死神に鎮魂歌を   作:seven74

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心を押し殺して

 

「なんで、こんな事に……………」

 

 

 数秒前まで、すぐ傍にいた親友がいる場所から立ち昇る黒煙を見上げた響の武装が、周囲にノイズがいるにも関わらずに解除される。

 

 

「響ちゃんッ!」

 

 

 完全に無防備な状態の響に群がるノイズの群れをルナドーパントの両腕が薙ぎ払う。

 

 

「哀しむのは後だ、立花ッ!」

「まずはここいらの奴らを片付けてからだッ!」

 

 

 そこへ翼とクリスも登場し、すっかり戦意喪失してしまった響を助け起こそうとするが、彼女の視線が今も煙を上げる展望デッキに向けられている事から、「まさか」と思い至る。

 

 

「あたし達は、間に合わなかったって言うのかよ……………ッ!」

「おのれ……………ッ! 人を人とも思わぬ奸悪ッ! 最早この防人の剣には一片の仮借さえ無いと知れッ!」

 

 

 悔しさと怒りを胸に、翼は『疾風』、クリスは『闘士』の力を引き出し、残りのノイズの掃討にかかる。

 

 

(少しずつなにかが狂って、壊れていきやがる……………ッ! あたしの居場所を蝕んでいきやがる……………ッ!)

 

 

 ガントンファーの銃口から発射したエネルギー弾がノイズをハチの巣にし、続いてやって来るノイズを殴り飛ばす。

 

 

「雪音、前で出すぎるなッ! 私の剣が先陣となって――――――」

「うるせぇッ!」

 

 

 後方で緑風を供にノイズを斬り捨てていく翼の忠告を無視し、クリスはノイズの群れに突っ込んでいく。

 

 

(ノイズ……………ッ! あたしが、ソロモンの杖を起動させてしまったばっかりに……………ッ!)

 

 

 二課に所属する前、フィーネの要望に従ってソロモンの杖を起動させてしまったのが、全ての始まりだった。人類の天敵を意図的に召喚、使役する事が可能なあの聖遺物のせいで、罪も無い人間が大勢犠牲になった。そして、その災厄は今も、こうして目の前で起こされ続けている。

 

 

(なんだ……………悪いのは、いつもあたしのせいじゃねぇか……………ッ!)

 

 

 自分への怒りでどうにかなってしまいそうな、その時だった。

 

 

「……………ッ!? しまった……………ッ!」

 

 

 目前のノイズに意識を向けすぎたせいで、側面から迫るノイズの攻撃に気付けなかったのだ。防御しようにも、今からでは遅い。

 

 だが――――――

 

 

「前へ出すぎだ、クリス」

 

 

 クリスの行動を諫める一言と共に飛んできた光弾が、今にもクリスに触れかけたノイズを撃ち抜いた。

 

 

「戦場で私情に囚われるな。死にたいのか」

「……………クソッ!」

 

 

 自分に向かってくるノイズを次々と光弾で消滅させていくトリガードーパントの言葉は的を射ている。先程までの自分を反省しようとし、それでも抑え切れないでいる怒りに舌打ちし、その怒りを鎮める為に、クリスはノイズの殲滅に専念する事にした。

 

 

 

 

 

「――――――米国政府が?」

 

 

 ノイズの駆除が完了し、それが人かノイズかわからない炭素の山を作業員が片付けている光景を傍目に、弦十郎は緒川からもたらされた情報に眉を顰めた。

 

 

「間違いありません。『フィーネ』と接触し、交渉を試みたようです」

「その結果がこの惨状とは……………。交渉は決裂したと見るのが妥当だな」

 

 

 もし交渉が成立したのなら、あれ程のノイズを召喚するはずが無い。『自分達はここにいる』と宣言しているようなものなのだから。

 

 

「ただ、どちらがなにを企てようと、人目につくような事は極力避けるはず」

「『フィーネ』と米国が結びつく事を良しとしない、第二の思惑が横紙を破ったか……………。よし、周辺の捜索を頼む。手掛かりくらいは残っているかもしれん」

「至急、人員を回しましょう」

「ボス」

 

 

 頷いた緒川がその場を去ると、それと入れ替わるようにして克己がやって来る。

 

 

「克己君か。ノイズの駆除、ご苦労だった」

「仕事だからな、当然の事だ。……………それより、これを見てほしい」

「うん? これは……………」

 

 

 弦十郎が克己から受け取ったものは、一機の通信機だった。

 

 

 

 

