あれから一ヶ月。あの一件からというもの、翼と響は擦れ違ったままだ。
響の方はなんとかして翼に謝罪しようとして何度もそれを切り出すタイミングを見計らっていたが、話しかける事は出来ても、まともな会話をするには至らなかった。
シミュレーションルームでの訓練でさえも、響は戦いの素人、翼は単独行動ととても連携を取れるような状態ではなかった。
相手がノイズでなくとも、チームで戦う以上連携は必要不可欠だ。全員が各々の欠点をカバーした時こそ、チームは完成へと至れるのだ。
そんなある日、了子から『今日、ミーティングを開くわよ』というメールが届いた。
「…………では、全員揃ったところで、仲良しミーティングを始めましょ♪」
目の前にいるメンバー、主に響と翼がとても『仲良し』と呼べないような空気である事を敢えて無視し、了子がミーティング開始を告げる。
「さて、まずはモニターを見てくれ。これは、ここ一ヶ月にわたるノイズの発生地点だが…………、響君、これを見て思う事は?」
「ん…………いっぱいですね」
「ははは、その通りだ。さて響君、ノイズについて、君が知っている事を教えてくれ」
「テレビのニュースや学校で教えてもらった程度ですが…………」
ノイズとは無感情に、機械的に人間のみを襲い、炭化してしまう特異災害。時と場所を選ばずに現れては周囲に被害を及ぼし、戦う術を持たない人間はシェルターに避難して時間経過でノイズが消えるまで待たなければならないと、響は自分が知っている限りの情報を話した。
「意外と詳しいな」
「えへへ、今纏めているレポートの題材なんです」
弦十郎に褒められて頭を掻く響。その様子に、翼は僅かに拳を握る力を強めた。
「でも、ノイズと一般人が出くわす確率って、通り魔と出会う確率よりも低いんでしょ? これに表示されている出現位置を見るに、明らかに異常だと思えるんだけど…………」
ノイズの出現位置が表示されているモニターに視線を移すレイカ。
一般人が通常生活の中で通り魔に遭遇する確率は約1700万分の1と考えられている。これを宝くじに例えるとするならば、宝くじで1等7億円当選する確率とほぼ同じである。それなのに、この一か月でのノイズの出現頻度は高すぎる。
「レイカちゃんの言う通り、このノイズが出現頻度はハッキリ言って異常よ。ノイズの発生が国連の議題に上がったのは13年前からだけど、観測そのものはそれこそ太古の昔からあったわ」
「世界各地にて語られる神話、伝承に登場する数々の異形はノイズ由来のものが多いだろう」
「だとすると、そこに何らかの『作為』が働いていると考えるべきでしょうね」
「という事は、誰かが意図的にノイズを出現させているというわけか?」
「そんな…………、いったいどうして…………」
もし、その仮説が正しいのならば、なぜその『誰か』は人類の天敵であるノイズを出現させて周囲に被害を与え続けているのだろうか。頭に浮かんできたその疑問に響は苦悶するが、今はミーティングの最中である事を思い出してすぐに周りの声に耳を傾ける。
「ここ一ヶ月のノイズ発生の中心点は、我々の真上。《私立リディアン音楽院》です。サクリストD――――――『デュランダル』を狙って、何らかの意思がこの地に向けられている証左となります」
「デュランダル…………?」
翼から聞き慣れない単語を聞いた克己達が首を傾げる。
「あの、デュランダルっていったい…………」
響の問いに答えるのは、オペレーターの一人である女性――――――友里あおい。冷静かつ真面目な性格の持ち主で、主に情報処理を担当している。響にとっては、初めてガングニールを纏った時、『温かいものどうぞ』と手渡されたココアがなにかと印象に残っている。
「この二課の司令室よりもさらに下層。『アビス』と呼ばれる最深部に保管され、日本政府の管理下にて我々が研究している、
続いてデュランダルの説明をするのは、あおいと同じく、情報処理を担当する男性オペレーターの藤尭朔也。持ち前の桁外れの情報処理能力を活かし、通信管制の他に情報収集・分析など多岐な業務をこなす男だ。
