(ああ……何かの間違いで
大地は叫んだあと、泣きながら座り込んでしまった。
吾郎と桃子は現実をまだ受け止められないようだ。
「ほ……本田ぁ!!」
『デ、デッドボール!!ギブソンの初球が本田の頭部を直撃しましたーー! これは大丈夫か!?』
茂野が叫ぶが、茂治はバッターボックスに倒れていて動かない。
そしてギブソンはただただ呆然と立ち尽くしていた。
「担架だ! 担架を持ってこい!! 早くしろ!」
「てめえギブソン! バント攻めに腹立ててわざとやりやがったなぁ! この野郎!」
「やめろ茂野!」
茂野が興奮をしてギブソンに殴りかかろうとするが、同じ横浜の選手に止められる。
「ギブソン退場!」
『今主審のコールが出ました! ギブソン退場です! 当然でしょう! 158km/hのストレートが頭部を直撃! 危険球によりギブソンは退場となります! しかし……しかし本田はまだ立てません!』
(いや……! いやよ! 立って、本田さん!)
桃子が最悪のことを考えてしまい、顔が大地と同様に真っ青になる。
吾郎も泣きながら茂治に立つよう大声で叫ぶ。
その声が届いたのか、茂治は問題なく立ち上がり、笑顔を見せていた。
(良かった……本当に良かった)
吾郎と桃子は茂治の無事を喜び、試合観戦を再開している。
しかし大地だけはまだ泣きながら、前を向くことが出来ずに俯いていた。
「大地……? 大丈夫だよ! ほら、おとさん立ったよ! 元気に一塁にいるよ!」
「……」
大地がまだ泣いているのに気付いた吾郎は、必死に大地に話しかけるが反応がない。
その必死さは──双子だからこそ分かるのか──吾郎は大地の絶望を感じ取りながらも、大地から感じた絶望を否定しているようにも思えた。
◇◇◇◇◇◇
『日下部』
『はい?』
『短い間だったが世話になったな。今週中にテキサス行きの航空チケットを手配しといてくれ……』
ギブソンの突然の言葉に日下部は真意を聞こうとするが、そのままベンチ裏に消えていくギブソン。
試合はそのまま再開し、本田のガッツ溢れる走塁もあり、横浜は追加点を入れていく。
最後は今日の主役である茂治がボールを捕り、5対0で横浜が勝利した。
「本田さん。明日午前中に念のため精密検査しときましょう。一応当たったとこが、当たったとこですから」
「え、ああ大丈夫っスよ。別に……」
試合後にトレーナーから言われた精密検査を拒否する茂治に対して、茂野が自分も腰を張りがあるからついでに一緒に病院に行こうと言われ、渋々了承する。
茂治はいつものように誰よりも早く球場から出て、3人の元へ向かう。
「おとさん! お疲れさま! 今日すごかったね!」
「本田さん……怪我は大丈夫でしたか?」
「吾郎、ありがとな! 先生、ご心配お掛けしました。この通りピンピンしてますよ!」
茂治が関係者口から出てきた際に、吾郎と桃子はすぐに駆け寄ったが、大地だけは俯いたまま立っていた。
「……ん? 大地、どうした?」
「…………」
大地は何かを言おうとするが、すぐに俯いてしまう。
茂治は大地の珍しい行動を心配し、優しく語りかける。
「どうした? 言いたいことがあるなら、はっきり言わないと伝わらないぞ?」
「……おとさん」
「ん? どした?」
「今から……て」
「え?」
「今から病院に行って! すぐに! お願い!」
突然大地が大声で叫び出すので、茂治は驚いてしまう。
吾郎と桃子も大地の変わりように驚いて口を開けてポカーンとしている。
「ど、どうしたんだ、大地? 頭を当てたことなら、おとさんはこの通り元気だし、念のため明日茂野と病院に行くから大丈夫だぞ」
「……明日じゃダメなんだ」
「え?」
「明日じゃ遅いんだ! 今じゃないと……今じゃないと…………ダメな……間に……合わないんだ」
大地は泣きながら茂治に訴えかける。
茂治はいつもならここまで取り乱すことのない大地に困惑している。
だが、大人として、親として
「大地。心配してくれて本当にありがとう。そうだな。念のため病院に行こうか」
「……本当?」
「ああ、でも桃子先生を送ってからでもいいか?」
「うん! おとさんありがとう!」
大地は泣きながらも笑顔になり、茂治を抱きしめ返す。
その後、少し落ち着いた大地は恥ずかしそうに茂治から離れ、その様子を見て苦笑いをした茂治は立ち上がり、桃子に話し掛ける。
「先生。そういうことなので先生を送った後に病院に行ってきますね」
「……はい。私も心配だったので、そのほうが嬉しいです。倒れたときは一瞬どうなるかって思っていましたから」
「ええ、それは僕も思いました」
車に乗り、桃子を家まで送る。
その道中は茂治、桃子、吾郎、大地と全員が本当の家族のようで、とても温かい空間が出来ていた。
