大地が練習に参加するようになってから一週間ほどが経過したある日。
彼は夜中に一本の電話を掛けていた。
『もしもし』
『私です。本田大地です』
『──! お、驚いたな。君がまさか電話を掛けてくるとは……』
『お久しぶりです。ちょっとお願いしたいことがありまして──』
その電話の内容に、電話先の主は戸惑ったような様子であったが、大地が理由を説明すると素直に了承する。
『では来週にでも向かわせますので、あとはお願いします』
『ああ、分かった。だが、
『素直というには難しいとは思いますが、まぁなんとかなりますよ』
大地は楽観的な部分を見せつつ電話を切り、約束の来週に向けて準備をし始めた。
◇
「ア、アメリカ〜〜!?」
本田家に朝から大きな声が響き渡る。
「うん。アメリカに行くんだよ、来週」
「誰が?」
「吾郎が」
「いつ?」
「来週」
「なんで?」
「なんでも」
吾郎と大地は一言の応酬を続ける。
吾郎にとっては寝耳に水なのだ。本当ならもっと混乱しても良いはずだ。
そしてもう一人、状況を把握できていない人物がいた。
「ちょっとちょっと! 私も何も聞いてないんだけど!?」
「母さん、事後報告でごめん。吾郎が来週からアメリカに行くことになったから」
「なったから……じゃなくて! お金はどうするの!? 向こうに行くお金は? 滞在のお金は!? というか、どれくらい向こうにいるの!?」
「お金は大丈夫だから心配しないで。向こうにいる期間は……吾郎次第かな」
「お金は心配いらないって……学校はどうするの!?」
「それも大丈夫。理事長に話して、留学にしてもらったから」
大地が全て対応は済んでいるから大丈夫と言い切る。
桃子と吾郎は明らかに狼狽していた。
なぜならここまで大地が強引に話を進めたことがなかったからだ。
たまに破天荒なことをするというのは分かっている──海堂や他の強豪校に行かずに、元女子校の聖秀に行ったことからも明らかである。
桃子は混乱していたが、大地の顔を真剣に見つめる。
大地もふざけているわけではないと言わんばかりに、桃子の目を見続ける。
「……はぁ。分かったわよ。
「うん……ごめん……」
桃子はため息をつくと、諦めたかのように吾郎のアメリカ行きを了承する。
「いや、俺は行くなんて言ってないからな!?」
「いや、お前はアメリカに行くんだよ」
「だからなんでだよ!?」
「…………」
吾郎だけは納得しておらず、桃子が受け入れても反発していた。
そのまま大地とにらみ合いが続く。
しばらくにらみ合いが続いたあと、「チッ」っと舌打ちをした吾郎がポケットに両手を突っ込んだまま家を出ていった。
「…………ねぇ、大地?」
「……ごめん、母さん」
桃子に優しく話しかけられた大地は俯きながら謝罪の言葉を口にする。
彼女はそっと大地を後ろから抱きしめる。
「あなたが優しい人なのは分かってる。それも私や吾郎に対しては誰よりもね」
「…………」
「でもね、言わなきゃ、言葉に出さなきゃ伝わらないものもあるのよ。親子だって、双子の兄弟だってそれは同じ」
桃子の言葉を聞いてハッとした顔をする大地。
そして彼女は彼からそっと離れる。
「……どうしても言いたくないのであればこれ以上は聞かないわ。でもどうしても言いたくなったらいつでも言いなさいよ」
そう言葉を残し、キッチンへと戻っていく桃子。
少しの間俯いていた大地は、両手を軽く握りしめると何かを決心した顔をしてそのまま家を出ていく。
冷蔵庫に背中を預けていた桃子は、大地が出ていくのが分かり、「……まったく仕方ない子達なんだから」と呟く。
「ね? 茂治さん……」
桃子は両手を胸に置きながら、優しげな笑みを浮かべるのだった。
◇
大地は家を出たあと、一直線に目的地へと走っていた。
彼には分かる。大切な弟がどこにいるのか。そこに向かっているだけだった。
