「もう。びっくりしたわよ。大地くんと吾郎くんが小学生にいじめられているんだもん」
「い、いじめられてなんかないよ! ケンカしてただけだよ!」
「いやいや吾郎。さすがにあれはケンカしても勝てないでしょ」
桃子先生が助けてくれたおかげで2人は怪我なく帰ることが出来た。
何かあっては危ないと、桃子先生が一緒に帰ってくれて現在カレーを作っている最中である。
父である本田茂治が遠征で家にいないため、食事を心配した桃子先生がわざわざ作ってくれているのだ。
大地は料理が出来るので断ることもできたが、楽できるに越したことないと何も言わなかった。
吾郎は単純にカレーが食べたいだけである。
「ダメでしょ、ケンカしちゃ。先生、理由は何でも暴力振るう子は嫌いよ!」
大好きな桃子先生に格好を付けたが、叱られてしまい黙って俯いてしまう吾郎。
そんな吾郎の頭を撫でて、
「でも桃子先生。吾郎は俺を助けてくれたんだよ。そこだけは褒めてほしいな。吾郎がいなかったら、俺危なかったかもしれないもん」
「……そっか。お兄ちゃんを助けようとしたんだね。吾郎くん偉いね。でもなるべく暴力はやめてね。吾郎くんが怪我してしまうのは、先生が嫌だし怖いから」
「う、うん! 分かった!」
「じゃあカレー食べよっか!」
「うん! カレー食べたい!」
大地がうまくフォローしたおかげで、微妙な空気になることもなく夕食を食べることが出来た。
食事中に茂治が母の千秋が亡くなったことをきっかけにして、無理な練習をしてヘルニアになり、現在二軍にいること、でもすぐに一軍に上がって三振をたくさん取るんだ!と吾郎が泣きながら話す場面もあったが、
「話してくれてありがとう。先生嬉しいわ。これからも辛いことがあったら、どんどん先生に言ってほしいな!」
と優しく話してくれたお陰で、また明るい空気で食事を再開することが出来た。
20時半過ぎに桃子先生は帰る支度をして玄関に向かっていた。
「じゃあ先生帰るね。お風呂沸かしてあるからちゃんと入って、寝る前に歯も磨くのよ」
「はーい。先生ありがとう」
「わかってるよ!」
桃子先生は心配なのか、玄関の扉を閉めるときにも、「ちゃんと鍵を閉めるのよ」と言っていたが、吾郎に「しつこい」と怒られてしまう。
吾郎も大地も父がいない生活に慣れてきているので、そこら辺はしっかりしている。
吾郎はたまに忘れるが、それは大地がきちんとフォローしているので問題ないのだ。
鍵を掛けて歯を磨き、お風呂に入ったあとは2人で寝る準備だ。
布団を敷いて、朝の目覚ましもしっかりとセットする。あとは寝るだけなのだが、
「今日はおとさんから電話無いね。いつもなら遠征先から電話してくれるのに」
「そうだな……まぁおとさんも忙しい日もあるさ」
「そっかぁ。まぁいいや。大地、もう寝よ」
「うん。おやすみ」
(今日はあの日か……)
そう考えながら、大地は夢の中に入っていくのであった。
◇◇◇◇◇◇
『マリンスターズ、ピッチャー森田に代わりまして──本田、背番号44』
「おとさんだーーーーっ!! おかさん! 出たよ、おとさん!」
「こら、立ったら後ろの人、見えないでしょ。大地と一緒に座りなさい」
「おかさん、吾郎が興奮するのは仕方ないよ。すぐ大人しくなるって」
茂治は打席に立っていた松居を空振り三振に仕留めて、ゲームセットにした。
試合後、茂治は喜ぶ家族のもとに駆けつけ、吾郎にハグしていた。
吾郎は喜んでいたが、大地は浮かない顔をしていた。
「おめでと……おとさん」
「うん……もう
吾郎はそんな茂治に「プロは一軍に上がってからが大変なのさ。そんな甘い世界じゃないぞ」とテレビでコメンテーターがよく言っているセリフを並べたてて挑発している。
茂治は「どこで覚えた、そんなセリフ」と言っているが、勝てた嬉しさの方が上らしく、苦笑いをしていた。
おかさんである千秋はその姿を大地と手を繋いで微笑んでいたが、急に頭を抑え始めて倒れてしまった。
「おかさん……?」
「どうした千秋!?」
「……」
千秋は倒れて救急車に運ばれたが、そのまま帰らぬ人となってしまった。
大地は…大地だけはその光景を事前に知っていたが、救おうと動くことが出来なかった。
それは精神的にも肉体的にもまだ未熟な子供であるからとも言えるが、一番は歴史の修正力だ。
過程がどうあれ、人の死は結果が変わることはそうそうない。
それこそ神に微笑まれたことがある人物でない限り。
だから大地はその前に母である千秋に色々と教わっていて、千秋も死期を感じ取っていたのか、大地に色々と仕込んでいた。
──まだ幼い大地にはあまりさせてもらえてはいなかったのだが。
◇◇◇◇◇◇
「おかさん!」
吾郎と大地は同じ夢を見ていたようで、同じタイミングで目が覚めた。
2人は目を合わせたときに、お互いに泣きそうな顔をしていたが、涙を流すのだけは我慢していた。
双子として生まれたから、互いの考えがある程度分かる。
そのとき、不意に玄関のドアノブが乱暴に何回も回される音がする。
大地と吾郎は驚いてしまい、お互いに手を繋ぐが大地は誰だか分かったためすぐに冷静になり、吾郎を落ち着かせる。
「わ、悪い人かな?」
「いや、うちの鍵を持っているのは俺ら以外だと1人だけだよ」
「……え?」
乱暴に寝室──と言っていいほど広くはないのだが──に1人の男性が入ってきた。
その男は髪もボサボサで、無精髭を生やし、ワイシャツはボタン2つまで開けてかなりだらしない格好をしていた。
何よりも臭いで大量のお酒を飲んだのがすぐに分かるくらいだった。
「お……おとさん! どうしたの? 明日まで遠征じゃなかったの!?」
「どけ!」
吾郎と大地を押し除けて、布団に倒れ込む茂治。
「おとさん! ど、どうかしたの……? ヘルニアになって、お酒やめていたじゃないか! せっかくヘルニアも良くなってこれから一軍だって言っていたじゃん!」
「くっくっく」
吾郎の質問に対して、小馬鹿にしたような笑い方をする茂治。
「な、なんで!?」
「へへ。もういいんだよ、飲んだって。もう俺は野球なんかやらねーんだからよ。お前らももう野球なんてやめちまえ!
30にして嫁さんも仕事もなくしちまうような……こんなやつになりてえか?」
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