「翼さんの天羽々斬や響ちゃんのガングニールのような欠片は、力を発揮するのにその都度装者の歌を必要とするけど、なんの破損もない完全状態の聖遺物は一度起動すれば常時100%の力を発揮する。そして、それは装者以外の人間も使用できるであろうとの研究結果が出ているんだ」
「それが、私の提唱した櫻井理論ッ!! だけど、完全聖遺物の起動には相応なフォニックゲイン値が必要なのよね~」
「む、難しすぎてよくわからない…………」
「要するに、莫大な歌の力がカギになって完全聖遺物が起動するって事よ。スマホで説明するなら、『歌の力』が電源ボタン、『完全聖遺物』が本体ってところね」
「なるほど! よくわかりました!」
「あれから二年。今の翼の歌であれば、あるいは…………」
「…………」
弦十郎の言葉に翼が歯噛みする。
「でも、そもそも、起動実験に必要な日本政府からの許可って下りるんですか?」
「いや、それ以前の話だよ。安保を楯に、米国が再三のデュランダル引き渡しを要求してきているらしいじゃないか。起動実験どころか、扱いに関しては慎重にならざるを得ない。下手を打てば国際問題だ」
「まさかこの件、米国政府が糸を引いているなんて事は…………?」
「調査部からの報告によると、ここ数ヶ月で数万件にも及ぶ本部へのハッキングを試みた痕跡が認められているそうだ。が、流石にアクセスの出所は不明。それらを短絡的に米国政府の仕業とは断定できないが…………」
「風鳴指令、お話中のところすみません」
「ん? …………あぁ、もうそんな時間か」
弦十郎の言葉を遮った緒川が翼に視線を向ける。
「翼さん、今晩はアルバムの打ち合わせが入っています」
「ほぇ?」
「え? どういう事?」
響や京水が首を傾げる中、「なるほど」と克己が頷く。
「俺が体育教師であるように、お前の表側の仕事はそれか」
「はい。表の顔では、アーティスト風鳴翼のマネージャーをやっています。あ、そういえば、まだこれをしていませんでしたね」
どうぞ、と緒川から差し出されたのは、翼のマネージャーである彼の身分を表す名刺だ。それを受け取った克己は、自分も表向きではあるが仕事に就いている身なので自分の名刺を緒川に差し出す。俗に言う、名刺交換というやつだ。
「わぁ、名刺貰うなんて初めてですッ! こりゃまた結構なものをどうもッ!」
「私達も受け取る必要ってあるのかしら…………」
「イケメンから名刺を貰えるなんて嬉しいわぁッ! じゃあ、ワタシはお返しにとっておきのベーゼを…………」
「丁重にお断りさせていただきます」
「それでは、お先に失礼します」
飛びかかる勢いで迫ってきた京水を軽く受け流した緒川を背景に翼は弦十郎達に頭を下げ、司令室を出ていった。
「翼がいなくなった以上、話は続けられないな。ミーティングはここまでにしよう」
「私達を取り囲む脅威は、ノイズばかりじゃないんですね…………」
「うむ、哀しい話だがな」
二課が相手取っているのは人類共通の天敵であるノイズだけではない。同じ人間が運営する米国だって彼らにとっての相手であり、もしデュランダルを奪われてしまえばどう利用されるかわかったもんじゃない。最悪、新たな戦争の火種として軍事利用される可能性も存在するのだ。
「そう心配しなくても大丈夫よ。なんてったってここは、テレビや雑誌で有名な天才考古学者、櫻井了子が設計した人類守護の砦よ。異端にして先端のテクノロジーが悪い奴らなんて寄せつけないんだから♪」
「あはは、頼りにしてます」
了子と響が楽しげに笑い合っているが、その横にいる克己達はデュランダルについて会話していた。
「完全聖遺物デュランダル…………。欠片の天羽々斬やガングニールでさえあの力だっていうのに、本来の力をそのまま引き出せるなんて危険すぎるわね」
「しかも、一度起動すれば一般人でも使用可能なんでしょ? そんなのが敵国に渡ったら堪ったもんじゃないわ。完全聖遺物の複製は不可能でも、大本があれば劣化でもその力を宿した武器は作れるだろうから、尚更渡すわけにはいかないわね」
