第一話
「じゃあね、次は由香ちゃん! 大人になったらどんなお仕事したいかなぁ?」
「んーと、んーとぉ……せんせい!!」
「へぇ……由香ちゃんはせんせいになりたいんだ。じゃあ吾郎くん!」
「オレ? なんだ。せんせ、知ってるじゃん。
おとさんと同じプロ野球選手だっていつも言ってるじゃーん!!」
吾郎は野球グローブに軟式ボールを合わせながら、笑顔で答える。
「そっか、吾郎くんは本当に野球が好きなのね」
吾郎はおとさんである本田茂治を心の底から尊敬しており、自身も野球選手になるのが当たり前だと思っていた。
そして双子の兄である本田大地も同じ気持ちで野球選手を目指していた。
「あったりまえじゃん!」
「じゃあ、せんせいと野球はどっちが好き?」
担任である桃子先生の突然の質問に吾郎は顔を真っ赤にして俯く。
これは仕方ないことである。桃子先生は幼稚園の中でも若い先生であり、その美貌から園児だけでなくその父親までにも人気であったから。
「あ、ゴロちゃん赤くなった。せんせの方が好きなんやー」
友達にからかわれて「ち、ちがわい!!」とムキになって否定をして持っていた軟式ボールを投げる吾郎。
従来であれば少年に当たって、泣く場面のはずだったのだが。
「吾郎。軟式ボールを投げるのは危ないよ」
兄である大地が咄嗟に捕って、友達にぶつかるのを防ぐ。
吾郎は「だってこいつがさー!」と言い訳しているが、大地には分かる。
(せんせも好きだよ。だって死んだおかさんに似てるもん)
きっとそう考えているのであろう。大地も双子の兄として、桃子先生に対して母と似ているが故の感情は持っている。
それは転生前に何歳だったからということは関係ない。
母への愛情は何歳になったとしても決して失われるものではないのである。
◇◇◇◇◇◇
「さよなら! せんせーっ!」
「また明日ね、よっちゃん!」
幼稚園の迎えの時間となり、みんなが帰っていく。
そんな中、最後まで吾郎と大地は残って壁当てをしている。
「ツーストライク! いくぞ!大地!」
「よし来い!」
「ピッチャーふりかぶって第三球──投げました!」
ボコン!!
大地が振ったバットは空振ることになり、ボールは壁に当たる。
「ストライーーク! バッターアウトーっ!」
桃子先生が箒を左手に持ち、右手を大きく上にあげてサムズアップをする。
大地は空振りしたことが悔しくて、歯を喰いしばっているが、吾郎は納得した顔をしていない。
「ダメだよ! 今のは大地が空振りしたけど、ど真ん中だもん!」
「へえ……ちゃんとコースにいかないといけないんだ?」
「おとさんが教えてくれたのさ。『ばーちゃんトレーニング』っていうんだ。ツーストライクからはちゃんと枠の外にある三角のとこにいかないと、ヒットかホームランなんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「でも俺を空振り三振にしたんだから良いじゃんか」
桃子先生に一生懸命に説明する吾郎に兄である大地は嗜める。
吾郎はおとさんである本田茂治の教えを素直に受け取って、空振りしてもダメだと訴える。
「でもなんでばーちゃんトレーニングっていうかわかんないんだよね」という吾郎に、『バーチャルトレーニング』だし、そもそも俺がバッターで立っているんだからバーチャルではないぞと大地は思うが突っ込まない。
本田大地──前世名、依田龍一 ──は生まれて物心ついてからは、周りから大人っぽいと言われつつも転生者とバレないように子供の振りして過ごしている。
弟の吾郎はそんな双子の兄を尊敬しつつ、さらに上の尊敬するべき父である本田茂治のいうことを忠実に守るくらいの素直さを持って健やかに成長していた。
◇◇◇◇◇◇
「たぁっ!」
「いくぞ!」
吾郎と大地は公園の広い滑り台を駆け足で逆走していた。
13本の手すり付きが両端についており、 2人は登り切ることを目標にしてダッシュしていた。
「ねぇ、あの子たち。あれを登る気みたいよ」
「5歳くらいかしら? まだあの子たちじゃあ登れないわよね。あの坂は」
近所のママさんたちが笑いながら見ている中、大地と吾郎はもうダッシュの末に登り切っていた。
「え、嘘でしょ?」と絶句するママさん達だが、大地が吾郎の兄として転生してからトレーニングの誘導を行っているため、原作より筋力と体力が今後の成長の妨げにならない程度に育っていた。
次は渡り棒に行く。ここはもう何回も腕のみで渡り切っているので、今日も訓練の1つとしてやっているのだ。
「ね、てっちゃん。この公園広いでしょ? たまたま見つけたんだ!」
「おお、そだな。周りの団地に隠れていて今まで知らなかったぜ。こんないい場所。ここなら思いっきり蹴れるぜ!」
急に小学生の少年達が入ってきてサッカーを始める。
蹴ったボールが木に当たり、近くにいた子連れの女性に当たりそうになる。
「危ないでしょ!」という声にも耳を貸すことないサッカーに夢中になっている少年達に対して、公園にいた主婦や小学生の女の子までが軽い恐怖や苛立ちを覚えて帰っていく。
そんな中、吾郎と大地は周りを気にせずに渡り棒を腕のみで渡る訓練をしていた。
少年達は渡り棒をPKのゴールとして使おうと目を付けたが、2人が邪魔なため退かそうと悪い顔になる。
(よし! 今日も渡り切るぞ! おとさんにちゃんと出来たって言うんだ!)
先に渡り切った大地に続いて、吾郎も渡り切る寸前まで来たところでサッカーボールが飛んでくる。
このままでは吾郎の腕に当たり、渡り棒から落ちてしまう。
(危ない!)
大地は咄嗟に持っていたグローブをサッカーボール目掛けて投げつけて、吾郎に当たらないように軌道を逸らす。
その間に吾郎も渡りきり、安心したところで、
「おいおい。俺らのサッカーボールに何してくれてるんだよ」
「お兄さん達がうちの弟にサッカーボールを当てようとするからでしょ」
「は? 最近のクソガキは口の利き方を知らないらしいな」
少年達は大地と吾郎を囲み、今にも襲い掛かろうとしている。
流石に小学生相手に4対2では分が悪いため、逃げようとしたところで、
「ふざけんな!」
「はう……!」
吾郎が小学生のリーダー格に突っ込んで行き、急所に頭突きをする。
大地は、今がチャンスだと考え、吾郎を連れて走って逃げる。
「あ! 逃げるぞ! 待てぇぇ!!」
残りの小学生達が追い掛けてくる。
公園の入り口に着くところで、小学生に捕まってしまった。
「お前ら、いい度胸してるじゃねぇか」
「お返ししてやるぜ!」
そう言って少年達が襲い掛かって来ようとしたときに、
「何やってんの! あなたたちーー!!」
「やべ! ……ちっ、行こーぜ!」
不意に女性の声が聞こえて、少年達は焦って逃げてしまった。
吾郎と大地は桃子先生の姿を見て安心して、座り込んでしまった。
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