 ――――――当日の夜、一軒のファミレスで二人の少女が腰を下ろしていた。

 

 一人目は、長らく一般的な生活を送っていなかったため、食事のマナーなど無いような行儀の悪さで食事を取っているクリス。二人目は翼。だが、彼女はクリスと違って、食事を頼まず、目の前で食事を続けているクリスをじっと見つめているだけだ。

 

 

「なにか食べろよ、奢るぞ?」

 

 

 自分だけ食事を取っているのが申し訳なく感じたのだろうか、そう声をかけるクリスだが、翼はそれをキッパリと断る。

 

 

「夜の九時以降は食事を控えるようにしている」

「そんなだから、そんなんなんだよ」

「なにが言いたいッ! 用が無いなら帰るぞッ!」

 

 

 苛立ち交じりの声で立ち上がった翼に、口元を汚したままクリスが訊ねる。

 

 

「……………怒っているのか?」

「愉快でいられるわけが無いッ! 『フィーネ』の事、立花の事、そして……………仲間を護れない、私の不甲斐無さを思えば……………ッ!」

 

 

 自分への怒りに拳を握り締める翼に、クリスは食事を中断して口を開く。

 

 

「呼び出したのは、一度一緒に飯を食ってみたかっただけさ。腹を割って、色々話し合うのも悪くないと思ってな。あたしら、いつからこうなんだ? 目的は同じはずなのに、てんでバラバラになっちまってる。もっと連携を取り合って――――――」

「雪音」

 

 

 クリスの言葉を遮る翼。

 

 

「腹を割って話すなら、いい加減、名前くらい呼んでもらいたいものだ」

「はぁッ!? そ、それは……………おめぇ……………」

「帰るぞ」

 

 

 腹を割って話し合いたいと言っておきながら、名前を口にする事すら恥ずかしがるようでは、話せるものも話せない。要件が無いようならこの場にいる意味は無いと、翼がファミレスから出ていってしまい、残されたクリスは「はぁ……………」と深い溜息を吐いた。

 

 

「結局、話せず終いか……………。でも、それでよかったのかもな……………」

 

 

 もう誰も座っていない空席を見つめ、クリスは一人呟くのだった。

 

 

 

 

  ――――――翌日、響達は弦十郎に呼び出されて仮設本部司令室に集められていた。

 

 あの後も行方不明となった未来の捜索は続けられているが、未だに発見報告が挙がらない事にすっかり意気消沈している響に、弦十郎がとあるものを手渡す。

 

 

「これは……………?」

「スカイタワーから少し離れた地点より克己君が回収した、未来君の通信機だ。発信記録を追跡した結果、破損されるまでの数分間、ほぼ一定の速度で移動していた事が判明した」

「え……………?」

 

 

 見開かれる響の瞳にあるのは、大きな驚愕と、微かな希望。

 

 

「未来は死んでなんかないわ。何者か……………、たぶん『フィーネ』に連れ出され、拉致されているところでしょうね」

「レイカさんッ! それって、つまり……………ッ!」

 

 

 徐々に輝きを増していく希望の灯を瞳に宿す響に、レイカはおろか、事前にこの事を知らされていた者達も頷き、彼らを代表して弦十郎が笑顔と共に言う。

 

 

「こんなところで呆けてる場合じゃないって事だろうよッ!」

 

 

 拉致されてしまっているとはいえ、未来は生きている。それだけでも、響にとっては朗報だ。生きているのなら、また面と向かって話し合う事も出来るのだ。その為には、取り戻さなくてはならない。

 

 取り戻すのだ、未来を。自分の『陽だまり』を。

 

 

「さて、気分転換に体でも動かすか?」

「はいッ!」

 

 

 響が得意とする体術の師匠である弦十郎がそう言うという事は、それは特訓を意味するものに違いなく、響の大切なものを取り戻す為の戦いとくれば、そのメニューは普段受けているものよりも過酷なものになるだろう。先程までの暗い気分などとうに晴れた響が一層気を引き締めると――――――

 

 

「俺達も手伝おう。イクシードは強い。俺達も強くなる必要がある」

 

 

 なんと、克己達もこの特訓に参加すると言い出してきたではないか。響達装者と組んで摸擬戦をする事もあるにはあるが、基本彼らは五人で摸擬戦を行っているのだ。そんな彼らが自ら進んで参加するとは、弦十郎も多少驚きはしたが、それもそうかと一人納得する。

 

