「それではもしEチームに勝つことが出来たら、今回参加したメンバーはセレクション合格としましょう」
その言葉にB、C、Dチームの受験生は期待を込めた顔で江頭を見る。
ただし、誰をメンバーに加えるかはAチームが決めることとなっていた。
小森が誰をメンバーに加えるか悩んでいたところ、失格したチームのうちの2人から不参加の申し出があった。
「俺は……止めておく」
「……あたしも。正直言って、彼らには何人いても敵う気がしないわ」
それは新見と香取であった。2人は直接対決をして、完膚なきまでに叩き潰されてしまったせいで心が折れてしまっていた。
(まぁ、仕方ないよね。唐沢君だけでも試合に出てもらえると嬉しいんだけど……)
小森は唐沢を見る。香取の相棒である唐沢も、もしかしたら出たくないと言い出す可能性があった。
不安そうな顔で見る小森の視線に気付いた唐沢が小森に話しかける。
「俺も出ないぞ……と言いたいところだが、万が一にでもこの選抜チームがEチームに勝てたとしても海堂に入らなくてよいのであれば、出ても構わない」
「まぁあくまでセレクションは海堂野球部に入る権利を得るだけだからな。それは好きにするが良い」
北川の了承を得たため、唐沢の選抜チーム入りが決定する。
そして、小森が考えた結果、チームメンバーと打順が決定する。
◇セレクション選抜チーム スターティングメンバー
1番:ショート 泉
2番:センター 山根
3番:キャッチャー 小森
4番:ファースト 唐沢
5番:サード 三宅
6番:ライト 矢部
7番:セカンド 西沢
8番:レフト 高見
9番:ピッチャー 寺門
「よし! それではこれからセレクション選抜チーム対Eチームの試合を開始する!
ルールは先程と同じサドンデス方式だが……Eチームの後攻で始めることとする。またボコボコにされて途中で試合が終わるのも良くはないからな」
「「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」」
大貫の言葉に誰も反対すること無く、Eチームの後攻で試合が始まる。
1回表。セレクション選抜チームからの攻撃で、ショートの泉がバッターボックスに入る。
(うわぁ……
「プレイボール!」
吾郎が初球を投げる。ジャイロボールが外角低めに決まり、ワンストライクとなる。
泉は吾郎の球を打席で見て、外角のボールにも関わらず腰が引けてしまっていた。
しかし、初球は小森の指示で見逃すように言われていたため、泉にとって大切なのは次の球だった。
「バントだ!!」
吾郎が投げようとしたところで、バントの構えを見せる泉。
しかし、吾郎は気にせずにいつものように腕を振り抜く。
内角低めに投げ込まれたボールに泉がバットを持ってくるが──
「ストライクツー!」
「泉がバットに当てられない!?」
「なんやて!?」
横須賀シニア時代から1番打者である泉は、バントが得意であった。
打つことは出来なくても、
そう自信を持っていたのだが、吾郎のボールに対してバットにかすらせることすら出来なかった。
「ストライク! バッターアウト!」
「うっし!
大地はセレクションの試験で変則野球──ここまでおかしくなるとは思っていなかったが──が行われることを知っていた。
その際にバント攻勢が取られる可能性も考えており、吾郎へはあることを伝えていた。
原作での吾郎は、海堂の特待生との歓迎試合で野球に対しての自身の考えを述べていたのを大地は覚えていた。
確かにそれも一理あるとは思っていたが、そんな持論を伝える必要もなくバント攻撃程度をねじ伏せることが出来ないで、江頭が認めるレベルの成績でセレクションを通過することなど出来るわけがないと思っていた。
そのため、自身の気持ちが球の勢いに乗りやすい吾郎には、よりシンプルに伝えることで実践させようと考えていたのだ。結果、バントの構えをしていた泉にかすらせることなく三振に仕留めていた。
2番打者の打順になり、バッターボックスで構える山根。
山根には、小森から2つの指示が出ていた。
もし泉がバントで出塁したのであれば、同じくバント攻撃で攻めるということ。
しかし、泉がバントすら出来ない状況になるのであれば、
(小森……バント攻撃が通じない可能性が高いと思っていたんだな。それであれば、今後敵になるかもしれない本田吾郎の球を見極めようってことか?)
