(や、やはり
しかしスローボールでは完璧に芯でとらえて、理想的なフォームによる体重移動がなくてはとてもあそこまでは飛ばない。
体重や腕力のある大人ならともかく、この子達はまだ9歳だ。なのに場外ホームランにできるということは、この子達はすでに9歳にして完璧なバットコントロールとバッティングフォームを身に付けているんだ。
これで身体が出来てきたら……この子は父をも超えるプレイヤーになるかもしれん!)
安藤は、大地と吾郎の才能にかなり驚いていた。
それもそのはずだ。ここまでの資質を持った小学四年生を見たことがないからだ。
茂治の遺伝子を確実に受け継いでいるであろう2人に対して、この試合を勝利に導いてくれるのではと期待してしまうのであった。
「いやぁ、まいったまいった。あんな小さい子供達にホームランを打たれるとは思わなかったよ。ちょっと手加減しすぎたかな?」
「て……手加減しすぎだ! グラウンドがかかってるんだぞ! 万一負けたら承知せんぞ!」
「沢村さん、焦りなさんな。すぐに逆転しますよ。第一、あのショートの子に最後まで手加減しろって言われちゃってるんで、なかなか本気は出しづらいですよね」
笑いながらベンチに戻る商店街チームに檄を飛ばす沢村父。
沢村父本人から手加減をしろと言った手前、なかなか言いづらいと思っていたのだがそうではなかったようだ。
「遅い球だと逆に打てないかもな」と笑う監督に対し、商店街チームも「いつも速い球しか打ってないからなぁ」と話に乗ってくる。
しかし、キャッチャーミットに収まる大きな音が聞こえたので、マウンドを見ると吾郎が投球練習をしていたのであった。
「お、あの坊や、エースで4番か! かっくいーねぇ!」
「でも今、結構いい音がしなかったか?」
「え? そうだっけ?」
ヘラヘラしながら吾郎が振りかぶっている姿を見ている商店街チーム。
吾郎が投げて、ボールがミットに入った瞬間、大人達だけでなく三船リトルのメンバーも全員黙ってしまった。
小森は「ナイスボール!」と言って投げ返す。
「確か……小学生……だよな?」
「いや……背の低い高校生……だろ? ……多分」
苦笑いで現実が受け止めきれない商店街チームのメンバーはふざけたことを言うが、実際に何度見ても変わらない
そして投球練習も終わり、1番打者がバッターボックスに入る。
(おとさん……俺達にもやっとこの日が来たよ。おとさんに憧れて今まではずっと大地と野球をやってきたけど、これからは本当の
吾郎は振りかぶって第一球を投げる。
ボールは内角真ん中を通り、ストライクとなる。
安藤はその姿を見て、これが本当に四年生の投げる球なのかと驚いている。
「こういうのを天才野球少年っていうのか?」
「こりゃあちょっとはやりがいがありそうだな」
吾郎は2球目を外角低めに投げ、バッターは見逃してツーストライクとなる。
球が速いだけでなく、コントロールも良い吾郎にバッターは警戒し、元々いた三船リトルのメンバーは自分達とのレベルの差を痛感していた。
第3球もストレートを投げるが、バッターにカットされてファールとなる。
(1番打者だもんな……さすがにそう簡単に三振はしねーか)
ベンチでは追い込まれているバッターに対してからかうような発言が多く、本人も苦笑いで「うるせーな」と話していた。
吾郎は自分のボールに自信があるのか、強気に攻めようとする。
しかし小森が1球外すようにサインを出した。
(え? ここで1球外すの? ……仕方ないか)
事前に大地から小森のサインは絶対に無視するなと強く言われていたため、吾郎は渋々1球外す。
カウントはワンツー。ここで小森がスローボールのサインを出す。
実は変化球を覚えてこなかった吾郎に、大地がフォームを崩さずにそのまま投げられるように教えた球種であった。
(このくらいのスピードなら、俺らは普段から打っているん……だぁ?)
ストレートのタイミングでバットを出していたバッターは、急に投げられたスローボールにタイミングが合わず空振り三振となる。
吾郎は「よっしゃあ!」と言ってガッツポーズを取り、大地も「ナイス吾郎!」と褒める。
「なんだ? あんな遅い球に引っかかりやがって!」
「あ……ああ」
「どうしたんだ? あれが何か変化でもしたのか?」
「いや……本当にただの遅いストレートだったんだが、速球との球速差で全くタイミングが合わなかったんだよ」
吾郎を見つめながら話す1番バッター。
そのことを聞いた2番バッターが、たかがストレートしかないんだったら簡単に打てるだろと鼻で笑ってバッターボックスに入る。
吾郎は2番打者に対して初めからストレートを投げる。
初球から狙っていたため、ボールはライトに飛んでいき前原が捕球してヒットとなる。
(ほら見ろ! 速い球だけ狙っていれば簡単に打てるんだよ!)
