MAJORで吾郎の兄になる   作:ねここねこねこ

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第九十五話

 聖秀高校野球部三年目の夏の予選。吾郎にとっては二度目、そして最後の大会である。

 そして聖秀高校はNPBスカウトにとって注目する高校であり、初戦から何球団か見に来ていた。

 

(なんだ、今日は大地くんが投げないのか……。ん? 本田……吾郎……?)

 

 本日先発する投手が大地でないことに落胆のため息をついたスカウトたちであったが、先発投手の名前を見て大地と同じ苗字であることを不思議に思う。

 そして二年前──大地達が一年生のときのことを思い出していた。

 

(そういえば、本田大地には()()()()がいたな……。確か二年前の夏の甲子園で投げて以降、登板しているのを見たことがないが……故障か何かで今回復活したのか……?)

 

 大地のスペックについては疑いようもないほど注目しているスカウト達。

 その弟である吾郎に関しては一年生の甲子園でのデータで止まっていたが、()()()()なのであれば注目する価値があるのではないかと頭の片隅に置いて本日の試合を観戦することにしたのだが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(な……なんてことだ……本田吾郎……彼は()()()()()()()()()()()()()()()())

(さすが双子といったところか! わ、私達の球団に欲しいぞ!)

(これは帰ってすぐに首脳陣に知らせねば……!)

 

 吾郎のピッチングを見たスカウト達はいそいそと帰り支度を始めて、本田吾郎という名前を各球団のトップに知らせるべく急ぎ帰路についた。

 それもそのはずである。本日の吾郎は五回コールドで打者を一人も塁に出すこともなく試合を終えていたのだ。

 球速も大地のそれを超えており、二年間どこで何をしていたのかだけは気になっていたのだがそのような些末なことはすぐに忘れられるほどに彼のピッチングは素晴らしい内容であった。

 

 本田吾郎──彼の公式戦復帰試合は各球団で知られることとなり、見に来ていなかった球団のスカウトは乗り遅れてしまったことに首脳陣たちより叱責を浴びることとなる。

 

 聖秀高校はシードだったため次は三回戦になるが、三回戦、準々決勝と渡嘉敷と大地が危なげなく抑える。

 そしてローテションとして吾郎が回ってくるであろう準決勝。

 対戦相手はこの三年間で一番試合数が多く、野球部設立当初から聖秀高校がお世話になっている帝仁高校。

 

 吾郎が復帰してからは接触がない両校であったが、ここ最近の海堂高校の落ち目具合を見るにこれが実質の決勝と言っても過言ではないと神奈川県在住の高校野球ファンは語っていた。

 そして神奈川県大会決勝とも言える準決勝が今始まる。

 

 

     ◇

 

 

「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!!!」

 

 吾郎のボールが寿也のミットに収まり、試合終了のコールが出される。

 聖秀野球部はマウンドに集まり喜びつつ、大地に促されながら整列するためにホームへと向かう。

 

「15対0で聖秀高校のコールド勝ちです」

「ありがとうございました!!」

「っした!」

 

 結果は五回コールド勝ち。

 吾郎は参考記録ながら、またしても完全試合をしてしまう。

 

春大会までは二校にそこまでの実力差はなかった。

 聖秀高校が勝ち越していたとはいえ、ここまでの大差が付くことはなく、どっちが勝ってもおかしくはない試合であった。

 しかし吾郎が戻ってきてからの聖秀高校はこれまでと全くと言っていいほど違っていた。

 

 ()()()()()()()()()()。それだけでここまで結果を変えてしまっていたのである。

 内から見ても外から見ても明らかに聖秀高校の雰囲気はこれまでと異質であり、対戦しているとそれだけで勝てないと思わせるだけの迫力があった。

 そして、監督となった山田の采配も春大会から芽を出しており、今大会までに更に磨きがかかっていた。

 

 これまで指示は大地が出しており、山田に変わってからも大地が指示を変えることもあった。

 しかし、春大会と今大会では一度も大地は口を出していない。

 それは山田が成長し、大地がそれを信頼したことの証拠であり、そのことが山田の自信に繋がって今回の結果をもたらしていたのである。

 