ここまで
しかし、それでも小森も山根も負けるつもりは一切なかった。9人対3人という人数差があれば、少なくとも
あくまで確率論ではあるが、選抜チームは前に転がせば得点になる可能性がある。Eチームは前に飛ばすだけでは得点になりにくい。
その部分でも少なからずプレッシャーを与えられるというのも考えていたのだ。
(なんにせよ、俺か
吾郎がワインドアップからジャイロボールを投げ込む。
山根は全力でバットを振るが、大きなミット音とともにストライクのコールが告げられる。
(は……速い。外から見ているよりも数段速く感じるぞ……!)
山根は冷や汗をかきながら2球目のボールを待つ。
自分でも思っているよりボールの下を振っていることに気付き、次はボール1個分上を振るが、それでもボールの下をバットが通過し追い込まれる。
(ボール1個分上を振ってもまだ当たらないか……)
それならばと今度はボールの2個分上を振る山根。
吾郎の投げられたジャイロボールは山根のバットに当たるも、ファールチップとなり寿也がそのままキャッチして三振となった。
「ストライク! バッターアウト!」
「……くそっ!」
山根は悔しそうな顔をして、バットを地面に叩きつける。
そしてそのままベンチに戻るが、小森とすれ違う際に吾郎達にバレないようにアドバイスをする。
「小森……
その言葉を聞いた小森は山根の方を振り返りそうになったが、せっかく山根が持ってきてくれた
(山根君、ありがとう。絶対に打ってみせるよ!)
直接対決するのは、三船リトルでの練習以来となる吾郎と小森。
2人は笑顔でお互いを見ていた。
まずは吾郎の初球。ジャイロボールを真ん中低めに投げ込み、ワンストライクとなる。
そして、小森は
(……この低さでストライクになるのか。確かに山根君が言っていたことは間違いなさそうだね)
続いて第2球目。外角真ん中に投げられたジャイロボールを小森は振り、ボールに当ててファールとした。
「おいおい……さっきのやつもそうだけど、あのボールに当てたよ」
「俺じゃあ掠る気もしないぜ」
選抜メンバーに選ばれなかったが、試合を観戦していた受験生達が口々に山根と小森に驚く。
しかし小森がボールに当てたのは、この2球目だけではなかった。
3球目、4球目、5球目とファールボールだったが、しっかりとボールに当てていた。
しかも初めは振り遅れていたのだが、徐々にタイミングが合ってくる。
(よし! 次こそ絶対に打つ!!)
そうして吾郎から投げられた第6球。
小森は確実に150km/hのジャイロボールに当てられるタイミングでバットを振るが────
小森がバットを振ってから少し経ったあと、ボールはゆっくりと寿也のミットに入っていったのだった。
「ストライク! バッターアウト! チェンジ!」
(ス…………スローボール……!?)
小森は本日初めて吾郎が投げたスローボールで三振になっていた。
それは小森だけでなく、江頭含めた試験官全員の頭の片隅にも無かった。
吾郎の150km/h超えのジャイロボールが与えた衝撃は、そこまで大きかったのだ。
確かにこのまま
そして、3人しかいないEチームにはその打球を止められる可能性はほとんど無かった。
だからこそ、
小森としては悔しいであろう。なぜならそのスローボールとは、三船リトル時代に吾郎と小森が協力して最高の武器になるまで磨き続けてきた決め球だったからだ。
吾郎のジャイロボールによるストレートが150km/h超えするのに対し、スローボールは同じフォーム、同じ腕の振りにも関わらず80km/hを切るスピードしか出ない。
しかも吾郎のジャイロボールは──山根の判断通り──通常のストレートよりもボール1個半上を振らないといけないが、スローボールの軌道は通常のストレートの軌道と同じため、今までジャイロボールを見ていたバッターにとっては空振りになる可能性がかなり高かった。
結果として、小森が三振するのも仕方がなかったのだった。
そして1回裏の攻撃は呆気なく終わってしまった。
1番打者として入った大地がセンター前にヒットを放つと、2番の吾郎がレフト前にヒットを打つ。
最後には3番打者の寿也が左中間のフェンス越えとなるホームランを放ち、3対0で試合終了となった。
ここまで呆気なかったのは、セレクションのトーナメント戦でレベル違いの活躍を見せていた小森と山根が連続三振をしてしまったという事実に、寺門含め全員の士気が下がってしまったのも原因である。
もしどちらかが打って得点に繋がるようなことになっていた場合、最後の結果は変わっていたのかもしれない。
しかし、結果は結果である。それを覆すことは誰にも出来ないのであった。
◇◇◇◇◇◇
試合終了後、大地達3人は江頭、大貫、北川を含む試験官の前に呼ばれて横一列に並んで立っていた。
周りには帰り支度をしつつも、何が始まるのか気になって見ていた受験生たちが残っていた。
江頭が両手を広げて前に出ながら、大地達に話しかける。
「今日はとても素晴らしかったよ! 3人とも文句なしの合格だ! 初めに話していた通り、特待生として受け入れようじゃないか!