商店街チームもヒットが出て盛り上がり、続いて3番バッターが打席に入る。
ヒットを打たれて舌打ちをした吾郎に、小森が声を掛ける。
「吾郎君、どんまい! 次の打者集中しよう!」
「……だね! 分かった!」
深呼吸をした吾郎に小森は1球
吾郎も理由が分からなかったが、小森の指示に従いボールを高めに投げたところでランナーが走る。
だが、小森がすぐにセカンドに投げ、矢のような送球──小学生にしてはだが──を大地が捕り盗塁を阻止する。
「アウト!」
「……くそ! バレていたか!」
「おじさん達、もっと手加減してよ。本気でやられて点をたくさん取られたら、試合にならなくなっちゃうじゃん」
大地はランナーを挑発した言葉を言い、そのまま吾郎にボールを渡す。
小森はその光景を見て、驚きを隠せないでいた。
(大地君の
実は試合前に大地は色々と動いていた。吾郎に小森のサインに絶対に従うように言ったこともそうだが、小森にもサインを出すのでその時は絶対に指示に従ってくれとお願いしていたのである。
この時期の吾郎はヒットを打たれたりすると崩れてしまう傾向にあったため、チームの全員に頼ることが出来るようになるまではなるべくフォローをしようとしていたのであった。
「あら……もう始まってるのかしら?」
自転車に乗って桃子が土手までやってきて、三船リトル側のベンチに向かう。
そして安藤と目が合い、軽く挨拶を交わす。安藤とは茂治の葬儀以来だったが、お互いに顔は覚えていた。
「あら? あなたはもしかして清水さん?」
「あ、はい!」
「はじめまして。大地と吾郎の母です。いつも2人がお世話になってありがとうね」
「い、いえ! こちらこそです!」
清水と初対面の挨拶をした桃子は、安藤に試合の様子を伺う。
4対0で勝っていて、ツーアウトでランナー無しの状況ではあったが、安藤は心配そうな顔をしていた。
「あら? 安藤さん、何か心配事でもあるのですか?」
「いえ、あの……吾郎君は本当にすごい球を投げます。あの歳で中学生並みのストレートが投げられるのは本当にすごいです」
「……もしかしてそれだと相手チームには通用しなかったりするのですか?」
「……おそらくですが。相手は市の大会で準優勝するくらい強いチームなので、吾郎君のストレートは打ちごろの速さなんです。
今のところは上手い具合に抑えていますが、これも長続きはしないでしょう。できれば彼にはリトルのちゃんとした環境で、ちゃんとしたデビューをさせてあげたかったです……」
桃子はその言葉を聞いて少し考え込むが、すぐに「多分大丈夫だと思いますよ」と安藤に話す。
安藤は理由が分からなかったので、なぜかを問い掛けると、
「
「は、はぁ……確かに大地君も吾郎君に劣らずの実力を持っていますが──」
「──大地の良さは
笑顔で話す桃子に半分納得していない様子の安藤だったが、その話をしているうちに1回裏の守備が終わっていた。
3番打者は三塁にライナーを打ち、サードの夏目は驚いてグラブで弾いてしまうが、カバーに入っていた大地がすぐにボールを拾ってファーストに投げてアウトになる。
「本田兄、ごめん……」
「え? 今のアウトは夏目君がボールを逸らさないでいてくれたからだよ! ナイス!」
「う、うん!」
夏目は大地に気まずそうに謝罪したが、夏目を褒めることによってエラーした罪悪感を帳消しにした。
前原含めたメンバーも夏目と大地のところに集まって、プレーを褒める。
「みんなありがと。でもね、今日はみんな活躍してるよ! 長谷川君や前原君だって最初の回でちゃんと打者として仕事したし、吾郎のピッチングや小森の盗塁を刺したボールだってすごいよね! チーム全員の活躍だよ!」
「「「……そっか! たしかに! 本田弟と小森もナイス!」」」
吾郎や小森も褒められて満更でもない顔をしながらみんなでベンチに戻っていく。
桃子はそんな様子を見ながら、安藤に「ほら! ああいう良いムードになると勢いが出るんですよ」と言い、その光景を見て安藤も笑みを浮かべて納得していた。
「じゃあ2回表だ! でも始まる前にみんなに言いたいことがある!」
大地が円陣の真ん中に立って、なぜかキャプテンみたいなことをすることになったが、それならばと今のうちに全員に言いたいことがあると言い出す。
吾郎も含めて何事か分からなかったので、全員が首を傾げていると、
「ずっと俺と吾郎のことを本田兄、弟って呼んでるけど、これからは大地と吾郎って呼んで! せっかくチームメイトになれたんだからさ!」
自分達のことを名前で呼んで欲しいという大地に対してみんながポカンとしていたが、すぐに清水と沢村が笑い出して「分かったよ、大地! 吾郎!」と呼びはじめたのをきっかけにして、全員が名前で呼び出す。
こうしてチームが盛り上がりながら、次の回に向けて気合いを入れるのであった。
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