、ずっとつまらなそうにしてるから」

「あ、あぁ……………ごめん……………」

 

 

 思えば、自分はここに来てからずっと自分の事しか考えていなかった。理由はどうあれ、せっかく与えられた休暇だ。それなら、この休暇を存分に楽しまなければ。

 

 

「心配しないで~。今日は久しぶりのデートだもの。楽しくないはずがないよ」

「響……………」

「デートの続きだよッ! せっかくのスカイタワー、丸ごと楽しまなきゃッ!」

「ん……………」

 

 

 いつもの眩しい笑顔で歩いていく響の背中を見つめ、未来は先日の出来事を思い出す。

 

 

『お前には知っておいてもらいたい事がある』

 

 

 響がメディカルルームで治療を受けている時、放課後に克己に呼び出された未来は、彼から今の響がどのような状況にあるかの説明を受けた。

 

 

『響が一番信頼を置いているのはお前だ。重要な戦力ではあるが、戦闘を無理強いさせるわけにもいかない。響を護ってやってくれ』

 

 

 戦いから離れている間の響は、基本的に一番の親友であり、また『陽だまり』でもある未来と共に行動している。寮の部屋も同じだという話も聞いているため、響が最も安心できるのは未来と一緒にいる時だと考えたのだろう。実際、その考えは的を射ている。

 

 だから、今もああして笑っている響が今も危険な状態にあり、またギアさえ纏わなければガングニールの浸食はある程度抑制できる事も未来は理解している。故に、未来の心には暗い感情も芽生えている。

 

 

(やっぱり、嫌だな……………。響が戦うのは……………)

 

 

 響が自分の意志で決めたとはいえ、戦いは戦い。いつ死ぬかだってわかったものではないし、もしかしたら明日、響が自分の隣に立っていない可能性だってある。

 

 あの太陽のような笑顔を見れるのも、今日が最後かもしれない。

 

 

(叶うのなら、もう二度と、響には……………)

「未来~? 早くおいでよ~ッ!」

「う、うんッ!」

 

 

 階段の上で待つ響に呼ばれ、とにかく今日は響とのデートを楽しもうと考える事にし、未来は階段を上り始めた。

 

 

 

 

「――――――私たちがしてきた事は、テロリストの真似事にすぎません。真に成すべき事は、月がもたらす被害を如何に抑えるか……………。違いますか?」

 

 

 響達がいる水族館がある階のはるか上。ケアンを護衛につけ、マリアに車椅子を押してもらいながら、ナスターシャはマリアに問いかける。その問いがなにを意味しているのか、知らぬマリアではない。

 

 

「つまり、今の私達では、世界は救えないと……………」

 

 

 このままなにもしなければ、フィーネによって砕かれた月の破片はこの地球に落ちてくる。そうなってしまえば、想像を絶する規模の被害が出てしまうのは想像に難くない。頼みの綱であるフロンティアも起動に失敗している。このままでは、本当に月の破片の落下を食い止められなくなってしまう。

 

 だからこそ、ナスターシャにはある考えがあった。

 

 左右に幾つも存在する扉の一つを開け、二人がそこに入ると、複数人の黒服の男達がいた。

 

 

「この度の申し出、嬉しく思いますよ。ナスターシャ教授」

「マム、これは……………ッ!?」

「米国政府のエージェントです。講和を持ちかける為、私が召集しました」

「講和を……………結ぶつもりなの?」

 

 

 ナスターシャが呼んだのは、自国さえ助かればそれでいいと考えている米国政府に連なる人間達だ。彼らと講和を結んだとしても、後に待つ結果は自分達にとって良くないものになるに違いない。それはナスターシャも重々承知している。それでも尚、彼女はこの危険な綱渡りに踏み切ったのだ。

 

 

「ドクター・ウェルには通達済みです。さぁ、これからの大切な話をしましょう……………」

 

 

 

 

 ――――――その頃、喫茶店で紅茶を飲んでいたウェルが、今頃ナスターシャ達がいるスカイタワーを遠目に見つめて「ふん」と鼻を鳴らすと、ウェイトレスに案内されてきた男性が、彼の前の椅子に腰を下ろす。