異端技術を秘密裏に研究しているのは日本だけではないだろう。他の国だって研究しているはずだ。ひょっとしたら、自分達の知らない技術だって生まれているのかもしれない。そんな相手にデュランダルを奪われでもしたら、世界のパワーバランスは間違いなく崩れ去る。ものによっては完全聖遺物一つで世界征服だって可能かもしれないのだ。
「この一連の騒動の主犯も、その目的も知らないが、どうせ碌なものではないだろう。止めてみせるぞ、必ず」
「…………あんたって、ホント丸くなったわよね。まるで別人みたい」
「失望したか?」
「まさかッ! ワタシ達はいつだって克己ちゃんの味方よッ! ここにはいない賢ちゃんや剛三ちゃんも、そう思ってくれてるに違いないわッ!」
三人はこの騒動を引き起こした主犯と、その目的の阻止を誓い合い、改めて二課の元で活動すると決心したのだった。
――――――翌日。
「翼」
授業が終わり、生徒達がそれぞれの放課後を楽しむべく慌ただしく帰寮の準備を進める中、克己は例に漏れずに帰りの支度をしていた翼に声をかけた。
「…………なんだ?」
「話がある。残ってくれるか?」
「…………いいだろう」
今日は放課後に用事は無いため、翼は彼に頷き、他の生徒達が帰るまで教室に残り続けた。そして、翼のいる教室から生徒の姿が消え、外から聞こえてくる声も小さくなってきた頃、克己は翼の前の席に腰を下ろした。そこに座っている生徒が見れば悶絶ものだったが、そんな事は彼らには関係ない。
「単刀直入に訊く。お前が『剣』として生きる事に固執する理由はなんだ?」
「それは前にも答えたはずだ。『国を護る為だ』と。申し訳ないが、その答えはまだ見つけられていない…………」
「そっちも重要ではあるが、今俺が訊いているのは、『なぜお前が『剣』として生きようと思ったか』だ」
「なぜ、私が『剣』として生きようと…………? それは…………」
そこで一旦言葉を区切った翼は、少しだけ脳内で考えを巡らせてから口を開く。
「…………お父様に、認めてもらいたかったからだ」
「父親に?」
問い返してくる克己に頷く。
「お父様は、『お前は風鳴家に相応しくない人間だ。即刻この家から出ていけ』と言った。幼少より日々鍛錬してきたのに、お父様からそう言われた時は本当に悔しかった。だから私は、風鳴の家を出てひたすらに己を鍛え上げてきたのだ」
全ては、自分を否定した父親に自分を認めてもらう為。父親と生活したという記憶が無い克己に、父親に否定された彼女の気持ちは理解できない。だがそれでも、これだけはわかった。
――――――この少女は、紛れも無い一人の少女で、自分と同じ、人の子なのだと。
「そう思ってる時点で、お前は『剣』ではないな」
「なんだと?」
「『父親を見返したい』。その気持ちは本物の剣には宿らないものだ。真に剣になるというのなら、感情を捨てる必要がある。だが、そんな事は出来ない。そう、人間である以上はな」
「なら、私は感情を捨ててやる。それが、真の剣になる道なら――――――」
「馬鹿な事を言うなッ!!」
突然怒鳴り声を上げた克己にビクッと体が跳ねる。口を半開きにしている自分を見つめる彼の瞳に宿るのは、怒りと、それ以上の哀しみだった。
「感情を捨てると言ったな、翼。人間として、最も必要な感情を捨てるとッ!!」
「…………そうだ。大道が私を『剣ではない』と言うのなら、私はお前にそう言わせる要因を排除する」
「…………ッ!!」
心底怒りが湧く。この少女はなにを言っているんだ。
感情を捨てるだと? ふざけるな。それは、自分が人である事を捨てる事と同義だ。
「…………翼。俺の過去を教えてやる。今お前が言った事と関係のある話だ」
そこで克己は、自分の過去を語る事に決めた。この少女の考えを変えるには、生半可な言葉では駄目だ。
「俺達が傭兵である事は以前伝えたな。だが、俺はお前達にまだ隠していた事がある」
「隠していた事だと?」
「――――――俺達が、死人である事だ」
教室内に流れ始める静寂。たった数秒でも、永遠のように感じられる沈黙の中、翼の脳内はひたすらに混乱していた。
(死人…………、死人だと言ったのか? だが、大道はこうして私と話して…………、…………ッ!)