「あ、そうだ。先生、来週にでもうちの親と会ってくれませんか? そろそろ紹介したいんで……」
「は、はい! ……やだ! 何着ていこっかなー!」
なんでもいいと言う茂治に対して、「おとさんは裸の方がいいんじゃないの?」とボケて突っ込まれる吾郎がいた。
そして桃子を家まで送ったあとは、そのまま病院に向かう本田家。
(これで。これでおとさんは助かる……おかさんは助けてあげることが出来なかったけど、おとさんだけは……おとさんだけは助けてみせる)
病院に着いた茂治は早速診察を受ける。
「頭を打ってから、今のところ何か目眩や立ちくらみのような症状はありましたか?」
「……いえ、特には無かったですね」
「ふーむ。それでは念のため精密検査もしておきましょうか」
そう言って医師と茂治が移動しようと立ち上がったところで、茂治が頭を抑えて倒れてしまう。
(な、なんだこれ……は……。だ、大地……ごろ──)
「……え!? 本田さん! 本田さん! 大丈夫ですか!? くそ、意識がない!ストレッチャーに乗せるよ! すぐに手術をする!」
診察室がざわめく中、外で待っていた大地と吾郎は何が起こったか分かっていなかった。
医師と看護師が外に出てきたとき、茂治がストレッチャーに乗せられていた。
「「お、おとさん!?」」
「ああ、本田さんのお子さんかね!? お父さんが急に倒れてしまったので、今から緊急手術をすることになった!」
「え……お、おとさんは助かりますよね!?」
大地は医師に詰め寄るように話すが、医師は「全力を尽くす」としか言わない。
そのまま手術室に運び込まれる茂治。
吾郎は真っ青な顔になって大地に「おとさんは助かるよね!?」と言うが、大地は何も言えなくなっていた。
(おとさん……これでも間に合わないのか……? おかさんのときみたいにおとさんまで奪うのか……神様……!)
大地は精一杯やっていた。彼なりに一生懸命やっているが、それでも抜け落ちている部分は多い。
それに気付くのはもっと──そう、もっと先のことになるのだが、今の大地にはおとさんが助かるように祈るしか出来ない。
数時間経った頃。「手術中」というランプが消え、医師が手術室から出てくる。
大地と吾郎は出てきた医師に手術の結果について詰め寄る。
「「おとさんは!? おとさんは助かったの!?」」
「……申し訳ございません。全力を尽くしたのですが……」
「「……え?」」
(……え? ……嘘だろ? だって……原作よりも早く病院に行ったじゃんか……。早く行けば助かるんだろ!? ……嘘だって……嘘だって言ってくれよ!)
大地は医師の言葉を信じることが出来ず、床に座り込んでしまう。
吾郎は呆然としながら、ふらふらと茂治のところへ近付いていく。
頭の中では千秋が亡くなった際の出来事がフラッシュバックしていた。
◇◇◇◇◇◇
「ねえ、おとさん。おかさんはいつ起きるの?」
吾郎は茂治に抱っこされながら、千秋がいつ起きるのかを聞いている。
大地はその横で茂治に頭を撫でられているが、俯いて涙を流すだけだった。
「おかさんはもう起きないんだ、吾郎……」
「え!? どうして!?」
「おかさんは死んだんだ。死んだ人はもう目を開けることもなければ、喋ることもしないんだ……。
でもな……おとさんは悲しくなんてないぞ──悲しいわけないじゃないか……。おかさんとは、ほんのしばらくお別れするだけなんだ。
おとさんと大地、吾郎が一生懸命生きていけば──」
────いつかまた天国で必ず会えるから……
茂治は涙を流しながらも気丈に振る舞い、大地と吾郎に不安を抱かせないように優しく話す。
吾郎は”死”というものを理解してはいなかったが、千秋とこれでお別れになるということは分かったのか涙を浮かべていた。
「さ……大地、吾郎。おかさんとしばらくお別れの握手をしよう」
「おかさんの手……冷たいね」
「おかさん……また……ね」
吾郎と大地は千秋の手に触れて、最後のお別れをする。
吾郎の千秋の手が冷たいという言葉に、茂治は「天国に行った人はみんなこうなるんだ……」と話していた。
◇◇◇◇◇◇
「おとさん……ねぇ起きてよ……」
吾郎は手術台の上で横になっている茂治に近付き、手に触れる。
少しずつ失われていく茂治の体温に、吾郎は千秋の死の場面を鮮明に思い出してしまい、思わず尻餅をついてしまう。
大地は吾郎に声を掛けなきゃと思っているが、身体が動かず、目から溢れてくる涙を抑えることが出来なかった。
(俺が……こんなときこそ俺がしっかりしなきゃいけないのに……。なんで身体が動かないんだ。なんで涙が止まらないんだ。
──俺が、兄である俺が吾郎を支えなきゃいけないのに……!)