 戦闘経験を積んでいく度に戦闘力を増していくイクシードは、二課にとって大きな脅威となっている。今でさえかなりの脅威度なのに、これ以上強くなってしまえば、本当に手が出せなくなってしまう。一貫して傭兵としての立場を貫いている彼らであっても、思うところは同じだ。

 

 

「そうと決まれば早速始めるぞッ! 俺についてこいッ!」

「はいッ!」

 

 

 走り出す弦十郎と、それを追う響。その後を克己達、そして成り行きで翼とクリスも続く。

 

 そうして始まる、弦十郎と響による『英雄故事』をBGMに行われる特訓。それが終わる頃には、響は滝のように汗を流し、クリスに至っては今にも倒れてしまいそうになっていたが、二人以外はまるで足りぬとばかりに、呼吸を乱していなかった。

 

 

 

 

 ――――――一方その頃、『フィーネ』の有する飛行機の一室では、ナスターシャ達が調と切歌に詰め寄られていた。内容はもちろん、今日起きたスカイタワーの事件である。待機を命じられていた二人であるが、ナスターシャから今日彼らがスカイタワーに行く事は事前に知らされていた。無事彼らが戻ってきた事に安堵こそすれ、スカイタワーでなにがあったのか知りたくなるのは当然である。

 

 

「教えて、マム。いったいなにが……………」

「それは……………」

「それは僕からお話ししましょう」

 

 

 彼女達の会話に割り込むようにやって来たのは、ウェル。だが、彼が馬鹿正直に此度の事件の内容を話すはずが無い。

 

 

「ナスターシャは訪れる月の落下より、一つでも多くの命を救いたいという僕達の崇高な理念を、米国政府に売ろうとしたのですよ」

「……………マム?」

「本当なのデスか……………?」

 

 

 二人の問いかけに、ナスターシャは答えられずにいる。

 

 

「もし、米国政府との交渉が成立していれば、出奔した我々は再びF.I.Sに吸収されていたでしょうね。そうなってしまえば、せっかく手に入れたネフィリムの心臓も、無駄になるところでしたよ」

「マム、マリア、ケアン……………。ドクターの言ってる事なんて、嘘デスよね?」

「……………本当よ。私達は、人類救済の計画を、一時棚上げにしようとしたわ」

「そんな……………」

 

 

 思わず目を伏せてしまう二人に、マリアが続ける。

 

 

「マムは、フロンティアに関する情報を米国政府に供与して、協力を仰ごうとしたの」

「だって、米国政府とその経営者達は、自分達だけが助かろうとしているって……………」

「それに、切り捨てられる弱い人達を少しでも護る為、世界に敵対してきたはずデス……………ッ!」

 

 

 政府関係者には欲望に忠実な者が多いが、米国所属の彼らは他の国々の経営者の度を越していると言っても過言ではない。必要とあらば、如何なる犠牲をも許容するだろうし、卑劣な手段を取る事も辞さないだろう。なにしろ国家権力だ。多少の悪事など、容易く揉み消せてしまうのだから。

 

 そんな彼らの餌食となっている弱者達を救う為、自分達はこうして立ち上がったというのに、その筆頭であるはずのナスターシャが、敵である米国政府と結びつこうとしていた事実は、二人には到底受け入れられるものではなかった。

 

 

「あのまま講和が結ばれてしまえば、私達の優位性は失われてしまう……………。だから貴方は、あの場にノイズを召喚し、会議の場を踏みにじってみせた」

「ふッ、嫌だなぁ……………。悪辣な米国の連中から、貴方を護ってみせたというのにッ! このソロモンの杖でッ!」

「や、やる気デスか……………ッ!」

「マムを傷つける事は……………ッ!」

 

 

 ソロモンの杖を向けてくるウェルに調と切歌が対峙し、今にも機内で戦闘が始まってしまいそうな状況が出来上がってしまうが――――――

 

 

「やめなさい」

 

 

 マリアの一言によって、彼らの戦意は薄れる事となる。

 

 

「マリア……………ッ!?」

「どうしてデスか……………ッ!?」

「ハハハッ、そうでなくちゃッ!」

 

 

 二人が動揺する中、ウェルはさも当然とばかりに笑う。

 

 

「偽りの気持ちでは世界を護れない。セレナの想いを継ぐ事なんて出来やしない」

 

 

 マリアが握り締めるのは、ガングニールのそれとは異なる、破損したペンダント。それはかつて、歌の力に頼らずに目覚めさせた結果暴走したネフィリムを、己が命を以て鎮めた、たった一人の妹のシンフォギア。ギアとして身に纏えずとも、マリアにとってのそれは、セレナが唯一この世に遺した置き土産であり、形見なのである。