目の前の克己の姿を眺め、机の上で握り締められた拳が視界に入ったその時、自分が初めて彼に怒られた日の出来事がフラッシュバックした。
(大道の手は、冷たかった…………。それに、心臓も…………)
人間は生きている以上、その中心部である心臓は絶えず鼓動を刻んでいなければならない。だが、あの時大道に手を取られて触れた彼の体からは、その生命の鼓動が一切感じられなかったのだ。そんなの、『自分は死んでいる』と言っているも同然ではないか。
「大道…………、お前達は、いったい…………?」
震える声で尋ねる。それに対し、克己はハッキリと答えた。
「『NEVER』。命無き死者を特殊な酵素で蘇らせる事によって誕生した、ヒトの形を取った兵器。『死を超えた者』とも呼ばれている、死にぞこない共だよ」
「NEVER…………」
彼らの名を我知らずに繰り返す翼に、克己はNEVERの説明を始める。
NEVER。正式名称、
そんな存在になり、仲間達と共にチームを組んで生活していたある日、一人の少女との出会いから始まった戦いを切っ掛けに、自分の心は死んだ。
「救おうと思った命は、全てこの手から零れ落ちたよ。あれからだ、俺が『死神』に成り果てたのは」
その後、自分達はとある街にて、そこの住人を全て自分達と同じ
自分が翼に語るべきなのは、その前に自分が犯した大罪、そう…………
「俺は、お袋を殺した。この手で、自分を産んでくれた親を撃ち殺したのさ」
「…………ッ!! その時のお前は、なにも、なにも思わなかったのか…………ッ!? 自分の母親を殺したというのに…………ッ!?」
「あぁ、なにも。そういった感情さえも、あの頃の俺には無かったからな。それに加え、俺は自分の部下であるレイカさえも『用済み』として処分した。あの時だって、俺はなにも感じなかったよ」
レイカの異常なまでの克己への憎悪はそれが原因だったのかと、翼はシミュレーションルームでのレイカと彼の戦いを思い出す。
「わかるか、翼。感情を捨てるって事はな、お前が剣になる為の道じゃない。お前を『怪物』に作り替えようとする、悪魔の囁きさ」
克己が翼を強い眼差しで見つめてくる。その視線から目を逸らそうにも、まるでヘビに睨まれたカエルのように体が動かない。
「翼、これは忠告だ。今すぐにその考えを捨てろ。俺と同じ道を辿る事になるぞ。俺はもう手遅れだが、お前はまだ、忘れたくない大切な思い出を覚えているはずだ」
「私の、大切な思い出…………」
「そうだ。もしかしたら今のお前が忘れているだけで、お前を家から追い出した父親と作った、大切な思い出もあるかもしれないだろ? それを、忘れたくはないだろう?」
その時、翼は思い出す。まだ自分が物心ついて間もない頃、テレビで見た歌手の歌を真似した時があった。
『ははは、翼は歌が上手いなぁ』
『お父様! 私、おっきくなったらいっぱい歌を歌って、みんなを笑顔にしたい! そうしたら、みんな幸せになれるでしょ?』
『それはいいな。おっきくなったら、私にもその歌を聴かせてくれるかい?』
『もちろん! お父様、大好き!』
『私も大好きだぞ、翼』
それは、風鳴翼が唯一楽しむ事が出来たもの。訓練に明け暮れる中でも、決して忘れられなかった、私が大好きだったもの。
では、なぜ父親は代々この国を護る為にその命を捧げてきた家系から自分の娘を追放したのか。ずっとわからなかった答えを、今の自分は容易く理解する事が出来る。
「お父、様…………!」
彼は、自分を嫌ってはいなかったのだ。娘の夢を叶えるには、風鳴家はあまりにも環境が悪すぎる。そう思った彼は、自分がこの家から出ていくようにしたのだ。それを知らずに、自分は家を出ていって…………。
「親は、子の幸せを願うものだ。お前も、愛されていたんだな」
「ひっ、うっ、うあぁあああぁ…………ッ!!」
涙が止まらない。あの時、親の気持ちも知らずに家を出ていった自分が許せない。あの時の父親は、自分以上に苦しい思いをしていたというのに、当時の自分は、その気持ちを全く理解していなかったのだ。
(お父様は、私を嫌ってなんてなかった…………。むしろその逆で、私を、愛してくれてたんだ…………ッ! なのに、なのに私は…………ッ!!)