条件としてはそうだね……」
江頭の出した特待生としての条件は破格であった。
入学から1軍昇格でレギュラーが決定であること、入学金や授業料はもちろんのこと、もし寮に入る場合は寮費、そして練習中に使う道具の費用や遠征費なども全て無料。
「あとは、本田君達だが……お母さんと一緒に海堂高校の近くに引っ越してきてはどうかな? 特別に自宅からの通学を認めよう。そして、その引越し料金だけでなく、住まいの賃料もすべて
江頭は海堂附属中学のときに大地と吾郎がスカウトを断った理由を知っていた。
そう。これだけで終わっていれば、大地達は海堂に入学していたかもしれなかったのだ。
江頭はその顔を歪めるように笑いながら話をする。
「ただし……それには1つだけ条件がある」
「……条件、ですか?」
「ああ。それはね──」
江頭は右手を首の前まで持ってきてサムズアップの形を取ったあと、
「今、この場で、私達……いや、
一瞬で全員が凍りつく。大地達だけではない、周りにいた受験生も江頭の後ろにいた試験官達も自身の目と耳を疑った。
「いや、江頭さん……さすがにそれは──」
「──何を言っているんですか? こいつらは海堂のスカウトを蹴るなどといった恥知らずな行為を行ったのですよ?
その侮辱行為に対して、あまつさえ最高級の待遇でもってこちらで受け入れてやるのです! いくら子供とはいえ、頭を下げて謝罪をして当然でしょう!」
もはや江頭の行動を止められる者は試験官の中にはいなかった。
肩書はチーフマネージャーとはいえ、海堂高校でかなりの権力を持っている江頭は総監督である早乙女ですら何も言うことが出来ず、この場にいる中では一番高い役職である教頭クラスでも無闇に意見を言うことは出来なかった。
「さあ、3人が頭を下げて謝罪をするだけでいいんだよ。そうすれば今までの行為に関しては、全て水に流してあげよう。
そして、先程言った最高級の待遇で君達を海堂に受け入れようじゃないか」
その言葉に今まで我慢していた吾郎が「てめぇ……!」と言いながら殴りかかろうとするが、大地が右腕を横に差し出して吾郎を止める。
「大地! なんで止めるんだよ! この野郎は一発ぶん殴ってやらないと気が済ま──」
吾郎が大地に対して文句を言いながら横を向くが、大地の今までに見たことがない迫力に何も言えずに黙ってしまった。
今の大地の顔は少し離れて見ると、一見では普段と何も変わらない顔をしているように見えるが、その怒りの威圧感は凄まじく、吾郎だけでなく反対側の隣にいた寿也も後ずさりするほどであった。
「江頭さん。あんたの言いたいことは分かったよ。それじゃあ俺らからの返事だけど──」
「──おお、そうか! 君なら分かってくれると思ったよ! それならさっさと頭を下げて謝罪をしたまえ!」
「……それで俺らの返事だけど、
「…………なんだって?」
「あんたみたいな
甲子園常連、天下の海堂高校? だからどうした! あんたらは来年から俺達が卒業するまでの間は、一度も甲子園の土を踏めることはないと思え!」
大地の大声による怒りの宣言に対して、吾郎は「俺も同じだ! ばーか! ばーか!」と子供のようなことを言っていたが、それが江頭の怒りを更に煽ることになる。
大地の言葉の後、俯いていた江頭だったが、その顔を上げたとき──冷静を装ってはいたが──目が血走っていて怒りの表情を全く隠せていなかった。
「ほう? 本田兄弟はよほど
「あ、僕も大丈夫です。大地君達と同じ高校に行くので」
寿也が冷静に言い放ち、大地達3人はそのまま帰り支度をしてグラウンドから出ていこうとする。
その後ろ姿に対して、江頭が大声で叫ぶ。
「ははは……ふはははははは! いい度胸じゃないか!
江頭の 声を大地達は無視して、海堂高校を出ていった。
こうして、大地達が参加した海堂高校野球部のセレクションは終了するのであった。
ばーかばーか! 江頭のばーか!
……あ、次回で吾郎side中学生編が終了する予定です。
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