「いやぁ、あれだけ手こずっていた帝仁高校にまさかコールド勝ちするとはなぁ!」

「本当だよな! 本田先輩が復帰してから勢いと安定感が出たっていうか、聖秀(うち)ってこんなに強いんだなって思ったわ」

「あ、お前あれだけ『エースは大地先輩以外認めない!』とか言ってたくせによ」

 

 下級生達が帰りのバスで口々に吾郎のことを褒めていた。

 上級生はその話を聞きながら「当たり前だ」という顔をする者もいれば、大地や吾郎のように軽く笑って喜びを見せる者もいた。

 

「決勝は……ついに()()だね」

「ああ、今までは戦う機会がなかったが、ようやく()()()にギャフンと言わせることができるかと思うとワクワクするぜ」

 

 寿也と吾郎は決勝で当たる海堂高校の話をしていた。

 しかし大地は気持ちが高ぶっている彼らをよそに、内心は不安でいっぱいであった。

 

(江頭のことだ……決勝だからとか気にせずに俺らを潰しに掛かってくるはずだ……。一年生のとき、事故で俺がいなくなっただけで、甲子園の二回戦で惨敗するほど全員の心に動揺が出てしまった。それから二年経っているとはいえ、三年生が動揺しないという保証はない)

 

 大地は江頭の行動を警戒し、なんとしても彼の陰謀を止めなくてはいけないとバスの窓から景色を見ながらぼうっと考えていた。

 薬師寺は大地の考えていることをなんとなく察してはいたが、あえて口を開くことはなかった。

 そして次の日、決勝である海堂戦が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……? ()()()()()()……だと?」

 

 海堂側のベンチには一軍監督の伊沢だけで、江頭の姿は確認出来なかった。

 

 

     ◇

 

 

 時は戻り、決勝戦前日。

 海堂高校のエースである眉村は明日の決勝に登板するべく淡々と準備をしていた。

 

「眉村! ナイスボール! まだ続けるか?」

「ああ、あと十球だけ調整をして終えよう」

 

 一年生から特待生としてバッテリーを組んでいる眉村と米倉はブルペンで最後の調整をしていた。

 最後の十球を終えて、クールダウンをしていたときに米倉が口を開く。

 

海堂野球部(うち)、このまま決勝に出場して大丈夫なのか?」

「…………さあな。俺は明日の決勝で勝つことしか考えていない」

 

 眉村は一切動揺していないような冷静な返事をする。

 海堂高校野球部の首脳陣は慌ただしく動いており、それが野球部の生徒達に少なからず動揺を与えていた。

 

「そうね、あなた達は気にせずに試合に集中しなさい」

「早乙女監督……」

 

 会話している二人の前に現れたのは、早乙女静香二軍監督であった。

 後ろには兄である早乙女泰造と海堂高校スカウトの大貫もいた。

 

「で、でもあ、あんな()()が表沙汰になるのとなったら、海堂野球部(俺達)が公式戦に出て良いはずがないんじゃ……?」

 

 不安そうな米倉。

 しかし静香は腕を組みながら冷静に返事をする。

 

「大丈夫よ。前も話したけれど、そこに関してはすでに確認済みだし、今後どのような報道がされてもあなた達に何か被害が来ないように細心の注意も払っているわ」

「そうだ、海堂(うち)も色々と動いているんだから、気にするな」

「大貫さん……」

「おう、眉村。久しぶりだな。調子はどうだ?」

「ええ、いつも通りです」

 

 眉村健と大貫は眉村が小学校時代からの付き合いであり、当時ドッジボールチームにいた彼の才能に気付き、海堂中学にスカウトしたという経緯がある。

 そこからは大貫は眉村をそれとなく気にかけており、たまに顔を出しては様子を見ていた。

 