両手で顔を覆って涙を流し続けていると、肩を叩かれる。手を顔から話すと、涙で歪んだ視界に、一枚のハンカチが映った。
「だから言っただろ? お前は剣じゃない。どこにでもいる、普通の女の子だ。じゃなきゃ、そうして大泣きしたりしないだろ?」
「ぐすっ…………そう、だな…………」
克己からハンカチを受け取り、涙を拭う。それでも、まだ涙は止まらず、瞳から涙が零れる度に、翼はそれを拭い続けた。それを克己はなにを言うまでもなく、彼女が泣き止むまで静かに待っているのだった。
そして数分後、そこには顔を真っ赤に染め上げて突っ伏している翼の姿があった。
「不覚だ…………。もう18なのに、子どものように号泣してしまった…………」
「いいんじゃないか? たまには子どものように泣くのも」
「泣いてる時はいい。だけど泣き止んだ後が恥ずかしいんだッ!」
「そうか? 常にノイズとの戦いを予期して訓練に励むお前より、今のお前の方が可愛げがあって、俺は好きだけどな」
「~~~ッ!! ええい、さっきのは忘れろッ! 忘れてくれぇッ!!」
「イタッ! お前、教師に向かってなにを…………痛い痛い痛いッ! 死者でも痛みは感じるんだぞ、やめろッ!」
「お前が忘れるまでやめられるかッ! このッ! このッ!」
ポカポカと大道の頭を殴りつける翼と、頭を押さえて防御する克己。誰もいない教室でずっと繰り広げられると思われた攻防はしかし、通信機から流れた緊急用のアラームによって中断させられた。
――――――ノイズが出現したとされる地下鉄入口に京水とレイカが到着すると、そこには既に響の姿があった。しかし、いつものような明るい表情などではなく、どこか哀しそうな表情をしていたが。
「響ちゃん、どうしたの?」
「あ、いえ…………。少し、考え事を…………」
響が俯いて京水に答えるが、特徴的な足音を聴きつけて地下鉄入口の階段を見ると、そこからノイズが登ってきているのが見えた。
「来たわよ、話は後にしましょう」
「は、はいッ!」
京水達はガイアメモリを取り出し、響は胸の内から湧き上がる聖句を詠唱する。
『ルナ!』
『ヒート!』
「――――――Balwisyall Nescell gungnir tron」
そうしてルナドーパント、ヒートドーパント、そしてガングニールの鎧を纏った響がノイズの集団へと攻撃を仕掛けていく。
まともな訓練を受けていない響の繰り出す攻撃はどれも単純なパンチやキックなどで、徒手空拳もお手の物であるルナドーパント達からすれば目を覆いたくなるような隙の多さだが、それでもノイズへの効果は抜群で、彼女に殴られ、蹴られたノイズ達はすぐに炭化して消えていく。だが、まだ彼女を一人で戦わせるわけにはいかず、ルナドーパント達は自分達に向かってくるノイズの相手をすると同時に、死角から響に襲い掛かろうとしていたノイズ達も片っ端から消滅させていった。
『報告だ。小型ノイズの中に一回り大きな反応が見られる。まもなく翼と克己君が合流するから、それまで持ちこたえてくれ。くれぐれも無茶はするなよ』
「それって、言わずもがなあれよね?」
ヒートドーパントが指差す先にいたのは、他の個体と違ってブドウ状の房を身につけたノイズだ。
「あら、なんだか美味しそうなものつけてるわね。触っても炭化しないのなら食べてみたい」
「アホな事言うな。きっとなにかあるはずよ」
三人の前にいたブドウ型ノイズが体を震わせると、その体から離れた幾つかの球が三人に向かい、三人が身構えた直後、それは突如として爆発した。
「爆発なんて聞いてないわよッ!」
予想外の攻撃に崩れ落ちる瓦礫に対処できなかったルナドーパントが、自分にのしかかっている瓦礫を吹き飛ばして立ち上がる。その頃には既に、ブドウ型ノイズは他の小型ノイズの集団の奥で飛び跳ねていた。もしあれが地上に出てしまえば、並の小型ノイズ以上の被害が出る事になってしまうだろう。
「響ちゃん、レイカッ! 早くあいつを追わないとッ!」
「わかってるわよ…………ッ! さぁ、行くわよ、ひび…………き?」
瓦礫を押し退けて起き上がったヒートドーパントが響に手を差し伸べようとするが、彼女の異変に気付いてその手を引っ込める。
「…………見たかった。流れ星、見たかったッ!!」
「え、ちょ、響ッ!?」
地面を蹴り砕いて小型ノイズの群れに飛び込んだ響が、圧倒的なまでの暴力でノイズを蹂躙し始める。その戦い方は先程よりも荒々しく、まるで自分を制御できていないかのようなものだった。
「未来と一緒にッ! 流れ星、見たかったッ!!」
「あんた達が、誰かの約束を侵し、嘘の無い世界を、争いの無い世界を…………なんでもない日常をッ! 略奪すると、言うのならッ!」