 

 

「予定時刻より二分遅れました。申し訳ありません」

 

 

 そうは言いながら、まるで申し訳なさを感じさせない表情。表情に関してはケアンといい勝負だが、目の前の男にはケアンにはない、人間特有の瞳の輝きがある。

 

 もしこの場に克己達がいたなら、彼の姿を見て即座に殺気立つだろう。

 

 穢れを感じさせない白い服装に、欠片の感情も感じさせない表情。

 

 知る人ぞ知る、闇の世界を生きる死の商会――――――財団X(・ ・ ・)のエージェントである。

 

 

「構いませんよ。それで? 例のものは?」

 

 

 エージェントの遅刻を特に咎めず、目当てのものを出すようにと急かすウェルの前に、エージェントは懐から取り出した小包を置く。小包を開け、ウェルが取り出したのは、一本のUSBメモリに酷似した、翡翠石の物体。言わずもがな、フィーネが解析したT2ガイアメモリのデータを受け取った財団Xが開発した、T3ガイアメモリの一本である。

 

 

「確かに受け取りました。それで、本当にいいんですか? 貴方達にとって、これは商売道具でしょう? それを無償で提供してもらって」

 

 

 財団Xは、ガイアメモリも含めた様々な技術を闇の住人達に提供する代わりに、かなりの金額を要求してくる。如何に闇の世界で名の知れた商会といえど、資金が無くては活動出来ないからだ。

 

 

「以前、貴方方にお渡ししたT3イクシードメモリの戦闘データは我々も受け取っていますが、あの膨大なデータをこの短期間で集めてくれた事には感謝しています。これはその恩返しだと思ってください」

 

 

 そこでエージェントは、ウェルが自分の足元に置いている、ソロモンの杖に視線を落とす。

 

 

「本当なら、そこの杖を交換材料にしてもらいたいところですが、流石に釣り合いませんから」

「それなら、遠慮なく」

 

 

 T3ガイアメモリを入れた小包を懐にしまうと、エージェントは用事は済んだとばかりに立ち上がる。

 

 

「それでは、私はこれで。今回も期待していますよ」

「勘違いしないでもらいたいですね。これは、僕が英雄になる為の足掛かり。貴方達の事など微塵も考えてませんよ」

 

 

 その言葉を背に、エージェントは喫茶店から出ていき、ウェルはスカイタワーに視線を向ける。

 

 

「……………そろそろ、潮時ですかね」

 

 

 冷めた紅茶を啜り、ウェルはソロモンの杖を握った。

 

 

 

 

「――――――異端技術に関する情報、確かに受け取りました」

 

 

 『フィーネ』が収集した異端技術に関するデータが記録されたチップをマリアから受け取ったエージェントに、ナスターシャが口を開く。

 

 

「取扱いに関しては、別途、私が教授いたします。つきましては……………」

 

 

 だが、ナスターシャが言い終わるよりも早く、エージェント達は懐から拳銃を取り出してきた。

 

 

「マムッ!」

 

 

 マリアがナスターシャの傍らに立ち、彼女達を庇うようにケアンがエージェント達の前に立ちはだかる。

 

 

「初めからそのつもりだったという事か」

「如何にも。我々が欲しいのはこのデータだけ。貴方達は用済みというわけだ」

 

 

 対等な取引をするつもりなどなく、欲しいものが手に入ったら相手を抹消する。彼らがその在り方を是とするなら、こちらも同じ手段を取らせてもらおう。

 

 ケアンが拳を軽く握り、エージェント達を排斥すべく動き出そうとした、その時だった。

 

 

「ノイズ……………ッ!?」

 

 

 エージェントの一人が窓の外に見える存在に気付き、他のエージェント達も仲間の口から、人類の天敵の名前が出た事で一瞬だけ注意がケアン達から逸らされる。すかさずケアンが動き、自分から見て一番手前にいるエージェントの胸を手刀で貫く。

 