「そうか。明日は聖秀高校が相手だが、勝てそうか?」

「……大貫さん」

「ん? なんだ?」

()()()()()、ではなく海堂(俺達)は勝ちます。今までは対戦機会が無かっただけで、海堂(うち)を逃げて他の高校にいった奴らに負けるわけがありません」

「そ、そうか……それならいいんだが……」

 

 周りからは冷静に分析しているように見えているのだろうが、大貫からするといつになく闘志を剥き出しにしているように見える彼にいつになく不安を覚えてしまう。

 実際に海堂と聖秀が対戦するのは、聖秀が野球部発足してから初めてのことである。

 いつもは帝仁高校が海堂の前に立ちふさがっていたのだが、今回はその帝仁を準決勝で聖秀が破っているため甲子園出場までは聖秀に勝つだけなのだ。

 

 聖秀高校のメンバーはかつて眉村と同じ海堂高校特待生に選ばれたメンバーであることは三年生の野球部員であれば誰もが知っていた。

 「奴らは逃げただけだ」という言葉を鵜呑みにしている部員も多く、二軍や一軍の設備で練習していると、この最高の環境を捨ててしまった彼らに対して軽蔑と見下す以外の選択肢は無かった。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()がきっかけで動揺している生徒も少なくない。

 

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()の一部の内容であった。

 すでに追放処分となったが、その問題の発端となった動画にはある男の、およそ当時の中学生男子に対して行うべきではない差別と内容であった。

 いや、それはいち大人として行ってはいけない内容だった。

 

当事者(江頭)はもういないわ。あとはあなた達が今までの練習で培った実力を発揮して明日の決勝を勝ち抜くだけよ」

「ここ数年遠のいている〝常勝海堂〟の名を改めて取り戻してくれ」

 

 そう言うと、練習場をあとにする静香達。

 その場に残された眉村と米倉は明日の聖秀高校戦の不安を残しつつ、クールダウンをして寮の部屋へと戻っていった。

 

 

     ◇

 

 

 神奈川県大会決勝。

 江頭がいないまま始まった聖秀と海堂の試合は先発の本田大地と眉村健の投手対決になると思われていた。

 両投手ともに実力としては拮抗しており、いかに投手を打ち崩すかが鍵となる────はずだった。

 

〈聖秀また打ったァァァ!! 佐藤がガッツポーズしながらグラウンドを周っております! 今日の眉村は一体どうしたのか、精彩を欠いております!〉

 

 バックスクリーンをちらりと見た眉村は右手で帽子の(つば)を触り、うつむき加減で小さく笑っていた。

 八回で七失点。反して海堂が入れた点数は眉村が三回裏に叩き込んだホームランの一点のみである。

 

 帝仁高校との試合の結果を見れば、今までの聖秀とはレベルが違っていることは分かっていた。

 しかし、それでも今の自分であれば必ず抑えられる自信があった。

 150kmを超える速球に四つの変化球。特に高速シュートに関しては、プロの選手でもなかなか打てるものではないと思っていたくらいである。

 

(考えが甘かった……ということか……)

 

 米倉や静香に対しては、あれだけ強気な発言をしていた。

 不安もあった。いつものごとく試合前にトイレに篭り、ドヴォルザークの交響曲九番を聞いて集中力も高めていた。

 実際は緊張でお腹がゆるくなるのを隠すためであるのは誰も知らないことである。

 

 いつものルーティーンを淡々とこなす。

 練習を含めて彼自身が出来ることは全てやり、そのために最高の環境を選んだつもりであった。

 その環境を捨てた本田兄弟や佐藤達に対して、眉村は他のチームメイトが抱く苛立ちよりも、憐れみの感情を抱いていたというほうが正しかった。

 

 その方がより見下していると言われてもおかしくはない。

 しかしその見下していた聖秀高校野球部に完膚なきまでに打たれているのは眉村本人であった。

 屈辱以上に諦めの気持ちで笑っていたのかもしれない。それは彼にしか分からないことである。

 

 続いて打席に立つのは本田大地。

 この試合で眉村に打たれたホームラン以外にはヒットを一本も許していないという眉村とは真逆の成績を残していた。

 ────()()()。俯いている眉村の脳裏にその言葉がよぎったとき、彼の目の前に誰かがいる気配を感じる。

 