二体の
「ちょ、ちょっとまずいんじゃないのあれッ!? レイカ、貴女はあいつを追ってッ! 響ちゃんは私にッ!」
「頼んだわよッ!」
響がひたすらに己の怒りのままに暴れ回り、意味もなく壁を殴ったりしている光景に嫌な予感がしたルナドーパントが伸ばした両手で響の体を拘束。響が身動きを取れなくなっている内に、ヒートドーパントがブドウ型ノイズを追う。だが、両者の間に存在する小型ノイズ達の数が多く、思うように距離を縮められない。そして遂に、ブドウ型ノイズは頭上に向かって自分の体から切り離した球を飛ばし、天井に大穴を作ってしまった。
「しまった…………ッ!」
舌打ち交じりの声をあげてブドウ型ノイズを追おうとするヒートドーパントだったが、その足は途中で止める事になる。
太陽が沈み、静謐な雰囲気を感じさせる月と星々が照らす夜空に、一筋の光が見えた。
「…………流れ、星…………?」
夜空に煌めく一条の光を目撃したのは、ルナドーパントによって拘束されていた響もだった。
だが、それは断じて流れ星などではなく、風鳴翼と仮面ライダーエターナルが纏う光である。
「「はぁあああああッ!!」」
翼の蒼ノ一閃とエターナルの蒼炎を纏った急降下キックが直撃したブドウ型ノイズは、超強力な攻撃を二つも受けた事によって、塵一つ残す事なく消え去った。
「美味しいところだけ持っていったわね、克己」
「む、これで最後だったのか? 随分と味気ないな」
自分達の攻撃の影響で舞い上がった砂埃を軽く叩いて落としていると、ブドウ型ノイズが開けた穴から響とルナドーパントが出てきた。
「翼さんッ!」
自分に背を向けて周囲に異常が無いかを確認している翼に、響は声をかける。
(私だってやれるのに…………私にだって…………ッ!)
自分も素人ではあるが装者だ。この手にはノイズを屠る力が宿っている。覚悟が無いと言われても、それでも自分はこの力でノイズを倒したい。だって、自分にも――――――
「私だって、護りたいものがあるんですッ! だから…………」
だが、それ以上の言葉が思いつかない。その様子に「まだまだね」とヒートドーパントが肩を竦めた、その時だった。
「――――――『だから』? で、どうすんだよ?」
どこからともなく聞き慣れない声が聞こえ、一気に警戒心を強めた翼が声の主を探す。
「誰だ…………ッ! …………ッ!?」
そして、見つけた。二人の男を引き連れ、月明かりの下を歩んでくる一人の少女を。
「それは…………まさか…………」
彼女が纏っている白い鎧には、見覚えがある。
あれは二年前のライブで起きた惨劇の折に消失したとされる、デュランダルと同じ完全聖遺物。その名も、
「『ネフシュタンの鎧』…………ッ!?」
そして、克己達も翼と同じように驚愕していた。
謎の少女の背後に立つ、二人の男性。髪をオールバックに纏めた男性に、ロッドを装備した、大きく胸を開けた男性。
「お前達は…………賢に、剛三か…………?」
自分達と同じNEVERにして、自分の部下だったはずの二人は、敵意の籠った目で克己達を睨みつけた。
藤尭「藤尭朔也と」
友里「友里あおいの」
藤&友「聖遺物解説コーナー!」
藤「今回登場した聖遺物は二つですが、長すぎる後書きもどうかと思いますので、これから一話に新しい聖遺物が複数登場した場合は、一つずつ説明させてもらいます」
友「今回紹介する聖遺物はこれよ」
《デュランダル》
藤「デュランダルとは、フランスの叙事詩『ローランの歌』に登場する英雄ローランの所有する聖剣。イタリア語で『ドゥリンダナ』、『デュランダーナ』とも呼ばれている。意味はフランス語で『強き/長久の刀剣』とされているけど、これはケルト語やアラビア語解釈等、学界には諸説存在しているんだ」
友「諸作品におけるこの剣は、最初に天使がシャルルマーニュにこれを与え、後にローランの手に授けられた剣として登場し、『狂えるオルランド』では『イーリアス』に登場するトロイアの英雄ヘクトールが使っていた剣とされているのよ。そして、デュランダルの柄には多くの聖人の歯、血、毛髪や衣服の一部が納められているの。大変ご利益ある聖剣ね」
藤「剣か…………。完全聖遺物は一度起動できれば常人でも使用可能とされてるけど、これを指令が使ったらどうなるんですかね?
友「そんなの、この作品、ひいてはシンフォギアシリーズの終焉よ。指令がノイズと戦えるようになったら、それこそ装者達の出番が無くなるわ」
藤「指令無双が始まっちゃいますもんね…………。えぇでは、次回は『ネフシュタンの鎧』について紹介します。メンバーは違いますが、楽しいにしていて下さい」