 

「がぁ……………ッ!?」

 

 

 不意を突かれたエージェントが倒れ、それに動揺した他のエージェント達を、今度はノイズが襲う。

 

 体を槍状に変化させて窓を割って侵入してきた鳥型(フライト)ノイズに貫かれて炭化するエージェントもいれば、床から出現した複数のノイズに触れられて炭化したエージェントもおり、先程まであった優位などとうに無くなってしまったエージェント達は、忽ちケアンとノイズによって全滅に追い込まれてしまう。

 

 

「――――――Granzizel bilfen gungnir zizzl

 

 

 聖詠を唱え、漆黒のガングニールを装着したマリアが、自分達を狙ってくるノイズ達をアームドギアで消滅させ、先程まで人間だった炭の山から見つけ出したチップを踏み砕く。だが、外周にはまだノイズの姿が見える。このままここに居続けるのは得策ではない。

 

 ナスターシャを抱え、スカイタワーから脱出しようとエレベーターに向かうマリアだったが、エレベーターの扉が開いたかと思えば、そこから出てきた米国の兵士達がアサルトライフルから銃弾を発砲する。

 

 

「ケアンッ!」

「了解した」

 

 

 マリアがマントで銃弾を防いでいる間に、ケアンはラックドライバーを腰に巻き付け、T3イクシードメモリのスイッチを押す。

 

 

イクシード!

「変身」

Exceed Active

 

 

 変身終了まで待たずにマントの防護壁から飛び出したケアンの身を包んだ白銀の素体に、周囲に構成された漆黒の鎧が装着され、最後に蒸気を噴出させる。迫りくるイクシードに無数の銃弾が襲い掛かるが、数々の戦闘を重ねて強度が増した鎧の前には意味をなさず、火花を散らしながらも一つの傷も作らずに兵士達との距離を縮めたイクシードによって、兵士の一人を殴り飛ばされる。

 

 

「マリア、ケアン。待ち伏せを避ける為、上の階からの脱出を試みましょう」

 

 

 ナスターシャの指示に従い、マリアは非常用階段へ続く扉を蹴破り、兵士達を全滅させたケアンと共に階段を駆け上がり始めた。

 

 

 

 

 ――――――一方、スカイタワーの展望デッキでは、ノイズの存在に気付いた人々が我先にとスカイタワーから脱出を試み始めており、そこには響と未来の姿もあった。

 

 

「ノイズ……………ッ!」

「行っちゃ駄目ッ! 行かないでッ!」

 

 

 人類の天敵の登場に、反射的に聖詠を口ずさもうとした響だが、すぐに未来に止められてしまう。

 

 

「未来……………。だけど、行かなきゃ……………ッ!」

 

 

 いつノイズがスカイタワー内に侵入してくるかわからない。今、この場でノイズを打ち倒せる力を持つのは自分だけだ。しかし、それをわかっていながらも、未来は響がガングニールを纏う事を許さない。

 

 

「この手は離さないッ! 響を戦わせたくないッ! 遠くに行ってほしくない……………ッ!」

 

 

 これ以上、シンフォギアを身に纏えば響の命が危うい。そんな状況で、親友がギアを纏うのを許せるほど、自分は出来ていない。

 

 人々を救う為、シンフォギアを纏いたい響。響の身を案じ、シンフォギアを纏わせたくない未来。両者の気持ちが交錯する中――――――

 

 

「お母さん、どこぉ……………? お母さん……………ッ!」

 

 

 母親とはぐれた少年が泣きながら歩いているのが見え、響は自分の手を掴んでいる未来の手を振り解く。

 

 

「胸のガングニールを使わなければ大丈夫なんだッ! このままじゃ……………」

「響……………ッ!」

 

 

 シンフォギアを纏う事で死が近づくのなら、それを使わなければいいだけの事。ならば、大丈夫なのかもしれないと考えた未来は、響と一緒に泣きじゃくっている少年を保護し、一緒に非常階段まで向かうのだった。

 

 

 

 

