5回裏。
5対1で三船リトルが勝っている状況で、ピッチャーが吾郎に代わり大地が投げることになった。
吾郎は市の大会で準優勝した商店街チーム相手に、5回1/3までで1失点という好投を見せた。
(よし。吾郎、今までよくやったな。後は俺に任せろ)
ライトで雨に濡れながらも疲れ切っている吾郎を軽く見たあとに、マウンドから9番バッターを見る。
大地はなるべく時間を取って、吾郎の体力を少しでも回復しようとは考えていた。
ただ、雨が降っているのであまり長引くと、それはそれで吾郎の負担になるので時間の調整はきっちりしないといけない。
内野陣がマウンドに集まってきてくれているので、大地から全員に話す。
「みんな。俺は打たせて取るタイプの投手だから、結構頼ってしまうことあると思うけどよろしくな」
「おう! 大丈夫だ!」
「だな! 任せろ!」
「吾郎ばっかりに良いとこ譲りたくないからな!」
「みんなでフォローして行こう!」
「じゃあ……大地君。1点はあげてもいいから、確実にアウトを1つずつ取って行こう!」
全員がポジションに戻っていき、大地は笑顔で外野の全員を見た。
ライトの吾郎、センターの沢村、レフトの清水。全員と目を合わせて、なんとか抑えたいと感じる。
「プレイ!」
プレイが再開して、第1球。大地は低めにボールを意識してオーバースローで投げる。
真ん中低めに決まり、ワンストライクとなる。
(ふむ。さっきのピッチャーと違って、スピードは無いな。100km前後ってところか)
バッターは完全に油断していた。2球目もストレートで、今度は内角低めに投げ込む。
バットにボールが当たるが、ファールとなる。
そして次のボール。大地は同じフォームでストレートを投げた────と見せかけて、大地の手から放たれたのはスローボールだった。
「くっそ!!! またこれか!」
吾郎にスローボールを教えたのは大地なので、同じ以上の精度で出来ないわけがなかった。
重要なのは同じフォームからどれだけ遅いボールを投げられるかなので、吾郎と一緒に何回も練習をした。
これであればストレート投げるときと同じく、肘にも肩にもあまり負担はないので極めれば相当重宝する。
小森からボールを受け取り、自分でもボールを拭く。そしてロージンバックを手に付けて滑らないようにした。
「よっし!
「「「「「おー!」」」」」
大地の号令に全員が応え、次の1番バッターをみる。
特にやることは変わらないので、低めに制球をして打ちづらいようにしていく。
(くそ。球はそこまで速くないのに、打ちづらいな)
初球を見逃しストライク、2球目は外してボール。
そして3球目、4球目と外角低めに投げてファールとなり、ワンツーとなる。
丁寧に投げているため、バッターにとってはとても打ちづらいボールになっていた。
そして第5球目。大地はスローボールを投げる。
バッターは待っていましたとばかりにきちんと溜めてから打とうとするが、それでも待ちきれずにバットを振ってしまう。
ボールは大地の前に転がっていき、大地は捕球をしてファーストに投げてチェンジとなる。
「「「「大地! ナイスピッチング!」」」」
みんなの声を聞きつつも、ライトに走っていき吾郎を支える大地。
ゆっくりベンチに戻っていき、吾郎を座らせる。
「ご、吾郎。大丈夫?」
「はあ……はあ……」
「母さん、一応ギリギリまでここで休ませてから、打席に立ってもらうつもりだよ。あのピッチャーのカーブを最初に打つのは吾郎だからね」
「はあ……当たり、前……だろ……」
息を整えながらも、大地の言葉に返事をする吾郎。
少しずつ落ち着いてきたところで、投球練習が終わり、審判から
吾郎は息を整えてからヘルメットを被ってバットを持ち、ゆっくりと歩いて行った。
(あんなボロボロに疲れて……あの坊やはそれでもまだ打席に立つっていうのかいな。
ふっ。それなら俺も全力で相手をしないと失礼だな)
ピッチャーは軽く笑い、吾郎を見つめる目が真剣そのものに変わる。
途中の回からはピッチングに関しては本気で投げていたが、気持ちまで真剣にやっていなかったのだ。
ピッチャーの雰囲気が変わったことで、残りの野手も空気を感じ取り真剣な顔つきに変わる。
吾郎がバットを構えてボールを待つ。
ピッチャーが初球を投げるが外角高めに大きく外れる。
「あ、あぶねーな! どこに投げてんだよ!」
「わ、わりーわりー。ちょっとタイムね」
キャッチャーに怒られたピッチャーがタイムを取ってベンチに一回戻る。
監督が「どこかを痛めたのか?」と聞くが、タオルで手とボールを拭きに来ただけだと答えていた。
「なんだ。このまま終わらせるつもりはないのか?」
「ええ。あんなに野球に真剣なガキに対して、大人の俺らがきちんと受け止めてやらないかんでしょう。ですよね、沢村さん?」
「ん……、あ、ああ。そ、そうだな」
ロージンバックも持っていき、マウンドで軽く付けてからプレイが再開する。
第2球にカーブを投げ、吾郎は手を出せずに見送る。
「ストライク!」
「す……すげーカーブだ……」
「ちくしょー! あんなの本当に打てんのかよ!」
「
(あのバカ……あんなに真剣に投げやがって。ここまで来たらもう終わりにしてもいいだろうが)
(……って監督は思っているんだろうね。でもな、自分の夢を掴むために向かって来るやつには手加減は無用なんだぜ! なぁ坊や!)