◇◇◇◇◇◇
雨の
そこには本を読みながら
『早朝からお邪魔して申し訳ありません』
『なんだ? テキサス行きのチケットは取れたのか?』
日下部に話し掛けられても振り向くこともなく淡々と話す男。
しかし、日下部は自分の一存で勝手なことは出来ないと話す。
700万ドルも払った助っ人にたったの一敗で帰国されては、自身のクビが飛ぶからだ。
『今日は何が不満なのかの話を伺いに来ただけです』
男はふんと鼻を鳴らすと本を閉じて立ち上がり、雨が降る景色が見える窓へ歩いていく。
『まったく……昨日は信じがたい悪夢を見させてもらったよ……。最高に胸くそ悪い夜だったぜ。
俺はベースボールをやりに来たんだ……だが、
日下部は昨日の試合を思い出し、バント攻撃のことかと男に聞く。
男は笑いながら、そんな言葉があること自体がクレイジーだと答える。
『残念ですがミスター……あれが日本のベースボールです』
点を取るために最も確率の高い方法を使って全員で協力していくこと、そのためには選手は監督の命令を拒否できないこと。
選手、監督はオーナーの駒としてチームを、会社を勝利させなければならないと伝える。
『……それでファンは喜ぶのか?』
『ええ……
『……話にならんな』
『ですがミスター。少なくともあなたの昨日のピッチングは、十分に日本のファンを痺れさせたはずです!
それをたかがバント攻めに屈して帰ったら──あなたはただの160km/hを出した”腰抜け大リーガー”として日本人の記憶に残るだけですよ!』
たかが6ヶ月。プロなら報酬分の仕事はしてから帰るのが
男はそれに対し怒りを滲ませるが、日下部の携帯に着信が来たため話が中断する。
「……え!? そ、それは本当ですか!?」
日下部は驚き、何度も確認するが間違っていないことが分かり、絶望したような顔で電話を切る。
そして顔を青くしたまま、男に話しかける。
『ミ、ミスター……』
『なんだよ』
『き、昨日あなたがデッドボールで当てた……横浜の選手が亡くなったそうです……!』
(な……!? なん……だと……!?)
◇◇◇◇◇◇
桃子はいつものように朝から洗濯を干していた。
電話が鳴ったため、中断し電話に出る。
「はい、星野です」
「早朝から恐れ入ります。三船救急病院ですが、星野桃子さんはいらっしゃいますでしょうか?」
「はい。私ですが」
「ありがとうございます。星野さん、本田茂治さんという方はご存知でいらっしゃいますでしょうか?」
「は、はい」
「じ、実は──」
桃子はあまりの出来事に話の途中で受話器を落としてしまう。
床にへたり込み、呆然としていると一緒に暮らしている美樹が何事かと声を掛ける。
「ちょっと桃子! どうしたの!?」
「……ほ……本田さんが……」
(そ、そんなことって……本田さん……!)
何回も書き直したのですが、私の表現力ではこれが精一杯でした。
足りない部分は、、皆様の想像力で補完していただけたら幸いです。
また、この物語(吾郎side)では茂治が亡くなるのは決まっていました。
私にとってもこれは苦渋の決断でした。
もし沢山のご要望があるのであれば、吾郎sideでの別話として"茂治生存ルート"を書いても構わないと思っています。
※感想欄に書くと規約違反になるかもしれませんのでお気を付けください。
『MAJORで寿也の兄になる』という作品も掲載しておりますので、下記から併せてご覧いただけますと幸いです。
https://syosetu.org/novel/216813/
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