 ――――――扉を蹴破って上階の廊下に飛び出した瞬間、予め待機していた兵士達が、マリア達目掛けて発砲してくる。咄嗟にマントで銃弾を弾いていくが、どうやらこの階にはまだ一般人がいるらしく、背後から飛んでくる銃弾に怯えながらマリア達の真横を走り去っていくが、そのうちの数人が凶弾に撃ち抜かれて倒れた。

 

 

「やめろッ!」

 

 

 防護壁として使用していたマントを翻し、兵士の一人を吹き飛ばす。

 

 

「マリア……………」

 

 

 自分達の争いに巻き込まれて命を落としてしまった一般人の遺体を見下ろすマリアの体は、悔しさと怒りに震えていた。

 

 

「お前達は……………本当に……………ッ!」

 

 

 他者の犠牲などどうでもよくて、ただ自分達が助かるならそれでいい。平気で一般人の命を奪い、その責任を負おうともしない彼らの所業は、マリアにとって許せるものではない。

 

 

「どうしようもないな……………お前達はああああああああッ!」

 

 

 巻き込まれた人々を救えなかった悔しさ、無関係な人間であろうと関係なしに発砲する兵士達への怒り。ぐちゃぐちゃに混ざり合った二つの感情のままに、マリアは兵士目掛けて飛び蹴りを繰り出そうとする。

 

 だが――――――

 

 

「……………ッ!? ケアンッ!?」

 

 

 マリアの飛び蹴りは、イクシードの片手によって受け止められてしまう。

 

 

「お前は、人を殺す事を躊躇っている。そんなお前に、人殺しはさせられない」

 

 

 イクシードが受け止めた一撃。それは当たり所が悪ければ、背後の兵士を殺しかねない威力を秘めている。

 

 真似事といっても、自分達はテロリストに違いは無い。いずれ、誰かの命を奪う時が来るだろう。その時に備え、テロリストのくせに人殺しを躊躇うマリアに、敢えて人殺しをさせて、他者の命を奪う事に慣れさせようとも考えてすらいる。それなら、今この場にいる兵士達を殲滅させて慣れさせればいいだけの話だろうが、その後のマリアがどうなるか、簡単に想像できる。

 

 マリアは優しい女性だ。その慈愛の心は、味方どころか関係ない一般市民などにも向けられる。そんな人物が一度でも人殺しをしてしまえば、ずっと悔やみ続けてしまうだろう。『あの時、自分はどうかしていた』と、思い悩む事だろう。それはイクシードにとっても、武装集団『フィーネ』のとっても利益に繋がらない。

 

 マリアの足を放したイクシードが、背後の兵士の首を掴み上げ、別の兵士に投げ飛ばす。銃口から撃ち出される銃弾など気にかけず、その胸元を手刀で貫き、その兵士が持っていたアサルトライフルを奪っては他の兵士達の利き手や足を撃ち抜く。

 

 

「臆病なテロリストなど不要だ。お前はただ、私に『殺せ』と命令するだけでいい。道具(わたし)は、お前の全てを受け止めよう」

 

 

 敢えて殺さずにいたのは、マリアからの命令(オーダー)を実行する為。生かすも殺すもマリアの命令次第。彼女が、己が心に渦巻く激情のままに『殺せ』と命令するなら、それでも構わない。

 

 

「……………ケアン。貴方に命令(オーダー)を下すわ」

 

 

 呻く兵士達を見下ろすマリアの目には、憤怒の炎が灯っている。次に彼女の口から吐き出される言葉を想像し、ケアンはアサルトライフルの引き金に指をかけるが――――――

 

 

「銃を下ろし、私達の脱出をサポートしなさい」

 

 

 マリアの口から出てきたのは、ケアンが想像していたものとは真逆の命令(オーダー)。しかし、予想とは違っても命令は命令。ケアンは言われた通り、兵士達に向けていた銃口を下ろす。

 

 

「やはり、お前はテロリスト失格だ。敵にすら慈愛の心を抱くとは」

「そんなものじゃないわよ。一時の激情に駆られて相手を殺すのは、愚かな事だもの。それに、私は……………」

 