ピッチャーの第3球のストレートを見逃し、第4球のストレートを吾郎はカットする。
カーブが来るかもしれないと思うだけで、ただのストレートでも緩急をつけたボールはなかなか打ちづらいのだが、吾郎は必死に食らいついていく。
そして第5球のストレートをカットされたところで、カーブを待っていることに気付く。
(へぇ。この坊やはさっき打てなかったカーブを要求してんのかい……いいだろう。俺のカーブを打てるもんなら、打ってみやがれ!)
(……くる!!)
ピッチャーが大きく振りかぶり、カーブを投げる。
吾郎はカーブが来ると予測し、きちんとボールを引きつけてから曲がった先に合わせて思いっきりバットを振る。
カァンと大きな音を立ててボールはセンターに飛んでいく。
「センター!! 走れ! 捕れるぞ!」
センターも必死になって追い続け、最後フェンスにぶつかりながらもジャンプをして手を伸ばす。
しかし、ボールはその上を越えていき、ホームランとなった。
「よぉぉぉぉし!!」
「やったぁぁ! 吾郎がカーブを打ちやがった!」
「「「うおおおおお!」」」
大地、沢村、他のメンバーと次々に声を上げていくが、吾郎はその歓声に応える余裕はなく、ゆっくりとベースを1周して帰って来た。
ベンチに戻って椅子に座りながら、全員から祝福を受ける吾郎。
ヘルメットを被った大地が現れると2人とも笑い合う。
「次は大地の番だぞ」
「へっ! 任せろ!」
そう言って打席に向かっていく大地。
商店街チームのピッチャーは呆然としていたが、キャッチャーに話しかけられると帽子を深く被り直し、軽く笑いながら「次のやつは絶対に抑えるぞ!」と気合いを入れ直す。
(まさか……俺のカーブが打たれるとはね。だが、次のお前だけには絶対に打たせないからな)
大地に対して、初球のサインはまさか先ほど打たれたばかりのカーブであった。
ストレートが打たれているので、初球からは投げられなかったのである。
しかし、それは大地に読まれていた。初球を狙い大地はカーブを思いっきり振り、レフトフェンスを越えてホームランにしたのであった。
「……だ、大丈夫か?」
「……まさか俺のカーブが小学生のちびっ子2人にも打たれるなんてな。才能とは恐ろしいもんだねぇ」
大地と吾郎の才能と実力は、この場にいる全員が認めるものとなり、ここまで打たれたらもはや笑うしかなかったのである。
この回はそのあと凡退に終わり、最終回の守備が始まる。
◇◇◇◇◇◇
大地は投球練習を終えて、2番バッターからである。
スローボールを交えた配球に手も足も出せず、2番、3番と三振となり、最後の4番バッターがバッターボックスに入った。
(あと1人か……それなら
初球、インコース低めにストレートを投げるがファールとなり、ワンストライク。
2球目は外角低めに一旦外して、ボール。3球目にスローボールを投げ、意表を突かれたバッターは空振りをする。
(ここでスローボールだと……? 追い込んだはいいが、もう俺にはストレートはどっちも通用しないぞ!)
バッターは両方のスピードに合わせられる自信があったため、確実に打てると思っていた。
そして第4球目。大地は初めて自分から小森にサインを出した。
(え……
小森はより真剣な目になり、ミットを構える。
大地は笑いながらも、自分がこれから投げるボールを見て周りが驚いてくれたら嬉しいと思っていた。
振りかぶり、大地はボールを投げた。
(スローボールか……い、いや違う! カーブか……!? なんだこの変化は!!!)
バッターは初めて投げられた変化球、しかもカーブの軌道とも少し違った曲がり方をするボールに当てることが出来ず空振りする。
小森は必死にボールを見て、上手くキャッチャーミットに収めたのであった。
「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!!」
その瞬間、三船リトル全員が喜び、大地のところへ駆け寄る。
大地もマウンドで大きく両手を上に上げてガッツポーズをするのであった。
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