(おかしな話だよな。どれだけ離れていたってどこにいるか簡単に分かるほどの兄弟なのに、言葉が足りないだけでここまで分からなくなるんだもんな)
自宅から少し離れた公園。そこに吾郎はいた。
「……吾郎!」
「…………だ、大地!?」
息を切らした大地を見て驚きの表情を隠せない吾郎。
いつもであれば近付いてきただけで分かるのにも関わらず、大地が近付いていることに一切気付いていなかったからだ。
「な、なん──」
「──ごめん!」
「なんだよ」と言おうとしたところを大地の謝罪によって遮られる。
「…………なんだよ……なんでだよ……」
吾郎は何度も同じ言葉を呟く。
「なんで俺が……俺だけがアメリカに行かないといけないんだよ! 俺は、俺はもう必要ないってことなのか!?」
吾郎は不安を覚えていた。いきなりアメリカに行けと言われたことに。
「秋大会……だけじゃない。夏の甲子園も俺のせいで負けたのは分かってるさ。でも、それで、それだけで俺はもう聖秀野球部に必要ないって言うのか……?」
吾郎は誰よりも責任を感じていた。
自分を庇って怪我をした兄の分も絶対に活躍してやると思っていた、そのはずなのに何も出来なかった一年目の夏。
そして新人戦。自分のせいで負けてしまった甲子園の借りをここで返すのだと意気込んでいた。
だが、彼の頭にいつも浮かぶのは
兄と、大地と一緒に見た
事故に遭った大地も自分を置いていってしまうのではないかと、そう考えると何も出来なくなってしまっていたのだった。
「……試合に負けたのはお前のせいじゃないさ」
大地は吾郎に優しく語りかける。
吾郎は俯いた顔を上げて大地を見る。
「前から言ってるだろ? 試合に勝つのは全員のお陰。負けたら全員の責任だ」
「──でも俺が打たれなかったら……!」
「その時はお前が打たれた分を俺達が打てばいいだろ?」
「────ッ!」
二人は目を合わせたまま、だが先程のにらみ合いとは違う雰囲気を纏っていた。
「……俺も吾郎になんて声を掛けていいか分からなかったんだ、逆の立場だったら俺も何も手に付かなくなるからさ。おとさんやおかさんのようにお前を失ってしまうんじゃないかって」
「…………」
「でもそれじゃダメなんだよな。俺らは兄弟なんだから、そういうときこそお互いに声を掛けなきゃいけないんだよな」
「大地……」
大地は右手を自分の胸に当てる。
「見てくれ、俺はもう大丈夫だ。もうなんともないんだ」
「…………」
「……とは言っても、お前の
「え……?」
疑問の声を上げる吾郎に大地はゆっくりと訳を説明するのだった。
◇
「じゃあアメリカに行くのね?」
「……ああ、俺はアメリカに行ってくる」
家に戻った大地と吾郎は、椅子に座って桃子に事情を説明する。
二人の顔を見た桃子は安心した顔とともに笑顔になる。
「そっか。じゃあ気を付けて行ってきてね」
「……ってなんか母さん嬉しそうじゃねーか?」
「そんなことないわよ。吾郎がアメリカに行っちゃうのは寂しいわよ」
「じゃあなんでさっきより元気なんだよ?」
「そんなの決まってるじゃない……
満面の笑みでそう答える桃子に、恥ずかしそうな顔をする吾郎。
ようやく少しずつ以前の家族に戻ってきたと大地も嬉しそうな顔をする。
「さっきも言ったけど、向こうに着いてからの生活とかは心配しなくていいからな。空港でスリにだけは遭うなよ?」
「分かってるって! それだけ言われりゃスリなんて遭うわけねーだろ!」
吾郎はムキになって答えるが、明らかな
そして大地のその選択は、アメリカに渡った吾郎にとって非常に助かるものとなったのだった。
大変遅くなりました!
本話で合計100話目となります。
そしてこれで吾郎はアメリカへと旅立ちますので、しばらく離脱します。
(原作主人公なのに……)
皆様の感想や高評価に支えられて頑張って書くことが出来ました。
なかなか更新ができずなのですが、完結までよろしくお願いいたします!