 

 

「全ては力……………。力をもって貫かなければ、正義を成す事など出来やしないッ! 世界を変えていけるのは、ドクターのやり方だけ……………。ならば、私はドクターに賛同するッ!」

「そんなの嫌だよ……………。だってそれじゃ、力で弱い人達を抑え込むって事だよ……………」

 

 

 マリアの行おうとしている事は、今まで自分達が敵対してきた米国政府と同じ事だ。弱きを救う為にこの組織が出来上がったのに、これではやり方が変わっただけで、結果はまるで変わらないではないか。

 

 

「それが貴女の選択なのですね、マリア……………。ごほッ、ごほ……………ッ!」

「大丈夫デスかッ!?」

 

 

 咳き込むナスターシャの体を切歌が支えるが、マリアはただその様子を見つめるだけ。

 

 

「後の事は僕に任せて、ナスターシャはゆっくり静養してください。さて、計画の軌道修正に忙しくなりそうだ。来客(・ ・)の対応もありますからね」

 

 

 一言残してウェルが出ていくと、マリアは今まで黙って自分達の会話を聞いていたケアンに訊ねる。

 

 

「貴方はどっちにつくのかしら? ケアン」

「私の役目は計画の完遂。その為の手段がなんであれ、私の成すべき事は変わらない」

 

 

 力による支配なら、圧倒的武力で敵対者を仕留めるまでの事。力ある者に自ら歯向かおうとする連中などそう多くはない。彼らの希望を完膚なきまでに叩き潰し、真に従属すべき者を再認識させる。なるほど、機械の自分ですら愚かだと感じる分、実に手っ取り早い方法ではないか。

 

 

「私の事はどうでもいい。それよりも、マリア。私はお前に訊ねたい」

「なにかしら?」

「お前は、自分の心を押し殺したままでいいのか? 人間ではない私には想像出来ないが、辛くはないのか?」

 

 

 元より殺しに罪悪感など感じない身。人ならざる存在であるケアン・ディークスは、目的の為なら如何なる穢れも許容するが、根底に優しさが根付いてしまっているマリアに、これから先に待ち受ける試練に耐えられるのだろうか。

 

 

「もしかして、私を気にかけてくれているのかしら? 馬鹿馬鹿しい、そんなはずないでしょう? 私は元より、計画を遂行する為に活動していたのだから」

「詭弁だな。己を偽り続けて、その先になにが待つというのだ?」

 

 

 風鳴翼とのライブで、初めて『偽りのフィーネ』として世界に宣戦布告した時も、力で支配するというウェルのやり方に賛同した時も、マリアは自分を偽り続けている。心を鬼にして、物事に徹しようとしているのだろうが、それが出来ていない事くらい、人の感情に疎いケアンでも理解できる。

 

 

「確かに、心を殺したまま行動すれば、計画は果たせるだろう。月の落下による被害者の数を減らす事も出来るだろう。だが、救われるのは彼らだけであって、お前は救われない」

「そんなわけないわ。私は、セレナの想いを受け継ぐの。この計画が達成出来れば、あの子もきっと……………ッ!」

「では、お前自身の想いはなんだ?」

「……………ッ! そ、それは……………」

 

 

 反論しかけたところで、マリアは自分の口から、反論の言葉が出ない事に気付く。押し黙ってしまうマリアに、「当然だ」と言うケアン。

 

 

「お前が持つ想いとは、セレナ・カデンツァヴナ・イヴのものであって、マリア・カデンツァヴナ・イヴのものではない。偽るどころか、そもそも自分の想いすら抱いていないとはな。……………やはり、お前は生半可だ。世界を相手に戦うに相応しくない」

「……………それでも、私は戦うわ。救われなくたっていい。みんなが救われるなら、それで」

「そんなの嫌デスよッ!」

 

 

 二人の会話を聞いて、そう言わずにはいられなかったのか、切歌が叫ぶ。

 

 

「あたし達だけ救われて、マリアは救われないだなんて、そんなの御免デスッ!」

「私達が救われるなら、マリアも一緒に救われてほしい。だから、そんな事言わないで……………」

 

 

 切歌と調が口々に言うが、それに対するマリアの回答は――――――

 

 

「……………ごめんなさい」

 

 

 悲しみに満ちた、小さな一言だった。

 

 

 

 

 

 ――――――そして、彼らがいる部屋とは違う一室。光で構築された格子に覆われた牢の中に、未来はいた。

 

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