「米倉か……俺なら大丈夫だからもど──」

 

 顔を上げた眉村の前には、()()()()()()()()()()

 

「投球フォームが崩れてるぞ。そのまま投げていたら怪我をするから気を付けろ」

 

 それだけ言うと、バッターボックスに戻ろうとする本田大地。

 その大地に眉村は「なぜ……?」と問いかける。

 すると、振り返ることなく本田大地はその問いに対して口を開く。

 

「俺は将来好敵手(ライバル)になるであろう眉村(お前)と、今も悔いなく全力で戦いたい。()()()()()()()()()()()()?」

 

 最後の言葉を発した彼は振り返ると、笑顔を眉村に見せてそのまま打席へと戻っていった。

 常識外れの行動を取った本田大地に対して、主審からは厳しい注意が入り、彼は平謝りをしていた。

 

(……フッ。()()()()()()()()()()()()……か……)

 

 眉村は彼なりの事情があって野球をやっており、もちろん野球は好きだったが本心から楽しんでいるかというとそうではなかったのかもしれない。

 そしてこれだけの点差を付けているのに、アドバイスまでするなど対戦相手を見下した本田大地の行動は失礼な行為だと捉えられても不思議ではない。

 しかし、眉村は不思議と嫌悪感を抱くことはなかった。むしろ逆である。

 

 小さく深呼吸をすると、後ろを向いて各ポジションにいる選手を見る。

 今までそんなことをしたことがなかった眉村に対して海堂メンバーは驚くが、彼に励ましの声を送り始める。

 

「眉村! 打たせていこーぜ!」

「むしろ三振とっても大丈夫だぞ!」

「そうだ! ここで抑えてあと二回で逆転するぞ!!」

 

 各選手の声を聞いて、眉村は右手で帽子の(つば)を触り、うつむき加減で小さく笑う。

 その行動は()()()()()()()()()()だった。

 

(本田大地……不思議な(やつ)だな……)

 

 打席で構えている本田大地を見て、眉村は軽く息を吐くとスイッチを切り替える。

 その威圧感は二年半一緒に野球をやっていた米倉でも抱いたことがないものである。

 そしてワインドアップから渾身のジャイロボールを投げ込むのだった。

 

 

     ◇

 

 

〈試合終了! 神奈川県大会決勝は7対1で聖秀高校が勝利し、三年連続で夏の甲子園出場を決めました!〉

 

 本田大地が海堂の三番打者を三振に抑えて試合終了となった。

 彼の海堂戦の戦績は九回一失点の完投勝利である。

 三回に眉村に打たれたホームラン以外はヒットを打たれることもなく、完璧に抑えていた。

 

(完敗……か……)

 

 眉村は高校最後の公式試合を終えて、負けた悔しさもあったが晴れやかな気持ちも抱いていた。

 

「眉村」

 

 彼を呼ぶ声がして振り返ると、そこには本田大地がいて、彼はおもむろに左手を差し出していた。

 数瞬の間の後、握手を求められていることに気付いた眉村はそれに応じることなく自身のチームのベンチへと向かおうとするが、立ち止まると振り返ることなく口を開く。

 

「次はプロの世界でリベンジだ。次こそは負けない」

「……そっか。プロで、か……」

 

 誰にも握られることがなかった左手で後頭部を掻いた本田大地を見ることなく、眉村はベンチへと歩を進めるのであった。

 




あと一話で高校野球編が終わります。
江頭は誰の告発でいなくなったのでしょうか。また、動画の出処はどこ?
最後、大地くんのアドバイスのあとの眉村との対決はどうだったのか?

など、気になるところはたくさんあると思いますが、多分次回明らかになるかと思います。

また、大地くんのマウンドに行って眉村に話しかけるという行動は常識としてはやらないことだと思います。
ボールインプレイではないという点と、試合中の熱さと十七歳という若さゆえの行動だと思っていただければ幸いです。
実際にめちゃくちゃ怒られています。
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