 

 一瞬だけ口ごもってから、マリアは続ける。

 

 

「貴方に、これ以上人殺しをしてほしくないの。たとえ、敵を排除する事が貴方の存在意義だとしても、もう私は、貴方を血で汚したくない」

 

 

 目の前に立つ人ならざるヒトを造り上げた人物は、彼に人間としての幸せな日常を過ごさせたいという願いを持っていた。ウェルは故人のケアン・ディークスと機械のケアン・ディークスは全くの別人だと割り切っていたが、マリアにはそれが出来ない。

 

 マリア……………否、マリアだけではない。この場にいない調と切歌にとっても、今自分達の前に立つ彼こそが、『ケアン・ディークス』なのだ。

 

 

「……………了解。命令(オーダー)を遂行する」

 

 

 新たに受けた命令(オーダー)に従って銃を捨てたケアンは、一秒でも早くこの場から離れる為に天井を破壊し、人一人が充分に通れる大きさの穴を開ける。

 

 上階に上がればすぐに天井を破壊して突き進んでいくケアンに、ナスターシャを抱えたマリアが続く。

 

 今、彼がどんな表情をしているのか、それは仮面に隠されて誰も見る事は出来ない。それを知るのは、ケアンただ一人だけである。

 

 

 

 

「――――――ほらほら、男の子が泣いてちゃ、みっともないよ?」

「みんなと一緒に避難すれば、お母さんにもきっと会えるから大丈夫だよ」

 

 

 母親とはぐれてしまい、今も泣きじゃくる少年を慰めながら響達が非常階段へ向かうと、そこで逃げ遅れた人はいないかと待機していた男性が駆け寄ってきた。

 

 

「大丈夫ですか? 早くこっちへ。貴女達も急いでッ!」

 

 

 少年を抱えて、一足先に男性は階段を駆け下りていく。それに響達も続こうとした瞬間――――――

 

 

「わッ!?」

「うわわ、わああ……………ッ!」

 

 

 突如としてスカイタワーが大きく揺れ、バランスを崩した響がスカイタワーから落ちかける。

 

 

「響……………ッ!」

 

 

 咄嗟に響の手を掴み、引き上げようとするが、か弱い少女の腕では、自分と同じくらいの体重の響を引き上げる事は難しい。

 

 

「未来ッ! ここは長くもたないッ! 手を放してッ!」

「駄目ッ! 私が響を護らなきゃ……………ッ!」

 

 

 克己から頼まれたからではない。自分が護りたいと思うからこそ、未来は響の言葉を拒む。その瞳からは、涙が溢れていた。

 

 

「未来……………」

 

 

 だが、響はもう、覚悟を決めていた。

 

 

「……………いつか、本当に私が困った時、未来に助けてもらうから……………」

 

 

 響が、未来の手を掴む力を緩めていく。

 

 

「今日は、もう少しだけ……………私に頑張らせて……………」

「……………私だって、護りたいのに……………ッ!」

 

 

 未来が少しずつ離れていく響の手を掴み続けようとするが、その次の瞬間には、彼女達の手は、完全に離れた。

 

 

「響ぃぃぃいいいいいッッ!!」

 

 

 未来の悲痛な叫びが遠ざかっていき、全身に浮遊感を感じながら、響は聖詠を歌う。

 

 

「――――――Balwisyall Nescell gungnir tron

 

 

 全身に北欧の最高神が振るった神槍の欠片を基に形作られた鎧を覆った響が着地すると、彼女を中心に小規模のクレーターが出来上がる。

 

 

「未来、今助けるからッ! ……………ッ!?」

 

 

 親友が取り残された場所を見上げた響だったが、そこにあったのは――――――

 

 

 

 ――――――未来がいるはずの場所で、轟音を上げて黒煙を立ち昇らせるスカイタワーの展望デッキだった。

 

 

「未来ぅぅぅうううううッッ!!」

 

 

 その時、響が挙げた叫びは、絶望と恐怖に彩られていた。

 

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